鬼滅の伝説   作:織姫ミグル

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第三章

 

 

奇抜な髪色をした女が加わってから、戦況は大きく傾いた。

 

敵を退け味方を救出する女の剣士の能力は、疾風迅雷と呼ぶべきものだった。 

 

錦鯉に追い詰められ必死に尻で後じさる刀鍛冶を救出し、味方を失い囲まれた者達を救出し、負傷した人間を両手に抱え一気呵成に運び出す。助けられた人間達は茫然自失だったり、必要以上に感謝を繰り返したり、それで女は何も言わずに戦場に戻っていったりしている。

 

だが、たった一人で広範囲の里を守れるわけがない。

 

女がいない場で錦鯉の猛攻に押し込まれた刀鍛冶達は陣地内で奮戦していたが、どう見ても物量の差で劣勢に追い込まれていた。 

 

当然のことだが、死と生が相食む戦場には見目麗しい美談ばかりが転がっているわけではない。 

 

不運にもタッチ差で救助が及ばなかった刀鍛冶が、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら多列に並んだ鋭い歯に磨り潰され咀嚼されていく光景を見た。

 

友人、同僚、仲間、家族を失った刀鍛冶の錯乱ぶりは目を覆わんばかりだった。

 

ある場所では、同じひょっとこお面を被った者の死骸の傍に座り込む者がいた。とにかく安全な場所まで連れ出そうと腕を取ると、猛烈な抵抗に遭う。いくら仲間はもう死んだと言っても彼はそれを信じず、他の者は他の救助者を助けるためにいったんその場を離れて行っている。

 

火の手がすぐ横手に建つ廃屋に迫っていた。炎上した鍛冶屋の炎が互いに呼び合い合流し、火災合流に至ると、猛烈な炎の渦を巻き始め、一二〇〇度を超える凄まじい温度に達する。

 

逆巻く紅蓮の轟音は、悪魔の哄笑のようだ。

 

黒煙を上げて真っ赤に燃え落ちる刀鍛冶の里。

 

空中を乱舞する火の粉。 

 

刀鍛冶達は大口を開けて追加の剣士が来たことで大いに叫んで必死に戦況を立て直そうとしているようだったが、戦況は悪化する一方だった。 

 

頭がなくなった仲間の肩に手を回しながら、必死の形相で手当てができる者を探し回るひょっとこだっていた。

 

それを。

 

錦鯉が、一人の刀鍛冶の体を空高く放り上げ、口でキャッチすると二体の錦鯉で真っ二つに引き裂く。 

 

灼熱の戦場の中で途方に暮れたように両手で顔を覆い、悔やむようにして無様に泣いているひょっとこ。彼の足下には誰の物ともわからない肉塊が混じり合い、くるぶしまで溢れていた。死者の内臓が飛び出し、断ち割られた頭蓋から脳漿が出て泥まみれになって転がっている。 

 

 

────世界の終わり。 

 

 

そうとしか形容できない光景。

 

この状況では、もうこの里は終わったようなもの。

 

 

『············』

 

 

それがどうも面白く、とても愉快そうに嗤っていた。

 

小高い丘に、不意に黒い輝きを放つ影の背。

 

戦場からは少し離れたところで、介入をするわけでもなく所在なさげに一人佇んでいる。

 

見下している影は、禍々しい顔を襲撃場に向ける。元から日の当たらない地下空間に閉じこもっている化物というイメージだったが、その顔はもはや愉悦を通り越して満悦そうだった。 

 

襲撃前はこれでもかというばかりに退屈そうだったが、現在のこいつは奇妙なことにとても愉快そうに嗤っていた。 

 

そして取り分け目立つのは、影が右手に持っているもの。

 

 

『クフ············フフフ』

 

 

影はカラカラと乾いた声を立てて嗤った。

 

嗤って、右手に握っている物を見せびらかすように前に持って来る。

 

それは人間の形をした腕だった。

 

斬り取られたかの如く歪な断面で、肘から先がない。

 

大きさから言って男のものではあるのだろう、しかしそれは異形の形をした手だった。

 

そいつは嗤いながら残酷な景色を眺め、その手から流れる血を酒の肴の如く喉の奥へと流し込む。

 

一目見ただけで、そいつは精神が著しく逸脱していることがわかった。

 

 

『············』 

 

 

影が足を鳴らしながら、一歩ずつ踏み込んで下を見る。 

 

むっ、とするほどの血の匂い。 

 

底を見た瞬間、濃い土埃の中から吹っ飛ばされた青年の姿が目に入る。 

 

正確を期すならば肉眼視できないほど小さい。 

 

目に見える距離の範囲では点にしか見えないが、それはずっと影が望んでいたもの。この常軌を逸した化物達が集まる世界に、ようやく奴はやって来た。

 

どうやら上手く行ったようだ。

 

成仏しきれなかった鬼の怨念を、瘴気によって擬似的に蘇らせた甲斐はあった。

 

あとは、上手く奴をこの世界で殺せれば············。

 

 

『────』

 

 

さて。

そろそろメインディッシュを頂くとしよう。

 

鬼の分身が刀鍛冶に喰いついていることを確認すると、この世界に来る際にねぐらにしていた『影の沼』を経由して、そこから何かを取り出す。

 

