鬼滅の伝説   作:織姫ミグル

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幕間

 

 

風のない白い朝。 

 

濃い霧に包まれた地域に建てられた、立派な邸宅。

 

そんな邸宅の一室で、

 

ごぽっ、

 

という音が立った。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

今の日本では珍しい邸宅が広大な庭園の中にあった。 

 

明治の中期の建造物であろうか。英国人建築家が設計したとされる木造二階建ての洋館であった。白く塗られた外壁が庭園の照明に映え、天然木を使った床や壁が優しく、木の香りと混じって、たった今淹れられた紅茶の香りが広がっていく。

 

朱い絨毯の敷かれた廊下の上を行く二人の足音が、絨毯に吸い込まれていく。 

 

静かだった。 

 

大きな邸宅のはずなのに、人の気配がほとんどない。この家の主人が大手の製薬会社であり、仕事に出掛けている間は使用人達が掃除などをしているはずだが、今日は嫌に静かだった。曲がり角の多い廊下を進み、分厚い板に微細な彫刻を施したドアの前へと辿り着く。

 

そのドアを女性がノックする。

 

 

「“俊國”?」

 

 

その部屋にいるであろう人物の名を呼ぶ女性はこの邸宅の主人の妻で、名を呼んだ子供の養母。

 

少し前に息子として迎え入れた養子の“俊國”という子供は、生まれつき皮膚の病に罹っており、太陽の強い光を浴びると酷い火傷を負った時くらいに肌が灼かれてしまう。普段は自室に籠り、太陽の光を一切入れぬように窓は遮光カーテンで隙間なく閉めている。昼間は全然外に出れないことを愁いていた養父と養母は、自身の会社で特効薬を作れないかと試行錯誤しながら研究しているのだが、なかなか良い薬が上手く作れない。

 

せめて、肌を保護する日焼け止めでも開発できれば良いが、紫外線に対する基本的な保護ができるような段階にまでは至っていない。

 

それでも、息子は前向きだった。

 

自身もいずれこの会社の跡を継ぐという想いから、自ら薬の開発のための研究をし、その知識は養父でも驚くほどで、夕食の席での何気ない会話の中で彼に助言された時は耳を疑った。しかし、彼の口から出てくる言葉はどれも説得力があるもので、米ぬかから抽出に成功した成分を調合に使ったら、脚気の予防に繋がる治療薬が開発できた。その薬の開発に協力してくれた農芸化学者でさえも彼の知識に驚き、彼が継いでくれたら会社の未来は安泰だと評されるほどだった。

 

こんなにも素晴らしい子を迎え入れることができて、主人も大喜びであった。

 

子に中々恵まれなかった自分達の元に、会社の未来を任せられる天才がやって来て、神様にまで感謝をしても良いくらいだ。

 

この子をこの世界に生まれさせてくれてありがとう、と。

 

そんな想いから、昼間でも歩けるように彼に効く特効薬を開発しており、今日は朝早くから主人は仕事に行ってしまった。

 

それで留守を任され、使用人と共に息子の様子を見に部屋の前まで来たのだが、

 

 

「··········俊國?」

 

 

返事が全くない。

 

それどころか、『ゴボッ!?』なんて液体のようなものを吐く音が聞こえてきた。

 

 

「俊國!?」

 

 

今まで聞いたこともない声は苦しげで、養母に事情は分からなかった。

 

しかしその声はどう考えても俊國のもので、明らかに今尋常ではない事だけは理解できた。

 

 

「開けますよ俊國!?」

 

「奥様!?」

 

 

女中の女性が婦人のあまりの焦りっぷりに驚愕していたが、養母は叫ぶようにして勢いよくドアを開ける。

 

壁一面には古く分厚い本が書架に並べられていた。しかし整理はされておらず、どちらかというとたった今乱雑に散らかしたみたいな、空き巣狙いのならず者でも押し入って荒らしたような光景が広がっていた。

 

そして部屋の奥にある書斎机の前。 

 

そこに、見知った顔があった。 

 

養子の俊國だ。 

 

彼は体をくの字に折り曲げ、口に両手を当ててごぼごぼと短く咳き込んでいた。そのたびに、指の隙間からぬめぬめとした重たい液体がこぼれていく。

 

一瞬どういう状況なのか事態の把握が追いつかずにいた養母であったが、

 

ごぽっ、という水っぽい音が暗い室内に響いた。 

 

血の塊が、ぼたぼたと床にこぼれていく。 

 

養母は目の前の光景を前に、吐き気を覚えたように口に手を当てた体勢で思わず立ち止まっていた。

 

間違いなく鮮血だった。

 

彼女は、赤色の噴き出した一点を呆然と見る。 

 

自分の大切な息子、俊國を。

 

 

「俊國ッ!?」

 

 

気がつけば、養母は駆け寄っていた。

 

 

「大丈夫ですか俊國!?」

 

 

休憩のためにと女中に頼んでいた紅茶のことなど忘れ、養母は俊國へ近づき、身を屈め、背中に手を回して血まみれの床の中から起き上がらせる。頭を持ち、腰を支えるような格好になると、子供らしい柔らかい皮膚の感触の他に、『異様に何か熱い』違和感が掌に伝わった。 

 

────身体中に浮かぶ膨大な汗。

 

非常に高い熱を出しているのは明らかだった。今までは少々青白く、病弱に見えていた俊國から伝わる熱。それを感じた瞬間に、養母は近くにいた女中に叫ぶように命令した。

 

 

「すぐに街に行って医者をッ!! 他の使用人達には何か冷やすものを持ってくるように言ってちょうだいッ!!」

 

「は、はい!!」

 

 

女中は婦人の叫びに驚くようにして返事をし、思わずトレイを落としてしまい、乗っていたカップが割れて、おしゃれなティーポットの中の熱い紅茶まで飛び出す。床から立ち昇る湯気、それを踏んで部屋から去っていく女中は肩を震わせて小さな足で走っていった。その背中は焦燥に駆られ、ほとんど自失しているようにも見えた。だがそんなことなど今は忘れ、養母は俊國の容態を確認する。

 

体がガクガクと小刻みに震えている。

 

いつもの笑顔が剝がれた顔は、彼には似合わないほど大量の汗が噴き出していた。

 

高熱に魘されているような顔色であった。

 

 

「俊國!? 俊國!?」

 

 

必死に呼びかける養母。

 

 

「とにかく横に寝かせて安静に────ッ!!」

 

 

近くのベッドに寝かせて安静にさせようと彼を持ち上げようとした時、

 

 

グジュリッ!!

