鬼滅の伝説   作:織姫ミグル

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第二章

 

 

「え······?」

 

「ムー!!」

 

 

それでも少年の意識はぼやけていた。

 

だがようやく、拡散しかけた意識が呼吸が整うと共に即座に再凝縮されていく。

 

────ありえない。

 

彼女はもうこの世にはいないはず。あれだけ探しても匂いの一つすら追えずに、最終的には死亡扱いにしてしまった。鬼が擬態して化けてるのか? 今日に限っては何だってあり得る。今まで鳴りを潜めて姿を見せなかった鬼が急に現れ、しかも巧妙に隠されていた刀鍛冶の里を襲撃してきた。だから新たな鬼が『上弦の肆』の加勢に来たのかと思ったが、嗅覚が人一倍優れている彼には理解できたはずだ。

 

────本物。

 

今見せた異能も、そしてその技を見せた鬼も、全てが少年の記憶と一致していた。

 

全身が酷く痛めつけられ、起き上がることができなくとも、舞い降りた人影をただ見つめる。

 

服装、髪色、匂い。

 

全てを一つ一つ確認していく度にその事実は明確になっていき、ついにはまたその者の名を口にする。

 

 

「ね、禰豆、子······?」

 

「ムー!!」

 

 

それはどう見ても、失くしたと思っていた大切な存在。

 

謎の模様が施された頭巾から流れる彼女の黒い髪も、魅力的だけど幼い一面が強く出ている雰囲気も、年齢のわりには内側からぐぐっと盛り上がるメリハリの利いた女性らしい体質でありながらも子供らしさを見せているその顔も、何もかもが一致していた。

 

自分よりも年上の姿をしながらも、それは確かに自分がずっと探してきた大切な家族。

 

だから、視界に入った瞬間、少年は呻くように声を溢し、そして力がない足をどうにか動かして、一歩ずつ確実に彼女の方へと近づいていく。

 

 

「あ······ああ······ッ!!」

 

 

追いつかない現実感。

 

何でとか、どうしてとか。

 

そんな論理的な心の動きよりも先に少年の心はとにかく違うものを求めていた。血まみれな体で近づいていき、足をふらつかせながらも、彼女の懐かしい匂いを嗅いだ途端にはもう、止まらなかった。

 

 

「禰豆子ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」

 

 

もうぐしゃぐしゃだった。

 

少年、竈門炭治郎は目の前のたった一人の妹、竈門禰豆子の姿を確認した途端にしがみつき、その華奢な体を砕いてしまいそうなほど強く、彼は腕に力を込めていく。

 

 

「うわぁぁぁああああああああああッ!!」

 

「ムー!」

 

「お前なんで急にいなくなるんだよォ!? ずっとずっと探してたのに全然見つからないし!! もう死んじゃったかと思っただろうがぁッ!!」

 

「ムー!!」

 

 

溢れ出る感情が抑えきれず、もう顔中涙で一杯にして自分の妹に抱きつく。

 

対して、その少女もまた自分の最愛の兄に再会できたことを喜ぶように、飛び込んできた彼を受け止める。震える彼の体を幼い子供をあやすような感覚で優しく叩き、己の胸にすがりついて嗚咽する兄をその腕で包み込む。

 

幼い頃よりずっと家族を支えてくれた兄が、これでもかと言うほどに歓喜の涙を流している。

 

流れる涙が雨のように降り注ぎ、自分の生存を喜んでくれる兄。

 

彼の体はもう血まみれで、それでも抱きしめる腕を決して緩めない。

 

妹の生存。その事実だけで、絶望しきった竈門炭治郎を再起させるには充分だった。

 

妹の体を強く抱きしめて、再会の喜びを分かち合った二人に、

 

異形の者の声が聞こえてきた。

 

 

「「「ガアアアアアアアアッッッ!!!??」」」

 

「「!?」」

 

 

