鬼滅の伝説   作:織姫ミグル

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第十四章

 

 

陽光の洗礼を拒絶された、“始まりの台地”の深い夜。

 

かつて聖域と呼ばれたその地の一角、切り立った崖の付近に見捨てられたように建てられた一軒の古びた小屋があった。古びた板壁は夜露に濡れ、周囲を埋め尽くす鬱蒼たる木々の葉擦れだけが不穏な世界の騒めきを伝えている。

 

それは王権を呪い、影の深淵より世界の破滅を画策する不吉なる暗殺集団。

 

 

“逆さ眼の面”を身に宿す一族の集団が密かに潜伏の拠点としていた隠れ蓑であった。

 

 

そこはかつて彼らの嫌う王権の亡霊が拠点としていた時期があったのだが、それを知った上で使っているのか、反逆の意思として各地でこういうことをしているらしい。

 

彼らは闇を友とし、音もなく敵の息の根を止める暗殺の達人。

 

だが、その夜。

 

隠れ小屋を満たしていたのは暗殺者としての冷徹な沈黙ではなく、骨の髄まで凍りつくような死の絶望と、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ぐ───ひ、ひぃ、あが、あああアアアアアアアアッッッ!!!??」

 

 

尋常ならざる恐怖に狂った絶叫が、薄暗い小屋の中から外にまで木霊し、夜の帳を残酷に引き裂く。

 

 

「·······ッ!!」

 

 

小屋の外、ガラスもない窓のすぐ近くにはまだ生き残りがいた。

 

だが、その体はまるで子供のように萎縮しており、情けない意味での沈黙を保つために息を殺して、本部からの支援物資の箱の中に無様に隠れていた。

 

鍛え上げられたものの、各地で天変地異が起きてから全ての刃は錆びつき、そしてそんなボロボロになった刀を握るその指先はまるで厳冬の吹雪に晒されたかのように激しく震え、逆さ眼の面の奥にある本当の眼球は、小屋の中に佇む二つの“人型の怪異”に怯えて涙でいっぱいになっていた。

 

床板は既におびただしい量の生血によって赤黒く染まり、異臭を放っている。

 

数瞬前まで同胞であった者達が衣服を剥ぎ取られ、内臓をぶちまけながら見るも無残な肉塊と化して足元に転がっていた。

 

彼らが誇りとし、幾度も修羅場を潜り抜けてきた如何なる隠密の秘術も、その怪異が放つ圧倒的なる暴力の前には障子紙ほどの抵抗にもなり得なかったのだ。

 

小屋の中で生き残った唯一の者が放った渾身の一撃は確かに怪異の硬い肉を抉り、骨を両断したはずであった。

 

何より彼らは組織に代々伝わる暗殺術だけでなく、異能を彷彿とさせる特殊な術を使用していた。

 

なのに。

 

削ぎ落とされた傷口からはどす黒い血液が蒸気を上げて噴き出し、瞬く間に回復。

 

まるで最初から傷など存在しなかったかのように、悍ましき峻烈さを以て再生していった。

 

肉の繊維がのたうち回り、瞬く間に白い皮膚へと戻るその光景。

 

 

───斬っても死なない。

 

 

我らが知る、あの厄災の怨念より生まれし魔物の類ではない。

 

つまり、自分達の常識から完全に外れた新種。

 

そう。

 

あれは───夜の闇を生きる“悪鬼”に他ならない。

 

 

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暗がりの奥で血だまりの中に佇む───“一つの影”。

 

それは異様に細長く、枯れ木のような四肢を持ち、両の手には自身の血で構成した蟷螂の如き鋭利な鎌の刃を禍々しく掲げていた。

 

窓から差し込む月の光を僅かに受けたその細長き頭部はあたかも巨大な蟷螂の悪夢をそのまま凝縮したかの如く緑に染まっており、その口元からは目の前にいた忍の喉笛を噛み砕く不快な音が響く。

 

そしてその傍らで這い回る───“もう一つの影”。

 

 

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衣服の隙間から覗く肌は人のそれではなく、積もった雪の如く真っ白に染まり、その腰からはうねうねと波打つ巨大な地虫の蚯蚓を彷彿とさせる、己の肉で作り上げた帯を何本も蠢かせ、床に転がる骸の骨肉をその触手で切り刻んでいた。

 

圧倒的なる捕食者。

 

この地に生きる如何なる生命の匂いとも違う、この世の『怨念』を蓄えた二匹の悪鬼。

 

 

その蟷螂と蚯蚓の瞳に刻まれているのは───“上弦の陸”という数字。

 

 

二匹でありながら、一つの位を分つ悪鬼。

 

しかし、その文字はどこか歪んでいた。

 

それは彼らにとっては“始祖”となる者の血によって刻まれた絶対の刻印でありながら、この二つの怪異の本質はそんな奴よりも遥かに超越した『瘴気』が宿っている。

 

眼球の中にある血管は赤黒く変色し、罅割れるように浮かび上がっている。

 

