男装銭ゲバちゃんが行く! 金髪御曹司に狙われて困ってます 作:匿名(本物)
「ついに、ついに。我が家に最新のファンヒーターが……」
私が金晴家にスカウトされてから、家計は大きく改善された。
「暖かいね、お姉ちゃん」
「そうだろう、そうだろう」
これまで我が家のエアコンは旧式で水漏れし、しかも異臭を放っていた。
最大温度に設定しても効果がなく、ただ光熱費だけが加速していく始末。
大家に相談したけれど、『故障してないなら問題ない』の一点張り。
かくして毎年、
「今年は奮発して、電動式の炬燵も買ったよ」
「わーい!!」
金晴家からのバイト代で、暖房設備を充実させることに成功した。
勉強机も買い、生活環境は大きく向上。お金の力は偉大だった。
「……ごめんね、
「いいんだよ、母さん。自宅の環境を整えるのも、大事な投資だから」
散財額は大きいが、決して無駄にはならない。健康も大切な資産だからだ。
自宅を過ごしやすくすることで、私は健康を維持しやすくなる。
設備投資をケチって風邪を引くより、暮らしのレベルを上げる方が賢いのだ。
「ふふーん♪」
自分の稼いだお金で買ったファンヒーター。
その暖かさを肌で感じ、私はニヤニヤとした笑みを抑えられなかった。
ああ、素晴らしい。これぞ、資本主義。
お金のある者こそが、幸福を得る社会。
だから子供たちは学歴を競い、勉学に励み、成功者になろうと欲する。
私が購入したファンヒーターは、私の偉大な野望の第一歩だ。
「お姉ちゃん、嬉しそうだね」
「まぁね」
ちっこい妹の頭を撫でながら、私は破顔した。
今日は日曜日。日本国民に許された、愛すべき享楽の休日。
「さあ、たっぷり勉強するか」
私は休日を謳歌すべく、
過去問と参考書を広げて、受験勉強を始めた。
「やっぱり、休日は勉強がはかどるなぁ」
昨日は無駄に野球観戦に行かされたせいで、勉強時間が削られてしまった。
休日手当がつくとはいえ、本音を言うと勘弁してほしかった。
金晴爽一に勉学で勝てているから、私はに価値がある。
だから今日は、昨日の分を取り戻すべく勉学に励まなければ。
「お姉ちゃん、お出かけとかしないの」
「そんなヒマはない」
「女子高生が、休日に、部屋にこもりっきりで良いの」
「いいのだ」
妹が呆れた目で見ているが、私は間違っていない。
今を努力しない者に、幸福な結末は訪れない。
明日やろうは馬鹿野郎。明日って今さ。
「悪いけど勉強に集中したいから、あっちで遊んでてくれる? ごめんね」
「……はーい」
妹はトボトボ、がっかりした顔で立ち去った。
遊んでやりたいのはやまやまだが、私にも都合がある。
目標は、次の全国模試でも一位を取ること。
成績が落ちた私に、金晴家は価値を見出さない。
自分の価値を維持するためにも、勉強は続けねばならない。
そんな決意と共に、机にこびり付いて勉強を続けていたら。
金晴家から支給されたスマホからの着信が、部屋中に鳴り響いた。
「……はい」
『弾か? 俺だ、白瀬だ』
電話の主は金晴家のサクラ仲間、白瀬だった。
奴は焦った声で、口早に要件を話した。
『今すぐ、学園駅に来れるか?』
「はぁ。およそ三十分ほどあれば……」
『よし、悪いが休日出勤だ。すぐ来てくれ』
その言葉に、私はゲンナリした気分になる。
ああ、最悪だ。今日は勉学の遅れを取り戻したかったのに。
休日を潰されるというのは、人類が感じるもっとも大きなストレスではないだろうか。
「……ご用件は?」
『仕込みの女が熱出したんで、代役を探してんだ』
「はあ」
だがこうした理不尽な呼び出しがあるからこそ、あの高給。
私は若様の高校生活を彩るためなら、何でもせねばならない。
休日手当は、結構な額がつく。私は諦めた顔で、筆箱にペンをしまった。
『詳しくは資料を読め、難しいことは書いていないから』
「分かりました」
『準備を含めて一時間で頼む。十五時きっかりに、指定の服装で駅前に来い』
「はい、喜んで」
苛立ちを態度に出さず、私は二つ返事で了承し。
立て続けに白瀬から送られてきた『資料』に目を通して、ため息を吐いた。
金晴爽一、ナンパ失敗大作戦。それが資料のタイトルだ。
この何とも頭の悪そうな作戦に、急遽駆り出されることになった。
シナリオはこう。
白瀬に誘われ、若様は街でナンパをすることになる。
ただし『実力で勝負しよう』と提案され、若様は金晴の跡取りであることを隠し、ナンパをするのだ。
若様は昔からモテていた。きっと自信満々に女性を誘うだろう。
しかし、どの女性も若様に靡かない(ように仕込んでいる)。
ナンパに断られ続けた若様は、疲弊していく。
そして最後に、金晴家の跡取りであることを明かした上で、ナンパさせるのだ。
そうすれば突然、入れ食い状態でモテ始める(ように仕込んでいる)。
その経験を経て、若様は自分ではなくお金がモテているのだと思わせる。
女は怖いのだ。だから、騙されないように気を付けよう。
この作戦の成果は、若様にそう心に刻ませること。
────鬼か、こいつら。
この作戦を考えたやつ、若様を可哀そうだと思わなかったんだろうか。
こんな経験したら女性不信に陥って、性癖が歪むだろ。
まぁでも、大企業の跡取りが女遊びをしまくるよりはマシなのか……?
