鬼滅の伝説   作:織姫ミグル

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第六章

 

 

喰われる。

 

武器もない、傷だらけ、限界。

 

抗う術が一切残っていないと悟ったその時、少年はぎゅっと目を閉じてしまっていた。

 

これから襲い来るであろう、地獄のような激痛に身を固めていたが、

 

 

いつまでも衝撃は来ない。

 

 

どれだけ経っても、何の痛みも感じない。

 

しかし不気味なはずの怪物の咆哮は、その後すぐ聞こえてきた。まるで激痛に苦しむように、そして悲鳴を上げるように。

 

 

グアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!??

 

「!?」

 

 

少年は恐る恐る瞼を開ける。

 

すぐ近く、見知らぬ誰かが通り過ぎていったような気がした。その姿を捉えようとしても昇ろうとしている朝日の逆光によって視界が遮り、ぼんやりとした像でしか捉えることができない。

 

その人影は、『剣士』のようであった。

 

少年は今岩場まで追い詰められ、逃げ場は一切なかった。そして剣士は、対峙する少年と竜を遮るように、少年がいる岩場の上から飛び出してきたらしい。人影の横顔が、朧気に見える。

 

竜の殺意がある攻撃が止まった。

 

少年の背後からその頭上を飛び越してきた青年が、竜の頸に飛び蹴りでも喰らわせるような、並大抵の速度・威力ではない、まるで隕石が直撃したかのような一撃を放った。

 

バァン!! という轟音。

 

勢いをつけた鉄球を止まっている鉄球にぶつけたように、竜の巨体は横に倒れ込む。およそ人が放てる一撃ではない。重量数トンを誇る巨体を薙ぎ倒すほどの威力、そんな攻撃を放てるなんて人間業とは思えない。一振りの一撃であの巨体が倒れ込み、それとは対照的に、その人影の体は全ての運動エネルギーを竜に伝達させて、ふわりと空中で後方に縦に一回転してから地に舞い降りる。

 

そこでようやく、人影は明確になる。

 

蒼の剣士。

 

大空のように蒼い衣を身に纏い、左手には頑丈そうな盾、右手には息を呑むほど美しく輝く刃を持った剣。

 

そして。

 

その背中には、少年にとって見覚えのあるものがあった。

 

自分の師匠が手作りで作ってくれた、頑丈でありながらもとても軽い『木箱』

 

禰豆子が鬼にされ、日差しを受けたらすぐに塵と化してしまうので、それを防ぐための必須アイテム。その中に妹を入れて背負って一緒に旅をし、少年や妹にとっても思い出深い代物だった。

 

それを、見知らぬ青年剣士が背負っている。

 

 

(だ············誰だ?)

 

 

少年、竈門炭治郎は。

 

自分があの時失くしたはずの木箱を背負っている青年が何者なのかを考える。

 

あの日、禰豆子がいなくなった日。

 

対峙していた敵の鬼が最後の悪足掻きとでもいうかのように発現させたあの『黒い霧』によって禰豆子は木箱と共に何処かへ消え去り、それ以来ずっと探し続けていた。それでも全然見つからず、ついには陽光に灼かれて死んでしまったのではないかと思うようにもなってしまった。

 

だが、今日この日。

 

自分が失ったと思っていた大切な妹は、どこからともなく現れ、窮地に陥っていた自分を助けてくれた。

 

その際、日本では見かけぬ珍しい頭巾を妹は被っており、その布からわずかに香る匂いからおそらく彼女を保護していた者の所有物だと思っていた。

 

いつかその人に会って礼をしようと思っていたが、まさに今。

 

目の前にその頭巾と同じ匂いを持つ人がいる。

 

それを確信した時、炭治郎はその青年に声をかける。

 

 

「あ、あの────ッ!!」

 

「ムゥゥゥウウウウ!!」

 

 

その直後だった。

 

炭治郎よりも先にその青年に近づく一つの人影。

 

竈門禰豆子が彼に抱き着いていた。

 

 

「ムー!!」

 

「ふごッ!?」

 

 

青年は死角からの抱き着きに驚き、素っ頓狂な声を上げる。青年の腰辺りに抱き着いた禰豆子は恐ろしい速度でタックルしたため、青年と彼女は勢い余って地面に転がる。

 

青年は禰豆子に押し潰されたまま、どうにか体を捻って自分の腰にまとわりつくその人物の姿を確かめようとして、

 

 

「だ、誰だいきなり────って、君はッ!?」

 

「ムー!!」

 

 

青年が禰豆子の存在を確認すると、彼女は彼の背中にがっちりと両手を回して愛しの剣士様の胸元に思い切り頬擦りし始める。

 

青年と禰豆子のその様子を見た炭治郎は思考が停止する。

 

明らかに初対面ではできない芸当。

 

まるで禰豆子はずっと会えなくて寂しかった旧友と再会した時のようなテンションで青年に抱き着いている。

 

会えた喜びのあまり歓喜の声を上げて抱き着いているが、

 

 

ゴアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!