“鬼の始祖”の呪わしき血をその身に宿し、鬼としての肉体と絶対的な再生能力を獲得しながらも、その肉体は実は“紛い物”。

 

その肉体の魂の核に宿るのは、ハイラル王国の地下深くにて、永き眠りによって失われた力が目覚めつつある───“魔王の禍々しき怨念”。

 

だがその成り代わりの影は依り代となった上弦の陸の性格、そして狂おしいまでの兄妹の絆を完璧に模倣し、その口調を以て異界に渡っていた。

 

 

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その声は自身の皮膚を掻き毟るような、死んだはずの亡霊そのものの怨嗟に満ちたねっとりとした声色。

 

 

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腰の帯を激しく蠢かせながら傲慢かつ我儘に喚き散らす女の声は、かつて悪徳花魁と恐れられた者の苛烈さそのものであった。

 

二つの影は魔王の意志をその中に内蔵しながらも、完全に『上弦の陸の兄妹』としての歪んだ愛憎のままに動いていた。

 

彼らの身体からはどす黒く赤い『瘴気』が霧の如く噴き出している。

 

それは鬼の血の毒であり、同時にハイラルを滅ぼさんとする魔王の呪い。

 

小屋の床板が、壁が、そして周囲の草木が一瞬にして黒く腐り果てて崩れ落ちていく。

 

 

「ッ!!」

 

 

生き残っていた“イーガ団”の下っ端は、その瘴気の奔流に呑み込まれる前に術を発動し、札を残してその場から消え去った。

 

 

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二匹の鬼───“上弦の陸”たる魔王の意志による“操り人形”は。

 

まだこの国に残っている邪魔な存在を消すために醜悪なる笑みを浮かべると、夜の闇へと溶けるようにして姿を消した。

 

その禍々しき鬼の気配は、この聖なる地を“現代の賢者達”の血で満たすことを告げていた。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

ハイラル王国の大地。

 

常に清らかなる水が万物を潤す『ゾーラの里』では、これまでの一族の歴史には存在し得なかった、全く異質の緊張感と『黒鉄の匂い』に満ちていた。

 

ゾーラ族の里は全体が夜光石で出来ており、そのため加工技術に関してはゴロン族よりも上だった。

 

綺麗な街並みの中を照らすのは柱に綺麗に装飾された夜光石から放たれる輝かしい光と、職人達の真剣なる作業の腕のみ。

 

街のあちこちから規則正しく滴り落ちる水滴の音と加工の進捗具合を刻む音が、この里の静寂さを忘れさせる。

 

作業机の上にはロベリーが心血を注いで描き上げた『新兵器』の極めて精緻な設計図面が、陽光に照らされて重々しく広げられていた。

 

 

「かなり安易に見えるが素晴らしい技術だな。この鉄の筒から鉛で出来たものを放てば大抵の魔物は倒せるなんて·······」

 

 

その作業場の中央。

 

ゾーラの職人達の息詰まる作業を静かに深い信頼の情念を以て見守っていたのは、高潔なるゾーラ族の王、シドであった。

 

その気高き赤い鱗は陽の光を反射して深みのある輝きを放ち、そんな彼の視線の先ではゾーラ族の中でも数百年の歴史を誇る、宮廷お抱えの彫刻細工職人達が精神を極限まで研ぎ澄ませていた。

 

彼らが扱うのはデスマウンテン周辺よりゴロン族が汗水垂らして掘り起こして叩き鍛え上げた、如何なる火薬の爆発にも耐えうる『黒鉄の筒』だった。

 

職人達はゾナウギアのような超がつくほどの古代技術の力など一切借りず、己の指先の微かな感覚だけを頼りにしていた。その手に握られているのは特別に鍛造された硬質な鋼の彫刻刀であり、木槌で叩くための細き鑿だけであった。

 

シュリ、シュリ、と。

 

街の至る所に用意された工房の内部から鉄の肌を慎重に削り取る、耳に心地よくも張り詰めた摩擦音が響く。

 

職人達は厚みのある鉄筒の奥深くを覗き込み、片目を細めながら弾を真っ直ぐに突き進ませるための旋条を一線、また一線と手作業で彫り込んでいた。

 

その動きはまるで一幅の絵画や精緻な神子の装飾品を彫り上げるかのように、息を呑むほどの丁寧さに満ちている。金属の硬い芯へ鑿の刃先が食い込む度にチッチッと小さく鋭い音が響き、細い糸のような鉄粉が清らかな水に流されるようにして床へと落ちていく。

 

熱を持てば鉄は歪む。火薬の爆発に耐える鋼に狂いが生じる。

 

なればこそ。

 

職人達は左手に水を浸した真綿を握り、常に刃先と銃身を冷やしながら鏡面の如き滑らかさへと手作業で削り出していたのだ。

 

一削りごとに指の腹で銃腔をなぞり、コンマ数ミリ、いや髪の毛一筋ほどの微細な歪みすらも許さぬ職人の執念。

 

