名の知らぬ野鳥のどことなく音楽的な鳴き声が聞こえてくる。
ハイラル中を旅し、動物の生態調査も兼ねて何種類もの生き物達をプルアとロベリーの二人が共同で開発した“四角い端末”に写し絵を収めてきたが、そんなリンクでも聞いたことがない鳥のさえずりを聞いて、改めてここは自分のいた場所とは違うところなんだと再認識させられる。
敷地が無駄に広い産屋敷一族の屋敷には、母屋の裏側にちゃんとした道場が備えられていた。
ここで剣の稽古をしているようだが、彼の容態を考えると産屋敷が使う場所ではなく、その配下。
今、道場中央に立っているリンクと不死川と呼ばれる男、その端でこれから行われる模擬戦を見物する剣士達。
彼らのためにわざわざ作られたのか、手入れもかなり行き届いている。
剣士の中でも最高位の位置に君臨しているであろう彼らが充分に稽古できるように、産屋敷耀哉が気を遣っていつも綺麗にしていることはすぐにわかった。
「で? 準備はいいかよリンクさんとやら?」
素足で道場に上がった二人。
リンクと不死川。
彼らは向かい合い、しかし不死川の方は相変わらず不満そうな顔をしている。一体今の状況に何の不満があるというのか、これから思う存分合法的に戦えるというのに彼はリンクの名前を憎悪と共に呼んで訊ねてきた。
叩きのめせる機会が与えられれば普通は喜ぶはずなのだが、不死川はずっと表情を崩さず、ただ睨みつけてくる。
もしかしたら。
これが彼なりの平常心の保ち方なのかもしれない。
余裕を持つために戦う相手に対しての敵意の圧を上げ、弱く見られぬように殺気を常に宿すことで、自分の中にある闘争本能を目覚めさせている。
確かに、人間は戦う際に怒った時ほど力が発揮されるというが、その代わりに冷静さを失ってしまう危険性もある。判断力が鈍り、力のみで押していこうとすれば相手のペースに呑まれるかもしれないのに、不死川にとってはそれが自分に合った戦闘方法なのだろうか。
それを補うための特殊な訓練を受けているのか、それとも単に脳筋なだけか。
どちらにしてもやることは変わらない。
「············」
リンクは彼らに渡された手合わせ用の武器を見てわずかに眉を動かした。
────軽い木刀。
握って軽く振り、調子を確かめるようにして武器の性能を確認するが、何だかいつも使っているのと比べたら重量が足りない。おそらくはそういう素材の木を使っているのだろうが、果たしてこの軽さで自分の剣技に耐えられるのか。
木刀だから仕方ないと言えば仕方ないのだが、何より両刃の刀身を主に使っているリンクからしたら片側しか攻撃できる部分がないというのは物足りなく感じる。
握り具合からして、リンクの世界の人間ならば誰もが憤然とする武器。
とはいえこの世界の木刀を手にしたのは初めてであっても、それが武器であるのならばリンクはすぐに慣れる。
でも耐久性が一番の問題。
どんな攻撃でも耐えられるようにできるだけ強度は高めているのかもしれないが、リンクの腕前を考えると全然合っていない。それこそ真剣並みのものでないとリンクの実力を発揮するには不充分と云える。
だが、そんなことを言えば彼らは納得しない。
武器の調子を確かめるフリをしながら、ずっとこちらを見ている剣士達を、何気ない風を装って一瞥する。
個性豊かな格好をした剣士達は道場の壁側で直立しており、口を固く閉じてこちらを見ていた。
────何も言えそうになかった。
「流石にちょっと手古摺りそう」
「なんか言ったか?」
リンクのつぶやきに不死川が怪訝な顔をした。
その言葉の意味までは聞こえなかったらしい。
どうしたものか。
武器を言い訳にしてしまえば舐められる可能性があるし、だからといってこのまま始めたらまず間違いなく武器がリンクの力量に追いつけずに壊れる。
短期決戦で終えられるのならそれで終えたいが、相手は鬼を滅するために極限まで剣術を極めた剣士、その中でも最上位の階級を持つ男だ。
簡単には倒せない。
だからリンクは訊ねた。
「まず先に確認しておきたいんだけど、どうやって決着をつければいいんだ? 相手に一撃入れたら終わり?」
「あ? なんだそのふざけた確認はァ? 俺を甘く見てんのか?」
「え? いや、そんなつもりじゃ────」
言い掛けて。
轟!! と。
あまりの暴風に道場内が悲鳴をあげる。
それはリンクを直接狙ったものではなかった。リンクのすぐ横、そこに不死川は砂嵐のように舞い上がる斬撃を繰り出して見せたのだ。
威嚇、もしくは威圧か。
不死川は自身の持つ剣技の一つを披露すると、リンクを睨んで言う。
「相手に一撃入れたら終わりだァ? 『だったらそんなの簡単だ』みてぇな口振りで言ってんじゃねぇぞ。これ以上俺達を舐めるような真似すんなら容赦しねぇ」
不死川の敵意に細められた瞳がさらに鋭くなる。
別にリンクは普通に質問しただけだろうが、その仕方に問題があったようだ。一撃を入れたら終わりなのかと思って訊いただけでも、柱という階級を持つ相手ではそれは侮辱発言にもなる。
数え切れないほどの鬼を倒し、鬼殺隊の頂点に立つ存在である者に対し一撃入れたら終わりかなんて、まるでこちらが隙を見せて一撃入れられること前提で話しているようにも聞こえて、リンクがいつまでもこちらのことを舐めているようにしか思えなかった。