 

 

音を聞くだけで恐ろしいことが起きたのだと推測できた。おそらく、養母は自分の身に何が起きたか分からなかっただろう。一気に視界が真っ暗になり、そのまま床に抱えていた俊國という子供を落としてしまう。

 

一体どこへ行ってしまったのか、頭はなく、断面から噴水の如く水が勢いよく噴き出すように、『赤黒いもの』が天井にまで伸びている。

 

ある程度流れ出る波が安定していくと同時に、司令塔を失った体も活動を停止し、辛うじて二本足で立っていた肉体から力が抜け、膝からストンと落ちるように床へ崩れていった。

 

 

「はぁ··········はぁ··········ッ!!」

 

 

膨大な返り血によって赤く濡れた顔を両手で押さえ、よろよろと後ろへ下がる小さな影。

 

顔は怒りに染まり、荒い息を繰り返す。

 

その息を吐く口元、というより顔。

 

顔の表面が縦にぱっくりと二つに割れ、鋭い歯を数えきれないほどに生やし、その大きな口で自分の体を持ち上げていた養母の頭を喰らったのだ。まさに癇癪を起こした子供のような動きだったが、致し方なかった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「なんだ、“奴”は··········ッ!?」

 

 

驚きと共にゆらりとした動きで立ち上がった子供は、意識が朦朧とし、全身から嫌な汗を流していることに腹を立てながらも、必死に壁の方へと寄って手をつき、自身の体を落ち着かせるために肺がある部分を押さえる。

 

歯を食い縛り、全身の細胞を蝕んだ『何か』を除去するため、乱暴ではあったが、彼は力の一部を解放。

 

 

「ッ!!」

 

 

体ぐるりと方向転換すると、見当違いの方へ『肉塊の鞭』を振り回した。空気を掠める軌道を取り、瞬時に変形して肉塊の一部をゴムのように伸ばしたり鉄のように硬くし、鋭利な殺人兵器と化した筋肉が火花を散らす。今までのような余裕を持った雰囲気はない。酔っ払いが殴りかかるような乱雑で暴力的な動きだった。 

 

ザシュッ!! という重たい破壊音と共に、壁中を切り刻んだ。

 

縦横無尽に軌道を描いていく刃物と化した腕は、振るたびに早くなり、だが太陽の光が入らぬように全壊はしない。

 

八つ当たりのような動作。

 

何かで発散しなければ落ち着かないように、彼は手当たり次第に家のものを破壊していく。あれだけ静かだった邸宅から何人もの悲鳴が連続し、いつの間にか声一つ返ってこなくなっていた。

 

力を解放した影響か、今まで擬態のために制御していた枷が外れ、自身の体が瞬間的に成長して大人の姿へと変貌、全くの別人へと変わる。血を流し込んだかのような真っ赤な瞳を宿したその姿、今までどうやってあんな体型でいられたのかの理屈もわからない。鋭い爪を生やした大きな手から生えている何本もの触手、体の所々に怪物のような口があり、家中にいる使用人達をその牙で捕食していっている。

 

 

「··········」

 

 

充分補給できたのか、伸ばしていた触手を納め、元の体型へと戻していく。

 

力の解放と同時に家が崩壊しない程度に辺り一面は瓦礫と化した訳だが··········それと共に、彼の力によってそこにいた使用人達は無惨な死肉と化した。切り刻んだ影響で部屋のあちこちに、光る鱗粉のようなものが漂っているのが見える。

 

体の様子に変化はない。

 

だが何だか虚ろな目で、細胞一つ一つに集中し、蝕んでいた『何か』を除去するために分解していく。白血球が菌を殺すように、自らの細胞でその『何か』を消していく。顔の輪郭は時間が経つにつれて少しずつ平常へと戻っていく。ほとんど形状は戻った。おそらく、捕食した新鮮な人肉によって細胞が活性化し、本来の力を取り戻したのだろう。

 

全てが元通り。

 

冷静になった男は何の感情も無い、だが僅かな怒りを抱いた声色で、

 

 

「玉壺、半天狗··········貴様らには失望したが、役には立った」

 

 

称賛ではないものの、結果的には自分にとって利益となるように動いてくれたからそこだけ認めた。

 

朗報、と言えば良いのか。

 

自分が忌み嫌うもの··········太陽。

 

鬼は強靭な力を持ち、人ではあり得ない事象を引き起こす異能の術が使えるが、その代償に『日の光の下を歩けなくなる』のだ。さらには人の血肉を求めるようになり、しかしそんなものは人を喰えば問題がないので大したことではない。

 

強靭な肉体、永遠の命。

 

病に罹って不自由な体となってしまった自分がここまで動けるようになったのだ、人を喰い殺すという道徳心の欠片もない悪道を冒しても、然程罪の意識は湧かなかった。

 

だが。

 

どうしても太陽だけは克服できなかった。

 

どれだけ人を喰っても、自分に与えられた力を他の者に分け与えても、一向に太陽を克服できなかった。

 

自分の病を回復させ、さらには強靭な力を与えてくれた薬の原料、『青い彼岸花』をもっと手に入れれば、克服の手掛かりを掴めたであろう。

 

しかし、彼は生まれてこの方その植物を見たことがなく、それがどこに生息しているのか、栽培できるのか、知っているのはもはやこの世には存在しない『医者』のみ。調合された薬を処方されても病状は悪化するばかりで、ついには診療していた医者は役立たずだと決めつけ、苛立ちのあまり自分の手で殺めてしまった。