 

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『············フッ』

 

 

自分が放った刺客がメインディッシュを獲りに行くのを見届けると、影はまた沼の中へと引っ込んでいく。

 

たとえ送り込んだ刺客がやられたとしても、刻が満ちたら影の瘴気によって復活させることができる。

 

だから、安心して待つことができる。

 

極上なご馳走を獲って来るのを。

 

 

『············』

 

 

再び沼の中へと引っ込む影。

 

影は戦場に流れている殺伐とした空気に高揚し、この混乱に乗じて自分の目的を果たすことを企む。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

その鬼の第一印象は気色悪いで終わってしまったが、冷静に考えると、ある意味神聖さを帯びているようにも見えた。

 

手足が生えた蛇が直立しているようにも見えたのだ。

 

その独特な姿が、とある地域で語られる『壺蛇』と呼ばれる話が脳裏を去来する。

 

瓶や壺の中に飼われる小蛇のような形で、夜中に壺蛇が他家の物を咥えて来るため持ち主の家は金持ちになると言われている。さらに壺蛇持ちの家は富裕であると認識され、交際を避ける村人もいたと伝えられている。日本ではよく弁財天と一緒に描かれることがある。弁財天は豊穣と繁栄をもたらす水の神とされ、その使いとされる白蛇が一緒に描かれることが多い。

 

だが、その一方で邪悪な存在である妖怪や怪異的な立ち位置で語られる壺蛇もいた。

 

名を、『酒壺の蛇』と言う。

 

『今昔物語集』にある『仏物の餅を以て酒を造り蛇を見る語』にて語られている怪異。

 

その昔、大阪府北西部と兵庫県東部にあたる旧国名で摂津国と呼ばれる場所に一人の僧侶がいた。

 

彼は元々比叡山で修行をしていたもののさしたる成果もなく、生国の摂津に戻ってからは妻帯し、里の法事や説法の勤めを担っていた。

 

この僧は法会の供え物の餅を多く貰い、誰にも分け与えず家に置いて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()調()()()()()()()()()()

 

その後、妻が酒の具合を確かめようとして餅を入れた壺の蓋を開けてみたところ、壺の中で何かが蠢いているように見えたという。不審に思い火を灯してよく見ると、壺の中では大小さまざまな『蛇』が鎌首を持ち上げていたのだと言う。

 

妻はそれに恐れをなして逃げ戻り、これを聞いた夫の僧が同じように酒壺を覗いてみたが、やはり中では実に多くの蛇が蠢いていた。

 

それに驚いた僧は蓋をした壺を野原に運び、密かに捨て去ってしまった。

 

その数日後、壺の投棄された辺りに三人組の男達が通りかかり、彼らは壺から酒の匂いが漂っていることに気付き、怪しみながらも酒欲しさから恐る恐る蓋を開けてしまった。壺の中には酒が入っていたので、一人の男は『お前らは飲まなくていい、俺は捨て置かれていたこの物が譬え何であっても飲むぞ。命も惜しくはない』と言いさっそく飲み始めた。だが残る二人も元来酒好きであったため『一人が死のうとしているのに見捨てることはできない』などと言いながら共に酒を飲んでしまった。

 

またとない美酒であったので残りは持ち帰って数日に渡り飲み続けたものの、三人の身に何事も起こらなかった。

 

だがその頃、酒壺を捨てた僧は『己の邪見深きがゆえに供物で酒を造ろうとし、その罪深さから餅が蛇になったのだ』と自身の煩悩を恥じていた。やがて三人の男が野原で素晴らしい酒が入った壺を見つけたという噂を聞くと『酒が蛇になったのではなく、罪深いせいで我らの目にだけ蛇に見えたのだ』と悟り、いよいよ恥じ悲しんだという。

 

この話が伝えたかったのは、『実際は何も恐ろしいものではないのに疑う心や誤解から恐ろしいものだと誤解してしまうこと』を指している。

 

仏への供物に対する罪深い行いはこのように稀有の不思議を引き起こすこともあるため、やはり供物はむやみに貪らず、僧俗ともに分けて食べるべきものと最終的には考えられた。

 

疑いを抱いて物事を憶測すると、何でもないことにまで怯えることがある。

 

つまり、今目の前にいる化物の異常な姿に怯える必要はないということだ。

 

『勇気』を以って挑めば何も恐くない。

 

 

「「ッ!!」」

 

 

永遠のような一瞬、お互いが咄嗟に遭遇した敵の存在を認めて、壺の鬼が手に生やした壺からあの小魚が現れ、毒針を射出しようと大きく息を吸い込む。 

 

柱の少年、“時透無一郎”が飛び出すより前に、青年リンクがどこからともなく取り出した武器を高速で二本投擲。

 

刀身が錆びたように朽ちているものの、その刃には鬼が嫌う毒が塗られている。 

 

狙い過たず、一本が右側にいた小魚の脳を串刺しにして、毒針を吐く間もなく塵と化して絶命。残り一本を、左の小魚は素早く身をよじりあわやというところで回避。だが完全には避けきれず、尾鰭の部分に旅人の剣が擦る。 

 

擦っただけなのに、鬼の分身体である小魚は断末魔を上げる暇もなく塵と化した。

 

