鬼滅の伝説   作:織姫ミグル

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第五章

 

 

朝一◯時。

 

山あいにあるその村は一風変わった見た目をしており、どちらかと言うと隠れ里のような趣を感じる。

 

周囲を山に取り囲まれた、カカリコ村。

 

山に取り囲まれているおかげで日陰部分が多く、ここなら少女も居心地が良いかと思い連れてきた。ここは農耕を中心に発展している村であり、手入れの行き届いた野菜達のおかげで村が豊かであることを教えてくれる。

 

柔らかく親しみを感じさせる外観が、初めて訪れる旅人の緊張をほぐしてくれる。

 

荷台には畑で採れた野菜が山積みにされている。

 

 

「剣士様、精がでますのぅ」

 

 

声をかけられて、リンクは荷台に野菜を積める作業を止めた。振り返って額に浮かんだ汗を拭い、話しかけてきた農夫のゴスティンに笑いかける。

 

 

「カカリコ村には食材を分け与えてもらってるからね、これくらいはやらないと。最近、調子はどう?」

 

「剣士様にゴーゴーニンジンを広く宣伝してくださったおかげで、今では各地方に自慢のニンジンが置かれるようになりました。これはそのお礼です。どうぞもらってやってください」

 

 

ゴスティンは深々と頭を下げると、小脇に抱えたザルをリンクに渡す。ザルの中には取れたてのゴーゴーニンジンが山盛りになっていた。

 

 

「悪いな、こんなにもらっちゃって」

 

 

リンクが頭を掻くと、ゴスティンはとんでもないとばかりに手を振った。

 

 

「こちらこそ、剣士様のおかげで用心棒いらずで、カカリコ村は今日も平和です。本当に感謝しておりますよ。勇者の身でありながら農作物まで手伝ってくださるなんて、いやはやまったく頭が下がる」

 

 

ゴスティンの声につられるようにして振り返ったリンクは、カカリコ村を見渡した。初めは空からの遺物のおかげで観光地として有名になったが、それ目的で悪質な事をする輩も増え、更には姫様の姿をした偽物までこの地に入り込んだため、リンクがこの村の村長である“パーヤ”に声をかけて取り締まりを強化し、今では見違えるほどこの村は充実していた。

 

コッコの防衛訓練、シーカー族お得意の隠密能力、怪しい者を見抜くための観察力。素材屋の輸入ルートもリンクが確保したことによって、今では希少な薬などが売られるようになっていた。

 

記憶を失ったおかげで堅物近衛兵だった頃の面影はすっかりなくなり、柔和でありながらも精悍さも増して好青年の風格が滲み出てきつつある。

 

それもこれも、あらゆる経験のおかげだろう。

 

子供の料理を手伝ってあげたり、鬼ごっこに付き合ってあげたり、シズカホタルを捕まえて幻想的な光景を見せてあげたり、行方不明となったコッコの捜索をしたり、消えた燭台に神業的なやり方で火をつけてあげたり。

 

悩めるドゥランの話を聞いて過去の過ちを正してあげたり等。

 

いくつかの信頼を得て、その経験が人間リンクとしての自分を成長させてくれたと信じている。

 

今ではカカリコ村に訪れれば、必ず彼を称えるほどにまでその名は村民達に轟いていた。

 

 

「······ところで、そちらのお嬢さんはいったいどちら様で?」

 

「むぅ?」

 

 

ハイリアのフードの上から竹笠を被り、汗を吸ってすぐ乾く素材で作られた速乾性のある長袖シャツを着物の下に着込んで完全フル装備になっている少女は、水撒き用の水タライを抱えていた。

 

陽の光が弱点である少女でも、日差しが当たりにくいこの村でなら多少は自由に動けるのではないかと考え、対策として肌をほとんど露出させず、陽光をフルカットする装備を着させて畑仕事を手伝ってもらっていた。

 