やはりこれ以上の発言は控えた方がいいと改めて痛感したリンクはすっと目を閉じて、そしてゆっくりと開けた。
たったそれだけで空気が変わる。
リンクは不死川を睨むのではなく、ただ見つめる。
しかしその眼光は先程までとは違って得体の知れない力が宿っているようにも感じ、錯覚なのか、手に持つ武器を構えずに斬撃を繰り出したようにも見えた。眼光の波動によって切り裂かれた大気に白い軌跡が描かれ、道場内に舞う銀の粒子が撒き散らされる。
刹那。
リンクの柔らかい茶色い髪の毛がその波動によって流されて踊り狂った。
「············っ」
不死川とて、その空気の流れが変わったことを悟れぬほど愚かではない。
明らかに変わった。
何か、言葉では説明できないようなものがリンクという剣士の中に宿った。剣技によって圧をかけた不死川に対し、リンクはただ気持ちの切り替えのみでそれをやってみせた。
膨張する殺意と静かな闘気。
これだけで実力差は明らかだ、なんて甘い展開にはならない。
「二人とも、そろそろ良いか?」
見つめ合う二人に対し、ずっと両手を合わせて拝んでいる大柄な男の悲鳴嶼は両者の中間に向かい合って立つと、リンクと不死川に確認を取る。
二人は無言で頷き、それを気配で感じた悲鳴嶼は盲目の瞳から涙を流して右手を小さく挙げ、宣誓した。
「私、悲鳴嶼行冥はこの場の模擬戦の立会人として存在し、このリンクという者が鬼殺隊として充分な戦力があるかどうかを見極めるために試合をすることを許可し、公平な判断をするとここに誓う」
宣誓を終えると、悲鳴嶼は再び合掌し二人の方は見ずに正面のみを見つめて言う。
「本気でやっても構わないが、今ここで行われるのは殺し合いではない。あくまでも模擬戦、手合わせであることを両者共に忘れぬよう肝に銘じなさい」
悲鳴嶼の言葉にリンクと不死川は再び無言で頷く。
それを感じたのか悲鳴嶼は壁際まで後退し、他の剣士達と同じようにこれからの戦いを見守るために静かに佇む。
先程から思っていたことだが、あの男は盲目であるというのに見えているかのように振る舞っている。それだけでもやはり彼はこの鬼殺隊という組織の中でも最強の位置にいるのだとわかる。
「そんじゃ。許しが出たことだし、さっさと始めようぜェ」
「···········」
不死川はいつでも来いというように、ずっと肩に乗せていた木刀を中段で構える。
対するリンクも、これから行われる戦いに備えて武器を構える。
その姿を見た途端に不死川はまた眉間に皺を寄せる。
「テメェなんだその構え? 舐めてんのか?」
リンクの構えは刀を扱う者達からしたら風変わりと捉えられるのだろう、不死川だけでなく壁際にいる他の者達も何の冗談だと呆れてるようであった。
その構え、左の足を前に出し、腰を落とした体勢。
そして片手のみで握る木刀の剣先部分は、相手に向けずに道場の床板の方に下げられている。
空いた左手は前に突き出し、何かを持って構えているようにも見えるものの、その姿はあまりにも隙だらけ。
まず、武器を相手に向けていないというのがふざけているとしか思えなかった。構えてはいるものの、敵を目の前にして剣先を下ろしているなんて、それでは無防備な自分に構わずに打ち込んできてくださいと言っているようなものだった。
上弦を倒した実績があるとはいえ、今から相手をする不死川はリンク以上に鬼を滅してきた柱である。柱は鬼を五◯体以上を倒すか、十二鬼月と呼ばれる特殊な鬼を『甲』という階級に到達した状態で達成しなければなれない特別な存在。そんな相手に武器を向けない構えを取るなんて、馬鹿にされていると思ってしまうのも当然だろう。
こめかみから割れるような音を響かせる不死川はリンクを睨みつけ、
「言ったよなァ、これ以上俺達を舐めるような真似すんなら容赦しねぇって。何のつもりだその構えはァ? ふざけんのも大概にし────」
「何も舐めてないしふざけてもいないよ。これが俺の流派なんだ、構わず始めよう」
「ッ!!」
リンクは特に何の感情も篭っていないような口調でそう言うと、不死川はまた目を鋭くさせる。
「いい度胸だ···········」
もはや遠慮はいらないということだと受け取った不死川も木刀を握り締め、“シイアアアア”と空気を傷つけるような荒々しい呼吸音を周囲に響かせる。
そこから体に活気が流れ込み気息充溢してくる。
闘気が漲っていく。
コイツを叩きのめせるという自信が湧いてくる。
心の中に荒ぶる世界が広がり、その心は全てを吹き飛ばす破壊力が秘められていることを感じさせる『風の呼吸』の基本の技。
「風の呼吸、壱ノ型────“塵旋風・削ぎ”」
先に動いたのは不死川だった。
戦闘開始の合図なんてものはない、そんなの実戦においては至極当然のこと。
不死川は体に竜巻でも纏ったのではないかと思わせるほどに螺旋状に回転し、リンクに向かって突っ込んできた。
大気を巻き取って抉るような剣技。
その一瞬の虚を突かれたものの、反射的にリンクも動いていた。受け止めたらまず間違いなく斬り裂かれる、だから低い姿勢で滑るように移動して躱す。
その時、
リンクの頬から血がしぶいた。
「!!」
上手く避けたはずなのに、わずかに傷を負ったリンクは険しい表情をする。
(速いだけじゃない··········今の攻撃、強烈な回転力で風を搦みとったのか?)
