鬼滅の伝説   作:織姫ミグル

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第七章

 

 

時は少し遡り。

 

リンク達が件の村の調査をしている中、別の村で動きがあった。 

 

一筋の光も刺さぬ闇の中。

 

“その男”は残酷な笑みを浮かべながらそこに住んでいた村人達を────“()()()()()()()()

 

 

「が············ぐおばッ!?」

 

 

掠れたどころか血が溜まったような声が喉奥から絞り出される。皮膚の内側にあった血液が濁り、どんどん死滅して肌を真っ青に染めていき、最終的にはもはや人の面影すら無くなった。

 

形状はどこか“妖怪”に近い。

 

古来よりこの日本では、科学で説明できない怪奇な現象やその原因となる不可思議な存在を『妖怪の仕業だ』と考え、人知を超えた力で災害や恐怖をもたらしていると語り継がれてきた。

 

一般的に“鬼”や“天狗”に“河童”といった存在が日本では広く知れ渡っており、そのどれもが人を喰う化物とされている。そもそも化物は人を喰らうのが当たり前だと考えられていて、そしてそいつらは超自然的な現象を起こすだけでなく人を喰らって強くなるとも言われている。

 

しかし、現在進行形で今鬼とされている者は違う。

 

その姿は日本でよく知られているような、角を生やしていたり、虎柄の下着に赤い肌を持ったような形ではなく。

 

もっと恐ろしい、近いもので表現するならば“海坊主”だろうか。

 

黒い坊主頭をした巨大な妖怪のような姿へと変わっていく村人は、“その男”に血を注がれてしばらく経った後、どこからともなく鳴り響いた琵琶の音によって虚空へと消え去った。

 

 

「············鬼へと変えた者達はどうであった、“黒死牟”?」

 

「············」

 

 

同時に。

 

そんな“彼”の後ろに控えていたのは、死神の鎌のように鋭い瞳が六つもある鬼武者。

 

“彼”が一番信頼している部下であり、そして裏切られたことで、本当ならば視界に入れることも腹立たしい。十二鬼月の中で最も異端で実力があるとされている、『上弦の壱』の鬼。

 

鬼の身でありながらも侍としての誇りを捨てきれないのか、今自分にとって脅威に感じている“あの影”との再戦を強く望んでいる。そんな何ともくだらない理由で初めて裏切った自分の部下。

 

信頼していたからずっと心を読まないようにしてやっていたというのに、『鬼の始祖』は埋め込んだ自身の細胞を通して奴の記憶の中を覗き込む。

 

頭の中を覗き込んで記憶を追っていくごとに、彼の表情は不快そうになる。

 

 

「産屋敷一族と太陽を克服した鬼の捜索、そしてあの“剣士”と“影”を始末するという簡単な任も熟せないお前達に与えた············()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、嘘偽りなく答えよ」

 

 

記憶を覗いた上での問い掛け。

 

初めから答えを知りながら、こちらのご機嫌を取るために何か虚偽を述べたらその時こそ確実に始末するという目付きをして『上弦の壱』である黒死牟を睨む“鬼舞辻無惨”。

 

その手にはまだ血を注いでいる村人の姿があった。

 

体を保つことすら困難になった元人間は『鬼の始祖』である無惨の血に負けて細胞が壊死して派手に破裂した。黒死牟がここに来なければ、自我は失うものの延命はできたはずだ。しかし今無惨は不愉快極まりない状態になっており、誰でもいいから八つ当たりしなければ収まらなかった。

 

無惨が各地の村を襲っている目的。

 

それは少なくなっていた────“()()()()

 

先日の刀鍛冶の里の件で貴重な上弦の鬼を二体も失い、さらに“正体不明な影”によって自分の鬼達が奪われていたことを知って、無惨はその穴を埋めるように村を襲っていた。

 

本当ならもう増やしたくないのだが、戦力は多い方がいい。

 

しかし、黒死牟の虚偽の報告があってからというもの、無惨はより一層他人に対して警戒するようになり、だったらもう嘘をつくという思考すら無くなるよう、ほぼ暴走状態の鬼を作ろうとしていた。

 

現状作れるのは下弦ほどの力を持った個体のみ、それ以上となると崩壊してしまう。

 

元々、十二鬼月になれるものは極めて稀で選ばれた存在だった。

 

だから上弦とまでは行かなくとも下弦並みの力を持った鬼を自我が失っても構わないから大量生産しようと、全国各地で地図にも載っていないような田舎の村ばかりを狙っていた。

