鬼滅の伝説   作:織姫ミグル

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第八章

 

 

疑問に思ったことはないか?

 

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───ベチャ、ドチャ

 

 

突如現れた『黒い沼』が徘徊する音は耳障りで、剥き出しになった神経を逆撫する。

 

沼の底から這い上がってきたのは、あの“影”だ。

 

全身が闇に覆われた“影”は、崩壊した街並みの中を歩いていた。元々“コイツ”はそういう場所に出没する魔物なのだ。誰も来ないような、そして『死者の怨念』が溜まりそうな場所を好んでそこに潜む。

 

“影”、『魔王の分身』の力の源は『闇』であるため、その場で無念にも朽ち果てた者達が残していった怨念を餌とし、そして『魔王の力』によって何度でもこの世に復活できる。

 

魔王の力で生み出された魔物達は、『赤い月』が昇ると自動で蘇る。『赤い月』には瘴気の力が宿っており、魔の力が満ちると倒された魔物が怨念となって元に戻るのだ。

 

しかし。

 

それはあくまで自分が生み出した魔物だけだ。

 

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『魔王』は神の力を手にしようと目論んでいたものの、神そのものになろうだなんて、そんなの傲慢だ。

 

死んだものを生き返らせることは流石の『魔王』にもできない。

 

とはいえ。

 

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『コォー·········』

 

 

冷たい呼吸が周囲に響き渡る。

 

『魔王』は以前、ハイラルの各地に『姫の姿をした偽物』を配置したことがある。目的は勇者や賢者達の妨害であるが、その姿はあまりにも『姫そのもの』であったため、皆が騙された。

 

つまりは、“擬態”だ。

 

見た目はどれだけ似ていても、中身は『魔王の分身』である。

 

百年前に存在した『占い師』もその力の一部を持っており、魔王の持つ瘴気の塊を利用して英傑達の姿を模した魔物を生み出していた。

 

しかし『魔王』の場合はあれとは比べ物にならない。魔王の擬態の能力は並外れており、声や喋り方だけでなく、動きまで完全再現できるため、戦闘方法まで真似ることができる。だから皆が騙されたのだ。剣の振り方であったり、技の出し方も全て酷似していたため、皆その人を本人だと錯覚してしまった。

 

“成り代わり”───とでも言うべきか。

 

そんな『魔王の分身』である“影”は、とある目的のために、この場所を訪れていた。

 

 

『·········近い』

 

 

悪臭が辺りに満ちている。 

 

いくつもの屍が放つ濃厚な死の香りだ。

 

そこはかつて、愛憎が渦巻いた街の跡。

 

男と女の見栄と欲が交錯し、貧しき女達は自分を商品として稼いでいた。治安維持と秩序のために周囲を塀や堀で囲い、その中でならば男と女はなんの接点がなくても互いを求め合うことが許される。幕府や藩から許可を得ているものの、それは見方によっては人身売買に等しい。

 

しかし、ここに来る女達は逆らえなかった。

 

借金を背負わされたことによってここに連れてこられ、強制的に男共への慰め物にされる。

 

だが、その代わりに衣食住は保証される。美貌を磨いて客を満足させ、さらに稼げるようになれば最高位の称号を与えられ、出世できれば裕福な家に身請けできる機会も与えられる。

 

苦界であっても、ある程度の幸せを味わえる夜の街。

 

欲を満たすための場所。

 

そんな闇が蠢く裏で華やかな艶街があった場所も、今では瓦礫しか残っていない。

 

いや、

 

他にも残されているものがある。

 

 

『死者の、怨念·········近い』

 

 

そんな街であったら恨みなどといった負の感情も溜まるだろう。

 

所詮は人の尊厳を無視して商売する無法地帯。正式な許可があっても、道徳的に間違っている場所ならば未練や怨念が残るのはある意味当然と言える。

 

“影”はそこに残されている気配を頼りに歩いていく。

 

“影”は『魔王の分身』であり、よって邪の気配を視認できるのだ。

 

そこで死んだ者達はどれも安らかさとは程遠く、ある者は血走った目をカッと見開き、またある者は顔を酷く歪めている。誰も彼も地獄でも見たかのような絶望的な表情を浮かべていた。

 

まさしく地獄絵図、といったところか。

 

本当はそんなことが起こることはないと思われていた街で起きた悲劇、“影”は煙火に蹂躙された街を見渡していく。数千人もの人口を有し、欲と娯楽などといった国内随一の賑わいを誇っていた“吉原・遊郭”だが、今は見るも無残な姿をさらしていた。全半壊した家屋は百を超え、その数は今もなお増え続けているらしい。街の復興作業は政府の手によって昼夜を通して行われているが、場所が場所だけに思うように進んではいない。散乱した多量の瓦礫が足場を悪くし、さらには秘匿性のある街でもあったため、出来るだけ表に出さないように細心の注意を払う必要があったからだ。 

 

最終的な被害の規模がどの程度になっているかは不明だが、少なく見積もっても街の半分近くは何らかの被害を受けたことになるだろう。

 

 

『·········ここか』

 

 

しかし“影”はそんなことは気にしていない。

 

ただ自分にとって有益な物になるかどうかで判断する。

 

死んでいった人の怨念など無視し、ただひたすらに邪の気配が強い方へと歩いていく。

 

そして、

 

見つけた。

 

 

『·········“上弦の怨念”』

 

 

通常、人には見えないがそこにあったのは、炎のような『禍々しい塊』だった。

 

