骸骨の呼吸音。
それはまるで獅子や狼といった肉食獣が呼吸しているようだった。
その音は異様に空間に反響しており、だからかその影響で声までもよく響いてきた。
『お前が戦うのは全てが並の相手ではない。今まで以上に過酷であり、あらゆる剣士達が挑み、これまで敗れている』
骸骨の声は井戸の底から反響しているようだった。
心まで震わせる声は続ける。
『動きが素早く、剣の道に精通している者。岩より硬い、鋼の筋肉で全身を覆う者。妖しき術を極め、桁違いに強力な攻撃を繰り出す者············中でも【鬼の始祖】は更に別格。擦り傷でさえも死に至る攻撃には私でさえ背筋が凍った』
骸骨の白く細い指が強く握られ、赫い刀の柄が軋んでいる。その悔しい思い、まだ目の前の剣士に何があったのかは知らないが、そのわずかな震えから伝わってくる心苦しさ。
だが骸骨は変わらず、そんなことを忘れさせるように落ち着いた声でリンクに告げる。
『【鬼の始祖】は弱点である頸を斬っても死ぬことはない。再生力も段違いであり、だが一見不死身に見える化物でも弱点は必ず存在する。私は一度【鬼の始祖】と対峙し、その体に消えることのない傷を与えた。今からその剣技をお前に見せるが──────』
空気が変わった。
まさに眼前の光景が変化した。と言っても肉眼では変化など見えない。その赫い刀を握る力で、骸骨はリンクを硬直させるほどの威圧感をぶつけてきたのだ。
骸骨は力を超越していた。
その内側に何があるのか、まるでわからない。
リンクの生きた瞳で見ても骸骨は事象の地平線であり、普通では辿り着けない、絶対的な壁がある。
壁は見えても越えられるなんて次元ではなく、遠くから見ても天を貫くほどに高いのだとわかるほどに異次元だった。
そんな次元の違う骸骨は、赫い刀を構え、冷静さの色が混じる息を吐き出して、
『“呼吸法”も身につけていない今のお前では“これ”を引き継ぐのは難しい···········
え? などと疑問の声を零す暇もなかった。
骸骨がそう言った瞬間に、その姿はシュン! と蜃気楼のようにして骸骨の姿がブレて消えた。
剣士の居場所を特定しようと身構えながら目で追い、
瞬間、
轟!! という風の唸りと共に、恐るべき速度で骸骨の剣士の斬撃が一気に襲いかかってきた。
「!?」
目にも止まらぬなんてものじゃない、リンクの視界に全く映らなかった。
なのに、
そもそもおかしいと思った。
リンクと骸骨の剣士の間の距離はかなり空いていた、加えて骸骨の持つ刀は本物の質感であり、ならば肉体どころか筋肉すらもない骨の細腕では重い刀を振り回す事はおろか斬る事さえ不可能で、走るとかの基本の動作すらできないはず。
なのに、次の瞬間。
燃えるように熱く光る赫い刀の太刀筋が、リンクの全身を斬り裂いた。
「な············ぁアッ!?」
見えない。
リンクの得意技の観察力を使っても、今の馬鹿げた太刀筋は全然見えない。リンクは咄嗟に後退しようとしたが、すでに遅かった。
次の瞬間にはリンクの頸から血が噴き出し、肉を引き裂く水っぽい音が身体中に連続して鳴り響いた。
リンクは血まみれの両手を斬られた頸に押さえつけ、だがその手は触れられなかった。
頸が落ちそうになり、必死に支えていたが、人の身である以上は重要な部分が斬り離されたら絶命する。
それは何故か、
『!?』
リンクは目の前で起きたことが信じられなかった。
困惑に困惑を重ね、今起きたことを思い出す。
確かに今骸骨の剣士は目の前にいて、自分を斬るために襲いかかってきた。
それで斬られたと自覚した途端、
そして、
今自分は何がどうなっているのかを確かめるために斬り落とされたはずの両手を見ると、
『なッ!?』
全く意味がわからない。
自分が殺された瞬間、その姿を別の視点から見ていて、
リンクは全て見ていた。頭で理解するよりも、目のほうがすんなりと受け入れた。
その風景の空間を滑らかに移動しながら、不意に特別の感慨を持って思い出した。
遠い昔のあの日。
『
『
それでも倒すことはできず、逃してしまった時のことを。
そのせいで、これからもまた多くの尊い命が奪われることになってしまうことを。
やがてその記憶が··········そして、“
『············どうであった?』
「!?」
全てが終わり、リンクは自分が倒れていることに気が付いて急いで立ち上がった。
痛みはなく、斬り落とされた両手も嘘のように元の場所にくっついていた。あの時と同じように、身体は傷一つない状態へと戻っていた。確かに斬られた感触はあったのに、それを何もかもなかったことにするように元に戻るというのは正直に言ってなんだか違和感が凄かった。
だからだろうか、彼はまだ今の現象に実感が湧かなかった。
無防備な海岸に執拗に打ちつける津波のように、幻覚の激痛がリンクを打ちのめしたが、不屈の意志で瞳を開け、深呼吸して自分を落ち着かせる。
「なんだったんだ···········今俺が見たものはッ!?」
『
剣士はゆっくりと、落ち着き払って答えた。
