鬼滅の伝説   作:織姫ミグル

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第十八章

 

 

壺にどれほどの価値があるかはわからない。

 

何せそれぞれ形やデザインが違うからだ。

 

縄文時代から調理や貯蔵に用いられ、弥生時代には米の保管用として発展し、中国からの影響を受けて奈良・平安時代に洗練され、現代でも実用品や美術品として売られている。

 

食物の保存や調理に用いられる土器として壺が作られ始め、何の模様も描かれていなかったが、一二世紀ぐらいに入ってから大衆的な陶器が骨壺として用いられるようになり、生命力を象徴する絵柄を入れることで価値が上がった。次第にその模様にアレンジを加えるものが増えていき、花や金魚などの絵を入れ、尚且つ精巧に形作ることでそれは骨董系価値がある代物になる。たとえ今は売れなくても、千年間土に眠らせて全然壊れてなかったら歴史的価値があるとして八桁行くものまである。

 

壺は現代では花を生けたり、目立つ位置に置いておくなどして飾ることしかないが、億万長者はとにかく自分をよく見せようとするために豪華な絵柄なものを欲しがった。

 

「壺を売る」ということは悪い意味でも使われる。霊能力があるかのように見せかけ、先祖の因縁や霊の祟りなどを理由に不安を煽り高額な壺や数珠などの商品を買わせるなどの行為をする奴らもいる。

 

だが、売る方はとにかく自分の作品を買って欲しいものだ。

 

どんなことをしてでも買ってもらい、ついには購入者がどんな奴なのか確認しに行く者までいる。自分の作品を買ってもらったことで、その謝礼として出向くこともあるという。よほど嬉しいのだろう、自分の作品を買ってもらった喜びは筆舌に尽くし難い。だから買った人物が誰なのかを確かめに行くのだ。

 

無論お忍びで。

 

だが、

 

ここにいる奴は、逆のことをしに行く。

 

今から購入者達がいるところを、火の海にする。

 

 

「ヒョッ!」

 

 

ざばりという水が弾く音があった。

 

何もない自然の中に不自然に置かれている奇妙な壺。その中にたっぷりと水を詰め込んだ壺は一人でに動き、右左と揺れて地面を這って進んでいる。

 

見る人が見ればすぐにでもその正体を看破できるだろう。

 

だが鬼の出現が減ったことによって、皆そのことについて疎かになっていたのかもしれない。

 

 

「感じる·······感じます! 私の傑作の一つである壺の気配がこの先に!! ようやく、ようやくあの御方の望みに一歩近づける·······ッ!!」

 

 

思考は知らんが芸術的センスはあるのだろう。

 

だからこそ遠くにある自分の作品がどこにあるのかもわかってしまう。単に制作の際に自分の一部を埋め込ませただけかもしれないが、血を壺の天然染料にするなんてぶっ飛んでる。

 

ぶっ飛んでるからできる芸当。故に思いつけた作戦。

 

自分の細胞から創った壺はどこにあっても追いかけられる。それを人間に売って、あわよくば『青い彼岸花』か『産屋敷家』に辿り着けると思っていたが、今回は狙いが外れた。

 

だがそれもまたいい。

 

結果的に宿敵である鬼狩り達の重要拠点の一つを見つけられたのだから。

 

それでいい。

 

そいつは自分の血を追って真夜中の森を進んでいた。

 

 

「い、急がねば·······急がねば·······早う、早うせねば。あの御方はお怒りじゃ、何としても果たさねば·······ッ!!」

 

 

死の匂いがもう一つ。

 

盲目でありながらも障害物を器用に避けてその壺の跡を着いていく老人。

 

これから始まるのは奇襲という名の虐殺。

 

並び立つ。

 

奇妙な壺と共に、体を怯えるように震わせて泣く臆病者が。

 

同じ鬼でありながらも最強格の者達は、声を重ねて宣戦布告する。

 

 

「「鬼狩り共の弱体化を!!」」

 

 

さあ。

 