この手業の極致こそが、長き時を生きるゾーラ族にしか成し得ぬ神業であった。

 

 

「シド王、ご覧ください。火薬の煤を一切寄せ付けぬように内腔の摩擦は限界まで手作業で削ぎ落としました。これでロベリー様が言っていた『弾丸』は、闇を裂く光の如き速度で飛び出すかと」

 

「おお!! 見せてくれ!!」

 

 

一人の老職人が削り終えた美しい銃身を恭しくシドへと捧げ持つ。

 

シドはそれを手に取り、光に透かして覗き込んだ。

 

その輝かしい瞳が捉えたのは、手作業による彫刻でありながら文字通り歪みのない鏡の如く、冷徹な光を放つ黒鉄の筒の内部構造であった。

 

 

「見事な職人技だゾ!! これほどの精度があれば新種の魔物である鬼達が如何に素早く動こうとも、この兵器が放つ一撃は確実にその肉体を捉えるだろう!! この調子で続けてくれ!!」

 

「ハッ!!」

 

「······ところで、リンクと一緒に行動していたあの『少女の血』を弾に封入する作業、そっちの進行はどうなっている?」

 

「あぁ、そちらなら」

 

 

シドが声を潜めて問いかけると、この里で厳重に隔離された清浄なる一画へと案内される。

 

そこでは特殊な防腐処理を施された、鬼でありながらもあのリンクと行動を共にしていた少女の血が一発一発の鉛弾の芯へと一滴の無駄もなく、ゾーラ族達の器用な手によって慎重に封入されていた光景が広がっている。

 

 

「この通り、一つ一つ丁寧に行われています。とはいえこればっかりは我々でも難しい作業ですので、充分な量を揃えるにはまだ時間がかかりそうです」

 

「そうか······」

 

 

不死の肉体を持つ鬼の再生能力を阻害し、隙を作らせるための素材は元からかなり不足していた。

 

そもそもリンクと共にしていた少女から取れた血の残りは、試験管僅か一本分というあまりにも心許なき分量に過ぎなかった。新兵器の弾という消耗品に混ぜて量産するなど、本来であれば凡夫の智慧の及ぶところには非ず、一瞬にして底を突くのは火を見るより明らかであった。

 

だが、ハイラルが誇るシーカー族の希代の智者、ロベリーの執念はその限界すらも打ち破っていた。

 

彼は、血液の半分以上が単なる水分であるという万物の理に着目したのである。

 

貴重な一本の原血を薄めるのではなく、不要な水分を徹底的に排することで鬼の再生を根底から腐らせる奇跡の因子だけを『回生の祠』より持ち帰ったあの古代シーカー族が保有していた超技術の特殊な培養液に浸し、一滴で通常の数倍の効力を放つ『超濃縮血清』へと精製したのだ。

 

現実における細胞の不死化と無限増幅に等しいその禁忌の技によって、一本分のサンプルはこのゾーラの里でその極限まで濃縮された至高の赤き雫を、ゾーラ族の清らかなる水流を以て均一に引き伸ばし、一発一発の鉛の芯へと手作業で封入していく。

 

僅か一本の試験管から、数千、数万発の再生阻害の塊を生み出すという、奇跡の量産体制。

 

効果を些かも損なうことなく、分量だけを数千倍へと跳ね上げる濃縮と希釈の妙技。

 

これこそが新種の魔物だけでなく全ての敵を迎え撃つためにハイラルが構築した、至高の科学の結晶であった。

 

シドはその物々しい光景を見つめながらうんと頷くと、拳を固く握り締めた。

 

 

「リンクと少女の行方は未だにわからないが、二人が残してくれたこれこそハイラルを平和にする第一歩になると俺は信じているゾ!! だから彼が命を賭して護り抜いたこの国を守れるのは俺達だけ!! どうか誇りを持ってこの兵器を完成させてくれ!! リンクが戻るその時まで、このハイラルは俺達が守るんだゾ!!」

 

「ハッ!! 全てはハイラル王国の安寧のために!!」

 

 

ゾーラ族の職人の力強い返事が、黒鉄を削る彫刻刀の音と共にゾーラの里の隅々にまで重々しく響き渡る。

 

これこそがハイラルが新たに見出した、闇を撃ち抜くための至高の策であった。

 

しかし。

 

そのゾーラ族達の作業の音は、天を裂く不吉な羽音によって破られることとなる。

 

里は崖に囲まれており、だからここへ一番手っ取り早くやってくる方法としては空からの侵入だった。よって、突如としてシドの真上から突風が吹き込み、身に付けている装備やヒレがその風ではためかせられる。

 

それと同時に。

 

里の綺麗な地面へ転がるようにして降り立った影があった。

 

 

「シドさん!! 監視砦より緊急の伝令ですっ!!」

 

「!?」

 

 

息を激しく切らせ、その場に現れたのは全身の羽毛を痛々しく逆立たせたリト族の若き戦士であった。

 

その身に纏うのは、監視砦の主宰たるプルアの元で組織された『討伐隊』を証明する装備。

 