『お前は今私の剣技によって倒され、その瞬間に私の体に憑依させたことで我が生で起きたことの一部を経験させた』
「自分が動かしているように見えた。動かして、自分自身を殺した···········!?」
『ある意味そうだ』
骸骨の剣士は手に持っていた刀をチン、と冷たい音を鳴らしながら鞘に納めて説明する。
『お前が私と同じ動きをすれば、その記憶は遥かに深く自分の脳に定着する』
骸骨の剣士は白骨化した指をリンクの頭に差し、
『私の体にお前を憑依させ、実際にお前が動かしたように感じさせた。私とお前は一時的だが意識が同化し、そのまま私の剣技を無防備となったお前の体に繰り出すことで、私の剣技の記憶と経験をお前の脳内に刻んだ。
骸骨の言っていることを全て理解できたわけではないが、なんとなくだが察した。
今起きたことは間違いなく真実だ。確かに今起きた光景をこの目で見たのだ。
しかし、
それは自分の瞳が映した光景ではなく、
リンクの意識は一瞬だが骸骨の剣士と一体化し、その時に繰り出された剣技をさも自分が放ったように錯覚させられた。
つまり。
そこから予想するに、今起きた事を自分の中で考えられる知識で説明するとしたら────
「“記憶の追体験”!?」
あり得ない、という顔をするリンク。
だが骸骨の剣士は落ち着いたような声色でリンクが今考えている事を否定するように告げる。
『おかしいことではない、
「え?」
急におかしな事を言い出す骸骨の剣士であったが、構わず続ける。
それはリンクにとって、決して無視できない言葉だった。
『────“龍の泪”────』
「!?」
それが剣士の口から出てきた瞬間、リンクは自分の耳を疑うよりも先に理解してしまった。
単語一つで充分に理解できてしまう簡略化された説明。たった一言なのに、それだけで理解できてしまったのは、剣士の言う“龍の泪”が、
“龍の泪”は、『とある御方の記憶が封じ込められた泉』だった。
ハイラル各地に出現した『謎の地上絵』、それは上空から見ないとわからないが一つの絵を作り出しており、その模様の中のどこかに『泉』があった。それに近付くと、『泉』は逆再生されるように浮かび上がって、近付いた者の脳内に『とある映像』が流れ込む。
それはリンクがあの時掴むことができなかった────“ゼルダ姫の記憶”だった。
目の前で消えてしまったゼルダ姫は行方不明となってしまい、手掛かりを探して天変地異が起きたハイラルの謎を解明していくうちに真実に辿り着くのだが、各地の地上絵のどこかに溜まっている不思議なその泉の正体は『ゼルダ姫の流した“泪”』だった。
自分が不甲斐ないばかりに救えなかっただけでなく、魔を滅することができる退魔の剣であるマスターソードが『魔王』の瘴気にやられてしまい、刀身が朽ちて破魔の力が弱まってしまった。マスターソードは邪悪なるものを祓う事ができる聖なる力が宿っているものの、その力は有限ではなく、使っているうちに破魔の輝きは消耗していき、ある程度のところで眠ってしまうのでしばらく休ませないといけないという弱点もある。
あの時、姫を目の前で失った時は完全回復した状態であったものの、それを上回る邪気が一気に押し寄せたら流石のマスターソードでも祓う量に追いつかずに急速に消耗して最終的には刀身が朽ちてしまう。
だから、大量の瘴気を流されたマスターソードはその時に力を失った。
力を失ったマスターソードは木の枝よりも脆く、たった五回振っただけで力尽き、すぐに眠りについてしまうほどに弱まってしまった。それで、朽ちたマスターソードをなんとか元の状態へと復活させようと考えていたところに、『謎の光』が空島の“とある場所”に浮いており、その時にマスターソードと“右腕”が共鳴するように何度も点滅し、まるでその光に委ねろと告げられたみたいだったのでリンクはそれに従い、光の中にマスターソードを置いた。
そして、退魔の剣は目の前から姿を消した────ゼルダ姫が消えた時のように。
リンクは各地の調査だけでなく、姫と退魔の剣の捜索も同時並行で進め、調べていくうちに“龍の泪”に辿り着き、
地上絵にある“龍の泪”がリンクの右腕に共鳴すると、地面に落ちる寸前の状態になるように浮かび上がって、ドクンという鼓動音が鳴り響くと光に包まれ、脳内に自分のものではない記憶がまるで自分が経験したように流れ込むのだ。
それがさっき説明した、“ゼルダ姫の記憶”
つまり、今剣士がやってみせたのは“龍の泪”と同じような現象。
確かに、リンクは今の攻撃がまったく見えずに全て受けてしまい、一体何が起きたのか理解できなかった。
でも理解していた。どんな攻撃を受けたのか、どういう攻撃を放ったのか、全て脳内に焼き付いていた。
その矛盾、それを引き起こしたのは“龍の泪”の時と同様、他人の記憶と動作を追体験で経験したからだ。
だから今、リンクの頭の中には骸骨の剣士が放った剣技が受け継がれた。
ここまでかかってそれを理解したリンク、そのことを察知した剣士は重く深い呼吸と共に話し出す。
