鬼滅の伝説   作:織姫ミグル

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第六章

 

 

「───ってことらしいよ·········」

 

「そうなんだ!! すごいな!!」

 

 

リンクが任務に出掛けたその日の昼。

 

竈門炭治郎のお見舞いにという体で実は愚痴を零しに来ていた我妻善逸は、心底嫌そうな顔をして俯いていた。

 

その顔から滲み出る絶望感、それとは対照的に楽しみすぎて太陽のように輝いた笑顔を見せる炭治郎は、善逸から聞かされた内容に興奮を抑えられない。

 

それは既に始まっている。

 

昨日にはもう鬼殺隊全体に通達されていたのだが、詳しい話を聞いたのは今日が初めてだった。

 

炭治郎はまだ安静にしていないといけないので参加はまだ先になるだろうが、それはとても素晴らしく、名誉なことであった。

 

 

合同強化訓練──────“柱稽古”

 

 

日本という広大な大地には鬼という邪悪な存在が蔓延っており、そのため鬼殺隊は全区域を守れるように配置されていたため合同で訓練なんてことはできなかったが、鬼の出没がピタリと止んでしまった今ならそれが実現できる。

 

炭治郎の妹である禰豆子が太陽を克服した以上、鬼共はそれを手に入れるために血眼になって探していることだろう。

 

つまりは嵐の前の静けさとも受け取れる状況のため油断はできないが、鬼が現れなくなるというのはこれまで一度もなかった。まさに好機逸すべからずだ、鬼殺隊は念の為に夜の警備と巡回を繰り返しつつ、日中は訓練に集中することができる。

 

それだけじゃない。

 

今回の合同訓練は鬼殺隊の中でも選りすぐりの精鋭である、あの“柱”の者達が直々に稽古をつけてくれるのだという。

 

本来、柱は重要戦力のために多忙なことが多く、自分の後継者として扱われる“継子”以外の者を鍛える暇なんてなかったが、前述の通り鬼共の出没が止まっている今ならば下の階級の者達を更に鍛え上げることができる。

 

それが炭治郎的には心底嬉しいようで、善逸からその事を聞かされてやる気満々とでも言いたげに鼻息を荒くしている。

 

対して。

 

善逸は稽古自体をよく思ってなく、俯きながら愚痴をいくつも零していた。

 

 

「ハァ〜、任務からやっと帰ってきて、ずっと行方不明だった愛しの禰豆子ちゃんにようやく会えたっていうのに、次は訓練とか。たまんないよ······」

 

「善逸は今から行くのか?」

 

「そうだよ? 柱を順番に巡って稽古をつけてもらうんだって······ッ!!」

 

 

語尾がやたらと強調されていたことからマジで嫌らしい。

 

そんな善逸の感情に気付かず、炭治郎は羨ましそうに言った。

 

 

「いいなぁ〜、俺も早く参加したいな〜」

 

「何がいいんだよ? 何もよくねぇわ。最悪だよ、地獄じゃん。誰なんだよ考えた奴死んでくれよ」

 

「こらっ!!」

 

 

せっかくの機会を無駄にするような発言に我慢できなかった炭治郎は、興奮を隠しきれないまま熱弁を語る。

 

 

「自分よりも格上の人と手合わせしてもらえるって上達の近道なんだぞ!? 自分よりも強い人と対峙すると、それをぐんぐん吸収して強くなれるんだから!!」

 

 

実際、炭治郎は刀鍛冶の里でそれを経験した。

 

あの時のことは、本当のことを言うと実はあまり覚えていない。

 

里にあった“訓練用の絡繰”を相手に稽古をつけてもらっていたのだが、禰豆子が消えてしまったせいで喪失感のあまり彼はもはや自暴自棄となるように行動していたので、厳しい訓練を黙々とこなしていた。その絡繰の持ち主である少年にどれだけ理不尽な指摘を受けても何も響かず、どれだけ毒舌を吐かれても聞き流してしまうほど絶望していた炭治郎だったが、今思えばあれはとても素晴らしい経験だった。

 

だから善逸にもわかってもらえるように熱く語ったのものの、だがそれが逆に善逸の逆鱗に触れた。

 

 

アァァァアアアアアアアアアアアッッッ!!???

 

「えぇ!?」

 

 

発狂して飛びかかってくる善逸に炭治郎は驚く。

 

襲いかかってくる善逸はそのまま原始人が巨大な肉にかぶりつくように、彼は呑気なことを抜かす少年のその硬い頭に齧り付く。

 

 

「そんな前向きなこと言うんであれば、俺とお前の仲も今日これまでだな!?」

 

「いだだだ!?」

 

「お前はいいだろうよ!? まだ骨折治ってねぇから!! ぬくぬくぬくぬく寝とけばいいんだからよ!? 俺はもう今から行かなきゃならねぇんだぞッ!? わかるかこの気持ちぃぃぃいいいいいいッッッ!!???」

 

「ご、ごめんごめぇぇぇえええええんッッッ!!???」

 

 

自慢の石頭でも善逸の猛獣の如き噛みつきには耐えられないのか、彼はせっかく包帯が取れたものの、その硬い頭に新たな傷を負うことになった。

 

くっきりと歯形が額に刻まれた炭治郎は涙目で彼を見ると、善逸は『チッ』と小さく舌打ちをしていた。

 

でも善逸も善逸だ。

 

あまりの興奮に我を失うのはわかるが、その興奮具合から元気が有り余っているご様子。ならば体力的には問題なさそうだが、彼は自分自身を低く見積もっているせいか、とても精神面が弱い。

 

嫌なことから逃げるように弱音を吐き、現実逃避しまくっている彼のことが心配でならない炭治郎は、滝の如く涙を流しながら出て行こうとする善逸を呼び止める。

 

 

「あっ!? 善逸!!」

 

「俺に話しかけるんじゃねぇ!!」

 

「いやいや待ってくれ!!」

 

 

柱の稽古と聞くだけで発狂してしまうのならば、彼はこれから先、自分の嫌なことから逃げ続けるようになってしまう。

 