 

薬が効いていたと分かったのは、悔しくも医者が死んで間もなくのこと。

 

死んでしまった者からは当然聞くことはできず、不甲斐ないことではあったが自分の力で探すしかなかった。

 

自分で何とかしたいとは思っていた、だが、誠に遺憾ではあったがこれ以上進化することができないと悟った彼は自分自身の可能性に限界を感じ、ならば他の者に与えて進化を促し、太陽を克服できる特異体質を持った者を見つけようという計画に出た。

 

正直、気が進まなかった。

 

考えてもみてほしい、自分だけに与えられた不死身の力を他の者に与えるということは、自分は特別な存在ではなくなってしまうということだ。何より分け与えた者は自分とは体の作りが違うため、自分とは別の力が発現する可能性だってあった。実際、鬼となった者達に宿った異能は個体によって違い、中には自分自身でも持ち合わせていない力を手にした者だっていた。

 

“あの娘”が良い例だ。

 

太陽の光を克服し、尚且つ鬼を殺すことができる親殺しの火と呼ぶべき異能を授かり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

竈門禰豆子。

 

 

今まで亡き者にしようとしていた存在であったが、太陽の光を克服したとなったら事情は変わる。

 

一刻も早く、あの娘を手に入れなければ。

 

だが────その前に一つ問題事が増えた。

 

 

「あの“異国の剣士”·········それに、“影”·········ッ!!」

 

 

“奴ら”は一体何者なのか。

 

いきなり現れ、忌まわしい鬼狩りの柱と共に玉壺を討ち倒し、しかも太陽の力を宿した日輪刀でも何でもない『青い翼が生えたような西洋剣』で頸を切断した直後、自分の血を多く分け与えた上弦の鬼の細胞が死滅した。

 

あり得ない、と思った。

 

以降もあり得ない状況が続いた。

 

玉壺はしぶとく生きるために無事な細胞で頭が崩壊するのを防いでいたが、そこに『巨大な咆哮』が聞こえたと思ったらアイツは『何か』に喰われた。

 

直後に、異変があった。

 

分け与えた細胞を通してその様子を見ていた男の体の内側で────

 

ビキリ、と何かが悲鳴を上げた。

 

手の甲の血管が異様に膨らんだ。指先から肩口まで、太い血のパイプが走っている事を強く自覚させられた。そう思った直後に、破裂が起きた。皮膚が内側から破られ、赤黒い液体が一気に噴出した。その時の自分は気付いただろうか。常人には不可能な細胞分裂を行い、頭だけでなく体内全体で血液という体を動かす燃料を激しく流し、その全てから精製されるその特殊すぎる『鬼の血』が、自分という命を組み立てているという事を。

 

彼の行っている事は、簡単に言えば配下の心の中を覗いているだけだった。自分の細胞なのだから、副作用に襲われるような危険な異能でもない。 

 

にも拘わらず、彼の寿命は確実に削られていた。 

 

分け与え、鬼の中でも特別な存在である配下の心の中身───()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

細胞を通じて覗いていた自分にも襲いかかってきた『何か』は頭蓋骨を内側から砕きかねない頭痛に襲われ、声も出なかった。

 

玉壺を喰ってきた『何か』によって自分の細胞が“それ”に溶け込むたびに、猛毒の『何か』が一つ一つ脳へと引きずり込まれていく。流し込まれた猛毒は珈琲に溶ける牛乳のように彼の細胞と混じり合い、混濁させていく。

 

自分の細胞を取り込み、副作用でこちらへ毒素を流し込んできた『存在』の正体を知ることはできなかったが、それは数分もしないうちに知れた。

 

もう一匹向かわせた上弦の鬼、半天狗。

 

最後に奴が見たのは、“三つの頭を持った竜”だった。

 

直後には玉壺と同じように無様に喰われ、そしてこちらへと毒素を送りつけてきたが、収穫は少なからずあった。

 

毒を流し込まれながらも、竜の視界が見え、あの“蒼の衣を着た剣士”と“太陽を克服してみせた鬼の娘”が共闘している姿。

 

ほんの数秒。それも凝視したのではなく、チラッと視界に入っただけでも脳が割れそうになっていたが、自分の驚異的な生命力もその毒に負けることはなく、細胞が再生され死滅しを繰り返し、苦しんだ際に見えた光景は彼にとっては充分な情報であった。

 

これで、もう『青い彼岸花』を探す必要も、『鬼を増やす』必要もない。

 

しかし、だ。

 

気付けば全身の血管が皮膚上に浮かび上がっていた。雨に打たれたようにびっしょりと汗に濡れていて、苦しみのあまり閉じた両目の片方、瞼の中から涙のように血の帯が頰を伝っていた。

 

つまり。

 

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「それが、あの“影”か········ッ!!」

 

 

上弦に与えた細胞が完全に取り込まれて消滅し、

 

脳裏に焼き付いた最後の光景。

 

 

血を全身に浴びたような、“赤黒い影”。

 

 

一瞬だけしか見えなかったが、あれを生き物と言って良いのかすら判断できない。感情全てが入り混じった結果あんな表情になったのか、人の持つ感情とは明らかに異質なものを根幹に秘めた、極めてフラットな顔つき。

 

産屋敷一族が統括する鬼狩り共、自分を初めて追い詰めた“耳飾りの剣士”。これまでも自身の命を脅かす存在はいくつか現れたが、あの“赤黒い影”は完全に性質が違う。

 

あいつの存在は自分でも計り知れない。

 

そして、そんな影が興味を示していたもの。

 

 

“蒼い衣を身に纏った異国の剣士”

 

 

あの男は自分の配下である玉壺の頸を討ち取り、さらには上弦達を喰らった竜という怪物に勇敢に挑み、勝利してみせた。

 

本来であれば特段気にする必要もない存在であっただろうが、あんな戦闘を見せられたらそうも言ってられない。

 