『今お前の記憶に刻んだ剣技は、【鬼の始祖】の体の造りを見て作り出したもの。それをお前の体に繰り出した···········つまり先程斬られた箇所が【鬼の始祖】の脆い部分だ』
「!!」
『私がかつて放った剣技···········それはたとえ一八◯◯の肉片となって散らばろうとも細胞を灼き続け、今もなお古傷として残っているはず。だがあの男は狡猾で小心者であり、おそらくは私が付けた傷は隠されている』
そこまで言って、骸骨の剣士は鞘から刀を抜刀しリンクの方に向けた。
リンクの斬られた箇所をなぞるように。
『お前が斬られたと感じた部分、それをどうか忘れないで欲しい。その受けた痛みがいつか役立つはずだ』
「··········」
骸骨の剣士はそう言うものの、リンクには一つ懸念している事があった。
その事自体を剣士もわかっているのか、リンクの表情を見た瞬間に首を横に軽く振って彼の代わりに告げる。
『しかし最初に言った通り、
確かに先程の剣技は息を忘れるほどに素晴らしく美しかったが、同時に難しいと感じた。
追体験したことによって技のやり方が脳内に焼き付くように定着したとしても、それを再現できるかと問われたら答えは否である。
何故か────速すぎて体が追いつけないのだ。
人には個人差というものがあり、たとえば以前会った悲鳴嶼行冥という男は体躯に恵まれているため、両手剣などのようなデカい武器は片手で扱えるだろう。しかしリンクは彼に比べたら小さく、両手剣は文字通り両手で持たなければ扱えない。それに手合わせをした不死川実弥も風を武器に纏えるほどに優れた剛力があるが、リンクは不死川のような体付きではないので風を纏った剣技を扱うことはできない。
そしてこれは言ってしまえば仕方ないことだが、ハイラルにいたかつての英傑達や今代の賢者達の技も、種族が違うからできない。
あれは所謂、手足や臓器といった体の一部であり、初めから体に刻まれていた異能に近い。
リーバルは自力で編み出したみたいだが、あれは彼がリト族であったからできた芸当。かつて彼がリンクに言ったように、翼もないなら自力で空を飛ぶことはできない。加護を受けてその力の一部を継承できたが、パラセールがないと何の意味もない。
つまり。
とはいえ、だ。
骸骨の剣士の言うように、今のリンクでは再現できないというだけで、会得自体はできた。
今の技、一から一二もある剣技のやり方を脳に刻まれたが、それを再現できるかはリンクの努力次第である。今やっても見様見真似程度の威力しか出せない。そもそも一度に一気に頭に刻まれて、どの技がどういったものなのかよくわかっていない。
それにそんな多くの技を一瞬で一度に放つなんて、どれだけ体力を上げていてもリンクの体では到底持たないだろう。代々、勇者の血族に受け継がれ、そしてリンクの代名詞とも言える技である『回転斬り』でさえ相当な体力が必要なのだから、あの技を身に付けるには通常のやり方では不可能だ。
だから、骸骨の剣士はこう言った。
『その技を完全に自分のものとするには、“呼吸法”と呼ばれるものを身に付けなくてはならない。今教えることはできるものの、ここは謂わば現実と時の狭間、夢の中と言い換えても良い。ここで伝授しても頭で理解するだけであり、それではただ想像しているのと同じ』
その時だった。
そこまで言った途端、
いや違う、
まるで、
「!!」
それに気付いた時リンクは慌てて骸骨の剣士を見るが、その顔色は変えずに彼に言う。
『いずれまた会うだろう。今度は··········
「待て! 待ってくれ!!」
消え行く世界の中でリンクは呼び止める。
目の前から去っていく骸骨の剣士に、リンクはもう一度訊ねた。
「貴方は誰なんだ!?」
剣士はその質問に答えなかった。
代わりに。
更なる力が必要となった時に自ら訪ねてくるように、こう言い残していった。
『私にまた会うことをお前が望むのならば、自ら訪ねに来い』
「!?」
『手掛かりはお前の記憶に刻まれた────
さらばだ、と。
その言葉が空間に響き渡るのと同時。
リンクの視界は光に包まれていった。
□■□■□■
「────!!」
目が覚めると、そこは記憶に新しい世界だった。
体が沈み込むほどに柔らかいベッド。傷口に余計な菌が入らないように常に洗われている清潔なシーツ。
部屋は体調を気遣ってか適度に暖められ、そして見慣れない天井は遠い。
横に立ち並ぶベッドには他の患者である少年達がまだ眠りの世界におり、心地良さそうに寝息を立てている。その一つ一つのベッドの間にある窓から外を窺えば、目の覚めるような青空が自分達を眺めている。
異界の暖かい陽光が、彼の肌を優しく撫でていた。
「··········」
リンクは上体を起こすが、その動作さえ異様に重く感じた。
全然眠った気がしなかった。
いつもならどれだけ負傷していても、死ぬほど疲れていても、ベッドで眠ったら翌朝には嘘のように回復している。
それほど眠りが深いリンクでも、今回は何だか体が完全には回復していない。