最初は怖がっていたが、ゴーゴーニンジンの畑は特に日陰となる時間が多く、畑まで木箱の中に入れて運び、健康的に過ごしてもらうため体を動かしてもらっている。無論、細心の注意を払って日陰の部分のみにいることを心掛けている。

 

少女はリンクの元までやって来ると、このおじいちゃん誰ですかといった様子で小首を傾げる。

 

 

「ああ、このゴーゴーニンジンを畑作しているゴスティンさんだ。それで、この子は、えっと─────」

 

 

名前も出自もわからない。

 

と言ったらなんて思われるだろうか。

 

少女の口は塞がっており、ハイリアのフードで口元が見えにくくなっている。というか見えたら間違いなくリンクは誘拐犯だと思われるだろう。少女に口枷という組み合わせだけでもう絵面がやばい。そして一切人の言葉を喋らないので意志疎通は仕草と声の感情くらいでしかできず、何を言っているのかわからないから詳しい情報は得られずにいる。

 

ロベリーが勝手に変な名前を名付けていたが、流石にその名前で呼びたくない。

 

正直、なんて説明すれば良いのかわからなかった。事情も知らず預かっていると素直に言っても信じてもらえる可能性は薄い。

 

 

「リンク様の妹君です」

 

 

と、不意に穏やかな声が聞こえて、リンクは思わず肩をビクッと震わせた。振り返ると、すぐ目の前に額に涙を流す目の模様が彫られた女性が立っている。

 

それは長の証で、シーカー族を象徴する紋章だった。

 

優しい瞳でリンクを見ている彼女はニッコリと笑う。

 

 

「ね? リンク様?」

 

「う、うん······そうだったね、パーヤ」

 

 

リンクは脳裏に昨日の光景を鮮明に蘇らせる。

 

この村に寄って村長である彼女の屋敷に挨拶しに行ったところ、背負っていた木箱から少女が勝手に出てきて彼女を困惑させてしまった。

 

説明しようにもこの子が巷で騒がれている新種の魔物だということを言うわけにもいかず、額に汗をびっしり浮かべながら、それでもどうにか言葉を絞り出してこう言った。

 

 

『妹』

 

 

その時、パーヤは開いた口が塞がらず、屋敷の外の梢に止まった野鳥がホッホッウと微笑するように鳴いたのが聞こえてきた。

 

どこからどう見ても似ておらず、そもそも耳が尖っていないことから人種が違うだろうと、そんな考えが頭を過ったのか、パーヤの思考は空白に染まる。

 

数秒の沈黙。

 

するとパーヤは笑顔になり、人を疑うことを知らないっぽい瞳で見つめてきて、そうですかと一言呟くと、タウロ様の様子を見にいきたいのでごゆっくりとだけ言って屋敷を出ていってしまった。

 

その嘘に気付いていないのか、それとも気付いてないフリをしているのか。どちらにしても出鱈目な事を言ってしまったリンクは心の中で自分を呪った。

 

そんな彼女を見たゴスティンは腰を九◯度曲げて敬意を払うようにお辞儀する。

 

 

「おはようございます、パーヤ様」

 

「おはようございますゴスティン様」

 

 

満面の笑みでそう返すパーヤ。

 

畑の敷地に足を踏み入れても良いか訊ねると、ゴスティンはもちろんと頷き去っていく。そしてリンクの方に近付いてくると深々と礼をしては通り過ぎ、しゃがみこんでタライを両手で持っている少女に挨拶する。

 

 

「畑仕事を手伝ってくださいましてありがとうございます、妹君様」

 

「むぅ」

 

「それにしても不思議な格好ですね。見た目は私達シーカー族のような服装を着ていますが、見たこともないデザインです。サゴノ様の新作にも見えませんし、それに初めて見た時に思ったんですがハイリア人特有の耳もお持ちではありませんでしたし·····異国の方でしょうか?」

 

「ムー?」

 

 

ふと、首筋に悪寒を感じた。そのままパーヤは首だけを動かして振り返ると、目だけが笑っていない表情でこちらを見てきた。

 