 

ここはそのうちの一つ。

 

その最後の貴重な生き残りを黒死牟が現れたせいで無駄にしてしまった。

 

自分まで働いているというのに呑気に目の前に現れた黒死牟を睨む無惨。

 

そんな彼を前にして、黒死牟は無礼を働かぬように両膝を付いて、言われた通り事実のみを答える。

 

 

「日本各地の辺境の村にて、急速に鬼へと変えた者達の、実力については、ご承知の通り。下弦と同等の力を宿しているものの、やはりどれも、すぐに死に絶える。持って、数日。人の肉を喰わせれば、一月と延びるものの、それでも戦力としては程遠く、あまり良い策とは言えな────────」

 

 

ミシッ!!

 

話している途中、黒死牟の六つの瞳から血の涙が流れる。同時に、極限まで鍛え上げられたその肉体が悲鳴をあげ、激痛のあまり血を吐く。

 

無惨が表情を顰めた。

 

たったそれだけで黒死牟は息をすることすら困難になった。

 

まさにそこらに落ちている虫の死骸でも見るような目付きで黒死牟を見下すと、無惨は不快げな口調で言う。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()············と、言ったはずだが?」

 

「············ッ!!」

 

 

無惨は自分の聞きたいこと以外の話までしようとする黒死牟に腹を立て、青筋が顔面全体に浮かび上がる。彼の声が響き渡る度、周囲の建物が揺れ動く。まるで巨人が近くを通過しているのではないかと錯覚するほどの振動が周囲全体に伝わっていき、最終的には壺や甕などの割れやすい物はその圧力に耐えきれずに四散する。

 

彼が黒死牟に近付き、その声がより聞きやすい距離になると、内外からの圧力が激しく増加し、いつその体が崩壊してもおかしくない状況になった。

 

それでもまだ死なないのは黒死牟の精神が並外れているのか、もしくは無惨が手加減しているのか。

 

死ぬよりも恐ろしい激痛に耐え、黙ったまま主の言うことを聞いていた。

 

 

「私には私の計画があるのだ。それをお前は今否定しようとしたな?」

 

「も、申し訳、な────────!!」

 

「口を開くな。あれ以来お前も他の者達と同様に頭の中を覗くことにしたが、やはりお前は『上弦の壱』という立場に自惚れているようだな。十二鬼月の中でも最上位に数えられたからと言って、何も特別になったわけではない。その位置に立てただけの功績を挙げられないのであれば意味がないというのが何故分からん?」

 

「────────ッ!!」

 

「私が鬼を増やしている一方で、残されたお前達は特に何の成果も上げず、ただ時間を無駄にするだけ············一体お前達は何のために存在している?」

 

 

話せば話すだけ苦しみが続く。

 

それをわかっていて無惨は敢えて話を長くしているのか。身体中の皮膚から血が吹き出し、口に鼻、そして腰に吊るしている『異様な刀』からも血が溢れてきている。柄にある『目玉』から血涙を流し、鞘の中からも血が溢れ出し、どんどん地面が真っ赤に染められていく。

 

あれだけ言っても何も学ばない自分の配下に痛みを以てわからせる鬼舞辻無惨。

 

黒死牟は何も言い返さず、頭を下げて懺悔に徹する。

 

 

「お前のくだらぬ意見など聞いていない。そんな暇があるのならば、お前も私の役に立つような人材を─────」

 

 

そこで。

 

無惨は唐突に言葉を切った。言葉をやめたと同時に黒死牟を縛り付けていた激痛も収まり、罅割れるように広がっていた傷口も消えていく。

 

無惨は黒死牟から視線を外し、どこか遠くを眺めていた。

 

その視線の先、ここではない別の場所、それも遥か遠くの地。

 

それほどの距離になれば流石の黒死牟にだって分からないが、無惨には見えている。鬼舞辻無惨は己の血を分け与えた者の思考を読み取ることができる。姿が見える距離ならば全てを知ることができるが、かなりの距離をあけられると鮮明には読み取れなくなる。

 

しかし、位置は分かる。

 

今彼らが必死に手に入れようとしている“()()()()()()()()”と“()()()()()”を除いて、全ての鬼の位置を把握している無惨だからこそ、その『異常』に気付いていた。

 

無惨は自分の言いたいことも忘れてしまったかのように、感じ取った『異常』へと目を向けていた。

 

 

「············黒死牟」

 

「············」

 

 

黙ったまま会釈だけをする黒死牟。

 