およそ一万年ほど前、『魔王』の肉体が健全であった頃、障りのある土地に湧き出してくる『悪霊』と言い換えてもいい存在である“邪”が魔物として襲ってきたという。こんなにも死体がたくさん土へと還っている中で、特に禍々しい気配を周囲に撒き散らしているものがあった。

 

“上弦の鬼”

 

それは人類を脅かす天敵の最上位の存在であり、人の形をした化物である。見た目は個体によって様々だが、中でも上弦は他の鬼とは比べ物にならないほどに強く、そして恐ろしい見た目をしている。

 

その鬼から繰り出される圧倒的な力は、この“吉原・遊郭”の惨状を見れば一目瞭然だろう。

 

なのに。

 

それほどの力を有しておきながら───まさか人に負けるとは。

 

 

『嘆かわしい·········さぞ、無念であったろう·········』

 

 

すると突然、“影”はその塊に手を近づけると、掌から禍々しい力が宿ったものをその塊へと流し込む。

 

 

『復活させずとも、我が瘴気の力があれば替えは利く』

 

 

それは次第に形を成していく。

 

 

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『魔王』から生み出された瘴気がその場に残されていた“邪”へと流し込まれると、“死んだはずの鬼”が再びこの世に生まれ落ちる。

 

無論、それは本人ではない。

 

『魔王』が生み出した魔物であり、『魔王の分身』もしくは『傀儡』とも言える存在。

 

ただ残されていた怨念を利用して、瘴気を材料に形作っただけに過ぎないのだ。

 

けれど、

 

その再現度の高さは本人そのものと言える。

 

 

「「·········」」

 

『無駄口は不要·········行け』

 

 

“影”は冷たい目で見下ろしてそう言った途端、二人の足元に『黒い沼』のようなものが噴き出してくる。

 

同時に、二つの影は地面の中へと沈んでいった。

 

 

『·········フン』

 

 

月明かりもない、瓦礫だけが残された街の中、“影”はつまらなそうに鼻で嗤うと再び闇の中へと消える。

 

奴もまた、力を欲していた。

 

勇者だけを狙っても、意味がない。

 

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□■□■□■

 

 

 

監視砦。 

 

またはハイラル復興の重要拠点地。

 

そう名のつくものの、あまり復興が進んでいないのが現状だ。そこそこ大きな建物なのだが、目の前にあるハイラル上と比べると格段に小さく見える。無論、重要拠点であるからには他の場所に設置している所などとは比較にならない。 

 

そもそも、このハイラルは一度滅んだのだ。

 

今いる監視砦は元々王家が避難してくる場所として存在し、しかしその王家がなくなってしまったからもうここを利用する機会も失われ、ならばと唯一残された『ハイラル王家の姫君』はそこを拠点としてハイラルのあちこちを復興しようと計画していたのだ。

 

復興内容はもちろん壊された建物の立て直し、瓦礫や負の遺産の撤去、未来のために学校や施設などなど。

 

おそらくやることが多過ぎて、完全に復興させるには途方もない歳月が必要となるだろう。それどころか、もしかしたら今いるメンバー全員がその前に寿命が尽きるかもしれない。滅んだ国を元に戻すというのは、口で言うのは簡単だがやるとなったら想像以上に大変である。

 

国一つ。

 

広さはそこまででもない、日本で言い換えるなら京都くらいである。

 

だが、県と国とでは比較にならない。

 

一度滅んだということは資金も人材も足りていない。

 

しかし。 

 

それでもハイラルの復興は、ひたすら黙々と成果を上げ続けた。 

 

そしてそれらの行為はこのハイラルという国の中で信頼と権限を積み上げていく事となる。今でもまだ力は弱い方であるが、実質的な権限は完全にここ監視砦へと明け渡すほどの事態を招いていた。 

 

そういう事情もあって、今ではこの監視砦が国を統べるための中心核となっていた。

 

 

「各地の状況、報告して」

 

 

と訊ねてきたのは、この監視砦のリーダーでプルアと呼ばれるシーカー族の女性だ。

 

長い髪を頭の上でハート型にして纏め、キュートな眼鏡がチャームポイント。首のこりを治すようにリコーダーを叩いている姿はガラが悪そうに見えるが、これでもシーカー族に伝わった古代技術の研究を進めていたチームのトップを務めていた女性である。

 

 

「正直良くないデス、鬼という魔物による被害は未だに増え続けています」 

 

 

と、そう答えたのは彼女の助手であるジョシュア。 

 

プルアを真似ているのか、時々彼女の独特な挨拶をする際に出されるハンドサインを無意識にしてしまう小柄な少女は、本来ならハイラル復興よりも地底にある古代の歴史やら謎を解明するためのチームに属していたはずの少女だ。

 

 

「以前よりはまだマシなのかもしれないデスが、ところどころで強い個体が現れたという報告が相次いでいます。たとえば足がすごく速い奴だったり、笛を吹いて思考を混乱させる奴だったり、強固な糸を使って攻撃してくる奴だったりと。さらには瘴気を身に纏っているから攻撃されて怪我をしたら簡単には回復できないし、回復のためのヒダマリ草も足りなくなってきて、このままだとジリ貧となるかもしれないデス」 

 

「そう·········」

 

 

プルアはジョシュアが広げた地図に目をやり、わずかに視線を鋭くさせる。

 

これだけの強力な個体が何体も各地で暴れ回っている。腕に覚えがある者達が何人も重傷を負い、最悪な場合はそこで息を引き取ったという報告まである。

 

それらに、かつてハイラルを滅ぼした百年前に惨劇を思い浮かべるのは彼女だけではないだろう。

 