 

「······ッ!?」

 

 

たったそれだけで、壺鬼を驚かせるには充分だった。

擦り傷を与えた武器の匂いからでもわかる、あの刀身に使われているものは普通の鋼だ。しかもその刀身は朽ちていて、実際擦らせて後、後方の地面に落ちた瞬間に砕け散った。

 

 

「!?」

 

 

近くの木立の陰に隠れていた、柱の少年のために武器を作り与えたひょっとこお面の男性も同じ反応を見せた。

 

見ただけでもわかる。

 

異国の青年が投擲した武器は見るからに脆く、数回振るっただけでも壊れてしまいそうだった。だからそんな武器を当てても鬼には何のダメージも与えられないと思っていたが、予想は大きく外れ、刀身が当たった瞬間に鬼の分身が消え去ったことに驚愕していた。

 

リンクは小魚の苦悶の悲鳴も意に介さず、さらに退魔の剣を構えて目にも止まらぬ速度で走り込む。

 

タン、という軽やかな音と共にリンクが跳躍。

 

残りの小魚を殲滅しようとしているのだ。

 

鼻先が触れ合う距離まで舞い上がり、小魚の顔面に抱きつくようにしてマスターソードの破魔の輝きを放つ刀身を刺し入れ脳髄を破壊し、残りの数体をその刀身から放たれる斬撃によって速やかに小魚達を死に至らしめていた。 

 

複数の太刀筋をお見舞いして、瞬時に小魚共を切り刻んでいくリンク。

 

蒼い輝きの刃が空間を切り裂き、遠くにいる奴らを一匹残らず消し炭にしていく。

 

 

「ヒョ!! 中々面白い芸が出来るようだな。だが、まだまだ序の口!!」

 

 

などと言って化物を追加する鬼。

 

壺から現れる化物は先ほどの魚よりも大きく、人間を丸呑みにできるほどの大きさだった。背鰭に壺があり、気色が悪い腕まで生やしている。

 

無一郎がここに来る前に対峙した化物よりも大きかった。

 

しかし然程問題では無い。

 

怒りで我を忘れたように叫ぶ魚はしきりに体を回転させて尻尾で二人を薙ぎ払おうと試みるが、リンクと無一郎は完璧にその間合いを見切っている。リンクは魚の後脚の間にかがみこんでやりすごし、無一郎は尻尾の旋回半径の外側ギリギリに位置して刀を叩きこみ続ける。

 

 

ギョオオオオオオオオッ!!!!!???

 

 

悲鳴と共に魚が横倒しになる。 

 

鬼の位置からは見えなかったが、二人のいずれかが錦鯉の左の足を破壊したようだ。

 

大きく仰け反った錦鯉は最後の力を振り絞るようにして腹ばいになり、リンクに這いずり攻撃を敢行する。しかし、リンクは華麗なサイドステップで容易くそれを回避した。魚は彼の右横を空しく通り過ぎ、地面の草木を蹴散らしながら虚空を薙ぎ払う。 

 

その背中に、リンクはさらに破魔の輝きを撃ち込んだ。

 

壺を真っ二つ。

 

壺が上下に分かれた途端、魚の化物は絶命。

 

悲鳴を上げる暇もなく、その姿は空へと還っていった。

 

 

「す、すごい······ッ!!」

 

 

外国人と柱の少年の見事な連携に、木の陰に隠れて傍観しているひょっとこは目を見張った。

 

何処からともなく降ってきた異国の青年の剣技は、鬼殺隊が使う『呼吸法』のように洗練されていた。しかし彼は特に呼吸を意識している訳ではなかった。それでも、鬼殺隊で最上位の階級である柱の少年に合わせるほどに素早く動いている。

 

最初はなんだか険悪そうな雰囲気に見えて、ぴったり息が合っていた。 

 

 

「············」

 

 

無一郎も、呆然とリンクを見る。

 

ただの剣士ではないことは確かだった。現段階で見定めるならば、異国の青年の実力は鬼殺隊で言うところの甲辺りだろうか。低く見積もっても乙程度だろう。

 

小魚を殲滅した程度では本当の実力は測れない。

 

だが。

 

青年の実力は、少年が思っている以上に高かった。

 

 

「はあッ!!」

 

「ヒョッ!?」

 

 

すでに次の行動に移していた。

 

息を呑むような驚きの声が聞こえる中、距離を縮めて迫り来るリンクが鬼を睨む。 

 

こちらを射貫く細められた視線。

 

殺意の放射。

 

リンクは飛び出して地面を起爆させる。

 

体がバラバラになりそうな超加速で空間を駆け抜け、鬼の眼前にまで突っ込む。

 

持ち前の脚力で地面を蹴り上げ、加速の勢いを殺さず軸足に回転力をかけ回し剣を振り抜くと、そのふざけた見た目をした鬼の頸にぶち当たり、胴体もろとも破砕、

 

────したかのように見えた。

 

 

「!?」

 

 

手応えがない。

何の前触れもなく、いきなり鬼は虚空へと消えてしまった。

 

空間移動··················か?

