鬼滅の伝説   作:織姫ミグル

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第十九章

 

 

悪夢を見た。 

 

鬼殺隊本部が鬼の軍勢に襲撃され、お館様もその御内儀も。

 

塵も残さぬほどに残酷に斬り裂かれた。

 

妹も同じだ。

 

自分の眼前で血に渇いた鬼達の爪や牙に頸を一突きされて、瞬く間に絶命してしまった。 

 

そんな夢を見ていたせいだろうか。 

 

微睡みの中で少年は人の気配を感じ、反射的に刀を抜いていた。 

 

 

「·······ッ!!」

 

 

目を見開く。

 

刀の切っ先のすぐ前には、ここに先に来ていたもう一人の少年の頸筋があった。

 

年齢は自分よりも下なのに、階級は遥かに上の『柱』。

 

彼は驚きもせず、冷静に、それでいて睥睨するように少年の刀を見ていた。頸に切っ先を当てられても無反応で、わずかにそこから血を流しても無頓着。いや、そもそも避ける自信でもあったのだろうか。彼の寝惚けたふらふらな太刀筋を正しく見切り、寸前で止まることを知って敢えて回避しなかったのか。余裕というものを見せて、格上感を下っ端に与えるという強者の風貌。 

 

少年はそれに気付き、しまった────と思い、刀を下ろす。

 

いつの間にか窓の外はすっかり日が落ち、ギイギイと虫の鳴く声が聞こえている。どうやら自分は、自室で眠りこけていたらしい。それでこの部屋にやって来た柱の少年は、そんな彼に用があって起こそうとし、それで無礼にも刀を上司の頸に刃を向けてしまった。

 

彼は慌てて少年から身を離し、すみませんと頭を下げて畳におでこをぶつけた。

 

 

「·······反応はいいけど、僕じゃなかったら死んでたよ? もし相手が一般人だったらどうしてたの?」

 

「申し訳ありません!!」

 

「それに少しは身の程を弁えなよ。柱一人にどれほどの価値があるかわかってる? 柱相手に刀を抜くなんて、普通なら君切腹だよ」

 

「本当に、申し訳ありません!!」 

 

 

とにかく頭を下げて精一杯の謝罪をする少年。

 

ここ最近、妹のことばかり考えていて疲労していた彼は周囲のことを疎かにしていた。だからだろうか、前後のことも曖昧で寝てしまった理由もわかっていない。ここに来てから何をして過ごしたのかも覚えてなく、絡繰人形と共に修行をした気がするが、過酷すぎて記憶が飛んでいた。それで古臭い刀を誰かに預けたような気もするが、妹のことしか頭になくて何も覚えていない。

 

彼の状況を一言で表すなら、意気消沈。

 

自分にとって命よりも大切な妹が何処かに消えてしまったことで生きる糧というものを失い、それからというもの死に急ぐように刀を振るった。修行の時、ひょっとこお面の子供に毒を吐かれてもほとんどノーダメージで、飯抜きにされても手にできたマメを潰して食って生き永らえていた。水は途中雨が降ったからそれで喉を潤した。

 

それで。

 

死の淵で掴んだ極限状態。

 

かつてない集中力で迫り来る絡繰の猛攻を躱して一撃入れても、何の実感も湧かなかった。まともな食事を与えられても満たされず、黙々と修行に集中して、ついには勢い余って絡繰を壊してしまった。

 

罪悪感が湧く前に子供が興奮していたので謝罪の機会を失い、すると絡繰から古い刀が姿を現してそれを自分に押し付けてきた。

 

それでなんか誰かと会話した気がする。

 

でも、覚えていない。

 

人は。

 

ここまでどん底に落ちると、真っ暗で何も見えなくなるのか。

 

正気を保っているのかすら曖昧だ。

 

じゃないとあんな過酷な修行を乗り越えられないだろう。

 

思考が正常なら逃げ出してもおかしくないのに、彼は何の弱音も吐かずに黙々と続けた。七日間もまともに食わずに、自分の一部を食うこと自体正気の沙汰ではない。

 

柱の少年は、静かにそんな彼を見る。

 

 

「酷い顔だね。まるでこの世の悲劇を全て見たような目をしてる」 

 

「·······」

 

「ま、僕には関係ないからどうでもいいけど。それより、鉄穴森っていう刀鍛冶知らない?」

 

