鬼滅の伝説   作:織姫ミグル

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第四章

 

 

一夜明けて。

 

ハテノ古代研究所。

 

雑然とした室内。

 

そこにリンクと少女の二人は来ていた。

 

少女はハイリアのフードをえらく気に入ってしまい、そして取られることが許せないのか、いくら返して貰おうとしても不機嫌そうな猫のように威嚇しては首を横に振る。現在少女は幼児姿になっているため大人用のフードはサイズがでかく、せめて子供用に変えて欲しかったが頑なに拒むため、リンクは諦めて自分の装備を譲った。

 

 

「ヘイ、ユー······ついにやっちゃたか」

 

 

などと言ってかがみ込んでは少女に顔を近づけて仔細に眺めたあと、小柄な老人はカメレオンの目を模したゴーグルで左右別々に視線を動かし、悲しそうな表情でリンクを見た。

 

 

「まさかあのリンクが少女愛(ロリコン)に目覚めるとは······流石にこれはミーもショックを隠せないよ」

 

「そんなわけないだろ」

 

「しかも異国の黒髪幼女とは、最低でも十年は牢に入れられてしまうぞ」

 

「しばかれたいのか?」

 

 

思わず殺気を出してみたところ、額が禿げ上がった長髪の老人“ロベリー”は片手をひらひら振って、

 

 

「ノーノー、ただのジョークじゃないか。いついかなる時でも一人で行動するあのリンクが少女を連れてくるなんてアンプレシデンティッド。手紙を先に受け取っていたとはいえ、ここまで小さな女の子だとは思ってもみなかったぞい。てっきり誘拐でもしたのかと────」

 

「いい加減にしてくれ」

 

 

どうして社会的に抹殺するような言葉ばかり出てくるんだこの爺さんは。

 

散々リンクを小馬鹿にして満足したのか、ロベリーはケラケラ笑うとソーリーソーリーと適当に謝ってから黒板のある方に向かう。黒板をはみ出して壁にまで描かれた難解な数式を横目に見ながらリンクは椅子に腰掛ける。

 

 

「さて、お遊びはここまでにして、本題に入ろう」

 

 

脱線させたのは誰だと思ってるんだ、とでも言いたげに睨むがロベリーは無視した。

 

 

「ユーが倒した新種の魔物のサンプルが先ほどミーのラボに運ばれてきたよ。できれば死体を手に入れてきて欲しいが陽光に当たれば消えるというし、斬った部分もすぐに塵になるという。血液だけでも正直嬉しいよ」

 

「それで、分かったことは?」

 

「······」

 

 

ロベリーは疲労感が全身に走り、いつものようなロックな雰囲気は出さずに告げる。

 

 

「ユーは今回現れた魔物についてどう見る?」

 

「特徴的なのは、やっぱり人語を操るという点。あとは人間のような見た目をしているところ、かな」

 

「ザッツライト。そして歴史上、今までそんな魔物は目撃されていないことは知っているだろう?」

 

「ああ」

 

「では何故そんな奴らが急に現れるようになったのか······ミーは奴らの血を分析するうちに一つの事実に辿り着いた」

 

 

小柄な老人は謎めいたため息を吐いて一旦言葉を切る。

 

彼が次に出した言葉は短く、しかし途方もない重さを持っていた。

 

 

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リンクは驚きもせず、黙って促す。

 

彼だって、あるいはそうなのかもしれないと思っていたからだ。先日どうやったら倒せるかの解剖を行ったところ、人間と似た臓器が出てきたことから自分達と何か関わりがあるのではないか、と。しかしやはり専門知識を持っている者から直接聞かされると、息が詰まるのを抑えることはできなかった。

 

ということはあれか、今まで自分達は人殺しをしていた、と?