 

急に消えた鬼に戸惑っていると。

 

彼の真横、すぐ近くで不意に水流が現れた。

 

 

「!?」

 

 

それが視界の端に映った瞬間、リンクは反射的に片膝の力を抜いて急速に横に転がるようにして回避した。さっきまで自分の頭があった位置を高圧の水流が走り、かつて戦ったガーディアンのレーザーのように空間を切り刻む。

 

 

「素晴らしい反射神経だが、どうやら壺の高速移動にはついて来れないようだな」

 

 

そんな声が聞こえて剣を振り抜きつつ振り返ったが、そこには誰もいない。

 

代わりに、ガン!! と側頭部に重たい衝撃が走り抜けた。拳で殴る感じではない。まるでガラスや陶器といった割れ物で殴ったような鈍いものだった。

 

彼の顔の横に、どろっとした液体が垂れる感触がした。

 

 

「────ッ!?」

 

 

ぐらぐらに揺らぐ頭で後ろを見ても、やはりそこには誰もいない。

 

だが、リンクはその瞬間にすぐに行動していた。

 

痛みを忘れて振り返った瞬間に真後ろへと自分の体を回転させ、バク転をするようにして剣を振り、神出鬼没の襲撃者の頭をかち割る。

 

 

「ヒョッ!?」

 

 

頭に刀身が触れる直前にその姿はまたどこかに消えるが、リンクはまるで予見をしていたかのように弓を構えて後ろへと二、三本ほど立て続けに矢を放つ。

 

 

「な────ッ!?」

 

 

リンクが放った矢の軌道上にはあの壺鬼がおり、壺から現れたその瞬間にまた壺の中へと引っ込んでいく。

 

それからリンクは勢い良く振り返る。 

 

だがやはりそこには誰もいなかった。 

 

それでも、壺鬼の戦い方を知ったリンクは鼻で笑う。

 

 

「高速移動は確かに厄介ではあるけど、他人の背後に回って攻撃するなんて見え見えの戦法は芸がないな」

 

「ッ!!」

 

「まるで負け犬だな。死角からの攻撃は脅威であっても、何度も繰り返されたら容易に対処できる。壺から別の壺に高速移動できる能力は便利だけど、正直お前には身に余ってるな」

 

「フン、つまらん挑発だのう。その程度で玉壺様が取り乱すとでも? それとおしゃべりはもう終わりだ。お前のような外人の肉は初めて味わうからな。不味かったりしたら敵わんから、口直し用にそこの小僧諸共さっさと殺してやる」

 

 

そう言って、リンクは声のした方に顔は動かさずに眼球だけを動かして向く。

 

視界の先にいる鬼を見つけると、リンクの口に嘲りが浮かぶ。

 

 

「なら、いつまでも逃げ続ければいい。それしか出来ないんだったら」

 

「ッ!?」

 

「ほら、逃げろよ。動き回れよ。無様に死角に隠れてでしか攻撃できない負け犬みたいに」

 

「〜〜〜ッッッ!!!!!!」

 

 

逆鱗に触れたようだった。

 

瞬間、身体中に生えた無数の手から壺を出現させ、その中から大量の小魚を吐き出した。

 

 

「血鬼術────一万滑空年魚」

 

 

それは、餌に群がる小魚のようであった。

壺から次々と放たれる小魚の口には鋸のような歯が生えており、リンクの骨を一本も残さずに喰い尽くすほどだった。

 

 

「外国人の分際でこの玉壺を侮辱しおってッ!! そのふざけた面、二度と見れぬように血を一滴も残さずに喰い尽くしてやろうッ!!!!!」

 

「ふざけた面はお前だろう」

 

「黙れぇぇぇぇええええええええええええええええええッッッ!!!!!!!!」

 

 

悍ましい大量の小魚が吹雪舞うように押し寄せる中、リンクは剣を構えて目を限界まで開く。

 

やることに変わりはない、一撃の下に撃ち倒すのみ。脳が猛烈な熱を発し回転速度がさらに上がる。

 

あの佩狼をして、かつてないほどの限界突破を体験していた。 

 

そこからは奇妙にスローモーションで世界が流れた。 

 

ゆっくりと流れる時間、体の全てを焼く熱。すべての軌道計算と地形計算を終え、リンクは無我の境地に入る。景色だけではない、その目に映るのは敵の未来位置の予測演算や距離計、時間の流れそのものが見えた気がした。

 

故に、一匹一匹の小魚がどのような動きでこちらに来るのかを理解し、最適な近道を即座に編み出す。

 

狙いを定める。敵の方が早い。 

 

転瞬、体を前に倒す。

 

そして。

 

 

「ッ!!」

 

 

リンクは地を蹴る。

 

神速の踏み込みで一〇メートルの距離を一瞬で詰める。

 

空間を超え、小魚がこちらに来るよりも先にリンクが突き進む。

 

いつものように特に敵の攻撃を回避したわけでも高い所から飛び降りたわけでもないのにもかかわらず、音速に届かんとするリンクの腕が小魚の密集によって生まれた雲霞の帳を吹き払う。

 

 

「な············ッ?」

 

「!?」

 

 

玉壺は、無一郎は己の目を疑った。

 

青年の姿が、見えなかった。

 

それだけじゃない、突き進む際に放たれた剣撃は凄まじく、その刀身が描く軌跡が捉えられなかった。

 