二人が抱きついている中、前方の方で苦しんでいた異能の鬼どもが悲鳴を上げた。

 

 

「何だこの炎は!? 灼けた部分が全然治らぬ!?」

 

「な、何なんじゃ······何なんじゃ一体ッ!?」

 

「落ち着け見苦しい!! 遅いが確かに再生自体はできているッ!!」

 

 

喜怒哀楽のうち、喜と怒に楽の文字が舌に刻まれた三体の鬼が禰豆子の放った血鬼術にもがき苦しんでいたが、即座にその負った火傷を鬼の持つ特殊な細胞で修復させていた。

 

そして、三体とも全身の火傷を無かったことにするほどに回復させると、鋭い目つきでこちらを睨んでくる。

 

 

「なんじゃあの娘は? どこから現れた?」

 

「気配も全く感じなかったぞ。しかもこの妙な血鬼術は············!?」

 

「麻の紋様のような着物に市松柄の帯。そうか、此奴があの御方の言っておられた············ッ!!」

 

 

意識のピントが両者とも重なり合った。

 

血まみれの少年は再会した妹と共に顔を上げる。

 

二人は、至近から放たれる恐ろしいほどの殺意を真っ直ぐに見据える。

 

鉄の味が滲む荒い息を吐いたまま、炭治郎はしばらく黙っていた。加勢しにやって来た妹の禰豆子も、すでに鬼化していた。その状態でいると理性を失って、完全に鬼となってしまう危険性があるが、この状態でないとこいつらの相手はできない。

 

それぞれが違う能力を持ち、そしてそれら全ての頸を斬らねば倒せない。

 

四体いる中で、三体が二人に殺意を向けている。

 

哀の鬼は野放し。奴は今、特殊な弾で応戦していた鬼殺隊と対峙している。

 

何があったのかとかの説明は後回しにして、今はとにかく目の前の敵に集中だ。

 

 

「······禰豆子、やれるか?」

 

「ムゥゥゥウ······ッ!!」

 

 

唸り声で返事をする少女。

 

少年はその声を聞いて笑い、落とした漆黒の刀を拾い直した。

 

雑念を入れるな、再会の喜びの続きを味わうのは事が済んだ後だ。広大な大地を埋め尽くしていた空気は一変し、戦況は有利にはなってはいないものの、少年の消えかかっていた心の灯火は確かに再び燃え上がった。

 

刀を強く意識した。

 

歯を食いしばり、炭治郎は刀を強く強く握り締めて。

 

 

「行くぞ禰豆子ッ!!」

 

「ムゥゥゥウウウウウウウッ!!」

 

 

竈門炭治郎と竈門禰豆子。

 

再会した二人の絆は、もう誰にも引き裂けない。

 

二つの一撃が同時に放たれ、上弦という強敵に向かって駆け出していく。

 

力を合わせて突き進め。

 

目の前の敵を倒すために。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

炭治郎と禰豆子が再会し、離れたところで『上弦の肆』と対峙している頃。 

 

刀鍛冶の里は、戦渦の中にあった。 

 

里の街を埋め尽くしてゆく、錦鯉。津波のごとく襲い来る、手足を生やした異形の者たちの行進。本来であれば、刀を打つために大忙しで賑わう隠れ里。魑魅魍魎が、刀鍛冶の里をまかり通る。誰にも知られないように地図にも載ってなく、周囲に他の村もない場所で、相対するは武器の扱いには慣れていない刀鍛冶たち。刀を作ることはできても、それを扱う訓練は受けていないから対抗するには力不足だった。

 

 

「く、クソ·······ッ!?」

 

 

仰ぐ頭上、夜空に吊るされて捕食されているのは同僚たる刀鍛冶たち。 

 

振り返れば、何とか応戦しようと奮闘している仲間たちがいる。

 