ならばと。

 

炭治郎は慰めを加えつつ、彼がこれから頑張れるように今まで言いたかったことを伝える。

 

 

「言い忘れてたけど、ありがとう!!」

 

「!!」

 

 

直後。

 

善逸は足を止めた。

 

炭治郎の言葉に耳を傾ける気になったみたいだった。

 

 

「上弦の肆との戦いで片足がほとんど使えなくなった時、前に善逸が教えてくれた『雷の呼吸の壱ノ型』のコツを使って、鬼の頸が斬れたんだ! 勿論、俺は雷の呼吸を習ったわけじゃないから善逸みたいな速さまではできなかったし、変な竜が上弦の鬼を食べちゃったから結局は俺は討伐できなかったんだけど······でも、本当にありがとう。こんな風に、人と人との繫がりが窮地を救ってくれることもあるから、柱稽古で学んだことは全部、きっと良い未来に繫がっていくと思うよ!!」

 

 

それは心の底から出た本音。

 

そんな炭治郎の真っ直ぐな言葉が善逸の閉ざしていた心を開いたのか、彼がこちらに振り返った時、その顔は恵比寿様の如く穏やかな笑みを浮かべていた。

 

 

「バッカ野郎お前······そんなことで俺の機嫌が直ると思うなよォ〜?」

 

(あ、ご機嫌だ。よかった)

 

 

口から出た内容は不機嫌そうな文章だったが、その声はとても機嫌が良さそうであった。

 

 

「じゃあな炭治郎! 早く元気になれよ!! 全くもう〜、みんな俺がいなきゃ何にもできないんだからぁ〜」

 

 

気色の悪い笑みを浮かべ、善逸は大層心地よさそうな顔をしてこちらに手を振り、軽快な足取りで部屋から出て行った。

 

調子に乗らせちゃったかな、と逆に罪悪感を抱く炭治郎だったが、彼に対して感謝の気持ちがあるのは事実だ。

 

刀鍛冶の里で上弦の肆を逃しそうになった時、自分の限界を超えて追いつけることができたのは善逸のおかげだ。とはいえ、自分の能力不足が原因で仕留め損なってしまった挙句に、謎の竜にその鬼を喰わせてしまって更なる脅威が襲ってきたわけだが、それを救ってくれたのはあの『勇敢な青年』のおかげだ。

 

 

(できればあの人とは、もっと話がしたかったけれど······)

 

 

そんな“彼”は残念なことに、炭治郎が目を覚ました時にはすでに屋敷を出ていた。

 

鬼が出なくても、鬼殺隊としての仕事は継続。

 

何より今、鬼ではない『別の化物』が彷徨いていると言うし、それは鬼殺隊の仕事ではないものの何か鬼と関係しているかもしれないので討伐対象となっている。

 

彼は鬼狩りとしての仕事はこれが初めてのため、いきなり難易度の高い任務には行かないと思うが、なんだか心配だった。

 

見回りの最中に予期せぬ強敵と鉢合せするのではないか、そんな考えが過ぎる。

 

ただの気のせいかもしれないが、あの剣士としての強さを見たら、鬼殺隊だけでなく鬼側からしても脅威と認定されていてもおかしくない。だから早く排除しておかなければならないと、鬼となった妹を連れていたせいであらゆる鬼達から狙われていた自分のようになるのではないかと不安だった。

 

しかし。

 

彼なら何があっても大丈夫だと思えてしまう。

 

彼は上弦を倒しただけでなく、あの竜にも勝っていた。

 

であれば何も心配いらない。

 

勿論、思い過ごしであるのならばその方が良い。

 

 

「戻ってきた時には、少し話したいな。禰豆子のこと、リンクさんと過ごしていた時のこと」

 

 

そう呟いてから、彼は思わず日を遮るカーテンもない病棟の窓に視線を投げた。

 

 

「······ん?」

 

 

そこで気付いた。

 

ずっと翼を広げてガラスをつついている小さな影があったことを。

 

その薄い窓の向こうには、炭治郎の鎹鴉がいた。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

何だかこの少年は竹を割ったような性格をしているらしい。

 

 

「もっと早く来れなかったのか? こっちはかなり前から待ってたっていうのに、もうすっかり日も沈んじまったし」

 

「あぁ、ごめん。実はまだこの辺りのこと全然知らないから迷っちゃって············」

 

「はぁ·······ま、いいけど」

 

 

獪岳と名乗った少年はずっと不機嫌そうだった。

 

いつから待ち合わせ場所にいたのかは知らないが、彼の腰にある水の入った竹筒が空になっていることから、相当前からここにいたらしい。彼はその事を忘れていたのか、喉の渇きを潤そうとして水を飲むために腰の竹筒を取り出すが、持った感触と飲み口を少し見たら空っぽだったことを思い出したのか小さく舌打ちしていた。

 

それにしても、何だか強気な男の子だ。

 

リンクよりも年下のはずなのに、獪岳は別に敬語とかそんなの気にしている素振りを見せない。確かにリンクは彼よりも後から入ったから後輩的な立場であるだろうが、鬼殺隊は年齢差というものに対して意識しないのだろうか。

 

おそらくこの組織では階級がものを言うのか、年上だろうがなんだろうが獪岳の方が先輩である以上、ため口言葉で話すつもりらしい。

 

素直に自分の意見を言えることは良いことだが、もう少し遠慮とかしてくれても良い気がする。

 

獪岳はリンクと合流しても不機嫌そうな表情は崩さず、地面に置いていた丸いものを二つ持ち上げると、そのうちの一つをリンクに差し出してきた。

 

なんとなくランプに似ていた。

 

しかし全方向を照らすように設計されたあれに比べたら前部に大きなガラスのレンズがあり、全体的に四角くて上の部分に持ち手らしきものがあった。

 

 

「ほら」

 

「? これは?」

 