憎っくき鬼狩り共の『刀鍛冶の里』を血で染めて。

 

愉快な作品を作り上げよう。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

エッホ、エッホ。

 

と、何人もの人間が肩に重い木材を持って運んでいる。

 

リンクはエノキダ工務店の屋根から眺めていた。 

 

山裾から太陽が顔を覗かせ、東の空が茜色に輝き始める。雲一つない晴れ渡った空の下、生まれたての爽やかな風がリンクの頰を優しく撫でていく。ここから見下ろす景色が好きだった。イチカラ村で最も目立つ場所にある工務店からは村全体を一望できたし、崖上で色づき始めた木々の変化を日々感じ取ることができる。 

 

イチカラ村の朝は早い。すでに村人達は新たな一日の活動を始めている。エノキダ工務店の一員として仕事に精を出す者、次の村へと向かう隊商を見送る者。

 

 

「今日もいい日だな」 

 

 

呟いたリンクの言葉には、二つの意味が込められている。 

 

一つは文字通り晴天なこと。

 

青空は明るい。赤い満月が過ぎ去っても負けずに青く輝いている。こんな綺麗な空がいつまでも続くことが彼にとっての何よりの願いだった。

 

そしてもう一つは平和であること。 

 

討伐隊による新種の魔物、鬼の駆除報告。それ以来鬼どもの活動報告はなりを潜め、そのため魔物によって手痛い損害を被ったハイラル国の復興はめざましい速さで進んでいた。 

 

不眠不休のエノキダ工務店の総出の作業により、破壊された家屋は一月あまりで修復、または再建されていっている。路上を行き交う人々に笑顔が戻り、陽気に挨拶を交わしているのを目にするたびに、リンクはこの穏やかな日々がいつまでも続くことを願うのだ。

 

静かな所に位置するイチカラ村は、今やハイラル国の希望。

 

何もない所に人の手だけで発展させ、新たな村を作り出した。まだ厄災の怨念に悩まされていた頃、サクラダがエノキダにたった一人で村おこしをするよう命じた。そのことが気になっていたリンクは旅の途中でたまたまアッカレ高原を通りかかり、近くで作業していた彼の元に赴いて人員を確保した。そのおかげで作業が早まり、あっという間に村を完成させた。

 

そして、今ではエノキダ工務店は大企業へと発展し、監視砦や鳥望台の建設に協力してハイラルの復興にも貢献してくれている。

 

だからリンクは、この地で家を買った。

 

平和の復興を近くで見届けるために。

 

 

「しかし······宴会か」

 

 

平和が何よりと言っても、まさか朝イチでそんなことを聞かされるとは思ってもみなかった。

 

そう。

 

今日はイチカラ村で宴会。

 

実は、今日はイチカラ村が完成した日。

 

すなわち、開村記念日。

 

リンクがこの村を作ったと言ってもいいというのに、彼は何故か宴会準備の手伝いとして大工の真似事をさせられていた。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

リンクの朝は早い。

 

東の空が薄墨色になり始めた頃には、いつもながら勝手に潜り込んで一緒に眠っている少女を起こさぬようにベッドを抜け出し、大きな甕に溜めてある水で顔を洗う。

 

昨日のうちに村で買っておいたものを調理し軽い朝食を済ませると、最初にするのは武器の点検。

 

武器庫に飾られている数々の武器を見て、まだ使えそうなものを手に取る。

 

椅子に腰掛け、念入りに予備の剣を確かめる。これらは地下世界で見つけた数少ない朽ちてない剣で、休ませたら刃毀れが直る退魔の剣と違ってとても貴重だ。刃毀れはしてないか、柄は緩くなっていないか、刀身が曇っていたら少しでも長持ちさせるために砥石で鍛え直す。

 

たとえ仕事の依頼がなくても、決して欠かさぬ習慣。

 

それが終わったら剣を台座に戻し、ドアを開けて外に出て太陽の光を浴びて体内時計をリセットさせる。綺麗に生えていた黄緑色の草がそよいでいた。

 

と、そこに。

 

 