いや、旦那様の方針にケチをつける権利など、私にはない。
私は淡々と、渡された仕事をこなすのみだ。
資料によると、ナンパされて断る役の劇団員が、数名ほど風邪を引いてしまったらしい。
なので代役として、私がナンパされ役に抜擢されたのだ。
今回の私の
若様にナンパされても「は? 冴えない顔で話しかけないでくれます?」と冷たくあしらえばいいそうだ。
ただし、若様が『俺は金晴家の跡取りだ』と明かしてきた場合は、「きゃー、すっごぉい」とナンパを受け入れねばならない。
なおその場合は、金晴家から支給されているスマホで連絡先を交換しろとのこと。
そうすれば、私と若様のトーク履歴は全て筒抜けになる仕組みだ。
若様にプライベートなどないらしい。可哀想とは思わないんだろうか。
ま、私はお金がもらえればそれでいい。
依頼主である旦那様の意向に、忠実に従うのみ。
私は服屋で衣装を揃え、指定された通りの姿で学園駅へと向かって歩く。
……さて、お給料分の仕事はこなしますか。
「爽一、お前は本当に女の扱いが下手だなぁ」
「だ、だってナンパとかやり方が分からねぇし!」
その頃、学園駅の周辺では。
人生初のナンパに大苦戦する、
「何でも出来るお前にも、苦手な事はあるんだな」
「こ、こんなはずでは。ちくしょー」
悪友の白瀬の強引な誘いで、ナンパに繰り出した金晴であったが。
白瀬が声をかけた女はほぼ全員、連絡先の交換に応じてくれた。
しかし金晴が声を掛けたら、十中八九逃げられてしまう。
「まぁ気にすんなって。お前は、その気になれば入れ食いなんだし」
「その気になれば、って」
「金晴の名前を出せば、誰とでも連絡先を交換できるだろ。その日のうちにベッドに誘えても不思議じゃねぇ」
「それは。……いくら金晴が有名だからって、そう簡単に」
「いや。そういうもんだよ、世の中ってのは」
実は、それは仕込みによる結果なのだが……。
金晴爽一は、そんな残酷な事実に気づかない。
彼はただ、ナンパが下手だから失敗しているのだと思い込んでいる。
「次は、そうだな。んー」
「声を掛けれそうな女性、いそうか?」
「今は厳しそうかな?」
ちなみに金晴爽一が声をかける相手は、全て白瀬が選んでいた。
曰く「道行く女には、ナンパを迷惑に感じる女もいる。そういう人に声をかけるのは迷惑だが、その見分けは若には難しいだろう?」と言って。
金晴爽一は白瀬の言葉を信じ、仕込まれた女性にだけ声をかけさせられていた。
作戦は全て、順調に進んでいた。
急な病欠もあったが、リカバリーには成功した。
「……あっ」
「どうしたよ、
このまま何事もなく、ナンパ失敗大作戦は終わる筈だった。
しかし、突然に『想定外』は訪れる。
「すまん白瀬、お前はちょっとここにいろ」
「は?」
なんと金晴爽一が、白瀬を置いていきなり走り出したのだ。
「ちょ、ちょっと待て! お前、どこに」
「すぐ戻る」
「ウンコか? ウンコなら、そっちじゃ」
「違うわ、ついてくるな」
「お、おい」
突然の若様の奇行に、白瀬は動揺した。
これで想定外のことが起きたら、白瀬が責任を問われる。
「どうしても、声を掛けたい娘を見つけた」
「ちょ、ちょっと待てェ!」
どうやら、若様は自分で見つけた相手をナンパするつもりらしい。
もしナンパが上手く行き、若様に悪い虫が付いたら一大事だ。
白瀬はついてくるなと言われても、ついて行くしかなかった。
「……待ってくれ! そこの、君!」
そして。
金晴爽一が駆け込んだ先に、一人の少女が立っていた。
その女は走ってきた金晴爽一を見て、不思議そうな顔をしていた。
「私ですか?」
「あ、ああ。こんな、こんな気持ちは初めてなんだ」
その少女を見て、白瀬は再び動揺した。
それは安堵と、恐怖が入り混じった感情。
「もしかして君。どこかで俺と会ったことはないか?」
「……いえ」
若様が声をかけたのが、仕込みの数が足りなくなり、急遽呼び出した『学年一位の秀才少女』。
「もしかしてナンパですか?」
「あ、ああ。そう言う感じだ」
「はぁ」
「突然に声をかけてごめん。だけど、どうしても君と話がしたかった」
白瀬は『若様がたまたま、仕込んでいる相手をナンパしてくれた』という安堵と。
もし『弾奏の正体がバレたら責任問題だ』という恐怖だった。
だから白瀬は、それなりの化粧はしてくるだろうと思っていた。
しかし、貧乏な弾家にろくな化粧品がある筈がない。
そもそも勉強一辺倒で生きてきた弾奏は、化粧のスキルなど知りえない。
なので弾奏はノーメイクであり、やすっぽいウィッグだけつけて現れたのだ。
(バレるバレる、お前顔はそのままじゃねぇか!)