「懐中電灯だよ懐中電灯。そんなことも知らねぇのか」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 

獪岳はリンクに暗い中でも灯を点けることができるという懐中電灯を手渡すと、自分の分である懐中電灯を持ち上げ、後部にあるスイッチを押してカチッという音をさせると前方に眩いほどの光を放つ。

 

 

「じゃあ早速行くぞ、こっちだ」

 

「あぁ、うん」

 

 

そう言われて先に行く獪岳という少年の後をついていくリンクは、顔は笑っているように見せているものの微妙に困った表情を見せている。

 

何となく気まずい。

 

そりゃあ遅れてしまったリンクが悪いのは確かだが、彼の方が先輩であるというのならばもうちょっと余裕のありそうな態度を取ってくれても良いのではないだろうか。出来の悪い後輩には優しくしない係の人格者なのか、獪岳はリンクにこう話しかけてくる。

 

 

「任務の内容はちゃんと読んできたのか?」

 

「あぁ、うん。ここから近い場所にある村に住んでいる人々が一夜にして消えてしまったから、その原因を調べてほしいってことだったよね?」

 

 

任務の内容が間違っていないか、リンクはもう一度確かめるように腰にあるポーチに仕舞っていた鎹鴉から渡された手紙を取り出して読む。

 

 

「ここ最近でそういった事件が各地域で相次いでいて、原因については何もわかっていないものの、唯一の共通点は“派手な血痕があったのに対し周囲に遺体が全くなかったこと”であり、おそらくは何者かによって村人達は誘拐されたのではないか········って書いてあるね」

 

「········」

 

「この“派手な血痕があったのに対し周囲に遺体が全くなかった”っていうのが俺はどうしても気になる。誰かに襲われてしまったのは明らかだけど、村人全員が行方不明になってしまったというのならば犯人は相当なやり手なのかもしれない。村の規模にもよるけど各地域の村で同様のことが起きているのなら、それだけの人数を一人残らず殺して全員の遺体を持ち去るのは非常に困難だ。犯人の目的は知らないけど、誰にも気付かれずに一夜で遺体を持ち去るのは正直言って人間業とは思えないから、おそらくは『鬼』の仕業。だから俺達に調査の任務がやって来たんだろうけど──────って、どうかした?」

 

「いや、別にどうでもいいことだけど、なんか──────」

 

 

手紙に書かれている内容を丁寧に読み上げて自分の考えを述べていると、獪岳が何やらキョトンとした顔で首を傾げていることに気付いて、リンクがどうしたのかと訊ねたら彼はこう言った。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「········え?」

 

「俺自身は外人と直接話したことはないけどさ、港とかでたまに見かける貿易商の外人達が話してる日本語はどいつもこいつもなんか片言で辿々しい言葉だったからさ。それに比べてアンタの話している日本語は俺らみたいに普通で聞きやすかったから。しかも手紙の内容もちゃんと理解してるし、いつどこで日本語を学んだんだよ?」

 

「あぁ、えっと········」

 

 

そう言われてリンクは今気付いたみたいな顔をしながら、どう答えた方がよいのか迷ってしまう。

 

今更ながら気付いた。

 

そういえばリンクはいつの間にかこちらの言語を理解している。

 

ハイラルにいた頃、鬼達の話している内容も普通に理解していたし、だが意味まではわかっていなかった。たとえば『にほん』という単語、鬼達が必ずと言っても良いほどに口にしていたこの言葉は『日本』という国名であったことは、こちらの世界に来てからようやく理解できた。

 

それで、どういう字を書くのかも知らないうちに知識として身に付いていた。

 

だからだろうか、鎹鴉に渡された手紙も普通に読んでいたし、何の違和感も感じていなかったから今まで疑問に思わなかったが、獪岳に言われて確かにと思った。

 

別に教えてもらっていないのに、いつ知ったのかはリンクもわからない。

 

でも、何となくだが心当たりはある。

 

おそらく──────“骸骨の剣士”の記憶の追体験による影響だ。

 

断片的ではあったが、あの剣士の記憶がリンクの記憶に置換されたことで日本語という異世界の言語を理解してしまったのかもしれない。

 

憶測であるため何の確証もないが、あれ以来リンクは日本語の文字を問題なく理解している事から多分そうだ。

 

とはいえ、そんなことを説明しても納得できるわけがない。

 

普通に日本語を話していることを疑問に思った獪岳には何と説明して良いのやらと必死に頭を働かせていると、

 

 

「ま、そういう奴もいるか。日本語を翻訳する外人とかも普通にいるらしいし········そんなことより、任務についてだけど········」

 

「え? う、うん········」

 

 

予想に反してリンクが答える前に彼が勝手に納得して話題を変えてきた。

 

彼が最初に言った通り、そんなことは別にどうでも良かったのか興味が一気に薄れたような態度になる獪岳。

 

彼はかすかにため息をし、前を向くと、

 

 

「今回の任務は聞いての通り調査しかやらないから、正直に言って簡単なものだ。本当なら新人であっても難しさなんてものは問わずに問答無用であらゆる任務をこなさなければならないんだ。だからいきなり異能を使う鬼とか、最悪の場合は“十二鬼月”と戦わされることもある。でも、アンタは運がいい。詳しい原因はまだよくわかってないんだけど、今ちょうど鬼共の出没がどういうわけか減っててさ、俺達がやることといったら鬼がどこに行ったのか、そして何でいなくなったのかの調査が主で、ほとんど巡回警備しかしてねぇんだよな」

 

 

この少年はどうやら鬼共が急に現れなくなった理由をまだ知らないらしい。

 

十二鬼月のことを知っているのならば、上弦という強敵が二体も倒されていることも知っているはず。であれば、それ経由で鬼となっていた竈門禰豆子が太陽を克服したことは既に鬼殺隊全体に知れ渡っていてもおかしくないはずだが、獪岳のように知らない者がいるということは、その情報は“お館様”によって一部の隊士達には伝えていないという可能性が高い。

 