不死川の剣技は凄まじく、風の力を自在に操っているようにも感じた。
切れ味のない木刀によって斬りつけられたことで、リンクは不死川の実力を思い知る。
確かに、これは自分の言った発言が軽率なものだったと捉えられても仕方がない。不死川の剣技の型は本当に風の力を宿しているようにも見え、なんならリンクの視界にもハッキリと映った。
深緑の風。
それを纏った攻撃によってリンクの頬を傷つけたのだから、これは存外に英傑クラスかもしれないなと思い直す。
しかし、
そんな一撃を受けてもリンクは表情を崩さない。
むしろ、落ち着いたままだった。
そんなリンクに不死川は、
「やるなァ。雑魚の鬼なら今の一撃ですぐぶっ殺せるんだが、どうやらテメェはそうじゃねぇみてぇだなァ」
「··········」
「ま、それもいつまで続くかわからねぇし、いつまでも殺り続けるつもりもねェ。次で再起不能にしてやっからよぉ、テメェも本気で殺らねぇとあっという間にあの世行きだぜェ!!」
あくまで模擬戦であるということは忘れるなと言われたのをもう覚えていないのか、戦いの最中で調子が上がってきたせいで殺意を本格的に剥き出しにして迫ってくる不死川は、鬼気迫る顔でこう叫ぶ。
「精々楽しませてくれよォ!! リンクさんよォォォオオオオオオオオッッッ!!」
□■□■□■
ほぼ一方的。
戦闘が開始されてからというもの、両者の間で圧縮された闘気が白く瞬いたような気がした。道場の空間を充分に使って対峙する二人の間には闘気が充満し、どちらが先に相手の剣技を打ち負かすかを競うように暴れ回っている。
主に不死川。
彼の荒々しい攻撃によって道場内に嵐が、リンクという剣士を呑み込んで八つ裂きにするように幾筋もの旋風を作り出している。“シイアアアア”という『風の呼吸』の使い手特有の呼吸音が空気を鳴らして、超高速の突進をかける。
右に大きく振りかぶった木刀が宙に碧い弧を描き、異国の剣士に襲い掛かる。
しかしリンクの反応も中々のもの。無駄がなく、だがほぼ全ての攻撃を寸前で躱していることから、不死川の動きに追いつけていないように見える。
「やはり、呼吸も使えないのであればこうなるのも当然か」
どちらが今優勢なのか、二人の手合わせを観察しながらそう呟く蛇を首に巻いた剣士“伊黒小芭内”。
そんな彼の意見に同意するように、他の者達も厳しい口調で返し始める。その隣にいた甘露寺は、リンクが不死川に一方的に攻められている状況にハラハラとした表情をしながら口を懸命に動かす。
「や、やっぱり止めたほうがいいんじゃないかな!? これ以上はあの人が危険だと思うのッ!!」
「え? でも、まだ始まってからそんなに時間も経っていな────」
「そうかもだけどこのままじゃあの人死んじゃうよ!? ずっと攻められっぱなしだし、この状況が続いたらいつ不死川さんがあの人に大怪我を負わせてもおかしくないよ!?」
彼の実力をその目で見たはずの時透の声に被せるように叫ぶ甘露寺。
そんな彼女を隣で見ていた伊黒は何だか不快そうにしている。甘露寺がリンクという男を心配しているのが気に入らないみたいであった。
それはいいとして。
このままでは確かにリンクの身が危ない。
リンクは攻撃を仕掛けてくる不死川から逃げるように回避している。しかもかなりギリギリで。それならばもう、残念ながら勝負の行方は見えたも同然と思えた。
同じ結論に達したのだろう、胡蝶が押し殺した声で言った。
「そうですね。“呼吸法”によって基礎体力を極限まで上げている相手に対し、彼は呼吸法どころか何も身体能力を底上げする技術を身につけていないようにも見えます。あの人には大変申し訳ないですが、これでは鬼殺隊への入隊は厳しいかもしれません」
この屋敷でずっと彼の看病をしていた胡蝶しのぶも頷くと、このままでは不死川によって一方的に叩きのめされると判断したのか、この場の模擬戦の立会人である悲鳴嶼行冥に止めさせるように言う。
前に。
ガシッ、と。
誰かに肩を掴まれた。
一体誰なのかを見ようと振り返ると、いつも寡黙で言葉が足りていないあの“冨岡義勇”が模擬戦を見ながら掴んできていた。
「何するんですか冨岡さん?」
「··········」
「もしも〜し? 聞いてるんですか?」
何も言わずに掴んできている冨岡に苛立ち、胡蝶のこめかみに青筋が静かに浮かび上がると、冨岡は視線を前に固定したまま呟くように言う。
「あの男なら心配いらない」
────え? と。
ずっと試合の行く末を見守っている悲鳴嶼以外の全員が彼の顔を見た。彼の水のような深い青色の瞳は、凪の如く決して揺れ動くことなくまっすぐリンクと不死川の戦闘に向けられている。
彼は続ける。
「あいつは────
そう言われると、皆リンクと不死川の戦いを改めてよく観察してみる。
受け方に回ってずっと回避しているリンクであるが、
不死川の型から型への変型時の捌きが継ぎ目がない状態であり、美しいとさえ言えるその攻撃を受け止めずに躱し続けるというのは常人ではまず難しい。
冨岡でさえも不死川と手合わせした際にはその疾風の斬撃を完全には避けられずに、受け止めるか受け流すかをしないと回避できなかった。不死川の剣技はそれほど素早く、完全回避というのは不可能の域に近いものであるはず。