 

落ち着いて、しっかりした口調だった。今しがた恐ろしい目に遭ったばかりだというのに、余裕そうに振る舞っている。

 

不安定な彼のことなどお構いなしに、柱の少年は自分の要件を淡々と話した。

 

 

「·······」

 

 

少年は刀を鞘に納め、切り替えるように微笑みながら告げた。

 

 

「一緒に捜そうか?」

 

「··············」

 

 

柱はその提案の意図がわからなかった。

 

居場所を知りたいだけなのに、一緒に捜すと言ってきた。誰かのために何かしても碌なことにならないのに、彼は何事もないように協力すると申し出てきた。

 

それに不信感を抱いた柱の少年は純粋に訊ねた。

 

 

「何で一緒に捜すの? 僕は居場所がわかればいいんだ。君の手伝いは不要だよ」

 

「でも一緒に捜した方が見つかる可能性が高くなるし、それに柱といっても夜に一人で出歩くのは危ないしさ」

 

「舐めすぎじゃない? 僕のこと」

 

「舐める舐めないの話じゃないよ。確かに柱で俺よりも実力は上だけどさ、それでも放っておけないよ。困ってるんなら手を貸さないと」

 

「··············なんでそんなに構うの? 君には何の得にもならないのに」

 

「誰かを助けるのに理由なんていらないよ。人のためにすることは結局巡り巡って自分のためにもなってるものだからさ」

 

 

二人の少年はどこまでも純粋だった。

 

純粋な言葉に裏表もなく、どちらも素直な気持ちを話していた。

 

一方は無関心。

 

一方は善行心。

 

対照的な気持ちであっても心が通じ合ったのか、柱の少年は目を見開いていた。

 

 

「えっ? 何? 今何て────────」

 

「それに、一人にしたくないっていうのは俺の我儘だよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()··············」

 

 

そう言って少年は俯いた。

 

先ほどの雰囲気とは打って変わって、悲痛に満ちた表情。

 

彼もつい最近大事な人を目の前で失ったのだろうか、と柱は思った。この世界ではよくあることなのに、一々そんなことを気にしていたら疲れるだけだろうに。

 

生きづらそうな性格だな、と感じた。

 

と、そんな時だった。

 

 

「「?」」

 

 

ふと、障子の先に気配を感じた。 

 

少年二人は眉を顰める。しばらく様子を見ていると、障子は向こう側から普通に開けられた。

 

そして。

 

何の応答もなしに現れたのは、額にでっかい瘤を乗っけた老人だった。

 

髪は長く、背丈は小柄。

 

鬼、のような風貌である。 

 

だが、その眼光は臆病者のように酷く弱い。殺意も篭っていない、けれどもその姿を確認して頭がようやく理解したところで二人は背筋が凍りつくような恐怖を覚えてしまう。

 

まるで旅館の仲居が食事の配膳や客室への案内などをするように素知らぬ顔で障子を開け、特に敵意も殺意もなしに入ってきた。

 

明らかに、ただの鬼ではない。 

 

目視するまでその異様な気配に気付かず、侵入を許してしまった。

 

戦闘体勢に入るのが遅れた少年を置いて、柱の少年は即座に抜刀し呼吸を整えて、

 

 

「霞の呼吸、肆ノ型────移流斬り」

 

 

襪を畳の目に沿って滑り込ませ、横に移動して刀を斜めに斬り上げる。

 

だがそれは虚空を斬る。

 

狙いが外れたわけではない、ただその鬼の回避能力が数段階上だったというだけだ。

 

 

「ヒィイイ!! やめてくれえ··············いぢめないでくれぇッ!! 痛いぃいいッ!!!!!!」

 

(速い··············仕留められなかった)

 

 

擦り傷で済む鬼に柱の少年は警戒を強める。

 

相当喰っていると見える。

 

でなければ柱の素早い太刀筋を避けられるとは思えない。

 

明らかにこの鬼は『上弦』。

 

今まで鬼の出現が少なかったから忘れていたが、その気配を再確認してもう一人の少年も呼吸と共に刀を抜刀する。

 

萎縮して天井に張り付き、命乞いをする鬼の顔面にその漆黒の刃を突き付ける。

 

 

「ヒノカミ神楽────陽華突」

 

 

勢いよく刀が押し出された。

 