ブワッと脂汗が噴き出してくる。

 

これは、完全に気付いている。

 

少女が何者なのか知っている。

 

パーヤは以前とは違い、この村の長として正式に先代のインパから跡目を譲られた。そのおかげか精神的にも成長しており、立派な長として務めを果たすためにこの村を全力で守ることを誓った身。

 

そんな中、リンクが厄介事を持ってきたと知ったらそりゃあんな顔になるのも無理はない。

 

いつも温厚な彼女とは打って変わって、絶対零度の目でこちらを睨み付け、

 

 

「そういえば、最近各地で人が行方不明となる事件が多発してるんですよね」

 

「······え?」

 

「·······リンク様?」

 

 

よくわからない話題を振られて困惑しているリンクだったが、パーヤが音もなく陽炎のように立ち上がる。

 

そのままこちらに歩み寄ってきて俯きながら彼の手を取ると、ゆっくりと顔を上げた。

 

その目には大量の涙が溜まっていた。

 

 

「······自首してくださいませ」

 

「······はい?」 

 

 

思わぬ言葉にリンクが目を点にしていると、

 

 

「正直にお答えになってください!! リンク様の妹君というのはやはり嘘ですよね!? どう見ても似ておりませんし! 隠さず全てお教えください!!」

 

「ちょ······パーヤ!?」

 

「いえ、パーヤには全てわかっております·······信じ難いことですが、拐かしてしまったのですね?」

 

「え!? 違っ─────!?」

 

「まさかリンク様が誘拐の片棒を担ぐなんて、パーヤにはとても受け入れられません!! 何か事情があるのでしょうがまずは罪を償うために私と一緒に今すぐ兵士の元へと出頭致しましょう!!」

 

「誤解だッ! 冤罪だッ! 無罪だッ!?」

 

「ご安心くださいませ、パーヤはリンク様を決して一人になどさせません。地獄だろうとどこだろうと、どこまでも一緒についていく所存でございますぅぅぅうううッ!!」

 

「話聞いてパーヤ!?」

 

 

大泣きして興奮気味のパーヤは聞く耳を持たずリンクの腕を引っ張り、リンクはなんとしても連れていこうとする彼女の手を離そうとするために必死に抵抗する。

 

腕同士の綱引きをしたせいで、せっかく付け替えてもらった右腕が千切れようとした。

 

その時、

 

 

「パーヤ様!!」

 

 

長の付き人であるドゥランが急ぎ足で駆けつけてくる。

 

二人が今どんな状況であるか気にも留めず、ドゥランは片膝を地に付けて用件を伝える。

 

 

「報告致します! 昨夜、双子山で例の新種の魔物が現れたという情報が先程入ってきました!!」

 

「なんですって!?」

 

 

思わず声を荒らげるパーヤ。

 

ここから遠くない。目と鼻の先の距離に新種の魔物が現れたと聞いてパーヤは内心穏やかではなかった。

 

状況を確認するために詳しい情報を聞き出す。

 

 

「被害状況は!?」

 

「ちょうどそこを通りかかった荷馬車が襲われたとのことです!」

 

「怪我人は!?」

 

「その荷馬車の行商人が重傷で運ばれてきましたが、命に別状はないとのことです!」

 

「そうですか······良かった」

 

 

それを聞いてほっとするパーヤ。

 

しかし、まだ何も解決していない。新種の魔物だということは所持を義務付けられているカガヤキの実で撃退できるはずだが、その商人は生憎持ち合わせてなかったのか。

 

どちらにしてもその報告だけを聞くと、その魔物はまだ倒されていない。このままじゃ、双子山に現れた魔物が商隊による物資の流れを断ち切るだけでなく、この村にも旅人にも被害が及ぶ。

 

急いで討伐隊を向かわせたいが、パーヤは深刻そうな顔で苦悩している。人手不足だった。厄災討伐のためにシーカー族も召集され、腕に覚えのある若者達のほとんどが各地に派遣されている。