それを。
リンクはまったく喰らうことなく躱している。
その光景を一言で言い表すと、“あり得ない”であった。
仮にも相手は柱だ。
柱は鬼殺隊の中でも頂点に立つ存在。その柱の剣技は数々の鬼を滅し、そして鬼の始祖の血を多く分け与えられた十二鬼月を討伐しているほどに優れている。つまり柱とは鬼側で言うところの十二鬼月であり、人間側の化け物と呼べる実力者の集まりだ。
そんな柱の攻撃をまったく喰らわずに避け続けるなんてはっきり言って異常だ。
戦う相手が初見であった場合、一体どんな攻撃をしてくるのかわからずに、負けるわけにはいかないと先の先を読み合おうとする傾向が生まれる。そのためにはまず相手に技を出させる必要があるが、それを回避するのは至難の業。
だが思い返してみれば、リンクは最初の攻撃も完全ではないが避けていた。
それ以降もずっと避けることに徹し、反撃できる暇もなく一方的にやられているようにも見えたが、実は違ったのだ。
避けて避けて避け続け、
壱ノ型や弐ノ型、参から玖までほとんど繰り出し、それを最初に使われたらリンクはわずかに擦り傷を負っていたものの、しかしどれもまともに受けていない。
そして一度見たリンクはまるで適応したように完全回避しだした。
息一つ切らさず、舞い踊るように戦う不死川を、リンクは何もかもこれからの流れを読んだかのように避け続ける。今のリンクは反撃すらしていない。それに対して不死川の方は明らかに全力でリンクを倒しにかかっている。それなのに、リンクにはまともな一撃がまったく入らない。
それがどういう意味なのかを察し、冨岡と悲鳴嶼以外の全員が目を大きく見開いた。
皆の考えが同じになったと悟ったのか、そのことを代弁するかのように冨岡が呟く。
だが彼自身、そのことが信じられないという声色であった。
言うは易く行うは難し、それをまさにやって見せているリンクに冨岡はこう評す。
「
□■□■□■
(糞が!! 何なんだこいつ!? 全然反撃してこねぇだけじゃなく、こっちの攻撃もまったく当たらねェ·········!?)
先程からずっと攻撃を繰り出している不死川は、最初こそは擦り傷を与えられて笑っていられたものの、その顔に浮かび上がっていた笑みは次第に焦燥感が高まるにつれて怒りに染まり、一気に修羅の形相へと変貌する。
「·········」
リンクはそんな不死川の攻撃を冷静に避けていた。
複雑な軌道を描く技を繰り出す木刀の動きは、けれどリンクの肌には擦りもしない。風を切り裂くような不死川の荒々しい斬撃をかいくぐるように、さらに二度、三度とリンクは紙一重で避けている。
「テメェ!! いい加減にしやがれェ!! いつまで猿みてぇに逃げ続けるつもりだボケがァッ!?」
せめてまともな攻撃が一撃でも入れようとする不死川だが、広範囲に斬撃を放つ型を使っても、リンクは避けてしまう。一体なぜリンクがそこまで避けれるのか、初見での戦いはかなり苦戦するはずなのに、彼は普通に躱している。
不死川の怒号にリンクは応えず、ただずっと避けては何かを考えている。
(暴風のように舞う斬撃は確かに脅威ではあるけど、“リーバル”のおかげで風の流れを読むことには慣れてるし、当たらなければどうということはないな)
通常風というものは空気の流れを素早くしたものであり、見ることはできないものである。
だが不死川の攻撃は激しく、その恵まれた腕力と鍛錬された素早い刀の振りによって、
通常クラスの剣士であれば、あっという間に倒されるほどの大技の数々。
だがしかし、それだけではリンクは倒せない。
リンクの強さ────それは“観察力”だ。
確かに初見であれば他の者達と同じように最初は苦戦するものの、戦いが長引くほどにリンクは攻略法を見つけだしてくる。
これは彼の生まれ持った才能であり、あらゆる祠での試練でその能力を昇華させた。祠にある仕掛けについてあらゆる可能性を考え、そして普通は思いつかないような思考で想像力を膨らまし、それによっていくつもの謎を解いてきた。
一見行き止まりで何もなさそうな所であっても『ここには何かあるかも』という直感によって、見えない場所にあるスイッチだって探し当てた。そんな天才的な直感を応用し、敵に対しても相手が一番嫌がる部位を探し出し、弱点となりそうな属性を見抜き、特定の条件を達成すれば隙を見せることに気付いたりして、立ち塞がる数々の強敵達を倒してきた。
祠の謎解きによる頭の回転率、敵の弱点を見つけ出す並外れた直感。
反射神経の速度も尋常じゃなく、古代のシーカー族が作り出した絡繰兵器のガーディアンが放つレーザーさえも跳ね返せる身体能力がある。
一度適応すれば攻撃の効果や軌道を覚えてしまって、いかに速度や威力を得た所で、狙いが先読みできれば簡単に避ける事ができる。不死川の目の動きや呼吸のタイミングで攻撃を予測できているリンクは、道場内に舞う埃の流れを見れば風の攻撃がどこにくるのか全て読んでいる。
相手の目線、武器や手の筋肉の動き、そして技が発動する時の風の音などを考慮すれば、攻撃を躱す事は決してできないことではない。
とはいえ。