「ハロー! リンクさん!!」

 

「?」

 

 

首を傾げながら目を擦ると、外に懐かしい人物が歩いてきていた。 

 

シーカー族の血を継いでいるもののエノキダ工務店に就職するために改名までして大工服に身を包み、ロベリー譲りの変な喋り方を継承した青年は穏やかな表情で軽く頭を下げてくる。

 

 

「お久しぶりデスねリンクさん!」

 

「グラネット!!」 

 

「ノー、今はグラネッダデスよ。間違いないでくだサイ!」

 

 

思わぬ訪問客にリンクは驚いた。

 

これまでにもグラネッダは何度か世話になったが、ここしばらくは会っていなかったのだ。家の改築を手伝ってもらっていたが、今はハイラル復興のために各地に出張しているらしい。もともとは研究所で過ごしていたが、ロベリーが修行を兼ねて世界を見て回るように勧めたところ、その日に出ていった行動力溢れる人物で、後にイチカラ村に定住して旅先で入手してきた防具を売ってくれた。祠などを探し回らないと入手できないもの、彼曰く超ギガレアな防具というものを仕入れるその探知探索スキルはピカイチである。

 

だからそのスキルが活かされるようにエノキダ工務店に入り、今では各地での安全な輸入ルートを見つけて、手に入りにくい物資のありかまで探し出している。

 

だが従業員になるためには名前の末尾にダが必要なため、グラネッダと改名している。

 

 

「久しぶりだね。いつ戻ってきたんだ?」

 

「つい昨日の夜デス。エノキダ社長に頼まれて戻ってくるよう言われましてネ」

 

「そっか。とにかくほら、入って入って」

 

「お邪魔しマス!」 

 

 

グラネッダを招き入れたリンクは一緒に家に戻って行き、テーブルの席に座らせると慣れない手つきでお茶を用意した。

 

それに手作りの菓子を添えてグラネッダに差し出す。

 

 

「何もなくて申し訳ないけど、まあこれでも飲んで」

 

「ありがとうございマス!!」 

 

 

四角い部屋の上にあるテーブルで向かい合っているグラネッダは穏やかに微笑む。

 

 

「しばらく会ってないけど、結構な活躍をしてるって聞いたよ」

 

「そうデスか?」

 

「うん。家の建築後に遺跡の調査手伝ったりとか、各地の墓を荒らして宝を見つけたりとか、イーガ団のアジトに潜入して宝の地図奪ったとか、とにかくよく聞いてるよ」

 

「·······ソレハドウモ」 

 

 

グラネッダは澄ました顔でお茶をすすった。

 

彼は研究者というよりかは盗人としての才があり、考古学に精通している彼は遺跡の罠を見抜いては宝を無事に手に入れたりと、それはもう目覚ましい活躍をしている。お茶を飲み終えたグラネッダは、部屋を何気なく見回していたが家具にうっすらと積もっている埃に気づいたらしく眉を顰めた。

 

 

「最後に改装した時よりも、酷くなっていまセンか?」

 

「まあ、留守が多いし。なかなか家の掃除をする機会もなくて·······」 

 

 

言い訳をして頭を掻くリンクだったが、グラネッダが何しにきたのか訊ねる。

 

 

「それで、用があったんじゃ?」

 

「オー、そうでした。実は今日はこの村のハッピーバースデー。よって宴会が開かれることになりまして」

 

「宴会?」

 

「ザッツライト。イチカラ村誕生を祝ってエノキダ社員が全員揃うんデス。それで社員であるミーもこちらに呼び戻されたわけデス」

 

「そっか·······」

 

「それで是非ユーも参加してほしいと社長に言われまして。ドウデスカ?」

 

「·······」

 

 

よくはわからないが社内パーティーというやつなんだろうか。

 

村の生誕を祝うついでに、社員を招集できる奴全員を招集して派手にパーティーをするようだ。それで彼も呼び戻され、昨日の夜に着いたとのこと。

 