刀を右手で握り、その柄尻を左の掌で押し込むようにして敵を刺し貫く刺突技。空中にいる相手を迎撃するために鋭い突きを放ち地面に落とそうとするも、鬼には当たらなかった。

 

それよりも早く床の畳に降り立って、頭を抱えて縮こまっている。

 

逃げ腰の鬼はいくら攻撃されても反撃はせず、むしろ隙を見せてばかりだった。

 

まるで。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

「!?」

 

 

耳に花札のような飾りをつけた少年がその違和感に気が付くも遅かった。

 

その間に。

 

ザンッ!! と。

 

柱の一撃に鬼の頸は宙を舞っていた。

 

 

「ヒィイイ! 斬られたああッ!!」

 

 

少年の一撃で鬼の弱点である頸は斬れたが、油断はできない。

 

上弦、十二鬼月の鬼に常識は通用しない。奴らは弱点である頸を斬られても平気な場合がある。

 

下弦にもいた。頸を自ら斬って油断させたり、機関車と同化して弱点を隠したりと。

 

前に戦った上弦は二体の頸を同時に斬っていないと死ななかった。

 

この鬼もその可能性がある。

 

だから油断せぬように呼びかけようとした時、

 

 

ファサ。

 

 

軽いそよ風のような音が聞こえたと思った次の瞬間。

 

 

 

バギャッ!! 

 

 

 

誰一人として悲鳴を上げる暇もなく、

 

少年らは迫り来る重圧に耐えられず、建物ごと吹き飛ばされた。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

「各地の被害、進捗について報告してくれる?」 

 

 

疲労困憊では砦の管理をするのも各地の状況を把握するのも辛い。

 

しかしそういった思いを一切表に出すことなく、若返った頭を動かして集まった各地の長から状況を聞く。 

 

新種の魔物、鬼という名の者達が各地で一体どのようにしているのか、それを聞くために始まった重役会議。 

 

石造りの大広間は元は王家の避難壕、上に開いた出入り口からは月明かりが差す。簡易的とはいえ、会議ができる程度には整えられた木造のテーブルには、国の重鎮が集っていた。 

 

鉱石の採掘と販売を生業とする組織の社長、女性しか生まれない民族の族長、鮫肌に綺麗な装飾をつけた長寿種族の王子、若くして戦士となった鳥人の子供と共にいる親、額に涙を流す目の模様が彫られた女性。 

 

この国の管理を任されているのならば、各地を治めている者達から詳しい情報を知っていなければならない。 

 

 

この国を脅かす災厄────ガノン。

 

 

幾度も怨念として復活する厄災を止めるために、その時代の各種族の強者を選び、封印のために心血を注いだ。

 

気弱な娘や自尊心が高い奴もいたし、屈強で守りが硬い者やら指を鳴らすだけで空模様を操る者がいたこともある。

 

もはや種族間の隔たりなどなく、力を合わせて国を支え、発展させてきたのは一万年も前の事。

 

国王が種族の中から賢者となるものを選定し、今日まで何とか平和を保ってきた。

 

しかし百年前、国は初めて厄災に敗北して闇に堕ちた。

 

対策の兵器をいくら用意してもそれを奪われ、逆に国を滅ぼされた。それで国全土を炎で包み、ほとんどの地域が壊滅した。

 

選ばれし者達も命を落とし、封印の要である勇者も致命傷を負った。

 

絶体絶命。

 

命運尽きたかと思われた。

 

だが、

 

一歩遅れて聖なる力に目覚めた姫が厄災を百年間抑え込むことで、しばらくの猶予が与えられた。

 

勇者は長い眠りにつき、各地の復興を進めながら新たな対策を練った。

 

そして百年経った後。

 

回復した勇者が目覚め、各地方を旅して失くした力を取り戻し、退魔の剣を携えて再び厄災に挑んだ。

 

苦難に立ち向かって見事厄災を討ち取った勇者、リンクは姫を連れ帰って世に平和をもたらした。

 

それで各国の長達に協力を仰ぎ、今でも国の復興に力を貸してもらっている。

 

百年前の英傑の子孫、またはそれに相当する力を持つ戦士が受け継ぎ、一日でも早く真の平和が訪れるように尽力してくれている。

 

 

「じゃあ、まずはオレからだゾッ!」

 

 

綺麗な歯を見せて笑う王子がそう言うと、里の報告書を持って立ち上がった。

 

