鬼滅の伝説   作:織姫ミグル

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第五章

 

 

子鬼の血鬼術で生み出された木龍は、その見た目に反して素早く動き、相手の位置を予知していたかのように特定できる能力が備わっていた。

 

それは多くの頸が生えていることに関係している。

 

一頭の龍から得た情報は他の頸に共有され、相手の動きを次第に理解して学んで本体の子鬼に伝わるのだ。

 

よって、子鬼は背中の連太鼓を巧みに叩いて頸を操作する。

 

ドンッ!!

 

爆裂音を合図に、何頭もの龍の頸が四方八方にいる鬼狩り達を捕食しようと動き出す。

 

 

「備えるんだみんな!! 来るぞッ!!」 

 

「ああッ!!」

 

 

炭治郎は周囲にいる仲間達に叫び、反射的に膝を落として守備体勢を取る。

 

それに対して木龍は、どういうわけか前を向いたままスルスルと後退した。 

 

それは炭治郎にとっても予想外の行動だったらしく、えっ? というように眉を顰める。その動きで、先に油断してしまったのは玄弥だった。一瞬の出来事に唖然としてつい防御の構えを解くと、すぐ思い直したように追撃するべく日輪刀と、風穴を穿つ高威力の中距離武器、二連銃身の南蛮銃を握り直して立ち上がった。

 

 

「まだだ玄弥!? まだ早いッ!!」 

 

「ッ!?」

 

 

炭治郎は鋭く警告したが、遅かった。 

 

龍はその長い頸で体を支えながら、頭をもたげて息を吸い込む。

 

続いて喉の奥からなにかがせり上がってくるかのように、頸が一回り大きく膨れ上がった。

 

広げられた口から放たれるのは電気を帯びた一撃と、恐ろしい重圧を生み出す風の塊、鼓膜をつんざく甲高い鳴き声。

 

これがこの龍の異能。 

 

その攻撃は先程まで戦っていた喜と怒と楽が使っていた術。その三つの術が撒き散らされた途端に、森林にぴりぴりとした振動が蔓延していく。

 

その全てが玄弥に当たる。

 

直撃を食らった玄弥は、地面に叩きつけられ、耳をやられ、腹に溜まっていたものを全て吐き出す。もはや重力がその場だけ強くなったかのような恐ろしい風圧に押し潰され、そこに身体中を麻痺させるような電撃が加わり、超音波によって鼓膜が破れて全神経を振動させる。

 

一気に三つの異能を当てられた玄弥は唇が紫色に変色し、額にはみるみる玉の汗が浮かんできた。

 

 

「玄弥ァァァアアアアアアアアッ!!!!」 

 

 

炭治郎が叫ぶ。

 

その時にはすでに彼も動いていた。

 

もはや様子を見ている場合ではない。黒刀の日輪刀を引き抜くと、攻撃を吐き出す龍の頸に駆け込んで斬り下ろす。木で出来た龍の皮はとんでもなく硬く、他の鬼を相手にするのとは違った手応えだった。木の中には家を支えるほどに頑丈に出来たものもあり、岩に匹敵するほど硬い頸を鋭い刃で斬り裂くというのではなく、樹齢何百年といった物凄く太い幹に刃を殴りつける感触に近い。

 

たとえ岩よりも柔らかくとも、一回斬っただけじゃ頸は落とせない。

 

鬼の中には確かに岩より硬い頸を持つ者もいるが、中は竹と同様に空気を通すための空洞があるので、刃を振り貫く際の抵抗は実はそれほど無いので斬れない事はない。

 

呼吸で筋力を底上げし、日輪刀を強く握り締めて正しい軌道で振ればその身に刃は通る。

 

一方、木というものは空洞がない。

 

たとえ刀で斬っても、幹の途中まで食い込んだ時点で木の重みで抜けなくなる。五ミリ位で刀はダメになり、途中で刃が欠けてそれ以上斬れなくなる。

 

鋸のように押し引きの動作を繰り返して何度も削るか、斧の破壊力で何度も叩きつけて摩り減らしていくかしないと切断できない。

 

 

「うぉぉぉおおおおおッ!!」 

 

 

だからと言って、それが退く理由にはならない。

 

そんなことは子供の時から知っている。炭焼き職人の家系に生まれたので斧を扱うことも多かった彼からすれば、そんなの常識の範囲だ。

 

炭治郎は雄叫びを上げつつ、日輪刀を縦横に振るう。

 

長年炭焼き屋として斧を振るっていた炭治郎だったが、鬼との激闘を制したことで刀も完全に我が物としていた。 

 

一撃、二撃、三撃と。

 

あたかも自分の腕の延長であるかのように自在に日輪刀を操っていく。 

 

しかし、次の斬り下ろしは鈍い音と共に弾き返された。

 

木龍が身じろぎをしたことで狙いが外れ、頸の下側に命中してしまったのだ。

 

実は先ほど分かったことがある。

 

地面に滑り落ちる際にこいつの頸に刃を突き刺して速度を殺していた時の感触で気付いたが、頸の上部は空洞だった。滑り落ちた時に伝わってきた反響音からして、半分が空洞で半分が通常の木と同じように出来ている。

 

そうでなければ、あの木龍が息を吸い込むような動作をして術を発動するはずがない。

 

空洞内部に術を発動するための発声器官のようなものがあり、そこから下は大きな体を支えるために木のように丈夫に出来ている。

 

鍛え上げられた日輪刀の刃も通用せず、炭治郎は反動で大きくよろめく。 

 

そこに他の頸が反転してきた。

 

口を広げながら襲いくる龍の頭。同時に頸が膨れ上がって、音が纏まった超音波の塊を炭治郎もろとも押し潰そうとのしかかってくる。

 

 

「ぐ······ッ!!」 

 

 

咄嗟に斬りかかっていた頸を蹴って、横っ飛びで身を躱す。

 

地面に転がった炭治郎のすぐ横で、また別の龍の頭が襲いくる。開かれた口から放たれるのは喜の血鬼術。どれほど優れた剣士であっても、鼓膜を鍛えるなんて事はできない。痛みに耐える事はできても、異常な音は柔らかい鼓膜をいとも簡単に突き破る。喰らってしまった炭治郎は鼓膜を破られ、その超音波の衝撃でこみ上げてくる吐き気に耐えつつ、炭治郎は一旦木龍を操る子鬼から距離を取る。

 

その際、玄弥を押さえていた頸が自分に集中したことで攻撃が止んで解放され、隙を見つけて炭治郎は彼を抱えて一旦木の陰まで退いていく。

 

鼓膜をやられたせいか、自然と足がふらついた。

 

耳を通して鼓膜や三半規管へ直接衝撃が走り抜け、炭治郎の両足が力を失った。

 

バランス感覚が麻痺して、まるで自分の足ではないかのようだ。炭治郎は痺れる指先を堪えながら、すぐに呼吸をして体勢を整えて、麻痺した五感を自慢の鼻で補う。

 

木の陰にもたれて呼吸を整えると、ほどなくして効果が現れた。額に浮かんだ汗が引くにつれ、体の痺れが消えていく。 

 

呼吸法は、鬼殺隊に蓄積された情報を基に長年研究が重ねられ、即効性が得られるように改良されていた。何人もの剣士が自分に合った呼吸の流派を生み出し、その際に得た知識が後世の剣士達に受け継がれる。

