魔力がなくても魔術主義世界で君を守ることはできますか?   作:花屋

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常識は壊すためにある

「——衛兵(えいへい)さん! 私、あなたみたいになりたい!」

 

 それはまだ、私が4つか5つだった時。

 うだるような暑さの日、太陽が御神木の頂点に差しかかる頃。

 私は、恐ろしい魔獣から助けてくれた一人の衛兵さんに憧れた。

 

「私もあなたみたいに、みんなを助ける、かっこいい人になりたい!」

 

 王都っていう凄く遠い場所から来た女の人に、私は心のままに想いを口にした。

 

「アタシみたいに、ねえ……」

 

 それを聞いた女の衛兵さんがちょっとだけ困ったようにも、恥ずかしそうにも見える曖昧な笑みを浮かべて頬を掻く。

 籠手には、倒した魔獣の赤い返り血がこびりついていた。

 

「それは……ちょっと難しいんじゃないのかい? だってちびっ子には……ほら。魔力がこれっぽっちもないだろう?」

 

 今振り返ると……ううん。わりとすぐに、その言葉が優しさだってわかった。

 自分がせっかく助けた子供が、危険なんかじゃ済まされない無謀な道に進まないようにという、衛兵さんの優しさだった。

 

 当然だ。

 この世界は()()()()()()。子供でも知ってる、世界の仕組み。

 魔術を使うための魔力すらない子供が、何者かになれるはずがないのだ。

 

 でも、跳ねっ返りで負けん気の化身だった幼い私は、とても真剣に言った。

 

「なかったら、なれないの?」

「————」

 

 衛兵さんが、胸を矢で撃たれたような顔で、息を止めて驚いたのを今でも覚えている。

 そして、目尻を下げて。

 優しいけれど、どこか悲しそうな顔をした。

 

「……なれないよ、普通なら。今の常識なら、絶対に無理だ」

 

 そう言って……言ったのに。

 彼女はゆっくりと、自分の言葉を否定するように首を横に振った。

 

「でも……そうだね。本当は違うのかもしれない。もしかしたら……だけどね。ちびっ子が物凄く、この世界の誰よりも、歴史上のどんな偉人よりも頑張れば……なれるのかも、しれないね」

 

 微笑んで。

 

 衛兵さんは『私の努力次第』だと、ちょっとだけ濁した言葉に言い換える。

 そして、腰からぶら下げていた綺麗な鈴を私に手渡した。

 

「これは?」

「アタシたち衛兵が持つお守りさ。っても、守られるのは、アタシらじゃないけどね」

「そうなの?」

「ああ。これは、()()()()()()()()()ために鳴らす鈴だからね」

 

 血のついた手袋を外して、衛兵さんは鈴を持った私の手を包み込む。

 

「ちびっ子がいつか、誰かを守れるくらい強くなった時、この鈴を鳴らすんだ。お前さんの手で鈴の音が響いたら——その時、世界の常識はひっくり返るだろうさ」

 

 アタシたちの度肝を抜けと、衛兵さんはそう言った。

 

 

 それが私の原点。

 今も胸にある、温かい記憶だ。

 

 

◆◆◆

 

 

 太陽が頂点を過ぎた昼下がり。

 一台の荷馬車がカタカタと音を立てて、雄大な平野のど真ん中を北上する。

 右手を見れば空と陸を二つに分ける山脈が。

 左手を見れば恐ろしい魔獣が住まう大森林が広がっている。

 

「いい景色〜!」

 

 荷物に紛れてあぐらをかく少女の名は、ミナルカ。

 首筋で一本に結った空色の髪を春風に揺らす少女は、お世辞にも乗り心地が良いとは言えない荷馬車の上で金色の瞳を細めて微笑んだ。

 

「ここで昼寝したら絶対気持ちいいね。御者(ぎょしゃ)さんもそう思うでしょ?」

「いやいや、“魔の大森林”の近くで寝るとか正気ですか?」

 

 気さくに同意を求めたミナルカだったが、麦わら帽子を被った小太りの御者は即座に否定し、手綱を握ったまま苦い顔。

 

「魔獣も盗賊もいるんですから、命がいくつあっても足りませんって」

「大丈夫大丈夫! なにが来ても私が倒すから!」

「そういう問題じゃないですよ! と、言いますか……」

 

