男装銭ゲバちゃんが行く! 金髪御曹司に狙われて困ってます 作:匿名(本物)
『ミィちゃんは、助からないの?』
私は、ぐったりとした愛猫ミィを抱いて、母さんにそう聞いた。
『ミィちゃんは、腎臓が悪いんだって』
『……治らないの?』
『ちょっと、難しいかな』
ミィは、我が家で買っていたペットの猫だ。
私は生まれてからずっと、ミィと一緒に育ってきた。
『腎臓病のお薬があるって、獣医の先生は言ってたよ。買わないの?』
『ごめんね』
私はミィが大好きだった。
だから、少しでも長く生きてほしかった。
『……そのお薬、とても高いの』
だけど、我が家にはミィを治してあげられるお金はなくて。
私は、日に日に弱っていくミィを見ていることしかできなかった。
『ママ、お金拾ってきたよ』
『まぁ、なんてこと! どこから持ってきたの』
『自販機の下を、あさった』
『そんなことしちゃいけません!』
私はミィを助けるために、何でもやろうとした。
『拾ったお金は交番に届ける、そうならったでしょ!』
『私は悪い子になってもいい。ミィを、助けて』
『……聞きなさい、奏。そんな十円ぽっちじゃ、足しにもならないわ』
だけど、現実は厳しくて。
『お薬は、一万円もするの。払ったら、私たちごはんが食べれなくなるわ』
『……』
『ミィはもう、十分に生きたの。だから、寿命だったのよ』
ウチにお金がないせいで、ミィにしてやれることは何もないのだと知った。
『ママも悲しい、だけど仕方がないの。どんな生き物にも、寿命はあるから』
『……っ!』
私は、近所を走り回ってようやく拾った十円を握りしめ。
ボロボロと、涙をこぼしてミィを抱きしめた。
『お金、お金、お金』
ミィはもう、ほとんど動かなくなって。
覇気のない顔で、私を見つめるだけだった。
『お金、お金、お金、お金……っ!!!』
呪詛のように、母の言葉が私を蝕む。
大切なものを守りたいときに、お金がないと何もできない。
大事なものを守りたいなら、お金を稼がないといけない。
『そんなに、お金が、大事なの……?』
つまり、お金がある人はいろいろなものを守れる人。
人間の価値は、お金で決まる。
幼心に、私は世界の真実を知った。
「
移動教室の合間の、休み時間。
あるメガネ男子が、私の耳元で囁いていた。
「なんでしょうか」
「土曜日は、若の野球部の練習試合だ。応援に来い」
このメガネも金晴家が雇ったサクラ生徒で、名を白瀬という。
私にとっては、バイトの先輩みたいな人だ。
学校で伝達事項があれば、人目のない場所で伝えてくれる。
「当日、私は応援するだけで良いですか」
「いや、仕事がある。当日、カバンでこれを持ってこい」
「これは?」
「敵チームの打者・投手の弱点まとめだ」
私はただ、若様を勉強で負かせばいいだけではない。
「負けそうになった場合は、これを若に手渡すんだ」
「どうして私が?」
「勉学のライバルが『今回は同じ学校の人間として力になりますよ』とデータを渡すなんては燃えるじゃないか、旦那様が仰せだ」
「……」
例えば、今回の野球観戦。私はただ、応援すれば良いというだけではない。
負けそうならデータキャラとして、金晴に力を貸さねばならないらしい。
普段は敵対している人間が力を貸す……、旦那様はそういうのが好きなんだろう。
「そこまでやって敗北した場合、どうしましょう」
「向こうのコーチは買収済だし、負けることはない。万が一負けたら立ち去れ」
そして勝敗は、戦う前から決まっていると。
……全てを金晴爽一が知ったら、どんな顔をするだろう。
「……」
「そんな目で見るな。こっちだって馬鹿らしいと思ってるんだよ」
「おや? 金晴家に雇われている身分で、旦那様のご意思を批判ですか」
「いや。……チッ」
私の皮肉に、白瀬はバツの悪い顔をした。
確かにドラマの見過ぎだと思ったが、それが『雇い主』の意向なら従うまで。
若様には存分に、王道青春展開を味わってもらうとしよう。
「あ、そうだ。怪しまれないよう、お前は隠れ野球ファンという設定にしとけ」
「私、野球に詳しくないですけど」