 

「ゾーラの里を悩ませていた泥の影響はもうなく、派遣されてきた調査隊の協力で今ようやく魔王についての記録を調べている」

 

「結果は?」

 

「調査隊達と共に古文書を当たっているが、今のところそれらしきものは見つかっていないゾ」

 

 

彼らの種族は長寿であり、長い歴史をその目で見てきたことから詳しい情報が記録されている資料が多い。

 

それを漁って魔王の弱点となるもの、もしくは特徴を調べてもらっていたが、何といっても一万年前に存在していた奴だ。それだけ昔であれば情報も少ない。たとえ長寿であってもそこまで生きてる奴なんてもちろんいないし、残された記録もごく僅かだろう。大切に保管されても光や熱に湿気などの影響で化学反応を起こし、紙の主成分を分解してしまう。この化学反応が進むと紙は黄ばみ、硬くなり、最終的には脆く崩れて、紙はボロボロになる。

 

残された資料を解読して復元するのにも時間がかかり、詳しい情報が得られるのはだいぶ先になりそうだ。

 

 

「わらわの方でも調べてみたが·············どうやらご先祖達は魔王の存在を汚点としていたらしくてな、証拠を消すようにほとんど記録は残されていない。強いて残されたものを言うならその魔王が生まれて以降、我らゲルドの中から男は生まれなくなったということだけだ」

 

 

ゾーラの王の言葉に続くようにゲルドの族長の少女が続く。

 

魔王。

 

ガノンドロフは。

 

女性だけの種族の中で百年に一度しか生まれない唯一の男性だった。よって必然的に族長となり、ゲルド族を率いていたが、その強大な力ゆえに民達は恐れ、いつしか自分達もその力に捻り潰されるのではないかと感じて敵対するようになった。

 

以降、ゲルド族はハイリア人と交流を深め、夫婦となってわずかでも良いのでゲルドの血を薄くして男を生まれさせないようにしていった。ゲルドの血はハイリア人よりは強くとも、神の声を聞くための耳を手に入れたことで祝福されたのか、魔王の力を持った男性が生まれることがなくなった。

 

ゲルド族の男は生まれなくなったが、それで良かったと彼女らは思うようになった。

 

ハイリア人との混血によって、厄災となる存在はこれ以上生まれないからだ。

 

しかし、その厄災は今もなお健在。

 

一万年前からずっと封印され、今ようやく解かれた。

 

それを討たぬ限り、ハイラルにもゲルド族にも平穏は訪れない。

 

ゲルド族唯一の汚点である魔王を滅ぼさぬ限り、呪われた歴史はいつまでも語り続けられる。いくら記録を消したところで、奴が存在する限りその血は彼女らにも、これから生まれてくる子供達にも受け継がれる。

 

それを繰り返さぬよう、彼女らはこの国のために力を貸す。

 

 

「魔王の詳細はわからず、か。だとしたらぶっつけ本番になるわね。できればどんな闘い方なのか、武器は何を使うのか、封印前の姿はどんなだったのか知りたかったけど」 

 

 

代表席の肘掛けで頰杖を突いて片手にあるリコーダーを首筋に当てて思案に耽る。

 

魔王の詳細は掴めず、対策を練ろうとしたところで無駄か。

 

 

「新種の魔物については? 奴らの影響がどうなってるか知りたい」

 

「それは問題なく解決している」 

 

 

応じたのは、体全体を白い羽毛で覆ったリト族の長。 

 

白い羽毛をたっぷりと蓄え、英傑がかつて使っていた武器を模倣して作った弓を背中に背負っている。息子の戦士にも同じような弓を与え、親子共にそれに相応しい技量がある。英傑が扱っていた武器を手にし、迫り来る脅威を次々と排除していた。

 

無論、新種の魔物も。

 

鏃にカガヤキの実を括り付けて放ち、どこへ逃げてもその光が届くように追い詰めていく。

 

たとえカガヤキの実が無くても、ヒダマリ草の成分で奴らを消し炭にできる。掠り傷を負わせるだけで奴らは死に絶えるのだ。

 

百発百中、それがリト族の持つ力。

 

けれどそんなリト族の長でも顔を不機嫌そうに歪めながら、彼は腕を組んでため息をついた。

 

 