産屋敷から何も聞いていないので確証はないが、だが確かに、竈門禰豆子が太陽を克服した今それが鬼側の手に渡ったら、鬼の始祖は完全に不老不死となり、朝も活動できるようになってどれだけ日輪刀で斬り刻んでもすぐさま元に戻り、倒す手段が何もない正真正銘の怪物と化してしまう。

 

だから知っている者はごく一部でいいと判断したのだろう。誰に伝わっているのかはこの時点ではまだ知らないが、下手な事を言えば情報が鬼側に洩れて居場所を特定される恐れがある。

 

リンクは鬼共が消えたことについて心当たりがあるものの、迂闊にそのことを話したらあの子が危ない。

 

よって、リンクはその件については知らない体で話を進めることにした。

 

 

「そうなんだ」

 

「ま、だから別に何も気にすることとかないから大丈夫なんだが········」

 

「?」

 

 

そこまで話していた獪岳であったが、急にまたため息をついたと思ったら『チッ』と何故か小さく舌打ちをしていた。

 

前を向いているため顔は見えない。そして気のせいでなければ懐中電灯を持っている手が震えているようにも見える。緊張や恐怖で震えているようには見えない、懐中電灯を握る手がさらに強くなっていることから、力を入れすぎての震えだった。

 

つまり今獪岳は、苛ついている。

 

何故獪岳が急に苛ついているのかはわからなかったが、ずっと小声でぶつぶつと何かを呟いている。

 

ものすごく小さい声だったので聞き取れた言葉は少なかったが、リンクの耳には『なん·······俺が』や『こんな········ない任務に』と『ふざけや········俺はもっと』などという断片的な声が入ってきた。

 

断片的すぎて何言ってるのかわからなかったが、その声はどれも不満染みたもので、獪岳はおそらくこの任務に対してよく思っていないらしい。

 

それ以降、獪岳はリンクと特に言葉を交わすことはなく、ただただ目的地まで歩いていった。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

村の入り口に辿り着いた。

 

入り口といっても何か門があるわけではなく、そのまんま村が畑に囲まれた場所の中にあった。

 

一夜にして人が消えたと言われている村。

 

そこはまさしく、しんと静まり返った夜の闇。人の気配どころか物音一つしないその静けさが恐怖を煽る。

 

ここはハイラルではないから傭兵などといった用心棒を雇うこともなく、誰にも頼れずにただ消失することしかできなかった跡地。もはや何があっても頼れるものは自分達の剣のみ。改めてそのことを頭に浮かべ、リンクと獪岳も静かに口に溜まった唾を喉の奥にゴクンと流し込む。

 

少なくとも、今目の前の村で待っているものは単なる事件ではない。

 

一夜にして人が消えたのだから、明らかに人の業ではない異能が関わっている。

 

何者かが悪意を持って計画的に仕掛けていった成れの果てとして残された、唯一の手掛かり。

 

そして村の中に入っていくと、改めて気付く事がある。

 

 

「········錆臭い」

 

 

民家のあちこちから刺激臭がする。

 

死戦を潜り抜けてきたリンクでも顔を顰めるそれらはどれも金属が酸化したような臭いで、この辺り一帯の家の中から臭うことからして、そこらの地面に転がっている鉈や鍬のような物から発生しているとは思えない。

 

もっと悍ましい、そして家の中のあちこちに赤黒く染まっているものからして、

 

 

「········血か」

 

「あぁ、大方予想通りだな。こんなことは俺達にとっちゃ日常茶飯事だが、だとしても村一つ壊滅させるほどに喰い荒らしていくなんてな」

 

 

獪岳は辺りをよく見回せるように懐中電灯の灯りをあちこちに照らし、ここで起こった出来事をより明確にするように観察していく。今リンク達がいるのは大通りなのか、彼らは大きく開かれた道の真ん中までやって来る。

 

そこまで歩いても人の気配は一切せず、そして周りの家はどれも酷く傷つけられており、目も当てられないほどに無残な状態となっている。

 

横に引いて開ける扉は蹴り破られたのか、問答無用で家の外へと倒れている。そんな家の中からは更に酷い悪臭がする。崩壊の危険があるので中には入らず、壊された扉から家の中を見てみると玄関口には住民の物と思われる草履が散乱しており、布団などを入れておく障子まで何かが貫通していった形跡があり、そして布団がまだその中にあったということは家に住んでいた者達が襲われたのはまだ寝る前、つまりは夜になってまだ間もない時間だったということを、壊れた障子の奥からわずかにはみ出ている布団の一部が物語っている。

 

外の壁なんか崩壊の一歩手前。

 

つい最近まではちゃんとしていたようだが、何かの圧力が内側から加わったことで壁が崩れ、外にいくつもの瓦礫が落ちている。斜めに傾いている家もあれば、既に入ることもできないほどに跡形もなく崩壊している家まであった。そのどれもが内側から壊されたように瓦礫が外側へ飛び出している。

 

生存者については絶望的だろう。

 

ここで起こった事に関しては手掛かりが少ないから『誰かに襲われた』としか説明できないが、獪岳はそれで充分だと判断したのか、来た道を引き返すようにリンクに背中を向けて言う。

 

 

「ま、どう見ても鬼の仕業だろうな。こんな状態にするなんて人間業とは思えねぇし、消えていった奴らもその鬼に喰われちまったと見るのが妥当だな。よし、ここまでわかったんだからもういいだろう。さっさと帰るぞ」

 

「········」

 

「? おい、何してんだ? もう用は済んだんだからとっとと──────」

 

「おかしい」

 

「あ?」

 

 

獪岳はそのまま行こうとするが、リンクはこの村の状態に違和感を感じていた。

 

家は見るも無残な姿に変えられ、人の気配は一つもない。ならば獪岳の言う通り鬼に喰われたと思うのが普通だろうが、だとしてもおかしな点がある。

 

 

「手紙にも書いてあったけど、“派手な血痕があったのに対し周囲に遺体が全くない”のはおかしすぎる」

 

「ああ? そりゃ鬼が綺麗に喰っちまったからだろ? 鬼ってのは強欲で暴食だからな、髪の毛一本でさえも奴らにとってはご馳走なんだろうから、喰いきれなかったとしても遺体を根城にでも持ち帰って──────」