ほんの数センチ、刀と体の動きの照準がずれればリンクとて攻撃は受けてしまう。
リンクは常人離れした観察力と、それに即応できる異常な身体能力があるだけ。たとえ一度見て技を覚えても、もちろん油断すれば喰らってしまう。さらに、それが自分の目では追えないものであったら流石のリンクだって躱すのは困難だ。
事実リンクは夢の中でとはいえ、あの“謎の耳飾りの剣士”が繰り出す剣技をその目で捉えることはできずに喰らってしまった。
その事実を理解して、なおリンクの瞳は全く揺らがない。
(充分見れたし·········そろそろ反撃させてもらおう)
何もかも掴んだ。
攻撃方法や彼の癖、それらを全て理解したリンクはここでようやく攻撃に移ることを決める。
全ての技を見切ったリンクは、どの型を使われても即応できるように体勢を整える。
いつまでも逃げ回るリンクに攻撃が当たらず、今まであらゆる鬼を滅してきた不死川はついに自我を無くしたのではないかと疑うほどの強硬手段に出る。剣士としての誇りも気にせず、逃げるリンクをただがむしゃらに木刀を振って追い駆けるその姿は大人に軽く遇らわれている小さな子供を連想させる。
そして、その事実が不死川には一番良く分かるからこそ耐えられない。
何処の者とも知れぬ相手に自分がここまで手古摺っているという事実が、強風に煽られるように現実との狭間に揺れてギシギシと音を立てる。
過度な精神への負荷によって身体中の古傷が疼きだし、不死川の集中を削ぎ落とす。
「ちょろちょろしてんじゃ────」
直後だった。
轟!! と。
空間の大気を全て切り裂くように、不死川の持つ木刀が風を纏い、
「ねぇぞ馬鹿がァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!」
吼える不死川の木刀が爆発。
まさに嵐の如く暴風が吹き荒び、猛り狂う風は空間の全てを吹捲って跡形もなく消し飛ばす。
「風の呼吸、弐ノ型────爪々・科戸風ッ!!」
再び繰り出される弐ノ型だが、先程とは違って全力で振るったためか、リンクが立っている位置どころか周囲一体を全て埋め尽くすほどに効果範囲が広くなっている。
模擬戦を観戦している他の者達にも被害が及ぶほどの威力、幸いにも目が開けられないくらいの強風が襲ってきただけで、傷となるようなものではなかった。
しかし。
そんな攻撃を放った不死川の至近距離にいたリンクは只じゃ済まないだろう。それだけの威力ならば体が四散してもおかしくない。
だが、リンクはそんな攻撃には一切怯まなかった。
「ッ!!」
むしろ好機と捉えたのか、リンクは恐ろしいまでの気迫に満ちた表情となる。
そう。
考えてもみてほしい。
リンクがずっと回避し続けられたということは、彼は何度も『あの境地』に達しているということだ。
敵の攻撃を寸前で躱すと、
そこを自分だけが動き回れるような場所に何度も到達しているのに、彼はまったく反撃しなかった。それは何故か、技を全て見た上で不死川の実力を知りたかったからだ。
結論から言って、彼はとてつもなく強かった。
今まで自分が戦ってきた中でもトップクラス、ハイラルを守護してきた英傑達に並ぶほどの実力があるのだと確信した。
それ故に。
リンクは何もかも解放され、彼になら思いっきり向かっていっても大丈夫だと判断できた。
この男なら、リンクの全力を受け切れる。
よって、だ。
「フッ!!」
攻撃が放たれるタイミングに合わせ、リンクは即座に反応して回避行動を取る。
リンクは木刀を握る。
握る。
目にも止まらぬ速さで反撃を開始する。
不死川は悪態をつくようにして木刀を振り回したが、すでにその時にはリンクは唯一の安全圏へと逃げている。全力の大技も、リンクには見切られてしまっていた。空間を埋めるために大荒れの台風のように放った不死川の大技は確かに威力が高く脅威的であったが、台風の目と言える位置にいる彼の周辺は無風状態に近い。
そこが安全圏だと読んだリンクは不死川の剣技をただ躱しただけではなく、その風圧を足場に利用してさらに上方へと跳んだ。
瞬間、時間が止まった。
天井付近で固定されるような感覚になったリンクは全身に巡る体力を全て集中力に注ぎ込んで、上空で大きく木刀を振りかぶる。
ドゴォッ!! と。
頭の頂上に振り下ろされたリンクの木刀によって、不死川は激烈な痛苦に呻く。
直後、恐らく不死川でなくとも回避は難しかったであろう光速の斬りつけが彼の首筋を捉えた。そのまま、斜め右下へと息もつかせぬ四連撃。
それだけでは終わらない。
リンクの木刀はその速度に追いつけず悲鳴をあげていたが、彼は構わず霞むほどの速度で次々に撃ち出す。
右上から左下へ斬り払う動きに連動して一回転し、同じ軌道を描いて再び不死川の左肩を襲う。その衝撃に耐えられなかった不死川は遅くなった空間でわずかに姿勢を崩すが、リンクはお構いなしに連撃を続行。その鍛え上げられた胸元に交差させるような剣撃が叩き込まれ、引き戻した木刀はすでに根元が折れかけており、だがまだ充分ではないと判断して不死川を再起不能の状態に追い込むためにリンクは姿勢を低くしたままその足元に一撃を入れる。
全てを綺麗に貰い、不死川は時間差で実感する。
────天地が逆だ。