つまりは、

 

 

「監視砦の方で何かあったのか!?」

 

 

シドは大股で使者の前へと進み出た。

 

近くにいた職人達も聞こえてきた声に加工の手を止め、里中の空気は氷を突きつけられたかのように鋭く張り詰めていく。

 

 

「一大事でして!! これをすぐに·······っ!!」

 

 

使者は震える翼を伸ばし、懐から一通の書状をシドへと渡す。

 

それは監視砦を統べるプルアの署名が記された、緊急と書かれた書状であった。

 

シドはすぐさまその書状を受け取り、中身を開いて文面へと鋭い視線を落とした。そこに細かく綴られていたのは、『始まりの台地』におけるあまりにも陰惨たる蹂躙の記録であった。

 

 

「·······ッ!?」

 

 

読み進めるうちに、シドの瞳が驚愕と激しい動揺を帯びて硬直した。

 

忽然と姿を消した勇者、リンクの不在を狙ったかのように凶悪な新種の魔物である鬼が、ハイラルの聖域を汚しているというそのあまりに禍々しき事態の全容にシドの顔が険しく変わる。

 

しかしシドの心にある希望の光は、これしきのことでは全く揺るぎはしなかった。

 

彼はすぐさま読んでいた書状から目を離して顔を上げると、息を切らせてまでここまでやってきてくれたリトの使者を見つめ、申し訳ないと思いつつも再びやる気を出させるような力強い声を響かせた。

 

 

「わかった、今すぐに準備をする。君は監視砦に戻ってプルアにすぐに向かうことを伝えておいてほしいゾ!!」

 

「は、はい·······ッ!!」

 

 

シドのその頼もしき一言と漲るような眼光に背中を押され、リトの使者は深く一礼すると再び羽ばたいて、天高く飛び去っていった。

 

シドは緊急の用事ができたとして、里中に響き渡るぐらいの声で叫ぶ。

 

 

「すまないが用事ができたゾ!! 俺はこれより、他の賢者達が待つ監視砦へ急行する!! みんな!! あとはどうかよろしく頼むゾ!!」

 

「「「「「「「「「「ハッ!!」」」」」」」」」」

 

 

清らかなる水の匂いが満ちる里から、ゾーラの王は王国の危機を打ち破るべく。

 

熱意に満ちた瞳を宿したまま、監視砦へと急行する。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

行方不明の勇者の無事を祈りながらゾーラ族達の手によって黒鉄の筒が削り出されている。

 

そんな彼らとは別の場所で、天地を揺るがすような地響きと地獄の如き灼熱の熱気が渦巻く『デスマウンテン』の洞窟内では、また別の執念が大地を穿っていた。

 

そこは新型の兵器の銃身を形作る上で決して欠かすことのできない、極限の硬度を誇る希少鉱石の採掘現場である。

 

天変地異以降、未だ不安定な振動を繰り返す火山帯の奥深く。

 

赤黒く融解した溶岩の川が激しく飛沫を上げ、立ち上る濃密な硫黄の煙が視界を遮るその過酷なる穴倉に、これまでにない熱気と強い意思が籠った一族達の掛け声に満ちていた。

 

 

「ゴロォォオッ!! まだまだこんなところでへこたれてる場合じゃないゴロ!! 慎重に、けれど力強く!! あの兵器に適した鉱石を掘り起こすんだゴロ!」

 

「「「「「「「「「おぉ!!」」」」」」」」」

 

 

泥と汗に塗れながらも、社長の掛け声を受けたゴロン族達は熱く鼓舞するようにより一層気合いを出していた。

 

そしてそんなゴロン族を束ねるのはユン組の社長、ユン坊であった。

 

その巨躯は溶岩の照り返しを受けて頑強な岩の如く佇み、腕を組んで見守るその力強い眼差しは、いつになく真剣そのものである。彼の視線の先では、一族の精鋭たる掘削作業員達が精神を極限まで削りながら重々しい鉄のツルハシを激しく振るっていた。

 

彼らが命懸けで挑んでいるのはロベリーが提示した新型の兵器の強靭な銃身を鋳造するために必要な、特殊な耐熱鉱石の採取である。

 

火薬の爆発という人智を超えた内圧に耐えうる鋼を作るには、この死の山の最深部にしか存在しない、純度極まる黒鉄の原石がどうしても必要であった。

 

大砲よりも小さいとはいえ、指先一つで簡単に魔物を倒せる兵士になれる新兵器を作るにはそれなりの緊張が伴う。

 

民間人でも手軽に扱える兵器、それで暴発なんてしたら堪ったものではないので、責任を持って最高級の鉱石を掘り起こすことに尽力している。

 

カァァァンッ! ガキィィィンッ!! と。

 

硬質な岩盤にツルハシが叩きつけられる度に耳を聾するほどの金属音が炸裂し、火花が夜空の星の如く周囲に飛び散る。

 