何故か、そりゃ夢の中でとはいえあんな妙に現実感のある経験をすれば、脳に負荷がかかってしまって心地良く眠るなんてことはできるはずもない。
リンクは頭を押さえる、夢で見た光景が脳に焼き付いて全然離れない。
一時的に骸骨の剣士の意識と繋がり、彼の剣技を強引に脳内にぶち込まれたのだ。眠っても疲れが取れていないどころか余計に疲労してしまうのも無理はない。
覚える、というのは普通であれば毎日コツコツと鍛錬を積んでその身に成長を促し、そして充分に自分を高めた時にやっと身に付くものである。それを一瞬で脳に叩き込まれたら流石のリンクもしんどく感じる。
頭どころか体がとても重く感じ、まずはその事実を受け入れて彼は深呼吸を繰り返した。
(それにしても··········凄い剣技だった)
骸骨の剣士がリンクに叩き込んだ技の数々。
それらは全て、まさしく『太陽』を彷彿とさせるものばかりだった。あの技を見て理解できたのはほんの一部、太陽を彷彿とさせると言ったが、そう思えたのには理由がある。
あの技を繰り出す秘訣は、リンクもよく使う『回転斬り』だ。
一二もある技の全てが、刀の振りや身体の回転等によって遠心力を乗せ、太陽のような円を描く技が多い。
ならば、あの技を身に付けるにはリンクの今の体力では到底足りず、すぐに底を突いてしまう。『回転斬り』とは、自身の体力を削る代わりに周囲の敵を一気に斬り払う大技だ。繰り出すための溜めも必要で、並外れた集中力がなければ出せない。そんな『回転斬り』に近い技の数々を、あの骸骨の剣士は息切れなんてものを全くせずに繰り出していた。
だからあの剣士は今のリンクでは我が物にはできないと言ったのだろう。
それを我が物にするための“呼吸法”という技術。
今思い返せば、リンクはあちこちでそんな単語を聞いていた。
鬼との戦いに鬼殺隊の柱との手合わせ、そこで必ずと言って良いほど出てきたその名は、もしかしたらあの骸骨の剣士が教え広めたものなのかもしれないと思った。
しかし、あの骸骨の剣士の呼吸音は不死川がしていた音とは違ってどこか静かで、太陽のように明るく照らす優しい音だった。
そこから考えるに骸骨の剣士の呼吸は特別で、そして受け継ぐには今のリンクでは力不足。
だが。
それさえ身に付けたらリンクはあの技を自分の物とし、更なる高みへと昇ることができるだろう。
あれを教えてもらうには骸骨の剣士が言った場所に行かなくてはならないが、手掛かりは技を覚える際に見えた『竹林が立ち並ぶ道』のような場所。あそこで待っているというが、こっちの世界に来たのはつい最近のことだし、まだ今いる場所の地形すらわかっていないのだから、あの光景が広がる場所がこの世界のどこにあるのか全くわからない。
技を身に付ける前に無理難題なことを言い残した骸骨の剣士を少し恨んだリンクであったが、あの技はどうしても諦められない。
あれがあれば、『魔王』すら倒せると確信した。
古の賢者達が束になっても敵わず、一万年封印していても厄災となって幾度も復活し、そして一度は敗北したあの『魔王』に勝てると思った途端、リンクは何としてもあれを身に付けなくてはならないと感じた。
自分が不甲斐ないばかりに、姫だけでなく自分の右腕に退魔の剣まで失ったのだ。
あんな思いは二度としたくないと、もう一度あの時に戻ってやり直したいと、何度思ったことか。
「ッ!!」
リンクは『魔王』の瘴気にやられてしまって失くした自分の右腕を見て、奥歯を噛み締める。
もっと力があれば、こんな情けない姿にならなくて済んだのに。希望を託してくれた『初代ハイラル国王』の想いを踏み躙ってしまった罪は重い。
でも、ここに来てリンクの思いは変わった。
あの時は敗北してしまって、悔しさのあまり弱い自分を執拗に責め続けたが、『初代ハイラル国王の右腕』を見て考えを改める。
────繋げてみせる。
託された思いを決して無駄にしないように、強くなってみせる。
そう思うように、自分に託された『初代ハイラル国王の右腕』に力を込め、五本の指を折り曲げて拳を形作る。
覚悟は決まった。
『魔王』に敗北した過去の自分を受け入れ、そして『魔王』にもう二度と負けないように更に強くなってみせると、リンクは託された右腕を見て誓った。
「ぅ、ん··········」
「!!」
と、思った時に隣からそのような声が聞こえてきた。
そういえば、何だか左腕に違和感を感じる。
目を向ければ、ハイラル王国でずっと一緒に冒険してきた少女である竈門禰豆子がどういうわけか自分のベッドで眠っていた。とても綺麗な寝顔と共に、その細い腕がリンクの左腕を掴んでいた。
「··········」
リンクはそれを見てつい笑みを浮かべた。
自分の腕を掴んでいる少女の姿はとても幼く見え、それと同時に懐かしく思えた。
初めて会った時もこんな感じだった。彼女はどういうわけか箱の中で眠っており、リンクは思わずその姿に驚愕してしばらく思考が停止していたが放っておけないとして監視砦に連れ帰り、それで目が覚めるまでずっと傍にいてあげた。
