部屋を見やれば、瞳に映るのはヨコハマの偵都を彩った大事件の記録。探偵と怪盗が入り乱れる時代を象徴する展示品。
そして彼女が胸に抱くのは、かつて出会った憧れの存在へと思いを馳せる。
2019年発行のミルキィホームズ非公式アンソロジー『ミルキィアタック~ふぉーえver~』へ寄稿した掌編になります。
「間に合ったぁ」
私は筆と判子を置き、独りごちる。
慣れない書類仕事は想像以上に負担をかけていたらしく、随分と肩が固まっていた。
ゆったりと座ることのできる椅子を、背中側へ仰け反らせる。その拍子に、背中からの軋む音とともに、膝をトップボードの裏へと打ち付けた。
呻くほどの痛みはなかった。だからといって安心していいわけではない。せっかくの積み上げた書類が床に降り注いだからだ。
「あーっ!」
新旧の区別なく、黒と赤のコントラストを帯びる白紙はフローリングへと。
依頼書、報告書、嘆願書に募集用紙。別け隔てなく床板に舞い降りる。
私は咄嗟に椅子から飛び降りた。つんのめりそうになりながらも、なんとか着地。半日足らずではこのデスクセットに慣れるには難しかった。
大雑把に紙束を掴んで、何も置いていない場所へ。ごちゃついているこの部屋が恨めしかった。
這いずりつつも確認したところへ、自分への朗報。想像に比べ、混ざっていないとのこと。数分のロスですむ程度の惨状だった。
安堵のため息を吐きながらの選別作業。だからこそ、整理対象の情報が目に飛び込んでくる。
解決済みの依頼書類。難問でもなく、私達も特段苦戦したわけでもない。そんな、小さな事件。
常に脳裏にこびり付いているということもない。ふとした時に思い出すような、日常に絡みついた出来事たち。
緊急性もないそれらは、たいていの人には取るに足らないものだろう。それでも、持ち込んだ人々には大切な記憶だった。
迷子の捜索に家出の保護に――きっとこれらは専門に駆け込まなくても解決可能だったもの。依頼してくれたおかげで知ることのできたもの。
付けっぱなしだったテレビの音が聞こえる。BGM代わりにしていただけのそれは、今や意味のある情報として私の耳に届いた。定期的に報じられる、偵都を中心とした怪盗情報。探偵ニュースとも言い換えられるそれは今の時代に欠かせないものとなっている。
かのフォーチュンリーフ事件を皮切りに、ここ数年凶悪事件が増えている。偵都という耳障りのいい言葉で表現されてはいるが、逆説的に多数の探偵を集めないと対応できない程度にはトイズ犯罪が増えている証明でもあった。
加速度的に増える犯罪。それに人々が立ち向かわない道理はなく――。
スピーカーからは歓声が走っている。喧噪ともとれる音たちは一点へとその波を飛ばす。煌びやかな印象を与える少女たち。イメージカラーを損なわず、特別な機会だと見ている者に着実に伝える。そんなドレスだった。
ヨコハマに集うは数多の探偵、怪盗。動員される警察官。その四色を、私は知っていた。
私たちの――私の憧れの的であり、出会ったことがあるだけでも誇らしい、ヒーローであり、ヒロイン。探偵たちに単独行動以外の道を示した立役者。
ミルキィホームズがそこにいた。
大事件あるところ、少女探偵あり。彼女たちはどの瞬間も当事者だった。ヨコハマを偵都として確固たるものにした、礎の一つではあるのだと思う。
ただ残念なことに、じっくりと見ている時間はない。
表彰後の録画映像を横目に、外出の準備をする。
意識を向ける先は出張版探偵博。もともとの予定が大分狂ってしまっている。それも書類仕事なんて押しつけられたせいだ。本来の担当人はと言えば、既に目的地に待機している。私が間に合うことが前提の采配なのだと信じておくことにしよう。
扉の閉まる音と現れる夜の空。この時間のトウキョウは昼とはまた違う顔を見せる。小さな騒めきこそあれ、生ぬるい風が通りを抜けるばかりだ。不気味と明言する程度でなくとも、歓迎する気にはなれなかった。
事務所から展示会場まではほぼ一本道。進むごとに人はまばらになっていく。会場の周辺ともなれば、人間の天下を示すのは数少ない街灯のみになっていた。
確かにこの地域は探偵時代のホームではない。だからといってこの博が不人気というわけではなかった。現に今私がいる場所を境に、再び人の気配が増していく。実際はそれが一般歩行者減少の原因なのだけれど。
モノクロ彩色の自動車が何台も視界に映る。一般の人であったなら避けて通りたい光景だろう。
「お疲れ様でーす!」
できる限り大きな声で話しかける。幸いなことに、顔見知りが幾人か見てとれた。
全身を緑色に纏め、ポニーテールに括った女性。今日の責任者なのだろうか、指示を飛ばしていた。彼女とは名前呼び捨てにしあう仲だが、いつも苦言を呈される。それさえなければ少女然とした可愛らしい人なのに、と私も私で笑みが零れた。
さて、いつも通りのお叱りの言葉が飛んでくる前に小走りに移動しよう。私の夜歩きの目的地はここではないのだから。責任感の塊であるところの彼女が信頼の置ける存在であることは重々承知している。だから任せられる。どこか偉ぶった自分に辟易しながら、私は入館した。
時間外労働の受付さんに挨拶して奥へ。話が通っていることに感謝する。手のひらにある身分証の影響力に、この時代の特殊性を覚えなくもなかった。
さあ、ここからは気合いを入れて臨むべき時間。たどり着くのはひときわ大きな部屋。探偵時代に縁のある遺物や文書が所狭しと並んでいる。とどのつまり、ここがメイン展示室だった。
――あ、やっと来た。
――なんとか間に合ったのね。
身内である少女たちが声をかけてくる。大量の書類に追われるきっかけとなった存在だ。だけど、ここにいてくれたからこそ、私が入ってこられたとも言えた。
「ただ今無事、現場に到着しました!」
私たちの探偵としての舞台。それを整えてくれた姉に感謝しつつ、少しだけおちゃらけてみる。自分を落ち着かせるためだ。機会として恵まれてきたわけではないから慣れは不十分。
気合いを入れる。憧れの人たちに少しでも近づくために。
いつか会ったあの四人に胸を張れる自分になるために。力んだ指先が熱を持った気がした。
トイズドライブのデータアーカイブ販売とかされませんかねぇ?