デスマウンテンの周囲の溶岩は消えたとはいえ、その周辺の洞窟内ではまだ流れていることが多い。立ち上る熱風は衣服を焦がし、常人であれば肺を焼かれて一歩も動けなくなるほどの地獄の釜底であったが、作業員達は誰一人としてその手を緩めようとはしなかった。

 

 

「ユン社長!! 出ましたゴロ!! これまでにないほどに力強い輝きを放つ原石ですゴロ!」

 

 

一人の若い職人が顔中を土や泥で真っ黒にしながら、掘り起こしたばかりの重々しい鉱石の塊を抱えて叫んだ。

 

ユン坊はその原石の元へと歩み寄り、太い指先でその表面をじっと確かめる。

 

その逞しい顔がかつてないほどの頼もしさを帯びて引き締まった。

 

 

「間違いないゴロ、これこそがあの新兵器の作成に必要な鉄鉱石だゴロ。皆、引き続き頑張るゴロ!! これをすぐにゾーラ族の元へと引き継ぎ、あの『どんなに傷つけても死なない鬼』を撃ち抜くための兵器にするんだゴロ!!」

 

 

その声に応えるように、洞窟の奥からさらに金属音が連続する。

 

ユン坊の脳裏には、今もなお姿を消したままの、あの命の恩人であり無二の親友たる『勇者』の姿があった。

 

ハイラルにとって希望の村であるイチカラ村が鬼に襲撃され、その傷跡から立ち上がろうとする最中、再び忽然と行方を眩ましてしまったリンク。

 

 

(リンク·······今どこで何をしているのかこっちにはさっぱり分からないゴロ。だけど、このハイラルはボク達が·······賢者となったボク達が責任を持って絶対に護ってみせるゴロ!!)

 

 

ユン坊はその太い腕にかつて勇者と共に戦った絆の証たる輝きを宿らせ、大地の如き剛毅な決意をその胸に深く刻み込んだ。

 

その直後だった。

 

関係者以外は立ち入り禁止の洞窟内、そこに重々しい悲鳴を上げて乱暴に侵入してきた者がいた。

 

 

「お、お〜い!!」

 

「ん?」

 

「よ、よかった·······ここにいた。か、監視砦より·······き、緊急の、伝令ですっ!!」

 

 

立ち上る硫黄の煙を割って岩肌へ倒れ込んできたのは、全身を息で激しく波立たせた一人の若きハイリア人であった。

 

その身体にはゴロン族が開発したデスマウンテンの熱に耐えうる特殊な耐火の石鎧を身に纏っていた。しかし、極限の焦りによって鎧の隙間からは汗が文字通り滝のように流れ落ち、その顔面は疲弊を遥かに通り越して物凄いまでの青色に染まっていた。

 

 

「ど、どうしたゴロ!? そんなに慌てて!? もしかして監視砦が襲われでもしたゴロ!?」

 

 

ユン坊が一度作業をする社員達から目を離し、そして大きな手で倒れ込むハイリア人の使者の肩を優しく、そして力強く支える。

 

周囲の作業員もツルハシを止め、周囲の空気は一瞬にして鋭く張り詰めていった。

 

使者は乾ききった唇を微かに震わせ、喉を掻き毟るような緊迫の声で言上した。

 

 

「これを·······これをすぐにお読みくださいっ!!」

 

 

使者は荒い息を吐き出しながら、懐から溶岩の熱などで燃えないように厳重に保管されていた一通の書状を震える指先でユン坊へと渡す。

 

プルアの署名が記されている。

 

ユン坊は大きな手でその書状を受け取り、じっとその紙面へと視線を落とした。

 

一文字、また一文字と。

 

文字を追うユン坊の巨岩の如き頑強な顔が、みるみるうちに見たこともないほど険しく歪んでいく。

 

そこに記されていたのは、『始まりの台地』で起きた記録と召集について。

 

如何に首を狙って撥ねようとも瞬く間に再生する悪鬼の出現、そしてその肉体から噴き出すあの『瘴気』の絶望であった。

 

忽然と姿を消した戦友のリンクの不在を狙って強力な新種の魔物が現れ、ハイラルの聖地を汚している。そのあまりに狡猾にして禍々しき事態の全容を読み解くにつれ、ユン坊の瞳には激しい憤怒の炎が燃え上がっていった。

 

だが若きゴロンの戦士の心にある不屈の精神は、これしきのことでは些かも怯えはしなかった。

 

彼はすぐさま書状を懐へと収めると、

 

 

「みんなは作業を続けていてほしいゴロ!! ボクはこれより他の賢者達の待つ監視砦へ急行するゴロ!!」

 

「「「「「「「「「おぉ!!」」」」」」」」」

 

 

デスマウンテンの熱を超えるような、ゴロン族達の咆哮。

 

若き戦士は未曾有の危機を打ち破るべく、英傑より受け継いだ武器をその手に抱いて。

 

自分の使命を果たすべく動き出す。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

「それで!! 何があったんですかリンクさん!! リンクさんッッッ!!!!!」

 

「·······」

 

 