その際、彼女は寝惚けながらもリンクの腕を掴んできていた。
まるで、もう誰も自分から離れていかないように。
彼女の正体と過去を知った時、全てが繋がって納得してしまったが、まさかそんな少女に導かれて異界の地に降り立つ事になってしまうとは思ってもみなかった。
「り、んく··········」
微かに身じろぎリンクの名を呼ぶ禰豆子。
鬼というものは太陽に弱く、光に当たっただけで燃え尽きてしまうのに、今はそんなことは起こらずに太陽と少女はお互いの存在を認め合っているように表情は安らかで、窓から差し込む陽光はそんな寝顔をする彼女を優しく包んでいた。
「··········」
リンクは最新の注意を払って彼女が握っている手をゆっくりと離していく。
以前は絶対に離さないという強い意志から全然放してくれなかったが、今は元の世界に帰ってきて安堵しているのか、もしくは家族と再会できて落ち着いているのか、少女の手はすんなりとリンクの手から外れた。
そして。
リンクは寝ている彼女の体を優しく持ち上げ、自分より酷い怪我だったのか包帯まみれになっている兄の元へと運んでいく。
なんで兄のところではなく自分のところにいたのかは知らないが、せっかく再会したんだから家族は常に一緒にいるべきだ。リンクは寝ている竈門炭治郎の元までやってくると、彼の隣に禰豆子を寝かせるためにシーツを剝がし、空いている部分に彼女をゆっくりと置いて元通りにシーツを戻す。
禰豆子はずっと握っていた手が何も掴んでいないことに無意識下でも気付いたのか、掴むべきものを探すように手を動かしていた。それでリンクは兄の炭治郎の傍にできるだけ近く寝かしてあげたら、求めていたものを見つけたのか禰豆子は彼の服に縋るように掴むとまた安らかな表情となった。
「まだ貴方だって万全ではないのですから、もう少し一緒に寝てあげても良かったのではないですか?」
そこへ。
艶やかでありながらもどこか裏のある、何かの負の感情でも混じってそうな声がリンクの耳に入ってくる。
一体いつ戻ってきたのか、果たしていつから見ていたのか。
病棟の入り口でこちらを見ていた女性、胡蝶しのぶが微笑みながら声をかけてきていた。
「よく眠れましたか?」
「実はあまり··········」
そんな風にしか答えられないリンク。
後頭部を摩って引き攣った笑みを浮かべるリンクとは対照的に、彼女の笑顔は完璧に見えた。
正直、この女性は何だか苦手だった。その笑みはとても美しく、見た者を魅了させるほどだろう。
なのに何故か違和感を感じる。
何と言えば良いのか。
その笑顔はやはり作り物に感じ、無理に笑っているようにしか見えなくって、だからか全ての言葉が信じられなかった。
本当の笑顔というものは、心から笑うものだ。
けれど彼女の場合は何だか辛そうで、何かを悟らせないための防御方法のように思えた。
完璧な笑顔の仮面を被っている、そんな感じに見えた。
しかしリンクはきっと気のせいだと思ってそんなことは忘れ、しのぶはそんな彼に話しかける。
「貴方とはゆっくりお話ししてみたかったんです」
「?」
「貴方は私達の知らない知識と技術があり、それで上弦の鬼と竜を倒したんですから、そこまで聞かされて全然気にならないなんて無理な話だと思いませんか?」
彼女は病棟にいる他の患者達を起こさないように注意を払っているのか、そのよく通る囁き声は清らかそうに聞こえた。
そんなことを言われたリンクは、ここでそのことを話すのは··········と思ったのか、一度自分の寝床へと戻っていくとマスターソードをはじめとした装備一式を身に付けると、病棟から廊下へと繋がる入り口まで歩いて行って彼女の横を通り過ぎる。
「どちらへ?」
「ちょっと体を動かしに、いつまでも眠っていたら体が鈍ってしまうからね」
「言ったでしょう、貴方はまだ万全の状態ではないのですよ? 不死川さんの時だって目が覚めたばっかりだったのに、無理して体を動かして。本当だったらあの時止めなければならなかったんですから。まぁ、貴方の実力に気付いていた私と同じ柱の方のせいで止められなかったんですけどね」
彼女は通り過ぎていくリンクの方を振り向く。
ちょうど廊下に出たところで、そこならばみんなに聞かれることはないと思ったのか、唐突に彼女はこんな質問をしてきた。
「貴方は一体どうやって強くなられたんですか、リンクさん?」
「?」
「傷もまだ治ってなく、目が覚めたばかりで体も完全に起きていない状態であったはずなのに柱一人を倒せる実力があり、鍛錬なんて不要だと思わせるほどにお強い。貴方がそこまで強くなれた理由が知りたいです」
何で今そんなことを聞いてきたのか、リンクはわからなかった。
でも。
そんな質問をした彼女は初めて笑顔の仮面を外しているような気がした。その瞳はどこかぼやけており、光がない。あれだけ人を魅了する笑顔を見せていたのに、彼女の顔は人が変わったように曇っていた。
何故このタイミングで質問したのかはわからなかったが、彼女が俯くように訊ねてきたことで察した。
だからリンクは、質問に対して質問で返した。