 

「シロツメ新聞社からの情報提供によると」

 

 

ジョシュアはとにかく報告を続ける。

 

 

「これまで現れた鬼と違って、その鬼達はどこか生気がないらしいデス。話していることから意思はあるのデスが、まるで傀儡のような、感情の一部が欠落しているかのように襲ってくると」

 

「どういうことそれ?」

 

「分からないデス·········」

 

 

申し訳なさそうに俯くジョシュアに、プルアは顎に手をやる。

 

 

「今までになかった敵·········これ以上負傷者も出したくないし、あぁもう! こういう時に“アイツ”がいてくれたらッ!!」

 

 

プルアに任された仕事はハイラルの復興であるが、本職は研究であるためこういうことは本来専門外だ。

 

言うまでもなく、プルアは誰かに命令するのは得意ではない。

 

研究のために事前にチームにやっておいて欲しいことは指示できるものの、敵の出方を先に読んで兵を向かわせるとか、必要な物資を届けるための手配とか、そんなもののために頭が良くなったわけではない。

 

軍事・防衛分野で組織や活動を管理・指揮・管制するための知識なんてほとんどないに等しい。

 

それでも姫に任された以上はやらなければならないというのが悲しいところだ。

 

だからほぼ直感で指示しているものの、どれもこれも無駄に終わっている。どれだけヒダマリ草やカガヤキの実を持たせても、相手が手強かったら負けるのは当然だ。ましてや初見の奴相手にすんなり勝てるわけがない。

 

そんな強敵達を相手にできる奴なんて、“アイツ”しかいない。

 

“アイツ”は初見の奴が相手でも、わずかな時間で弱点を見つける鋭い観察眼を持っている。各地に現れた魔物もほとんど“アイツ”が一人で倒しており、新たに現れた鬼だって退治した。

 

そこが“アイツ”の強みだが、今は行方不明だ。

 

面倒事しか持ってこない“アイツ”にはずっと悩まされるが、ここで小言を言っていても仕方ない。

 

 

「とにかく目の前のことに集中ね。最低でも情報を持ち帰ること、それと迎撃用にヒダマリ草もカガヤキの実も蓄えておかないと」

 

 

プルアはハイラルの地図を睨みつけながら、内心ではこれはもう自分じゃどうにもならないということを自覚していた。

 

あくまでも研究者である自分が国の危機へ対応する事、その重責。

 

これが世界の命運を託された者の重みか、これを“アイツ”はずっと背負ってきたのか。

 

今更ながらプルアはずっと彼に悩まされていたが、彼もまた悩んでいたのだと感じた。

 

自分も世界を邪悪な者達から守るために研究してきたが、彼が背負ってきたものとは比べ物にはならないだろう。

 

剣一つで厄災に立ち向かっていくその勇気、対して自分は安全圏から兵器の開発。もちろんそれが悪いとは言えない、後方支援であっても立派な戦力だ。けれども国の命運をかけた戦いをする者達は自分達以上の責任感を感じていたはずだ。

 

姫様だってその一人だろう。

 

だから『無能』と言われ続けてさぞ辛かったはずだ。

 

それでも諦めず、百年かかったが二人は見事厄災を封じてくれたのだ。

 

やはり、どこまで行っても二人と同じ場所には立てない。期待と責任、二つの重みを背負って立ち向かい、いつまでも自分の立っている場所が安定していられるかどうかも分からない状況で数々の強敵を討ち倒し、数々の悲劇を阻止してきた。

 

 

(やっぱり敵わないなぁ········あの二人には)

 

 

そう。

 

だからこそ、その存在は大きかった。

 

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(私じゃあの二人の代わりにはならない。でも、それでも! 今この国を任されているのは私なんだから、しっかりしなきゃ········ッ!!)

 

 

二人はここにはいない。

 

勇者の姫君。

 

そこにいるだけで流れを変えられることができる二人がいないのなら、自分達でなんとかするしかない。

 

そう思っているのは彼女だけではない。

 

各地にいる調査隊も、討伐隊も、市民達も。

 

賢者達だって。

 

各々決意を固めて自分のできることを精一杯やっているはずだ。

 

だから。

 

こんな報告が来ても狼狽えることはなかった。

 

 

「プルアさん!!」

 

 

監視砦の作戦会議室、その部屋の中に飛び込んできたのはシロツメ新聞社の記者であり、配達人のペーンだった。

 

ノックもなしに扉を開けて入ってきたペーンはとにかく慌てており、すぐに読んで欲しそうにカバンから資料を取り出して渡す。

 

 

「すぐにこれの対応を!! このままだと被害の拡大が·······ッ!!」

 

「わかったから、落ち着いて」

 

 

落ち着きのない様子で渡してきた書類は血まみれだった。

 

おそらく、これを書いた奴の血だろう。文字もブレブレで汚く、つまりはそれほど怪我を負っていた中で書いたというのがわかる。

 

プルアは書類を手にしたまま、わずかに喉を鳴らした。

 

文章を頭の中に叩き込むにつれて、苦い色が顔に出てきているのが良くわかる。

 

それでも、

 

国の未来を託された者が不安そうな顔をしてはならない。

 

よって、

 

彼女は冷静に告げた。

 

 

「急いで賢者達をここに集めて。これは早急に片付けなくちゃならない案件よ」

 

「わ、わかりました!!」

 

 

プルアの指示に従ってペーンは急いで飛び去っていく。

 

