第一章
息吹とは────生命の象徴である。
息吹、すなわち呼吸。全ての生物が呼吸を行う様子を指す一方で、比喩的には、活力や生命力、新たな動きを示す表現としても用いられる。譬えば、自然界に春が訪れ、花が咲き乱れる様子を『春の息吹』と表現する。
呼吸そのものを指すほか、生命力や活力、新しい気配など、何か活動している様子や活気、生命の蘇りを表す比喩的な言葉。
また。
新たな技術や文化が誕生し、世界に変化が訪れる様子を『新しい息吹』と表現することもある。
『酷い怪我にありえないくらいの高熱が出てるぞ!? 急いで“胡蝶様”の元へ運べ!!』
『見ず知らずの奴を? どう見たってコイツ外国人だし、鬼殺隊の秘密が外に漏れたりなんかしたら·········』
『確かに·········“右腕”なんて明らかに人間のものではないし、耳とかめっちゃ長く尖ってるし、コイツ絶対に普通の一般人とは思えないぞ?』
『変に疑っていないでちゃんと運べ!! 疑問は時間の無駄だ。それより、おい、他の奴は霞柱様と恋柱様の御二方を迎えに行け!!』
事後処理部隊である者達が到着し、意識不明の青年を少女から引き離す。
鬼の少女は最初それを拒み、顔を隠した者達に青年が連行されていくことを良しとしなかったが、彼女の兄が安心させるような一言を告げたことでなんとか引き渡して貰えた。
ずっと一緒にいた青年と引き離されたことで悲しい表情をしていたが、額の痣がさらに濃くなった彼女の兄は『大丈夫、絶対にみんな“あの人”のことを傷つけたりなんかしないから』と、彼女の肩に手を置いて優しく声をかけていた。
荷車に乗せ、移動の最中の振動で傷ついた身体がさらに悪化しないように、転落防止用のベルトで固定し、その間も青年は目覚めることはなかった。
『この“蒼い剣”、一体何で出来てるんだ?』
『日輪刀·········じゃないよな? 』
『·········ダメだ、全然抜けねぇわ』
『盾に描かれているのは、あの人の国のシンボルか何かか?』
『弓矢は、普通みたいだな』
『これ何? 鬼の角? 爪? 他にもわけのわからねぇもんばっか持ってるぞ?』
『いいからそれ全部運べ。全て重要な証拠品かもしれねぇんだし、あまり乱暴に触るなよ』
彼の所有物を勝手に確認する声が聞こえてきても、青年は反応しない。
事後処理部隊の一人が鞘に納まった神聖な退魔の剣を抜こうとするもどういうわけか抜けず、盾に描かれている絵から何処の国のものなのかを特定しようとしても、全員がそもそもそういった知識がないから意味がなかった。
少女の使っていた弓と矢も回収し、ポーチに入っていた道具一式も全て預かった。
伝令!! 伝令ィ!!
刀鍛冶ノ里二イル異国ノ者ヲ、本部へ連レ帰ルベシ!!
参考人故、丁重ニ扱エ!!
カァァァァッ!!
空を飛んでいる言葉を話す鴉がそう指示すると、皆が動揺したような表情を浮かべている。
何処の国の者なのかもわからない奴を、鬼殺隊の総大将がいる本部へと連れ帰れというのだ。もし危険人物だった場合、本部にいる“お館様”の身が危ない。
だが、そう指示された以上は従うしかない。
言葉を話す鴉は指示を終えると別の場所へと飛んでいき、仲間の鴉に指示内容を伝えて各地にいる『柱』達にも情報を共有する。
『そうか·········上弦の伍と肆を』
山奥で修行でもしていたのか、修行僧のような格好をした大柄な男は、歓喜のあまり盲目の瞳から涙を流した。
『あァ? 時透と甘露寺はともかく、アイツがァ?』
眼光だけで人を殺せそうな男は、柱二人が上弦を対峙したことよりも、その下っ端の階級の隊士がまたもや鬼を倒したことが不服なのか荒れている。
だが、
『なに? 倒したのは竈門でも時透でも·········甘露寺でもないだと?』
その報告内容に驚愕する縞模様の羽織を着た青年は、信用しないと何度も繰り返し呟いている。
『あら········では誰が?』
蝶のような羽織と髪飾りを付けた女性は自分の屋敷でいつも通り患者を診ていたが、本部に急患が運ばれてくるから診てほしいという通達の他に、上弦を倒したのが柱ではないということに疑問を抱き、首を傾げている。
各地に散らばった鴉は、上弦を倒した『剣士』のことを報告する。
『········!?』
それを聞いて、珍しく顔に吃驚の表情を浮かべる半々羽織の男。
彼だけじゃない、そのあまりの報告内容に全ての柱に隊士達が驚きを隠せず目を見開いていた。
鳴き声が遠ざかる。
病人を囲む神職の女性は主人を気遣うようにしながら、縁側に降り立った鴉の報告を聞いて耳を疑った。産屋敷家の人間は未来予知と言える程の勘、先見の明を持っていることで知られているが、まさか本当に現れるとは思ってもみなかった。