「何でそんなことを知りたいの?」
「私は見ての通り、体が小さいため腕力がないのです。だから鬼の頸どころか全身のどの部位も斬れない。だから私は知恵で強くなった。鬼が殺せる毒を開発し、それを武器に塗って貫くことで倒している。でもできることなら私だって頸が斬れるようになりたい。そうすればそんな回りくどいことをしなくても鬼を確実に倒せますから··········」
「··········」
リンクはそんな風に自分の事を言い続けるしのぶを黙って見ていた。
彼女の声には表情がなかった。静かで、孤独感を感じさせる悲しい声色で、強いて感じたものを言うのなら怒りだ。鬼を殺している組織に属しているのだから、何か深い事情があるのは明白だ。ハイラル中にも現れ、人を襲う化物は欲望のままに殺して喰らう存在。ならば彼女だってそんな鬼に大切なものの一つくらい奪われてもおかしくない。
情報が少ないから彼女がこれまでどういう道を歩んできたのか知らない。でも“似たような人”を知っているから何となくわかる。
自分に才能が全くないと決めつけて、それでも周囲の期待に応えられるようにずっと必死に力を目覚めさせようと頑張っていた“姫君”。全然力が目覚めなくても修行をやめることは許されず、体を壊してでも続けようとした彼女は、結局力に目覚めることはなく、そのまま厄災が復活してしまって国は壊滅した。
最終的には遅れて目覚めたことで厄災を一時的だが抑え込むことができたわけだが、その際に多くの者達が命を落とした。
ハイラル王、各種族から選ばれた英傑達。
彼らは厄災が生み出した分身によって命を落とし、長い間神獣内部で囚われ続けていた。
リンクは何とか助かったが、あのままだったら間違いなく死んでいた。
姫のおかげで助かったが、でもあの時の彼女はそれ以上に自分を責めていたはずだ。
もっと早く力に目覚めていたら、と。
誰も死ぬことはなく、国も滅ばなかっただろう、と。
そんなことを少しでも考えたかもしれない。
百年後、目を覚ましたリンクは記憶と共にかつての力を失ったが、そんな姫を助けたい一心で強くなり、苦しい試練も乗り越え、幾度もの死線をくぐって平和を取り戻したわけだが、その間にも姫はずっと抑え続けながらそんなことを思っていたはずだ。
だけど。
その事を責める者はいなかった。
無才だと周りから言われ、目覚めるのが遅かったとしても、百年間厄災を抑え続けたのは他の誰でもない、姫様だった。
だからリンクは、彼女と似たような悩みを抱える胡蝶しのぶに、
「
「え?」
「
そう答えた。
リンクは確かに百年前は誰も敵わないくらい強かった。けど、あの時はまるで感情を失ったような感じで、迫り来る脅威をただ排除するために剣を振るっていた感じだった。もちろん、だから負けてしまったと言うには不充分な理由だ。
あの時負けてしまったのは想定外なことが連続で起きたというのもあっただろう、でもリンク自身は自分から本当の自分を排除してしまったのが原因なのではないかと思っていた。
自分の事を知る者達が書き残した資料を見るに、百年前の自分はとにかく無口で、何を考えているのかわからなかったらしい。子供の頃は子供らしく笑っていたようだが、剣を握ってからは感情を失くしたような状態になったらしい。
その才能が認められたせいで、さらに強くするために周囲からとにかく厳しい教育をされていた。自分自身も強くはなりたかった。でもあの時はただひたすらに皆が理想とする騎士を目指して強くなっていたという事だった。代々続く近衛の家系出身として近衛騎士を志すことも、誰よりも強い剣士になりたいと願うことも強要に近いものから来たもので、つまり由緒正しき家柄から受けた影響は絶大であったのだ。
厳格な教育を徹底して、幼い頃から本格的な剣の指導を受け、史上最年少で近衛騎士になって、退魔の剣の主となり、果ては厄災討伐の英傑兼、勇者に選ばれた。
王族に忠誠を誓うため、上に立つ者として相応しい存在となるために幼少期から『騎士として強くあり、常に模範たれ』と教え込まれたせいで、次第に自分自身を失くしていき、最終的には自分の意見も言わない、何を考えているのかすらわからない状態になってしまった。
周囲の期待に応えるために切磋琢磨してきたわけだが、その代償として彼の性格である天真爛漫さは排除されてしまったわけだ。
今は記憶を失ったから本当の自分を曝け出しているわけだが、あの頃はそのせいでリンクは自分の意見を何も言えず、自身を無才と罵る姫君を慰めるなんてことはできなかった。ただ側にいてあげることしかできず、励みの言葉一つも言ってあげられず、何もしてあげなかったせいで姫はどんどん追い詰められて行ったのではないかと思うようにもなってしまった。
本当の自分を隠してしまったから。あの時、姫が欲していた言葉を言わなかったから。
だから姫は力に目覚めなかった。
全ては自分のせいだと何度思ったことか。