 

だが呼吸法である程度回復できると言っても、無論万能なものじゃない。

 

体調を整える程度だ。

 

筋肉を底上げ、破れた血管を塞ぎ、毒の巡りを遅らせ、そして神経を研ぎ澄ます。

 

それができたからといって、正式な治療を受けなくては傷も癒えないし、病だって治らない。

 

完全ではないとはいえ、体を動かせる程にまで体勢を整えた炭治郎は抱えていた玄弥を地面に落とす。

 

 

「玄弥!! 大丈夫か!?」 

 

「うぐ······ッ!!」

 

 

炭治郎の呼びかけに応じるように呻き声を上げる玄弥。

 

彼の体は今、鬼に一番近い状態になっている。だからこの程度の傷ならばすぐに回復できるだろうが、しかし安心はできない。

 

炭治郎は一度玄弥を木の幹にもたれさせ、しばらくの間回復に集中させるために休憩させる。

 

 

「禰豆子!! 無事か!?」

 

「ムゥゥゥウウウウウウウウッ!!」

 

 

一息ついた炭治郎が改めて周囲を確認すると、禰豆子は子鬼を挟んで向こう側に立っていた。

 

退避する間、木龍を引きつけてくれていたらしい。 

 

 

「待ってろ禰豆子!! 今から行く!!」 

 

 

炭治郎は仕切り直しをするように木の陰から飛び出して、何頭もの龍を相手にしている禰豆子の元へと近づいていく。

 

それに気付いた子鬼が炭治郎に注目すると、彼に対して攻撃を仕掛けるように何頭かの龍に命令を送る。 

 

ドンッ!!

 

また襲いくる龍の頭。

 

しかし、炭治郎は今度はきっちりと刀で受け止めた。

 

 

「うおおおおおおおおおおッッッ!!!!」 

 

 

至近距離まで近づいた炭治郎が、渾身の突きを繰り出していく。

 

その疾さは刀の先端がブレて見えるほどだった。炭治郎としても自信のあった一撃らしく、その表情に会心の笑みが浮かぶ。

 

これを喰らえば、巨大な木龍といえども頭に刺さったらただでは済むまい。上手く受け止めたら動きを封じ、頭付近の頸を斬って少しでも攻撃の数を減らす。

 

空洞がある頭付近の頸なら斬り落とせるはず。

 

しかし、次の瞬間、木龍は軌道を変えるようにして目の前から消えていた。

 

 

「なッ!?」 

 

 

繰り出された日輪刀が空を切り、炭治郎は勢いを止められずにたたらを踏む。 

 

慌てて左右を見回して龍の頭がどう攻撃を仕掛けてくるのか、すぐに確認しようとするが、

 

ガコンッガコンッガコンッ!! と。

 

連続的に響く開閉音。

 

その異様な音に気付いた炭治郎が、上を見上げる。

 

その目に、ヤスリ状の歯が並ぶ大口をいっぱいに広げると、次々と龍の頭を生やして頸を伸ばし、炭治郎の頭を丸ごと呑み込もうとする姿が映った。

 

 

「まず────ッ!!」

 

 

間に合わない。

 

腕ほどにまで小さくなった龍の頭が炭治郎に噛みつき、呑み込むために勢いよく引き寄せていく。

 

喰われるッ!!

 

思考を繰り返し、急いで技を繰り出そうとしたところで、バクン!! と呆気なく飲み込まれて視界は真っ黒に染まる。

 

予想通り龍の頸の中はある程度空洞であったが、それは予想以上に短く、その先は捻れるようにして道を塞いでいた。

 

外から妹の鳴き声が聞こえてくるが、体をどんどん圧迫されて押し潰されそうになっていてそれどころではない。

 

 

(ダメだ······押し潰され────ッ!!)

 

 

自分の骨が軋む音が聞こえる。

 

技を出すための呼吸も圧迫されて上手く吸い込めず、剣を振るための余裕のスペースもない。

 

詰み。

 

そんな思考が頭を過った時、

 

 

ズババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババッッッ!!! 

 

 

連続で響く切断音。

 

それが聞こえてきた時には苦しさは急に消え、暗かった視界が晴れる。

 

そして体が宙へと放り出され、かと思えば何かに持ち上げられている感覚がやってくる。

 

 

()()()()()()()()()!! ()()()()()!? ()()()()()()!?」

 

「!?」 

 

 

女性の声。

 

それが目の前から聞こえてきて、見てみると、

 

 

「大丈夫!? ごめんね!! 遅れちゃって!! ギリギリだったね!!」

 

「か、甘露寺さん!?」

 

 

柱の一人、甘露寺蜜璃。

 

彼女はあの硬い木龍の頸をいくつも切り裂き、炭治郎達を救うために加勢しにやって来た。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

正面からリンクを睨む三つの赤い目。

 

まさに闇を纏ったような人外染みたその目は据わったように感じられ、結果として凶悪な容貌を作り出していた。 

 

近寄る者への一切の容赦を感じさせないその迫力に、さしものリンクも背筋が凍る。

 

 

「············ッ!!」 

 

 

予想外の遭遇。

 

心がひるんだ瞬間を待っていたかのように、キンググリオークの胸郭が大きく膨らむ。

 

首を高くもたげると、轟くような咆哮が響き渡った。 

 

 

ゴアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!! 

 

 

至近距離の咆哮に、リンクは膝を落として耳を塞ぐことしかできなくなる。

 

頭の中が真っ白になり、一瞬自分を見失った。はっと我に返った時には、目の前にいたはずキンググリオークが見えなくなっていた。

 

 

「ッ!?」 

 

 

速い。

あっという間にその巨体が視界から消えた。

 

 

「どこ行────ッ!!」 

 

 

突如。

 

焦ったリンクの上に、吹き飛ばされそうなほどの風が吹きつけてくる。その勢いで飛ばされそうなほどの風圧を感じつつ振り返ると、目の高さの位置でキンググリオークが翼を広げて舞っていた。

 

翼で飛ばされる!? と悟った時には遅すぎた。

 

身を躱す余裕もなく、キンググリオークはウォーミングアップとでも言うかのように強烈な烈風をリンクに浴びせる。

 

 

「うわっ!?」 

 

 

風切り音が鼓膜を震わせると同時に、リンクは風圧に負けてしまう。

 

風圧だけではダメージは負わないが、吹き飛ばされてしまった結果、激しい衝撃と共に大地に叩きつけられる。

 

 

「ッ!!」

 

 

攻撃が来ると分かっていて、いつまでも地面に寝ている愚か者はいない。

 

起きあがりざまにマスターソードを振り回すものの、間合いを完全に見失っていた。マスターソードから放たれる破魔の輝きは大きく弧を描いて空振りし、キンググリオークには当たらない。

 

それをわかっているかのように、キンググリオークはリンクに不敵な面構えを見せつけたまま悠々と大空に舞いあがる。

 

 

「ふッ!!」 

 

 

この時、飛び道具がなければ上空に留まり続けている限り有効な打撃をキンググリオークに与えられない。

 

だから、すぐさま背中にある弓矢を取り出し、構える。

 

幸いにも弓は無事だった。もし弓が曲がっていたり、弓弦が緩んでいたりしたら使い物にならなくなるところだった。 

 

矢筒の中の矢もかなり残っている。

 