辛うじて見えても、その瞳は幻覚を映した。一振りの剣撃で三連続もの刃が振るわれているように見えたのだ。それが無数の太刀筋で振るわれたことで、もはやリンク自身は剣を構えたままだった。

 

実際は目にも止まらぬ速さで剣を振っている。

 

その証拠にリンクの周りには破魔の輝きが囲むように舞っており、けれど彼は一切腕を動かしているようには見えなかった。

 

なのに、一万にも及ぶ小魚達はリンクが通り抜けた直後、一歩遅れるようにして連鎖反応を起こすように四散していく。

 

切り刻まれた小魚の体液が雨のように降り注ぐ。本来ならその体液を浴びれば一貫の終わりだが、そもそもリンクが通り過ぎた後に弾けているため、その体液は無残にも地面へと散っていく。

 

精密攻撃であるはずの一万の刺客は、揃いも揃って青年に掠り傷一つ負わせられない。

 

 

(何ィィィ!? 全て斬り刻んだだと!? それも時間差で、体液を浴びぬようにして············ッ!?)

 

「エアァァァアアアアアアアアッ!!」

 

「ッ!?」

 

 

だが驚愕に眼を見開いたのは彼らだけじゃない、リンクもだった。

 

求めた敵の姿がない。

 

その無防備な鬼の頸に退魔の剣を振るった直後、手応えを全く感じなかった。よく見ると、鬼の形はあれど『それ』は皮だけしかなく、斬った頸はヒラヒラと紙のように舞って地面に落ちる。

 

中身がない。

 

それに気付いたリンクは呆れたようにため息を吐く。

 

 

「情けないな。やっぱり逃げることしか脳がないんだな」

 

 

そう落胆するリンク。

 

その声に、無様に逃げた玉壺は低い声で言う。

 

 

「外人如きが私をここまで追い詰めるとは。ヒョヒョ! いいだろう。お前達には真の姿を見せてやる」

 

 

声のする方、リンクの後ろにある木の上に何かがいた。

 

幹や梢に巻き付いている蛇のような影。その姿は先程までと違って筋肉質で、今まで見えなかった下半身が姿を現した。腰から下にあったのは、群青色の鱗の尻尾。尾鰭には尖った棘が伸びている。

 

方向転換のための制御舵を兼ねた魚の尾。

 

だがその姿を果たして魚と言って良いのか、判断に迷う。

 

どっちかと言うと蛇なのでは? と思った。

 

 

「この完全な姿を見せるのはお前達で四人。この姿を見た者は誰一人として生きてはいない。この透き通るような鱗は金剛石よりも尚硬く強い。この完全なる美しき姿に平伏すがいい」

 

「「···········」」

 

 

二人はノーコメント。

正直なところ、二人は特に驚く要素が見つからないので別に何も感じなかった。

 

リンクに至っては、先日ハイラルに現れた瘴気を身に纏った蛇女の魔物と対峙しているため、あれの亜種か何かかな? ぐらいにしか思わなかった。

 

無一郎に至っては、本気でどうでもいいのか、というより驚くのが面倒臭いという感じでぼんやりとした目でその完全な姿というのを眺めている。

 

その目が気に入らなかった鬼は真の姿となっても性格だけは変わらずに、先程までと同じように癇癪を起こして叫ぶ。

 

 

何とか言ったらどうなんだこの節穴共がッ!! 本当に貴様らは芸術に対して見る目がないなッ!!

 

「いや···········」

 

「そう言われても···········」

 

 

そう言って二人は互いに見合う。

 

瞬間。

 

予備動作もなしに二人はその場から飛び退いた。 

 

巨大なものが木の上から飛び降り、二人の立っていた場所に襲いかかってきたのだ。 

 

リンクと無一郎も咄嗟に逃れていた。

 

生存本能から来る危機察知に反応したのか、それとも自分でそれの存在に気づいたのか。いずれにしてもリンクと無一郎は即座に回避していた。 

 

玉壺が強靭な前脚を叩きつけてくる。二人はその動きを見切り、小刻みなバックステップを繰り返して回避していく。

 

最初に気付いたのは、よく見る蛇といった爬虫類の有鱗目の体のバランスの違いだ。他の蛇は長く伸びる尻尾で体を支える役割を担い、柔らかい体ではありながらも筋肉によって細く長く発達している。だから基本的に蛇のような生態は体をうねらせて動き、驚異的な俊敏さで短距離では時速二〇キロメートルに達することもあるという。 

 

それが目の前の鬼、玉壺の尾は大きく発達し、それ以上の俊敏さで襲ってきた。

 

下から睨み上げられるような鋭い視線。

 

加えてあの嘲笑。

 

二つの眼窩にある口が気持ち悪く口角を上げ、その二つの口が両側の木の上に回避した二人に言う。

 

 

「ヒョヒョッ!! 情けないなぁ···········逃げることしか脳がないんだのう」

 

「いや、単純に臭かったから。鼻が曲がりそうだよ」

 

「フン、負け惜しみか? まあ、無理もない。この体の柔らかくも強靭なバネ、さらには鱗の波打ちにより縦横無尽、自由自在よ。この素早さには流石の貴様らも付いては来れまい?」

 