 

今いるのは女子供、そして高齢の者ばかり。

 

流石にそんな人達を危険な場所に向かわせることはできない。

 

何より相手は新種。まだわかったいないことだらけだ。討伐に向かわせるにもやはり情報と経験不足過ぎる。

 

どうしたら、と考えていると、

 

 

「俺行くよ」

 

 

その声にパーヤは振り向く。

 

 

「リンク様?」

 

「適任、でしょ?」

 

 

空気が凍った。

 

パーヤとドゥランが顔を見合わせている。

 

確かに、彼ならば任せられる。

 

様々な魔物と戦ってきた彼ならば、そんな魔物など余裕に倒せるだろう。

 

パーヤは強く頷き、真剣な眼差しで彼の目を見る。

 

 

「お願い致します、リンク様」

 

「任せて」

 

 

そう告げた途端、パーヤは感謝と安堵の表情を浮かべた。

 

これ以上ないくらいに頼れる存在がいた。

 

伏し拝まんばかりに頭を下げるパーヤを見て、リンクは彼女の肩に手を置く。

 

そんな青年の腰辺りに、

 

小さい手が掴まれる。

 

 

「ムゥ!」

 

 

振り返ると、少女は真剣な面持ちでこちらを見上げていた。

 

連れていけ、とでも言っているのだろうか。

 

リンクは迷った。

 

この少女を連れていくべきかどうか。ここに預かっててもらうという選択肢も考えたが、やはりこの子から目を離すわけにはいかない。

 

少女は新種の魔物。

 

放っておいたら何をするかわからない。

 

奴らの生態についてほとんどわかっていない以上、この子を一人にしておくのは危険だ。今は人を襲わないが、何がきっかけでそんな最悪な事態が起きてしまうのか予想できない。正体がバレた時、みんなは彼女を危険分子と見做して、即座に武器を構えるに違いない。

 

片時も離れずに、見張っていなければ。

 

掴んできている少女の目線に合わせるようにしゃがみ、

 

 

「一緒に来る?」

 

「ムゥ!」

 

「よし、その代わり絶対に離れるんじゃないぞ?」

 

「ムン!!」

 

 

鼻を鳴らして勢いよく頷く少女。

 

少女は返事と共に早速木箱へと戻っていく。これまで一緒に様々な種族と戦ってきたが、少女を連れて歩くというのはやっぱり気が引ける。頼れる相棒だとは思えないのだ。少女が奴らと同じ魔物だとしても、おそらく中身は人としての形を保っている。

 

よく笑い、よく我儘を訴え、よく泣く少女。

 

ここまで人間らしく感情を見せていることから、彼女は魔物ではない。

 

しかし、それは捉え方次第だ。

 

見た目は誤魔化せても、陽光に当たれば魔物らしく死滅するし、血液検査などで数値を調べられたらまず間違いなく彼女は魔物と認定されるだろう。それだけは絶対に避けなければならない。

 

青年は木箱を背負う。

 

早く少女が人目を気にせず堂々と世界を歩ける世の中が来ることを願いながら。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

魔物は夜にならないと現れない。

 

パーヤが村の出入口で見送ってくれ、木箱を背負ってカカリコ村を後にし、双子山に近づくにつれ街道ですれ違う人の数が減っていくのが気がかりだった。魔物が近寄りにくい地点を入念に調査した上で設営された双子馬宿の所には、魔物が現れたことを聞きつけたのか、護衛役として何人かの傭兵が宿泊客を守っているのが見えた。

 

何人もの兵士がいることから、討伐が長引いていることが察せられる。仮眠を取るためにベッドに寝ているものまでいる。

 

馬宿で一度木箱を下ろし、装備の手入れをするリンク。

 

手際よくポーチに入っている道具を移し替え、かさばる物は邪魔になるので一旦馬宿で預かってもらった。

 

一通り作業を終えたリンクは傭兵達に詳しい事情を聞き、この辺りの情報を詳しく聞く。

 

