鬼滅の伝説   作:織姫ミグル

24 / 41
第二十章

 

 

上から眺めるだけというのは、とてもつまらなかった。

 

岩山の上からその光景を見下ろしていた『そいつ』は心底退屈そうに深いため息を吐く。かなり距離があるため、小さな剣を振り回す少年の姿は親指ほどの大きさにしか見えない。 

 

しかし、四体に分かれた奴相手に何をしているかは識別できた。

 

 

『·······中々にしぶとい奴らよ』

 

 

髪の長い少年が一体の鬼に吹き飛ばされるのを見て、その人物は小さく嗤った。 

 

豆粒の如く遠くへ飛ばされ、しかしもう一人は咄嗟に床に刀を刺して吹き飛ばされるのを防いだらしい。それから屋根に乗っていた誰かが加勢したが、そのせいで鬼は四体に分裂し、むしろ事態を悪化させている。

 

『そいつ』の瘴気は体全体を覆う仕組みになっているためその表情は窺えないが、声の調子から男で、かなり年老いていると思われた。

 

『そいつ』は、来る復活の時に備えて邪悪な鬼を喰いにやってきていた。

 

表向きの口実は、ここにいる特別な鬼の捕食だ。

 

しかし、本当の目的はそれとは異なる。 

 

 

『そいつ』は、ここでこれから起こることを想定して訪れたのだ。 

 

 

その前にちょっとした余興を楽しむつもりだった。

 

なのに、たった数人の子供に鬼が手古摺っているのは予想外だった。あの程度の餓鬼共など簡単に捻り潰してしまえるのに、鬼は未だに葬っていない。加勢してさっさと目的を達成するわけにもいかず、成り行きを見守って殺してくれるのを待つしかない状況を内心苦々しく思っていた。 

 

そこに、背鰭に壺を乗っけた魚が何匹も現れ、下から悲鳴と共に甲高い警鐘音が鳴り響く。 

 

もちろん、今起きているこの状況は『そいつ』には何の関係もない。しかしながら、鬼共に翻弄されている餓鬼共に強い不満を感じていた。

 

 

『しぶとい連中だ。早く死んでくれねば我の目的も果たせぬ』

 

 

こうしてじっとしているだけでイライラしてくる。それぞれ性格が違うのか、鬼は連携が取れているようで取れていない。

 

喜んだり、怒ったり、哀しんだり、楽しんだりと。

 

持っている感情が違うために、蹂躙の仕方が違っていた。

 

だから時間がかかる。

 

怒って急かしたり、その弱さに哀れんで手加減したり、獲物を仕留めるのに楽しんで喜んだり、それぞれのやり方があって足を引っ張り、全く協力できていない。

 

 

『もどかしい』

 

 

自分だったら、あれほど手古摺らずに対処できるという自負がある。さっさと殺してしまえば良いものを。この程度なのか、とまた呆れるようにため息を吐く。

 

小さく舌打ちすると、『そいつ』は闇へと身を隠す。 

 

今はまだここで誰かに見られるわけにはいかない。

 

ここで見られては計画が狂ってしまう。

 

これから。

 

この場に。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

どうしてこんなことに──────── 

 

エノキダは、己に降りかかった災難を嘆いていた。 

 

真夜中、イチカラ村を襲った凶事。

 

正体不明の襲撃によって、自分達の手で築き上げてきた村が崩壊していた。

 

今は皆混乱しており、社員の何人かは逃げ出したが、勇敢な者は急いで鎮火を試みている。

 

エノキダは爆風に吹き飛ばされて意識が飛んでいたがすぐに回復し、急いで避難誘導を開始する。

 

皆を村の外に逃す中、エノキダは村の惨状を見て嘆く。

 

数年来慣れ親しんだ村が、赤々と燃え上がる業火に包まれている。その光景はまるで、闇の中に浮かんだ巨大な篝火だった。周囲に響くのは、人々の悲痛な声と恐ろしげな半鐘の音色。舞い上がる黒煙と灰塵の中、火消しや討伐隊達が協力して必死の消火作業を行っていたが、成果は今一つのようだ。

 

くみ上げた川の水をいくら放水しても、火の手が回る勢いを抑えられないのである

 

 

「くそっ·······!」 

 

 

エノキダは、血相を変えて群衆の波に分け入っていた。

 

遮二無二、燃える炎に近付こうとしているのだ。

 

エノキダが狼狽するのもわかる。

 

瓦礫の中から運び出されてくる被害者達は、皆目を覆いたくなるような姿になり果てていたのだ。

 

皮膚が焼け爛れた者。

 

倒れた建材に挟まれ、身体の一部を失った者。

 

もうすでに動かなくなってしまった者の姿もある。 

 

────こんなの、酷すぎる·······ッ!

 

エノキダは荒い息を吐きながら、きょろきょろと周囲を見回した。

 

 

「あ、あなた·······」

 

「!?」

 

 

すると、近くから自分の妻の声が聞こえた。

 

そこは元は自分の家であり、この村を支えていたエノキダ工務店があった場所。

 

声が聞こえてきた方を見ると、聳えていたエノキダ工務店の家がガラガラと崩れていく。灰色の粉塵が巻き起こり、それがエノキダの視界を奪っていく。

 

瓦礫。

 

無惨にも変わり果てた自分の家から、自分の妻の悲鳴が聞こえてきた。

 

 

「パウダ!!」

 

 

燃える瓦礫を持ち上げて妻であるパウダを助けようと奮闘するエノキダ。自分の顔が描かれた看板があっても無視し、とにかく愛した女性をこの地獄の炎から救い出す。

 

燃える木材に手が焼ける。

 

苦悶の声が出かかるも、エノキダは手を止めない。

 

一刻も早くこの炎の渦から助け出そうとしても、瓦礫が重くて全然動かない。そうこうしている内に炎の魔の手が広がる。エノキダは近くの無事な木材を手にすると、それを燃えている家の下に突っ込んで梃子の原理を利用して重い瓦礫をどかす。

 

力一杯木材を支えて瓦礫をどかすと、あちこち火傷を負い、煙を吸いすぎたのか酷く咳をしている妻の姿が出てきた。

 

 

「パウダッ!!」

 

 

倒れている彼女を抱き寄せ、一瞬安堵するもすぐに切り替え、彼女の手を取るとすぐに安全地帯まで避難する。

 

あれだけ騒がしく楽しんでいた景色はもうない。

 

あちこちが捲れ上がり、建物の壁は崩れ、道はまともに進めない状態だった。立ち往生している者達も多い。それを見た彼は冷静に、的確な指示を出して安全なルートを確保した。力を合わせて瓦礫をどかし、道が切り開けたらすぐに逃げるように言う。エノキダは炎に焼かれた家の煙の臭いのする空気をくぐり抜け、急いで村の外に出る。

 

自分達が一生懸命に築き上げた村が燃えるのを見て、エノキダは歯噛みする。

 

 

(誰がこんなことを············ッ!!)

 

 

エノキダだって無事じゃない。

 

爆風の衝撃を受けて頭から血を流し、妻を助けるために両手に酷い火傷を負った。

 

それでも彼は歩き続ける。

 

必死に、生きるために。

 

愛する妻が生きていてくれているだけでも嬉しい。まずは遠くへ避難し、妻を手当した後にこの襲撃の犯人を捜せばいい。

 

とにかく生き残らねば。

 

それだけを考え、彼は妻を抱えて村の脱出を目指す。

 

 

バン!!