「ただ、奴らの中には妖しき術を使う者もいてな、そういう奴らは少しばかり厳しい」

 

「オイラもその力を持った奴と戦ったけど、結構厄介でさ。地面や壁に潜り込んで隠れて矢を弾いてりして、父ちゃん達と何とか倒せたけど、それぞれの持つ能力は違うから」

 

「··············そっちも対策は無駄か」 

 

「それに悩みはそれだけじゃない。唯一の対抗策であるカガヤキの実もヒダマリ草も足りていない。入手経路を確保しても届くのが遅すぎる」

 

「空が飛べるリト族といっても、持てる量には限りがあるからね。脚で物資を掴んで飛べても、重さに耐えきれずに最悪落ちちゃうし」

 

「空からの安全ルートでも運べる数は少ない、と」

 

 

言われたことをスラスラとメモしていく。

 

すると大岩を背負ったような男が、すっと流れるような軽い動作で片手を上げる。 

 

鍛えられ均整の整った体軀に加え、戦場ではご先祖から受け継いだ加護によって守られている。彼は岩で出来た大剣を背負い、提案する。

 

 

「それならボクらユン組が配達をやるゴロ」

 

「え? 大丈夫なの?」

 

「もちろん。確かに空は飛べないから危険な陸地を歩いてのルートになるけど、ボクらゴロン族だって足は早いゴロ。各地に点在しているユン組の行商人達にも協力してもらって、物資を確保して転がって移動すれば半日で届けられるゴロ」

 

「けどねぇ」

 

「それにボクらは岩や地面など大地から生まれる一族ゴロ。鬼っていう魔物が好むのは人間、ボクらが襲われる確率は低いゴロ。何なら用心棒としても役立つと思うゴロ」 

 

 

確かに。

ゴロン族の力があれば多くの物資を一度に運べる。力が一番の彼らになら、一気に届けられる。

 

それに、何よりゴロン族ならば魔物に襲われたとしても撃退できるはずだ。

 

岩のように硬い肉体を持ち、どんなに硬い物体も粉砕するその力。鬼もおそらく人間じゃない彼らを襲うことはないだろう。

 

 

「じゃあお願い」

 

「了解ゴロ!!」

 

 

これで大方の悩みは解決。

 

各地の情報も得られた。

 

 

「鬼の発生源はどう? 何か掴めた?」

 

「そちらの方の調査も引き続きしておりますが、何とも············」 

 

 

応じたのは子供のシーカー族。

 

まだ若いのに監視砦最高責任者の彼女に助手を務めている。

 

いくつかの報告書をまとめ、それを重鎮達に配る。

 

 

「最近わかったのは、剣士様からの報告書で············蛇の姿をした魔物が瘴気に侵されていたということぐらいで」

 

「地下空間にしかいない瘴気の魔物が地上に、か」

 

「現時点で瘴気の魔物による被害はありませんが、時間の問題かと」

 

「そっちも何とかしないとね」 

 

 

討伐隊を編成し、優秀な奴を集め守備を固めて狩らせるべきか。

 

鬼の被害は少ないものの、脅威には変わりない。

 

彼女は疲れたように深々と息を吐いた。厄介なことしか起きていない。一つの悩みを解決しても次の課題が出てきて、結局は振り出しに戻る気分。鬼という奴らの目的が何なのかを突き止めることを視野に入れつつ、続けての課題に移る。

 

 

「それで、シーカー族との関わりは? 奴らの服装からよく関連付けられてるけど、何かわかった?」

 

「それが、シーカー族の研究者に調べてもらいましたが何もわからず············」

 

 

続く問いかけ、応じたのは自分の妹の若い頃にそっくりなシーカー族の長。

 

つい最近長に任命されたというのに、かつての内気さはなく堂々と会議に出席できている。

 

 

「そもそも何故魔物らがシーカー族のようなデザインの服を着ているのか、ゲルド族やゾーラ族、ゴロン族にリト族の形をした者が一人もいないのも謎です」 

 

「何をどう調べてもわからずじまい、ね」

 

「本当に詳細が掴めなくて············」 

 

 

彼女は随分と変わった。

 

昔はとにかく人見知りで、祖母の姉である自分にも怖がっていたというのに、彼女は立派に長としての勤めを果たしている。

 

凛々しく。 

 

ただ見守る太陽のように、眩しげな表情。

 