普段行き交う人波と入れ替わったように、跋扈する錦鯉たち。刀鍛冶たちはそれを相手取り、己が打った武器を振るい続ける。爆風に傷つく里の直下、そこで何人かが残りの刀や資料を持って避難している。

 

突発的な襲撃によって生じた混乱から刀鍛冶が立ち直るまでに、しばしの時間を要した。 

 

いくつもの鍛冶屋から刀を打った際に発生した煙ではなく、倒壊衝撃によっておびただしい量の砂塵が舞い上がり、厚い雲を形成。倒壊衝撃波を見ると聞くとでは大違いで、その異常さは否応なく世界の終わりを予感させた。

 

時刻はすでに深夜を回り、空が漆黒に染まっている中で刀鍛冶はついに崩壊する。 

 

奴ら化物が横並びに行進しながら巻き上げる土煙が地平線をかすませ、錦鯉の上げる重低音の獣の咆哮に、刀鍛冶の肌が粟立つ。奴らは崩壊した刀鍛冶の里を徘徊しながら、確実にこちらの資源を枯渇させるためにまずは職人を討つ。

 

何度となく時代を渡って見た、避くべからざる全滅の予兆。 

 

どんなに隠して鬼から逃げていたとしても、結界を張るといったそんな陰陽道的な、それこそ鬼が使う血鬼術のような異能な技術が使われているわけではない。侵入されてしまった場合、そこの人間が殺し尽くされる可能性は一〇〇パーセントであり、未だ一例たりとも全滅を免れた例は存在しない。

 

そもそも見つかるとは思っていなかった。

 

だから護衛の鬼殺隊も少数で構成され、巧妙にその場所を隠していたのだ。

 

故に見つかったら全滅する可能性は極めて高い。

 

次の瞬間、爆発が起きる。 

 

前列に並んでいた錦鯉が建物を壊して突っ込んできて、火焔が噴き上がり、その奥から次列の錦鯉が突っ込んできた。紅蓮の戦場が現出し、空が燃えた。遅れて衝撃波がこちらまで殺到し、戦場の熱い風が全身を叩く。刀鍛冶たちは腕を上げて顔を防御しながら、目を細める。

 

灼熱色の空を見ると、ずきんと、襲撃で負った傷口が痛むのを感じる。 

 

終わりだ。

 

もうこの里は終わりだ。

 

襲撃を受けてから時が経ち、戦況は混迷を極めていた。

 

破壊された里の地面に、赤い血だまりが広がる。 

 

ニタニタと不気味に笑う錦鯉はどんどん自分たちを喰っていく。 

 

犠牲になった刀鍛冶の中には、柱の刀も担当している技術を持つほどの者もいた。

 

その身にすぎた敵を相手にした刀鍛冶たちは一人ずつ、まるで羽虫を掃うように殺されていく。

 

 

「み、みなさん············ッ!!」

 

 

慕っていた、尊敬していた先輩や師匠たちが屠られてゆく光景に、為す術もなくその場にいた刀鍛冶たちは、震えて眺めているしかなかった。 

 

悪夢としか思えない。

 

昨日までは語りあい、笑いあい、鬼の討伐のために刀を打った仲間たちが、ほんの数秒で、肉塊に変えられてゆく現実。

 

彼らにとって、その時間は死の順番待ちにすぎない。 

 

立ち向かって、勝てるわけがない。

 

背を向けたところで、逃げられるわけもない。

 

 

「············も、もう駄目だッ!!」 

 

 

怯える刀鍛冶たちは死を覚悟したように歯を食いしばる。 

 

そして顔を上げ、これから襲い来るであろう死という運命に食い潰されそうになった······その時。

 

 

「やあッ!!」

 

 

彼らの背を追い抜き、前へ出る者がいた。 

 

 

「遅れてごめんなさい!! みんなすぐに倒しますから!!」

 

 

桜餅のような、奇抜ながらも可憐な髪色。息を呑むほどの美しい見た目をした彼女は、その柔らかそうな体を存分に使って、その動きに合った刀を振るう。鞭のようにしなやかにうねり、しかし刀としての鋭さは失っていない。