白瀬は、あまりにもそのままな弾奏の姿に脂汗を噴き出していた。
金晴爽一に天然が入っていなければ、即バレてもおかしくない変装。
もしバレたらどう言い訳したものかと、必死で頭を回転させていた。
「好きだ」
「え?」
しかし。
そんな白瀬の心配は、どうやら杞憂のようで。
「一目見た瞬間から、君に恋に落ちた」
「はあ」
「ほんの少しの時間でもいい。どうか、俺と話をしてくれないか!」
金晴爽一に、弾奏の正体に気づいている様子などなく。
顔を真っ赤に染めて、挙動不審にめを瞑りながら、若様は弾奏に告白したのであった。
(セーーーーフ!!!)
白瀬は心の奥底で、大きくガッツポーズする。
若様が弾奏をナンパするだけならば、想定の範囲内だ。
「いやですけど」
そんな金晴爽一の、一世一代の告白を。
弾奏は、冷めた目で見ていた。
「……えっ」
「見ず知らずの人にそんなこと言われても困るだけです。むしろ、気持ち悪い」
そして彼女は、作戦書通り。
若様のナンパを、一刀両断に断った。
あの女は、メイクすらしてこないトンチキ女ではあるが。
お金さえ払えばこちらの指示通りに動く、銭ゲバである。
「あ、あ、でも、その」
「まだ何か?」
若様にとって人生初の一目惚れは、残念な結果に終わったが。
この失恋もまた、若様を大きく成長させるだろう。
なのでむしろ、これで良かった。この作戦は大成功だ。
白瀬はそう、胸をなでおろしかけたが……。
「……ここだけの話、俺ってばさ」
「はあ」
「
金晴爽一は、諦め悪いことに。
ナンパを続け、実家の名前を出したのである。
「……」
一瞬だけ、弾奏は考え込んだ。
そして、その金晴爽一の言葉を聞いてから数秒ほど経って。
「えー! すごい、あの金晴ですか」
「ほら、俺の学生証。本当だろ?」
「きゃー」
────作戦通りに、金晴爽一に媚びてしまった。
「おい金晴、お前」
「は、ははは。本当だった」
その後。
金晴家が支給した業務用のスマホを取り出し、ニコニコと笑って。
「金晴家の力を使えば、こんなに簡単なのか」
「か、金晴?」
「やった。やったぞ、俺は」
悔しいような、嬉しいような、力に飲まれたような、そんな顔であった。
「見た瞬間に電流が走ったんだ。一目ぼれだ。あんなに可愛い娘が、この世に存在するなんて」
「大丈夫か、お前。その、なんだ、普通の女に見えたけど」
「俺には分かる。彼女は清楚で、おしとやかで、知性溢れる女性だ」
違う。お前の眼は節穴だ。
あの女、弾奏は金のためなら何でもする銭ゲバだ。
白瀬は喉の奥まで、その言葉が出かかった。
「でも、お前さ。それでいいのか?」
「それで良いのか、って?」
「実家の権力を使って、その、ナンパとか」
「ああ、そのことか」
金晴爽一。今までの人生で、一度も恋をしたことがない男。
そんな彼が、あの銭ゲバに惹かれた理由とは何だろう。
「俺は今、心底金晴家に生まれてよかったと思っている」
「へ?」
「そのお陰であの人と、繋がりを持てたのだから」
それは、金晴爽一本人にしか分からない。
だが一つ、言えるのは……。
「ふ、ふふふ。俺は絶対、あの娘に想いを通じさせてみせる」
「お、おい。大丈夫か金晴!?」
「その為なら、家の力でも何でも使ってやる!」
「金晴!?」
多分、金晴爽一は良くない方向に転がっていた。