しかし、ここからが問題であった。

 

相手はあのグリオークだ。狙いを定めて急所である頭部に当たったとしても、他の首がまだ生きている限り、即座に他の首も狙わねば撃ち落とせない。しかもグリオークの頭はとてつもなく硬い。そこが急所でよく攻撃が通るとはいえ、体力が無限にあるのではというくらいに生命力が高い。撃ち落としてすぐに斬りかかって攻撃をせねば、再起したグリオークの翼によって一瞬で引き離される。

 

矢筒に手を伸ばす。矢を三本引き抜いて、そのうちの一本を弓に番える。 

 

弓弦を引き絞った。

 

呼吸が重く、熱い。 

 

かつてない緊張感。事前の情報もなく初めて対峙した時でさえ、ここまで緊張しなかったような気がする。何故そこまで鼓動が速くなるのか、それは今リンクが窮地に立たされているからだ。連戦して、強敵達と渡り合って、一度も休憩をせず回復を行なっていないとすれば、リンクは今かなり追い込まれている。

 

だがやらない訳にはいかない。

 

二本抜き取ったうちの一本を口に咥え、狙いを定める。

 

────考えるなッ!! 

 

自分を叱咤する。これまでも窮地に陥ったことなんていっぱいあった。致命傷を負って眠りにつき、何もかもを忘れて初めて外の世界に出た時でさえ、雑魚のボコブリン相手に何度も死にかけた。調達すべき武器がほとんどなかったというのもあるだろう。しかし体力までリセットされていたことでリンクはすぐに息切れを起こし、何体ものボコブリンと戦っていたらいつの間にかボコられてやられていた。

 

気を失ってしまったこともあった。

 

それからは戦闘のスタイルを変え、息を殺して敵のアジトに近づいては不意打ちで倒していったりもした。

 

それでもまだ弱かったあの頃、木の枝で作った弓で構えても中々当たらず、猪に吹き飛ばされて倒れた時だってあった。

 

それがとにかく屈辱で、死に物狂いで必死に鍛錬して力を付け、今では雑魚どもなんて一振りで蹴散らせるほどにまで強くなった。

 

ライネルクラスはまだたまに苦戦したりするが、それでも慣れてしまえば簡単だ。

 

体力が限界とはいえ、このくらいでへばっていてはハイラルの勇者として失格だ。

 

────外すわけにはいかない。

 

リンクはキンググリオークを睨みつけ、矢を放った。 

 

矢は風に乗り、大気を裂いて空を走る。

 

狙いは正確。

 

矢はグリオークの目玉へと吸いこまれていく────刹那、空気が急激に膨れ上がり、爆発でも起こしたかのように白い軌跡を中心に暴風が吹き荒れる。

 

 

「!?」

 

 

キンググリオークに迫っていた矢は、その目の前で強烈な風に搦めとられて大きく外れる。何もない空間を通過して、力なく地面に突き立った。

 

矢の軌道を捻じ曲げるほどの強風、それを都合よく出現させるためにキンググリオークは大きな翼を広げて風を起こし、リンクの放った矢を吹き飛ばした。

 

 

「くッ!!」

 

 

咥えていた矢と残っていた矢を二本同時に番え、リンクは再度狙いをつけて弦を引き絞って溜めをつくって放つ。引き絞られた弦が指から離れ、矢が空間を突き抜けたことを伝える射出音を残し、二本の矢がキンググリオークの目玉目掛けて放たれた。

 

並の魔物であれば一撃で仕留められそうなリンクの弓の腕も、やはり大型魔物でトップクラスのキンググリオークの前では微々たる効果しかない。

 

それでも、積み重ねることに意味があるとリンクは身に染みてわかっている。

 

幾度も放たれる矢。

 

だが、空に羽ばたくキンググリオークを止める力はない。 

 

キンググリオークは羽ばたきを繰り返しつつ右に左にと移動を続け、その度にリンクは翻弄された。

 

やがて。

 

 

ガアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!! 

 

 

弄ぶように飛んでいたキンググリオークは、上体を持ち上げて大きく息を吸い込むと、喉の奥からいくつもの塊を吐き出した。

 

炎。

 

電気。

 

氷。

 

大きさはそれほどでなくとも、その圧力は岩をも貫く威力があり、ましてや属性が付与されていて直撃したらただではすまない。 

 

 

「ッ!!」

 

 

リンクは横っ飛びに緊急回避する。

 

キンググリオークの全属性ブレスはその首の後ろを擦すめると、背後の地面に命中した。 

 

三つのブレスは、ハイラルの脅威的存在だったガーディアンのレーザーにも匹敵する。三つの穴ができた地面は高温で溶け、絶対零度で凍りつき、電気が溜まって地面からピリピリとした感触が湧き上がる。

 

リンクはまだ痛む体に鞭打って身を起こすと、立て続けに吐き出されるキンググリオークのブレスを避けつつ走り出す。

 

暑さ、冷え、肌を麻痺させるような異常現象が捲き起こる大地を走り回っているうちに、呼吸が荒くなっていく。

 

汗が滴り目に入った。

 

手の甲で汗を拭った時には、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「?」

 

 

まるで空気中にダイヤモンドでも撒き散らされたのようなものが周囲に漂っている。

 

どうやら光の加減で見えたり見えなかったりするようだ。

 

ということは見えているものは実際に漂っているもののごく一部でしかない。リンクの目には、放たれた地面のあちこちから発散されているように見えた。 

 

────これはッ!?

 

 

「まず────ッ!!」

 

 

本能的に危険だと悟った時、凄まじい音が連続する。

 

パキキキキッッッ!!!!!

 

この辺りを中心として、かなりの範囲にまるで規則性もなく何度も何かが急速に固まる異音が巻き起こる。

 

離れた所にいるひょっとこ達の所にまで影響を及ぼし、空気の歪みが激しい音と共に伝わってくる。

 

周囲に異音を放って、空気を凍て付かせたのはキンググリオークの氷雪の属性を持つ頭から放たれたブレスだった。

 

周囲に展開される、大きな六角形の氷晶。

 

水分子が氷になる際に最も安定した構造を取った結果、六角形になるという幻想的な見た目の結晶。

 

水分子は水素結合によって正四面体の構造を形成しながら集まり、その集合が平面状では六角形を形成するため、六角形の柱状が基本となる。この基本の六角形から、周囲の水蒸気の量に湿度や温度によって、様々な形の氷の結晶に成長する。

 

本来なら小さな氷の粒子で特殊な顕微鏡でしか見られないものを、グリオークが放ったブレスは、通常よりも大きな結晶を生み出す。

 

 

「がふ············ッ!!」

 

 

冷気を纏った氷の結晶の先端が、リンクの脇腹を擦める。

 

鋭い痛みが体を走り抜け、リンクは横倒しになって大地を転がった。

 

細かく冷たい冷気が瘴気と共に大量に傷口の隙間から入りこんでくる。傷口から瘴気が入り込み、だが痛みに耐えながら急いで立ち上がり、いったん距離を取るべく後退した。 

 

その間も、視線はキンググリオークを捉えて離さない。

 

キンググリオークが頭上を通過したのを確認し、リンクは即座に振り返る。 

 

かなりの距離まで一気に直進していったキンググリオークは翼を上手く使って減速し、流れるように一八◯度方向転換を行った。そして、再びリンクの正面に立ちはだかる。キンググリオークはこちらを舐めるように両方の前脚の爪を大地に深く食い込ませて降り立つ。

 

三つの口が、大きく空気を吸い込む。 

 

危険を感じたリンクは盾を構えたまま数歩後退した。

 

グリオークの頭達は、反動を受け止めるように前脚で地面を固定しつつ、ゆっくりとした動作で勢いよくレーザーの如く激しいブレスを吐き出す。

 

重なり合うレーザーがリンク目掛けて飛んできた。大地の土を払いつつ地面すれすれに迫ってくる。

 

正面から襲いかかってきたブレスに充分距離を取っていたつもりのリンクだったが、そのレーザーの如く素早いブレスはあっという間に眼前にまで到達する。

 

予め胸の前に構えていた盾、それをわずかに斜めに傾けて正面から受け止めようとはせずに受け流すつもりでいたものの、意味はなかった。

 

ビリリリリリッ!!!!