リンクはとにかく家を空けている時間の方が多いため、そんなイベントがあること自体知らなかった。そういえば、監視砦にいた頃、自分宛に何通かエノキダ工務店から決まった時期に手紙が送られてきていたが、もしかしてあれはパーティーへの招待状だったのだろうか。とにかく復興のことしか頭がなかったから読む暇もなく、ずっとスルーしてしまっていた。

 

それで、今回たまたまその宴会時期に帰ってきたからわざわざ招待しに来たのだろう。

 

けれど全然出席してないし、申し訳なさもあって出て良いものか迷う。

 

リンクは別に社員でもないし、今回の出席は断ろうする。

 

 

「悪いけど、俺は遠慮しておくよ」

 

「ワット!? 何故デスか!?」

 

「知らなかったとはいえ何の返事もせずにずっと出席していなかったわけだし、今更参加させてもらうのは悪いかと」

 

「気にしすぎデスよ!! もうすでにこの家の主なわけで立派なイチカラ村の一員デスし、何よりこの村の創設メンバーなんデスよ!? 今更何を遠慮してるんデスか!?」

 

 

それを言われると痛い。

 

確かに村おこしに一役買ったわけではあるが、それでも充分な報酬は貰ってるしなとも思う。

 

だが。

 

確かにここで断ったらむしろ逆効果だ。せっかく誘ってくれたのに断るなんて、それこそ失礼なんじゃないか?

 

リンクはわずかに顔を下げるが、しばらく考えた後にまた上げて返事をする。

 

 

「いい、のかな?」

 

「もちろんデス! というか今回の主役はユーですよ!? 村の創設者であるユーがいるだけでみんな喜びマス!! 是非楽しんでくだサイ!!」

 

「·······」

 

 

そこまで説得されてしまっては断るわけにもいかない。

 

リンクは苦笑しつつも宴会に参加させてもらうことにする。

 

 

「じゃあ、行くよ。何時から?」

 

「そう言ってくれると信じてマシター!! 今夜の七時に始める予定ですので、どうかそれに間に合うように頑張りマショウ!!」

 

「··············ん?」

 

 

聞き間違いだろうか。

 

なんか変な文章が聞こえた気がしたが。

 

 

「え? 頑張りましょうって·······どういうこと?」

 

「ですからパーティーの準備デスよ!! 社員ならば自分達でセッティングするのは当然!! それじゃあ早速行きましょうカ!!」

 

「は!? ちょ!? 聞いてな────」

 

 

強引に立たされて手を引っ張られていくリンクは、有無を言わさず宴会の準備を手伝わされることになった。

 

やはり承諾すべきではなかったのかもしれないな、と。

 

そんな後悔を今更しても遅かった。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

カン。カン。 

 

小気味のいい金槌の音が四角い家が並ぶ村で響き渡る。

 

 

「ふぅ、これでよし」 

 

 

額の汗を拭ったリンクは、エノキダ工務店の屋根に打ちつけたばかりの看板を見て満足そうに頷いた。

 

 

『開村記念日』 

 

 

看板からは、真新しい墨の匂いが漂っている。

 

 

「おーいリンクさん! ちょっと曲がっていますんでもう少し傾けてくださーい!!」 

 

「わかった」

 

 

下から覗き込んでいた従業員の適切な指示ですかさず看板の微妙な傾きを修正する。

 

こんな高いところの作業を素人に任せてもいいのか。身軽とはいえ屋根の上の作業なんて、落ちたりしたら大怪我では済まない気がするが。だが、最後の作業はどうしてもリンクにやらせたいという強い要望により、初めから屋根に固定されていた看板の上に追加の板を打ち付け、作業を終了する。

 

最後の仕上げが終わったことによって、下から喝采の声が聞こえてきた。

 

見よう見まねで大工っぽい作業を終えたリンクはその声を聞きながら梯子を滑り降りると、この村の村長でありエノキダ工務店の社長が近寄ってきた。

 

 

「お疲れさん。すまんな、こんなことを頼んでしまって」

 

「別にいいよ。ただ木材運んで最後に看板打っただけだし」

 