姪孫が成長するのは嬉しいことだと思う。

 

 

「あ、そういえば············」 

 

 

するとその表情が僅かに曇る。

 

昔みたいに、困ったように視線を落として言いにくそうに口をモゴモゴと動かしている。

 

 

「どうしたの? 今回の会議では何でもいいから情報を共有しておきたいの、遠慮なく言って」 

 

「では、畏れながら」

 

 

彼女はその言葉に前を向き、想い人の姿を思い出しながら。

 

 

「リンク様と一緒にいられる女の子についてなのですが、ロベリー様から一つ報告がありまして」

 

「何?」

 

「その女の子の血液がリンク様から届きまして、それを調べた結果────」 

 

 

シーカー族の長の言葉に、彼女は訝しげに片眉を釣り上げた。

 

シーカー族の長ということで、ロベリーからの報告は先に届けられる。それを一足先に聞いていた彼女は、会議があるからその時に一緒に報告しようと考えていた。

 

彼女から聞いた内容は驚くべきことだった。

 

唯一の手がかり。

 

その監視をリンクに任せて、定期的に彼には報告してもらっているが、つい先日届けられたサンプルを調べたロベリーが信じられない真実に辿り着いた。

 

 

─────どの種族にも当てはまらないのだ。

 

 

それはこの国の者ではないことを証明しているが、外の国の者でもない。今までロベリーの見解では、この世界の人間がウイルスに感染することで魔物に変化する、という説を述べてきたが、実は全く違った。

 

遺伝子情報を調べてわかったこと。

 

それは、あの魔物達がこの世界のどこにも存在しない生命体だったということ。

 

たとえ変化しても、必ず似ている部分はあるはずだ。

 

生物学では生き物の体で起きる様々な現象がどのようにして生じているのかを調べるが、特に最近では、遺伝子の働きという観点から、様々な生命現象の背後にあるメカニズムがさかんに研究されている。

 

この世界の様々な生き物は、形も大きさも多種多様である。

 

しかし、これら様々な生き物は、共通の祖先に由来するよく似た遺伝子を持っており、一つ一つの遺伝子の働きは生き物の外見から想像するよりも実はよく似ていることが多い。したがって、ある生物の遺伝子を研究してわかったことは、人を含む他の生物を理解するために役に立つことが多い。そこで、生物学研究者は実験をしやすい便利な特徴を備えた、ある特定の種の生物を用いて研究をすることが多い。

 

そのような生物のことを『モデル生物』という。

 

代表的なモデル生物としては、単細胞生物では大腸菌、酵母、多細胞動物ではショウジョウバエ、線虫、ゼブラフィッシュ、ネズミ、植物ではシロイヌナズナなどがある。

 

また、メダカもモデル生物として用いられることがある。

 

だからよく、生物実験の際にはネズミが使われる。

 

人間とネズミは遺伝子の一致率が九〇パーセント以上と示されており、哺乳類の中では一番近い。ネズミは遺伝的に高い類似性を持つ生物であり、その類似性を利用した研究が人の病気の治療法開発などに役立てられている。人間とネズミは進化の過程で共通の祖先を持っており、その祖先が持っていた遺伝子が多くの生物種に引き継がれている。

 

だが、鬼はどうか?

 

この世界の人間が変化したというのなら、何かしら似通っている部分があるはずだ。

 

なのにそれがない。

 

ということは、だ。

 

考えられるのはただ一つ。

 

 

─────外の世界からやって来た。

 

 

鬼となった人間達は、この世界の者ではない。そもそも血筋となる祖先が違うのか。同じ人種ではない、別の何か。

 

まさに新種。

 

そう呼ぶべき存在だった。

 

些細な事柄ではあるが、これは留め置くべきだろう。

 

外の世界からやって来た魔物など、看過はできない。

 

 

「驚くべき事実ね············一刻も早く鬼の正体を明らかにしないと─────」

 

 

と、彼女が考え込んだその時だった。 

 

不意に上からどたどたと、梯子を駆け降りる慌ただしい足音。

 

制止の声が響き、それでも構わずそいつは会議の場に足を踏み入れる。

 

 

「会議中よ? 一体何事?」

 

「た、大変ッス!! た、大変なんッス!! プルアさんッ!!」 

 

 

警備に詰めている兵士に押さえられながら飛び込んできたのは、エノキダ工務店の社員。 

 