 

 

「あががががががッッッ!!!???」 

 

 

三つのブレスの中には電気を帯びたものも混じっている。そんなのを金属製のハイリアの盾で受け止めたら感電してしまう。持っていた盾を落としていまい、硬直したところにさらに高速で接近してきたキンググリオークの振り上げられた右前脚の爪が飛んでくる。

 

 

「ッ!!」

 

 

それは辛うじて硬直が解かれた瞬間にバク転して回避したが、キンググリオークはリンクを牽制するように次々と三つの頭を入れ換えると、何度もブレスをぶつけてくる。 

 

リンクはバックステップで回避していき、落とした盾を再び掴んで装備する。

 

立て続けの回避行動にリンクの体力が急速に奪われていく。熱い空気や凍える冷気に喉を圧迫されて呼吸が乱れ、意識を清明に保っているのが困難になる。 

 

キンググリオークは、その特徴的な翼から滞空による攻撃を得意にしているように思えるが、実際は地上戦も侮りがたいものがあった。

 

睥睨してくる三つの目。

 

それに臆すことなく睨み返すリンク。

 

同時にリンクは、キンググリオークの一撃で倒されてしまった少年も確認していた。リンクがキンググリオークの注意を引きつけている間に、少年は仮面をつけた男の手によって叩き起こされていた。

 

わずかに息をしながら上体を起こす。 

 

だいぶ痛手を喰らったようだが、かすかに開けられる瞼から見せる眼光からは闘志はまだ失われていない。

 

良い根性だ。心の中で声かけしながら、リンクはキンググリオークへと注意を引き戻した。

 

少年はまだ疲労が激しいらしく、いったん男に連れられてキンググリオークからは死角となる木の陰へと移動していく。

 

まだもう少し時間を稼ぐ必要があるだろう。

 

できれば討伐したいが、やはり難しかった。

 

もしもリンクが百年前の時代、それも幾千もの魔物の群れを一振りで蹴散らして無双できていたあの頃、いくら走っても疲れというものを感じなかった昔の自分であったならば、連戦した場合でもキンググリオークを倒せたかもしれない。しかし、迫り来る無数のガーディアン達によって百年眠らされて体力が失われ、それを取り戻しても今度は魔王の瘴気で右腕ごと生気を削り取られたせいで、リンクは本来の力を発揮できない。

 

少しずつ蝕んでいた瘴気を打ち消して体力を取り戻していったとはいえ、あの頃に比べたら全然弱い。

 

そして、連戦の相手も鬼であったというのも関係している。

 

たとえどれだけ強くて体力があろうと、鬼であるのならば弱点の頸を斬ってしまえば一瞬で片が付く。頸さえ斬ればすぐ終わるのだから、そこまで体力を気にする必要はなかった。

 

しかし、今目の前にいる魔物はそういった弱点というものはない。

 

ひたすらに体力を削って、命が尽きるまで攻撃をしなければ死ぬことはない。

 

それがとても厄介だった。

 

持久戦はどちらかの体力が尽きた瞬間に決着がつく。

 

現状、それが先に来るのはどちらであるか語るまでもないだろう。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ············ッ!!」 

 

 

いよいよ呼吸が乱れ始めた。

 

急いで自分も瘴気を打ち消す『ヒダマリ草』の成分が入ったものを口にして回復をする必要がある。 

 

だが、今それを口に含んでいる余裕はない。

 

せめてここからキンググリオークを追い払わねば、剣士として危険信号は発せられていたが守るべきものがあるという事実が上回っていた。 

 

リンクは体勢を立て直すと、マスターソードを構え直してキンググリオークへと向かっていく。

 

あと少しでキンググリオークの鼻先に到達するという直前で、その三つの口が再び大きく開かれた。

 

今度も間に合わないと悟った瞬間、リンクは同じ轍を踏む真似はせずに横っ飛びに身を躱していた。

 

勢いを殺さぬまま頭から大地に突っ込んで腹ばいになる。その直後、キンググリオークの口から三つのブレスが吐き出される。

 

まさにぎりぎりの決断だった。あと一呼吸遅れていたら、またしても巻き込まれていただろう。

 

 

(あ、危なかった············ッ!!)

 

 

キンググリオークの動きの素早さとその強さに、リンクの背中に冷や汗が流れた。三つのブレスはリンクの右側を通り抜けると、背後の大地に着弾する。途端に猛烈な環境変化に耐えられなかった地面は、灼け、凍てつき、電気分解によって有害な気体を生み出す。

 

ブレスにこそ巻き込まれはしなかったが、肌を打ちつける余波は痛いほど強い。 

 

高圧ブレスによって砂塵が舞う状況下、リンクは辛うじて身を起こすと、もう二度とブレスの中に突っ込まないよう細心の注意を払いつつ、弧を描くようにしてキンググリオークへと肉薄する。

 

ここがチャンス。

 

一気に残りの体力を使って、一旦怯ませて体力の回復をさせてもらう。

 

栄養のある食事を取れば、また体力も戻って戦える。

 

そのためにリンクは、一か八かの賭けに出る。

 

 

「うおぉぉぉおおおおおおッ!!!」 

 

 

それまでとは別人のような鋭い雄叫び。 

 

リンクは全身の血の巡りを加速させ、縦横無尽に退魔の剣を振るっていく。

 

破魔の刀身が美しい軌道を描きながら平行に流れていくその様は、華麗な舞いを連想させたが、リンクにはそれを気にしている余裕などない。これで体力が切れたらリンクも動けなくなって、そこを突かれて攻撃を喰らったら命はない。

 

リンクの乱舞の如き連撃によって数限りない斬撃を受けたにもかかわらず、キンググリオークはその動きを止めなかった。

 

放たれる三連続ブレス。

 

それをリンクは身を捩って回避する。しかしそれは本当にギリギリで、当たらなかったのは運がよかったからに過ぎない。 

 

 

「エアァァァアアアアアアアアッ!!」

 

 

緊張と焦燥が臨界点に達し、リンクは無我夢中になってることに気付けなかった。

 

意識しているのはただ一つ、マスターソードの穂先をグリオークの頭のどれか一つの目玉奥深くに突き込むことだけだ。 

 

盾を構え、勇気を振り絞って接近し、渾身の一撃を叩きこむ。 

 

それが自分の為すべきことだ。 

 

雄叫びを上げつつ、正面からキンググリオークの右脇腹を貫いた。さらに体を捻って充分に溜めを作ってから、薙ぎ払いへと移行する。マスターソードの柄で押し込むような感覚で、素早く手首を返してグリオークの首を斬り裂いていく。

 

 

ッッッ!!!?? 