 

「だとしてもこれだけ綺麗に喰っていくかな? 鬼が喰うのは人の肉だけだろう? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「服ごと喰っちまったんだろ? それか蒐集品として持ち帰ったか、そういう鬼もいたって聞くぜ?」

 

 

もちろんその可能性だってあるだろう。

 

でもリンクは違和感が拭いきれず続ける。

 

 

「そうかもしれないけど、でも鬼が襲ったっていう割には侵入の痕跡も不自然だよ」

 

「どこが? めちゃくちゃ家壊されてるじゃねぇか。扉も壊されてるし、襲撃してきた鬼が自慢の怪力で強引に押し入ったって証拠だろ?」

 

()()()()()()()()?」

 

「········は?」

 

 

言いながらリンクは壊された扉の方に近付いて、懐中電灯の光を当てる。

 

 

「どの家もそうだったけど、中に侵入するんだったら普通扉は家の中の方に倒れているんじゃないか? 鬼が扉を破れる怪力があったとしても、わざわざ外側に倒す意味がわからない。蹴り破るのと同じように内側に倒した方が効率がいいはず。なのに全ての家に共通して扉が外側に倒れてるって、これはどう考えても家の中にいた住民がやらないとできない現象だと思うんだけど」

 

「じゃあ逃げようとしたって事だろ? 鬼が襲ってきたから逃げるために扉を開ける動作を短縮して、外側に倒して──────」

 

「確かに、慌てていたから靴も履く暇もなく外へ逃げようとしていたことは玄関を見ればわかる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? この通り一帯に裸足のような足跡はないし、それだけじゃない」

 

 

そのままリンクは立ち上がると、今度は歩いてきた道の地面を照らし、

 

 

「どの家の中にも血痕があったのに対し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。村人全員が外に逃げようとしたのなら誰かの足跡は残っていてもいいはずだし、でも消えてしまったということは誰も無事に村の外には出られなかったということ。そして村人を襲ったと思われる鬼の足跡もどこにも残っていない。獪岳がさっき言ったように、鬼が遺体を持ち帰ったんだったら通りの何処かに足跡だけじゃなく被害者達の血の一滴でも垂れていたとしてもおかしくはない。でもそれがない、なら───」

 

 

ここを襲撃したのが鬼だったとしても、明らかにおかしな点が多すぎる。

 

まず、これだけの地獄絵図が広がっている中で遺体がなく、血痕しか残されていないのはちょっとおかしい。わずかでも肉片が残っていてもおかしくないのに、それが一切ない。さらに、原型もなく喰い荒らされても天井及び壁にも血が飛び散っていることからして襲撃者が人間ではないことは確かだが、では何故これだけ暴れたのに通りには血が残っていないのか。

 

それに、仮に村に住まう住民の遺体を全て運んだのならば、通りにその痕跡があってもよいはず。

 

血を流さないように細心の注意を払って運んだなんて、家に血痕を残している時点でその線は薄い。それにたとえ荷車に乗せて一気に持ち運んだとしても、その重量によって車輪の跡が深く地面に刻まれているはずだ。

 

でもそれもないし、裸足で逃げたような足跡もない。

 

最後に、外側に倒れている扉がどうも気になる。

 

外に出ようとして内側から強引に押し倒したというのなら納得できるが、であれば一人くらい裸足で逃げた跡が通りに残されているはず。

 

なのにそれがないのならば、これは明らかに不自然だ。

 

証拠がないのは確かだが、逆になさすぎると不自然に感じ、それがむしろここで何があったのか状況を知る上での手掛かりとなる。

 

玄関口に草履が残されていることから村人達は確かに家の中にいた。

 

家が見るも無残な状態なのに対し、外には足跡も血もない。

 

鬼が人を喰ったのなら、逃げた足跡が残っているはずなのにそれもない。

 

そこまで考えて、リンクは周囲一帯に灯りを当てて結論を述べる。

 

 

「村人を襲った襲撃者は、今もまだこの村に潜んでいる可能性がある」

 

 

それがリンクの導き出した答えだった。

 

人が逃げた形跡だけでなく、鬼が出入りしたような跡もない。

 

たとえ鬼が足跡を残さないような形状をした異形の鬼だとしても、何かしら残っていないとおかしい。まずリンクがハイラルで戦った蛇の形をした鬼であっても、蛇ならば這いずった腹の跡があるはず。仮に地面を潜ったのならば、掘り進めた跡としてどこかに大穴が残されているはず。

 

空を飛んだ、それもあり得るだろうが人をこれだけ喰ったのならその重量は倍となるだろうし、そうなったら鬼はそれこそキンググリオーク並みの大きさで、それを支えるほどの翼がなければ飛べないだろう。

 

何も残っていない。

 

ここまで言ってまだ何か可能性があるというのなら、もはやそれは幽霊としか考えられない。

 

全てを逆から考えた上での結論で結局はわからないということになるが、それでもここまで考えたリンクは獪岳に言う。

 

 

「もっとよく調べてみよう。ただの襲撃にしては明らかに不自然だ」

 

 

そう提案し、リンクは村全体を調べて回ろうと先へ進もうとする。

 

だが。

 

獪岳はそんなリンクに呆れたように告げる。

 

 

「いや············アンタの推理は大変面白いものだったけど、それらはなんの確証もない。そんな状態で探し回ろうだなんて出来るわけねぇだろ」

 

「え? でも───」

 

「それに思ったんだけど」

 

「?」

 

 

獪岳はわざとらしく懐中電灯をリンクの方に向けてくる。

 

その眩しさに腕で目を隠すリンクに獪岳は鋭く言う。

 

 

「さっきも言った通り、鬼共は近頃人前に姿を見せてないんだよ。なら、ここで起きたことは鬼じゃない可能性だってあるわけだろ? なんでいきなり出没しなくなったのかは知らねぇけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「!?」

 