 

 

という乾いた音が響き渡った。

 

エノキダは何が起きたかわからず、けれども全身から力が抜けるのはわかる。

 

彼の体は揺らぎ、そのまま村の出入り口に続く道の前で崩れ落ちた。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

腹に異物が埋め込まれた。

 

エノキダはその事実に気付くまで、数秒の時間が必要だった。

 

自分の体が燃えるように熱い。本当に燃えているわけではなく、異物が刺さった部分が悲鳴を上げているのだ。それは矢でも、刃物でもない。何か別の、自分達が知らない兵器の類いがエノキダの体の中で暴れ回っているということだけは理解できた。

 

取り出そうとしても、それは小さすぎて体内に深々と埋め込まれている。

 

エノキダは強張る体を無理やり動かして、意識を失っている妻を持ち上げて立ち上がろうとする。

 

そこへ、

 

 

「············外したか」

 

「!?」

 

「やっぱり頭に血が昇ると狙いが定まらない。落ち着け、落ち着くんだ······このままでは“あの御方”の願いを叶えられない」

 

 

声は間近から聞こえた。

 

鼻先数十センチの位置。

 

まるで突然現れたかのようにそこに立っていた人物は、人間とは思えない姿をしていた。片目に謎の文字が浮かんでおり、その悍ましい眼光がエノキダを捉える。

 

身体中が影に覆われ、見たこともない服装に身を包み、そして謎の武器を手にして立っていた。

 

その手に持つ武器、黒光する金属の塊。

 

全長、わずか十五センチほどの物体。

 

それをエノキダに向け、ただそこに引っ掛けている人差し指を動かしただけで、

 

 

バン!!

 

 

と、さっきと同じ音が鳴ってエノキダの頬を掠めた。

 

一筋の赤い線が引かれ、そこから熱い液体が垂れてくるのがわかる。

 

何かの仕掛けか。

 

あるいは妖術の類か。 

 

わかったのは、この惨状の原因がこいつの仕業だということだけだった。この男が軽く人差し指を引いただけで、エノキダの腹は負傷したのである。 

 

激痛の中で、どくん、どくんと鼓動が速まるのを感じる。自分の村の燃えている音が、次第に遠くなっていくようだ。 

 

襲撃者はにやりと口角を吊り上げ、武器をこちらへと向けた。

 

 

「くくく············俺を恨むなよ。恨むんなら────」 

 

 

エノキダの眉間を狙って、人差し指がわずかに動く。エノキダが死を覚悟して目を瞑ったその瞬間。

 

ガキン!!

 

と金属同士がぶつかる音が響いた。横合いから差しこまれた金属製の盾が、飛んできた物体を弾き飛ばしたのである。

 

それと同時に、自分の体が浮いている感覚まで襲ってきた。何かに持ち上げられ、化物から引き離された場所に降ろされた。

 

助けてくれた人物を見て、エノキダは思わず目を見開く。

 

赤い鳥と聖なる三角形が描かれたそれは、エノキダにとっては馴染み深いものだった。 

 

────ハイリアの盾。

 

彼が来てくれたのだ。

 

 

「俺を恨め、って魔王にでも言われたのか?」 

 

 

その盾の持ち主、

 

勇者リンクは、

 

鋭い眼差しで襲撃者を睨みつけた。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

逃げ惑う人々の波を搔き分け、リンクは夜空の下を走っていた。

 

背後からは少女がついてくる。 

 

村の方角には爆音が響き渡り、あちこちから火の手が上がっている。

 

爆発で怪我をした人々は痛みと恐怖に咽び泣き、逃げることすら出来ずに蹲っている者も見えた。

 

その中には、幼い子供の姿もあった。 

 

まるで地獄だ、とリンクは思う。

 

無抵抗の人々を虐殺することにどんな意味があるというのか。長く修羅の道を歩んできたリンクでさえ、この光景には嫌悪感を覚えてしまう。

 

息を荒らげながら、人々の間を縫うように駆ける。 

 

甘かった、と思う。

 

イチカラ村は襲撃しにくい場所で安全だとばかり思っていたが、ここまで大々的に仕掛けてくるとは思ってもみなかった。リンクが力を貸し、発展と共に賑やかになっていた見慣れた村の街並みは、すっかり変わり果ててしまっていた。立ち並ぶ建物は火炎と煙にまみれ、道には瓦礫が散乱している。

 

宴会を楽しんでいた人々の顔からは笑顔が消え、恐怖と哀しみに染まっていた。 

 

これでは、まるで戦争である。 

 

と、その時、

 

ほど遠くない場所で乾いた音が響いたのが聞こえる。

 

大砲の音を縮小したような音。

 

火薬を使っている兵器であることは間違いない。

 

リンクは村の入り口まで辿り着くと、柵もない橋を駆け抜けていく。

 

家が燃え、焦げた臭いが強くなっていく。

 

そして。

 

その先に、一つの人影が見えた。

 

手に何か持っているようで、それを人に向けていた。

 

向けている相手は、エノキダだった。

 

 

「···········ッ!!」

 

 

リンクは背後にいる少女に視線を送ると、それだけで彼女は察してくれ、爆弾を踏み抜いたかのように地を蹴った。

 

衝撃で少女の足元が爆発し、たった一歩で近づいた少女はすぐさまエノキダを抱え上げ、横に飛びのく。

 

それだけでは安心できなかったリンクはエノキダと化物の間に入り、盾を構えて一撃を防いだ。

 

すんでのところで、化物の一撃から救出することが出来た。

 

巻き上がる土埃の中で、少女は抱きかかえていたエノキダから手を離した。

 

 

「ムー!」

 

 

少女は体を大きくさせ、頭に被っていたハイリアのフードが何かに引っかかってその綺麗な顔が現れる。

 

額に一本の角が生え、身体中に謎の紋様が浮かんでいた。

 

植物の葉にも見える痣を出現させた少女は、妻を庇っているエノキダを見ると近づいて、その頭に手を置く。

 

今までここで楽しんでいた少女が大人の姿になって、しかも異形の姿に変わったことに怯えているのか、それを察して少女は怖がっている彼を安心させるように優しく頭を撫でた。

 

 

「す、すまない。た、助かったよ」 

 

 

エノキダは声を震わせながら頭を下げた。女性の方は気を失って、しかしエノキダから離れないようにひしとしがみついている。

 

よほど怖い思いをしたのだろう。無意識ながらも愛した者から二度と離れないように、その手をしっかりとエノキダを掴んでいた。

 

 

「ムン!!」

 

 

少女が鼻を鳴らして村の出口を指差したので、エノキダは頷いてタイミングを見計らって走っていく。

 

逃げるエノキダの背を見つめながら、リンクは奥歯を嚙みしめる。

 

周りの惨状。

 

そして。

 

 

「ほお、蒼い衣にその奇怪な剣············」 

 

 

襲撃者は、まじまじとリンクの持つ退魔の剣を見つめている。どこか壊れたようなその笑みの中には、愉悦の色が浮かんでいるような気がした。 

 

この襲撃者は、得体が知れない。

 

動機も正体も不明なら、使う技さえ謎に包まれているのである。

 

襲撃者は喜色を帯びた目をギラギラと輝かせ、口元を緩ませている。

 

 

「貴様がそうか············あの御方の言っていた············ッ!!」 

 

 

身の丈が自分と同じくらいの男が、ゆっくりと歩いてくる。

 

年はわからない。

 

だが、その顔や手足には無数の鋸のようなギザギザの痣が刻まれている。歴戦の勇士という風貌だった。 

 

特に目を引くのは、その男の腹から生えている武器である。男の腹には、巨大な大砲の砲身が顔を出していたのだ。 

 

いや。

 

大砲、なのだろうか?

 

見たことないデザインだが、戦争時代によく使われた兵器として恐れられた大砲の類であることは確かだ。

 

つまり。 

 

 

(こいつの仕業か···········ッ!!) 