 

 

ようやく体勢を立て直したキンググリオークが、肉薄しているリンクを狙って前脚の瘴気の毒を纏った一撃を振るう。

 

リンクはそれを盾で受け流し、リンクは返す剣先でカウンター突きを敢行した。

 

 

ゴアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!?? 

 

 

会心の一撃。

 

それが炎を纏うグリオークの目玉に喰らい、連動して二つの頭が悲鳴を上げ、たまらずキンググリオークは離脱にかかる。

 

翼を広げると、月光を遮りながら何処かへと羽ばたいて移動していく。

 

 

「はぁ、はぁ···········ハハッ。やっぱり、全力が出せないと一筋縄じゃいかないな」

 

 

これで終わってくれるなどといううまい話はない。

 

リンクは退魔の剣を地面に刺して杖代わりにすると、限界ギリギリの体力を使って少年の方に歩き始めた。

 

追いかけたい気持ちはある。

 

ただ、今行っても勝ち目はない。

 

今はあそこにいる少年の怪我を回復させることが先決だった。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

どれくらい気を失っていたかわからない。

 

一時間かもしれないし、一分かもしれないし、もしかしたら一秒という短い時間かもしれない。

 

目を覚ますと、周囲には黄色いイチョウが舞っていた。

 

秋の訪れを感じるその風景を見回して歩いていると、

 

 

『さっさと戻れ無一郎!!』 

 

 

不意に背後で声がした。 

 

懐かしく、温かい声。 

 

それを耳にした途端、周囲のイチョウが激しく舞って、地面に青い川が顔を出した。同時に、少年の胸に熱いものが込み上げてくる。

 

 

「“兄さん”!?」 

 

 

咄嗟に振り返りそうになったが、状況がそれを許さなかった。

 

川に落ちて水が口の中に侵入してくる。

 

川の流れが激しく、泳ごうとしても方向転換できずに、流れに身を任せることしかできなかった。

 

 

『それでいい。お前はまだこっちに来ちゃダメだ。やるべきことがまだ残ってる』

 

「兄さん!? どこにい────ッ!!」 

 

 

必死に呼びかけようとする声が川の流れに呑まれ、少年、無一郎は一気に声の主から引き離されていく。 

 

手を動かして川の流れに逆らおうとしても、激流はそれを許さない。

 

そんな無一郎を励ますかのように、いつも激昂していた声から、優しい言葉が送られる。

 

 

『お前はよくやってるよ。無一郎』

 

「にい────ッ!!」

 

『けどまだお前の力が必要なんだ無一郎。お前は凄い。お前を必要としてくれている人達がたくさんいる』

 

「兄さ────ッ!!」 

 

『戻れ無一郎。お前の力はその名通り────────』

 

「兄さんッッッ!!!!!」

 

 

遂に我慢できなくなって、無一郎は叫ぶ。

 

懐かしいその姿を、一目だけでも見たい。

 

だが、意識はそこで途切れた。

 

川の激流についに体まで呑み込まれ、波に攫われて一気に押し流されていく。

 

その時、

 

無一郎は、

 

鬼から自分を守ってくれた最愛の兄の声を聞いた気がした。

 

 

『────────“無限”なんだから────────』

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

「────ハッ!?」

 

 

無一郎は戸惑いながら上体を持ち上げる。

 

あまりにも鮮明な夢だったため、しばらく現実と区別がつかなかった。 

 

気が付くと、全身にびっしょりと汗をかいていた。

 

慎重に呼吸を整えながら、そっと頭の後ろに手をやると、まだほんのりと温かい気がした。夢の中での兄の言葉は、目覚めてもしっかりと記憶に残っている。

 

 

『────────“無限”なんだから────────』

 

「···········兄さん」 

 

 

その言葉を思い出すと、かえって心に悲しみが満ちてくる。

 

そんな風に勇気づけてくれた最愛の兄は、もうここにはいないのだ。 

 

だが、だからこそせめて今だけは頑張らねばならないと思う。それが自分のできる精一杯のことだから。

 

 

「ここ···········は?」 

 

 

朧の月夜の明かりと、近くで刀でも研いでいる音が聞こえてくる。

 

夢の残滓を反芻しながら周囲を見回すと、地面の上に敷かれた誰かの上着に寝かされていることに気がついた。

 

 

「時透殿!?」

 

 

近くにいたであろう自分の新しい刀鍛冶、鉄穴森鋼蔵が立ち上がって様子を見に来てくれた。

 

無一郎の額に手を当てる。

 

彼の手は表面がゴツゴツとしていて、けれど汗が冷やされたせいかひんやりとして冷たかった。

 

 

「熱は········下がっている!?」 

 

 

あり得ない、とでも言うかのように驚いている鉄穴森。

 

だが切り替えるように首を横に振ると、手慣れていない手付きで無一郎の腕を触る。

 

脈を測り、首筋から腹にかけて手を当てて触診すると、鉄穴森は小さく頷いた。

 

 

「脈は正常、息の乱れもなし。つまり、“あの人”の言う通り瘴気という毒の解毒は上手くいった。傷も回復しているし、何の問題ないと言うことでしょうか········?」

 

 

誰かのことを思い出している鉄穴森。

 

そんな彼に無一郎は訊ねる。

 

 

「鉄穴森さん、何があったの?」

 

「? 覚えていないんですか?」

 

「うん········あの三つ目の竜に一撃もらってからは、何も」

 

「········そうですか」

 

 

うん、と状況を把握したのか一度頷いて、無一郎にあれから何があったのかを一から説明していく鉄穴森。

 

その説明を聞く度、無一郎は不思議なことに先程までの出来事を鮮明に思い出せた。今まではどんなこともすぐに忘れてしまっていたのに。

 

 

「········そっか、竜の毒を喰らって」 

 

 

意識がはっきりするにつれ、状況も鮮明に蘇ってきた。 

 

身につけている隊服を確認すると、黒かったはずの服がところどころ赤く染まって変色している。

 

 

「よく無事でしたね。あれだけ血を流してたのに、もう回復するなんて。“あの人”が渡してきたこの『赤い薬』········どう考えても普通じゃないでしょ」 

 

 

すると、ひょっとこお面をつけた子供が声を掛けてくる。

 

先程、ここに来る前に錦鯉の鬼から助けた子供、“小鉄”。

 

相変わらず毒舌を叩いてはいるが、その手に握られているビンが気になった無一郎は指を差し、

 

 

「それは?」

 

「これですか? あの時、時透さんと一緒に戦っていた『外国の人』から渡された薬です。『マックス薬』だとかなんとか。これを作る際に『ヒダマリ草』も混ぜてあるから、飲ませたら傷も瘴気も回復させられるとか。なんか意味のわからないことを言ってましたけど、見ず知らずの人から薬は受け取れないし飲ませられないって断ったら、ものすっごい形相で睨みつけられたんで、仕方なく時透さんの口に強引に流し込ませていただきました」

 

 

見ず知らずの人から貰ったものには毒があるかもしれないのに、小鉄少年はそのくれた人の恐ろしい形相に負けてしまったらしい。飲むことになるのは無一郎なのに、しかしその薬のおかげで今無一郎の体は頗る調子が良い。