そのせいで、かつて痛い目を見たのだ。

 

“耳飾りの剣士”と相対した時もそうだった。最初は弱く見え、この世の全てを見た末に絶望し、疲弊し切ったようなあの男の顔。覇気も闘気も憎しみも、殺意すら湧いていないような男の手によって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

慢心が引き起こした油断。いや、たとえ初めから身構えていても、あの規格外の速度を追うのは難しかった。

 

今では思い出すだけでも腹が立つが、あの一件以来、彼は全てのものに対して警戒するようになった。

 

“奴”と同じ『花札のような耳飾り』を着けた鬼狩りを始末しようと躍起になり、その他の自分にとって脅威となる分子は全て排除するように鬼達に命じていた。

 

あの剣士が何者なのかはわからない。

 

むしろ『私はあなたが忌み嫌っていた人間と同じ存在です』と答えられた方が強い違和感を覚えていただろう。

 

上弦を殺し、竜まで殺し。

 

血まで蒸発させるほどに体温を上げ、圧倒的な身体能力を見せ、そこにいた怪物達を目にも映らぬ速さで剣を振るっていた以上、野放しになどできない。

 

あれは人間にできる所業ではない。

 

人の身でありながら、鬼の目が捉えられる以上の速度で動き、規格外の剣撃を繰り出す。

 

そんな出鱈目を成し遂げた奴の方こそが、『化け物』と呼んで間違いない。

 

したがって。

 

 

鬼の始祖────────“鬼舞辻無惨”は。

 

 

あの剣士────────“リンク”という者を。

 

 

かつて自分の頸を斬りかけた“耳飾りの剣士”と同等の資質を秘めているという考えに至った。

 

 

「虫唾が走る·······ッ!!」

 

 

だとしても。

 

鬼の始祖であるこいつはこんな所で命惜しさに平伏すような存在ではない。

 

そんな小物ではない。

 

 

「·······“鳴女”」

 

 

べんっ!!

 

名を呼んだ瞬間、弦の音と共に鬼の始祖の体は何処かへ消え去った。

 

目的は二つ。

 

 

 

太陽を克服した竈門禰豆子の入手。

 

そして。

 

剣士リンクと『影』の排除。

 

 

 

他のことなどどうでも良い。鬼狩りなど後回しにしても差し支えない。あんな塵芥集団など、いつでも亡き者にできる。

 

だがまずは準備だ。

 

禰豆子とリンクが鬼狩り側にいる以上、探すのには手間がかかる。産屋敷一族は小賢しい頭を使って、自分達に見つけられぬようにその姿を隠し、何百年も滅ぶことはなかった。索敵に優れた者達を招集し、禰豆子とリンクの居場所を見つける必要がある。

 

それでようやく終焉を迎えられる。

 

何百年も続いた、鬼狩り達との呪われた因果を。

 

今度こそ終わらせられる。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

そして、

 

遠く離れた異界の地で、いくつもの声が交錯していた。

 

 

「各地の被害増大!! 瘴気を纏った『鬼共』の目撃情報が書かれた資料です!!」

 

「オルディン地方とヘブラ地方に出没した鬼という魔物はゴロン族とリト族によって討伐され、比較的に被害は少ないですが、ラネールとゲルドの方は今も苦戦中です!!」

 

「ヒダマリ草とカガヤキの実の調達依頼がまた来ています! 資料に目を通しておいてください!!」 

 

 

マジでうるさい、と思ってしまうのは自分の性格の問題だった。

 

そもそも自分の本分は研究、そして開発。それ以外のことは正直専門外だ。だがこれは“姫様”から任された大事な役目、ここで投げ出すことはできない。

 

 

「プルアせんせー! こちらの報告書もお願いします!!」 

 

 

新たな資料を運び込んだのは、自分の助手のジョシュア。

 

彼女が持って来たのは、おそらく各地に出没したさらなる新種の魔物、『瘴気の鬼』だ。

 

こいつらが厄介な理由は、まさに神出鬼没という点だ。

 

目撃情報があって赴いてもその時にはすでにおらず、ハイラルの各地にランダムで現れるため対処が難しい。そこに居合わせた者が対処するしかないが、いかんせん手強い相手だった。

 

なにせ。

 

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倒せばしばらくはなりを潜めるものの、赤い月が発生すればまた復活する。

 

彼女に呼ばれ、監視砦のリーダーであるプルアはそちらを一瞥した。

 

 

「ん、その机に置いておいて」

 

「はい!!」 

 

 

プルアの指示に頷くと、ジョシュアは急いで次の作業に取り掛かる。

 

ハイラルの希望、“リンク”が行方不明なこの状況、戦える剣士、戦えない補給隊、問わず休める暇もない。

 

誰もが皆、この新種の魔物が現れるハイラルで自分にできることを必死に行っている。

 

窓の外から見える、監視砦から各地に赴く討伐体のその背を見送り、託された資料に視線を落とす。鬼を倒すためのヒダマリ草とカガヤキの実の供給が間に合っていない。

 

当然だ、運び手がいても採れるアイテムは無限ではない。

 

このペースで被害が増え続ければ、限界が来るのもそう遠い話でない。

 

それでなくても、供給が間に合わず、犠牲になった者も少なくないのだ。

 

 

「あぁ·······クソ」 

 

 

プルアは苦々しげに眉を顰める。 

 

馬鹿な奴が自分の欲望を叶えるために迷惑を被るのは、いつも周りだ。 

 

たった一人が馬鹿馬鹿しい陰謀を企んだその瞬間、世界の流れは面倒な方向へと流れていく。

 

 

「全く、面倒なことこの上ないわね!! ホント、一体何を企んでいるの············魔王“ガノンドロフ”!!」 

 

 

この騒動を引き起こした厄災の張本人の名を呟いて、プルアは次の資料へと目を通す。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

送った報告書は無事届いただろうか。

 

そればかりが気掛かりだ。

 

 