「それって言い換えたらお前の逃げ足が上がったってことじゃないのか?」

 

「ヒョヒョッ!! そうやって挑発できるのも今の内よ。そら、その小僧を見ると良い」

 

 

次に印象的なのは、ぶん、ぶん、と音を立てて振るわれた腕。 

 

咄嗟に飛び退った後、指の間に水掻きの形状をした膜がある前脚が、それまでリンク達が立っていた地面を抉った。その場に奇妙な粘つく塊が残される。玉壺の鱗の色と同じ、それは時間の経過と共にふつふつと煮立つと、そこから無数の何かが間欠泉のように勢いよく飛び出してきた。

 

パクパクと口を動かす無数の鮮魚。

 

それはあの少年からも発生し、胸元の衣服が変色していくとそれは三匹の魚と成る。胸元が開かれ、少年の洗練された腹筋が顕になる。

 

────なるほど。

 

これは確かに脅威的。

 

あの掌に擦っただけでも終わりと思った方がいい。

 

見事な鱗のそれは玉壺がリンク達を威嚇して微妙に体を動かすにつれ、筋肉と共にうねるように動いていた。あの拳を握り締めた両前脚、そのいずれにも不気味な鱗が発光している。理解不能な謎の法則が付与されている。

 

何もかも、これまで対峙してきた化物とは違う。

 

しなやかに動く様子はまるで蛇だ。

 

接近したら、あの動きにも注意を払った方がいい。

 

それはそのまま、今までの経験が目の前の化物の力量を計る基準にならないということを告げていた。

 

 

「私の華麗なる本気を見るが良い!!」 

 

 

気色の悪い嗤い声を上げながら、玉壺は二方向に散ったリンク達を威嚇する。

 

遠くから見るよりずっと大きい。そしてその腕が次の瞬間、まるで真紅の宝石のように輝き出した。

 

 

「血鬼術────陣殺魚鱗」

 

 

目の前から、玉壺の姿が消えた。

 

そう思えるほど素早い動きだった。

 

移動したのだ。

 

真紅の宝石を残像のようにたなびかせ、縦横無尽に暴れ回る。

 

殺気が体に絡みつくようだった。

 

蛇自体は見たことあるものの、これまで見てきたどの蛇とも違う。これが先日の蛇女と近い種族にある生き物なのだとは信じられなかった。 

 

それはもはや、魚。

 

水の中を泳ぎ回る魚の如く。

 

森を駆け回る鬼はまさしく自由自在だった。

 

閃光のようなその速度に、視線は追いつくかわからない。

 

二人が一斉に自分の得物を抜き構える。 

 

玉壺が全身を使って躍動した。後ろの尾が地面を蹴った勢いを活かし、上体をのけ反らせ伸び上がるようにして跳ぶ。

 

やはり速い。

 

充分警戒していたというのに、リンク達は一瞬でその動きを見失った。周囲を見ればリンクの反対側、無一郎の目の前に着地している。だが、無一郎に襲いかかるわけではない。着地と同時に急に体を捻り、リンクに向き直るとそこから再び跳躍し襲いかかってきた。

 

 

「!!」

 

 

フェイント。

一度視界の外に出て、死角から跳びかかってきたのだ。それを理解した瞬間彼は木の上から飛び降りるために体を後方へ移動し、膝裏で枝を掴む。頭を後ろに倒し、上半身を下に落とすように倒れ込む。

 

両膝かけ回りを応用して地面に降り立ち、受け身を取りながら地面の上を転がる。

 

まともに殴られていたなら、

 

前脚から生えている爪や肌に擦っていたなら、

 

今頃リンクの体は鮮魚と化していた。

 

リンクを引き摺り下ろし、次は標的を無一郎に変えて跳ぶ。 

 

あれほどの巨体とは思えない身軽さだ。もちろんさっきと同じように進路を横に振る。着地と同時に地面に爪を立て、その巨体についた勢いを土ぼこりをあげて殺し、反動をつけて無一郎の横合いから襲いかかった。

 

 

「···········」 

 

 

リンクが襲われたところを見て既に知ったのだろう、無一郎も木の上から飛び降りてそれを避ける。

 

二人は無事避けて地面に降り立ったものの、攻撃するどころの話ではなかった。あんな不規則で鋭い動き、簡単には対応できない。

 

一瞬で、戦況が変わった。 

 

それほどの動きである。 

 

玉壺はその姑息さから、人の死角から死角へと動く習性なのだ。舌打ちをしながら強張る体を叱咤し、リンクは退魔の剣を構え玉壺へと走り寄った。

 

 

「ヒョヒョッ!!」 

 

 

無一郎に追撃を加えようとした玉壺を、距離を取って間合いを計っていたリンクが入り込んだことで防いだ。

 

あの手がどういった仕組みになっているかはわからない。

 

ただ、玉壺を相手にするためリンクはどんな邪悪なモノも浄化する剣で変速的な動きを捌いていく。無一郎も同様、多方向から迫り来る攻撃を刀で防いでいく。

 

二人の武器は鮮魚に成らなかった。

 

リンクの剣は破魔の輝きを放っているため大丈夫なようだが、何故少年の武器は変えられなかったのか、彼には理解できていなかった。

 