 

そして、その薬を渡した人。

 

小鉄少年がさっき言ってた、無一郎と一緒に戦っていた『外国の人』という単語。

 

それを聞いて目を見開いた無一郎は、顔色を確かめるためにこちらを見ていた鉄穴森の肩を掴んで揺さぶって訊ねる。

 

 

「あの人はどこに行った!?」

 

「え、えっと········小鉄少年が持っている薬と同じものを飲んだ後、あの急に現れた竜を追いかけていきましたよ?」

 

「!?」

 

 

無一郎はそれを聞いた途端に立ち上がり、急いで後を追おうとする。

 

だが武器がない。

 

その時、近くでいつまでも刀を研いでいる刀鍛冶を見つけ、無一郎は一刻を争う状況だとして、その研いでいる刀を貸してもらうように言う。

 

 

「その刀を貸してくれ!! 急いで僕も向かわないとッ!!」

 

「········」

 

「それが別の人のものだってことはわかってる!! でも今はすぐにでも武器がいるんだ!! だからそれを僕にッ!!」

 

「········」

 

 

返事はない、相当集中しているようだ。

 

あれだけの騒ぎがあっても全然動じないその集中力には感服するが、もはやなりふり構っていられない。

 

必死にお願いしても一切返事をしない刀鍛冶についにキレそうになった時、

 

 

「時透殿」

 

 

鉄穴森が隣に立って無一郎の肩に手を置くと、

 

 

「鋼鐵塚さんの急所は、『脇』です。ここを狙うのです」

 

 

言うなり、鍛え上げられた脇腹を執拗にくすぐり始める。

 

 

「ぷぐ────あひゃひゃひゃひゃッ!!」

 

 

くすぐられる手に耐えきれなくて身悶える刀鍛冶の鋼鐵塚。

 

あの上弦の鬼ですら切れなかった集中力を、いとも簡単に切ってしまう鉄穴森のくすぐり術によって、鋼鐵塚は思わず作業の手を止めてしまう。

 

そして。

 

 

「ごめん! これ借りていくね!!」

 

「鋼鐵塚さん! すみませんね!!」

 

「ちゃんと返しますからァ!!」

 

「ま········待て!! それ返せェェェええええッ!!!!」

 

 

笑いすぎて腹が痛かったが、大切な刀を奪われてしまったことに激怒した鋼鐵塚は半分に割れたひょっとこのお面が邪魔で完全に取って追いかけてくる。

 

日本昔話の三枚のお札に出てくる鬼婆のような形相で追いかけてくる鋼鐵塚。それから逃れるように、三人は急いであの剣士が向かったであろう道を駆け抜けていく。

 

途中で鉄穴森が剥き出し状態になっている茎に柄巻を施し、手に持っても問題がないように拵える。

 

それを受け取った無一郎。

 

あの時は敵を見誤って的外れな行動をとってしまった。その結果せっかく打ってもらった日輪刀は折れてしまい、無様に敗北してしまった。

 

柱にまで昇り詰めたというのに、なんたる体たらく。

 

それを見ず知らずの空から落ちてきた剣士に助けられるなんて。

 

だが、悔いている余裕はない。

 

まだ戦いは続いている。

 

みんなが戦ってるのに自分だけ休んでるわけにはいかない。

 

自分は不甲斐ない柱だが、せめて鬼殺隊として最後まで責務を全うしたい。

 

それが、無理を承知でひたすらに刀を振っていた者の最低限の礼儀だろう。 

 

無一郎は刀を握ると、その感触を確かめる。 

 

 

(待っててッ!!)

 

 

これから待ち受けているであろう新たな脅威を思うと、久しく忘れていた血の滾りを感じた気がした。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

あの手強い子鬼は柱に任せて、炭治郎達は本体である老人の小鬼にトドメを刺そうとしていた。

 

本体を倒さぬ限り、あの強力な術を使う子鬼は倒せない。

 

だから、あのリボンのようにひるがえる桜色の刃を振るう柱の甘露寺蜜璃が相手をしている間に、彼らは急いで本体を探す。

 

そして。

 

 

「ヒノカミ神楽────炎舞!!」 

 

 

禰豆子がまた自らの血を飛ばして炭治郎の刀を赫く染める。

 

燃やされた刀身は凄まじい熱を帯び、禰豆子との絆の証である『爆血刀』に変える。

 

呼吸を整えて刀を振り上げ、ずっと逃げ続けている木のこぶを十文字型にして叩き斬る。本当ならば本体ごと斬りたかったが、この感触からしてまだ当たっていない。

 

禰豆子がそれを察して邪魔な木を持ち上げ、玄弥も強靭な力でそれをどけていく。

 

 

「ムゥゥゥウウウッ!!!」

 

「やれ!! 炭治郎ッ!!」

 

 

開かれた最後の砦。

 

中にいるであろう鬼の頸を斬るため、燃える刀身を振り上げて────行動を止めた。

 

 

()()()!?) 

 

 

中身がない。

 

手応えがないはずだ。

 

いつの間にか逃げた鬼を探して、炭治郎は急いで自慢の鼻を利かせて居所を突き止める。

 

遠くへは行っていない。

 

すぐ近くで匂いがする。

 

バキッ!! と。

 

木の枝のようなものを踏み砕いた音を聞いて全員がそちらに振り向くと、

 

 

「ヒ、ヒィィイッ!!!」

 

「ッ!!」

 

 

思わずこめかみから痛い音が鳴り響く。

 

この鬼!!

 

罪の償いもせずに忍足でコソコソとここから逃げようとし、そんな腐った根性に炭治郎は思わず声を荒げる。

 

 

「貴様ァァァアアアアッ!! 逃げるなァァァアアアアッ!! 責任から逃げるなァァァアアアアッ!!!!!!」 

 

 

逃げ腰で素早く森の中を駆け抜けて行く鬼に怒鳴る炭治郎。

 

その姿が卑怯者のようで、罪すらも逃れるように思えて決して許すことなどできなかった。

 

 

「お前が今まで犯した罪!! 悪業!! その全ての責任は必ず取らせる!! 絶対に逃がさないッ!!」 

 

 

全員がその頸を狩り取ろうと走り出す。

 

夜明けも近い。

 

ここで逃げられたら、せっかくあと一歩まで追い詰めた苦労が全部水の泡になる。食い止めてくれている蜜璃も体力が無限にあるわけではない。あの強力な術を連続で出されてたら身が持たない。

 

急いで頸を取らねば。

 

 

「いい加減に────ッ!!」

 

 

怒りを覚えているのは炭治郎だけではなかった。

 

鬼を喰ったことで頭に血が昇りやすくなっている玄弥は、筋力を最大まで上げて地面深くに根を張っている木を引き抜き、

 

 

「しろッ!! このバカタレェェェエエエエエエエエッッッ!!!!!!!!」 

 

 

鬼のようなとんでもない怪力を以てして、人の力じゃ絶対に持ち上げられないようなデカい木を、逃げていく鬼に目掛けて放り投げられる。

 

ドゴオォオッ!!! と。

 

森に激震が走るほどの一撃が鬼に向かって放たれた。

 

だが、まだ生きている。

 

 

「ムゥゥゥウウウウウウッ!!!!!」

 

 

禰豆子が追撃としてその爪を振るおうとすると、

 

 

「ヒィィィイイイイッ!!!??」

 

 

瞬間、鬼の逃げ足の速度が上がる。

 

さらに逃げていく鬼は禰豆子の爪を難なく回避し、そのまま森の奥へと走っていく。

 

このままでは見失う。

 

そんなこと絶対させない。

 

あんなふざけたことを言っておいて、生かしておけない。

 

絶対に逃さない!!