 

 

リンクは剣を抜き、男へと向かって走った。

 

男の方もリンクを認め、にやりと笑みを浮かべる。 

 

男はすぐに腹の大砲を引っ込めると、右手に持っていた武器をこちらに向けた。

 

人差し指を少し動かしただけで、その武器から何かが飛び出してきた。大砲の砲弾を小さくしたような物体。リンクはそれに嫌な予感がしてつい足を止めてしまった。

 

 

「おおおおおおおおッ!!」

 

 

咄嗟に構えた盾に、放たれた砲弾が激突する。

 

塊はその拍子に粉々に砕け散った。火花を散らして周囲一面へ飛び散った物体は、襲撃者の指の動きに合わせて放たれる。

 

新兵器か。

 

見たこともない武器だが、指先を少し動かすだけで命を奪えるそれにリンクは嫌悪感を抱く。

 

リンクは剣を構えたまま、異様な風貌をした男に尋ねる。

 

 

「············鬼か」

 

「間違いじゃないが、どうせなら『十二鬼月』と呼んでもらいたいな」

 

 

聞き慣れない単語。

 

気軽な調子で言われて、リンクは憎悪を膨らませる。

 

鬼。

 

その瞳から覗かせる異国の文字、あれはかつて双子山で戦った鬼に刻まれたものと似ていた。あの個体は目に引っ掻き傷があったからよく見えなかったが、今目の前にいる奴はよく見える。どっちにしろ読めないからどうでもいいが。

 

さらにこの個体は、魔王の瘴気に侵されているのか、赤黒い血管模様が脈打っている。

 

相手が鬼である以上、リンクはその殺意を増幅させる。

 

鬼はその鋸のような歯を見せて引き裂くように笑い、リンクを見つめてくる。

 

 

「俺は死の間際にあの御方の声を聞き、それを受け入れた。それでも忘れることはできなかった。あの忌まわしき雄鶏のような不気味な眼をして、鶏冠のような不快な顔············あぁ、今でも奴の姿が脳裏にこびりついて離れない。離れない、離れない離れない離れない離れない離れない離れない離れないッ!!!!!!!!!」

 

 

襲撃者は突然、右手にある武器を口に突っ込むと、

 

 

「キェエエエエエエエエッ!!!」

 

 

と狂った声を上げながら、人差し指を手前に引いた。

 

ひどく狂乱とした様子で、頭に塊が飛び抜けていく。奇声を放って武器を自分に向けて容赦無く撃ち抜いた。その様子から正気の沙汰ではないことだけはわかった。

 

それでもリンクは怯まない。

 

ただ殺意を向けて、鋭い眼光で睨みつける。

 

鬼は後頭部から余計な血を流してスッキリさせたのか、落ち着いた声で独り言を呟く。

 

 

「ふぅぅぅ············助かった。あのままの状態ではあの御方の願いすら叶えられない」

 

 

不健康そうな目を細めながら、狂って笑って、リンクを見て、

 

 

「恨みはないが············あの御方のためだ」

 

 

そう言って鬼は腹に力を込める。

 

見れば男は、その腹に沼のようなものを出現させ、そこから筒状のものが生えてきた。大砲よりは小振りだが、円形に並んだ筒は凶悪そのもの。その兵器の恐ろしさは、この世界では一切見ない未知なる技術が使われていた。

 

回転式なのか、それに付けられているレバーを回すと、そこから目にも止まらぬ速さで次々と小さな砲弾が飛び出してきた。

 

 

「うがあああああああああああああああああああッッッ!!!!!」 

 

 

鬼は咆哮を上げながら、腹の大砲を乱射する。

 

五月雨のような群れが、容赦なくリンクに襲いかかった。毎分二百発もの弾を放つ回転式の大砲は、相手に反撃の暇すら与えない。

 

継続的な制圧力ならば、通常の大砲をも凌ぐのである。

 

 

「ッ!?」

 

「ムゥ!!」

 

 

リンクが驚くのも束の間、少女が横から庇うように飛び出してきて彼の腰にしがみつくと、その勢いのままどこかの民家へと突っ込んでいった。

 

むしろそれは逃げ道を塞がれたようなもの。

 

鬼は容赦無くレバーを回すとその動力により回転率がスピンアップ、直後に耳を聾する爆音をあげて砲身が火を噴く。

 

無事だった家の壁をまとめて穴だらけにして跳弾が窓ガラスを破砕、家の中のソファを貫通し羽毛が飛び散った。これこそが一分間に百発の砲弾を吐き出す兵器の真価。対象を粉砕してのける脅威的連射力と比すれば、通常の大砲の連射力などはハエが止まるレベルである。

 

強烈な射撃反動にノックバックしながら五秒間の斉射後、レバーを放し、辺りを見渡す。 

 

弾痕だらけになった家は、竜巻が吹き荒れたかの如き有様だった。 

 

つんとくる硝煙の臭いと宙をひらひら舞う粉塵、足下には吐きだされた空薬莢と薬莢連結金具が山と積もっている。

 

きっとリンクは何が起こったのかもよくわからずにこの世を去っただろう。

 

死体を確認しようと思って、崩壊しそうな壁を蹴って室内に一歩踏み込んだ瞬間、

 

 

「エアァァァアアアアアアアアッ!!」

 

 

それを待ちかまえていたように陰からリンクが剣を手に飛び出してきて柄に手を掛ける。振り乱した金髪から覗く冷徹に細められた瞳は修羅のそれ。  

 

ぞわりと悪寒がして鬼は反射的に仰け反ると、ピィンという高い音がして彼の真横を超高速で何かが擦過。回避が間に合わなかった鬼の髪の一部と、砲身のバレルが斜めに切り取られ、砲弾がぶち当たったかの如き轟音と建物全体を揺るがすほどの激震に背後の壁が縦に大きく断裂。

 

冗談のような光景に鬼は目を見張る。 

 

射撃性能のある斬撃? 

 

そんな馬鹿なと思う反面、たった今彼の剣閃は、壁と鬼の頭髪数本を裂き、鋼鉄製の砲身先端をバターのように切り落としたのである。

 

だが。

 

鬼は余裕そうな顔を崩さない。

 

鬼は左右の壁を三角飛びの要領で二回蹴り、天井に張り付き、逆転した視界の中、天井を駆け抜ける。リンクが目を剥き、構えが狂うのを見た。直後にリンクが放った青い三日月のような斬撃はすべて鬼の遥か後ろを切断。

 

遅い。 

 

天地を逆さにして室内を見下ろした鬼は、リンクの直上まで走り天井を蹴って逆さ落としをかける。顔色を歪めるリンクが背後に跳ぶが、すべて鬼の想定範囲内の動き。鬼は斬られた重量二十キロ強の連射式大砲を振り下ろす。

 

狙いはリンクではなく、彼が立っていた床。 

 

鬼の激烈なパワーで振り下ろした鋼鉄製の鈍器は、表面に張られた床を破砕、破片を巻き上げリンクに殺到させる。 

 

リンクにしてみれば、爆弾で爆ぜた破片が突き刺さったも同然である。咄嗟に盾を上げ急所をブロックするものの、腹と胸に痛打を浴びたリンクが壁に叩きつけられる。鬼は躊躇せず眼前の剣士の人体を効率よく破壊するための冷徹な計算式をはじき出すと、鬼の超加速をもって彼に肩から体当たり。

 

轟音と共に壁が陥没し、リンクが壁に縫われたまま脱力。

 

静寂が訪れる。 

 

決着、である。 

 

壁に叩きつけられたリンクの腹に、発砲によって焼きゴテと化した連射式大砲の銃身を押し当て強制的に覚醒させる。

 

 

「ぐッ!?」

 

 

彼は苦しげな喘ぎを漏らし髪を振り乱す。 

 

奥歯を食い縛りながら痛みに耐えているリンクは、薄目を開けて鬼を見る。

 

 

「なかなか頑丈だな、あれだけの銃弾を浴びせたというのに、まだ生きているとは」

 

「く···········っ!!」

 

「貴様を見ていると、あの男を思い出す···········俺の肉と心までなます斬りにしたあの憎き“鬼狩り”」 

 

 

鬼はあの男に姿が似ていると思って無性に苛立ち、拳を固く握りしめ顔を近づける。

 

 

「傷は癒えてもあの日刻まれた恐怖と怒りは一生収まらない。奴に敗れたまま死んでいくなど、俺には耐えられない。そんなこと、許されるはずもない!!」

 

 

カッと瞳が見開かれ、気付けば鬼はリンクの細い首を絞めていた。指は彼の白くきめ細かい肌に面白いように埋まり、ギリギリと首の骨が軋む音が聞こえる。リンクは怒り心頭な顔で声もなくその手を掴んで必死に離そうとしていたが、やがてその表情は苦しげに変わり、体は細かく痙攣、意識が混濁していく。