返事をしなかったことを咎めることもせず、無惨はただ話し出す。

 

 

「ここから遥か東············以前、私が村人どもを鬼へと変えたあの村に、()()()()()()()()

 

「!!」

 

「やはり無理に鬼へと変えたせいか思考も視覚も乱れていて何者かまでは分からなかったが、どうもその者は愚かにも鬼と戦っているらしい············もしかしたら“鬼狩り”かもしれん」

 

 

鮮明には読み取れず、視覚の共有もできないから誰なのかも分からない。

 

だが、その鬼の感情。

 

遠い距離にいるからあまりこちらには伝わって来ず、しかしわずかながらも読み取れた。

 

今その鬼が抱いている感情は、“殺意”だ。

 

この短期間で鬼へと変えられた者が抱く感情は限定されており、『殺す』か『捕食』の二つのみしか考えられないようになっている。裏切ることも嘘の報告もさせないために敢えて思考を鈍らせたのだが、異常を察知するとなったらやはり不便だった。

 

けれども鬼の殺意が膨張していくのを見ると、誰かが近くにいるのは明らかだ。

 

鬼は人を喰らうので、殺意が湧くとしたら捕食の時のみ。

 

であれば、今村には人間がいる。

 

普通の通行人ならばすぐに喰われてしまって殺意もすぐに収まるはずだが、そうではないということは“そいつ”は抵抗している。上手く逃げ続けている可能性もあるだろうが、確かあそこにいた鬼は村全体に腕を生やすことができ、その無数の手によって対象を捕獲することができたはず。

 

通常の人間ならば為す術もなくそのまま喰われて終わりだろうが、そんな鬼相手に抵抗しているということは“鬼狩り”の可能性がある。

 

無惨達は今、“鬼狩り”側にいる“()()()()()()()()”を何としてでも手に入れようとしており、鬼殺隊達の跡を追って居場所を特定しようとしている。

 

無惨はしばらく考えると、黒死牟に向かって命令する。

 

 

「急ぎ様子を見に行け。万が一、いや誰であろうと殺すのは当然として、鬼狩りであった場合は息の根を止める前に“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。いいな?」

 

「············御意」

 

 

べんっ!!

 

黒死牟が頷くと同時に琵琶の音が響き渡った。

 

その瞬間に彼の体は虚空へと消え、無惨の前からいなくなった。

 

 

「············」

 

 

冷気が周囲を満たす。

 

もはやこの村には誰もいない。どの建物も無茶苦茶に破壊されている中、無惨だけがそこにただ一人佇んでいた。

 

一気に表情を消す無惨。

 

何百年も生きてきて、ようやく願いに手が届きそうなこの状況。

 

自分の計画を狂わせるようならば、たとえ誰であろうと容赦はしない。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

時刻はすでに深夜の四時を回っているだろう。

 

リンクは異様な緊張に包まれている空間の中で立ち尽くしていた。

 

彼だけじゃない。

 

身長は一九◯を優に越えようか。その巨躯に恵まれた鬼はリンクを見下し、ただただ興味深く眺めてきている。 

 

その姿は不気味で、()()()()()()()()()()─────どこかあの“剣士”を思わせる。

 

しかしあの“剣士”とは程遠い邪悪さ、ただならぬ威圧感を身に纏う鬼にリンクは警戒することしかできない。

 

二人とも、動く機会を逃していた。

 

蒼い衣を身に纏っているリンクも、石を敷き詰めた床みたいな紫の柄の着物を着ている鬼も敵意を抱いているのに動こうとしない。

 

死人のように肌は青白い鬼、“黒死牟”と名乗ったそいつはやがて六つの瞳を動かして、こちらを見て薄ら笑いを浮かべている。

 

六つの瞳の奥から鋭い視線がリンクを刺した。

 

 

(“上弦の鬼”············ということは以前戦った玉壺っていう鬼の仲間か。だとしてもあれとは比べ物にならないほどの重圧ッ!!)