青々と生い茂る竹林の静寂を容赦なく引き裂き、天を衝くほどの切実さを伴って木霊する少年の声。

 

その一切の隙がない畳み掛け、そして怒濤の心配と質問の連撃の前にさしものリンクもたじろぎ、苦笑いを浮かべながら身を引いて両手を振って応戦せざるを得なかった。

 

というか、ぶっちゃけうるさい。

 

最初に会った時から思っていたが、彼はシドのような熱血な性格とユン坊のような勇ましさがあるように思える。

 

狭霧山での過酷なる稽古に引き続き、あの名もなき骸骨の剣士との剣での対話。

 

それら全てを終えて元の場所へと帰還したばかりのリンクにとって、切羽詰まったような顔をして目と鼻の先まで迫ってきている炭治郎の存在は、思わずこちらが引いてしまうほどの強烈な印象を与えてくる。

 

 

「どうしましたかリンクさん!? どうしましたか!? リンクさん!? リンクさんってばっ!!」

 

 

炭治郎は松葉杖に体重を預け、今にも前方へ転び出んばかりの勢いで顔を近付けてくる。

 

その眼差しに宿る真っ直ぐな熱量は、この先で待ち構えている冷静を通り越して沈黙しきっている水柱でさえも疲弊させ、最終的には閉口して無視し、そして避けざるを得なくなったほどの凄まじいまでの圧迫感を孕んでいた。

 

 

「ちょ、ちょっと待って·······分かった。分かったから一回落ち着こう」

 

 

リンクは炭治郎の熱烈なる詰問をまともに受け止めるのは危険だと判断し、暴れ馬でも宥めるように手を前にかざした。

 

それでも少年の身を焦がすような安堵と心配は容易く引き下がる気配を見せない。手で顔を押し出しても炭治郎は負けじと押し返してくる。

 

ふん!! と鼻を鳴らした際に漏れ出る空気がリンクの手に当たって、その生ぬるい感触に思わず悪寒がした。

 

これには流石にしつこいと感じてしまったことだけは黙っておこう。

 

やはりあの少女、禰豆子の兄だけあってどこか似ており、こんな風に問答無用で遠慮なく近寄ってくるところなんか既視感を覚える。

 

だがこれ以上この場所で立ち往生していれば、さらに周囲の山々へ響き渡るほどの絶叫を浴びせられることは火を見るより明らかであった。

 

 

(·······まずはこの場を離れよう)

 

 

リンクは炭治郎の怒濤の追及から逃れるように、彼の意識を別の方向へと逸らすべく竹林の奥へと続く細い道へと素早く視線を向けた。

 

その先にあるのは、数日前から炭治郎が説得のために通い詰めているという水柱の屋敷であり、そしてリンクが向かう先でもある。

 

あの山で出会った少年と鱗滝の言う通りに、冨岡義勇という現水柱の元へ行かねばならない。理由は分からないが、あの少年が最後に託してくれた言葉には深い意味がありそうだった。そして、それを教えた途端に目の色を変えた鱗滝も、リンクの背中を押すように見送ってくれた。

 

だからリンクも向かう。

 

あの人達が何故冨岡義勇という人に会えと言ってきたのかを知るために。

 

 

「冨岡義勇っていう人のところへ向かうんだろう? 立ち話もなんだから、歩きながら話そう」

 

 

リンクはそう言い残すと地面を蹴ってひらりと身を翻し、手で押さえていた炭治郎の顔を躱すようにして冨岡義勇の屋敷へ続く道へと歩み始めた。

 

 

「ぶっ!?」

 

 

リンクの手による支えがなくなったせいで、炭治郎はそのまま地面に綺麗に転んでしまっていた。

 

思わず顔面を地面に打ちつけて情けない声を出してしまったが、ずっと行方不明だった人がまたどこかへ行きそうだったので、炭治郎は急いで立ちあがろうとするが、

 

 

「あっ!? 待ってくださいリンクさん! まだ話は終わっていま────ぐえっ!! ちょ!? お、置いていかないでください!! 今の俺の足じゃ追いつけませんからっ!!」

 

 

背後から松葉杖を土に突き立てて慌てて追いかけてくる炭治郎の滑稽でありながらも必死な足音が響く。

 

足が治っていないから上手く歩けずに何度も転び、しかし流石は鬼殺隊の隊士で上弦の鬼達と渡り合ってきた少年だ。

 

転んだ先でちゃんと受け身を取ってすぐに再起するように立ち上がっている。

 

リンクはその速度を微かに緩めて、少年の痛々しい歩調に合わせながらも決して捕まらぬよう絶妙な距離を保って坂を登っていった。

 

────だが、その歩行の最中。

 

人の本質を嗅ぎ分ける鋭敏な炭治郎の嗅覚が、前を歩くリンクから『異様な匂い』を感じ取った。

 

 

(あれ? この匂い·······鱗滝さん? いや違う·······()()()()()()?)