だが今はそれどころではない。

 

離れれば距離を縮め、近距離では跳びかかってきたり尾を振りまわして打ち据える。

 

開き直って接近したりすれば、罠にかかったとばかりに脅威の拳を叩きつけてくるのだ。

 

 

「さあどうかね!? 私のこの理に反した動き!! 鱗によって自由自在だ! 予測は不可能!!」

 

 

しかも、先程リンクを殴りつけた時と無一郎に向けて拳を叩きつけてきた時、明らかに動きがおかしかった。

 

今、見えている動きがあてにならないとなれば、間合いを見切るのも簡単ではない。

 

 

「私は自然の理に反するのが大好きなのだ!! お前達はどのように料理してやろうか!? 小僧の方は醜い頭を捥ぎ取り、外人のお前は体を魚人に変えてその整った顔を主菜として喰ってやろうッ!!」 

 

 

待ち構えるか、それとも拳かと誰もがそう思っていたのではないだろうか。

 

ところが低く身構えた体勢から、玉壺は素早い動きで跳躍する。

 

後ろからでも、背中合わせで武器を構えている二人の背が一気に緊張したのが見えた。 

 

それでも咄嗟に反応する。

 

玉壺は直線的には飛んでこない。大きく右か左に向かって動く。その前脚を突き出し、刃のような爪で斬りつけるように襲いかかってくる。

 

自分の偉大なる作品、及び特上なご馳走にしようと。 

 

改めて接近されると、玉壺の巨体から発散される圧迫感がビリビリと伝わってくる。

 

まるで実際に特別な何かが周囲にあるような重苦しさを突き抜けて、リンクと無一郎はその脅威の拳に呑み込まれる。

 

 

 

 

 

「霞の呼吸、漆ノ型────朧」

 

 

 

 

 

それは玉壺が接近してきた同時に、凄まじい量の白煙を吹き出した。

 

白煙は周辺が覆い尽くすほどの量にもなった────気がした。

 

 

(消えっ···········!?)

 

 

錯覚なのか、それとも何か特殊な技法なのか。いずれにしてもそれは、一向に霧散せずにその場でしばらく漂っている。そして、空間に満ちた白煙の見た目は、空間であるものの実際には物体のある偽物を浮かび上がらせた。

 

 

(いやあそこだ!! 見つけた!!)

 

 

それに引っかかった玉壺は拳を振るうも、その先には何もない。

 

 

(いない!?)

 

 

二人の姿がどこにもない。

 

隠れるもののない、開かれた場所でだ。 

 

今度こそ注意して見ていた。 

 

 

(あそこか!!)

 

 

今度の今度こそ、標的を逃さぬように一瞬で間合いを詰める玉壺。

 

けれどもやはりその姿を捉えられない。

 

これはやはり何かがおかしい。 

 

玉壺の中の本能が盛んに注意を呼びかける。すでに拳を構えていつでも放てるようにしているものの、ただどこを狙えばいいかはわからない様子だった。二人を探すも、やはりどこに注意を向けていいのかすらわからない。 

 

何が起こっているのかすらわからなかった。 

 

目の前で、遮蔽物もない空間で、まるで『霞』のように周囲の空気が揺らめいていた。

 

だが、今は日の出や日没の時間帯ではない。

 

霞など起こるはずがない。 

 

しかもよく見るとそれは、霞のように雲や霧が広がっているのではなく、ただ変幻自在の歩法で高速に移動しているだけだった。 

 

意識を極限まで集中すれば、ぼんやりとその姿が浮かび上がってきた。

 

けれど見えないままだ。

 

それでも輪郭が想像力で穴埋めされて、その姿が『観』えてくる。

 

 

「シェアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

突如、頸元を破滅的な衝撃が貫いて視界が揺れた。

 

 

「────────な?」 

 

 

観えた────数瞬前までそう思っていたからこそ、自分の頸から溢れ出し、空に咲いた血液の華が何を意味するのかも咄嗟に理解できなかった。 

 

そこからは時間が止まったかのように遅く流れていた。 

 

玉壺は容易に体勢を崩し、頭が下になる。

 

その時、見た。 

 

刃が風を斬る音、蒼く輝く刃が芸術的なまでに美しい線を描き出す姿を。 

 

ほぼ反射的に動作した眼が、後ろにいる人影を捉える。

 

頭が重力方向に引っ張られていくのを感じながら、玉壺は万有引力の法則に従って地面へと落ちていく。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

今が絶好の好機だと、リンクは即座に悟った。

 

事前の打ち合わせなどないまま、一斉に行動を開始する。

 

それは魔物を前にしての、剣士としての本能だった。少年が特殊な歩法で翻弄し、あの複雑な動きをする鬼の攻撃を避けていく。動きに大幅な緩急を付けて錯乱させ、上弦の鬼の目を超える速度で躱していく。

 

そしてリンクは、少年が引き付けている間に呼吸を整えると同時に跳躍し、また無我の境地に入る。

 

 

「シェアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

気合いと共にマスターソードを横薙ぎにする。

 

腹の底から声を出し、空気がびりびりと震動する。

 

リンクの気迫に破魔の刃が蒼色に輝き始め、青空のように眩い光が迸る。 

 

リンクは目にも止まらない速さで退魔の剣を振るい、その頸に邪を祓う一閃が通り抜けていく。

 

風を斬る音が聞こえ、蒼く輝く刃が芸術的なまでに美しい曲線を描き出す。 

 

 

「────────な?」 

 

 

虚空を仰ぎながら、玉壺が細く長い声を上げる。

 

素っ頓狂な声の余韻が空気の中に溶けていくと、頭が離れた体は地面に横倒しに沈み込んでいった。

 

泣き別れとなった頭は地面を転がり、その事実に気が付くと同時、一気に襲いかかる現実に玉壺は驚愕する。

 

 

(きっ? きっ···········!! 斬らっ·······斬っ·······斬られた!? 斬られた斬られた斬られたアアアアッ!!!!!)