 

紫色になった唇から無理矢理に切れ切れな声を絞りだす。

 

 

「い···········今だやれ!!」

 

「ムゥウウウウウウウウウウッ!!!」

 

 

突如、抑えがたい怒りに震える声が横合いから聞こえてきたと思うや、何者かが弾丸のような速度で突進してきた。

 

直後、バキッと音を立て、回し蹴りが顔を粉砕。

 

体ごと顔が吹き飛ばされながらも、鬼は充分に距離を取り地面に手をついた姿勢のまま、再生した顔を上げた。 

 

 

「フゥゥゥウッ!! フゥゥゥウッ!!」

 

 

その威圧。

 

少女から噴き出る気配。

 

それは『上弦』に匹敵し、その殺意を目の前の鬼に容赦なくぶつける。

 

『下弦』である自分よりも格上、その事実にひび割れた唇の隙間から、自分のものとは思えないほどしゃがれた声が漏れ出てきた。

 

 

「な、なんだ···········貴様!? 鬼のくせに人間の味方をするのか!?」

 

「ヴゥゥゥウウウウウウウッ!!」

 

「し、しかも上弦並みの力を持った鬼だと!? こ、こんなの、聞いていない···········っ!!」

 

 

鬼はゆっくりと首を振りながら後じさった。 

 

脳の配線がショートし、合理的思考が挽きつぶされ、心の中が滅茶苦茶に掻き回される。足が震え、喉から嗚咽が漏れそうになって慌てて押しとどめる。

 

豊満な胸に麻の紋様のような着物。

 

市松柄の帯。

 

この世界のフードを被った娘は殺気を剥き出しにして睨みつけている。

 

 

「ッ!!」

 

 

鬼は怯え、しかしそれでも引けないとわかっているのか、また口内に武器を押し込んで弾を発射する。

 

バン! と。

 

脳内をクリアにして落ち着きを取り戻すと、冷静に小娘を見る。

 

 

「落ち着け、大丈夫だ。俺には無惨よりも素晴らしい力がある!! たとえ上弦並みの鬼だろうと、あの御方の瘴気が負けることはない!!」

 

 

鼻の奥がつんとして、身体が熱い。蝕まれた瘴気を解放し終えると鬼は腰を落とし静かに構える。

 

 

「!?」

 

 

少女は息苦しいまでに殺気に襲われ、歯を食いしばり草履の裏でしっかりと土をにじる。

 

敵は自身の体から武器を取り出し、飛び道具を用いてこちらを追い詰めてくる。

 

その武器に捕捉された瞬間、正確無比な攻撃が飛んでくると見て間違いない。

 

戦いの舞台は崩壊した村が立ち並んだ一画だ。当然、住民はほとんど逃げているので暴れても周囲に被害が及ばない。 

 

少女は目を鋭くして構える。五感を研ぎ澄まし、個を滅し自然と一体化。 

 

ボワッ!! と烈風が首筋から頬にかけて撫でていく。少女はみじろぎもせず触覚と聴覚に全神経を集中させる。 

 

チカッと一瞬、その武器が光る。

 

かすかに大気が振動し、大気を切り裂いて飛翔する弾丸を敏感になった肌が捕捉。 

 

 

「ムゥ!!」

 

 

パアンという炸裂音が響き、少女は素早く頭を動かした。発砲された弾がひるがえった彼女の髪を突き抜ける。間髪を入れず鬼に向かって突進した少女は、鬼の右手と顎に鉄拳を喰らわした。

 

首が吹っ飛び、鬼もその場に崩れ落ちる。

 

前に。

 

 

「ッ!!」

 

 

頭がないのに体を動かして、無事だった左手を腹に突っ込んで武器を取り出すと、それをすぐさま少女に向ける。

 

零距離からの射撃。

 

避ける暇も逃げる暇も与えない。

 

それはほんの一瞬の出来事だった。

 

発砲され、少女の顔面に突き刺さる直後。

 

足の推進力で加速された少女の拳打が、鬼の放った神速の弾を捉える。

 

炸裂音に似た衝撃が辺りに響き渡り、衝撃波が周囲の小石を吹き飛ばす。ねじりながら繰り出された拳は、正面から激突した弾を残らず砕き破壊する。

 

九ミリ程度の弾の三十倍以上もの破壊力を持つ彼女の拳は恐るべき威力で粉砕せしめたのだ。本来聞こえるはずがないが、首がない鬼から確かに驚愕に息を飲む音を聞いた。

 

そこに少女の一撃が心臓を捉え、一時的に行動を不能にしようとする。

 

が、

 

 

「ムッ!?」

 

 

伸ばされた拳から手応えが感じられなかった。

 

粉砕するはずの心臓の感触がない。少女が放った一撃は闇に呑まれ、その沼に沈み込んでいた。

 

 

「惨めだなぁ、怒りで視野が狭くなったか?」

 

「ッ!?」

 

「だが闘いは常に冷静であらねば」

 

 

これがこの鬼の能力。

 

収納技術がある沼を展開、そこに沈み込んだ手が抜けない。

 

鬼は笑って、腹に仕込んでいた爆発物を起爆させた。

 

自爆。

 

凄まじい爆裂に少女はモロに喰らい、後ろへ吹き飛ばされる。

 

 

「ハッ!?」

 

 

再起したリンクが立ち上がって真っ先に見たのは、少女が吹き飛ばされる瞬間だった。

 

少女は瓦礫の山へと突っ込み、その衝撃で燃える屋根が崩れ落ちる。

 

一気に燃え広がった瓦礫は少女を丸呑みにし、その業火をさらに激しくさせる。

 

 

「ッ!!」

 

 

リンクは瓦礫から少女を救い出そうとするが、その足元に弾が撃ち込まれて足を止めさせる。

 

背後の鬼は自爆した体を再生させ、撃ち尽くした武器の片方を歯で咥え、空いた手で悠然と弾を交換しながらこちらに向かって歩いてくる。再生される目玉の奧には闇が蟠ってあの謎の文字が見えない。烈風が近衛騎士のような服の長い尻尾をはためかせ、必要以上に鬼の体が大きく見える。

 

奴は自爆させた形跡すらないほどに回復させ、平然とした態度で笑ってくる。

 

 

「鬼のくせに人間の味方をするからこうなる」

 

「··········ああっ?」

 

 

思わずそんな声を出してしまったが、鬼は気にも留めない。

 

 

「そもそもそんな剣で俺に挑もうとすること自体間違いだ。剣は銃には勝てない、そんなこともわからないのか?」

 

「ベラベラとよく無駄口を叩けるな··········遺言か?」

 

「そんなだから貴様も負ける。怒りで我を忘れるようでは、お前の負けは確定しているようなものだ」

 

 

などと勝ち誇ったような笑みを向け、それとは対称的にリンクは眉間に皺を寄せて目を鋭くさせる。

 

 

「··········試してみるか?」

 

「ん?」

 

 

最初はゆっくり、歩く速さで。

 

 

「────剣がその銃という武器に劣るかどうか」

 

 

徐々に助走をつけると、蹴躓かんばかりに全速力で走り、地を蹴り空間ごと飛び越え────そこでリンクは音速を超える。

 

極限状態でのかつてない集中力。そこから生まれる静寂の世界。

 

直後にリンクの体は目も開けていられないほどの高速軌道で鬼目掛けて空中を駆け抜ける。矢継ぎ早に次々と空間を突き破る。 

 

鬼が気付いた。

 

リンクの姿が現れたかと思うと、バン!! という高い音を立てて超音速の弾丸がリンクの真横を擦める。

 

条件反射による発砲。

 

それを回避して迫ってくるリンクは常識を超えた。

 

鬼の能力は収納機能がある沼と、そこから取り出す武器の扱いであるがえゆえに、射撃不可能な距離に近付けれるのを嫌がるはずだ。 

 

鬼は、まさか普通の人間であるリンクがこんな方法で接近してくることは絶対に予想できなかったはずだ。

 

リンクは首元を見た。

 

トドメだ。

 