そう感じた時にはすでに天井を見上げており、なんで自分はそんなものを見ているのかと疑問に思っていた。
「「「「「「·········ッ!!」」」」」」
壁際から息を呑む音がいくつも聞こえた。
極限まで鍛えあげた彼らでも、リンクの剣撃を捉えることは難しかった。瞬きする間に終わっていたのだ。
超神速で放たれるリンクの絶技に、不死川は反応すらできずに喰らってしまった。
ラッシュ。
その技を回避出来た者はいない。
リンクの奥義の威力は凄まじく、不死川は全身の骨がばらばらに砕かれたかのような感覚を覚えていた。地面へと叩きつけられたことを脳が認識する前に、自分の視界の横に何かが落ちてきていた。
折れた木刀の剣尖だった。
不死川は身体中が悲鳴を上げる中、自分が持っていた木刀へと目を向ける。
視線の先には、根本から容赦なく破壊された自分の木刀があった。そしてそのさらに先では自分が今まで相手をしていたリンクの姿があり、彼もまた折れた自分の木刀を見て目を細めていた。
まるで────やっぱり保たなかったか、みたいな顔をしている。
「ッ!!」
不死川はそんな表情をするリンクにさらに腹が立ち、這いながら眼前にいるリンクを睨みつける。力を振り絞って立ちあがろうとするも、全身が燃えるように熱い。骨に異常はなさそうだが、打たれた箇所が鉛のように重くて思うように動けなかった。
それでも、まだ戦いは終わっていないのだと思いたいのか立ちあがろうとする不死川。
痛みで震える体を無理やり動かし、両手をついて起きあがろうとする不死川の姿に、流石のリンクも目を見開いていた。
あれ喰らってまだ動けるのか、と。
体力はすでに限界寸前まで削ったはず、それなのに立とうとしている不死川に驚きを隠せなかった。
不死川が起き上がり、リンクもまだやるのならそれに応えようという感じで折れた木刀を構えていると、鋭い声が空間に響き渡る。
「そこまでだ!!」
「「!?」」
リンクは反射的にギョッとしたような顔になり、それが戦闘終了を告げるものだと理解してから折れた木刀を下げた。
正面では、倒れたままではあるが不死川も同じように戦闘姿勢を解いている。
この試合の立会人として全てを見たであろう者へと目を向ける二人。
悲鳴嶼行冥がこれ以上の戦闘は不要だと判断し、その不動な姿を見た不死川は先刻までの剣鬼染みた闘気はすっかりと消えてしまって、奥歯を噛み締めながらも頷いた。
盲目な彼は不死川が大人しくなったことを確認すると、悲鳴嶼はリンクの方へと近づいて行く。
近くで見ると改めて実感するが、悲鳴嶼という男は大柄だ。
リンクでさえもその巨体に思わず喉を鳴らしてしまうほどで、そんな悲鳴嶼は彼らが繰り広げた模擬戦の結果を告げる。
「君の実力は見させてもらった。柱の攻撃に臆することなく全て躱し、加えてここにいる誰もが君の剣技に息を呑んでしまっていた········それだけで、君は鬼殺隊として充分な戦力になると言えるだろう」
「!!」
リンクは悲鳴嶼が何を言いたいのか察すると、他の者達もそれを悟ったように息を零した。
悲鳴嶼は合唱し、涙を流しながら皆に聞こえるように宣告する。
「剣士リンク────君を認める」
呆然とした様子で聞いていたリンクであったが、それを告げられた瞬間に彼は姿勢を正して一礼する。
悲鳴嶼はそんなリンクに頷き、彼の両手にある数珠がジャラジャラと鳴る音に、事を見守っていた者達は皆ようやく我に返る。
不死川も、地面に倒れながら一礼しているリンクの顔を見上げる。
自分を負かしたリンクという剣士は、しかしなぜか険しかった。柱に勝ったというのに愉悦を覚えることもなく、その蒼く澄み切った瞳を閉じて頭を下げている姿は異様に落ち着いており、それが不死川をさらに苛立たせる。
そんな怨念を察知したのか、悲鳴嶼は不死川の方を向いて、
「不死川、彼の実力は本物だと証明された」
「ッ!!」
「負けたことを悔やむよりも、上弦を討ち倒した彼の力を充分に引き出させた自分を誇るのだ」
悲鳴嶼は悲鳴嶼なりに彼を慰めようとしたのだろう。だが遠回しにいつまでもくだらないことに拘るなと言ってきているようにも聞こえた。
試合をしている以上、どちらかが負けてしまうのは当然のことだ。
しかしまさかそれが自分になるとは思ってもみなかったのだろう、不死川は相変わらず怒りに満ちたように奥歯を噛み締めて、誰にも顔を見られないように俯きながらこめかみに青筋を浮かべている。
けれど、もう何も言えない。
自分が証明してしまったのだ。
リンクという剣士が。
鬼殺隊として充分な戦力になり得ると。
□■□■□■
「リンク、君に一つ聞きたいことがある」
「? はい?」
模擬戦が終了し、折れた木刀を蝶柄の羽織を着ている女性に預けると、悲鳴嶼という男がリンクに訊ねてくる。
根源的な、恐らくここにいる全員が抱いたであろう疑問。
「君は────
「·········」
リンクはその質問に黙った。
他の者達も知りたがっているのか、皆がリンクに注目している。
どこから来たのか、それを聞かれるのはわかっていた。
だが、その質問に対してリンク自身もどう答えて良いのかわからないのか、苦笑を洩らすような気配がした。