「ベリービジーで流石のミーもタイアードだ············」

 

 

欠伸をするロベリー。

 

ここ最近は『鬼』という魔物の弱点やら何やらを調べるために研究三昧であったので、寝るどころか風呂にすら入っていない。

 

鬼の体を調べて、新兵器の開発を············と言っても、鬼は倒したら体が塵となって消えてしまうため、残っている資料は少ない。

 

精々、現在行方不明となっている“リンク”が残していった“あの少女”の血液サンプルくらいだ。

 

他の鬼を生け捕りにできたら良いが、それが中々難しい。

 

ヒダマリ草を塗った武器で斬ったら一瞬で燃え尽きるし、カガヤキの実で撃退しようものなら跡形もなく消え去る。小型ガーディアンに装着されていた光刃やレーザーは中々使えると思ったが、圧倒的に部品が少なく、調達しようにもハイラル中のガーディアン達は負の遺産としてほとんど破棄してしまった。ならば通常武器で挑めば良い、なんてことを討伐隊達に頼めるはずもない。こちらだって命が惜しいのだ、そんな危険な目に遭ってまで捕獲することを引き受けてくれる勇敢な者などいない。

 

捕獲する間もなく倒してしまうのでは意味がない。

 

だからサンプルは必然的に“あの少女”の血液しかなく、だが収穫は勿論あった。

 

 

「“あれ”が少しは役立てば良いのじゃがな」

 

 

正直、まだ効果があったという報告は届いていないから不安だった。

 

少女の血を調べてわかったこと。

 

 

少女の血は、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

カガヤキの実とヒダマリ草ほどではないが、細胞を破壊して再生を阻害する力はとても魅力的である。上手く活用すれば、鬼を捕獲して更なる研究段階へと進めそうだった。

 

そして、幸いにも現代技術と古代技術の研究が進んでいたこともあって、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

リンクが行方不明となる前に戦ったであろう鬼が残した『武器』を回収し、それを調べていたロベリーは新しい兵器を開発。

 

さらに少女の血を濃縮させて量を増やすのも大変だった。

 

その結果報告が来るのを待って、ロベリーは一息つこうと、五日間徹夜をしたせいで体臭がキツくなった体を洗い流すために浴室へと向かう。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

鬼は陽光を嫌う。

 

ならば隠れる場所は洞窟か森かに絞られる。今回は洞窟だった。仲間同士、手を取り合うことがない鬼ではあったが、未知なる大地ではそうも言っていられない。

 

洞窟内で身を隠していたが、それを人は袋の鼠と呼ぶ。

 

夜になろうとしていた。

 

日が沈んだことは本能で察知できるのか、今宵の獲物を探しに行こうとしていたところ、

 

 

「放て!!」

 

 

洞窟の入り口付近にいる討伐隊のリーダーがそう叫ぶ。

 

指示されたことで、弓兵はカガヤキの実が鏃に括り付けられた矢を放つ。暗闇の洞窟内が一瞬光り、何体かの悲鳴が聞こえてきた。すると、中からカガヤキの実の光を恐れたのか、もしくは小賢しい人間達を殺そうと出てきたのか、仲間を押し退けるようにして我先にと洞窟の出口へと走ってくる。

 

そこで鬼達が見たのは、

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

馬に乗った騎士が後ろに立ち、そんな彼を中心点にして、出口付近で人間達が横一列に並ぶ。

 

そんな横一線に配置された敵陣営から、キラキラとした光が連続で瞬いた。

 

先程の木の実の閃光のようにも見えるが、違う。 

 

()()()()()()()

 

それを放ったのは、筒状の武器。

 

遠距離攻撃に特化した兵器だ。

 

そこから放たれるのは、()()

 

横に隊列を組んだ討伐隊が持つ新兵器、『銃』によって、強烈な発砲炎と共に反動で腕が跳ね上がる。着弾した瞬間、鬼共は大きく悲鳴をあげて、胴体を守るようにしながら後退。そしていつまで経っても傷が再生される気配はない。

 

 

「今だ!! 掛かれ!!」

 

「「「「「おおっ!!」」」」」

 

 

怯んだ鬼共のトドメを刺すため、銃列隊を背後から追い抜く形で、自軍から放たれた無数の討伐隊が迎撃に入る。

 

鬼共はこれくらいの攻撃ならなんともないと思っていただろう、だが、いつまでも開けられた穴が塞がらないことに驚き、そのままヒダマリ草が塗られた武器によって傷つけられ、跡形もなく消え去った。

 

 

「効果はあったようですな、隊長」

 

「あぁ、流石はロベリーさんだ。新種の魔物の再生を阻害する新兵器を作ってしまうなんて」

 

 

討伐隊のリーダーの隣にいた兵士がそう言うと、馬に乗っている彼は悪餓鬼が浮かべるような悪い笑みになりながら返事をする。

 

きっかけは、先日襲撃を受けたイチカラ村で回収された未知なる技術が使われた武器だった。

 

底は木製であったが、全体的には鉄の筒だった。

 

見た目で言えばボウガンに似ていたが、あれとは違って弦がない。ボウガン専用の矢を固定する部分もない。その代わりに筒状内部には、小石ほどの大きさの物体があり、形的に言えば猛獣の牙のように先端部分が尖っていた。鉛でできたものが対象に当たったら致命傷となるだろう。

 

詳しい名称は知らないが、初めて使った兵器の効果に、横に隊列を組んだ発砲隊は驚きのあまり言葉を失っていた。この兵器が増産されることになったら、ハイラルの歴史が動く。それどころか、他の国にこの技術を伝えたら、ハイラルは先進国になるかもしれない。

 

たった一本の指を動かしただけで相手に致命傷を負わせることができた。ガーディアンのような失われた古代技術とまではいかないが、手軽に運べ、どこにでも持っていけるというのは素晴らしいことであった。弓矢を扱うための訓練も大して必要はない。弓弦を引き絞って飛距離を出すように腕を鍛えなくとも、火薬によって爆発を内部で引き起こし鉛を飛ばす。