 

事実として認識することを理性も感情も拒否してしまったのか、表情に出ていたのは悔やみ。

 

それを見たロベリーは答える。

 

 

「念の為言っておくが、奴らの血は死体のように腐り濁っておった。陽光にも弱いとのことで、どちらかというとスタル系よりもギブドに近いことから、おそらくじゃが奴らは魔物になった瞬間に死んでおる。だからユーは殺してない。その辺りを履き違えないように、ドゥーユーアンダーストゥドゥ?」

 

「······うん」

 

 

わずかな間、ロベリーが小さくため息を漏らすのをリンクは聞く。何度も深く息を吐いていることから、彼からしても今回のことは流石に予想外だったようだ。

 

死体の魔物。

 

ストレートなアンデッド系魔物が現れたとなると、倒す方は無意識に人を殺したという罪悪感を与えられるということ。気休めにロベリーはもっともらしいことで説得してきたが、それに納得できないものもいるだろう。

 

 

「魔物に変化する際、その血の量に応じて強化された皮膚の硬度や体機能の向上。だから奴らは筋力も強靭で、個体によって能力が変わる」

 

 

これは生物学というよりは物理学の分野な気がした。

 

門外漢のリンクが何か憶測を挟む余地はなかった。

 

 

「どうやって変化するのか、そこはまだブラックボックス。原理は血液感染症なのかもしれんが、人間の遺伝子情報を書き換えていくその侵食スピードからして、この世界の生物には抗体のない未知のウイルスと考える。体内侵食率が半分も行ったところで人間は人間ではなくなり、姿が変化して人間はやがて魔物になる。その過程で本来得るはずのない能力を生み出す個体もいる。簡単に言ってしまえば突然変異による進化、そこから生じる常識の欠落、知覚変化、生きるという行為においての思考の鈍り。結果出来上がったのが『人喰い魔物』、というのがミーの見解だ」

 

「······」

 

「感染源は未だ不明。どこから来たのかミーだってインタレスティン、興味津々じゃ。しかし同時にフィアーでもある。それを知った時、ミー達は正常な精神状態でいられるか······それがとても怖いんじゃ」

 

 

リンクはもう相槌さえ打てない。ただひたすら、背筋を硬くして告げられる言葉に耳を傾けることしかできない。

 

するとロベリーは、隣に座っている少女に視線を移し、

 

 

「さて、その子じゃが······」

 

 

彼はまるで夢を見るようにゴーグルの奥で目を細めながら彼女を観察する。

 

 

「ヘイユー、お名前は?」

 

「むぅ?」

 

 

ロベリーが顔を近づけて訊ねても少女は首を傾げるだけで、それ以上は何も答えてくれない。

 

そもそも口が塞がってるのだから答えようもない。

 

かと言って無理に外そうとすると暴れるし、それを聞いていたロベリーはとりあえず彼女に“ジェーン”(名無し)という仮名を勝手に名付けた。

 

 

「確か、ユーも太陽の光が弱いんじゃったな?」

 

「······むぅ?」

 

「であれば、ユーも奴らと同じ魔物の仲間だと思われるんじゃが────」

 

「!? ちょっと待てくれロベリー!! この子は────ッ!!」

 

「じゃ・がっ!!」

 

「!!」

 

 

遮るように彼は口調強くして、言葉を続ける。

 

老人の声はあくまで穏やかに抑制されたものだった。ただ、ほんのわずか響いた鋭い呼吸音だけが彼の心情を表していた。

 

 

「ミーの見解が正しいなら、通常人間がその魔物に変化する際には細胞を破壊して遺伝子情報を書き換える過程でその者は死んでしまうが、彼女の場合は感染しながらもその進行が非常に緩やかなのかもしれない。一気に大量のウイルスを血中に送り込まれた普通の人間がごく短時間で感染して死に至ったのを考えると、少女は抗体があるのかもしれない。人間を見た瞬間に襲ってくる個体とは違って大人しくしていられること自体アメイジング。実にインタレスティン。上手くいけば、この少女が各地で起きている魔物事件を解く鍵になる。さて、ここまで言えばユーもミーの考えがわかるだろう?」

 

 