 

 

必死に松葉杖を動かしていた炭治郎の嗅覚が、リンクの背中から立ち上っている現世を生きる“生き物”とは決定的に異なる奇妙な空気の震えを捉えていた。

 

何故かその際に自分の師である鱗滝の匂いを感じてしまったが、それ以上に“()()()()”の匂いの方が強烈すぎた。

 

 

(懐かしく感じるのに、なんだろうこれ────()()?)

 

 

それはつい先程までリンクが白き精神世界で共に剣を合わせていた、あの亡霊の残り香。

 

肉体が朽ち果て、数百年もの永きに渡ってこの世を彷徨い続けてきた存在の、絶対的な死の気配。

 

狭霧山の恩師である鱗滝左近次の匂いとは決定的に違う、けれどどこか恐ろしいほどに神聖で気が遠くなるほどの孤独と哀切を湛えた『死者の香り』が、リンクの服の繊維から陽炎のように立ち上っている。

 

何故行方不明だったリンクからこれほど死人のような匂いがするのか、全く分からなかった。

 

炭治郎は驚愕のあまり完全に言葉を失い、松葉杖を突く手も小刻みに震えていた。

 

 

(リンクさん·······一体何が?)

 

 

少年の困惑と底知れぬ戦慄の視線をその背に受けながらも、リンクはただ前方を見つめて歩みを進める。

 

その後を追って行った先、付近が木々で覆われた大きな屋敷が見えてきた。

 

しかしその門戸へと辿り着く寸前、屋敷の裏手へと続く勝手口から音もなく這い出ようとする人影を捉えた。

 

それは炭治郎の執拗な説得からこっそりと抜け出し、見回りと称して逃れようとしていた現在の水柱────冨岡義勇その人の姿であった。

 

 

「あ!! 義勇さんっっっ!!!」

 

「··············っ!!」

 

 

その姿を目撃した炭治郎は思わず肩を激しく震わせ、地響きを立てるような声を張り上げた。

 

その瞬間、冨岡は嫌そうな顔をしていた。

 

明らかな拒絶。

 

しかし逃げ切られる前に炭治郎はいつもの如く呼び止める。

 

 

「義勇さん!! 今日もまた見回りに行くんですか!? お疲れ様です!!」

 

「········」

 

「それよりも見てください!! リンクさん無事だったんですよ!! ここに来る途中で倒れていたところを俺が見つけたんですよほら!!」

 

 

炭治郎は水柱の逃亡を阻むように松葉杖をがたつかせながら、怒濤の勢いで話を急激に進めていった。

 

まさに彼らしい、邪気のない至誠の突撃であった。

 

不意を突かれて逃げ道を塞がれた義勇はその場にぴたりと足を止め、ゆっくりと振り返った。

 

その半々羽織を纏う背中には連日の説得による疲弊が色濃く滲んでいたが、リンクの五体満足たる姿をその瞳に映した瞬間、沈み切った表情の奥に僅かな動揺の漣が走った。

 

 

「·············」

 

「·············」

 

 

しかし、その場を支配したのは重々しくも酷く気まずい沈黙であった。

 

そもそも冨岡義勇とリンクの二人は、これまで一度として言葉を交わしたことがない。

 

あの緊急の柱合会議で不死川との決闘を遠目で見守っていたくらいで、せいぜいお互いの相貌を知っているという程度の極めて薄い縁しか両者にはない。

 

ましてや今のリンクから感じるのは、以前と違って義勇でさえも自身の皮膚をぴりぴりと粟立たせるほどの気配である。水柱はその圧倒的なる謎の気配の正体に呆気に取られ、対してリンクはリンクで何故この男がこれほどまでに心を閉ざし、炭治郎から逃げ出そうとしているのか測りかねていた。

 

まあ、さっきの炭治郎の態度を見たらなんとなくわかるが。

 

 

「え、あの·············お二人とも?」

 

 

あまりの気まずさに炭治郎はブンブンと首を左右に何度も何度も激しく振り、リンクの顔と義勇の顔を交互に見つめた。

 

少年の鋭い鼻は、二人の間に漂う凍りついた硝子のように冷たい空気の匂いを敏感に察知していた。

 

炭治郎は何とかこの嫌な沈黙を打ち破ろうと、街で買い求めてきた包みを慌てて差し出し、輝くような笑みを浮かべてこう提案した。

 

 

「そうだ義勇さん!! さっき街まで行って美味しそうなお菓子を買ってきたんです!! リンクさんも一緒ですし、三人でどうでしょう!? 食べながらリンクさんが行方不明だった間の話をゆっくりと───」

 

「いい、いらない」

 

 

義勇の口から漏れたのは、炭治郎の温かき提案を刃の如く一刀両断する拒絶の声であった。

 

水柱はそれ以上の言葉を一切発さず、炭治郎の差し出した包みへ一瞥もくれることなく踵を返すと、屋敷の敷地を離れて川へと続く方向へと足早に歩み去っていってしまった。

 

 

「あ!? 義勇さん!? 待ってください義勇さん!! 一口だけでも!?」

 