そんなリンクに、悲鳴嶼は告げる。
「君やあまね様でも答えにくいことだというのはわかっている。だが君はもう鬼殺隊の一員だ·········だからどうか我々に隠し事はしないでほしい。少なくとも、私はどんな答えであっても君の言うことを信じよう」
そう静かに言われたものの、リンクはまた悩む。
皆が知りたがっている疑問であることはわかるが、リンクだってなんと説明すれば納得してもらえるのか、全く言葉が出てこない。ハイラルという国がこの世界にない以上、正直に語っても信じてくれる保証はない。
けれどリンクは思考を止めぬように頭を懸命に動かしながら、何のために模擬戦をやったのかを思い出す。
力を証明し、そして自分のことを信じてもらうためにわざわざ手合わせを申し出たのだ。そして悲鳴嶼が自分のことを信じてくれると言ってくれた以上、素直に打ち明けても良いのかもしれない。
それにこれから手を取り合うのだ。仲間である彼らに隠し事はしてはいけない。
しばしの沈黙の後、リンクは必死に言葉を探し、そして丁寧な口調でこう答える。
「こことは違う────貴方達でも認知していない、そしてどれだけ探しても到底辿り着けないほどに遠い地の果てにある“ハイラル”という国からです」
「ハイラル········?」
聞いたこともない国だと首をわずかに傾げる悲鳴嶼。
周囲にいる皆にも知っているかどうか聞いてみているが、全員が知らないという顔をしていることから、リンクの言った通り誰も認知していないらしい。誰も知らないということで、皆が訝かしげな顔をしだした。
────予想通りの反応だった。
やはり人は聞いたことがないものであれば、信用しようと最初に言っていても簡単には受け入れられないらしい。リンクだってここにはハイラルという国はないのだと産屋敷耀哉に告げられた時、今皆が浮かべているような顔をしたのだ、無理もないことである。
だからリンクは、最後の切り札として“とある物”を見せることに決めた。
本当は見せたくなかったのだが、仕方がない。
腰のポーチに大事に仕舞っていた“四角い端末”を取り出す。
皆見たことがないのか、リンクが取り出して見せてきたものが危険なものなのではないかと警戒しだした。リンクは別に危険なものではないとわかってもらうために一度手を挙げ、こちらに攻撃の意思はないと示してみせる。
皆の動揺が静まり返ったことを確認し、リンクは片手を上げたまま端末を操作、ピロリン! という軽快な音を鳴らして電源を入れる。
ビクリ、とその場にいる全員がわずかに肩を震わせた気がした。
構わず操作するリンクは、画面に泪を流す瞳の紋章が表示されたことで問題なく起動できたことに安堵し、その端末にあるものを表示させる。
“広大な大地”
“遺跡”
“植物や動物”
“戦ってきた魔物”
“自分と同じ人種の人々”
それらが収まった画面を表示させ、全員が見えるように皆の方へ向けつつ、
「最初に言っておくと、これは絵みたいに見えるけど絵じゃない。俺の国で発明された探索用道具の“プルアパッド”と呼ばれるものに搭載されている“ウツシエ”で撮った本物の風景だ」
“プルアパッド”
それは以前、古代のシーカー族が残した“シーカーストーン”という石板を模倣して作成された探索ツール。望遠鏡としても使える画像拡大機能、地図にマーカーを設置しプルアパッドを介し、景色を見た時に光の柱として位置を把握する機能、周辺の気温や時間、雑音レベルなどを測定するなど、探索に役立つものとしての機能が多数搭載されている。
その中でも特に重要な機能である“ウツシエ”というものを起動させ、これまでに収めてきた景色を見せることで、皆に信用してもらおうと試みたわけだが、まだ信用できないものもいるらしく、
「写し絵、ということはこれは写真ですか? 確かに絵にしては本物みたいに見えますが、ここまではっきりと色まで正確に撮れるものなのでしょうか?」
折れた木刀を預かったままリンクが見せてきた写真を見てそう呟く胡蝶しのぶ。
この世界の写真は荒っぽく、色まで再現されるような高性能なものではない。ガラス乾板を用いた木製カメラで撮影され、長時間露光が必要なため被写体は無表情でじっとしているのが基本であり、リンクが収めた写真はどれも今にも動きそうなほどに現実感があった。
自然光を活用し、陰影の強い雰囲気や、モノクロの質感を生かした撮影が特徴のこの世界では、リンクの言う写真は写真ではないと思われているらしい。
ならばさらに証拠を見せよう。
リンクはまだ疑っている胡蝶しのぶの方にプルアパッドを向け、パシャリという音と共にシャッターが切られる。
急なことに驚きを隠せない胡蝶を尻目にリンクは一度撮影した写真の具合を確かめると、たった今撮ったものを見せる。
その画面に映っているのは胡蝶しのぶそのもので、その特徴的な髪色や肌、さらには驚きのあまり目を見開いている姿まで正確に捉えられていた。
再び見せられた画面にまた驚愕する柱達。何の細工もしていない、今確実に起こった出来事を写真として収めたであろうプルアパッドと呼ばれるものに映し出されたものが本物であると証明された瞬間である。
また動揺の声が広がる中、不意に道場の入り口から声がまた一つ飛んできた。