リンクは退魔の剣を振り上げて、その首を切り離す。

 

 

「セェイッ!!」

 

「くっ!!」

 

 

反射的に放った至近距離からの発砲。リンクの稲妻の如き一閃と鬼の神速の弾丸が激突し、表面が爆発。瓦礫で埋まる場所に堆積した砂塵を吹き飛ばし、衝撃波ですべての家の窓が破砕される。双方共に靴跡を地面に引きながら弾き飛ばされる。

 

思わず剣まで飛ばされるが、リンクは地面に落ちた退魔の剣に飛びつくと構え直して、そこで鬼の姿がかき消えていることに気付いてハッとする。 

 

鬼が見当たらないことに焦ったリンクは、剣を構えたまま注意深くバックステップで瓦礫の裏に隠れる。 

 

このままではまずい。暗闇は鬼に味方する。鬼の眼の光量増幅機能が闇を見通し、その研ぎ澄まされた聴力は最悪リンクの呼吸音どころか脈すら聞き分けるだろう。そこで狙撃されたらおしまいだ。

 

その時、

 

地面を何かが跳ねる音がしたと思うやリンクの目の前に筒状の固形物が転がってくる。 

 

硫黄のような臭いに、リンクの皮膚が総毛立つ────爆弾。 

 

頭の中が真っ白になりながらも爆弾を蹴りつけ大きく跳んで伏せる。 

 

爆裂音。

 

いくつかの破片が皮膚に喰らいつき、引き裂く激痛が脳を焼く。だがもがき苦しむ暇もなく、脳がここにいてはいけないと叫ぶ。無理に筋力を総動員して咄嗟に横に転がると、次の瞬間鬼の追い打ちの蹴りがたった今リンクが居た位置を地面ごと踏み砕く。 

 

なんとか避けたが、追撃として武器を発砲してくる。

 

一発二発と放つ武器は、銃弾を使い切ったのか指を引いても何も起こらない。

 

すると鬼は舌打ちし、また腹からあの恐ろしい武器を取り出した。腹から生えてきたあの連射式大砲に放たれる銃弾によって、絶え間ない爆発が起こる中、リンクは村全体を止めどなく走りまわることで、それらを回避していた。

 

放たれる無数の弾丸が、走りまわるリンクの背中に狙いをつける。

 

レバーを回して乱射される銃弾をリンクは地を蹴り、壁を蹴り、屋根を走って鬼を翻弄していた。間断なく放たれる銃弾の雨を紙一重で躱し続け、次第に敵との距離を詰めていく。

 

鬼を退魔の剣に宿る破魔の輝きの間合いに捉えるまで、ものの数十秒とかからなかった。

 

 

「な··········ッ!?」

 

 

常人離れしたリンクの身のこなしに、鬼が目を見開く。

 

その砲身に向けて、

 

リンクは思い切り刃を叩きこんだ。

 

 

「シェアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

振りかぶった剣を、鬼の腹に叩きこむ。 

 

思わず鬼は苦悶の声を上げた。胃の中のものが逆流しそうなほどに強烈な衝撃。もはやまともに立っていることすら出来ず、鬼は地面に膝をついてしまった。 

 

しかし、リンクの剣は止まらなかった。視認さえ出来ないほどの神速の斬撃が、鬼の腹を狙って放たれる。連射式大砲の銃身が弾かれ地に落ちる。

 

これではもはや戦闘はかなわない。

 

鬼はただ、力なく項垂れることしか出来なかった。 

 

リンクは鬼から戦力だけでなく、闘う気力をも奪い去った。 

 

あの時と同じように。 

 

 

「どうした?」

 

「!?」

 

「もう終わりか?」

 

 

睥睨するリンク。

 

切っ先を首元に突きつけ、見下すように睨みつける。

 

リンクが放ったその言葉に、鬼は聞き覚えがあった。

 

かつて、自分を追い詰めたあの“鬼狩り”が放った台詞と全く同じだった。

 

あの炎のように熱く、心を燃やすような闘気を持った男。

 

その姿が重なり、鬼は思わず悲鳴を上げた。

 

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!!」

 

 

持っていた武器をこめかみに押し付けて弾丸を放とうとするも、弾切れで何も起こらない。

 

怒り狂って武器を叩きつけ、なんでもいいから目の前のこいつを殺せるものはないかと腹を抉って探る。

 

腹の中を掻き分けて武器を探していると、何かがその手を斬りつける。

 

それを掴んで取り出すと、それは刀だった。

 

長い間使い込まれていたのか柄巻はボロボロで、刃毀れまみれの刀。

 

それを見た瞬間、鬼の頭にかつて人間だった頃の記憶が流れ込んできた。

 

 

『惨めだなぁ、武士道だの何時までも時代遅れな』

 

「··········ッ!!」

 

『では武士道とやらで弾を撃ち落としてみろ!! ははは!!』

 

 

何年も国に尽くしてきた自分が、いつの日か新時代の武器によって見下され、刀なんてものは無力だと思い知らされた。仲間達も剣の方が優れている、銃なんかに負けはしないと励ましてくれたが、結局は皆銃の前に殺された。

 

剣よりも銃の方が優れている。

 

その事実に叩きのめされ、自分の武士道も否定された。

 

剣は無力。

 

なのに。

 

目の前の男は剣だけで迫り来る銃弾を躱し、今自分の首に刃物を突き付けている。

 

それが。

 

堪らなく悔しかった。

 

 

「この村の人達がお前に何をした?」

 

「!?」

 

「お前に何か迷惑をかけたか?」

 

 

睨みつける眼光は変わらず鋭く、その殺意が鬼を鷲掴みにする。

 

 

「お前らはなんのために存在している。罪のない人々の命を堂々と殺め、己の欲望のままに喰い荒らし、生き永らえる。それでどれだけ多くの人間が悲しんだか。親を殺された子供達、残された者の悲しみ、孤独感。それを考えたことがあるか?」

 

 

鬼は、またその言葉にハッと顔を上げた。

 

聞き覚えのある言葉。

 

しかし自分の記憶じゃない。

 

今はもう薄れた、かつての主人の記憶。

 

細胞の記憶。

 

 

「わけもわからず命を狙われる恐怖を味わったことはあるか? 大切な人が目の前で殺される、その気持ちがわかるか?」

 

「ッ!?」

 

「何でわからない? 何で簡単に奪える? 命を何だと思っている?」

 

 

リンクの退魔の剣がそれに呼応するように輝きを増していく。

 

それを上に掲げ、ついにその殺意は解き放たれる。

 

 

「何の罪もない市民を巻き込む無差別攻撃············絶対に許さないぞ、鬼!!」

 

 

鬼に避けるだけの余裕はなかった。

 

もしかしたら、銃弾よりも素早かったのでは、と感じた。

 

しかし、

 

 

ガキン!!

 

 

鬼の表情は変わらなかった。

 

ただ口元で何かを呟いただけで、それこそリンクの剣筋を防いだ。

 

 

「血鬼術────鹵獲腔・戦禍陣狼」

 

 

それは瘴気を纏った一撃だった。

 

禍々しい鋸のような模様の影を全身に覆い、赤黒い瘴気もあって力を増幅させている。その変化に周囲の空気は揺れ、リンクも後ろへと後退させられる。

 

見ればわかる、明らかな変身。

 

狼のような姿となって、構えている剣でこちらの喉笛を掻き切ろうとしている。

 

 

「俺は··········“佩狼”。かつて十二鬼月の『下弦の弐』として君臨していた」

 

「········」

 

「これからは一人の武士として、貴様を殺す」

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

両者の距離は詰められていく。

 

互いに睨み合い、一触即発の空気が辺りを支配した。

 

 

「「········」」

 

 

二人はゆっくり歩み寄り、その間合いを埋めていく。

 

近付くにつれて足が速くなり、遂に衝突する。

 

佩狼が突然笑い声を上げながら、手に持つ刀を振り上げた。

 