 

「「「!?」」」

 

 

不意に、前方から咆哮が上がった。

 

皆がその声に反応してそちらを見ると、三つ頸の竜が今まさに起きあがろうとしていた。だがその巨体を起き上がらせるにはその腕と足では力不足だった。

 

よって。

 

轟!! と風が渦を巻いた。

 

絶叫する竜を中心として、竜巻のような烈風が吹き荒ぶ。目に見える範囲を丸ごと呑み込むほどの巨大な嵐の塊。それはそこにあるもの全てを舞い上げ、四方八方へ吹き飛ばすほどの風の暴力だった。

 

その強風を巻き起こすのは、竜の翼。

 

その巨体を起こすために背中にある巨大な翼を広げていたのだ。

 

完全に起き上がった竜は炭治郎達を睨みつけ、先ほどのお返しとばかりに三つの頸が息を思い切り吸い込み始める。

 

その姿に炭治郎は咄嗟に理解した。

 

その竜の口から放たれる一撃は、あの上弦の肆の異能をも上回る。あれは風や音、雷といったもので形はなく、あらゆる圧に押し潰される攻撃だったが、この竜が放つのはまさしく殺人光線のようなものであると。

 

当たれば一瞬で死に至る。

 

それを悟った瞬間、炭治郎よりも先に、青年が一足先に動いていた。

 

 

「ッ!!」

 

「ムゥ!?」

 

 

抱き着いていた少女を抱えて起き上がった青年剣士は、そのまま近くにいた炭治郎がいる方へと放り投げる。荒技であったが炭治郎は無事に禰豆子を受け止め、その際に彼は投げ飛ばしてきた青年の姿を見る。

 

彼はまた何かを投げてきていた。

 

急いでいたためか、背中から下ろすのを短縮させるために片方の紐を剣で斬って滑り落とし、そのまままだ無事だったもう片方の紐を掴むと炭治郎の方に背負っていた木箱を放り投げる。

 

 

「その子を頼むッ!!」

 

「ッ!?」

 

 

そう言う青年に、炭治郎は目を見開く。

 

────木箱の役割を理解している?

 

確かに、あの禰豆子と親密な関係を築いていることから、おそらく彼女が鬼であることは知っているのだろう。それで彼は木箱が何の役割を果たしているかも察しており、木箱に禰豆子を隠れさせることを任せてきた。

 

人喰い鬼であることを理解しながらも禰豆子の面倒を見てきたであろうあの青年は一体何者なのか、その疑問が再度脳裏を過った時だった。

 

 

「危ないッ!!」

 

ゴアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!

 

「ッ!!」

 

 

竜の咆哮が青年の顔面を捉えたかに見えた。

 

迫り来る三種の破壊光線。

 

それが青年のいた場所に直撃し、彼はあまりの衝撃に耐えられず横へと吹き飛ばされる。

 

横に吹っ飛ぶ青年剣士の姿に、炭治郎の血の気が音を立てて引いていく。 

 

しかし、彼が横に吹き飛んだのは攻撃を受けたからではなかった。彼は自らに狙いを定めたことを悟ると、勢いよく横方向に飛び出し、放たれる破壊光線の余波を利用して回避したのである。その蒼い衣には傷跡一つ付いていない。地面に当たった龍の息吹は地面を抉り、その一撃で大地が捲れ上がって隆起し、周囲に衝撃波を生み出す。

 

青年は衝撃波から生まれる爆風に乗って躱し、だがあまりの風圧に自分で着地地点を決められないから地面を転がってしまう。

 

すぐさま起き上がると、一気に接近して蒼く輝く破魔の刃を一閃させた。

 

斬れ味鋭い刃が竜の右前脚に命中し、その堅い爪を粉砕する。

 

爪を破壊しただけ、と言ったらたったそれだけかと思うかもしれないが、この竜は信じられないほどに堅く、傷を負わせることすら難しいのだ。

 

三つ頸の竜の爪を破壊したあとも、青年剣士は気を緩めることなく立ち上がる。 

 

そして破魔の刃先で、竜の頸の一つを引っかけるように斬り裂いた。

 

 

ガアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!??