 

 

その姿を見れば見るほど自慢の勇気が失われていくような気がした。

 

リンクだって様々な強敵と戦ってきたが、ここまで圧倒的に緊張してしまうのは『厄災の復活』以来だった。

 

つまりは、それだけの力を秘めた強敵ということだ。

 

この鬼が上弦の中でも特別な位置にいるというのなら、今までの経験など役に立たないと言っても良いかもしれない。リンクは『魔王』の手によって生み出された魔物達と何度も戦ってきた実績があるが、だからと言って安心できる訳がなかった。奴の迫力から感じる力が本物なら、こいつはリンクの精神を上回り、一瞬でこちらを斬り伏せる腕前を持っているのだ。

 

退魔の剣に選ばれた勇者云々の前に、瞬殺される危険すらある。

 

それに、だ。

 

今倒れている獪岳の様子がよく分からない。

 

だが彼の周囲に血が溜まっているのを見ると、奴が何かをしたのは明らかだ。しかし状態が理解できない。怪我はしていないように見えるが、出血が酷い。あの鬼が何かをしたのは分かるが、一体何をして獪岳をあんな状態にしたのかまでは分からなかった。

 

毒の類でも飲まされたのか。

 

あんな不気味な『刀』を腰に収めているのに、わざわざ毒を飲ましたというのか?

 

 

「············ッ!!」

 

 

考えていても仕方がない。

 

そう思うようにリンクは首を横に振る。今はとにかく目の前の鬼に集中だ。

 

─────と思った時だった。

 

ビュオッ!! と。

 

瞬きの間もなく、風を切る音が聞こえてきた。

 

 

「ッ!?」

 

 

悪寒に襲われて反射的に背後に跳躍すると、風切り音と共にリンクがいた箇所に凄まじい速度の斬撃が走る。

 

その正体は、斬撃の塊だ。

 

空気を切り裂き、リンクのいる位置のまで斬撃を飛ばす技。

 

今までリンクのいた箇所には、へこんだ半円模様の跡が無数に残されていた。

 

 

(見えなかった·········ッ!? 技の動作も、いやそれどころかアイツが動いた姿も全く見えなかったッ!?)

 

 

血の気が引いたリンクの耳に、異様な呼吸音が聞こえる。

 

その音を響かせているであろう鬼の方を見ると、奴はさっきと変わらない姿でそこに佇んでいた。腰にある『刀』が奴の武器だろうが、それを引き抜いて振り回したような動作が全然見えなかった。

 

抜いたのは抜いたのだろう、だがリンクの動体視力でも追えない高速の抜刀だったのだ。

 

刀を納める姿すら拝めない一連の動きにリンクは息を呑む。

 

太刀筋が見えないのでは技の効果も理解できず、対抗する手段すら思い浮かばない。技を繰り出すタイミングも、その流れも、リンクが得意とする相手の弱点を見破ることもできない。

 

何もかもが今までの相手を上回っていることがわかると、リンクの背筋に寒いものが走り、冷や汗が滴る。

 

 

「今のを避ける、か。やはり、“あの影”が認めているだけは、ある」

 

「? あの、“影”?」

 

 

気になる単語を口にした鬼、黒死牟にリンクは怪訝な顔をする。戦いの最中であっても急に訳のわからない話題を出されたらそんな顔にもなるのはある意味当然と言える。

 

しかし今はそんなことに対して疑問を抱いている場合ではない。

 

この鬼と戦っても勝てるという確信が持てない。

 

リンクの動体視力でも太刀筋が見えない以上、勝ち目はほぼゼロに近い。

 

 

(ならば·········!!)

 

 

何としてでも、“獪岳を連れてこの戦場から離脱する”。

 

それだけを考えればいい。

 

それ以外のことは一切考えるな。

 

こいつに勇敢に立ち向かって勝てるなんてことを考えるほど、リンクは愚かではない。自分の力量は自分がよくわかっている。

 

夢の中の話とはいえ、一度も勝てたことがないあの“骸骨の剣士”並みの剣速を繰り出せる相手に立ち向かえば、どうなるのか目に見えている。

 

しかし。

 

相手の方もそう易々と見逃してくれるはずもない。

 

なかなか、どうして。

 

難敵。

 

 

「フッ!!」

 

 

全ての優先順位を考えた瞬間、リンクは即座に作戦を決行。

 

足元の地面を蹴り上げ、一瞬で間を詰めると、有無を言わせず掬い上げるような剣撃を繰り出す。角度も速度も全てが悪くない一撃だった。

 

 

「········」

 

 

上弦の鬼、黒死牟はリンクが突っ込んでくるのがわかると特に表情も変えず、ただ躱して後ろへと退がった。

 

別にリンクは攻撃を当てようなどとは思っていなかった。

 

ただ、近くにいる獪岳から離れさせたかっただけ。

 

そのために無謀な賭けに出たのだ。

 