するとプルアはすぐに報告書を別の紙に書き写す。みんながちゃんと読めるような文字にするために正しく書き直すのだ。

 

彼女の落ち着いた手書きで書き直された報告書にはこうあった。

 

 

『始まりの台地にて、“カマキリ男”と“ミミズ女”の鬼の手により死傷者が多数』

 

 

実質的に大規模な討伐作戦が予想されるため、今いる最高戦力を向かわせる。

 

何もできなかった百年前とは違って、今度は敗北しないように万全の策を練っておく。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

「そうか、二人とも行方不明に··············」

 

 

お館様と皆に呼ばれ尊敬されている産屋敷耀哉の息はひどく乱れており、けれども報告はちゃんと聞いていた。

 

一羽の鎹鴉。

 

鬼殺隊は隊士と認められたその日から伝令役として一羽ずつ鎹鴉を与えられ、そして報告に来たこの鴉もそのうちの一匹だった。

 

元は誰かに仕えていたようだが、その担当の隊士が殉職したか、もしくは除隊したか。

 

あるいは──────

 

 

「報告を、ありがとう。彼なら、おそらく、大丈夫だ」

 

 

その鎹鴉は申し訳なさそうに鳴くと、そのまま飛び去っていった。

 

話を聞くと、村の調査に行った彼らがそこで行方不明となったのは、夜明けが訪れた直後だった。

 

入れ違いになったらしい。あの鎹鴉が担当していた鬼殺隊士はとにかく短気で、いつも八つ当たりしてくるらしく、それに怯えた結果いつも一緒にいるわけではなく、報告の時にのみ訪れるようにしていた。

 

それで。

 

今回はとある村の調査の任務を伝えると、八つ当たりされる前に退散したらしい。

 

夜明けが訪れたので様子を見に行ってみたものの、その村の調査を担当した二人は見つからなかった。付近も探し回り、そして鬼殺隊にとって傷を癒す場である『藤の花の家紋』がある家を訪ねてもそれらしき人物は来ていないと言われたらしい。

 

 

「耀哉様··············おそらくですが、二人とも──────」 

 

「いいや、生きているよ········少なくとも、彼の方はね」

 

 

妻のあまねがそう言おうとしたものの、耀哉が力なく笑う。

 

 

「心配は、いらない、よ。彼は、まだ、生きている」

 

「しかし········」

 

「不安になる気持ちも、わかる、よ。でも、分かるんだ········彼は、まだ、死んでいない、と········」 

 

 

強い不安に襲われているあまねに優しく微笑む耀哉は、息を途切らせながらもどこか自信があるようにそう言う。

 

耀哉の顔には大量の汗が浮かんでいた。

 

もう一刻の猶予もないというのに、そんな風に優しく微笑んでくれることに思わず目に涙が潤む。

 

絶望的な状況であっても、彼は決して希望を捨てない。

 

 

「君も、見たはずだ。彼の実力を········だから、絶対に、生きている」

 

 

根拠は何もない、強いて言うならば彼の勘だ。

 

目が見えなくなっても世界のあらゆる流れを読める耀哉は、今後どうなっていくのかを見通しているかのように言う。

 

 

「近い、うちに········また、戻ってくる。今度、は········更に、逞しくなって」

 

「········はい」

 

 

彼の持つ希望が失われていない以上、こちらも希望を失ってはならない。

 

耀哉の言葉に、あまねも彼の手を強く握り締める。

 

 

「それで、義勇と········“彼女”の方は、どうなったかな?」

 

「冨岡様の件につきましてはご指示通りに竈門炭治郎様に任せました········そして件の“鬼”については使いの者を向かわせて交渉しに行きましたが、まだお返事は········」

 

 

耀哉が別の案件のことをあまねに訊ねると、彼女はまた表情を曇らせる。

 

昨日からもう鬼舞辻無惨を倒すために始まっている強化訓練、“柱稽古”。

 

それは柱達が下の階級の者達全員を鍛え上げ、更なる戦力とするための大規模な稽古だ。

 

だからもちろん現水柱である冨岡義勇も参加するはずだったのだが、彼は稽古をすることを拒み、参加していない。皆が協力しなければならない状況なので、彼にも参加してほしいというのが耀哉の望み。しかし彼はもう動けなくなってしまい、声を出すことも難しい。

 

だから。

 

同じ師匠から水の呼吸を学んだ弟弟子である竈門炭治郎に説得を任せることにした。彼もまだ足の骨が治っていないが、頼めるのは彼だけだ。炭治郎は誰よりも熱く、そして希望を決して捨てない強い心の持ち主のため、必ず説得してくれると信じている。

 

だからそちらは心配いらない。

 

問題は。

 

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そちらの方の返事がまだ来ていないため、報告しようにもできなかった。

 

しかし。

 

 

「大丈夫、だよ」

 

 

耀哉はまた微笑んだ。

 

 

「“彼女”と、我々の目的は、同じ。絶対に、来てくれるよ」

 

 

何もかも全て分かっているように言う耀哉は、今日の体力は全部使い切ったのか、そのまま静かに眠ってしまった。

 

 

「················」

 

 

あまねは彼の言葉を信じ、耀哉の手を握りながら願いを込める。

 

産屋敷あまねは改めて、“彼”の無事を祈った。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

静かな夜だった。

 

いつもと変わらない、ずっと見ていてついには飽きるところまで来てしまった。

 

鬼になってから青い空を直に見ることが許されなくなって、しかしそれでもやるべきことはわかっている。

 

 

「·······」

 

 