 

 

縦に一閃。

 

目玉の真ん中が斬られたことでたまらずに咆哮を上げ、がくりと竜は頸を折る。

 

明らかにその動きは鈍っていた。

 

 

「··········ッ!!」

 

 

黙って見ていることしかできない炭治郎。

 

現在彼は妹の禰豆子を箱に入れて、昇ろうとしている太陽の光から守ろうとしているのだが、

 

 

「ムゥゥゥウウウウッ!!」

 

「なんでそんなに嫌がってるんだ!? このままじゃ死ぬんだぞ!? お願いだから急いで入ってくれッ!!」

 

 

何故か禰豆子は入ろうとしない。

 

もう時間がない、陽が昇るまで数秒もないだろう。その証拠に太陽も丘の向こうから顔を出している。それなのに禰豆子は箱に入れようとする炭治郎の手を掴んでは拒み、箱から出ようと躍起になっている。

 

必死に箱に押し込む炭治郎だったが、禰豆子の鬼の力は凄まじく、押し返されそうだった。

 

────まずい。

 

このままでは禰豆子が陽光に灼かれて死んでしまう。

 

何故こんなにも出ようとするんだ?

 

まるで。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

しかし、それは許されない。

 

もう時間切れだ。

 

頑なに炭治郎の言うことを聞かない禰豆子は、尚も青年の元へ行こうと奮闘していた。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

マックス薬で傷は回復できたものの、疲れまで消えたわけではない。

 

あくまで今ある傷を回復させるだけで、失った体力は休まないと戻らない。瘴気に蝕まれていたことによって体力は減るばかりであったが、それでも回復ができたことで今までよりもかなり動けていた。

 

 

「··········ッ!!」

 

 

右腕を振り回し、リンクはバク宙をしてマスターソードを一閃させる。

 

破魔の輝きを放つ刃は、地面に直立しているキンググリオークの真ん中の頸を抉った。 

 

手応えあり。 

 

思いがけない痛撃に意表をつかれたのか、キンググリオークは動かない。 

 

その機会を逃さずに、というよりはほとんど無我夢中でマスターソードを振るい続ける。その素早さには自分でも驚いている。今までこんなに素早く剣を振り回したことなんてない。一閃した後にもう二撃追加されるような剣筋。普通、過ぎ去った一撃の後に一歩遅れて攻撃が繰り出されるなんて現実的に考えてあり得ないのだ。だからそれはつまり自分が信じられない速度で剣を振るっているということなのだが、本人はそれを自覚していない。

 

極限の集中力。

 

百年前、彼にとって全盛期であった時代の頃の記憶が蘇るようであった。数えきれないほどの魔物の群れを一騎当千し、無双できていたあの頃。敵の攻撃が止むことなく襲い来る戦場で、リンクは難なく回避して静寂に染まる世界に入ってラッシュを何度も決めていた。

 

疲れを知らず、体力の限界はないとでもいうかのように動き回れたあの頃、だがその時の記憶は断片的にしか残っていないから、今の彼にはその時の力はないと言ってもいい。

 

それでも、その時代のリンクにも負けず劣らずの素早さで動けている。

 

その力を存分に振るうリンクは、目を思いっきり見開きながらあらゆる情報を取り入れて、余計なものは省いてを繰り返す。

 

ゴゥッ!! と風を切りながら、斬り上げとなぎ払いを交互に繰り出す。

 

斬り上げはキンググリオークを下から、薙ぎ払いは両脚に効果的な打撃を与えることに成功した。

 

 

(いける·······ッ!!)