 

担当の剣士でない刀鍛冶たちであっても、彼女の名を知っている。

 

 

「うおおおお!! 柱だ!! 柱が来たぞ!!」 

 

「凄ェ!!」

 

「これで助かった!!」

 

 

“甘露寺蜜璃”。 

 

“恋の呼吸”という呼吸法を使って柱まで登り詰めた剣士。

 

胸元は敢えて緩めて露出させているのか、それともその隊服を支給した奴の趣味か。鞭のようにしなる刀を手に、刀鍛冶たちの視線を背負い、異形の化物の下へと駆け出してゆく。 

 

崩壊した瓦礫を足場に、高く跳躍した蜜璃はその勢いのままに刀を振り下ろす。 

 

三六〇度全ての方向に同時に刃を振るえる刀は巨大錦鯉の頸元を切り裂き、着地と同時に足を刈る。

 

図体が大きい相手との戦いを、蜜璃は充分に心得ている。

 

刀を持った手で大きな円を描くように後ろに回し、腕を体の後ろ側かつ地面から斜め四五度の位置で止めて振り下ろす。

 

 

「うわっ!?」 

 

 

しかし近い建物の上から、増援の錦鯉たちが大量にやって来た。 

 

迫り来る錦鯉の群れを避けながら瓦礫を踏みつけて宙へ逃れると、甘露寺は宙を華麗に舞って一気に殲滅していく。鞭というよりかはリボンのような薄い布を振り回すように、それでも的確な太刀筋で次々と化物を倒していく彼女は、呼吸を上手く使って一瞬で大量の刀鍛冶たちを救っていく。 

 

軟体技で殲滅する一対多数を想定した戦闘スタイル。 

 

そして襲い来る錦鯉たちの群れを、甘露寺は文字通りに斬り倒していった。 

 

刀の一閃、鞭の絡め取り、握り、潰し、叩き切り、甘露寺の集中が満ちていく。

 

襲撃という未曾有の戦いの中、抗戦し続ける甘露寺。

 

その桜色の閃光に、異形の化物どもは跡形も無く爆ぜて消える。

 

 

「はあッ!!」 

 

 

一先ず里の一角に集まっていた化物どもを掃討したその大通り、甘露寺が振り向くと、刀鍛冶たちの亡骸に涙を流す仲間たちの姿。 

 

 

「ひどい············ッ!!」

 

 

今まで身を潜めていた鬼が引き起こした戦禍の中、甘露寺は己が働くべき次の持ち場を探し、里の中を駆けてゆく。

 

その時だ。

 

突然だった。

 

不意に見上げた空の中に、何か異色を放つ物体が遠くに落ちていくのが見えた。真っ暗な夜空が展開されている中で、一部が朝を迎えたように『蒼く』染まっていた。

 

ここからでははっきりとその姿を捉えることはできない。

 

しかし、直感でわかった。

 

 

(え!? 人間!?)

 

 

手足を生やしたような見た目から、それが『人間』だということはすぐにわかった。

 

甘露寺は食い入るように眺め、変わった風貌をしたその『人間』は、ここから遠く離れた森の中へと落下していった。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

「···········ッ!!」

 

 

視界が一瞬明滅した。

 

地面に叩きつけられる前に何かにぶつかって衝撃を緩和、しかしそれでも全身へのダメージは無視できない。普通に考えればあれほどの高さから地面に叩きつけられれば、その時点で絶命。しかし、彼の体力が女神の像に祝福の光を与えたことによって命が強化されていたことで、何とか生きている。

 

けれども、ここに来る前の戦闘で負った傷と、先ほどの落下によって負ったダメージが重なって少々意識が飛んでいた。

 

気を失っていた時間はほんの数秒程度だろう。

 