 

大砲とは違った砲煙に驚きを隠せない討伐隊。

 

これあったら百年前の厄災も食い止められたんじゃないかと思える威力。

 

だが。

 

相手は細胞を再生する鬼。

 

それを阻害させるために、鉛の塊にもう一工夫させてもらった。

 

薬莢の先端部分─────赤く染まった弾頭。

 

血の香りがし、これが発砲の際の熱で灼かれると、弾頭部分が発火する。

 

それで鬼の細胞を死滅させる鉛弾が出来上がる。

 

原材料はなんなのかは知らない。だが鬼を倒せるのならなんでも良い。

 

流石は百年前の戦争を経験したロベリーだ、やることがド派手で頭が爆発している。

 

 

「さあ、残りの奴らを片付けるぞ!! 一匹も残すな!!」

 

「はい!!」

 

 

自分達も殲滅に加わり、鬼共を駆逐していく。

 

鬼共の被害は確かに広がっている。

 

だがしかし。

 

この世界の人間達は、魔物の討伐を一万年も前から続けている。

 

新兵器を開発し、討伐するなんてことは日常茶飯事。

 

今日も彼らは討伐する。

 

真の平和が訪れるその時まで。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

「ガノンドロフについて書かれている資料は、やはり残っていないか」

 

「何せ一万年も前に存在していたやつだゾ。それだけの長い期間が空いていれば語り継ぐ者も少なくなるのは当然だ」

 

 

ゾーラ族の王“シド”と、ゲルド族の族長の“ルージュ”はこれまでに千回は読んだ資料をまた読み返していた。

 

古文書から抜き出したもので、厄災を封印する場面が描かれている。

 

厄災は『龍』のような禍々しい存在として描かれ、それをガーディアンたちに囲まれ、宙に浮かんでいるように見える。

 

そして。

 

そんな厄災を両側から挟んでいる人物が描かれている。

 

姫巫女と勇者。

 

大昔にこれを描いた者は、厄災の出来事を未来永劫に語り継ごうとしていた。が、それがいつ描かれたものなのか、語り継ぐための努力の痕跡だけは数世紀を経て残ったものの、その古臭い資料は答えよりも多くの謎を提起しただけだった。 

 

少なくとも、魔王が封印されてからのものだろう。

 

しかし今こうして改めて眺めてみると、それは新鮮な発見を与えてくれた。

 

何度も蘇る厄災。

 

倒さぬ限り続く、負の連鎖。

 

姫巫女と勇者、つまりゼルダとリンク。

 

その二つが揃わないと厄災は倒せない。

 

そして今、リンクもゼルダも行方不明。

 

イチカラ村を最後にリンクの目撃情報は途絶え、今も捜索中だ。以前、ゼルダに化けた魔王の手によってハイラル中が混沌に陥ったが、今度はそうならないように細心の注意を払って捜索にあたっている。

 

とはいえ。

 

目撃情報が一つもないとなると、やはりリンクは─────

 

 

「いや、そんなことはあり得ないな」

 

「あぁ、リンクなら大丈夫だ」

 

 

一瞬、最悪な想像をしてしまったが、すぐにそれを否定する。

 

自分達の知るリンクは、絶対に諦めず、どんなものにでも立ち向かっていく勇気を持っている。そんな彼がイチカラ村で敗れてしまうわけがない。

 

余計な心配は無用。

 

そう言うように二人は顔を合わせ、

 

 

「さぁ、もう一踏ん張りだ! 今日は最低でもここに溜まっている資料には目を通すゾ!!」

 

「あぁ!!」

 

 

机から天井まで伸びる膨大な資料の山。

 

それを部族の長二人は調べていく。

 

二人はリンクが無事に帰還することを願って、魔王討伐のための手がかりを調べていく。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

監視砦近く。

 

用心棒も兼ねて、ゴロン族達は物資の運搬にあたる。

 

 

「カガヤキの実とヒダマリ草の調達ありがとうゴロ! あとはこっちでやっておくゴロ!!」

 

「あぁ、よろしく頼む」

 

 

馬車に乗せられた支援物資。

 

ハイリア人が手を振って馬車を発車させると、護衛のゴロン族達が囲むようにして歩いていく。それを見送る大人のリト族達。

 

運搬はゴロン族とハイリア人の両部族でも、調達は主に空を飛べるリト族が担当する。

 

ヒダマリ草については地上よりも空島の方が手に入りやすく、調達するにはそこまで行かねばならない。だが、現状空を飛んでいけるのはリト族のみ。古代技術が使われた『ゾナウギア』を上手く扱える者がいたら更に運搬の時間が短縮されるだろうが、今のところゾナウギアを充分に操れるのはリンクだけだ。

 

気球ゾナウギアも時間が経てば途中で消えてしまうし、それに空島にはゴーレムという危険な奴らが彷徨いている。

 

リンクが情報提供した比較的安全な地帯以外も捜索したいところだが、これ以上負傷者が増えたら薬も包帯も足りなくなる。

 

正直、だいぶ後手に回ったな、と思う。 

 

資源にしても、武器調達にしても。

 

先日行われた、イチカラ村の襲撃。現場の状況を考えれば、使われた兵器は最新型で未知なる攻城砲であったことは明らかだ。そのような兵器はこの国のどこにでもあるものではない。犯行に使われたのはまず間違いなく、鬼が保有していた武器だろう。 

 

どこの国で作られたのか、輸入先の経路も不明である。

 

それは火を見るよりも明らかなのだ。 

 

 

「オイラ達、このまま負けちゃうのかな?」

 

 

リト族の若き戦士、そして賢者に選ばれた少年“チューリ”は、弱音と共に大きなため息を吐いた。 

 

返す返す、自分達の対応の遅さが悔やまれる。

 

空を飛べる自分達が真っ先に駆けつけていれば、例の事件は未然に防げていたはずなのだ。そうしたら、リンクだって行方不明になることだってなかったはずだ。

 