 

 

キンググリオークに会心の一撃を叩き込むことで、リンクは気分が高まったような気がした。

 

集中力の極限値へ達した、高揚感。その状態へ至ることが何より肝要で、会心の一撃を決めた剣士というのは、その手応えが残っているうちは高揚感の全能感に浸り続ける。 

 

即ち、一度手応えを感じた時に発動する“ノっている”状態の時、会心の一撃は連続発動しうるのだ。

 

だが。

 

リンクの高揚も、そう長くは続かなかった。 

 

その理由は────

 

 

「ッ!? ゲホッ! ゲホッ! グッ·······ゴホッ! ガハッ!?」

 

 

薬で傷を癒しても、体力までは戻らない。

 

苦しみのあまり咳き込んで膝をつくリンク。

 

人間には二つの限界がある。

 

『体力の限界』を迎えると、人は苦しくて動けなくなる。極限状態で苦しみや痛みを忘れ動けたとしても、次に来るのは『命の限界』だ。

 

当然ながらこれを超えると人は死ぬ。

 

リンクは今それを超えかけていた。

 

そもそもの話、リンクは本来この時代まで生きられないのだ。

 

実年齢を明かせばリンクは百歳を超えている。一度死に際まで追い込まれて、完全回復するための治療器具で百年間眠って全ての傷を修復したとはいえ、本当ならばリンクはあの時死ぬはずだった。

 

それで未知の技術を使って復活させたのだ。何の代償もないわけがない。

 

記憶障害、老化の停止、身体能力喪失。

 

考えうるだけでこれだけの副作用が出ている。

 

生命への冒涜を冒したその代償としてリンクはかつての力を失って、それでも無理矢理力を引き出したことで彼はあらゆる魔物達を葬ってきた。

 

リンクは別に何か特殊な力が宿っていたわけではない。

 

姫君のように聖なる力があるわけでもない。

 

退魔の剣に選ばれ、その力を振るえるほどにただ卓越した身体能力があっただけだ。

 

だから、リンク自身はただの人間だ。

 

聖なる力が宿ったマスターソードを振るっていただけで、あとは自分の力で補完していた。

 

リンクは確かに天賦の才を持ち合わせた剣士だが、何の努力もなくその域に達したわけではない。

 

天才だって努力しているのだ。 

 

天才が才能だけで戦っているなんて、それは彼らに対する冒涜だ。少なくとも彼だってそのことを弁えている。実際自分は昔の自分に遠く及ばない。始まりの台地にいたボコブリンにすら、対処の仕方がわからず気絶させられたのだ。

 

だからそれに近い存在まで到達しようと努力したのだ。戦い方を忘れてしまっていたので魔物達を一から攻略し、倒す際の弱点などを自力で見つけて今では難なく屠れるが、そこに至るまでは死ぬほど努力をした。

 

今ではライネルでさえも大した敵ではないと感じるほどに強くなっているが、人は誰しも限界が来る。

 

疲れというものを感じなかったあの頃とは違う。

 

連戦に連戦を重ねた結果、リンクはもう限界であったのだ。

 

いつこうなってもおかしくはなかった。

 

だから。

 

 

ガアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!

 

「!?」

 

 

いったん体勢を崩すと、立て直すのに時間が掛かる。マスターソードを構え直そうとしているところに、キンググリオークの前脚が横殴りに飛んでくる。

 

回避はできない。

 

何もかもが手遅れだと悟った。

 

突風を道連れにして急速接近してきたキンググリオークの鋭い爪が、ぎらりと光る。 

 

────来るッ!!

 

キンググリオークが自分の体を跳ね飛ばす光景が頭に浮かび、リンクは思わず目を閉じかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“りんく”ぅぅぅうううううううううッッッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然、背後から自分の名を呼ぶ“女の子”の声が聞こえた。

 

瞬間、何か液体のようなものが飛び散り────キンググリオークの体が凄まじい炎に包まれる。

 

 

ガアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!??

 

「!?」

 

 

リンクが眉をぴくりと動かし、顔を上げて目を見開いた。

 

目の前が、明るい。

 

最初の感想はそれだけだった。

 

キンググリオークの巨体が炎の塊と化し、悲鳴じみた咆哮を上げていた。それは赤くなく、桜色も混じっているような綺麗な炎。

 

その炎に焼かれているキンググリオークは、火傷のような切り傷のような、奇妙な痛々しい傷跡をいくつも作り出していた。

 

あの魔王の瘴気をも焼き尽くすほどの炎。

 

それを放ったであろう者の影。

 

それは、“少女”だった。 

 

何故だろうか、リンクが、後ろにいる少年も信じられないものを見ているかのように顔を驚愕に染めていた。

 

リンクが言葉を失っていると、少女は“口枷”がなくなったことで自由になった小さな口を開けて、

 

 

「り、り、りんく··············よかった。ぶ、ぶじで、よかったねぇ」

 

 

 

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