だが百年後、全てをリセットしたおかげで解放されたリンクは、最初こそ弱かったものの、どうすれば強くなれるのかと考えて考えて考え抜いて、ある時は普通に攻略、ある時は卑怯な手を使ったりもした。
魔物が密集している箇所に爆弾をめちゃくちゃ投げ込んで火の海にしたり、魔物を凍らせて奈落の下に突き落としたり海に放り込んだり、もはや勇者ではなく鬼畜の所業と呼べる方法で攻略していた。
もちろん、剣の道も極めるために鍛錬は欠かさなかった。
でも、そんな天真爛漫な性格である本当の自分を知ったからこそ、彼は再び強くなれたのだ。
だから、
リンクはしのぶに言った。
「君がどんな道を歩んできたのかは知らないけど、全て自分の力になっているはずだ。俺だって最初は負けまくったさ、武器の扱い方を忘れて猪に吹っ飛ばされたことだってあったし」
「そんな馬鹿げたことがあるんですか··········?」
「でも俺はそんな自分を受け入れて、その後すぐにどうしたら勝てるかなって悩みまくったこともあったよ。考えて考えて考えまくってあらゆる策を練って、それでも負けたら次は負けないように頑張ろうって、どこか楽観的に考えてたらなんか全てが簡単に思えて、どんな強敵にも挑みにいけたんだ」
それに、とリンクは何だか不満そうに、
「俺にだって弱いところはたくさんあるさ。たとえば俺は自分の国では背が小さい方で、大きい奴が相手だと体格差で負けちゃうし、
「宿ってない、とは?」
「そうだね、鬼が使う異能みたいなものと言えばいいかな? もちろん鬼のあれと一緒にするなんて失礼にも程があるけど、人が使えるようなものではない異能を使える人達が俺の国では当然のようにいたんだ」
そう言ってリンクは右手を見下ろす。
この右腕だって借り物で、そしてそこに宿っている力は別の人の力だ。
リンクが何を言いたいのかまだわからなかったが、しのぶは最後まで喋らせた後で判断しようと決めて話を続けさせる。
「人が異能を使えないのは当然だと思ってましたが、貴方の国では使える人がいるんですね」
「まぁほんの一握りだけどね。俺もできることならそんな特別な力を使いたかった。でも普通の人間にはできないってすぐにわかってさ、それですぐに気付いたんだ。俺にはそんな特別な力は与えられていないんだって。みんな俺に対して色んな感情の籠った目を向けてきたけど、正直俺だって周りのみんなが羨ましかったよ。あんな不思議な力が俺にもあったら、ってさ」
「··········」
「もしかしたら遅咲きに開花できた可能性もなきにしも非ずって思ったこともあったけど、君の言う通り普通の人は異能なんて使えないからすぐに諦めた。でも考えたんだ。
だからさ、と言うリンクは笑って、
「君に力がなくて焦ってしまう気持ちはわかるけど、
「!?」
その言葉を聞いた瞬間、かつて失った“姉”の姿が脳裏に過ぎった。
血の繋がりがない自分の妹に、実の姉である“胡蝶カナエ”が言った言葉の一部。
それを言ったリンクは続ける。
「自分を受け入れられず、いつまでも責め続けてたらそれこそ自分は弱いって感じてしまって本当に弱くなってしまう。君には君にしかない力があるんだからさ、それを受け入れてみるんだ」
「そんなの簡単には────」
「君は鬼を殺せる毒を開発したんだろう? そんなの俺にはできないよ、やろうとしたとしても失敗する未来しか見えないし··········っていうか、それどころか君達鬼殺隊が使ってるっていう“呼吸法”さえやり方を知らないから今全然できないわけだし」
「··········」
「だからできるようになりたい、無理だったらそれと同じような力を身に付ければいいだけだ。まぁ、そんな方法があるかはわからないけどね」
リンクは苦笑いをしてそう言うものの、彼女が今悩んでいることに対して、最後にこう言う。
「俺は俺にしかできないことを精一杯やるだけさ。一人ではできないことをみんなで補い合うために、自分のできることを更に伸ばしておくんだ。たとえどれだけ険しい道であっても、支え合える仲間さえいれば必ず乗り越えられる。俺はそう思うよ」
「··········そう、ですか」
「えっと··········参考になったかはわからないけど、俺が強くなれた理由としてはそんな感じかな?」
結局、あやふやな感じに終わってしまった。
だが、リンクに聞きたいことを聞けたしのぶは満足したのか、いつものように笑って見せた。
しかしそれは笑顔の仮面ではなく、本当に笑っているような気がした。
心の底から、そんな予想外な回答をしたリンクがちょっと面白かったのだ。
「ありがとうございます、リンクさん」
「いや、俺昔から口下手な方らしいから力になれたかどうかはわからないけど」
「いえ、なんだか吹っ切れた気がします。それだけでもとてもありがたいですよ」
そう言ってくれたおかげでリンクは安心した。
そんな二人の元に。
コンコン、と。
窓ガラスを叩くような音が聞こえてきた。
「ん?」
音がした方を見ると、渡り廊下に並ぶ窓の一つに何やら黒い影があった。
黒く、小さいその鳥は嘴に何かを咥えており、それを落とさないようにしながら窓ガラスを突いていた。