主人の言った通り、『
その剣士は霞柱と協力して上弦の伍を討ち倒し、しかも上弦の鬼を喰い殺した『竜』まで倒したという。
『ついに········来たんだね』
ややあって。
最後に顔中に包帯を巻いた鬼殺隊の総大将はゆっくりと微笑んだ。
あの時見た夢。
そこで“獣人のような者”が話していた剣士がここへやって来たことを喜び、麻痺しかけているその口から、待ち望んでいた者の名を呼ぶ。
『君を待っていたよ········ハイラルの勇者、“リンク”』
蒼の衣を身に纏い、破魔の輝きを放つ剣を振い。
ハイラルという国を厄災から救い、失われた大地を蘇らせ、息吹の勇者と称えられた剣士。
“リンク”
異界より舞い降りた一人の青年によって、
この停滞した世界に、新しい息吹をもたらす。
□■□■□■
その日、日本の空はどんよりとした厚い雲に覆われていた。
まだ鶏も鳴かぬ夜の闇の中であるせいか、あるいはそもそも人は寄り付かない場所であるのか。
はたまた、
凍るように張り詰めた空気が静寂の世界を支配している。
良くて響いているのは、その鬼の鉄のように固く握られた拳による破壊音と、
「
鬼はその拳のみで削岩を行い、その拳に宿る常識外の破壊力によって目に見えぬ打撃を繰り出す。
鬼の前方には、まるで巨大な壁のような“岩の巨人”が立っていた。
巨人は何の前触れもなく鬼の目の前に現れた。主人に命じられた“
ゴゴゴゴゴッ!! と揺れる大地。
震源地からは岩を固めて作ったような化け物の『腕』が伸びてきており、その高さだけで六尺六寸近くにも及び、拳は首の長い怪物が見下ろすように鬼の前に立ち塞がった。
次第に地面から這い上がってくるものの正体が明確になっていく。
巨人のような風貌。
三つの岩を繋げ合わせて人のように形を整えたものだった。自分よりも高く、しかしそのせいかあまりの重量に岩の巨人の頭は斜めに傾いでいた。
墓場から這い出る亡者のような動きでゆっくりと現れた岩の巨人は、鬼の姿を捉えると問答無用で襲ってきた。
動機など一切不明。
たとえ脅威の再生能力を持っていようと、真正面から受ければ肉体はバラバラに弾け飛ぶ。
轟!! と、空気どころか空間すら押し潰そうとする一撃を前に、鬼は小さく息を吸ってその攻撃を飛んで躱すと、空中で拳を放って空気をぶん殴り、空間を突き抜けた破壊の一撃が岩の巨人に直撃。
この鬼の拳は岩をも粉砕する破壊力を秘めており、助走をつけるように距離を詰めると、その砲弾のような拳を放つ。それだけで岩の巨人の両足が一気に崩壊し、重心を失った巨人はそのまま勢い良く後ろに倒れてしまう。
「
高速で次々と繰り出される鬼の拳に対し、しかし岩の巨人は一切動じない。何百発とその拳が自身の体を粉砕しようが、決定打にはならない。無論、攻撃を受けた手足は抉れるが、まるで磁石に吸い寄せられるように巨人の足元の地面が壊れた箇所を自動的に補修してしまう。
「········ッ!!」
鬼はその様子を見て、目が音もなく細まる。
自慢の破壊力をこれだけ繰り出しても、岩の巨人は即座にその部位を自然の力によって再生する。以前、鬼狩りの柱と対峙した時にそいつに『どう足掻いても人間では鬼に勝てない』などと常識的なことを述べてみせたが、鬼でも敵わないものがあった。
自然。
命の象徴。
それを具現化した存在。
自然発生する雨や風、山の噴火、大地の揺れといった大災には、たとえどんな異能の力を身につけた鬼であろうとも押さえつけるなんてことは不可能。自然は常に勝つ、それを証明するように、鬼がいくら攻撃を繰り出しても岩の巨人は大地の恵みを受けて破壊された箇所を復元させる。
ズン、という地を震わせる巨人の足音。
鬼でさえも冷や汗を流す存在。
正攻法で立ち向かっても勝ち目はない。
ならばどうするか。
決まっている。
「────
岩の巨人をも凌駕する踏み込み。
大地を揺らし、腰を深く落とした鬼は、足元に氷花のような陣を展開。
目に見えるほどの闘気と殺意。
そして、歓喜。
それを一気に放出させるように、鬼は容赦なく、長きに渡って鍛錬し続けた末に編み出した究極の技を繰り出す。
その名も────
「
爆発。
粉末が舞った。
目に見えぬほどに早い速度で放たれた数百もの拳。先程のような連続で拳を撃ち込む技とは違い、全方向にほぼ同時に乱れ打ち。広範囲に一気に放った結果、同時に岩の巨人の全身に亀裂が走り、そしてガラガラと崩れ去った。
自然からの恩恵を受ける暇もなく、灰色の粉塵が舞い上がる。