すぐに再起して立ち上がり、立ち籠める埃を払って周囲の状況を把握する。

 

 

「···········?」

 

 

どこかの小屋だった。

 

天井にぽっかりと開いた穴から差し込むわずかな光は···········いや、そもそも真夜中で月光すら届いていなかった。

 

それでも目を凝らして闇の中を探ると、一つの音が聞こえてきた。

 

何か錆びた物を研いでいるような音。

 

その音に反応して振り向くと、何やら人影が必死に作業しているのが見えた。

 

 

「あ、あの···········」

 

 

そう声をかけても、相手は応答しない。

 

ぶつくさと何かを呟き、あれだけの大きな音を立ててもその人は何も反応しなかった。

 

彼は困ったように首を傾げると、

 

 

「···········貴様もか?」

 

「え?」

 

「貴様も···········この“玉壺”を無視するというのか?」

 

 

急に耳に入り込んできた、一つの声。

 

その声に振り向き、誰なのか確認をしようとすると、

 

 

ズシャッ!! と。

 

 

彼の背後、そのすぐそこで異形の化物から何かが放出された。

 

 

「な────ッ!!」

 

 

────何だ、と彼が叫ぼうとした時、身の危険を感じて咄嗟に右方向に回避しようとしたものの、やはり反応が遅れてからでは体が自由に動いてくれなかった。自分のものとも思えない鈍重な動きに戸惑っているうちに、化物の無数の手から水流が放出される。

 

空間を下から上へと切り裂きつつ、一筋の青い線が伸びてきたかと思った瞬間、彼に水流が襲いかかった。化物の手から生えた壺の口から、水分を圧縮したような一撃が吐き出されたのだ。

 

高圧の水流の直撃を受け、咄嗟に挟んで防いだ頑丈なはずのハイリアの盾も悲鳴のような音を立てる。 

 

正面から水流を喰らって、それでも防ぐことには成功した彼はその軌道を変えるように盾を上へと振り上げた。水流は小屋の天井を切り裂いて、真っ二つにした。恐ろしいほどの水圧、当たっていればただでは済まなかった。

 

攻撃を仕掛けたであろう者の姿を確認しようとし、彼は即座に退魔の剣を構えて目の前にいる敵をその目に捉える。

 

 

「···········え?」

 

 

一瞬、全ての常識が砕けてしまった気がした。

 

彼は警戒して交戦の構えをとっていたものの、目の前の光景を見て動きを止めた。

 

肌が真っ白で、ぎらぎらと光りながらぬめっていた。そのゆらゆらとした体を支えるのは難しそうな胴体は、どういうわけか下半身に行くほど細くなっていき、最終的にはもはや体ではなくなっていた。 

 

壺。

 

水やらを入れて保管するために作られた物から体を生やしているそいつは、恐ろしい眼光を彼に向けていた。

 

だがその目。

 

本来、正しい位置に瞳があるべき二つの眼窩には、口があった。

 

気持ち悪いほどの分厚い唇から吐き出される舌は、わざとらしく舌舐めずりをしている。

 

そして、本来なら口がある所に瞳があり、額にもあるその白くて丸い目が捕食対象である青年を睨んでいた。

 

今まで討伐してきた魔物とは雰囲気の上でも大きく一線を画している。 

 

正直なところ、彼には何を考えているのか理解できない異質な目に思えてならない。目の前にいる魔物は、無言のうちにも底知れない圧迫感を対峙する者に与えてきた。

 

それで。

 

そんな魔物を目にして。

 

青年、リンクは。

 

思わず、口からこんな言葉を吐いてしまった。

 

 

「キッショ!?」

 

「ッ!!」

 

 

そんなことを言ってしまったせいだろうか、異形の姿をした魔物は罅に似た青筋を立て、顔面が割れそうなほどに怒り狂って汚い唾液を二つの眼窩から飛ばして叫ぶ。

 

 

「それは貴様の目玉が腐っているからだろうがアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!!」

 