酷く嬉々とした様子で、リンクへと身体全体で飛びかかる。対するリンクは冷静に構え、振り下ろされた刀を退魔の剣で受け止めた。そして受け止めたまま剣を大きく振り抜き、刀ごと佩狼を吹き飛ばしてしまった。 

 

しかし、敵も負けてはいない。

 

佩狼はすぐに体勢を立て直すと、独楽のようにくるくると身体を回転させながらリンクへと躍りかかる。

 

 

「ハァッ!」 

 

 

上段、中段、下段。

 

連続で繰り出される斬撃の嵐。

 

リンクはそれらを真っ向から迎え撃ち、全ての斬撃を器用に捌いていた。剣戟の音が響き渡るたびに、リンクは徐々に敵の体勢を崩して逆に追い詰めていく。

 

リンクという剣士は、他に類を見ない使い手なのだ。

 

これまでの兵士やハイラル国が、彼の振るう剣にどれだけ助けられてきたことか。 

 

幾度目かの鍔迫り合いの中で、リンクの鋭い蹴りが佩狼の腹を捉えた。佩狼は蹴られた衝撃で唾液を吐き出して顔を歪め、背後によろける。

 

やはり、闘いの技量はリンクの方が圧倒的に上手のようだ。 

 

リンクはマスターソードに宿る破魔の輝きを放つ切っ先を、まっすぐに佩狼へと向けた。

 

 

「········なるほど」

 

「あ?」

 

 

幾度か剣を合わせて、リンクは佩狼という鬼の持つ本当の能力に気が付く。

 

 

「本当のお前は、剣を大事に想っていたんだな」

 

「!?」

 

「俺にはわかる、本当のお前は剣の道を愛していたはず。それほど使い込まれた剣を、未だに大切に持っていたのがその証だ」

 

「ッ!?」

 

「だが、あの飛び道具を手にしてからいつの日かそのことを忘れ、剣という道を見失った。だからか? 剣筋にわずかなブレがあるぞ?」

 

 

そう評された佩狼が、口の端を歪めた。

 

 

「ごちゃごちゃとうるさい奴だ········戦いの最中にお喋りとはァッ!!!!」

 

 

佩狼が、怒濤の勢いで刀の連撃を繰り出した。 

 

その速度たるやまさに嵐の如く、リンクの剣術を持ってしても防戦一方となる。

 

が、

 

素早い踏みこみでも、リンクにとってはさほどの脅威でもない。ブレブレの剣筋はリンクには効かない。佩狼が刀を振り抜きざまに、左から袈裟切りを仕掛けてくるのは読めていたからだ。

 

よって、だ。

 

リンクは冷静に、己に向けられた無数の剣筋を迎え撃った。最小限の動きで目の前の敵の斬撃を躱し、すかさず死角に潜りこんで一撃を叩きこむ。 

 

その戦法で攻撃を仕掛けた後も、リンクは止まらない。

 

佩狼が狼のように走り回るのなら、こちらも追うだけだ。戦場を飛び回るように動きながらリンクは表情を変えぬまま、輝きが四方八方に散る乱撃を放った。それを受け止める佩狼はその動きについていくのがやっとだ。

 

容赦のない剣筋である。

 

防御が一瞬でも遅れれば、佩狼の首は切り落とされてしまうだろう。 

 

佩狼は背筋に冷ややかなものを感じながら、『呼吸法』も『型』も持たないリンクの勝率を半分以下と過小評価した自分を呪った。

 

冗談ではない。

 

彼の実力は紛れもなく人間として到達できるレベルの極限だ。 

 

 

「なんなんだ·······ッ!? なんなんだお前はァァァアアアアアアッ!!!??」 

 

 

奇声を上げながら向かってくる。

 

佩狼は気合い一閃、リンクに向け上段から刀を打ちこんだ。 

 

しかしリンクにとっては、それは癇癪を起こした狂人が見境なく振るうだけの滅茶苦茶な剣筋だった。

 

リンクはとっさに身体を捻り、至近距離から放たれた刀を片手で受け止めてみせた。

 

ガキンッ!! と。

 

盾で弾かれ、一瞬硬直したところに、そのまま前に踏みこんで佩狼へと肉薄する。

 

佩狼は刀を振り回しながら、リンクを迎え撃った。斬撃に瘴気を纏った回復出来ぬ攻撃を巧みに織り交ぜ、攪乱しているのである。 

 

刀と瘴気が織りなす、緩急つけての乱れ打ち。

 

佩狼の独特な戦闘方法には、さすがのリンクも一筋縄では対応できない。

 

かのように思われた。

 

 

「ッ!!」

 

 

リンクは身を深く屈めて振るわれた刀を躱し、佩狼の懐に潜りこんだのである。

 

佩狼も、敵がまさか攻勢に出てくるとは思っていなかったのだろう。驚きに目を見開いている。リンクの振るう退魔の剣が、容赦なく佩狼の顔面に叩きこまれた。

 

 

「あが·······ッ!?」 

 

 

佩狼の舌に刃が刺さり、その突き刺し攻撃に耐えられなかったのか思わず膝を付く。

 

よほどリンクの一撃が堪えたのだろう。口から血を流し、それでも戦意は失っていない。

 

当のリンクは顔色一つ変えず、倒れた佩狼を見下ろしていた。

 

 

「せっかく人に誇れる道を進んでいたというのに、お前はその道を外れた。だから負けるんだ」 

 

 

リンクの侮蔑の眼差しに、佩狼は箍が外れたような笑みを浮かべた。

 

回らない舌をなんとか動かし、血まみれの口で言う。

 

 

「ハ、ハハ········なるほど。あの御方が警戒するのもわかる」

 

「狙いが俺ならいくらでも受けて立ってやる。でも、関係ない奴を巻き込むっていうなら········容赦はしないッ!!」 

 

「舐めるなァァァアアアアアッ!!」

 

 

そんなリンクの忠告など、佩狼にとっては馬耳東風なのだろう。奇怪な笑い声と共に再び刀を振り上げ、リンクへと突進した。

 

破れかぶれの特攻のつもりだろうか。

 

────愚かな。

 

 

「フッ!」 

 

 

リンクの放った反撃の一撃が、佩狼の顔面を直撃する。

 

柄を向けて迫ってくる顔面に叩き込む。

 

だが、さほど有効な打撃ではなかったようだ。

 

鼻先を少し折っただけである。

 

しかし、それでいい。

 

 

「········()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「!?」

 

「お前の言っていた言葉だぞ? 言った本人が忘れてどうする?」

 

 

指先で手招きし、佩狼を挑発する。

 

 

「来いッ!」 

 

「ハアァァァアアアアアアアッ!!!!!!」

 

 

佩狼が刀を振り上げ、まっすぐにリンクへと向かってくる。 

 

敵の振るった大振りの側面打ちが、しかしリンクには当たらなかった。後ろへ飛んでバク宙し、静寂に染まった世界に入ったのだ。

 

リンクは表情を変えず、剣を構えて体勢を立て直して敵を見据える。

 

だが佩狼も数多の死線をくぐり抜けてきた武士。 

 

すぐに反応し、迅速な対応を見せる。

 

退魔の剣を振りかぶるリンクを受け止めるのは、先ほどあの少女の拳を受け止めた影の沼。 

 

ありとあらゆる攻撃を沼に引き摺り込んで無効化する妖の術。 

 

あの沼には、少女の銃弾をも砕く一撃を無力化する『異能』が働いている。リンクの持つ退魔の剣はあくまでも邪悪な者に対して威力が上がるだけ。

 

その先に障害があれば、その破魔の一撃は届かない。

 

故に、この『異能』は突破できない。 

 

だが────それは佩狼の異能が、リンクの剣閃を捉えられればの話。

 

 

「ッ!!」

 

 

地に足を付けた瞬間、リンクの姿が消えた。

 

目にも止まらぬどころか、視界に全く映らなかった。

 

直後、

 

 

ザシュッ!!

 

 

「················は?」

 

 

ズババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババッッッ!!! 