物流が断たれたら死活問題になってしまう。ハテール地方から別地方へ行くとなると、山が二つに割れたようなこの双子山を通らねばならない。街道は一本しかなく、その場合に魔物が現れればそのままそこら一帯の村や生態系の生命に関わってくるのだ。

 

それらを聞き終え、木箱を背負って馬宿を出ると、最初に耳にしたのは流れる川の音。谷間の中を走る川の上のふたご兄橋を渡ると、涼やかな風が梢を渡って流れていく。月明かりも僅かしか届かず、少ない光に照らされて魚達の鱗が輝き影を映す。

 

 

「······」

 

 

まとわりつく生臭い匂いが風に乗って漂ってきた。

 

死体のような、腐った悪臭。

 

背中からマスターソードを引き抜くと腰だめに構える。右手に握り締めた剣の刀身が輝きを放ち、近くに新種の魔物がいることを知らせる。いつものように使い続けてすっかり体に馴染んでいるはずなのに、奴らの正体を知ってからというもの、なぜか今はその退魔の剣が重く感じた。

 

そんな考えを払拭するべく息を整えて辺りに神経を集中させると、

 

 

「ウオォォォォォォォォォラァアッ!!!!!」

 

 

長く響く雄叫びと共に、首の後ろの毛が危機を察知し逆立った。

 

 

「フッ!!」

 

 

まずは短期決戦。

 

ポーチからカガヤキの実を取り出すと投擲し、一瞬で片をつけるために眩い光が辺りを包み込む。

 

 

「ハッ!! それはもう見慣れてんだよォッ!!」

 

 

そう挑発するように言うと、その魔物は俊敏な動きでリンクの投げたカガヤキの実の光から逃れるために距離をとった。

 

 

「······」

 

「お前らの戦い方はここに来てから学んだ。剣が効かねぇから意味のわかんねぇ木の実を投げることしかできねぇんだろ? だったら話は簡単だ。光が届かねぇ場所まで回避すればいい。それを繰り返してりゃあいずれは在庫が尽きて、その隙をつけば確実に仕留められるって寸法だッ!!」

 

「······」

 

「『日輪刀』もねぇテメェらなんざそれさえ気を付けていれば怖かねぇ!! 大人しく喰われた方が────」

 

 

なんか懇切丁寧に説明してくれているがリンクは無視した。

 

魔物に駆け寄るとマスターソードを振りかぶって斬りつける。体重を乗せた渾身の一撃は予想以上の手応えだった。神々しく輝く刃が魔物の肉を抉る。

 

 

「ッ!? ガァァァアアアアアアアアッッッ!!???」

 

 

見誤ったことにようやく気付いたのか、腹を裂かれて内臓が次々と出ては異常に苦しみ出す。だが一々気にしている余裕はない。体制を立て直される前に二撃、三撃と繰り出していき、無力化させたところをトドメとして首元を狙い、真横に一閃。

 

魔物の首が宙に浮く。

 

驚愕に染まるその顔に複数の太刀筋が繰り出され、一瞬にして細切れにされる。

 

それと同時に首を失った体は自然消滅が始まり、それは塵となって消えていった。

 

 

「······やっぱりか」

 

 

リンクは退魔の剣を見る。

 

やはり、マスターソードの刃は奴らに効く。再生を阻害し、そして首元を切断すれば奴らは絶命する。有益な情報を得たと思ったリンクは倒したことに快哉の声も上げずに鞘に収めようとしたが、違和感を感じた。

 

退魔の輝きが、いつまでも消えないのだ。

 

予想外の事態に一瞬思考が鈍ったが、

 

 

「ハハァッ!!」

 

「!!」

 

 

突如、新しい気配を感じ取った。

 

加速されて放たれた爆速の拳が、咄嗟に防御で構えた盾を圧殺し破壊した。その盾はハイリアの盾ではなく、耐久値が削られるのを防ぐためにあらかじめ用意しておいた予備の装備品だったため、壊れても別に気にしなかったが、威力を殺しきれずリンクの体は吹き飛ばされる。