ニヤリと笑ってみせるロベリー。

 

正式な資料がない中で、憶測だけでも充分な説得力があったその言葉にリンクは、笑みを浮かべるロベリーを見て鏡のように釣られて自分も微笑んでいた。

 

となれば、自分が今できることをするだけだ。

 

悩んでいても仕方ない。

 

彼女をロベリーに任せ、自分は厄災討伐はもちろん、各地に現れた魔物を討伐するために退魔の剣を振るう。

 

 

「ありがとうロベリー」

 

「ユアウェルカム」

 

「じゃあ、この子を任せていいか? アンタならこの子と協力して新種の魔物を倒すための策が思いつくだろう?」

 

「オフコース! 彼女は奴らの中でも貴重な存在。今まで採取できなかった部分も解析して対抗策を見つけてみせるさ!!」

 

「変なことするなよ?」

 

「ヘイユー!? ミーをなんだと思ってる!?」

 

 

散々揶揄われた仕返しにこちらも冗談で返して笑いを引っ込め、椅子から立ち上がり、剣や盾を装備すると少女の側まで行って頭に手を置き、優しく微笑みかける。

 

しばしの別れを言うために。

 

 

「ここでお別れだ。たまにここに寄るから、ロベリーの言うことはちゃんと聞いて良い子にしてるんだぞ?」

 

「ムゥ!?」

 

「またね」

 

 

青年の言葉に、少女は目を見開いていたが彼は構わず出口へと向かう。

 

手を振って別れを告げ、ドアに向かおうとした時、

 

 

「ムゥゥゥウウウウッ!!」

 

 

ドスンッ! と。

 

顔面に激痛が走った。

 

膝裏に何か重い衝撃が襲ってきたせいで強制的に曲げられ、そのまま脱力し、自分の体が前に倒れてしまっていた。予想外の痛みにリンクは体をブルブルと震わせながら顔を押さえ、痛みの元凶となるものに目を向けると、

 

 

「うぅぅ、ぅううううううッ!!」

 

 

放すもんか! と言うかのように泣きながら足にしがみついてきていた少女が目に入ってくる。

 

 

「え!? ちょ!?」

 

「むぅぅぅう、うぅぅぅうううう!!」

 

「ロ、ロベリー!! 見てないで手伝ってくれ!!」

 

「オ、オッケー!!」

 

 

リンクが立ち上がっても一向に放さず、ぼーっとして見てきているロベリーに助けを求めて後ろから引っ張って引き離そうとしてもらおうとしても、少女は離れなかった。

 

 

「ちょ!? 俺行かなきゃいけないんだってば!!」

 

「ムゥゥゥウウウ!!」

 

 

その言葉に少女は首を横に振ってリンクの服を手繰り寄せながらよじ登り、ちょうど良い具合に顔の両側にあった彼のチャームポイントであるもみあげを一束ずつ掴んで必死の抵抗をする。ロベリーも彼女の足を力一杯引っ張るが、それが逆効果となり、少女が掴んでいるリンクのもみあげから痛みが生じた。

 

 

「い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いッッッ!? は、放してって!!」

 

「も、もう······リミット······ッ!!」

 

 

言い忘れていたがロベリーは高齢である。よって体力が長続きせず、切れた途端に彼の手は少女の足を放し、まるでゴムパッチンのようにして勢いよく少女の額がリンクの頭へと直撃した。

 

ゴッス! と。

 

脳内の記憶の一部が破壊されたかのような衝撃だった。

 

 

「────ッ!!!??」

 

 

少女はかなりの石頭だった。

 

頭に鈍痛が走り抜け、後ろに倒れ込む。一瞬思考が真っ白に染まったがすぐに意識を取り戻してお腹の上で泣きながらしがみついている少女に頭を悩ませる。あらゆる魔物との戦い方を心得ている彼でも、頑固少女の我儘に対しては何の役にも立たない。

 

見れば、間近にある彼女の顔は大層哀しそうな表情だったが、リンクの顔を見たらすぐに泣き止んだ。

 