「だったら、この事件はそいつらの仕業だってことも考えられるわけだし、そしてそれは鬼殺隊の仕事じゃない。俺達は鬼を倒すための組織だ。そんな化物を倒しても何の手柄にもならねぇし、ここで起きたこともそいつらの仕業だったのなら、俺らの出る幕じゃねぇんだよ」

 

 

獪岳はあっさりとそう言った。

 

自分自身でも仮説の域を出ないものであるはずなのに、彼は何もかも終わらせるように言葉を続けていた。

 

そこまで言い終えた獪岳は、またため息をついて、

 

 

「悪いが俺は手柄にならないような任務は御免なんだよ。変に関わって無駄死になんてのも嫌だし、俺はこの辺りをある程度見終わったら報告書をまとめるために帰らせてもらう」

 

 

獪岳はそう言うと、来た道を引き返してしまう。

 

でも少しは思いやりの心が残っていたのか、一度だけこちらを振り返り、

 

 

「アンタも無駄死にしたくないなら、これ以上の調査は無駄だと思うんだな。鬼の被害が少なくなった今、それと代わって現れた化物に一々関わってたら命がいくつあっても足りねぇ。生きてさえいれば何とかなるんだから、余計なことにまで首を突っ込むのは得策じゃ──────」

 

 

と、獪岳が言っていた時だった。

 

リンクは黙ったまま獪岳の目に当たらぬように前方に懐中電灯を照らしていたら、

 

()()()()

 

()()()()()──────()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「!? 獪岳ッ!!」

 

「あ?」

 

 

慌てて懐中電灯を捨て、リンクは獪岳の方に走り出す。

 

リンクはすでに背中にあるマスターソードを、そして盾を取り出して獪岳を庇うために肩でタックルし、彼を突き飛ばした。

 

そこに。

 

ガシッ!! と。

 

獪岳を突き飛ばしたリンクの足が『何か』に強く締め付けられた。

 

 

「!?」

 

「なっ!?」

 

 

二人は自体の把握のために冷静になろうと努めたが、それは難しかった。

 

地面から突然現れた影──────『白い腕』

 

それがリンクの足首を掴んでいるせいで、彼の体は宙に持ち上げられる。

 

 

「ッ!?」

 

 

しまった、とリンクが叫ぼうとした時には視界がぐるんと反転し、頭を下にして宙吊り状態となってしまった。天地が逆で視界がおかしくなっているせいか狙いが定まらない。

 

そして変化はすぐに起こる。

 

これまでになく静かに地面から『何か』が出てきて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、突如として姿を現したのだ。

 

 

「なん─────!?」

 

 

疑問の言葉を口にする余裕もなかった。

 

そんな怪物が現れたと同時に、建物のあちこちから『白く細い腕』が大量に現れる。

 

腕を何本も地面から生やした怪物の全身は滑らかな肉質で、鱗といったものはなくただ血飛沫のような不気味な模様が浮かび上がっており、胴体の真ん中から伸びているのは腕だろうが、それはまさしく鎌のような鋭利な形状をしている。

 

怪物は猫背が酷い体を揺さぶるようにして地を這うように前進し、そして迫り来るその怪物の顔は恐ろしく、長い首をもたげると、鋭い牙を生やしたその口でリンクを捕食しようとしてくる。

 

夜の恐怖に相応しい姿をした怪物は、その姿を目にしてしまった獪岳でさえもその影響から逃れられない。

 

そんな獪岳に、リンクは一瞬で判断して叫ぶ。

 

 

「隠れてろ獪岳!! こいつ鬼にしては普通じゃない!!」

 

「!?」

 

「早くッ!!」

 

 

二人で挑んでも無駄だと思ったリンクは、突き飛ばした獪岳に退避するように指示する。

 

そんな指示を聞いた獪岳は恐怖に震えるように青ざめた顔をしていたが、リンクの言葉に素直に従って慌てて起き上がって走り出す。

 

獪岳が無事に家の陰へ移動するのを確認しつつ、

 

 

(何なんだこいつ!? ハイラルから来た魔物じゃない!? こんな奴ハイラルで見たことない!! だとしたら──────!!)

 

 

鬼。

 

そう考えるのが妥当だろう。

 

しかし鬼にしてはあまりにも恐ろしい。まるで幽霊のような皆が恐怖となるような要素をそのまま形にしたような風貌だった。

 

だがいつまでも考えてはいられない。

 

このままでは喰われてしまう。

 

幸いにも武器を先に抜いていたこともあって急いで自分の足首を掴んでいる腕を斬ろうとするものの、リンクを吊り下げた腕が乱暴に振り回すせいで視界が揺れて中々狙いが定まらない。

 

血が頭にのぼって真っ赤になりながら、気分が悪くなる前に急いで脱出の手段を探す。

 

もう怪物の顔が目と鼻の先だった。

 

 

「くそ!!」

 

 

リンクはやむなく盾を一度手から離すと、足を鷲掴みにしている腕を掴んでマスターソードで切断。

 

地面に背中から落ちるものの何とか脱出に成功し、すぐに慌てて起き上がって体勢を立て直す。距離を置くために前転するように回避行動を取り、だがそのせいで離した盾はその場に置き去りになってしまう。

 

距離を置いた今、簡単に掴まれることはないだろうが、もし鋭い一撃を盾を持っているはずの左側に喰らったら致命傷になりかねない状態になってしまう。そしてさらに、リンクが脱出した頃にはあの怪物の姿はどこにもなく、だがあの不気味で細く白い腕だけは変わらず残されていた。

 

一体どこに行ったのか、姿を捉えるために周囲を見回していると、突如頭が何かに掴まれる。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

それはあの腕だった。

 

死角から襲ってきた腕はどこからでも生えてきて、もはや地面に引き摺り込もうとしているのではないかというくらいに大量にあちこちに現れていた。

 

リンクが捕まっていると、またあの怪物が姿を現す。

 

怪物が現れた箇所をよく見ると、穴を掘って出てきたわけではなく、本当にそこから姿を現したようであった。

 