 

そう言って貸してもらった金槌をエノキダに返し、リンクは首に巻いていたタオルで頬に伝う汗を拭う。

 

村を盛り上げるための飾り付けに、重い木材を運び、鋸に鉋や鑿などの道具を使い木材を必要な形状に加工し、それを組み合わせ骨組みや構造を作る。これだけ運動すればメタボリックな心配はないだろうというぐらいの重労働に流石のリンクも重たい息を吐く。

 

そこにエノキダが笑って肩を強く叩いてくる。

 

 

「結構な重労働で疲れたか?」

 

「まあ、ね。剣を振るのとは違う体力の使い方で結構持っていかれたよ」

 

「確かに、それでもお前のおかげで早く始められそうだ」

 

「そりゃよかった」

 

「本当、お前には世話になってばかりだな。お前のおかげで村は発展し、以前にも増して部族関係なく誰もが自由に過ごせる村になった。感謝しても仕切れないぐらいだ」

 

「大したことはしてないよ、知り合いに声をかけたぐらいだしね」

 

「ハハッ、謙遜してくるのもお前らしいな」

 

 

彼は大いに笑うとリンクに冷たい飲み物を渡し、謝礼としてルピーをいくらかくれた。

 

 

「さて、宴会までまだ時間はある。今日はお前が主役みたいなもんだからな、一旦家に戻って着替えてくるといい」

 

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 

そんなこんなで一仕事終えたリンクは、赤い夕暮れの中を両腕いっぱいにルピーの入った袋を抱えて帰路に就く。

 

四角い家ばかり並ぶ村への入り口までの道は細く、柵もないため真ん中を歩かないと落ちてしまう。慎重に村から外へと繋がる天然橋を渡っていき、坂道を登って自分の家まで戻ると、

 

 

「ムー!!」

 

 

あらまあ、ご機嫌斜め。

 

家のドアを開けるなり、少女が涙目になりながらも頭から変な煙をプンプンと出して睨んできていて、リンクは全身から脂汗が出る。お仕置き準備完了いつでもいけますとばかりにうっすらと爪を生やして構えているのがすごく怖い。

 

少女が不機嫌になるのも無理はない。

 

朝早くに書き置きもなしに何も言わずに出ていってしまい、夕暮れ時までずっとイチカラ村の手伝いをしてたわけなんだから、何も知らない少女からすれば置いてけぼりで独りぼっちにされてしまったようなもので。口枷噛み締めて涙をポロポロと地面に落としているのを見ると、相当に寂しい想いをさせたらしい。

 

リンクは噴き出る汗を拭きながら、

 

 

「えっと··············ちょっとまた頼まれて」

 

「ムー!!」

 

 

言い訳を言って許してもらおうとした所で、結局イライラした少女に飛びつかれて頭を抱きしめられるリンク。側から見ればとても和むような光景に見えても、当の本人には拷問である。強烈なホールドで逃げられないリンクは転げ回り、尚も締めてくる少女はこちらの頭蓋骨を粉砕するほどの力で抱き締めてくる。

 

しかも、前からしがみついてきているため、口元を塞がれて息ができていない。

 

酸素不足に陥って、必死に空気を求めて少女の体を叩いても彼女は意にも介さない。

 

最終的に変死体のように仰向けで倒れて気を失うのだが、少女はそれでも離さない。

 

そして、

 

結局目を覚ますのは、宴会が始まる五分前になるということを彼はまだ知らない。


 

 

 

□■□■□■

 

 

 

「ごーお、よーん、さーん··············」

 

 

イチカラ村の町並みにいろんな部族たちのコールで揺れている。

 

声はぴったりと揃ったままカウントダウンを続け、彼は小枝を積み上げた大きな薪の山の前に立っていた。

 

祝いの炎をつける役割を任されたのだ。

 