もうもうと立ち込める粉塵の幕は、しかし直後に凪いだ烈風に吹き飛ばされた。鬼の脅威的な大技に押し出された空気の余波だ。
「········ふん」
他愛もない。
そう言うように自身の拳を固く握りしめる鬼であったが、唐突にべんっ!! という音が鳴り響いた瞬間にその姿は虚空へと消えた。
後に残されたのは、琥珀や紅玉、金剛石などの原石。
勝利の余韻に浸る暇もない。
だが、これで証明された。
『上弦の参』を相手にするには、自然の力はあまりにも貧弱すぎる。
□■□■□■
日が届かない世界。
何もかもが異質で、その場所にいるだけで気が狂いそうだ。何処まで行っても部屋が並び、階段や廊下、無数の灯籠の弱い光が地平線の先まで続いている。
無限に続く城。
“無限城”
そこに集いし精鋭達、だがあまり褒められた存在ではない異形の姿をした奴らは、自分達の主がいらっしゃるまで静かに佇んでいた。
しかし。
その中の一人はその空気に耐えられないのか、気安く自分の下の階級の者に話しかける。
「みんなが無事で何より。正直、妓夫太郎に続いて玉壺と半天狗までいなくなってしまったのは悲しいけど、いつまでも泣いてはいられないね。そうだろ? “猗窩座”殿?」
「········」
話しかけられても返事をしない赤い髪をした若い男は、しかし殺意を抱いて白っぽい髪の上から血を被ったように赤い色が広がっている整った顔の男の瞳を睨む。
左側の黄金の瞳に刻まれた「参」の文字が、その上の階級である「弐」の文字が浮かぶ七色に輝く瞳を射抜く。
そんな目で見られても動揺一つせず、むしろ笑って話を続ける。
「鬼狩りも可哀想だよねぇ〜。俺達を倒すのに必死になっているみたいだけど、どれだけ頑張っても無駄だってことがわからないのかな? 鬼の中でも特に優れた俺達がいる以上、絶対に勝てるはずがないのにねぇ」
「········」
「でも、それももう終わらせられるね。“無惨様”が太陽を克服したという “鬼の娘”を手に入れれば、もう怖いものなし!! ついにあの御方の夢も叶えられ、そして目障りだった鬼狩りを殲滅できる!!」
『鬼の始祖』は、輝かしい世界を無事に歩く術を手に入れた。
であれば、ここからが本番。
誰に趨勢を任すでもなく、何に結末を委ねるでもなく。
今度の今度こそ、正真正銘の鬼の群れが戦争のために動き出す。
それが嬉しくて、『上弦の弐』は思わず下の階級の鬼である“猗窩座”の肩に手をまわす。
「 “無惨様”が太陽を克服したら俺達どうなるのかな? 特別に生かしてもらえるのか、それとも無惨様と一つとなって共に永遠を生きられるのか。そうなったら俺が今まで喰ってきた女の子達も一緒に生きられるわけだし、楽しみで仕方ないよな! 猗窩座殿!!」
「────かせ」
「ん?」
低く呟かれた声に『上弦の弐』は相変わらず笑みを浮かべているが、不快さが募ってしまった故に『上弦の参』の瞳に宿っている殺意が膨張し、ついには解き放たれた。
「腕をどかせ」
ダン!! と。
そのうるさい口を閉じさせるように、猗窩座はその鉄のように硬い拳を下顎に叩き込む。
血飛沫が飛び散り、床に鮮血が溢れるが、『上弦の弐』は失った口元を拭うと、
「全くつれないなぁ。俺なりに緊張をほぐそうとしてあげてるのにぃ〜」
むうう、と口を尖らせていた。
やはり、上弦という鬼の中でも特別な存在なだけはある。あれだけの負傷をなかったものにしてしまうほどの回復力、そして血の跡すらも残さぬ顔で子供のように拗ねてみせた。
「········ッ!!」
気に喰わない。
相変わらず舐めたその態度が鼻につく。
顔中に青筋を浮かべている猗窩座であったが、その時だった。
ザシュッ!! という乱雑な雑音が日のない空間に響き渡った。
上弦の参どころか、上弦の弐の目でも捉えられなかった。数々の柱すら葬った驚異の鬼でも、上弦の参と弐はそれを視認させる事すらできない。
ぼとり、という音が聞こえた。
体を統率する感覚を失い、頸と胴が泣き別れになってしまった猗窩座の頭だった。
「········ッ!?」
何が起きたか分からない、という表情でこちらを見上げてくる猗窩座。
傷を塞ごうとしているようだが、鬼にとって重要な部位である頭が切り離されて回復が遅れてしまっているらしく、切断面から血が溢れている。
「おやおや」
それを、『上弦の弐』は蔑みの目で見下ろしていた。
猗窩座の思考はまだ生きている。つまりは殺すつもりでやっていない、手加減された一撃だったのだ。
「········
思考が、不意にピタリと止まった。
攻撃を放ったであろう声の主が現れたからだ。