 風に浮いた帽子を押さえ込み、御者は後ろの荷台に座るミナルカをチラッと見た。

 

「いまさらですけど、そんな身なりでどこに行くつもりですか?」

「ん、言ってなかった? 王都に出稼ぎだよ」

「出稼ぎ、ねえ……」

 

 成人未満の子どもが故郷のために(ひと)り立ちするというのは、決して珍しいことではない。むしろ、このアルサス王国ではありきたりな光景だ。

 

「村のみんなが『お前ならやれる!』って送り出してくれたんだ!」

 

 嬉しそうに笑うミナルカ。快活で可愛らしい、無邪気な笑顔だ。

 そんな彼女は(あさ)布で編まれた簡素な服に身を包み、腰に一振り、店売りのショートソードを下げている。

 路銀と携帯食が入った鞄以外に持ち物がない、とんだ田舎者の装いだ。

 

「路頭に迷いそうですね……」

「?」

「なんでもありませんよ」

 

 よそ見厳禁。

 自分に言い聞かせて前に向き直った御者は、後ろで鼻歌を歌う少女がせめて飢え死にしないことを祈った。

 

 

 しばらくすると、荷馬車はなだらかな登り坂に差し掛かった。

 王都へと伸びる一本道。ここ最近手入れがされていないのか少し荒れている道を、馬は蹄鉄を鳴らして懸命に登る。

 

「もう少しで『学都』が見えますよ」

「がくと……? 王都じゃないの?」

「別物です。王都はもっとここから奥ですね」

 

 首を傾げているであろうミナルカに、御者は前を向いたまま説明する。

 

「『学都』はあなたと同い年くらいの子供が集まって()()の勉学に励む場所ですよ」

「ほほう。魔術ね……」

「興味がおありで?」

「ううん」

 

 噛み締めるように呟いたミナルカだったが、御者の問いかけにはすぐに首を横に振った。

 

「私には“剣”があるから大丈夫!」

「その剣に対する並々ならない信頼はどこから来るんですか……?」

 

 この()()()()()()()に剣一本で王都に殴り込むなど、およそ正気の沙汰ではない。

 御者の中で、ミナルカへの評価は『世間知らずの変わった田舎者』という具合に落ち着いていた。

 

「丘を越えたらもう一息ですよ」

 

 御者はミナルカと、何より愛馬に言い聞かせるように励ましの言葉を口にする。

 少し足を止めそうになった愛馬に『頑張ってください』と声をかけて手綱を引いた。

 

「……殺気」

「はい?」

 

 小高い丘を登りきる直前、不意に何かを感じ取ったミナルカが呟いた。

 この変わり者は突然何を言い出すんだ——眉を顰めた御者だったが、すぐに、丘の頂上で言葉の意味を悟る。

 

「おや、あの馬車……(つまず)きでもしたんでしょうか」

 

 御者の目が、丘を下った先の平野で横転したテント付きの馬車を捉える。

 

 ただの事故か?

 

 御者の考えは普通のものだ。

 坂道での制御を誤って事故を起こす事例は枚挙にいとまがない。

 しかし、蜘蛛の子を散らすように馬車から逃げ出す乗客と——

 

「なっ……」

 

 彼らを追ってのっそりと姿を現した灰色の影が、御者の考えを否定した。

 

「ま、魔獣!?」

『ヴァア——!』

 

 血に濡れた四肢で大地を踏み締める、遠くからでもはっきりと四足歩行のシルエットを認識できる大型の灰の魔獣が、御者の叫びをかき消すように雄叫びを上げた。

 

「ひぃっ!?」

 

 背筋が凍る叫びに御者が小さな悲鳴を漏らした。

 一般的な動物と異なり、どれだけ手を尽くしても同族以外には()()()(なつ)()()()のが魔獣という生き物。

 彼らとの、特に腹を空かせた個体との遭遇は“死”を意味する。

 

「“大森林”から出てきて……! 逃げます、掴まっててください!」

 

 咄嗟の判断で手綱をはたき、御者はもと来た道を引き返すように馬を翻らせた。

 前方の逃げ惑う人たちが喰われたら、次に狙われるのは自分たち。自衛できない御者が逃げを選ぶのは当然だった。

 