「あら、任務でしょうか?」
黒い鳥に気付いてそう言う胡蝶しのぶに、リンクはよくわかっていない顔をしている。
彼女はそんなリンクに説明する。
「鬼殺隊の任務は、鎹鴉と呼ばれる連絡用の鴉を通して伝えられるんです。鎹鴉は特殊な訓練を受けているため人語を話せるんですよ」
「へぇ」
どんな訓練かは知らないが、そんなことを聞かされてもあまり驚かなかった。人語を話す鳥なんて自分の国にたくさんいたし、それどころか多種多様な種族が住んでいたからか、特に何とも思わなかった。
しのぶは窓ガラスを叩いている鎹鴉のところへ行くと、ゆっくりと開けて鴉を屋敷の中に招き入れる。
すると鎹鴉はリンクの方を向いて、
ぺっ!! と。
嘴に咥えていたものを唾でも吐くようにリンクの顔面にぶつけてきた。
「··········」
顔面に接着したのは『手紙』のようなもの。
何だか異様に匂うし、所々が湿ってるし、リンクは微妙な顔をしながらも手紙を手に取る。
それを確認したのか、胡蝶しのぶの腕に止まっている鎹鴉はカーッと一声鳴いて喉を温めてから話し出す。
「リンクゥ! 鬼狩リトシテノォ、最初ノ仕事ヲ伝エル!! 心シテ聞ケェ!!」
「本当だ、喋ってる」
「ソノ手紙二書カレテイル場所へ向カエ!! ソノ場所二イル“隊士”ト共二任務ヲ全ウセヨ!!」
うるさく喋る鎹鴉の言うことを聞き、リンクは受け取った手紙を開く。
そこに書かれていたのは─────
「何て書かれてるんですかリンクさん?」
そう訊ねるしのぶに、リンク自身もよくわかっていないような顔を浮かべている。
そんな顔をしながらも、リンクはこう答えた。
「とある村を調査しろ、だって」
□■□■□■
あの手紙に同封されていた地図通りの道を歩いていたら夜になってしまった。
それほど遠く、そしてそんな場所で別の隊士と合流しなければならないらしい。
鬼殺隊としての初任務なのだが、まさか鬼退治ではなく調査を依頼されるとは思ってもみなかった。内容は、『とある村に住まう人々が一夜にして消えてしまったので原因を調べろ』とのことだった。
正直、簡単に思えた。
一応胡蝶しのぶにも任務の内容を伝えたら、あまり戦わないのならばということで外出を許可された。確かに、万が一の可能性も考えられるが、しのぶが言うにはここ最近の鬼の出没は減っており、戦う確率は低いと聞かされた。
だからここまで装備を整えなくても良かったかなと思ってしまった。マスターソードは言わずもがな、鋼鐵塚に渡された日輪刀も腰にさしている。鬼を倒せる唯一の武器であり、でも自分には鬼を滅することができるマスターソードがあるからと思っていたが、念のためだ。
それは置いといて、見知らぬ大地を歩くのは何だか新鮮で浮かれた気分になってしまう。
初めて目を覚ました時もこんな感じであった。回生の祠から目を覚ましたリンクは、その外へと繋がる洞窟を抜けた時、目の前に広がる広大な大地を初めて目にした瞬間に感嘆のため息が洩らした。
あの時と同じように、リンクは日本という未知なる大地に足をつけたら、つい気分が上がってしまっていた。本当ならそんなことを思ってはいけないのだが、ハイラル中を旅してきた身としてはどうしても抱かずにはいられない。
でも、確かにいつまでも浮かれた気分でいてはいけない。
夜は鬼の時間。
そしてここはハイラルに現れた鬼にとって本当の住処。
日本に長くいた奴らの方が地の利があり、まだここのことを何も知らないリンクでは下手したら足元をすくわれることだってある。
だから気を引き締めていこう、と思った時。
「あ! あれかな?」
目的地である場所に到着した模様。
他の隊士との待ち合わせ場所である看板を見つけたリンクはそこまで歩いていくと、看板の陰に何やら人影があった。
あれが手紙にあった隊士であることはすぐにわかった。
腰ではなく背中に背負っている『日輪刀』を見たら、鬼殺隊の関係者であることは容易に想像できる。
「おーい!!」
「!!」
リンクが声をかけると、その隊士は気付いたようにこちらの方に顔を向けた。
黒髪に暗い碧目の少年。
歳は炭治郎達に近いか、胡蝶しのぶよりも年下に見えた。服装は鬼殺隊らしく背中に『滅』の文字が刻まれた隊服を着ており、首元には『秘石』に似た石が紐で結ばれており、それを首に巻いていた。
顔は少年らしい顔立ちで、しかしその表情はどこか険しく落ち着いていないようにも見えた。
リンクは互いの顔がよく見えるほどの距離に近づくと、合流できたことを確認するように話し出す。
「君が任務に同行してくれる隊士でいいんだよね?」
「あぁ、そうだけど··········」
リンクが訊ねると答えてくれたものの、何だか無愛想に返された。
そう言う少年も一応なのか、腕を組んだまま不快そうな表情でリンクに訊ねる。
「で、そういうアンタが新人の隊士か?」
「うん、俺はリンク。君は?」
この世界に来て初任務。
それに同行してくれる少年隊士の名を聞くと、彼は面倒くさそうにため息をついて、
名乗る。
「“獪岳”だ、よろしく」