「前にも、言ったはずだ········お前は········度がすぎる、と」
柄に眼球が収まった異様な刀を携え、目の前に現れたのは自分よりもさらに上の存在である『上弦の壱』という鬼。額に二つ、頬に二つの瞳が眼状紋の如く不気味に開かれ、その全ての視線が床に落ちた猗窩座の顔を睥睨している。
「気に喰わぬのなら、入れ替わりの血戦で見事打ち勝ち、従属関係を変えてみせろというのが········何故わからん?」
「········ッ!!」
「そもそも、今はそれどころでは、ない········無惨様が、ずっと待ち望んでおられた、まさしく千載一遇の、好機。お前達が争った結果、準備不足がたたり、失態に終わってしまえば、全てが水の泡となる。それを承知の上で、事を荒立てるのか? 猗窩座?」
『上弦の壱』の侮蔑にまみれた表情を見て、猗窩座の余裕が消えた。
そこにあるのは、怒り。
しかしもう『上弦の壱』はまともに相手をしようとせず、猗窩座の頭を拾うと頸のない身体に放り投げ、極めて冷酷に告げた。
「つまらぬことに拘るな········無惨様のために、励むことだ」
べん!! と、
琵琶の音が響き渡る。
猗窩座が頭を体に繋げ合わせたと同時、自分達の正面に座って琵琶をかき鳴らしている新たな『上弦の肆』である鬼、“鳴女”がばちで弦を弾く。
直後、
聞き慣れた声があった。
「“
殺意に満ちた声。
その声を聞いた瞬間、上弦達は膝をついて頭を垂れる。
もはやその程度で殺せる。大仰な技や小細工でもなく、感情の波の起伏だけで。冷血に満ちた声色で告げる“主人”の心の中にあるのは、弱者を嬲る愉悦に他ならない。
声を聞かせるだけで跪かせられる。
絶対服従を強制させる。
たとえ自分よりも遥かに優れた頭脳を持ち合わせていようと、威力の高い技や異能を持っていようと、埋め込んだ自身の細胞がある限りは逆らうことはできない。
まさに独裁的思考。
自尊心が自覚できるこの優越感。
その感覚を味わう度に、鬼の始祖は自身の裏に隠している怯懦を悟られないようにできる。だが同時に、本当に残念な事に、『愚かで悟れない者』というのはそうした自己の醜さは一切見えていない。実際、壱と弐が両膝を床に付けているのに対し、参の鬼のみ片膝だけで終わらせている。そこに気付いていない時点で、彼の表層意識は自分自身の傷口に塩を塗っているなどとは露にも思わず、あくまでも一度使役した相手を完全に支配していると信じ切っているのだ。
だから、たとえ技を極限まで極め、鬼の中で一番上に立てる存在になった剣士であろうとも────
「だが黒死牟········お前にも失望した」
「········」
「お前には以前、鬼共が消えた件について調べてこいと命令したことがあったが········その時のお前は私になんと言った?」
その声は厳しい。
声を響かせるだけで、黒死牟と呼ばれた鬼武者は身体中に血管を浮かび上がらせ、見えない斬撃で切り裂くように体のあちこちから血が溢れた。
六つの瞳が限界まで開かれる。
あれだけ屈強な『上弦の壱』の肉体を、その声色だけで破壊する。
鬼の始祖は容赦なく続ける。
「“
「········ッ!!」
「お前のことは一番信頼していたが、
ゾンッ!! と。
黒死牟の胸が圧迫される。まさしく心臓を鷲掴みにされるような激しい痛み。呼吸をすることさえ困難で、肺に空気を送り込めずに窒息死しそうになる。始祖から頂いたありがたい細胞によって皮膚が内側から喰い破られ、全身から赤黒い液体が一気に噴出する。
ゴフッ········というあまりにも情けない声。
傍で見ている他の上弦達は驚いているだろうか。しかし何もおかしな事ではない。そもそも、たとえ上弦の壱であろうと鬼の始祖の細胞は例外なく崩壊させられる。単に今まで特別扱いされていただけ。それをしなくなったらたとえ壱の座についていようと簡単に息の根を止められるのだ。
だが。
それでも。
今はそれどころではないのか。
「貴様が報告を怠ったせいで、“あの影”から辱めを受け、私はかつてないほどに不快の絶頂だ。このような屈辱を受け、さらには信頼していた者からも裏切られるとは········本来であればお前を吸収してしまいたいところだが、私とお前の仲だ、名誉挽回のための機会を与えてやる」
そう、だから許す。
こいつはまだ利用価値がある。
『十二鬼月』の中でも最高戦力である黒死牟が“あの影”を独り占めにし、それほどにまで戦いを望むというのなら好都合。望み通りに戦わせ、そこで散ろうが八つ裂きにされようが、どうなろうが構わない。いっそのことそのまま消えてくれても良いと思うほどにどうでもいい。目的を達成するためなら手段は選ばない。どれだけ忠誠を誓っても、最後に自分だけ生きていれさえすればそれで良いのだ。