 

 

「しま────ッ!!」

 

 

流れる川の中に落ちそうになった時、

 

 

「ムゥ!!」

 

 

背中から開閉音が聞こえたと思ったら、リンクの体に強力な重みが襲いかかった。

 

少女が木箱から出てきてリンクを抱えて反対側の岸に降り立ち、それを猛追するように爆速の拳を放ったであろう魔物がこちらに迫ってきており、少女はリンクを抱えたままうさぎのように次々と飛び退いていく。リンクは強烈な重圧に振り回されながらも驚愕していた。新しく現れた魔物もそうだが、少女は体が大きくなるとここまで動けるのか。視認すら難しい魔物の素早い動きを見切りながら少女はリンクを庇いつつ後退していく。

 

少女は大きく飛んで、その魔物の姿を確認するとリンクの肩を叩く。

 

放すぞ、という合図だった。

 

咄嗟に理解した少女の意図に頷くと、そのまま落下し着地衝撃を殺しつつ、素早く飛び出して魔物に近づいていく。

 

盾はない、防ぐ手段はない、それで構わない。

 

魔物目がけて飛び込んできたリンクを捉えると、ニヤリと笑ってその無謀な突進に応じるように迫ってくる。

 

リンクと魔物の視線が交錯する。

 

 

「エアァァァアアアアアアアアッ!!」

 

「オラァァァアアアアアアアアッ!!」

 

 

刃と爪がぶつかり合い、金色の火花が散った。

 

共に神速で振るわれた拳と片手剣の衝撃で地面の埃が巻き上げられ、リンクと魔物の足元を激しく擦りながらノックバック。先に硬直が解けたのはリンクだった。間髪容れずに近づきながら剣を振り下ろす。直後に異形の腕を振り回し魔物が退魔の剣を弾き伏せる甲高い悲鳴が鳴り響く。

 

どうやら、ただの魔物ではないようだ。

 

余裕そうな笑みを見せていることから、そこらの雑魚よりも上位種の位置にいるのだと思われる。

 

リンクはそう分析しながらも乱入者の首元を切るために執拗に接近する。魔物はわかっていたかのように首の動きだけでリンクの太刀筋を回避し、懐に潜り込んできた。誘き出されたことに気付き、すぐさま勘だけで刺突を回避して、脇に挟み込むように腕をロック。腰を落とし、魔物の足を払って投げ技、跳ね腰に似た体勢に持ち込んで地面に叩きつけたところでトドメを刺そうとした。

 

だが敵も然るもの。強靭な力業で腕のロックを外し逃れると、リンクのこめかみを蹴って跳躍する。

 

 

「······ッ!!」

 

「ヒヒッ!!」

 

 

やはり雑魚とは違う。

 

衝撃で頭から少量の血が噴き出すが、痛みを気にせず、即座に飛び退いた魔物が見定めた落下位置を予測し、今度こそリンクは叫ぶ。

 

 

「今だ!!」

 

「ムゥゥゥウウウウウウウッ!!」

 

 

凄まじい勢いでリンクの背後から飛び出してきた少女が魔物の落下地点まであっという間に間合いを詰め、踵落としを繰り出す。

 

 

「!?」

 

 

魔物は咄嗟に腕を交差して身を守るも、少女の蹴りの威力は絶大で岩をもぶち抜く強烈無比な破壊力に耐え切れずに腕をへし折った。

 

衝撃で踵が宙に浮き、少女は身を捻って一回転すると魔物の脇腹に鋭い蹴りをお見舞いする。

 

 

「ガハッ!?」

 

 

吹き飛ばされる魔物の体。その驚愕に染まる瞳が微かに見えたが、片方の目に何か文字のようなものが浮かんでいるのが見えた。なんて書いてあるのかはわからなかった。異国の文字か、そもそもその上に線がクロスするようにして引っ掻かれた傷跡があってよく見えなかった。