創設メンバーで一番の功労者であるリンクが今回初めて参加し、宴会の開始合図をするのに相応しい存在である彼に大役を押し付け、村民や社員は訳のわからぬカウントダウンを始めた。遅れて到着していきなり松明を渡され、それで詳しいことも聞かされず薪の山まで連れてこられたリンクは何をしたら良いのかわからなかった。火をつければいいというのはなんとなく察したものの、無理やりのカウントダウンが始まって内心パニックに陥っていた。

 

 

「にーい、いーち··············」 

 

 

村の真ん中の広場で緊張しているリンクは、そのカウントがゼロになった瞬間に松明で火をつけた。 

 

希望の炎がいま、夜空にのぼっていく。

 

村民は真っ赤な燃えさしが空に舞い上がるのを目で追った。

 

それは見ているうちに、村発展と開村を祝って打ち上げた花火と一緒になった。薪の炎から出ている紐に火が移り、何本もの炎の筋が夜空目掛けて打ち上げられる。暗い空に大輪の花を咲き、花火の爆発音に村民たちの歓声が重なる。あちこちでおめでとうー! などの唱和が響き渡り、景気づけの酒がどんどん運ばれてくる。

 

喜び、社員をねぎらい、そして平和を祝うかがり火がたかれる。

 

かがり火の中で響く太鼓の音や笛の音色、弦楽器といった様々な楽器が奏でる音楽が陽気に場を盛り上げ、さらには社員らが仕事道具や酒を掲げて喜ぶ声が聞こえてきた。リンクは炎の中に平和と進歩を見つめながら、無言で歓声を上げた。 

 

社員と村民たちは夜空の中、熱い炎の周りで歌い、踊り、共に笑った。

 

光と音の競演にただただ見入っていると、隣から華やいだ声が聞こえた。

 

 

「ムー!!」 

 

 

少女ははしゃいでいた。

 

強烈な光が地上から放たれ、夜の闇が一気に拭い去られる。それはこの村の至る所に飾り付けてあった電球、スポットライト等、あらゆる電飾の光が列を成して瞬き始める。

 

気がつけば、あれほど瞬いていた夜空の星が地上からの閃光に炙られて消えてしまっていた。

 

そしてまた上空に眼を移すと、ちょうどこれまでで最大の数の火線が伸びていくところだった。

 

どどどどどーん! という体に響く衝撃音とほとんど同時に眩いほどの閃光が夜空を埋め尽くし、きらきらと雨のように火花を振りまきながら消えていった。

 

村じゅうから再び歓声が沸き起こり、酒を飲み干し、音楽に合わせて舞う。

 

少女も楽しそうにその輪の中に入り、フードの奥に隠された綺麗な髪を大きく揺らして踊り始める。大人も子供も部族も関係なく手を繋ぎ、前後左右への移動や回転、リズムの変化などに合わせて手を叩くスピードを変えて楽しんでいる。

 

足のつま先を軸にして回転しながら踊る少女は上手にステップを踏み、それをリンクは微笑んで見ている。

 

なんか、ついに報われた気がする。まだ真の平和は訪れていないが、少しでも楽しくやれるこの瞬間を見るたびに幸せな気分になる。

 

皆跳ねまわったり、ひっくり返ったりと大騒ぎしていたが、やがて身を寄せあって何も言わず、互いに今日という日を生きれたことを確かめた。

 

みんな、こうして一緒にいられるだけで満足だった。 

 

夜が更けてもみんなは元気よく喜びあい、少女はリンクを見つけると小走りで駆け寄ってきた。

 

 

「ムー!」

 

「え?」

 

 

手を掴んで連れて行こうとする少女の意図を察してつい首を振ってしまったが、後ろにいた連中が面白がって彼の背中を押したことで前へ強引に出され、少女に手を取られ無理矢理踊りの輪に入れる。

 

リンクは苦笑いしつつもすぐに笑顔になり、少女と共に踊り始める。

 

決まった踊り方なんてない。

 

ただ音楽に合わせて適当にステップを踏んで舞うだけだ。

 

音楽が早くなるにつれて少女の気分も高揚し、回転する速度を上げる。リンクの腕に自分の腕を回して一緒に回り、周りの人たちが楽しそうに喝采してくる。

 