鬼の始祖、鬼舞辻無惨は自身がどれだけの存在であるかを改めて配下達にわからせるために、瞬きした瞬間に姿を消しを繰り返し、気付いた時には右に、また目を閉じたら今度は後ろに、という感じに空間移動をしているかのように動き回って呟く。
「お前達の存在理由がわからなくなり、下弦の者達と同じようにいっそのこと解体すべきかとも思ったが、ようやく利用価値を見出せた。太陽を克服した鬼、“竈門禰豆子”さえ手に入れれば、私もようやく日の下を歩けるようになる。だが、厄介なことに今あの娘は鬼狩り共の手の中。奴らは脅威ではないが、姿を隠すことだけは一人前。しばらくは奴らの足取りを辿り、禰豆子のいる場所と産屋敷の居所を突き止めることを最優先とするが、それよりも今私が一番に排除しておきたいものがある」
彼は手を翳す。
上弦達に埋め込んだ自身の細胞に記憶を共有しているのか、彼らの頭の中に“二つの人影”が浮かび上がってくる。
一人は、“蒼の衣を身に纏った異国の剣士”
一人は、“邪悪さそのものを身に纏った影”
それが頭の中に流れ込むと、どういうわけか頭痛がした。剣士の方はそこまでではないが、影の姿が脳に過った瞬間に細胞が拒否反応をしているかのように暴れ回る。鬼の始祖が受けた屈辱の怒りまで共有されているのか、もしくは“その影”の圧倒的な存在が尚も影響を与えているのか。
記憶が呼び起こす、心的外傷体験。
それは今回が初めてではない。あの日、“耳飾りの剣士”によって追い詰められた時の記憶が、あの“鬼狩りの少年”と浅草で出会った時にも呼び起こされ、全細胞が死を拒否するように暴れていた。
基本的な概念が崩れてしまっているような現象だが、それこそが頂点の領域なのだった。
その領域に足を突っ込んだ者が至高の世界へ到達するのか、その世界に到達するとその領域に変換されてしまうのか。
ともあれ、“影”は次元の違う所にいた。
鬼として、未だにこの世界で頂点の存在であった鬼の始祖である鬼舞辻無惨よりも、高い場所に。
そんな影が一番に注目しているのが、あの“蒼の衣を身に纏った異国の剣士”だ。
玉壺が残していった戦闘風景の記憶から分かる通り、彼の身体能力は凄まじかった。陽光を吸収した『日輪刀』ではない剣、そして鬼狩りの一番の武器である『呼吸法』を使わない剣技。鬼狩りは独特な呼吸方法によって身体能力を上げているのに、この剣士はそういったものもなしに素の力のみで光速の域に達し、さらには信じられないほどの高熱を体に宿らせ、限界以上の力を引き出してみせている。
人間業ではない。普通の人間が到達できる領域ではない。
つまり、もしかしたらあの剣士は。
“
裏側に隠された真の強さ。
あの“耳飾りの剣士”も最初は弱く見え、その奥に隠された本当の強さに気付けなかった。
だから、今度こそは油断しない。
それを配下達にも理解させた瞬間、彼は怨みの篭った声でこう告げる。
「こいつらを最優先に見つけ出せ。見つけ次第始末し────その頸を持ってこい」
□■□■□■
「········?」
そんな噂の剣士様。
リンクは遠距離から放たれる得体の知れない怨念を感じ取ったのか、僅かにぶるっと身震いした。
心臓辺りが一瞬締め付けられた気がしたが、それはすぐに消え去った。不整脈だろうか、そんな風に適当に思いながら胸に手を当てていると、先に歩いていた女性が訝しげに眉を顰めてこちらを振り返った。
「何やら落ち着いていない様子ですが、どうかしましたか?」
「え? あぁいや、立派なお屋敷だなぁと思って」
「あら、外国の方でも和の美しさというのが分かるんですね。てっきりそういったものには関心がないと思っていましたが」
「えっと、和って何のことかは知らないけど、似たような屋敷を見たことがあるし。とは言ってもここと比べたら狭いし、小さいかな」
彼女が一体何を言っているのかほとんどわかっていなかったが、恥じる風もなくリンクは答える。
似たような屋敷と言ってしまったが、何かがおかしい。もの珍しげに天井や壁を眺めてみるも、カカリコ村にあるインパの屋敷と同じような造りではあるが、何だか違う。
何と言えば良いのか。
あの新種の魔物達と初めて対峙した時と同じような感覚だった。
シーカー族のような着物を身に纏っていた魔物達であったが、彼らとはどこか違うデザイン。何だか知っているように見えて、実は全然知らないものだった時のような心情。
違和感のある既視感。
これも何かの記憶障害なのだろうか?