もしかしたらそのまま激戦の幕が上がっていたかもしれない、そのまま返り討ちにあったかもしれない。だが奴はそうしなかった。奴の方もまた、リンクの力量を見定めようとしているのだろう。リンクの剣速や技、その他の力も見るために最初は下手な行動はせずに様子を窺うはず。

 

そう読んだリンクは一か八か攻撃に出てみた。

 

予想通り、黒死牟は攻撃を躱し、獪岳のいる位置から距離をとった。

 

それを確認したリンクは後ろにいる獪岳を見る。

 

医学を学んでいるわけではないから彼の容態を詳しく説明できないが、非常にまずい状態だった。

 

出血の量が酷すぎる。

 

苦しみのあまり顔は青褪め、死人の一歩手前みたいな姿になっている。

 

すぐに専門の医者に見せなければ命が危ない。

 

それを改めて実感した直後、

 

 

「悪くはない、が─────」

 

「!?」

 

()()()()()

 

 

瞬きの間。

 

黒死牟の声が至近距離で聞こえた時、リンクは再び血液が凍り付くような悪寒を感じ取った。

 

 

()()()()()()()────()()()()()」 

 

 

それはほんの一瞬の出来事だった。

 

視界に黒死牟の姿を捉えた時には、

 

目にも止まらぬ速さで攻撃が繰り出されていた。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

「················ッ!?」

 

 

死を悟った。

 

だが、生きている。

 

生存本能が先に彼の体を動かし、咄嗟に身を屈めたリンクはそのまま黒死牟の背後へと回る。素早い横回転で敵の背後に回り込み、無防備となっている敵の背中を斬りつける技で回避したが、命の危険を感じていたあの状況では攻撃へと繋げることは難しかった。

 

そんな咄嗟に身を屈めて回避したリンクの真上を、何かが突き抜けた。

 

黒死牟を見ると、やはりというか恐ろしい剣速で技を放ったであろう『刀』は既に腰に納まっていた。

 

刀身すら見せずに攻撃を放つ黒死牟に、リンクは奥歯を噛み締める。

 

彼が避けれたのは生存本能が働いたというのもあるが、咄嗟の判断というのもあっただろう。

 

黒死牟の武器である『刀』は、左側の腰に納まっている。ならば抜刀されれば振るわれる方向は『横』の確率が高く、そして左側にあるということは黒死牟の利き手は『右』であることが分かる。したがって振るわれる方向はリンクから見て右から左へ、その流れさえ予知していれば躱せる。

 

リンクの体は即座に反応し、左脚をまず脱力させて斜めに身を屈ませ、刃が通過する方向に合わせて背後へと回り込んだ。

 

よって、リンクは無事だった。太刀筋が見えなくても、ある程度の予想をしていれば躱せないことはないのだ。

 

とはいえ、かなり危なかった。

 

今のはもはや先程と同様、賭けに近い。

 

やはり太刀筋を見極めなければ、勝ち目はない。賭けにばかり出ていたのではいずれ運が尽きて、そこで死に至ることになる。躱すことだけに徹していても、いつまで避け続けられるかわからない。

 

─────生還は絶望的だった。

 

いつもなら回避直後に起きる現象も、すぐに解除される。そもそも攻撃が見えないのではあの境地に入ることはできない。さっきのはたまたま、運が良かっただけであり、躱すことだけを考えていたから攻撃に繋げるということさえも頭になかった。

 

 

(本気でまずいな···············せめて何か前触れのようなものでも分かれば─────ッ!!)

 

 

と、不意にそんなことを思った時だった。

 

リンクは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「素晴らしい」

 

「!?」

 

 

そんなリンクの耳に、黒死牟の称賛する声が入ってくる。

 

 

「並みの剣士なら、躱すことも叶わず、今の一撃で仕留められたのだが··············お前はそうではないようだ」

 

 

しかし、と。

 

黒死牟はどこか遺憾に思うように、

 

 

「私の攻撃を追えぬようでは、“あの影”には遠く及ばぬ。何故“あれ”が、お前に対して執着しているのか··············理解できない」

 

「··············ッ!!」

 

「どうやら、買い被り過ぎで、あったようだ。お前は··············弱い」

 

 

それが黒死牟の出した評価。

 

リンクは、戦うに値しない存在。

 

自分を初めて討ち負かした“あの影”が気にしているというから、もしかしたらと期待していたが、どうやら勘違いであった。てっきりあれに並ぶほどの実力があると信じていたのに、期待を裏切られたことに黒死牟はつまらなそうに全ての目を細めた。

 