そんな弱気になっているチューリであったが、その小さな背中にドン! と強い衝撃が走る。

 

 

「いたッ!?」

 

 

あまりの痛みに心臓が飛び出しそうになるが、その前に陽気で明るい声が飛んでくる。

 

 

「心配しなくてもいいゴロ!! 今は最悪な状況でも、いつかは良くなるゴロ!!」

 

 

ゴロン族の長であり、ユン組の社長でもある“ユン坊”は以前と違って前向きで、弱気になっているチューリを元気付けるために背中を何度もドンドンと叩く。

 

 

「今はボクらが出来ることを最大限にやればいいゴロ! 弱気になってちゃ、それこそ負けちゃうゴロよ? もっと元気出して、前向きに考えるゴロ!!」

 

「う、うん·········」

 

 

ゴロン族特有の熱い情熱を注がれるも、チューリはその熱気に押し潰されそうな気がして苦笑する。

 

だが、ユン坊の言葉も一理ある。

 

ここでへこたれていたら、魔王の軍勢に弱く見られてあっという間に負けてしまう。気力をなくしたものから死んでいく世界なのだ。ならば奴らに負けぬよう、それ以上に努力すれば良い。それだけの話ではないか。

 

それに、自分は賢者に選ばれたんだ。

 

若くして戦士になり、皆を先導する存在になった以上、弱音を吐くなんてみっともないことは許されない。

 

 

「そうだね·········オイラ達が弱気になってちゃダメだよね」

 

「そうゴロ!!」

 

「オイラ達に出来ることをして、もっと魔物を倒していけば、いつかは平和がやってくるんだ! こんなところで挫けてられないよ!!」

 

「そうこなくっちゃゴロ!! それじゃ、そうと決まったらまずは物資の整理ゴロ。まだまだ支援が足りていない箇所を確認して、一刻も早く届けるように頑張るゴロ!!」

 

「おぉ!!」

 

 

二人は手を合わせてそう叫んだ。

 

まずは届ける支援物資を整理し、各地に送り届ける。

 

わずかな抵抗でも効果はあるのだ。

 

これ以上、犠牲を出すわけにはいかない。 

 

二人は火をつけるようにやる気を出し、意気揚々と整理に取り掛かった。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

広い広い、地下世界。

 

太陽の光すら届かない地下深くに、『魔王』は静かに座り込み、乾いた呼吸を繰り返し、そして頬杖を付いて鼻で嗤う。

 

分身ではなく本人。

 

奴は特に動くこともなく、だがその目はどこかを見ていた。

 

真正面に視線を固定しているが、見ているのは別の場所。視界に映るのはこことは違う、『異なる世界』だ。そこにいる自分の血肉で作った分身とは繋がっており、あちら側の様子をこちら側から覗いている。

 

あちらにいるのはもちろん幻影で、こっちには何の支障もない。

 

だから奴は常に正面を見据えつつ、その視界の端で本体の脳を働かす。

 

 

「嘆かわしや·········たかが日の光に灼かれ、我が瘴気に蝕まれた程度で血反吐を吐く小物如きが、『鬼の長』とは。忌むべき光を克服することも出来ぬのでは、その世界を統べるには程遠い」

 

 

一瞬見えた光景。

 

上弦という鬼を喰らい、その細胞を通じて『鬼の長』の存在を認識した魔王は、あまりの期待外れだったのか肩を落とす。

 

自らの力で光を克服できぬようでは、そいつの力もたかが知れている。

 

 

「その力を手に入れるのは、魔の王である我こそが·········相応しい」

 

 

だが、あれを取り込んだところではあまり意味がない。

 

“もっと素質のある奴”が『あの力』を手にした時、更なる力が得られる好機となる。

 

しかし、

 

上弦を取り込んでわかったが、奴らでもかなりの力になる。

 

一匹残らず手に入れる。

 

魔の力を強めるために。

 

 

「·········フッ」

 

 

魔王は視線を振らない。

 

己の欲望を貫き通し、世界を見据える。

 

今はまだ待つのみ。

 

焦る必要はない。

 

世界を闇に染めるための更なる力を手に入れるぐらい、造作もないのだから。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

『·········?』

 

 

リンクは朧げな世界に見入った。

 

向こう側には誰かがいる? 

 

また別の敵か?

 

気付いた時にはここにおり、そして事態の把握が終わらぬまま注意を目の前の『敵』に戻す。恐怖など微塵も感じずに、これまでに数えきれないほどそうしてきたように、『敵』を睨みつける。

 

いつもの敵。

 

リンクは警戒しながら背中にあるマスターソードを鞘から抜刀。左手を前に突き出し、ハイリアの盾で様子を窺う。

 

だが。

 

 

『?』

 

『·········』

 

 

一向に襲ってこない。

 

目の前にいる敵の顔色は窺えない。

 

それはそうだろう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

骸骨。

 

脂肪や筋肉、脳みそさえもない、完全に白骨化している存在。だが、骸骨にしては礼儀正しく服を着ている。赤色を基調とした衣服は、シーカー族が着ていそうなデザインだった。

 

そんな相手はただ静かに佇んでいるだけで、こちらに敵意を向けている気配もない。

 

頭蓋骨はただ一点を見つめていた。

 

────自分だ。

 

リンクの姿を見つめ、そのまま黙っている。

 

敵ではないのだろうか、そう判断したリンクはこちらも敵意を失くすように構えている盾と剣を下へと向ける。

 

次の瞬間、

 

 

轟!! と。

 

 

空間すら蹴散らして、骸骨は砲弾のようにリンクへ向かって駆け出した。両者の距離は少なくとも数メートルとあったのに、そんなものはものの一歩でゼロまで縮められた。

 

骸骨はリンクの懐へと潜り込み、いつの間にか手に握られていた『赫い刀』を一閃。

 

 

『!?』

 

 

一瞬のことだった。

 

スタル系の魔物でも、こんなにしなやかな身のこなしはしない。

 

骸骨が頭の上から打ち下ろした最初の一手は、リンクが直感で防御したマスターソードの上を滑り抜けていった。第二打は盾を持つ手首を峰打ちで捻じ曲げられた。第三打は構えていたマスターソードの蒼き刃を、その赫い刃でリンクの体に向けてぐっと押し込んできて、自分の刃で肩を傷付けることになった。

 

リンクは堪らず後退、顔は青ざめていた。

 

一体今の攻撃はどこから来たのだ?