少女は思い出の品を抱き締めるようにリンクの頭まで移動してきては、傷ついた部分に手を回して優しく撫でてきた。

 

それを見たロベリーはやれやれと困ったように後ろ頭を掻いて、

 

 

「どうやらユーとどうしても離れたくないようじゃな。仕方ない······この件はリンクに任せるぞい!!」

 

「はぁ!?」

 

 

ロベリーがふざけたことを言うので頭に少女を乗せたまま立ち上がると、リンクは小柄な老人を見下ろすように猛抗議する。

 

 

「何言ってるんだアンタ!! 俺にはやることがたくさんあるのに!?」

 

「ミーに言われてもその子がユーから離れたくないと言うんだ。ならばどうしようもないじゃろう?」

 

「俺は特に危険な任務を任されるんだから子供を連れてちゃダメだろう!? 万が一敵に襲われてこの子が深傷を負ったらどうするんだ!?」

 

「ユー強いし、まぁなんとかなるじゃろう」

 

「無責任だな!?」

 

 

混乱して頭を抱えながら首をブンブンと振り回すも少女は離れる気配はない。

 

 

「ヘイ、リンク」

 

「!!」

 

 

ロベリーはリンクの名を呼ぶと、彼の情に訴えかけるように言う。

 

 

「この子は今やハイラルの希望、新種の魔物を一気に絶滅させることができる唯一の手掛かりじゃ。ミーのような後先短い老人の元では心細いじゃろうて。その点、ユーと一緒ならばいつか必ずやり遂げられる。ミーの勘がそう告げている!!」

 

「それ言い換えたら丸投げって言うんじゃ?」

 

「こういう時のミーの勘は絶対当たる!!」

 

「······」

 

 

なんの根拠もないが、ロベリーが派手にポーズをとった瞬間にどこかからジャジャーン!! という幻聴が聞こえて、それ以上は何も言い返せなかった。

 

リンクは渋々受け入れたのか、頭に乗っかっている少女を両手で掴んで目の前に持ってきて訊ねる。

 

 

「本当に俺と一緒にいたいの?」

 

「ムゥ!!」

 

 

少女は力強く頷き、フン! と鼻を鳴らして答える。

 

 

「俺と一緒にいると危ない目に遭うかもしれないんだ。それでもついてくるつもりなの?」

 

「ムン!!」

 

 

と、少女は任せとけ! と言うように右手で胸を力一杯叩いた。

 

こうなったら、彼女は意地でもついて来るだろう。いくら説得しても納得せず、黙って置いて行ったりなんかしたらどうなるか、想像に難くない。確かにロベリーの言う通り一緒にいれば安心だし、常にその様子を見守ることができる。

 

何より、自分で蒔いた種だ。

 

自分から拾っておいてここで彼女を投げ出すなんてこと、勇者である自分にできるはずもない。

 

少女のその力強い返事に元気付けられ、一瞬の笑みを返してから、リンクは大きな息を吸った。

 

 

「わかった······それじゃあ一緒に行こう!」

 

 

微笑みながらそう言うと、少女はにっこり笑って叫んだ。

 

 

「ムゥ!!」

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

木箱を背負って旅立つ青年は、全幅の希望を湛えた眼差しで世界を見ていた。

 

木箱の中でガサガサと引っ掻いている少女は、一風変わった友人として今後は勇者である彼を支えていくだろう。それだけでなく、この先も青年の進もうとする道の前には数限りない出会いが待っているはずだ。

 

それは楽しいことだけでなく、時には苦しみや悲しみを味わうこともあるだろう。それでも、辛いことを乗り越えた先にある未来には、きっと希望に満ちた世界が広がっているはずだ。

 

これからも進んでいこうと思った。

 

青年と少女。

 

勇者と魔物。

 

手を取り合うことがなかった二人は、

 

どこまでもどこまでも、

 

共に進んでいこうと決意する。

 

 

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