水から顔を出すように、怪物が出てきた地面には放射状の波紋が広がっていた。

 

これがあの怪物の移動手段。

 

地面を一時的に液状化させて泳ぐように移動し、そして自身の分身である腕が対象を捕まえたら捕食のために姿を現すらしい。

 

怪物は踊るように体をくねくねと揺さぶり、頭を上げてリンクに近付いてくる。

 

しかしその速度はあまりにも遅すぎる。まるで死体が歩いているようにも見えた。

 

だからリンクは余裕を持って冷静に考え、まずは怪物のことなど気にも留めずに掴んでいる腕を斬るために勢いよく振り上げる。腕に掴まれて背中を無様に曝け出している今の状態では、脱出できたとしても細かな狙いなどつけられないだろう。

 

弱点である頸を正確に狙えても武器がブレて上手く斬れないなんてことにもなりかねない。

 

ならば、と。

 

リンクは腕をぶった斬ると、急いで振り返ってマスターソードの刀身に手を添えるように掴む。

 

こちらに近付いてくるのはわかっていた。

 

であればあとはタイミング。

 

腕を斬るとこいつの本体は隠れるように地面へと消え、そしてまた捕まると姿を現す。そう読んだリンクは充分に引き寄せたことを確認し、腕を斬ると同時に次の動作に切り替える。

 

ちょうどいい具合の距離にまで近付いた怪物の頸は高い位置にあり、そこを狙うにはリンクの身長では足りなすぎる。

 

よって。

 

リンクは素早い切り替えに対応できるようにマスターソードの刀身を掴んだまま跳び上がった。

 

 

「セェヤァッ!!」

 

 

地を蹴って跳んだリンクは、ブレまくっているマスターソードの刀身を支えるように手で固定し、そのまま怪物の頸を斬り上げて撥ね飛ばした。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

死による断末魔を叫ぶ間もなく、怪物の頸は鬼と同じように塵となっていく。

 

その撥ね飛ばされた頭は地面に落ちることなく空中で分解され、そして体もすぐに崩壊して跡形もなく消えていった。

 

 

「············ふぅ」

 

 

リンクは無事に倒せたかどうかを最後まで確認していた。何事もなく怪物は消え去ったが、それでもリンクはマスターソードを背中の鞘に戻すことはなかった。

 

 

「············」

 

 

鬼にしては呆気ない。

 

あれだけ恐ろしい見た目をしておきながら、かなり早く終わってしまった。おそらくではあるが、今の怪物が村人達を消し去った原因なのかもしれないが、だとしても弱すぎる気がする。

 

それに何だか知性が感じられない。

 

鬼ではあるのだろう。

 

一瞬『瘴気の手』の亜種的な存在かとも思ったが、だとしてもハイラルにこんな見た目の怪物はいなかった。ならば考えられるのは鬼しかないが、しかし鬼ならば人間並の思考があっても良いはずだ。奴らは鬼となった際に人間としての倫理感を捨て、けれど人の頃に身に付いていた知識は残されている。

 

でも今戦った鬼は、どこかただ襲ってきたみたいな感じがした。自我と理性を失った結果、捕食だけを考えており、それ以外のことは全く考えていない。

 

竈門禰豆子のように思考が退化したというより、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「妙だ」

 

 

今までのような禍々しい雰囲気もない。酔っ払いのような存在が絡んできたような感触。

 

その違和感が拭いきれないまま、リンクは落とした盾を拾って剣を背中に戻す。

 

と、そこであることを思い出した。

 

 

「無事か、獪岳────」

 

 

言いかけた言葉が止まる。

 

リンクが隠れていろと指示した獪岳の名を呼んだ時、()()姿()()()()()()()()()()

 

彼が隠れていたと思われる場所へ行って探しても、獪岳らしい姿は見当たらない。あれだけ鬼を滅することを誓った証を背中に刻んだ隊服を着込んだ少年が、どこにもいない。

 

 

「獪岳!?」

 

 

一瞬で表情を歪めるリンク。

 

どこを見回しても獪岳の姿は完璧に見つからない。近くには彼が持っていたと思われる懐中電灯が落ちており、レンズ部分が割れていた。

 

そして。

 

その付近には新しい足跡があり、おそらくはこれは獪岳のものだ。

 

 

「獪岳!? 何処だ!?」

 

 

リンクは初めに周囲を見回し、それからその跡を追っていく。

 

急いで獪岳を見つけなくては。

 

この拭いきれない違和感がまだ続いている状況下で、彼を一人にしておくのは危険だ。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

リンクが戦っている。

 

()()()()()()

 

 

「はぁ、はぁッ!!」

 

 

崩壊した村の中にある家の陰に駆け込んだ獪岳は、そこで鬼にしては恐ろしい怪物の姿を目にした瞬間に慌てて逃げ出していた。リンクが隠れていろと指示したから家の陰でそのまま様子を窺っていたが、あまりにも常軌を逸したその姿に命の危険を感じ取って、リンクが戦っている間に自分は逃げていた。

 

背中の刀を抜くこともなく、自分の恐怖に素直に従って廃墟となった村を駆け抜けていく少年は別の通りへ一気に飛び出す。

 

月明かりの降りる村の一角で、リンクと怪物の戦いが続いている。

 

その音が遠ざかっていくことを認識した途端、獪岳はその場に座りたくなる衝動を必死に堪え、夜空を見上げて息を吸う。

 

 

「は、ハハ············!!」

 

 

また生き残った。

 

そのことを褒めるように歪んだ笑みを浮かべる獪岳は、震えが止まった足を動かして再び歩き出そうとする。

 

と、その歩みを止めることが起こった。

 

 

ザッ、と。

 

 

一つの音。

 

足音にも聞こえ、そしてそれは獪岳が今いる通りの先から響いてきた。獪岳の行く先には一本しか道がない。周囲は崩壊した家だらけで、その隙間を埋めるように瓦礫が散乱している。

 

人の気配が全くないので、ここにいるのは自分だけであり、遠くの方ではリンクが今怪物と戦っている。

 