 

 

「ッ!!」

 

 

炭治郎は全神経に感覚を研ぎ澄ます。

 

追うことを止め、覚悟を決めた者の構え。 

 

バクバクと心臓が拍動する。 

 

一撃で決めなければならない。 

 

炭治郎の呼吸も、その足も。

 

自分の同期である『雷の呼吸』の使い手とはほど遠い技を、今から繰り出す。

 

こんな木々が立ち並ぶ森でそんな技を炸裂させれば、狙いを誤って途中の障害物にぶつかったりしたら猛烈な痛みが襲いかかることは想像に難くない。 

 

故にこちらの取るべき方策は、一点集中を置いて他にない。 

 

鬼がこちらに気づく。

 

瞬時に炭治郎の身体を赫い焔が包む。

 

もどきとはいえ、雷の呼吸の基本の技である壱ノ型を再現しようとしている。以前同期に聞いた、加速のコツ。それを聞いただけでそれができるとは思えないが、炭治郎は迷わなかった。

 

一か八かとか、そんな邪念は捨てる。

 

できるかどうかじゃない、やるんだよ。 

 

呼吸によって自らに超人的な身体強化をかけ、足に全集中する。 

 

そして、

 

ゴッッッ!!!! と空気が唸った。

 

その踏み込みだけで地面が普通に割れている。

 

爆音。

 

雷が落ちたような音を撒き散らして突き進む炭治郎。あっという間に鬼との距離を縮めた彼は刀を振り下ろし、その一撃が頸にめり込む。

 

 

「ガアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!??」

 

「うおおオオオオオオオオッッッ!!!」

 

 

体が熱くなる。

 

額の痣が濃くなる。

 

それに呼応するように、炭治郎の刀に灯る炎も激しさを増す。

 

 

(行け!! 行け!! 今度こそ!! 渾身の力でッ!!) 

 

「お前は────────ッ!!」

 

「!?」 

 

「儂が─────────ッ!!」

 

 

奥へと押し込まれる炎の刃に抗うように、鬼の頸が後ろを振り向いて、

 

 

「かわいそうだとは───ッ!!」

 

 

斬るまであと一歩。

 

そこで鬼は、怯えていたあの時と一変し、逆ギレするようにして炭治郎に叫ぶ。

 

 

思わんのかァァァァア!!!!!

 

「ムグッ!?」

 

 

叫びと同時に体が大きくなり、その巨体で炭治郎の頭を掴んで捻り潰そうとしてくる。

 

 

弱い者いじめをォッ! するなああああッ!!!!!!

 

 

強靭な握力に炭治郎の頭蓋骨が悲鳴を上げる。

 

息ができず意識が途切れそうになる。

 

脈を圧迫されて刀を握る力が抜ける。

 

このままでは頭が潰される前に、酸素不足で気を失う。

 

次第に視界が暗くなっていき、炭治郎は刀から手を離す。

 

 

「テメェの理屈はぜんぶクソなんだよ!! ボケ野郎がァアアッ!!!」

 

「ムゥゥゥウウウウッ!!!」 

 

 

その時、玄弥と禰豆子が追いついた。

 

握り潰そうとする鬼の手を開かせるために、玄弥は力を振り絞って炭治郎を助け出す。その手助けとして、禰豆子が鬼に対して有効な血鬼術を発動させるために自分の血を浴びせ、その身に炎を燃え上がらせる。

 

鬼の力と血鬼術。

 

その両方によって握られていた力が緩み、炭治郎は意識を取り戻して刀を握り直す。

 

その際、玄弥が強靭な力で鬼の両腕を引き千切ると、腕に燃え広がっていた炎が彼にも燃え移る。鬼を喰っていた玄弥はその炎によって宿っていた鬼の力を燃やされ、人間形態へと戻される。

 

解放された炭治郎。

 

そのチャンスを逃さなかった彼は、渾身の力を振り絞って喰い込んでいた刃を押し込んでいく。

 

 

「くッ!!」

 

 

それでもまだ逃げようとする鬼。

 

なんとかして逃れようと、だが腕を失ったことで上手くバランスが取れず、鬼の体はつい足を踏み外して崖下へと落ちていく。

 

刀が抜けなかった炭治郎を道連れにして。

 

 

「ムゥッ!!」

 

 

助けようとした禰豆子。

 

しかし間に合わず、炭治郎の足を掴んだまま一緒に崖下へと真っ逆さまに突っ込んでいく。

 

絶対助からない高所からの落下。

 

 

ドゴォッ!! と。

 

 

その衝撃で崖下から砂煙が舞い上がる。

 

 

「炭治郎!! 禰豆子ッ!!」

 

 

玄弥の叫びも届いたかわからない。

 

激しい砂塵が納まり、その余波が起こした陽炎の中、鬼は両腕を失くしたまま立ち上がった。 

 

 

(まだ生きてんのか!?)

 

 

しぶといと思った玄弥だったが、あることに気付く。

 

自分が引き千切った腕が再生していない。

 

つまり、もう限界が近い。

 

トドメを刺すなら今しかないと思い、玄弥もなんとか下へ降りる方法を探す。

 

 

「ふぅ········ふぅ········ッ!!」

 

 

鬼は両腕を失っているせいで頸にめり込んだ刀が抜けないことに焦りを感じていた。

 

このままではまずい。

 

体力の限界が近いことを悟って周囲に補給できる人間はいないかと探し出す。

 

 

「逃さないぞ········」

 

「!?」

 

 

本当に間一髪だった。 

 

炭治郎の行動があとコンマ一秒でも遅ければ、取り返しのつかない事態になったかもしれない。 

 

その事実に、炭治郎は身体が震えるほどの恐怖を感じた。自分の判断が僅かに狂えば、今頃死んでいたということだから。一先ず諦めて手を離していなければ、自分も鬼の体に引っ張られて地面に叩きつけられていた。そうならなかったのは刀を放して離れたおかげ、それによって炭治郎は運良く崖に生えている木に引っかかり、事なきを得ていた。

 

手足が震える。身体の芯が凍える。 

 

だが、恐怖と同時に沸き立つ感情がある。

 

怒りだ。

 

 

「地獄の果てまで追いかけて········頸を、斬るからなッ!!」

 

「ヒ、ヒィッ!!」

 

 

思わずその脅しの眼光に怯える鬼。

 

こんな状態では絶対に負ける。

 

急いで人間を喰って回復せねば。

 

────────と。

 

 

「!!」

 

 

背後からあの小僧が追いかけるために地面に降り立つよりも先に、視線の先に刀を大量に持った刀鍛冶の人間達が見えた。

 

 

────あそこまで行けば勝ちだ。

 

 

所詮あの小僧の刀は喰い込むだけで終わり、斬ることはできない。

 

人を喰って回復してしまえば勝ちが確定。

 

鬼は急いで人間がいる方へと走り出す。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

「くそ········ッ!!」

 

 

もう少しで斬れたのに。

 

それをあの鬼は最後まで悪足掻きをして········ッ!!