リンクが先程までいた病室だと思っていた部屋、あそこはどうやら感染力の高い病に罹った者が一時的に隔離される所だったようで、主屋に住んでいる家主達に移らないようにと彼女が説明してくれた。だから、主屋の方にまで歩いて行ったらブーツを脱ぐように言われた。
ここまでのやり取りで、何となくここの家の主人は病弱なのではないかと思った。
リンクが万が一何か病気を持っていて感染なんかしたら危ないし、地面の土や泥などでこびり付いた靴を脱がせて屋敷に上がらせていることから、あまり病原菌となるものを入れたくないのかもしれない。靴を脱いで家に上がるのは何だか新鮮な気持ちになったが、ハイラル王国のどの地方でもそんな文化はなかった。
それでリンクは、何だか嫌な予感がした。
中庭の近くを通ると、石や砂、苔などを用いて山や川に海などの自然風景を表現しているものが見えた。あれは、ハイラル王国初代国王が残した祠で見かけた『枯山水』というものと似ている。
では、ここはハイラル王国なのか?
それでハイラル王国初代国王の種族、『ゾナウ族』の文明を受け継いだ一族の末裔達が住んでいる屋敷なのだろうか?
考察に考察を重ねても、合点がゆかない。
そもそも彼女は先程自分のことを『外国の人』と呼んでいたし、しかしどうも見覚えのあるものばかり。
結局は何もわからなかったが、彼女の後ろ姿を見ながら、リンクは自分が全責任を持って預かると決めていた、妹同然の『あの少女』のことを考えた。
────あの子は一体どこにいるのだろう?
初めて言葉を交わし、勇者である自分が初めて魔物に心を開いたあの女の子。彼女の気配が感じられないことから、こことは別の所に連れて行かれたか。
胸中に、焦りが渦を巻く。
一刻も早く少女の居場所を知りたいが、それは今は難しい。捕虜とまではいかないが、今自分は丸腰状態であり、目の前を歩いている彼女の腰には刀が収められている。
リンクは丸腰だとかなり弱くなる。剣術は得意だが体術は超苦手。
せめて盾があればマシである。攻撃を防ぎつつ、タイミング良く相手の武器を弾き飛ばせば、その武器を奪うことができる。とはいえ、こんなところで武器を持ったりなんかしたら敵認定されて即拘束される可能性もあったわけだし、今は黙って着いて行くしかない。
しばらく歩いて、蝶の髪飾りをつけた女性は足を止めた。
連れて来られた所は、なんてことのない襖のある大部屋への入り口。
「一応念のため言っておきますが、少しでもおかしな動きをすれば中にいる皆さんに敵と見做される恐れがありますので、どうかご理解賜りますようお願い申し上げます」
笑みを浮かべつつそう言ってくるが、彼女は腰に吊している剣の鞘を鳴らしてきている。あからさまな敵意をぶつけられて流石に困った顔をしたが、リンクは肩を竦めて受け流すことにした。
彼女は襖の引手に触れる。
開かれた先にあったのは、予想通り広い空間。
だがカカリコ村のインパの屋敷のように、足場が木の板ではない。『草』のようなものを編んだような足場が広がる大部屋。
そして、その両端。
何やら警戒心丸出しで、そして何か妙な動きを見せたら隣に置いてある『刀』を即座に抜刀するという意思を見せるように睨んできている“剣士達”。
それぞれ個性的で、首に蛇を巻き付けている者に、身体中に傷跡が刻まれた強面の男に、口を固く閉じている左右非対称の羽織を着た青年に、桜色と野草色が混じった髪の女性に、以前共に強敵の壺の鬼を討ち倒した少年。
その先には、額に傷跡を負い、何故か両手を合わせている大柄な男がいた。
皆入ってきたリンクを見てきて、そして何人かから敵意と蔑みのような視線を感じ取った。
二人ほどか。
あの蛇を首に巻いている者と、身体中が傷まみれの男。
それで傷の男が立ち上がると、不機嫌な様子でこちらへ歩いてくる。
腰に刀をぶら下げて。
目の前に立ち、リンクよりも九センチほど高いところから見下ろして、
「テメェかァ。刀鍛冶の里で時透らと一緒に上弦の鬼と殺り合ったっていう外国の剣士はァ」
「?」
「随分と遅かったなァ。あの二人はもうとっくに回復したっていうのに、一体今まで何やってた?」
急にそんなことを言われ、なんて返せば良いのか言葉を考えていたリンクであったが、その前に隣にいる女性が答える。
「時透さんと甘露寺さんに比べ、彼はそれ以上に重傷でした。つい先程目覚めたばかりですし、どうかその辺で────」
「つい先程目覚めたァ?」
首を傾げる男はその話を聞いて俯き、肩を震わせてくすくすと忍び笑いをもらした。
「こんな緊急事態の最中に熟睡かァ。随分と呑気な野郎だなァ、上弦だけでなく訳のわからねェ『竜』まで倒したって言うからどんな奴かと期待していたんだが」
プッツン、と。
リンクのこめかみからそんな音が響いた。
いつもの彼ならそんな感情が湧かないのだが、百年前に比べて今の彼は自由気ままに生きられるようになってから感情の制御をする必要がなくなった。