 

 

「〜〜〜ッッッ!!!??」

 

 

反応が遅れた。

 

下半身の感触が無い。

 

そればかりか、視界のあちこちに赤い鮮血が舞っていた。

 

それは血飛沫をまき散らしながら飛ぶ、自分の腕や足。 

 

そう。

 

いかに佩狼があらゆる攻撃を無力化する異能を持っていようと、見えない攻撃は掴みようがない。すなわち防ぐことができない。 

 

だからリンクはそうした。

 

鬼の動体視力を遙かに上回る速度で剣を振るい、剣の振り自体を視認できなくしたのだ。 

 

すなわち見えない斬撃。

 

それこそがリンクという勇者が所有する剣技の一つ。

 

 

ラッシュ。

 

 

単純な速度で言えば、あの魔王の分身よりも数段上だ。

 

いかに闇の沼で身を守ろうとも、それを突破する手段などいくらでもあるのである。

 

技の勢いを殺しきれず、佩狼はそのまま宙へと投げ飛ばされる。 

 

 

「な········ッ!?」

 

 

リンクの奥義の威力は凄まじく、佩狼は全身の体が文字通り引き裂かれた。

 

あらゆる方向から斬られた体は塵へと変わり、しかし首は取れていない。

 

全ての不浄を祓う退魔の剣、マスターソードといえども首を斬ってトドメを刺さねば死なない。首から鎖骨部分だけを残した佩狼はまだ生きている。

 

首のある頭はリンクによって吹き飛ばされ、宙に高く浮いていた。

 

落ち着いた目で狙いを定め、それから集中するように呼吸をする。

 

そしてトン、と軽くその場で飛び上がった。

 

そこへ、

 

ドッパァァァッ!! と。

 

背後の瓦礫が周囲に吹き飛び、そこから一つの影が飛び出してきた。

 

 

「ムゥゥゥウウウウウウウッ!!」

 

 

相変わらず、憎らしいほど最高のタイミングで、

 

とある少女は自力で瓦礫から抜け出し、

 

大きくなった体で地面を蹴ってリンクの元までやって来ると、地面と彼との隙間を潜るように、少女の足が差し込まれる。リンクは盾サーフィンのような感覚で彼女の足に自分の足を乗っけて着地する。

 

リンクと少女の二人には、作戦会議どころか言葉を交わすこともなかった。

 

そんな余裕はなかったし、言わなくてもやるべきことはわかっていた。

 

もはやここまで来たら上っ面の言葉など必要ない。リンクの少女に対しての信頼は厚く、その重みを受け取ったからこそ、少女は躊躇うことなく力を貸す。

 

そう。

 

リンクと少女の絆は、

 

誰にも、

 

引き裂けない。

 

 

「ムゥゥゥウウウウウウウッ!!」

 

 

少女の雄叫びと共に伸ばした足を斜め横に振り回すような軌道で思い切り薙ぐ。

 

瓦礫に押しつぶされ火傷を負っているとはいえ、この子は特別だ。

 

故に、だ。

 

 

ドッ!! という爆音が炸裂した。

 

 

リンクの体が、少女の脚力を借りて砲弾のように射出されたのだ。

 

 

「········ッ!?」

 

 

その瞬間、佩狼は掛け値なしに絶句した。

 

体はまだ再生していない。あの奇怪な剣のせいで再生を阻害され、そしてそれを持った青年は空気を掻き分けて一直線にこちらに向かって突っ込んでくる。

 

着弾まで、〇・五秒もない。

 

しかしその一瞬の間に、佩狼は確かに見た。

 

その力強い瞳の奥に宿る、炎。

 

まさにそれは自分を討ち取ったあの男と同じものだった。

 

 

「ハアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

絶句する佩狼に対して、リンクは無我の境地にあった。 

 

ノーバウンドで佩狼までの距離を縮めたリンクの刃は、真っ直ぐその鬼の急所に直撃した。

 

佩狼は確認している暇もなかった。

 

自分の視界がバラバラになり、世界が幾重にも重なった。

 

瞳が最後に捉えたのは、迫ってきたリンクが先ほど同様に素早い剣筋で何連撃も放つ姿。それがあちこちから見え、自分の視界まで斬り裂かれたのだ。

 

それを無意識に認識した時には、残っていた口元が勝手に『ば』『か』『な』とゆっくり動いていた。 

 

 

────────終わりだ、佩狼。 

 

 

退魔の剣を振り下ろす。

 

肉を抉り、反動が肩を蹴る。 

 

迫り来る抹殺の刃に佩狼は反応を示せず、最後まで理解を拒むような気持ちでリンクの退魔の剣に斬り刻まれた。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

リンクも自身で放った斬撃の威力を殺しきれず、空中でくるくると空回りしながら落下すると、地面に背中から激しく打ち付けられ呻く。

 

直後に跳ね起き、前を油断なく観察する。 

 

十秒経ち、二十秒経つ。

 

破魔の輝きを放つ退魔の剣から光が消えていく。

 

敵は塵へと変わっていっていた。 

 

ゆっくりと息を吐くと、少女の方を振り返り笑って見せた。

 

 

「は、ハハハ·······終わった、な」 

 

「ムー!!」

 

 

少女は大人の姿のままリンクに近寄ると、その手を広げて彼の目線に合わせるように挙げられた両手を叩く。

 

二人は喜びを分かち合うようにはしゃぐ。

 

だがいつまでも喜んでいられない。

 

周囲の景色は崩壊。希望の象徴だったイチカラ村は壊滅。今もなお燃えている炎を見て、リンクは思わず歯を食い縛る。

 

 

「ムー」 

 

 

すると、

 

少女が手招きするので、リンクはつい彼女の方を見て目線を合わせる。

 

と、素早くこちらの首に手を回され、不意打ち気味に頭に軟らかい感触が押しつけられる。撫でられているというのはわかったが、その少女の行動にリンクは自身の頬が紅潮するのを感じる。

 

元気出せ、って言いたいのだろう。

 

彼はその少女の善意に甘え、つい笑ってしまった。

 

直後、

 

 

ドッ!! という轟音が炸裂した。

何か邪悪なものが、リンク達の背後で飛び出してきた。

 

 

二人がその音に気付き振り返ろうとした瞬間、

 

 

「ムゥ!?」

 

 

すぐ隣から少女の呻き声が響いたかと思うと、その姿が消えていた。

 

彼女は足を取られ、地面に体を叩きつけられてしまうように転がっていたのだ。彼女は仰向けになり、足をばたつかせて振り解こうとするも、足が何かに掴まれていて動けていなかった。

 

 

『手』

 

 

赤黒く染まった手が少女の足を凄まじい力で締め付け、逃さないように拘束していた。

 

その手の出所を視線で追ってみると、先ほどまで戦っていた鬼の死骸があった。

 

瘴気に蝕まれ、塵へと変わっていた鬼の死骸から赤黒い霧が発生し、その霧はやがて沼となり、沼から『手』が生えてきて、少女を捕獲するようにがっしりとホールドした。

 

『瘴気の手』

 

魔王の瘴気によって生まれた沼は彼女を掴み、闇の中に引き込むように素早く沼の中へと戻っていく。

 

 

「ッ!?」

 

 

思考が停止する。

 

体が凍りつく。

 

 

「─────ッ!!」

 

 

無意識のうちにそんな声を出しながら、リンクは無我夢中で連れてかれる少女の手を掴んだ。

 

そのまま。

 

二人は。

 

闇の底へと引き摺り込まれていった。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

イチカラ村近くの診療所は修羅場を迎えていた。

 

 

「木綿は!? もうないのか!?」

 

「用意した分は使い切りました! 持ってきます!」 

 

 

医師と助手達が、半ば悲鳴のような声を上げながら慌しく動き回っている。

 

この事態の原因は、つい先ほど発生したイチカラ村襲撃に端を発する火災である。あの火災により、診療所には数十名の怪我人が運びこまれたのだ。 

 

これほどの事態が発生するなど、診療所の誰も予期していなかった。

 

病室も寝台も、人の手も足りない。

 

ほとんどの怪我人たちは満足な治療も受けられず、床に横たわり呻き声を上げることしかできないのだ。助手の一人が慌てた様子で消毒終わったと医師に報告する。

 