 

 

馬鹿な。

信じられない。

 

そもそもあの男が持っていた剣は『日輪刀』ではないはず。

 

なのに斬られた部分が再生できず、徐々に塵と化していっている。

 

とんでもない異常事態だ。

 

鬼殺隊でもなんでもない、どこの国の者なのかもわからぬ人間に頸を斬られるなど────確かにこれはとんでもない異常事態。

 

 

「お終いだね、さようなら。お前はもう二度と生まれて来なくていいからね」

 

「結局お前は、最後まで負け犬だったな」

 

「ッ!?」

 

 

そんな目をして姿を現した二人を見て、玉壺は負け惜しみの如く惨めに叫び散らかす。

 

 

「くそオオオ!!!! あってはならぬことだ!! 人間の分際で!! それも鬼狩りでもなんでもない外人風情が、この玉壺様の頸をよくもォ!! 悍ましい下等生物めがアアアッ!!!!!!!!」

 

 

汚い唾を飛ばして喚き散らす玉壺は、最後の悪足掻きのように切断面を再生させようと試みる。泡立つように肉塊が膨れ上がるが、芳しい結果は得られていない。

 

退魔の剣による破魔の輝きで切断したのだ、そう易々と再生されて堪るものか。

 

だが、いつまでも消えずこの世に留まろうとするその執念さに、二人は次第に怒りを募らせる。

 

最終的にその口を黙らせようと剣を振り翳す。

 

────と。

 

その瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「「!?」」

 

「貴様ら百人の命より私の方が価値がある! 選ばれし!! 優れた!! 生物なのだッ!! 弱く生まれたらただ老いるだけの!! つまらぬくだらぬ命を私がこの手!! 神の手により高尚な作品にしてやったというのにィィィイイイイイイッッッ!!!!!!」

 

 

そのことに気付かぬ玉壺は尚も叫び続けている。

 

だがそれどころではない。

 

周囲の木や枝葉に遮られ、その姿はまだ見えない。 

 

ただ気配は、確実に近づいてきていた。

 

頭上に圧迫感を感じる。

 

その視線の先、月光によって地面に映った影がどんどん濃くなっていく。見えはしないまま、それでも確かに存在する巨体が徐々に高度を落とし始める。

 

翼が巻き起こす風が、木々を揺らし葉をかき回す。

 

地面では土煙が舞い上がっていた。 

 

頭上で密集する枝葉を翼が起こす風によって、あるいは翼そのものや硬い体によって押しのけながら、それは突っ込んできた。

 

 

「ッ!? 退がれ!!」

 

「!?」

 

「この下等な蛆虫共───────」

 

ゴアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!

 

 

玉壺の叫びに被せるように、上空から咆哮が逬った。

 

瞬間、まるで隕石でも落ちてきたかのような衝撃によって地面の土は巻き上げられ、二人の視界を奪う。

 

そこで玉壺の叫びは途切れ、しばらくの間空間が静寂に染まる。

 

 

「··········ッ!」

 

 

隣にいた少年のゴクリと生唾を飲み下す音が、妙に鮮明に聞こえた。

 

ゆっくりと視界を奪う砂煙が晴れて、その先にあるものを目で追った無一郎が見たのは、

 

 

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()()()()()()()

 

()()()()()()()姿()

 

 

空を舞う神話の生物。

 

もはやリンクだけでなく、この世界に生きる人間全てにとって畏怖の対象でもあり、空想上にしか存在しない伝説の怪物。 

 

ズシン!! と重い音を立て、降り立った地面が沈む。 

 

リンク達の目前に現れた怪物は荒い息遣いで牙を剝き出しにすると、転がっていた玉壺の頭に三つの頭が嚙みついた。

 

あの金剛石よりも尚硬く強いはずの玉壺の頭が、豆腐のようにあっさりと潰される。

 

三つの頸を下げて玉壺を集中的に貪り続ける。まるでハゲワシが死肉に喰い付くように。

 

あの鬼が捕食される光景を目撃するのは、流石の少年も初めてだった。上弦の鬼が、それ以上の怪物に喰われている。 

 

二人の背筋に緊張が走る。

 

注意を引くことを警戒して、迂闊に動くこともできない。

 

 

「なに··········これ··········?」 

 

 

突如として現れた見たことのない怪物に、柱である無一郎は息を呑む。

 

そして。

 

リンクが驚愕に染まったように、その怪物の名を呟いた。

 

 

 

「────────“グリオーク”────────」

 

 

 

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