今までのは運良く躱せただけ、それは奴の六つの瞳がそう伝えていたから知っている。

 

その六つの瞳は相手の動きを先読みするように、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、その動きを良く見れば相手が次に何をしようとするのかを予測できる。

 

だからこそ分かるのだ。

 

リンクの今の動きは、感知して動くには何もかも遅すぎる。

 

つまりは勘頼り。

 

それではいつかは死ぬことになる。

 

リンクの実力の限界を知った黒死牟は彼に蔑んだ目を向け、腰にある刀の柄に手をかけた。

 

柄にも鍔にもぎっしりと並んでいる目玉さえも、リンクに対して冷ややかな視線を向けているような気がした。

 

 

「もはやお前に用はない」

 

 

最後にそう告げ、そうして今度こそ確実にリンクの目には映らない速度で振るわれるであろう大技を放つ大勢に入る。

 

先のように横一閃に薙ぎ払うだけでなく、広範囲に斬撃を放つ。

 

その技の型。

 

それを繰り出すために、長年鍛え上られた肉体に空気を取り込む。

 

空気を凍りつかせるような呼吸音。

 

直後、

 

 

()()()()()()()────()()()()」 

 

 

誰が見ても霞んでしまう速度で振るわれる刀。

 

刀身を捉えることもできず、大きく真横に振り抜かれた刀から放たれる細かい三日月型の斬撃は、リンクがいる空間を埋めるように辺りに不規則に飛んでくる。

 

軌跡すら追えず、リンクの体はバラバラに斬り裂かれ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────お労しや、兄上。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザシュッ!!

 

血が噴き出す音が聞こえた。

 

だがそれはどういうわけか、()()()()()()()()()()()()

 

奇妙にも、

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

合図はないように思えた。

 

だがリンクは、その一瞬の出来事を聞き逃さなかった。

 

 

「ッ!!」

 

 

何の前触れもなくリンクが動いた。タイミングを見計らうなんてこと、こんな奴相手に通用するわけがない。

 

だから。

 

もう一度。

 

彼は一か八かの賭けに出た。

 

リンクの耳、ハイリア人特有の長い耳は神の声を聞くためにあるのだという。

 

そして幾多の死戦を乗り越えてきたリンクは五感が異常に優れ、聞こえる範囲も反応する速度も並外れている。

 

だから聞こえた。

 

 

技を放つための────“()()()()”が。

 

 

それを聞いた瞬間に即座に動き、“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

躱せばあの“自分だけが動ける世界”に入れるが、その隙も与えない速度で振るわれる黒死牟の動きにはついていけない。

 

だから彼はそのタイミングを見極め、“呼吸の音”が聞こえた瞬間に地を蹴っていた。

 

音速の域に達したことによって、地面を滑る足から爆炎のような火花がリンクの軌跡を追いかけた。しかし火花に追いつかれるよりも先に素早く、右手に持つ退魔の剣が容赦なく黒死牟に襲いかかる。

 

ザシュッ!!

 

リンクの神速の剣撃が黒死牟にぶつけられる。

 

もう、攻撃を当てるということしか考えていなかった。

 

よって、出した技の名前なんて知らない。

 

ただ夢中に。

 

 

あの時────“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

この土壇場で、一か八か、ほぼ見様見真似な状態で放つ技。

 

マスターソードの軌跡が火のように燃え上がり、熱を放つかの如く紅蓮に染まりかけた刀身は、黒死牟の頸に深く食い込んだ。

 

ゴフッ!!

 

粘りのある音が黒死牟の口から吐き出た。

 

目にも止まらぬ速さで放たれたリンクの技、それが黒死牟の頸を斬り裂いた。

 

が、

 

 

(くそ··············()()()()()()()!!)

 

 

頸を断つにはわずかに力が足りなかった。

 

そもそも、この技を出すには圧倒的に『何か』が足りていなかった。

 

その『何か』、それを知っていたリンクはその後に来る反動に苦しむことになる。

 

 

「かは────ッ!? がふっ、ごほっ!?」

 

 

人間は息をしないと死んでしまう。

 

黒死牟を通過してその後ろの地面に落ちたリンクは、息をした瞬間にいきなり肺が燃えるように熱くなった。

 

激しく咳き込む、肺を満たす空気が燃焼によって失われていくような感覚がする。あの技を出したせいで、まるで長距離を全力で走った以上の苦しみが襲いかかる。

 

リンクは、今手に持っているマスターソードを再び手に入れるために体力を上げていた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