研究結果をまとめている一人の女性は、少しでも空気を良くしようと窓を開けていた。昼のうちは太陽の光が届かない屋内に潜み、そして夜も自身の目的のためにずっとこの館に籠って研究をしている。

 

その繰り返し。

 

望まぬ永遠の命を手に入れた彼女は、復讐のためだけに生きている。

 

こんな体にした、憎き男。

 

鬼舞辻無惨。

 

奴を葬り去るまでは死ねない。

 

そして、

 

殺すためならばどれだけ自分を犠牲にしても構わない。

 

半分不老不死になり、眠る必要のないこの体ならば、どれだけ研究しても疲れることはない。

 

だからずっと研究している。

 

鬼舞辻無惨を倒せる薬を、完成させるために。

 

 

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「!?」

 

 

研究記録を書いていた鬼の女性、“珠世”はその声に顔をあげた。

 

羽音を鳴らして窓辺に降り立ったのは、一羽の鴉。首に紫の紐を巻いており、それだけでそこらにいるような鴉ではないとわかる。

 

誰かに飼われているのか、だとしてもその主人はとんでもない性格だろう。

 

鴉が人の言葉を話している。

 

喉や口の構造によって人の言葉を話すことはできないはずなのに、この鴉は流暢かつ丁寧な口調で話しかけてきていた。

 

 

「でも、今日は本当に月が美しい夜だ」 

 

 

それでもお構いなしに話しかけてくるこの鴉に、珠世は更に警戒する。

 

その警戒を察したのか、自分が一体どこから来たのか、身分を明かす。

 

 

「初めまして。吾輩は、産屋敷耀哉の使いの者です」 

 

「!!」

 

 

鴉の口から出てきた名に、珠世は驚愕した。

 

しかし彼女の事情なんて無視し、鴉は尚も話し続ける。

 

 

「いやぁしかし、隠れるのがお上手ですな。貴女を見つける間に、産屋敷はもう動けなくなってしまった」

 

「どうしてここが·······わかったのですか?」 

 

 

珠世もそちらの事情を無視するように問い詰める。

 

今の今まで見つかることはなかったのに、さらには彼らとの接点はなかったはずだ。唯一関わりがあるとすれば竈門炭治郎だけであり、それ以外の者達とは関わらないようにしていた。

 

無惨に強い恨みを抱いているとはいえ、彼女も鬼であることには変わりない。

 

ならば鬼殺隊にとって彼女も討伐対象であるはず。

 

だからこそ警戒していた。

 

居場所を知られたということは、いつでもその頸を取りに行けるということなのだから。

 

だがしかし。

 

鴉は平然とした態度で応える。

 

 

「ふむ·······不信感でいっぱいの様子、無理もない。ですが先に言っておくと、炭治郎君から聞いたのではありませんので、どうか勘違いなさらぬように。貴女をどうやって見つけたのか、それは人間の人脈ですね。貴女が買ったこの家の元の持ち主を特定しました。それから昼間のうちに“愈史郎君”の視覚を把握。それで、貴女が今どこにいるのか、大抵分かってしまうのですよ」 

 

 

“愈史郎”のことまで知っているとは······いや、当然か。

 

珠世のことを知っているということは、彼女が鬼にした愈史郎のことも調べていて当たり前。愈史郎も鬼である以上、人には扱えない異能が使える。

 

彼が手にした能力は決して強力ではないが身を隠すには打って付けであり、その力によって今まで見つからなかったわけだが、今日バレてしまった以上はその能力も意味がなくなる。

 

 

「吾輩は訓練を受けているとはいえ、ただの鴉。そもそもそこまで警戒されない、貴女方に危害を加えるつもりはないので、安心してほしい·······と言っても、難しいでしょうね。個人情報をここまで知られてしまっては、信用しようにもしきれないのは当然です」

 

「·······そこまで分かっていて、私達の前に現れた目的は何なのでしょうか?」 

 

 

より一層警戒する珠世。

 

どう考えても何か企んでいるようにしか思えなかった。

 

珠世が今まで鬼殺隊側の人間と接触したのは二回のみで、一人は浅草で出会った竈門炭治郎と。

 

そして。

 

もう一人はおよそ四百年前、まだ無惨の呪いがこの身に宿っていた頃に出会った“耳飾りの剣士”だけだ。

 

 

(どういった腹づもりなの? 産屋敷·······何か騙そうとしている?) 

 

 

それ以降は人と出会うことを極力避け、人に害を為さない程度に血を提供してもらって今日まで生き延びてきたのだ。

 

それら全てを台無しにされるようなことをされて、何も企んでいないというのは無理のある話だ。

 

何より今この鴉は自分たちを探し出すために愈史郎の名を出してきた。彼の何かを利用している可能性もある。

 

 

「愈史郎は?」

 

「愈史郎君は心配いりませんよ」

 

 

その時だった。

 

タイミングを見計ったように洋館のあちこちからとても激しい足音が響き渡る。

 

ちょうどこの上、もしかしたらもっと遠い所か。狭い廊下の中を激しく走り回っているせいか、明らかに転げ回っている音が聞こえる。

 

 

「ほら、走ってくる足音が聞こえる」 

 

 

彼が珠世の異変に気付いて駆けつけてくるタイミングまで知っていたというのか。

 

しかし、鴉の言う通り愈史郎は利用していない様子。

 

けれども珠世は警戒心を一切緩めることなく、鴉の目的を改めて訊ねる。

 

 

「·······用件は?」

 

「ご承知の通り、竈門禰豆子が太陽を克服しました。それで、鬼舞辻無惨は何としてでも彼女を手にしようとしてくるでしょう」

 