 

「晒しで傷口を押さえるんだ!」 

 

 

医師は助手達に指示を出しながら、眉間に深い皺を刻んでいた。被害者の多くは、イチカラ村から運び込まれた村民である。

 

 

「·······酷すぎる!!」

 

 

なぜ、こんな悲劇が起こったのか。

 

一介の医師に過ぎない彼には、それを知るすべはない。

 

自分に出来ることはただ、目の前の患者たちの命をひとりでも多く救うことだけである。 

 

火傷を負った女性の背中に薬を塗りながら、長い夜になりそうだと思う。 

 

いくら処置をしても患者の数は一向に減っている気がしない。全員に処置が行き渡るまで、果たして彼らの体力は持ってくれるだろうか。 

 

と、そこに。

 

どたどたどた、と乱暴な足音が響いてくる。 

 

病室の戸口を見れば、見慣れた面子がやって来ていた。

 

ゾーラ族、ゴロン族、ゲルド族、リト族の長達が、息せき切った様子で現れた。

 

 

「追加の負傷者だゾッ!!」

 

「こっちも頼むゴロ!!」

 

「傷薬と包帯をありったけ持ってきた!!」

 

「まだ必要なら言って!!」 

 

 

医師は額の汗を拭きながら、助っ人にやってきた各種族の長達に感謝を述べる。 

 

彼らの手も加わり、皆深刻な顔つきで診療所を見回している。

 

皆が手を貸してくれていなければ、犠牲者はもっと増えていたかもしれない。 

 

医師はゾーラの王に、

 

 

「プルアさんならイチカラ村に向かったところです!!」

 

 

と告げる。 

 

ゾーラの王はこくりと頷いた。

 

それから、病室を埋め尽くすように横たわる怪我人たちを見回し、

 

 

「なんて酷いことを········ッ!!」 

 

 

ゾーラの王が苛立ちに任せて舌打ちをすると、連鎖的に他の長達にまでその感情が伝わる。 

 

八つ当たりなど大人げないとは思うが、彼らにはゾーラの王の気持ちもわからなくもなかった。こんな悲惨な状況を生み出した犯人が目の前にいたら、その顔を思い切りぶん殴ってやりたい。

 

そう思うくらいには、長達も怒りを感じていたのだ。

 

そして、医師にとあることを尋ねた。

 

 

「リンクとあの少女はどこだ!? ここにはいないのか!?」

 

 

ゲルドの長である少女が聞いても医師は知らないとばかりで、他の長達も助手らに聞いて回っても詳しい情報は得られなかった。

 

それから、だ。

 

彼らは英傑達が使っていた武器を握り締め、そのまま出口へと向かうと、医師達にこう言い残していった。

 

 

「オレ達も急いで向かう!!」

 

「みんなをよろしくゴロ!!」

 

「手が足りぬ時はゲルドの者らを使ってくれて構わない!!」

 

「物資が足りなかったらリト族のみんなに相談して!!」

 

 

それだけを言って、

 

四人の賢者達は仲間であるリンクの加勢に向かう。

 

 

────────だが、遅かった。

 

 

到着した時には、

 

すでに青年の姿はどこにもなかった。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

プルアがイチカラ村に着いた時、建物はすでに瓦礫の山と成り果てていた。

 

朝焼け。

 

その時刻まで手間取った彼女らは、ただ後始末をするだけであった。 

 

火消しや兵士達の奮闘により火は消し止められていたが、救助作業は未だにに続けられている。村での爆発ということもあり、負傷者の数は計り知れないようだ。 

 

ふとプルアは、百年前の惨状を思い出した。国に放たれた災厄により、多くの無辜の民が犠牲になったことは容易に忘れられるものではない。動乱の時代の最中だったとはいえ、あれはあまりにも惨い光景だった。

 

何者かが、あの悲劇を繰り返そうとしている。

 

災厄という意思のもと、罪なき人々を犠牲にしようとしている。

 

それは決して許されるべきことではない。 

 

 

「プルア!!」

 

「!!」

 

 

イチカラ村へと到着した賢者達を待っていたのは、ちらちらと舞う火の粉と、破壊された村の惨状だった。 

 

家々は崩壊し、あちこちに煙が上がっている。

 

廃墟の前で呆然と佇んでいるのは、帰るべき家を失った者なのだろう。焼け焦げた死体の前で、滂沱の涙を流している子供連れの姿もあった。 

 

人々の生活は、完全に破壊されていた。

 

 

「·············なんてことだ」 

 

 

賢者達は、いずれもみな啞然とした表情を浮かべていた。 

 

それも致し方ないだろう。

 

襲撃されたと聞き、加勢に来た矢先なのである。

 

その結果、

 

希望の村が、

 

守るべき村が廃墟となってしまっていたら、誰だって思考停止に陥る。

 

 

「ッ!!」

 

 

プルアは眉間に皺を深く刻みながら、歯を食い縛る。 

 

今回自分たちは、完全に敵の手の平の上で踊らされてしまっていた。

 

失態という他はない。 

 

プルア達はそれを、ただ黙って眺めていることしか出来なかった。己の弱さを、強く嚙みしめながら。

 

これは明らかに、宣戦布告である。 

 

足元に目を向ければ、何か筒状のようなものが転がっているのが見えた。

 

プルアはそれを手に取り観察する。

 

 

見たこともない物質だが、火薬の臭いがすることからこれがこの村の襲撃者の武器だとわかった。

 

 

辺り一帯は瓦礫まみれで、無事な家があっても、そこには無数の穴が空いている。

 

ここで、闘ったのだろう。

 

あの青年は。

 

勇者リンクは。

 

少女と共にここで襲撃者と対峙し、そしてどこかへ消え去った。

 

調査隊が捜索しても、彼の影さえ掴めず、そればかりか一緒にいた少女も見当たらなかった。避難したエノキダの話によれば、リンクと女の子を見たのはここが最後の場所だったらしい。

 

あとはどうなったかはわからない、とのこと。

 

自分を逃した後、二人は襲撃者と闘ったようだが、その姿は未だに確認されていない。

 

 

「·············ッ!!」

 

 

連れ去られたか、もしくはこの炎に跡形もなく燃やされたか。

 

どちらにせよ、勇者を失ったことには変わりない。

 

プルアは下唇を噛み締め、手にした筒を手の中で握りつぶした。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

闇の中で息ができなかった二人は、しかしその手を絶対に離さなかった。

 

無我夢中で掴んでいた手は決して離れず、そして周囲の闇が晴れていくのと同時、

 

 

バシャッ!!

 

 

という水を切るような音と共に、とんでもないほどの風圧が二人を襲った。

 

 

「「!?」」

 

 

彼は掴んでいた少女を抱き寄せ、慣性に任せて宙をくるくると舞う。

 

具体的な高度はわからない。

 

だけども自分たちが今どういう状況なのかすぐに把握した。

 

 

スカイダイビング。

 

 

沼の中にいたと思ったら、二人はいつの間にか空へと放り出されている。

 

顔に驚愕を張り付けた青年の顔の横へ、何かが横切った。

 

それは下から吹き上げる莫大な爆圧。

 

緑の閃光のようなものにぶつかった二人は、掴んでいた手が離れ、そのまま別方向へと飛ばされた。

 

 

「しまっ────────!?」

 

「ムー!!」

 

 

少女は離れていく青年をなんとか掴もうとするも、彼の体は遠くへ行ってしまう。

 

青年の方も少女を掴もうとするが、先ほどの緑の閃光によって吹き飛ばされ、どんどん引き離される。

 

少女はそのまま落下していき、青年の落下予定地点はそれとは別の場所になる。

 

風に流された青年は手持ちのパラセールを開こうとするが、風圧に煽られて上手く取り出せなかった。

 

真下には崩壊した建物が並んでおり、そこから悲鳴が聞こえてくる。

 

 

その中に二人は落ちていく。

 

 

わけもわからず放り出され。

 

 

前後の把握もできぬまま。

 

 

問答無用で新たな戦地へと降り立つ。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。