ぬくもりと連帯感と愛で結ばれた仲間たち。 

 

平和の光景。 

 

この光景を見るために、彼は頑張ってきたのだ。

 

少女はそれはもう楽しそうに満面の笑みを浮かべて、彼もまた純粋に笑うのだった。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

アッカレ砦跡に、一陣の夜風が通り過ぎた。 

 

この頂からは、下町の夜景が一望出来る。麓の湖の水面には周辺の街灯が反射し、きらきらと幻想的な輝きを放っていた。 

 

綺麗なものだ────と、一匹の鬼は嘆息する。 

 

かつて彼がいた日本という国は明治維新によって生まれ変わり、人々は武器を持たずに暮らすことになった。あの国は明治政府主導のもと西欧列強から伝わった技術により、ますます近代化を遂げようとしていた。 

 

だが、そんな近代化など所詮はまやかしに過ぎない。

 

発展の背後には、犠牲になった者たちの屍が堆く積まれている。それによって多くの者が、かつては持っていた誇りを失い、今では国の言いなりだった。

 

がしゃん、がしゃん、がちゃり。 

 

鬼の腹から、金属音が響いていた。鬼は砦の城壁で身体を丸め、腹から生えている丸太のように太い大砲の照準を合わせている。この鬼は新政府に変わった折、もう武士としての誉を失っている。あの当時、武士の誇りとも言える刀を奪われるのはそう珍しい話でもなかった。幕府側、新政府側問わず、現在でも多くの士族たちが武器を取り上げられた生活をしている。 

 

この鬼も、そんな士族の一人だった。

 

刀を失った鬼は武士道どころか人の道からも外れ、トラウマである筈の銃を大量に持ち、全てを否定する方向へと走っていった。

 

体に纏わりついている瘴気から大口径のアームストロング砲を生やし、不気味に嗤う。 

 

自分を復活させてくれた魔王の仇敵、

 

勇者への報復を果たすために。

 

 

「くくく·············ッ!」 

 

 

鬼は大砲の照準を村に固定しながら、狂った唸りを上げていた。このアームストロング砲は薬室含めて全長二メートル強、総重量は四百キロ近くにも及ぶ。本来ならば、砲兵が数人がかりで使用する代物を一人で抱えているのだから異常だ。

 

常人をはるかに超える膂力を持つ鬼だからできる芸当。 

 

この大砲を身一つで持ち上げられるというだけでも、この鬼は超人の域に達しているといえるだろう。

 

ふと足元を見れば、木の葉が舞いはじめていた。

 

風が強くなってきている。

 

そろそろ始めて良い頃合いだろう。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおッ!!!」 

 

 

彼は鷹揚に立ち上がると、側の壁に背中を預けた。 

 

ぐっと持ち上げた先には、黒光りする大砲の砲身。世界最強の武器と一体化した鬼はまさに、武身合体とでもいうべき雄々しき姿である。

 

腰を低く落とし、その体をアームストロング砲の発射台へと変える。

 

 

「ふぐぅ·············ぐッ!! おおおおおおおおああああああああッッッ!!!!!!!!」 

 

 

咆哮と共に、山全体を揺るがすような轟音が鳴り響いた。同時に、鬼の腹から目が眩むような閃光が放たれる。 

 

闇を切り裂く砲弾は、怨恨の一撃。

 

ただでさえ脳に障害を負ってまともじゃないのに、瘴気に侵されてさらに常軌を逸している。前後の記憶が曖昧になり、自分が何をしているのかわからない。

 

だがどうでもいい。

 

全てはあの御方のため。

 

あの御方の願いを叶えることこそが、自分にとっての最高の娯楽。

 

鬼は砲弾の軌道を見つめ、冷たい笑みを浮かべる。 

 

世界を闇に染める狼煙。 

 

さあ、

 

辺り一帯を破壊し尽くし。

 

絶望に染まった人間どもの美しい叫びを聞かせてもらおう。

 

 

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