 

疑問を抱く暇もなく、骸骨が近づいた。

 

機械的に容赦なく、ありえないほど強く、一歩踏み出すたびに赫い刀を一振りし、一振りするたびに一歩近づいてくる。リンクは最大限の速さで後ずさるが、骸骨の剣士は目の前から離れることはない。リンクの呼吸が速く、激しくなった。もはや骸骨の剣士の攻撃は阻止できず、ただ払い除けるしかない。力の攻防では骸骨の剣士に敵わない。この魔物のような存在は、今まで相手にしたこともないほどに優れた技を繰り出していたが、それだけでなく、肉体の強さも驚異的だ。

 

そして、リンクはようやくここで奴の正体に気づいた。 

 

────“人間”だ。

 

骸骨が繰り出す技の型も、アクロバティックな身のこなしも、魔物ができる芸当ではない。

 

この骸骨は、見た目のままの化物ではない。

 

人の心が在る、剣圧を感じる。

 

リンクがこれまで出会った誰よりも剣撃が上手い。

 

だから、その不意をつかれてしまったのは仕方がなかった。

 

 

ザシュッ!!

 

 

そんな音が聞こえた時には、目の前にいた骸骨の姿はすでになかった。

 

 

『·········?』

 

 

リンクは振り向き、瞳を丸くした。 

 

一瞬で間合いを詰められ、通過する刹那の瞬間にあの赫い刀を振るったであろう骸骨の剣士。

 

その人物の面が上がると·········心地よい既視感と、言い表わせないほどの違和感の両方を覚えた。

 

骸骨だった存在が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。 

 

 

相手────“耳飾りの剣士”は赫い瞳でリンクを見つめ、目を細めた。

 

 

剣士が『赫い刀』を腰にある鞘に納めると、いつの間にか付けられた傷がぱっくりと開き、冷たく、熱い、身の毛もよだつほどの苦痛が齎される。

 

リンクは身を二つに折り、血を吐いた。

 

何が起こったのかの実感が湧かず、リンクは痛みが生じている箇所へ手を持っていく。

 

斬られた。

 

喉へと。 

 

 

『·········!?』

 

 

驚愕に目を見開いて、自身の身に起きたことに目を疑った。 

 

だが、なんともない。

 

血は出ていない。

 

痛みも感じていない。

 

気のせい、錯覚だったのだ。

 

つまりはこれは現実じゃない、ただ幻か夢を見ているだけだ。 

 

喉を押さえていた両手を下ろす。

 

体は汗ばみ、震えている。 

 

リンクの切羽詰まった様子を見て、“耳飾りの剣士”は静かに口を動かす。

 

生気を取り戻した口で、こう言った。

 

 

『しくじった私に代わって【鬼の始祖】を倒してもらうお前には、伝える剣技がある』

 

 

こちらに歩み寄ってくる剣士。

 

残された希望に縋るような目をした“耳飾りの剣士”は、リンクを見た。

 

手を伸ばして、

 

きょとんとしているリンクにこう言い残した。

 

 

『私が為し得なかったことを·········どうか引き継いで欲しい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()?」

 

「?」

 

 

目が覚めたリンクの視界に薄暗い天井が映る。

 

同時に。

 

抑揚に欠けた“誰か”の声と共に、リンクの鼻先から何かが引き抜かれた。 

 

手拭いだった。 

 

その手拭いには何かが塗られており、まるでこの世の汚物という汚物を全て凝縮させたような、鼻が曲がって粘膜を切り裂くほどの強烈な刺激臭がした。

 

そんな手拭いの持ち主は、見たこともない『女性』だ。

 

左右に分けたクセのある前髪、長めのもみあげを残して後ろだけ巻き上げ、『蝶の髪飾り』をつけている。毛先は染色が目立ち、毒々しい紫色に染まっていた。

 

 

「えっと·········どういう起こし方?」

 

「緊急事態でして。いつまで経っても目を覚ましそうになかったので、強行手段に出てみました」

 

 

冷淡な声で、しかしどこか作り笑いのような不気味な笑みを浮かべている女性はリンクを静かに見つめてきている。

 

リンクは寝ぼけた頭を起き上がらせ、自分が寝かされていた部屋を見る。

 

病室、か?

 

自分が寝ている寝台と、用を足すための蓋のついた木桶以外は何もない小さな部屋である。窓から射しこむ陽光が、室内を照らしていた。

 

自分の武器類は壁に立てかけられている。

 

マスターソードもハイリアの盾も、あの少女が使っていた自分の弓もちゃんとあった。誰かは知らないが、ご丁寧に拾って運んでくれたのだろう。

 

そんなリンクに、女性は一見温かそうに思えるが、裏では冷たそうな感情を含んだ声を投げかける。

 

 

「“お館様”があなたをお呼びです。大人しくついてきてください」

 

 

冷ややかな声に、警戒が混じる。

 

隣でずっと看病していたのか、椅子から立ち上がった女性は背を向けて扉がある方へと向かう。

 

事態がいまいち把握できていないリンクであったが、自分に拒否権はなさそうであった。今壁に立てかけられている武器を手にしようものなら、敵と認識されても仕方ない。潔く彼は急いでベッドの下に置かれていたハイリアのブーツを履き、丸腰のままで彼女の後をついていく。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

ようやく動く。 

 

別々の世界を歩んでいた彼らの道が、一点で交差した今。 

 

真の夜明けを迎えるための苛烈な戦いが。

 

始まる。

 

 

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