 

そのことを知ったのはつい最近だ。

 

炭治郎の近くに置いておいた飼い猫の報告によって禰豆子が太陽を克服したことを知り、これまで以上に無惨が攻撃的になるというのは予想していたことだが、それで自分に何を求めるというのか。

 

産屋敷の使いの鴉は、その黒い目を真っ直ぐ珠世に向け、

 

 

「鬼殺隊にも鬼の体と薬学に精通している子がいるのですよ。禰豆子の変貌も含めて、一緒に調べていただきたい」 

 

「!?」

 

 

告げる。

 

彼女も待ち望んだであろう、その機会を与えるように。

 

鴉は言った。

 

 

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「ッ!?」

 

 

あり得なかった提案。

 

鬼である彼女を、鬼殺隊の本拠地へと連れ込む。

 

それは彼らにとって究極の選択であるはずだ。ずっと目の敵にしていた鬼を本拠地に迎え入れるなんて、前代未聞だろう。

 

珠世は警戒を続ける。

 

得体の知れない提案に、安易に首を縦に頷くのは得策ではない。

 

もっと疑って、それこそ産屋敷の考えを知り尽くすまではこの警戒が解かれることはない。

 

何より、そこに行っただけで無惨を倒せる保証はない。その薬学に精通している子が加われば、自分が今研究している『鬼を人に戻す薬』の開発も今まで以上に進むだろうが、真意を明らかにしてくるまでは信用できないのだ。

 

 

「ふむ··········まだ疑っているご様子。ならば─────」

 

 

そんな戸惑いを隠せない珠世に、鴉は言う。

 

無惨を倒せる、その確信を抱かせる一言を。

 

 

「─────、─────」

 

「な·······ッ!?」

 

 

信じられない一言だった。

 

それはある意味、世界の常識を覆すような衝撃的なものだった。

 

それは本当なのか問い詰めようとしたが、鴉は去ってしまった。

 

返事を考える機会を与えたかったのか、それとも部屋にノックもなしに勢いよく飛び込んできた愈史郎から逃れたかったのか、どちらにしても鴉が教えてくれたその情報の詳細をそれ以上は聞けなかった。

 

 

「珠世様! ご無事ですか!?」

 

「·······」

 

「珠世様!?」

 

 

呼び掛けているのに全然返事をしないことに彼女の身を案じる少年のような見た目をした青年、愈史郎はその顔を見ようと珠世の前までやって来る。

 

そして、

 

 

「た、珠世様?」

 

「·······」

 

 

珠世のその顔を見て思わず硬直してしまった。

 

長いことずっと一緒にいた愈史郎でさえ今まで見たことがなかった表情をしていた珠世は、去っていった鴉がいた窓を閉めると、愈史郎の方を振り向き、

 

 

「愈史郎·······」

 

「はい! 何でしょう!?」

 

 

愈史郎は声をかけられ嬉しいのか、瞳を輝かせながら姿勢を正しくさせて、頬を赤く染める。

 

それに対し、

 

珠世はどこか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「どうか·······落ち着いて聞いてください」

 

 

彼女は静かに彼に告げた。

 

鴉から伝えられた、まだ彼女も完全には信じきれていない。

 

“あり得ない話”を。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

幻でも見ているのか。

 

それにしてはやけに酷く空虚だ。

 

 

「·······?」

 

 

自分はさっきまで上弦の鬼と戦っていたのではなかったか。

 

圧倒的な殺意を受けても怯むことなく対峙し、

 

そしてその後──────

 

 

(どうし·······たっけ?)

 

 

不審に思いながら前を歩く。

 

意志はあるはずなのに、歩く感覚がおかしい。

 

歩いているという事実よりも、両足で踏んで支えとなる地面がこの下にある事の安堵感が全身を包む。しかし、何だか非常に朦朧するというか、歩く度に何故か気持ちがなくなっていく。

 

喜びも、怒りも、悲しみも、楽しみも。

 

何もかも失われて無になっていく。

 

何と言うべきか。

 

そう、これはまるで、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『──────()()()()()()()()()()?』

 

「·······?」

 

 

意識が薄れる中、

 

聞こえたのは、“誰かの声”。

 

まだ幼さが残っている“少女らしき声”にも思えたが、それが耳に入ってきても足を止めることはできない。

 

自我が消えようとしている最中、彼の足は容赦なく『あちら』へと行こうとしている。

 

その直前で、

 

 

()()()()()()()()()!! ()()!!』

 

 

白く染まった世界の向こうから聞こえてきた、“男性らしき声”。

 

その怒号のような大声に疑問を挟む間もなく、彼の足元の地面が唐突に消え去った。

 

 

「!?」

 

 

奈落の底へと突き落とされる感覚に困惑し、だが落ちていくにつれて欠けていた感情が戻ってくる。

 

この時になってようやく、自分の身に一体何があったのか、それが走馬灯のように蘇ってくる。

 

死の淵を彷徨っていた彼を元の場所に戻すために声をかけてきた者達の姿は見当たらない。底が見えぬ穴へ落ちていく中で上を見上げようとしても、自分に声をかけてきた人影はない。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

それでも。

 

その空間に確かにいたであろう“誰か”は、元の世界へと戻っていく彼をどこかから見つめてこう囁いた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──────』

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

呼吸をしようにも空気が薄くて仕方がない山。

 

夜が明ける直前から、その老人は目を開けていた。 

 

前日のうちに用意しておいた水で顔を洗って、着慣れた着物に袖を通す。

 