 

炭治郎は懲りずに松葉杖をがたつかせながら、離れていこうとする水柱の背中を執拗に追いかけようと地を蹴った。

 

少年の真っ直ぐな熱意は、どれほど拒絶されようとも些かも衰えることはない。

 

───しかし、その少年の背後で。

 

 

(彼の羽織············あれって)

 

 

リンクの瞳が鋭く細められた。

 

リンクは、先程まで骸骨の剣士との戦いによって至高の領域へと引き上げられた『全集中の呼吸』を、無意識のうちに周囲の大気へと巡らせていた。

 

呼吸法の極致。

 

それは大気の微かな振動、衣服の擦れる音、そして何より人の発する息遣いのうねりから、肉体が内側に秘めた情念の波形を克明に読み取る、心眼の領域。

 

炭治郎からは冨岡義勇に何があったのか、その詳細は一切聞かされていなかった。

 

だが、リンクの限界を超えた直感が捉えた歩み去る義勇の呼吸は、決して傲慢や他人への蔑みから来るものではなかった。

 

その肺腑の奥底で鳴り響いていたのは、()()()()()()()()()()()

 

『みんなと一緒にいる資格はない』と言うかのような、血を吐くような深い心の傷と頑ななる拒絶の波形。

 

なんとなく、だが。

 

皆に非協力的な態度を取り、孤独の内へと沈もうとするその背中。それを見つめ、リンクがその足を踏み出そうとした、まさにその直後であった。

 

木橋の上へとかかる、義勇の背。

 

その半々羽織の───左半分の模様が、リンクの瞳に鮮烈に飛び込んできた。

 

緑と黄色を不規則に繋ぎ合わせたあの独特な紋様。

 

それを見た瞬間、リンクの記憶の奥底から狭霧山での過酷なる特訓の光景が、激流の如き凄まじさを以て呼び起こされた。

 

それは自分に呼吸法の基礎を、全身の全細胞へと意識を全集中させる息吹を。

 

生死の境界で厳しくも慈悲深く教えてくれた───()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

あの大岩の前で己の剣技を全盛期の次元へと引き戻すきっかけとなってくれた、あの少年。

 

何故、今の世代において最も優れた位にいる水柱が、あの少年の遺した衣服の片割れを己の肉体に縫い合わせるようにして身に纏っているのか。

 

 

(···········そうか、そういうことか)

 

 

全てが。

 

一本の因縁の線となって、リンクの頭で確かな音を立てて繋がった。

 

あの日、狭霧山で出会った少年が既にこの現世には存在せぬ亡霊であったこと。

 

そして。

 

目の前の水柱はその死に別れた少年の遺志を、その背中に狂おしいほどの呪縛として背負い続けているということ。

 

先程、骸骨の剣士からあの上弦の壱の鬼は実の兄で、厳勝という元人間への果てのない悔恨を告げられたばかりのリンクにとって、死者の想いに縛られ、自分自身をまるで戒めだと呪って時を止めている義勇の呼吸の歪みはあまりにも痛々しく、そして誰よりも正確にその本質を理解できるものであった。

 

リンクは炭治郎を追い抜くようにして、自分よりも前を歩いている義勇の背後へと立つ。

 

すると。

 

この世界と同調するかのように静かな声で、リンクはその背中に向けて核心を突く一言を響かせた。

 

 

「─────()()()()()()()()()()()()?」

 

「ッ!?」

 

 

その一言はせせらぎの音を切り裂いて、義勇の背中に容赦なく突き刺さった。

 

そしてリンクは続ける。

 

憶測の域を出ないが、確実に目の前にいる冨岡義勇という男を孤独へと縛り付けているものはなんなのかを明らかにするように。

 

 

「何を恐れてる? 他人でも、ましてや鬼に対してじゃないだろう?」

 

「···········」

 

「良ければ話してくれないか? 君が苦しんでいる理由を」

 

 

その瞬間。

 

義勇の足が杭を打ちつけられたかのように、ぴたりと静止した。

 

その半々羽織の左半分───“親友の形見”が、川の風を受けて微かに揺れる。

 

 

「···········」

 

 

義勇は一切の言葉を発しなかった。

 

お前に何が分かると声を荒らげることも、言い訳を並べることもしない。

 

ただ。

 

その凍りついた瞳を大きく見開き、唇を硬く結んだまま、背後を振り返ることすら忘れたかのように立ち尽くしていた。

 

誰もが『水柱が協力を拒んでいる』としか思わぬ中、この外人だけは。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

水柱の肺が凍りついたように息が止まり、彼は拳を白くなるほどに握り締めた。

 

木橋の上を支配したのは、あまりにも重々しく、そして底知れぬ傷心を含んだ沈黙。

 

 

「り、リンク···········さん?」

 

 

リンクと冨岡義勇。

 

その二人の間で、言葉を超えた凄絶なる問答の気配を。

 

背後で松葉杖を突いたままの炭治郎は、息を呑んで見つめるしかなかった。

 

 

 

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