「待って!」

 

 しかし、その決断にミナルカが待ったをかける。

 いつの間にか荷台の上に立ち上がっていた少女は、剣の柄頭(つかがしら)に手をかけ、まっすぐ、魔獣を見ていた。

 

「私が倒す。御者さんはここで待機してて!」

「はあ!? 何言ってるんですか!?」

 

 世間知らずなんて言葉では済まされないミナルカの()()()に御者は白目を剥きかけた。

 

「倒すってあなた、どうやって!?」

「当然、()()で」

 

 ミナルカの言う“これ”とは、腰に佩くショートソードのことだ。

 顔色ひとつ変えない様子が、少女が本気で言っていることを証明していた。

 

「出来るわけないでしょう! あなた、魔術は使えるんですか!?」

「無理だよ? 私、魔力がないから」

 

 そのあっけらかんとした発言に、御者は麦わら帽子が吹っ飛ぶような怒髪天を衝く。

 

()()()()()()()()()()()()()()! そんなことは常識だ!!」

 

 魔獣の持つ強力な外皮は業物の武器でも容易に貫けない。

 身体能力で大きく劣る人間が“強化魔術”も使わないで、生身同然で挑み掛かるなど自殺行為もいいとこだ。

 

「死にますよ!?」

「心配してくれてありがとう御者さん。でも私は大丈夫。いっぱい鍛えたからね!」

「〜〜〜〜〜〜っ!」

 

 (かたく)なに譲らないミナルカは、顔を真っ赤にする御者の静止を聞かずに荷台から飛び降りた。

 

「それに、叶えたい夢があるもん。だからこんなところじゃ死なないよ」

「んの……っ、もう知りませんよ!?」

「あ……行っちゃった。でも仕方ないか」

 

 言うことを聞かないミナルカを置いて、荷馬車は元来た道を引き返す。

 全速力で、あっという間に遠くなっていく荷馬車。ミナルカは背中を目で追いかけることもせずに、柄頭から手を離す。

 

「さてと」

 

 柄頭には、年季の入った鈴が括り付けられていた。

 細かい引っ掻き傷がいくつも見える結晶合金の鈴。かつて幼いミナルカを助けてくれた、一人の衛兵から譲り受けた一品。

 

「使うよ、イゼラさん」

 

 少女は決然とした表情で柄を軽く叩いて、シャラン、と優しい鈴の音を響かせた。

 

「私が相手だ。——こっちを見ろ」

 

 

◆◆◆

 

 

 灰焦虎(アッシュティーガ)、それが『学都』へ向かう馬車を襲った魔獣の名前だ。

 体高2.1mの肉食性。灰色の外皮はよく研がれた大斧の一撃すら受け止める。

 

『グルゥゥゥ……!』

「わ、わたしが相手、です!」

 

 ギラギラと(みどり)色の眼を光らせ唸りを上げる灰色の魔獣に、紺色の制服を着た少女、リルファーナ・ウォリックが震えながら啖呵を切った。

 

 銀の長髪を泥に汚し、紫の瞳を震えさせるリルファーナの後ろには、倒れた馬車に足を挟まれてしまった妙齢の女性がいた。

 

「ダメよ! 私はいいから逃げなさい!」

「嫌です! ウォリックの家名にかけて、絶対見捨てません!」

 

 相乗りしていた他の七名が我先(われさき)にと逃げ出す中、少女は(きびす)を返して女性を守ろうとしていた。

 魔獣の前に立ち塞がるリルファーナは——

 

「『歌え、轟け!』」

 

 ()()する。

 魔術を発動するための“魔術式”を編む唄を、震えながらも詠みあげる。

 

「『弾けよ雷精、空を切り裂き——っ!?』」

 

 幾何学模様の魔術式は、しかし、リルファーナが制御を誤ったことで小さな爆発と一緒に弾け飛んでしまった。

 

「きゃあっ!?」

 

 爆発の反動に尻餅をつき、少女の紫の瞳が恐怖に染まる。

 馬を食い殺したばかりで顎から血を滴らせる魔獣が腐臭のような吐息を漏らし、ゆっくりと目の前にせまる。

 