誰にも見られたことがないその顔にはいつも『天狗の面』がつけられており、そして今この小屋に“運ばれてきた者”も彼の顔を見たことはない。

 

老人は戸を開けると、冬半ばの寒くも心地よい風がそっと吹きこんでくる。戸の外から見えるのは、いつもと変わらない風景だ。ここに隠居するように住み着いてから、全く変わらない光景に老人は深く息を吐くと、外に置いてある水桶を手にして近くの川まで向かう。

 

歩いていく際の地面には、破壊され、もしくはすでに発動した後の罠が散乱していた。 

 

この山に、“一人の少年”が『鬼と化した妹』を連れてやって来たのだが、その時の修行の後がいまだに残されていたのだ。

 

片付けようと思えば片付けられるだろうが、そうしない理由は、もう弟子を取るつもりはないという強い意思を自覚する為だった。彼の修行は厳しく、命を取るつもりで罠をいくつも仕掛け、そして何人もの剣士見習いが挫折した。鬼と戦って命を落とす前に諦めさせるという意図があったのだが、しかし中には諦めずに辛い修行を乗り越えた者達もいた。

 

あの“少年”もその一人だ。

 

そして“現水柱の若者”も。

 

彼らは血反吐を吐いても絶対に弱音を吐かず、厳しい修行にずっと耐えて乗り越えてきた。

 

けれどいくら鍛えてもいつかは死ぬ。

 

最終選別の厳しい審査によって命を落とした弟子達は十を容易に超える。現水柱と同じ時期に弟子入りした子供もその時に命を落とした。

 

 

これ以上はもう、鬼に喰われていく子供達を見たくなかった。

 

 

だからもう弟子は取らないと決めていたが、そんな水柱の青年から手紙を受け取って、その内容に驚愕して考えを一時的に改め、特別にその青年から紹介された“少年”の弟子入りを許した。

 

剣の知識については全く無知であったあの少年が今では、上弦の鬼を三体も討伐したらしく、そして連れていた『鬼の妹』も太陽を克服したらしい。

 

いま、この日本は彼らの運命の下、鬼の殲滅に向けて歩きだしている。

 

そのことを確信した老人は、希望と熱意を持つことができた。 

 

だから彼もまた刀を持って戦う決意をしたのだが、いまだにどういうわけか隠居生活を続けている。

 

 

「·······まだ、目覚めておらんか」

 

 

川の水を桶に入れて戻ってきた老人は、小屋の中で眠る“青年”を見る。

 

目を覚ます気配はない。

 

気を取り直し、厨房の竈に火を入れて手当ての準備をする。

 

傷口を洗浄後、針で縫って止血をし、手製の軟膏を塗ったりして消毒も行うといった処置はすでに済ませている。今は包帯を巻き直すくらいしかやっていない。汲んできた水を炎で熱し、古くなった包帯をほどいて洗っておく。そして新品同様の清潔な包帯を巻く。

 

あとは、彼の体力次第だ。

 

見たところ鍛え上げられているようだが、傷の深さから起きるまで時間がかかりそうだった。

 

 

「しかし、こんな深手でどうやってここまで··············」

 

 

呟く老人はこの青年を拾った時のことを思い出す。

 

いつもと変わらない風景を過ごすのをやめ、彼も鬼殺のために動くはずだったが、そんな彼の元にどういうわけかこの“青年”が落ちていた。

 

なぜ自分の小屋がある目の前にこの青年がいたのか、それは分からなかったが、それよりも先に彼を匿わなければならないとすぐに察した。

 

腰辺りから流れる血、それもかなり深い傷だった。

 

こんな傷でどうやってここまで来たのかも分からない。彼の周囲には足跡らしきものも見当たらず、しかし迷っている暇なんてなかった。

 

一刻も早く手当てしなければ死んでしまう。それをすぐに理解して小屋へと運び込み、今に至る。

 

 

「日輪刀を持っていたということは鬼殺隊ではあるのだろうが、しかし外人が?」

 

 

老人は寝ている者の腰にさしてあった刀を見る。

 

日輪刀を所持している者は大体が鬼殺隊であり、ならばこの青年も隊員である可能性がある。

 

老人が容易に信じられないのは、彼が日本人ではないからだ。

 

鬼殺隊は非公式の組織、その為秘匿性が高く、知る者も少ない。

 

今この日本にいる人間の八割が彼らの存在を認識していないと言っても良い、もしかしたらもっと多いかもしれないが。

 

だからこそ日本でも広く知れ渡らないように裏で隠蔽工作をしており、よって鬼や鬼殺隊のことは外部に漏れることはないのである。

 

外国も例外ではない。

 

しかしこの青年はどう見ても外人で、何より奇怪なその“右腕”。

 

人とは思えない形をしており、どう考えても人外の腕にしか見えない。

 

そして、彼の持っていた刀を抜いてみたのだが、色の変わり方がおかしかった。半透明で硝子細工のような刀身なんて見たことがない。しかし刃の匂いからして日輪刀であるのは確かだ。でも外人を隊に引き入れたという情報は今までなかったし、もしかしたらただの一般人なのではないかと疑ってしまう。

 

日輪刀は命を落とした隊士の物を偶然拾ったか、なんて考えもしてしまう。

 

結局は、分からなかった。

 

鴉もここ最近来ていないし、最後に来たのは『竈門炭治郎が上弦を討ち取った』ことと『竈門禰豆子が太陽を克服した』という文が書かれた手紙を運んできた時だ。

 

彼が一体何者なのか、お館様は承知しているのだろうか?