 

だがどうでもいい。

 

 

「ハアッ!!」

 

 

攻撃を繋げるため走り出したリンクは、魔物がその姿を捉えるより先に爆発音と共に凄まじい速度でその場から消え、なおかつ少女が彼の蹴りにタイミングを合わせる。

 

少女と青年が目を合わせる。

 

 

「シェアアアアアアアアッッッ!!!」

 

「ムゥゥゥウウウウウウッッッ!!!」

 

 

爆速の二連撃。

 

刃と蹴り。

 

首元にめり込んだ退魔の剣を押し込むように、少女の鋭い蹴りが放たれる。

 

魔物へのインパクトの瞬間、青白い燐光が飛び散り、首から噴き出す大量の返り血が二人の頭に降り注ぐ。

 

首はそのまま川の中へと落ちていき着水水没。

 

川の中に魔物の塵が流れていき、川魚が餌だと思ったのか水面に近付いてその破片を食べていた。

 

 

「ハァ······ハァ······」

 

 

そこで初めてリンクは頭からの出血を思い出し、自分の喉を鳴らしながら短く何度も呼吸していることに気付いた。頭の出血を押さえ、落ち着くように徐々に呼吸を正常なものへとしていく。

 

 

「むぅ」

 

 

すると、

 

小さな、柔らかい手が、頭に置かれた。

 

少女が心配そうに見つめてきており、それにリンクは安心させるように微笑んで、こちらも少女の頭に手を置いて声をかける。

 

 

「ありがとう、一緒に戦ってくれて」

 

「ムゥ!!」

 

 

互いに笑い合う。

 

ただ流石に無理をしすぎたかなと感じたリンクはフラフラになりながらも立ち上がると、自分の体重を支えきれずに少女の方に向かって倒れかかる。少女はそれを予見していたかのようにリンクを支えると、彼の右側に立つ格好で隣を歩き、馬宿へと戻っていった。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

無論、傷だらけで戻って来られたらパニックになるわけで。

 

 

「リンク様ぁぁぁああああああッ!!???」

 

 

割と天まで届く悲鳴を叫んだパーヤは両手で目を覆い隠し、血まみれのリンクに問い詰める。

 

 

「ど、どうされたんですかその傷!?」

 

「魔物との戦いで」

 

「い、急いでお医者様に見せませんと!!」

 

「いや、寝れば治るよ?」

 

「そんなわけないでしょう!?」

 

 

ギャーギャーと騒ぐパーヤ。

 

やはりリンクが心配になったのか村から降りてきて馬宿で待っていたらしい。そして、頭から血を流しながら戻ってきたリンクを見た瞬間に彼女は絶叫し、付き添いのシーカー族に急いで医者を連れてくるように指示する。

 

彼は何も心配ないかのように笑うが、パーヤはとにかくのっぴきならない悲鳴を木霊させる。

 

ベッドに強引に連行しては強制的に横に寝かせ、慣れない手つきで頭からの出血を布で必死に抑える。

 

こうして今夜も無事に乗り切れた。

 

どんなに暗い夜もいつかは明ける。

 

その夜明けをまた見るために、リンクはどれだけ傷ついても構わない。

 

けれど、今はゆっくり休ませてもらおう。

 

 

「ムー!」

 

 

すると何を思ったのか、こちらの了解も得ずに少女が目をキラキラとさせながらリンクのベッドに潜り込んでくる。渋々左腕を枕代わりに貸してやると少女は嬉しそうに頭を乗せ、スンスンとリンクの袖の匂いを嗅いで眠りにつく。

 

不思議と少女と寝るのは心地が良く、瞼が重くなっていき、やがて意識が沈んでいった。

 

しかし少女の寝相が予想以上に悪く、寝ている最中顔を蹴られては殴られたりして生傷が増え、最終的には組手のような格好になってしまうのだが、それはまた別のお話。

 

 

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