百年前、騎士として、英傑として周囲の模範となるよう自身を律し続けた結果、感情を表に出せなくなってしまったあの頃、自分のことをあまりよく思わなく陰口ばかり言っていた同じ英傑であるリト族の戦士である“リーバル”に小馬鹿にされた時でさえ、一切の感情を表に出さなかった。
近衛騎士として恥ずかしくないように厳しく鍛えられ、そして伝説の退魔の剣に選ばれるほどの才能を発揮したことで、その期待に応え続けなければならない重圧を抱えていたので、周囲の視線に疲れ、最終的には無口となってしまった過去がある。
つまり洗脳教育を施された結果、何の感情も抱かず、ただ黙々と剣を振るうだけの存在となってしまったのである。
“近衛たるもの周囲の模範足れ”と厳しく自己を律し続けた結果、喜びも抱かず、怒りも持たず、哀しむこともなく、楽しむ余裕もない状態だったので、どんなに傷ついても一切顔には出さなかった。
しかし、一度死にかけて長い眠りについて記憶を失ったことで、幾分かそういった縛りから解かれ、人間らしい豊かな表情を見せるようになった。いつも固くて目の奥は曇っているようなあの時とは違って、自分のことを知らない世界になったことで自由に生きることができ、何でもすぐに顔を出せるようになったのだ。
だから。
あの頃とは違って素直に自分の感情に従う彼は、くだらない煽りだとはわかっているものの、それがド直球にリンクの逆鱗に触れた。
目の前にいる男の言葉を聞いて九秒ほど静止していたわけだが、無表情ではあるものの顔の至る所に血管が罅割れるように浮かんでいる。
昔の感情を殺した自分なら我慢できたが、自由気ままな自分でいられる現在では我慢できなかった。
静電気でも飛び散りそうな眼光が衝突し、二人の間に敵意が膨張する。
それで。
隣にいる女性はそんな空気を察してはいるものの、目の前にいる彼の言いたいことが終わったとみたのか、低く静かに、そしてその空間を一気に凍らせるような声で言う。
「“不死川さん”、いい加減にしてください。何度言ったらわかるのですか? 炭治郎君の時もそうでしたが、お館様のお屋敷の中でわざとらしく事を荒立てようとしないでください」
「········ハッ!」
そんな声を出されても、“不死川”と呼ばれた男は笑みを崩さなかった。
しかし、自分が今どこにいるのかを理解しているのか、鼻で笑った後に先程まで自分が座っていた場所へと戻っていく。
あからさまな挑発で、リンクが危害を加えるように仕向けていたことは彼だって理解している。
だからリンクは怒りを抑えて無表情のままでいたのだ。本当なら、その顔面に剣を叩き込みたい所だが、今は耐えるべきだ。それに挑発に乗ったら、自分はその程度の存在だと思われるかもしれない。こんなくだらない煽りを受けてキレるなんて、と見下されでもしたら、今後彼らにはずっと馬鹿にされ続けられる。
今の間でそんな頭脳戦も繰り広げられていたということに、彼らは気付いていたのだろうか?
少なくとも、あの桜色と野草色が混じった頭に包帯を巻いている女性は気付いていないだろう。ずっとあたふたと落ち着かずに両手を上下に揺らしており、早くこの時間が過ぎて欲しそうにしている。
その時。
正面の襖がカラッと開いた。
「大変お待たせ致しました」
その声と共に、誰かが入ってくる。
身に纏っているのは、蝶の絵柄が編まれている着物。羽織っているものは青で、下の着物は桃色でまとめられている衣服を身に付けている『女性』が入ってくると、皆が両膝を付いて頭を深く下げた。
正確な歳はわからないが、二五歳前後か。髪は雪のように白く、そして芯といった所が百年以上生きているリンクを凌駕しているようにも見える。
この女性が誰なのかはわからないが、おそらく彼女こそが“お館様”なのだろう。
そう思ったリンクはとりあえず彼らと同じように膝をつこうとしたところ、
「そのままで構いませんよ、
「え?」
自分の名を呼ばれて一瞬呆然としてしまったが、彼女の方を見てみると、こちらまで来るようにと手を差し伸べていた。
「すぐに“当主”の元へとご案内したいので、どうぞこちらへ」
「「「「「「「!?」」」」」」」
その言葉にリンク以外の全員が面を上げ、皆同じような顔をしていた。
リンクがその言葉に首を傾げていると、
「お待ちください“あまね”様。このどこの馬の骨とも知れない者をお館様の所へ連れて行くなど、許されるはずありません」
先程リンクを挑発した男がそう言う。
知性も理性も全くなく野蛮な野郎だと思っていたのに、すごいきちんと喋り出したことに思わず悪寒がした。
だが、
他の者達も彼の意見に同意らしく、皆が反対の意を申し立てる。
「不死川の言う通り、素性の知れぬこの者をお館様の元に行かせることには反対でございます·······」
「この男がお館様に危害を加えないとも限りません。そもそも見ず知らずの者など信用できるはずもない」