「今日から野球ファンになれ。若はピースターズファンだ、お前もピースターズの選手について勉強しろ」
「……。勉強なら任せてください」
学業だけでなく、野球に関しても勉強しなければならないと来たか。
少々面倒ではあるが、『勉強』であるなら得意分野だ。
取引先と趣味を合わせるのも、営業マンとしてのスキルになるだろう。
「当日は頼んだぞ」
「ええ、給料分の働きはします」
そう答えると、白瀬は忌々しそうに私を睨み。
「全く可愛げがない」
「……」
「こんな女を、どうして旦那様は信頼しているのだか」
そうボヤいて、背を向けた。
そして、教室に戻ったら。
「
「やめろ
教室の真ん中、満面の笑みを浮かべ。
白瀬は馬鹿みたいな声色で、金晴爽一に抱きついていた。
「今週末、試合なんだろ? 週末遊べないなら、今日遊ぼうぜ」
「ああ、だから放課後は練習だっつの! お前とつるむ時間はねぇ!」
「寂しいよ、そんなこというなよ! 親友だろ?」
「ああうっとおしい!!」
白瀬は普段、クラスのおバカなお調子者だった。
……厳密には、バカなお調子者を演じていた。
彼は中学生の頃から、若様の『悪友』を演じてきたという。
「ナンパでもしよーよ、ナンパ。お前のツラと財力なら余裕だって」
「誰がするかぁ!」
白瀬はもともと、『低俗な人間』のモデルとして雇われた人間だ。
大企業の御曹司たるもの、色んな人間がいることを知り、清濁を併せ飲む判断が求められる。
だからチンピラのような人種も、理解しておくべきだという考えらしい。
とはいえ、本物のチンピラを近づけるのはリスクが高すぎる。
だから劇団員だった
しかし中学校時代の金晴爽一は、ノリにノっていた。
当時の若様は白瀬(仕込み)が苛めていた気弱な女子(仕込み)を守るべく、クラスを纏め上げ。
担任の先生が見ていない隙(仕込み)をつき、白瀬に体育館で一対一の決闘を申し込んだ。
そのタイマンで決着が付いたあと、白瀬は改心せざるを得ない空気になったのだという。
そんなこんなで、チンピラ役で雇われたはずの白瀬は改心させられた。
話だけを聞くと、白瀬の任務は失敗である。
白瀬は落ち込みつつ、仔細を旦那様に報告したのだが……。
『おお、素晴らしい。よくぞ我が息子のカリスマを育ててくれた』
『!?』
報告を聞いた旦那様は、逆に大きく喜んだそうだ。
人を従え、魅了させる能力は上に立つものとして必須の能力。
よくぞ爽一の才能を開花させてくれたと、白瀬は高く評価された。
『今後も君には、息子の側近として支えて欲しい』
『お、俺でよろしければ』
『頼んだぞ』
そのおかげで彼はクビにならず、雇われ続けることとなり。
高校に入学した今も、若様の悪友として傍にいるのだとか。
「ったく、また今度カラオケでも付き合うから」
「お、言ったな? 約束だぜ!」
白瀬も、金晴家の仕込んだ金晴爽一を成長させるためのサクラ。
設定と矛盾が出ないよう、彼は今もチャラけた言動をしている。
昔から若に仕えてきた白瀬は、お金に苦労せず生きてきたに違いない。
しかも私のように、勉学に励む必要もない。
まったく、羨ましい限りだ。
因みに週末の練習試合では。
緊張のせいか、味方のエラーによって我が校は不利な展開になっていた。
『やれやれ、見ていられませんね』
『お前は
『野球好きが、母校の野球部の応援に来て何が悪いのです』
こりゃあ呼ばれるな、と思ってスタンバっていたら。
白瀬から合図が来たので、私は腰を上げて
『対戦相手の下調べもしていないとは情けない。
『こ、これは!?』
『対戦校のデータですよ。暇つぶしに作ったものです』
金晴家の情報部がまとめた対戦相手の資料を、私の字で清書して若様に渡してやった。
仕込みは万全なようで何より。
『あまり失望させないでください、金晴爽一。僕より勉強が出来ないのですから、せめてスポーツくらいは頑張ってくれないと』
『うるせぇよ! でも資料、サンキューな!』
『やれやれ』クイッ
私がデータを渡してやると、金晴爽一はニコっと笑みを浮かべてブンブン握手してきた。
私はデータキャラになり切っていたので、掛けてもないメガネをクイっとしていた。
白瀬は、とても変な顔をしていた。