「ッ!?」

 

「私のこの姿の、どこが気色が悪いと言うのだアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!!」

 

 

魔物はリンク目掛けて壺を構えると、そこから無数の足が生えてきた。

 

 

「ッ!?」

 

 

軟体動物のような触手が伸びてきて、リンクの体を呑み込もうとする。

 

リンクは退魔の剣、マスターソードを構えると、凄い勢いで伸びてくる触手に狙いを定めた。マスターソードを握った右腕を振り上げ、渾身の力を込めて叩きつける。 

 

だが、

 

ブニョッ!! と。

 

破魔の輝きを放っているその刃が、触手の弾力に弾かれてしまう。

 

 

(な··········ッ!?)

 

 

放たれた触手の肉質は、リンクが想像していたよりも柔らかかった。破魔の輝きを放っていることから威力も斬れ味も鋭いはずのマスターソードでさえ、この触手には刃が通らない。長い触手が鞭のようにしなって、リンクの左肩を痛打する。重たい衝撃が肩から入って足の裏へと抜けていった。最初に喰らった水流のダメージと累積して、体力は大幅に失われてしまう。

 

そして、

 

行き場の失った触手は狭い小屋の中を暴れ回り、最終的には隅々まで埋め尽くして、内側からの圧力に押し出された小屋の壁や天井は崩壊した。

 

 

「·········ッ!!」

 

 

衝撃を受けて小屋から吹き飛ばされるリンクは、またもや宙に投げ出される。

 

急いで宙で体をひねってバランスを取り戻し、着地点を探すために視線を地面へ走らせると、リンクの体は壺の形に似た水溜まりへと落ちていく。

 

中には人影らしきものが見えた気がしたが、リンクはそのことに気付かずにそのままその中へと落下。

 

ドボンッ!!

 

と、空気が一切ない水の中へと落ちた瞬間、外からの衝撃に耐えきれなかった水溜まりは弾けた。

 

 

「ガハッ、ゴフッ、グッ、ゲホッゲホッ! ゲホッ! ゲホッ!!」

 

 

と、苦しそうに咳き込む少年の声が聞こえてきた。

 

リンクも一瞬とはいえ、水の中に入ってしまった際につい飲み込んでしまい、気管に入った水を吐き出そうと内部の筋肉に力を込める。彼は気管に異物が入ったような感覚に拒否反応を起こし、懸命に咳き込んで内部の筋肉が膨れ上がらせて体外へ押し出そうとする。

 

 

「ゲホッ! ガホッ!!」

 

 

異物の水を気管から全て吐き出すと、外の濃厚な空気を肺一杯に吸い込む。不足していた酸素が体中を駆け巡るにつれて、濁っていた思考が鮮明になり、再び戦いに挑む集中力が高まってきた。

 

頼りになる愛剣、マスターソードを翳すと、刀身の蒼い光の刃がぎらりと輝く。

 

魔物の一撃に弾かれたものの、リンクの意志同様にその斬れ味は鈍ってはいない。 

 

その剣を構えて敵の姿を急いで探していると、視界の端にさっき小屋の中にいた人が映った。彼は小屋から投げ出されて、地面に叩きつけられても作業を再開させる。顔につけていたおかしな仮面が地面に叩きつけられた際に割れたのだろうか、整った顔付きをしながら懸命に何かを研いでいる。

 

こんな時でも構わず作業をする男にリンクは叫ぶ。

 

 

「そこにいると危ないぞ!? さっさと逃げてくれッ!!」

 

「··········」

 

 

そんな彼の声も無視して、男は無言のまま研ぎ続ける。

 

声が届いていないと感じたリンクは急いで男の方に駆け寄っていく、

 

と、

 

 

ズオッ!!