前にいた二人。
大柄な男と蛇巻きつけている男はそう言うが、あまねという女性は静かに告げる。
「お二人がそう思うのも当然の事だとは思いますが、これは当主の“耀哉様”のご意思です。知っての通り、病状の悪化によって耀哉様は皆様の前に出ることが不可能となりました。ですので、お会いになる際は許可された者のみとなります。それで耀哉様は、そちらにいるリンクという者との対話を望んでおり、一刻も早くお会いしたいとのことです」
思いもよらない単語を耳にしたという顔で、全員がリンクを見つめた。
冗談を言っているようには見えない。
自分達の当主がこんな意味不明な奴との対面を望んでいることに困惑し、重苦しい沈黙が室内を支配する。
皆がそれでもという想いで彼女に反対の意見を言おうとすると、
「時は一刻を争うのです。大変申し訳ございませんが、何卒ご理解いただきますようお願い申し上げます」
強い意志を帯びた声。
たったそれだけで皆が黙り、頭を床につけるくらいにまで下げている。
「········」
その様子に思わずリンクは息を呑む。
自分もかつては近衛騎士であり、王と姫君の前では必ず膝をついて敬意を払うようにしていた。だから彼らの気持ちは何となくわかるが、そんな忠誠を誓った者達の反対意見を押し切ってまで自分に会いたいと願うお館様とは一体どんな奴なのか。
そう考えるとリンクの背筋にも自然と緊張が走る。
「ではリンク様、こちらへ」
呼ばれ、リンクはつい黙ったまま彼女の方へと歩いていく。
返事をするべきだったとは思っている。しかし緊張のあまり忘れてしまったのだ。両端にいる剣士達の『無礼な奴』という視線を受けながらリンクは前へと進んでいく。
彼女の前まで来ると、いきなりお辞儀をされたので彼もすぐに頭を下げる。
そしてそのまま彼女は部屋にいる者達に失礼しますと告げ、リンクと共に部屋を出て行ってしまう。
最後まで警戒心剥き出しの視線を向けられて、何だか背中が痒かった。
また屋敷の廊下を歩くリンク。今度はここの当主と同等の権力を持った者に連れられてだが。未だに彼女達が一体何者なのかわかっていないリンクであったが、そんな彼に彼女はこう話しかける。
「リンク様。“あの子”の件、誠にありがとうございます」
「? “あの子”?」
何のことかわかっていないリンクは首を傾げるが、
「“竈門禰豆子”様のことです。貴方がずっと傍で面倒を見ておられたと、そう報告を受けております」
「········“竈門禰豆子”········」
それが“あの少女”の名前。
ずっと一緒にいたのに、あの子の名前は知らないままだった。今初めて知ったわけだが、どうも実感が湧かない。そもそも、あの子のことを知っているということは、この人達はやはりそういう“組織”ということだろうか。
気になることが多すぎて、頭の中が情報まみれで渋滞している。
聞こうとしても何から聞けば良いのかわからず、そしてこちらも何を答えて良いのかもわからない。
世話をしてくれてありがとうと言われても、別に自分がしたくてしていたわけだから、正直に言って感謝されても困る。
しかしそれを言えば失礼になるから言えないし、どう答えていいのかわからなくなった結果、リンクは結局黙ってしまう。一応頭を下げたものの、それ以上の行動はしていない。何だか昔の自分に戻った気分だ、どんな性格だったのかは思い出せないが。
そんな事をしている内に、彼女の足がピタリと止まった。
おそらく、この先が『謁見』の場────この組織の『当主』が待つ部屋なのか。
それを実感した途端に心が落ち着かなくなる。鬼という魔物の少女のお世話をしていた、という扱いなのだから、おそらくは色々聞かれるだろうが、なんだかこれから始まるのは世界の命運を賭けた話し合いのようにも感じた。
リンクの一歩前へ進んだあまねの手が、襖の引手へそっと触れられる。
「ここでしばしお待ちを」
静かに言われた言葉と共に、扉の隙間に身を挟むように室内へ入り込むあまねという女性。
「失礼致します、耀哉様」
先に入って何かを話しているのか、数秒経ってあまねが襖の隙間から顔を覗かせ、リンクを中へと招く。
「どうぞ、お入りくださいリンク様」
「はい」
中へと通されたリンクは、当主のお館様という人物がどんな姿なのかを見る。
部屋の中央。
布団が敷かれ、そこには顔中に包帯を巻いた男性が横になっている。寝ているわけではない、まるで熱病にうなされるように全身を汗でびっしょりにして、吹けば消えてしまいそうな浅い呼吸をずっと繰り返している。
明らかに弱っているその姿を見て、リンクは思わず何度も瞬きを繰り返していた。
この人が当主········あまりの予想外の姿に言葉を失ってしまっていた。
「やあ········初めましてだね」
そんな状態で。
入ってきたリンクの方を向いて、まるで歓喜に震えるように。
「君を待っていたよ········ハイラルの勇者、リンク」