だから各地の祠を回って、自身を蝕んでいる『魔王の瘴気』を浄化してもらうついでに体力も最大まで回復させていたのだが、そんな状態の彼でもたったの一回で崩れ落ちてしまう技の反動に苦しみ悶え、リンクは咳と吐き気で血管が破裂しそうだった。

 

そう。

 

今の彼に足りないもの。

 

 

それはまさしく、あの黒死牟でさえも使っている────“()()()()

 

 

技を出す際に奴は“月の呼吸”と言っていたため、それに気付いたリンクは通常の息をするのとは違う、技を放つための呼吸の音を聞き分けて、そのタイミングを見極めて躱すことができた。

 

それによって一撃を与えれたが、生半可な攻撃では頸を斬れないと本能で察していたため、未完成ながらも“骸骨の剣士”の記憶から受け継いだ技の一つを繰り出した。

 

 

「ぐ─────ッ!! ──────ッ!!!!!??」 

 

 

だが、たったの一回でこの反動。 

 

リンクはここに来て、何故他の鬼殺隊がこの技を習得せず、各々の技に無粋で余計な手を加えられていたのか、その答えを知った。

 

────反動が強すぎるのだ。

 

ある程度の制御法として、“呼吸法”を極めた上で自分に合った型にするために純度を落とした状態でなければ常人には動く事も適わないほどに。 

 

“骸骨の剣士”の言う通り、鬼殺隊の最大の武器である“呼吸法”も身につけていない今のリンクでは、精々一回が限界だった。

 

たったの一回。

 

それだけで彼は再起不能の状態に陥ってしまった。

 

つまり。

 

あの“骸骨の剣士”に教わろうとしているものは、人間にできる所業以上の価値がある技だということだ。

 

 

「··············ッ!!」

 

 

リンクが反動で苦しんでいる一方で、黒死牟は今の光景が信じられなかった。

 

六つの瞳を持ってしても、リンクの速度を追えなかった。

 

それだけじゃない、今の技。

 

あれが繰り出される瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()

 

実際、“()”まで聞こえた。

 

予見することができる自分の目が全く役に立たなかったことと、対峙している剣士が自分の“()”の姿に見えてしまったことに驚きを隠せない黒死牟は、頸が落ちぬように手で支え、後ろにいるリンクを睨みつける。

 

血を吐きながら灼けるように激痛が走っていることに腹を立て、割れそうなほどに歯を噛み締め、記憶の奥底にまで染み付いて離れない“弟”の姿を鮮明に思い出す。

 

何百年経っても忘れることができない、この世の理の外側にいる、神々の寵愛を一身に受けた、自分の弟。

 

六つの瞳を限界まで開いて牙を鋭く剥き出しにし、思い出したくもないものを蘇らせたリンクに殺意を膨張させる。

 

 

「何故、だ··············ッ!?」

 

「··············ッ!!」

 

「何故、お前が··············その技をッ!?」

 

 

歪めた表情で問い詰めるも、リンクは答えない。

 

そもそもそんな状態ではないのだ。

 

余裕もないし、体力も一気に削られた。何とか地面から身を起こすも、視界が激しく揺れ、耳鳴りなんて酷すぎて黒死牟が何を言ったのかさっぱり理解できない。

 

しかし。

 

リンクは確信した。

 

黒死牟にとって、あの“骸骨の剣士”の技には何かよくない思い出があることに。

 

余裕に満ちた表情に酷い困惑が加わった黒死牟は、腰にある刀を抜くという考えさえない。無理もないだろう、あれだけ躱すことしかできなかったリンクが一気に間合いを詰め、そして自分の頸を斬り落とす一歩手前までの状態にしてみせたのだからなおさらに。

 

黒死牟は頸の傷を再生することに集中している。

 

頸は鬼にとって最大の弱点、肉や骨といったものを治すのとは訳が違う。鬼にとってそこは心臓部位であり、そこが損傷すればどんな鬼でも弱体化する。

 

つまり、今が好機だ。

 

奴は今動揺している。

 

リンクの繰り出した技によって動揺し、落ちてはいないものの頸が斬られたことで技の威力も落ちている。

 

弱っている今ならば、確実に倒せる。

 

絶望的だった状況がひっくり返るという嬉しい誤算にリンクは最後の最後まで諦めず、剣を握り締め、ただひたすらに前へと進む。

 

リンクは周囲のこともろくに把握せず、ただ黒死牟の落ちかけている頸を狙うことしか頭にない。

 

それが間違いだった。

 

 

ドスッ!!