そんな開かれた道に、前から誰かがやって来た。

 

············邪魔だと思った。

 

逃げる先にたとえこの村の生存者が生き残っていたとしても、彼には保護するつもりは毛頭ないのか、獪岳は警戒もせずにどんどんと歩を進めていく。 

 

その何者かは、人が五人は並べるほどに広い通りの真ん中で、まるで獪岳の行く先を塞ぐように立ち止まり、立ち塞がる。 

 

その人影は、

 

 

()()()()······()()()()()()()()()()······()()()()()()()()()()······()()()()()()()······()()()()()()()()

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

リンクはとにかく急いでいた。

 

獪岳の足跡を追って、焦りのあまり生まれた額に流れる汗を拭いながら素早く地面に残された手掛かりへ目を落とす。

 

 

「何処だ獪岳!?」

 

 

元々リンクは長距離走にそこそこ自信がある。

 

走らずに体力さえ温存していれば、夜通しでも普通にハイラルを一周できるほどだ。ただしペース無視の全力疾走を続けては、土台長距離は不可能だ。 

 

でもこの短距離ならば全力で走っても問題はない。そもそものんびりとしている場合ではない。急いで獪岳の姿を見つけなければならないのだ。

 

通りと路地を交互に縫い走り、瓦礫を飛び越えて走り抜けていたところ、

 

 

「!?」

 

 

()()()()()()()()()()()

 

それは周囲の家にこびりついた村人の血ではない。それよりもさらに酷い、ここからでもわかるほどの鋭い悪臭がした。

 

リンクは眉を顰めたが、これが何の臭いなのかを考えている余裕はない。とにかく獪岳の足跡を追っていく。

 

と、ちょうど今リンクが走っている隣の家の向こう側から、思いもよらない声が飛んできた。

 

 

「ガバッ!?」

 

 

何やら水っぽい音が響いてきた。

 

それは澄んだ水ではなく、もっと濁った、そして粘りのある液体をごほごほと苦しそうに咳き込んだことによる異音。

 

その短い咳き込みの声、それを聞いた途端にリンクは叫んでいた。

 

 

「獪岳!?」

 

 

慌てたリンクは思わず行く先を塞いでいる瓦礫を突き飛ばすように、盾を構えながら勢いを殺さずに突っ込んでいく。

 

そして激突。 

 

ドゴシャアッ!! という凄まじい音が炸裂して、瓦礫が蹴破るように前へと吹き飛ばされる。そして勢いに負けて、リンクは体勢を崩すように通りに転がり出た。

 

盾を掴む手を強く握り締め、辺りを見回したその先で、

 

 

血。

 

 

村の中にある通りなので一本道しかないその場所で、見知った顔の少年がうつ伏せで倒れており、そんな彼の周辺に悍ましい色の液体が溜まっていた。

 

地面に染み込んでいく液体は、間違いなく鮮血。

 

リンクは赤色の噴き出した一点を、呆然と見る。

 

さっきまで一緒に行動していた────()()()姿()()

 

 

「獪岳!?」

 

 

獪岳は自身を守り、戦うためにあるはずの得物をどういうわけか地面に置いており、そんな彼の隊服の部分から滲み出る液体は少年の全身を真っ赤に色を変えていた。そんな血とは対照的に、顔から手足の先まで真っ青に色が抜けていっている。

 

一体彼の身に何があったのか、その答えはすぐにわかった。

 

 

()()()······!?」

 

「!?」

 

 

唐突に響いてきた、低い声。

 

それは前方から聞こえ、ちょうど獪岳の目の前。

 

 

そこに佇む────影。

 

 

それを見た瞬間にリンクは得体の知れない悪寒を覚えた。

 

かつてない、もはや自分の常識が一気に崩壊させられてしまうくらいの圧倒的な存在感。自己を形成する、勇気という名の生存本能でさえも抗えない程の邪悪さ。

 

獰猛にして凶暴。

 

勇気を無力化させてまで内から心臓を突き破ってくる程の恐怖を、リンクは必死に押し殺してなんとか抵抗を試みる。少しでも目を離したらそこで死ぬと確信させる殺意の波動を、リンクという剣士は真正面から受け止めてみせる。

 

そして。

 

声を発した張本人である影も、意外そうな声を零していた。

 

だがリンクを見た途端にその声の色は歓喜に変わった。

 

 

()()()······()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()······」

 

 

リンクはこの異常な事態に対して啞然としていた。やや緊張感の欠けた表情だったが、即座に切り替えるようにリンクは表情を変える。

 

剣と盾を構え、立ち上がる。

 

 

「何だ、お前······ッ!?」

 

 

戦闘態勢に切り替えたリンクの口調が一変する。

 

いつもの優しさに溢れた感情は捨て、低い声で訊ねながら目の前の敵を睨みつける。

 

対して。

 

影は自分の姿を遮っている闇を拭うように、真っ当な人間が出すようなものではない足音を響かせる。耳から聞こえる音は普通だった、しかしその影の圧力が並外れているのか、一歩一歩踏み出すごとに大型の魔物が闊歩する時のような低い振動が全身の神経に伝わってくる。

 

 

「私は────」

 

 

その常識はずれな力の片鱗。

 

あるいは明確化された殺意。

 

暗闇から近付く音が示すものは、もはや戦闘以前の理不尽な暴力だった。

 

 

「“十二鬼月”·········“上弦の鬼”が一人────」

 

 

そして。

 

暗がりに佇んでいた新たな脅威をリンクのその目に灼き付ける。

 

闇の中で唯一浮かぶような、まさに『月』の如き圧倒的な存在感を放つ『鬼』がそこにいた。

 

 

 

 

 

「“黒死牟”─────お前のその頸、貰い受ける」

 

 

 

 

 

リンクを見て、不気味に嗤う鬼の顔。

 

 

その顔から睨む、六つの瞳。

 

 

その中でも一番リンクを睨んでいたのは────『上弦の壱』という文字が刻まれた二つの瞳。

 

 

 

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