 

 

急に真横から飛んできた水流に反応が遅れたリンクは、それでも攻撃を読み切って鞭のようにしなる水流をバク転してその場から飛び退き、攻撃してきた魔物を見据える。

 

 

「く··········ッ!!」

 

 

しかし、わずかに額から血を流してしまったのを見ると、完璧には避けれなかったようだ。

 

額から流れる血が目に入らないように拭うと、先ほどの異形な魔物が気色の悪い笑みを浮かべていた。

 

 

「ヒョヒョッ!! 何やら変わった刀を持っているようだが、この蛸の弾力を斬ることはできんかったようだな」

 

 

などと言ってこちらを睥睨してくる魔物。

 

リンクは特に表情にも出さず、その魔物を睨み返す。

 

 

「なんだ、よく見たら貴様日本人ではないな? 顔付きに服装からして、異国の人間と見える。ということはその手に持っている武器は西洋剣か? だが日輪刀でないのであれば、私に傷一つ負わせることはできんぞ?」

 

 

そこまで言うと、魔物は掌に壺を出現させ、その中から小魚を召喚する。

 

見たことがない魚、サンケゴイやツルギゴイのような模様をしているが。

 

その魚が急に頬を膨張させると、

 

次の瞬間、

 

 

プッ!!

 

 

リンクは一瞬、魚の口元が光ったのを見た。 

 

細い針────矢。

 

魔物が吐き出した針。

 

いくつも放たれるものの一本でも掠ったりすれば、おそらくそこから毒が流れ込むだろう。魔物が生み出したものに何の細工もされていないはずはない。奴らはこちらを仕留めるためにあらゆる策を使ってくる。唾液に毒を混ぜている魔物もいたし、爪に毒を仕込んでいる魔物もいた。

 

いかな武芸の熟達者だろうと、視界の外から放たれた矢を躱すのは容易なことではない。 

 

しかし、先の戦いで無数の銃弾を放ってきた鬼の攻防を躱したリンクにとっては、それほど難しいことではなかったようだ。 

 

リンクは咄嗟に身体を捻って横に回避し、残りの発射された矢を片手で受け止めてみせた。

 

 

「·········」

 

 

掴んだ矢をゆっくりとした動作で離し、地面に落とす様子を見た魔物は息を吸い込むような笑い声をあげる。

 

 

「ヒョヒョッ!! 中々やるな。しかし今以上の量ならどうだ!?」

 

 

そう言って魚はさらに頬を膨らまし、先ほどとは比べ物にならないほどの量の矢を発射させる。

 

先の攻撃なんか豆鉄砲に見えるほどの量。伏せる暇もなく襲い来る毒針。

 

だが、

 

数千にも放たれる矢にリンクは特に表情を変えることはなく、退魔の剣が無数の残像を描いて片っ端から叩き落としていく。それは捌き切れるものではなかったはずだ。リンクの体全体を覆うように放たれた矢は足の先から頭のてっぺんまで容赦無く埋め尽くしている。

 

だというのに、波のように押し寄せる無数の矢を彼は正しく見切り、剣と盾で防いでみせた。

 

左半分は盾を構えて防ぎ、右半分は剣を無雑作に振るって全てを弾き返す。

 

一本一本的確に殺到する針を捌いていくその動きは、人間とは思えないほどに素早かった。

 

 

「な·········ッ!?」

 

「·········」

 

 

思わず魔物は表情を歪めた。

 

────何者だこいつ?

 

あの柱の小僧でさえも全ての針を防ぐことは出来なかったというのに。見たところ鬼狩りが使う『呼吸法』も使っていない。それなのに防いだリンクに、さしもの異形の魔物も信じられないというように口元と額の位置にある瞳を限界まで開いていた。

 

リンクは無表情のまま魔物を睨みつけ、その目が気に喰わない魔物は歯を食いしばってしまう。

 

 

「ッ!!」

 

 

ならば、と。

 

身体中に生えている腕からいくつもの壺を出現させ、そこから目にも止まらないほどの速さで高圧の水流を吐き出す。

 