 ——やっぱり、ダメだった。

 ——魔術学科生のくせに、ろくに魔術もつかえないで。

 ——わたしは、出来損ないのまま……

 

『ガァ……!』

「ひっ!?」

 

 灰焦虎(アッシュティーガ)が大きく口を開き、リルファーナは顔を両腕で覆い隠し、目を逸らす。

 

 そこに——シャランと。

 涼やかで凛とした鈴の音が響く。

 

(綺麗な音……)

 

 死の間際に響いた優しい音色に、リルファーナは寸刻、耳を奪われる。

 

『グルァ……!?』

 

 灰焦虎(アッシュティーガ)は耳朶にこびりつく()()()な音に意識を乱され、丘の上を睨み上げた。

 

「私が相手だ。——こっちを見ろ」

 

 魔獣の視線の先。

 抜剣したミナルカが、丘上から灰の猛虎を金の眼差しで睨みつけていた。

 

「…………フッ!」

『ガァッ!』

 

 合図はなく。

 片や短い気迫で、片や雄叫びを上げて突進する。

 

 人の肉体など簡単に引き裂いてしまう爪を剥き出しに駆ける魔獣に対して、ミナルカはショートソード一振りのみで真っ向勝負を仕掛けた。

 

「無茶だ!」

「死ぬぞ嬢ちゃん!」

 

 鈴の音に振り返る、逃げ出した人々の声は届かず。

 

 交錯する。

 魔術を発動する気配もなく、ただ剣を手に正面から挑みかかるミナルカの姿に、誰もが悲惨な最期を想像した。

 

「遅いっ!」

 

 そんな未来を打ち砕くように、ミナルカが地面を()()()()()加速する。

 

「シッ——!」

 

 気迫一閃。

 袈裟に振り抜かれた灰色の前腕を掻い潜り、雷光のごとく(ひらめ)いたショートソードが灰焦虎(アッシュティーガ)の首を一撃で叩き斬った。

 

『………………?』

 

 遅れて、鮮血が散る。

 自らの身に起こった事象を理解できず、ぐしゃりと音を立てて魔獣が崩れ落ちる。

 その場に広がる血の海が、胴体と泣き別れて転がる頭部が、魔獣の絶命を証明していた。

 

「え……?」

「魔獣を、斬ったの……⁉︎」

 

 残心していたミナルカがひと呼吸入れてショートソードの血を払うと、歓声が湧き上がった。

 

「なんて奴だ! ぶった斬りやがった!」

「王都の衛兵にもこんな真似できねえよ!」

「何モンだよ嬢ちゃん! 凄えじゃねえか!!」

 

 歓声を受ける少女は、しかし勝利に酔わず。

 すぐに横転した馬車に近寄って、下敷きになっていた女性を救出する。

 

「大丈夫? 立てる?」

「え、ええ……。ありがとう」

「お礼ならそこの女の子にしてあげて。あの子が頑張ったから、私が間に合ったの」

 

 年相応の柔らかい笑顔を見せるミナルカ。

 

「…………」

 

 その横顔を、リルファーナは信じられないものを見る目で凝視する。

 

 この場で、魔術師見習いである彼女だけが気づいていた。

 

 魔獣を倒したミナルカが、()()()()()使()()()()()()という事実に。

 

「凄い……」

 

 己の身ひとつで、ただ一振りの剣で魔獣を瞬殺した。

 

 魔術がなければ魔獣は倒せない。そんな世界の常識が覆された瞬間を、少女は見た。

 

 

 

 ミナルカは柄頭を鈴ごと握り込み、納剣する。

 

(……やれる。私もやれるよ、イゼラさん)

 

 金の眼差しは、幼少期の恩人に。

 少女は心の中で、今も腕に残る戦いの余韻を感じながら決意を新たにした。

 

(私もあなたみたいに、目の前の誰かを守れるカッコいい人になってみせる!)

 

 

 

 

 

 これは、魔力を持たない、世界に愛されなかった少女の物語。

 己の身ひとつで憧れと夢を叶える、その第一歩。







ミナルカが魔獣をぶっ倒したり、いけすかない野郎をぶっ飛ばしたり、百合の花を咲かせたり、そんな彼女に感化されて頑張るみんなのお話です。よろしくお願いします。
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