 

 

「ま、待て········ッ!!」

 

 

鬼が逃げて行く方向に、刀鍛冶の里から逃げていた人達がいるのはわかっていたがもう一つ気付いたことがあった。

 

地平線の向こうから明るい光が見え始めている。

 

つまり夜明けも近い。

 

そうなったら鬼はまたどこかへと消えてしまう。

 

ここまで来て絶対に逃すわけにはいかない。

 

もう一度足に力を込めて、一気に距離を詰めるために駆け出そうとする。

 

そんな時だった。

 

 

「!?」

 

 

唐突だった。

 

彼の鼻に、()()()()()()()()()()()()

 

嗅いだこともない臭い。

 

鼻孔を焼くこの腐臭は、()()()()()()()()

 

匂いを辿って周囲を見渡していると、

 

 

 

ゴアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!

 

 

 

大気を震わせる凶悪な咆哮が全体を震撼させ、炭治郎は耳を塞いで立ち尽くす。

 

 

「!!!??」 

 

 

北の方角から、翼を裾のように引いて『何か』が滑空してくる。 

 

空に、それも思った以上に近い距離に、巨大な影が浮かんでいた。 

 

黒い体。 

 

巨大な翼。 

 

発達した四本の脚。 

 

三つある頸。

 

見たこともない大きな皮膜の翼を雄大に羽ばたかせ、巨体を浮かばせるだけの風を巻き起こしながら突っ込んでくる。

 

 

「なん────────ッ!?」

 

 

暴風が塊と化して押し寄せてきたと思った途端に、炭治郎は吹き飛ばされていた。 

 

恐ろしい風圧によって崖に背中をぶつけ、元いた場所に戻される。 

 

痛みを感じる暇もなく、膝を伸ばして跳ね起きる。それから、前方に着地した相手をじっくりと観察した。 

 

 

「こ、此奴は一体─────ッ!?」

 

ゴアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!

 

ギィィィヤアアアアアアアアアアアッッッ!!!??

 

 

巨大な影に遮られて見えなかったが、ずっと追いかけていたあの上弦の鬼の断末魔が周囲に響き渡る。

 

臓腑を引き裂かれた鬼の、悲痛な叫び。

 

長い頸によって空へと打ち上げられた鬼は、頭と足、その両方を黒い影から長く生えている二つの頭に噛みつかれ、真っ二つに引き裂かれる。血肉の部品は一瞬にして二つに分かれ、一体一人の人間にはどれほどの血が詰まっているんだと疑問に思ってしまうほどの血の滝が地面へと流れる。

 

上半身と下半身が分かれたことではみ出す何か。

 

血管の中に細い管を通して、その管を無理矢理に引きずり出したように、そこからただ赤黒い空洞とピンク色の筋肉の束とぶよぶよした脂肪が垂れ下がっている。

 

分かれた上半身と下半身は、そのまま二つの口の中へと放り込まれた。

 

 

「な·······ッ!?」

 

 

今まで戦っていた鬼の本体。

 

上弦の肆・半天狗。

 

強力な分身体を作り出すあの鬼が、得体も知れない巨大な謎の怪物によって喰われてしまった。

 

彼の日輪刀ごと呑み込んだその怪物は、炭治郎を絶句させた。

 

その頭部からは真紅の火柱に、凍てついたつらら、そして稲妻を放つ角が生えている。

 

人の腕ほどもありそうな太い牙は、閉じた口に納まりきらず外に飛び出している。あんなもので嚙みつかれたら、こんな人間の腕など簡単に噛み砕かれるだろう。

 

実際、あのものすごい強度を誇っていた半天狗の体を噛み砕いて喰い尽くしたのだから。

 

思わず背筋に寒気が走った。

 

どう表現していいか、咄嗟には言葉が出てこなかった。

 

頭の大きさだけで炭治郎の体の何倍もある。その頭が炭治郎の目の前を過ぎる時、ギロリと人の頭ほどもありそうな大きな目が動いてこちらを睨みつけた。 

 

黒。 

 

底の見えない穴のように漆黒を湛えた、猛々しい眼光で炭治郎達を射貫いた。 

 

その場にいた全員、それだけで一瞬動けなくなる。

 

 

「「「······ッ!?」」」

 

 

再起した禰豆子に、地上へと降りようとしていた玄弥は、思わず息をするのを忘れる。

 

死を確信した瞬間。 

 

炭治郎は、体の痛みも忘れて大きく息を呑み込んだ。 

 

上弦の肆を喰った怪物は、一回り大きくなったようにさえ見えた。

 

妖しく輝く三つの触角は、それまでの戦闘がほんの小手調べでしかなかったということを無言の内に告げている。

 

 

「······ッ!!」 

 

 

これまでにない圧迫感を覚え、炭治郎は体全体を震わせる。 

 

緊張か、それとも恐怖のせいか。

 

彼自身にもわからない。 

 

確実なのは、一瞬たりとも気が抜けないということだ。 

 

背を向けることなど論外だった。

 

こいつから目を離した瞬間、哀れな獲物と化すだろう。

 

 

ゴアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!

 

「!?」

 

 

威嚇するように低く鳴き声を上げる怪物は、炭治郎に向きなおる。その視線を受け止めただけで、まるで見えない大きな手に上から押さえつけられているような重圧を感じた。まだほとんど動いていないというのに、額から汗が噴き出し流れ落ちる。強張る体を叱りつけながら、炭治郎はその場から逃げようとする。

 

だがそれよりも先に怪物が獲物を捕食する。

 

 

ガアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!

 

 

案の定、間もなく怪物は口からよだれを垂らし始め、頸を左右にくねらせて獲物を狙う動きが激しくなる。

 

至近距離の真っ正面。

 

回避の余地は全くなかった。

 

鋭い牙と喉の奥に呑み込まれる最悪な未来が見えた気がした。

 

 

「ムゥ!!」

 

「炭治郎!!」 

 

 

二人の声が聞こえた。 

 

まずい、やばい、と頭の中で危険信号がうるさいほどに鳴り響く。

 

巨大な影が炭治郎に近付く。 

 

全身が噛み砕かれたと感じた時には、炭治郎の意識はあっさりと千切れ飛んでいた。

 

 

 

 

 

ビュン!!

 

 

 

 

 

風が、鳴った。 

 

短く鈍い音が続く。

 

 

グアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!??

 

 

怪物の頭達は信じられないものを見るような目を、自分の真ん中の頭に向けていた。 

 

それは今まさに炭治郎を喰い殺そうとした頸。 

 

その頸の目玉に、一本の矢が突き刺さっている。

 

 

 

 

 

「ハアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

一つの声。

 

その声は彼の後方から。絶叫に似た声と共に聞こえるのは跳躍する音。炭治郎はこの状況で振り返るほどの余裕もないが、わかる。

 

 

()()()()

 

 

これは、自分の妹が頭に被っている謎の頭巾から香る匂いと同じ。

 

どんな見た目をしているのかは見えない。

 

そんな呆然とする彼の真上、『蒼い衣』を着込んだ剣士は一瞬で投げ槍のように追い抜いた。

 

 

同時、

 

 

謎の青年は蒼い光を帯びた剣を、怪物に振り下ろした。 

 

 

 

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