確かこの監視砦でもよく働いてくれている、カツラダという名だった気がする。本社で宴会が開かれるからしばらく有給を取ると言って、イチカラ村に行っているはずの彼が、何故かここにいる。

 

そんなカツラダ。

 

今や顔面蒼白で、身体中傷だらけだった。 

 

ボロボロで、今さっき戦で焼け出されたかのような凄惨な有様だ。

 

 

「そ、それが─────ッ!!」 

 

 

その急報は、今この場にいる重鎮達を椅子から立たせるに足り得るものであった。

 

夜十時頃。

 

リンクが今いるイチカラ村が、

 

何者かの襲撃を受けた。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

時は遡り。

 

宴会の賑わいは、昼夜を問わない。

 

夜空の下で今もなお賑わっている村。

 

酔っぱらい達が大声で騒ぎ合い、屋台は元気に呼びこみをやっている。

 

既に夜九時を回っているにも関わらず、喧噪はまったく衰えてはいなかった。

 

しかし、子供はもう眠る時間。 

 

イチカラ村の帰り道を、リンクと少女はゆっくりとした足取りで歩く。

 

いくら多忙のリンクでも、久しぶりのお祭りに満足したのだろう。

 

彼も少女も、満ち足りた顔で歩いていた。 

 

 

「楽しかった?」

 

「ムー!!」

 

 

少女はリンクと手を繋ぎながら歩き、大満足というかのように笑顔で見つめてきた。

 

その笑顔を見て、リンクはふっと頰を緩めた。

 

自分はちゃんと日常を守れた。

 

それが心底ほっとするのだ。

 

姫様を失い、厄災を倒すことを決めた時、その命を犠牲にしてでも討伐するつもりだった。たとえ命を捨ててでも、必ず目的を果たす。あの時のリンクは、そんな決死の覚悟で厄災を封じ込めているハイラル城に赴いたのである。 

 

しかし、その考え方は間違いだった。

 

己の命を軽んじる者に、自身の真の力を引き出すことはできない。

 

大切なのは、生きようとする意志なのだ。 

 

それに気付くきっかけになったのは、姫様、ゼルダ姫の残した思い出と。

 

かつての英傑達と、その血を引く仲間達だった。 

 

未来のために死ぬのではなく、大切な人々のために、未来のために生きる。リンクはその思考に至ったからこそ、厄災の討伐に成功し、姫様を解放することが出来たのである。 

 

だからこそ、とリンクは思う。

 

自分は、また守らねばならない。

 

このかけがえのない日常を守らねばならない。

 

復活した魔王を倒し、再び平和を取り戻す。

 

なにがあろうと、必ず。

 

だから、今日くらいはいいだろう。

 

彼は少女と共にとても贅沢なひとときを過ごし、少女と手を取って帰路につく。

 

リンクと少女が互いの顔を見て笑いかけた、

 

その時だった。 

 

 

ドオンッ!! と。

 

 

耳をつんざくような激しい音が響いた。 

 

 

「············えっ?」

 

「ム?」

 

 

と、リンクと少女は思わず眉を顰める。

 

 

「なに? 今の轟音?」 

 

 

音がしたのは自分たちの背後、先程までいたイチカラ村の方からである。 

 

目を眇めれば、黒い煙が立ち上っているのが見える。火の手が上がっているようだ。家の一角が崩壊し、真っ赤に燃えている。

 

カンカンカン、と半鐘が打ち鳴らされる音が聞こえてきた。 

 

その音の異様さ。激しくなる半鐘。

 

異常事態が起きたというのは明らかだった。

 

よく耳を澄ましたら、人々の悲鳴が聞こえる。

 

 

「「············」」

 

 

リンクが少女と顔を見合わせ、互いに頷く。

 

こうしてはいられない。

 

リンクは左手の盾のベルトをしっかりと締め直し、背の木箱を背負い直す。

 

狼狽える人々の叫びに向かって走り、一路、イチカラ村へ。 

 

何が起こったのかはわからない。

 

しかし、何の罪もないはずのイチカラ村が襲撃を受けたことだけはわかった。何者かはわからないが、まともな神経の持ち主でないことだけはわかる。 

 

いったいなにが起こったのか。

 

なにが起ころうとしているのか。 

 

リンクはぐっと唇を引き結び、混乱の夜を駆ける。

 

 

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