網目状に展開された水流。

 

隙間を埋め尽くすほどの猛攻に、流石のリンクでさえも回避できないと思って口元を歪める。押し寄せる水流に引き裂かれ、体をバラバラにしたところでゆっくり捕食してやろう、といったことを考える。

 

初めての異人の肉。

 

その味はどんなものなのかと思うと涎が止まらない。

 

複数の水流が混ざり合い、数百メートルものサイズの巨大な槍と化す。

 

狙いは無茶苦茶でも、出現させた水流を右から左へと振るだけで命は奪える。どこに逃げようとも残りの水流がそのあとを追跡し、さらに続けて振り回せば簡単だった。

 

呼吸も使えない、そして日輪刀も持たない剣士など容易く殺せる。

 

大質量の水流でリンクの姿も見えなくなり、勝利を確信した。

 

その時だった。

 

 

ズババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババッッッ!!! 

 

 

発射した水流がリンクを呑み込もうとした手前で、いくつもの斬撃音が聞こえた。

 

確かに、水流はリンクの元まで到達した。不自然なうねりが作り出した暴力の塊は、そこらの森なんか丸ごと刈り取れるほどの破壊力を秘めていた。

 

なのに。

 

実際には、無防備なリンクには傷一つ与えられなかった。

 

倒れていない。

 

何かが妨害している。リンクとは違う別の者が、襲い来る水流を斬り刻んだ。

 

それは少年だった。

 

より正確には、先ほどまで対峙していた少年だった。

 

 

柱。

 

 

両頬に霞のような形を成した赫い痣を出現させた少年が、全ての攻撃を捌いていたのだ。

 

 

「ありがとう、鉄穴森さん。俺のために刀を作ってくれて」

 

 

完全な静寂の後、彼は新たに手にした刀を構え、後ろにいるリンクに言い放つ。

 

 

「危ないから退がってて、鬼殺隊でもない君が出る幕じゃない」

 

 

そう言われてリンクはつい唖然としてしまうが、すぐさま首を振って切り替えると、

 

 

「いや、それはどう考えてもそっちの方だろう? 君まだ子供じゃないか」

 

 

その時、少年のこめかみに痛い音が鳴った気がした。

 

 

「何言ってるの? 僕は柱なんだよ? どこの誰だか知らないけど、鬼殺隊でもない君がいると戦いの邪魔になるんだ。集中したいからあの人たちとどこかに隠れててくれない?」

 

「えっと、あの·········こっちも君がどこの誰なのか知らないけど、俺は大人で君は子供。俺には君を優先する義務がある。子供である君を危ない目に遭わせるわけにはいかない」

 

「一体何なの君? 俺のこと馬鹿にしてる?」

 

「いや、そんなつもりはないんだけど········あと一人称がさっきから変わってるけど、どっち?」

 

 

という会話を繰り返しているうちにどんどんヒートアップしていく二人。

 

もはや戦っていた相手のことなど眼中にないかのように無視し、二人は互いに押し合ってどちらかを退かせようとする。

 

その光景を見て怒りを募らせていく者が一人。

 

さっきから悉く無視され、ついに限界を超えた魔物、もとい『上弦の伍』はかつてないほどに怒りを爆発させて叫ぶ。

 

 

貴様らァッ!! この私を無視するなァァァアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!

 

 

直後、二人の間に水流が飛んできた。

 

恐ろしいほどに圧縮されて放たれた水流は両者の間を容赦無く両断し、強引にこちらの方に目を向けさせる。

 

二人はその攻撃を難なく避け、特に言葉も交わさずに目の前の敵を見据える。

 

そして。

 

 

「「········ッ!!」」

 

 

合図はいらなかった。

 

片方が動いた時には、もう片方も動いていた。

 

そういう関係の二人が、特に何の打ち合わせも作戦会議もせず、

 

真正面から敵へと向かっていく。

 

 

 

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