 

 

リンクの後ろの腰。

 

そこから奇妙な音と共に、灼けつくような激痛が走った。

 

 

「エ··············ッ?」

 

 

何が起きたのか、それすらも把握できなかった。

 

意識がよくわからん状態になっている中、自分の身に何が起きたのか、実感を得られたのは視線を後ろに向けた時だった。

 

()()()()()

 

この村全体から村人達がいなくなった空間で、リンクと黒死牟以外の誰かがそこにいた。

 

しかしそれは、新たに登場した人物ではなかった。

 

ずっとそこにいた、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”。

 

 

「か、い··············が··············く··············???」

 

 

リンクは目に映った光景が信じられず、喉を震わせながらその名を呟いた。

 

その顔は間違いなく、“獪岳”そのものだった。

 

しかし、あらゆるところが変貌していた。

 

目の白目部分が黒く染まり、暗い碧目はより邪悪さが目立つように変色している。頬には刺青のような模様があり、耳はリンクのように長く尖っている。

 

だがその姿はお世辞にも神聖なハイリア人とは程遠い。

 

近いもので言うのなら、“鬼”だ。

 

そんな彼が握っているものが捻られると、それに連動してリンクの体に強烈な痛みが走る。

 

 

「ッ!?」

 

 

背骨を伝って上半身へと広がる痛みは電流のように激しく、リンクの体を強張らせる。

 

リンクを縛り付けている激痛の原因となっているものが引き抜かれると、彼は痛みに耐えきれず体をくの字に曲げ、それと同時に口の中いっぱいに鉄の味が広がる。口に溜まった液体が水圧となって閉じている彼の口を強引に抉じ開け、地面に真っ赤な鮮血を撒き散らす。

 

 

「あ、がっ!! ごぼっ、ぐはッ!?」

 

 

よろよろと。

 

リンクは千鳥足となった足で、不安定な体を動かして後ろを向く。

 

一気に引き抜かれたのは、鬼を滅するための武器、日輪刀。

 

真っ赤に染まっている刀身を見て、その持ち主である獪岳は口から吐き出される気色悪そうな舌で舐め取ると、初めて味わった快感に身を震わせる。

 

 

()()()

 

 

獪岳の声が聞こえる。

 

傷口を両手で押さえているリンクに向かって、獪岳は嘲るような口調で言う。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「か、かいが──────ッ!!」

 

「ま、詰まる所、俺はもう鬼殺隊でも何でもない。だからお前を生かしておく理由はないからな·············悪いが、死んでくれ」

 

 

体の内外共にボロボロとなったリンクには、もう目で見て避けるだけの機敏な動きはできない。

 

再び突っ込んでくる獪岳を見て思考は完全に停止、絶望に染まった表情からは哀しみのような色が出ている。

 

それを見ても何も思わない獪岳は、

 

()()()()()()()()()()()()()()──────()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ッ!? ギャッ!?」

 

 

悲鳴をあげて獪岳が顔を覆う。

 

肌が焼け爛れ、その感じたこともない痛みに苦しむ。

 

 

「ッ!!」

 

 

それは黒死牟も同じだった。

 

リンクと戦う時、時刻はすでに深夜の四時を回っていた頃だった。冬の朝日は早く、ましてやこの村があるのは東側。太陽が当たるのも早く、その異常に気が付いた黒死牟は鬼と化した獪岳の元へと駆け出していき、その体を軽々と抱え上げると建物の陰となる場所に身を隠した。

 

その陰から。

 

べんっ!!

 

という音が鳴り響くと同時、気配もそこで消え去った。

 

 

「あ·············あ、ぁ·············ッ!!」

 

 

リンクはそれどころではなかった。

 

刺された箇所から流れる血が止まらない。武器はすでに地面に落としており、腕に力が入らずぶらぶらと揺れている。傷口が熱く感じるのと同時、それ以外の箇所からは寒気を感じる。

 

命が消え行くような感覚。

 

血まみれで息も絶え絶えの中、リンクはついに力尽きて倒れ込む。

 

どちらが上でどちらが下なのか、もはや認識ができていないリンク。

 

 

シャリ、シャリ············

 

 

そんな彼が最後に聞いたのは、妙な足音だった。

 

骨が擦れるような音は、こちらに近づいて来ている。

 

幻聴か。

 

それとも黄泉の国へと誘うためにやって来た死神の足音か。

 

音がする方へと目を向ける。

 

 

明滅する視界に映ったのは──────()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

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