「ならばこれで、リンク様がどこから来られたのか·········皆様納得できましたね」
その声に振り返るリンク達。
その声の主が誰なのか柱達はすぐに察したのか膝をつき、頭を垂れる。
タイミングを逃したリンクも急いでしゃがもうとするが、その前に道場にやって来た産屋敷あまねが彼の方に近づいて来たので立ったまま頭を下げた。あまねはリンクの持っているプルアパッドへ目を向けると、触っても良いかと訊ねるように首を小さく傾けてきたので彼は無言で頷く。
リンクは丁寧にプルアパッドを差し出し、あまねはこれまで彼が撮影してきた風景を眺めて思わず感嘆の声を洩らしていた。
広大な大地のその先まで精密に収められている写真は美しく、まさに夢物語そのものの風景であった。
それで。
いくつもの写真が収められている中で、あまねは一枚の“写し絵”を見るとわずかに目を細めた。
画面に表示されていたのは────“リンクと竈門禰豆子”
時間帯は夜なのだろうか、見知らぬ大地で二人は楽しそうに笑っており、禰豆子はリンクの肩に頭を置いていた。
これが何よりの証拠であった。
行方不明となっていた竈門禰豆子がリンクと共におり、その光景を収めたこの写真こそが、彼が異界からやって来たという証明になる。
この写真だけでなく、プルアパッドというものがこの世界では実現ができないほどに未知なる技術が使われているため、証拠としては充分すぎるものだった。
「これがハイラル·········確かに私達では再現ができないほどに高度な技術が使われていますね」
「これで、俺がどこから来たのかわかっていただけましたでしょうか········?」
「はい。正直に言ってしまうと私自身も半信半疑の状態でしたが、これを見せられてしまっては信じるしかありません」
そう言ってリンクにプルアパッドを返すあまね。
そんな彼女にリンクの後ろで平伏している悲鳴嶼が告げる。
「先の不死川との戦いでも、このリンクという者は鬼と充分に戦えるほどの戦力であると判断致しました。鬼殺隊として迎え入れても何も問題はありません、あまね様」
立会人としての報告を済ませる悲鳴嶼の言葉に静かに頷くあまね。
そのまま彼女はリンクの方を向き、
「リンク様。鬼殺隊として迎え入れられた以上、貴方は鬼と戦わなければなりません。命を落とす危険もございますが········どうか、我々にその力をお貸しください」
お館様の代理としてここにいる以上、彼女はそれに並ぶ権限があるはず。
そんな彼女がリンクに頭を下げたことに柱達は口を閉じながらも色めき立っていた。それほどに異常な行為なのだと知ったリンクであったが、答えは最初から決まっている。
リンクは片膝をつけ、目を閉じ、敬意を表するように静かに頷く。
リンクの意思が伝わったのか、あまねはありがとうございますと感謝すると、今度は胡蝶しのぶがいる方を向いて告げる。
「胡蝶様。彼の住む場所についてなのですが、蝶屋敷の方で預かっていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
「ありがとうございます」
胡蝶の許しを得たところでまたリンクの方を見るあまねは、彼にこう指示する。
「鬼の出没が少なくなったとはいえ、依然として人々の暮らしが脅かされつつあります。近いうちに貴方の元に鬼殺隊としての任務が来ると思いますが、その際には一人ほど隊士を同行させる予定です。それまではどうか蝶屋敷の方でご静養なさってください」
「ハッ!」
柱達とは違う返事であったものの、リンクは力強く応える。
あまねは道場の入り口付近へ目を向けると、ずっと陰で息を潜めていた覆面をした男と女が入ってきた。
二人は一度あまね様の前で平伏すと、柱の方を向いてまた一礼。そして次にリンクの方を向くと、男の方が彼の胸倉を掴んで強引に抱え上げる。女性の方はすでにリンクの私物である退魔の剣と盾、そして弓と矢筒を持っていたことからかなり早い段階で支度を整えていたらしい。
リンクは一連の流れの手際の良さに唖然としているものの、隠二人はあまねと柱達に『失礼致しました!!』と元気良く礼をして去っていく。
道場から消えていくリンク達の背に視線を据えながら、あまねは後ろにいる柱達にも聞こえるような声で呟いた。
彼に期待しているのか、希望を託すように。
「リンク───千年にも亘って続いてきた因果を、どうか断ち切ってください」
□■□■□■
一方で。
リンクが向かう先である蝶屋敷と呼ばれる医療施設では。
「ブチ殺すぞ貴様ァァァアアアアアアアアッッッ!!!??」
「すみませんすみませんもう本当にごめんなさァああああああああああいッッッ!!!!!」
「落ち着いてくださいよアンタ何歳ですかッッッ!!!??」
頭に豆絞りの手拭いを巻いたひょっとこお面に頬をつねり上げられる少年と、それを止めようとする隠。
“炎の形をした鍔が取り付けられている刀”を持った少年を酷く攻めている男は、それとは別に拵えた“もう一本の刀”を手にして“誰か”を待っていたらしい。
一体どういう流れでこうなったのか、それはわからないが、少なくとも騒がしいことこの上ない状況が繰り広げられていた。