 

禰豆子の時と同じように、ある程度の者達にしか情報を明かしていないのだろうか?

 

何にしても、目の前に重傷の人間が倒れていたら放っておくわけにもいかない。これでも元は邪悪な鬼を退治する正義の味方的な組織に属していたのだ。

 

彼の正体について考えていても仕方がない。

 

今はできることをやるだけだ。

 

一通りの手当てを終えると、老人は立ち上がって朝食の準備をする。竈の火の勢いが弱まらぬうちに調理をし、今日を生き抜くための燃料を補給する。

 

すると、

 

 

「───っ!!」

 

「!!」

 

 

突如、

 

後ろで寝ていた青年の声らしきものが聞こえてくる。

 

老人が振り返ると、意識が混濁しているのか上手く目を開けられずにいる外人の青年が、必死に重たい体を起こそうとしていた。

 

青年の視界が確保されるにつれ、脳も次第に活性してくる。

 

 

「こ··············こ、は··············?」

 

「目が覚めたか」

 

 

老人は一度手に持っていた包丁をまな板の上に置くと、目を覚ました青年の方に近づいていく。

 

青年は驚いただろう。

 

目を覚ましていきなり目の前に鼻の長い赤い顔をした男がいたら、誰だって驚く。

 

 

「ッ!?」

 

 

驚いた際に体が強張ったせいで傷口に刺激が走り、思わず小さな呻き声が零れる。

 

 

「あまり動くな、傷口が開くぞ。誰かを治療をするのは久しぶりでな、それにこれだけの重傷人を相手にしたことはない」

 

 

そう言って再び寝かそうとする老人に、彼は擦れた声で訊ねる。

 

 

「貴方は、誰だ? 俺、どうやってここに········?」

 

「それは儂が聞きたいが········そうだな、先に名乗っておこう」

 

 

老人は自分が誰なのか教えようとするが、顔を見せぬまま名前だけを告げた。

 

 

「儂は“鱗滝左近次”という。儂の小屋の前でお前が倒れていてな。すぐに手当てをしなければならなかった故、医者を呼びにいく時間もなく、そしていつ容態が変化してもおかしくなかったので、ずっと儂が看病し続けていた」

 

「かん、びょう········?」

 

 

青年は看病の意味を考え、それを理解していく毎に彼の眉間の皺が深くなっていく。

 

 

「ッ!!」

 

 

そして、全てを思い出した時にはまた起き上がろうとしていた。

 

だが鱗滝という老人の言う通り、彼はかなり深い傷を負っている。そんな状態で動こうとしたら痛みに苦しむのは当然だった。

 

 

「〜〜〜ッ!!」

 

「言っただろう、お前は今重傷なんだ。そんな状態で動こうとしたら──────」

 

「た────ッ!!」

 

「?」

 

 

青年は傷口を押さえながら何かを伝えようとする。

 

痛みのあまり目を瞑って体を丸め、苦しみに耐えながら擦れた声でこう頼む。

 

 

「た、食べ物········!!」

 

「何?」

 

「な、何でもいい、何かを食べさせて、くれ········ッ!!」

 

 

唐突に食べ物を欲しがる青年に戸惑う鱗滝であったが、彼の今の状態からあまり胃に負担をかけてはならないと判断し、

 

 

「お粥くらいなら今すぐ用意できるが········」

 

「それでいい、それで今よりは回復するはずだから················ッ!!」

 

「················わかった、待っていろ」

 

 

鱗滝は静かに頷いて再び台所へと戻る。

 

米は洗っておいたから、鍋に米と分量の水を入れ、中火程度の火力で熱し、沸騰直前に表面が白く煮立ってきたら鍋底に米がつかないよう優しく混ぜる。そして沸騰したらすぐに熱を弱め、蓋を少しずらして三◯分ほど煮る。

 

程良い硬さになったら火を止め、塩を加えて混ぜる。

 

それを器に移し、青年の前まで運んでくる。

 

 

「ゆっくりと食べろ。胃に負担をかけないように──────」

 

「いただきます!!」

 

 

鱗滝の言葉を無視して彼は即座に箸を手に取ると、口の中にお粥を流し込んでいく。

 

勢いを殺さずにバクバクと食べ残しがないように米粒一つも余すことなく丁寧に食べていく青年には鱗滝でさえも引いてしまうが、わずか二秒で平らげたら彼は満足そうに笑みを浮かべた。

 

そしてそのまま、

 

 

「ふぅ··········」

 

 

胃に残っていた空気を出すように息を吐くと、傷口なんて別にもうなんてこともないように平然と布団から立ち上がった。

 

 

「!? 動くなと言っただろう!!」

 

「え? あぁ、もう大丈夫です。確かにまだ全回復じゃないけど、さっきよりはマシになったから」

 

「そんなはずない! あれだけの深手を負っていたんだぞ!? 安静にしていろ!!」

 

「本当に大丈夫。俺、食べ物を食べたら回復する体質で────」

 

「いいから寝ていろッッッ!!!!!」

 

 

八つ当たりのような声で叫ぶ鱗滝に、重傷だった青年のリンクは大したことないという態度で応える。

 

目の前で人が死ぬのは見たくないという鱗滝の優しさによって彼は助かったわけだが、リンクに対しての治療法は案外胃袋を満たすだけで良かっただけだったりする。

 

 





鱗滝のおかゆ

♥♥♥♥♥

消化の良い野草と米を煮込んだおかゆ
元気がない時もやさしい味で満たしてくれる


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