魔力がなくても魔術主義世界で君を守ることはできますか?   作:花屋

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学園初日

 魔術学園は教育の質のみならず、その敷地面積や関連施設の数でも()()()トップクラスの水準を持つ。

 土地面積、および施設の()()は、アルサス王国の王城すら凌ぐほどだ。

 

 魔術師のみならず、魔道具技師や治癒師、国防の要である兵士の育成、果ては()()()()()()()()()()()などなど。

 一欠片(ひとかけら)の才能も取りこぼさないようにと、多岐に渡る分野に手を広げた結果の施設の巨大化。

 しかしその無節操とも言える大胆な施作の成功が、今日のアルサス王国の基盤となっている。

 

 

 ——が、しかし。

 前身の施設も含めると三百年に渡る長い歴史を持つハステア魔術学園とて、魔力を一切持たない少女の入学は、やはり、史上初であることは疑いようがなかった。

 

 

◆◆◆

 

 

「もう迷いそう……。帰り、ちゃんと学園から出られるかな……?」

 

 このまま陽の光を浴びれずに干からびても不思議じゃないくらいの学園の迷路具合に、私は授業とか関係なく不安になった。

 

 何故かツルツル滑ってテカテカ光る木目の廊下に、ところどころに傷や汚れが目立つ真白の壁。等間隔で配置されるガラスの窓など。

 どこもかしこも()()()()()()()()()、ここが何処なのか目印になるものがなくて困ってしまう。

 

「先生、ここ何階だっけ?」

「……ったく、お前なあ」

 

 目を回す私の混乱っぷりに、前を歩くラングレイ先生が振り返った。くまが深い紅眼は呆れの色を孕んでいる。

 

「この程度で迷路扱いとか、どんだけ田舎……そういやクソ田舎だったな。トーブ、だったか? どこにあるんだ?」

ラゼルベイン領(王国南東部)……の、端っこくらい? 地図の右下かな?」

大山脈(国境)の南端かよ。マジのド田舎じゃねえか」

 

 村のみんな曰く、外に出れば『トーブ? どこそれ?』と口を揃えて聞かれるのが私の故郷らしい。そして、それは学園の先生でも同じだった。

 

学都(ここ)までどうやって来たんだ?」

「行商さんの荷馬車を乗り継いでかな。半月くらいかかったよ」

 

 途中途中で商売のお手伝いをしたりして、運賃をオマケしてもらったりで、なんとかたどり着いた。

 

「はあ〜。そりゃ随分と長旅だ……っと。そろそろ世間話は(しま)いだ」

 

 そう言ったラングレイ先生が引き戸の前で止まる。扉の右上にある小さな表札には、『剣術学科・二年』と達筆で書かれている。

 

「ここがお前の教室だ。明日からは一人で来いよ」

「絶対無理! 私、確実に路頭に迷うよ⁉︎」

 

 なるべく順路を覚えようとして、すでに入り口に帰れる自信がないという有様だ。こんなの明日になったら絶対すっぽ抜けてるよ。

 

「先生、明日からも……!」

「無理だ、時間がねえ。……ああ、忘れるとこだったわ、コイツ持っとけ」

 

 私の切望を先回りで拒否した先生は、ズボンのポケットからワッペンを取り出した。

 銀剣と旗の意匠を刺繍した一品。

 乱雑に押し込まれていたせいで、少しだけ()り返った()()が付いている。

 

「これは?」

「所属学科の証明書みたいなもんだ。ある意味身分証だから、絶対に無くすなよ。——絶対だぞ」

「わかった!」

 

 二度も念押しされたので、なるべく力強く返事をした。

 ワッペンを左胸に付けてから、私はもう一度、表札にある“剣術学科”という文字を見る。

 

 ——兵学部剣術学科。

 ハステア魔術学園の中で、魔力がない私が唯一、その辺を上手く誤魔化すことができる学科らしい。

 ラングレイ先生曰く『使える魔術が限られてるから』と詮索を避けられるんだとか。詳しいことを教えてもらえなかったのは、『中途半端に知ってるとボロが出るから』とのこと。

 ちょっとばかり不満だけど、バレたら即、退学(先生の首も一緒に飛ぶ)らしいから仕方ない。

 

「悪いな。ウォリックの側仕えなんだって? 離れ離れにしちまったが……」

「そこは大丈夫! リルがちゃんと理解してくれたから!」

 

 魔術学部のリルと違う建物なことについては、『侍衛として必要な知識と技術の修得』という目的があるから良いらしい。

 というか、学園は王城の次に安全な場所だからこそ、子供たちが安心して学べるんだとか。

 

「ならいい。一応聞くが、リルファーナに魔力のことは——」

「言ってないよ」

 

 嘘ついてるのがすごく心苦しいけど、なあなあで入学できてしまった以上そこは突き通さなきゃいけない。

 少なくとも、バラしても問題ないくらいの信頼を得られるまでは。

 

「その調子で誤魔化せよミナルカ。バレたら俺の首も飛ぶからな。頼むぞマジで……本当に頼む」

 

 そう言う先生の表情は本当に真剣で、私のために相当な無茶をしてくれたことが世情に疎い私でも強く理解できた。

 

 そんな、横柄な口調や粗雑な見た目とは裏腹にとても頼もしい先生は、眠そうかつ気怠げな態度で、とても重そうに教室の扉を開けた。

 

「ふああ……、朝礼始めんぞ〜」

 

 ……頼もしいと感じたのは気のせいかもしれない。

 

 あくび混じりの声だったけど、壁越しにちらほら聞こえてきた話し声は一斉に止んだ。

 

「欠席者……なし。なんか言うことあるやつ……いないな」

 

 歩きながらテキパキと仕事をこなす先生は、扉正面の壁際まで歩いてから私に目配せをした。

 

「連絡事項特になし。で、昨日言ったように編入生いるから」

「先生〜。今日が登校初日だから昨日もなにもないっスよ〜」

「あん? そうだっけか」

 

 昨日言ってないらしいし、多分、私のことは連絡事項に含まれると思う。

 

「悪いな。教師に休みなんてもんはねえから勘違いしちまったよ」

 

 眉間を揉むラングレイ先生のぼやきに、教室のあちこちから乾いた笑いがこぼれた。

 目の下の()()の深さが、割と冗談ではなさそうなことを雄弁に語っている。寝不足の原因の一端を担ってそうな私は少しだけ申し訳なくなった。

 

「まーいいや、さっさと進めようぜ」

 

 私は『入って良いぞ〜』という先生の声に従って、人生初の教室というものに入室する。

 黒板を起点に、扇状に広がる段々に高低差がついた教室。

 席に座る二十三人の顔がよく見えて……つまり、みんなからも私のことがよく見えるってことで。

 

 ——全員の視線が、一斉に私を貫いた。

 

「……っ!」

 

 ——鳥肌。

 反射的に腰の剣を抜いてしまいそうになる右腕を御して、教壇って名前らしい台に登る。

 そして、アイリの()()()で何度も繰り返した自己紹介を口にした。

 

「ラゼルベイン領トーブから来ましたミ、ミナルカです。よ、よろしくお願いしま、します!」

 

 ……噛んだこと、どうかアイリにバレませんように。

 

 

 

 その後は軽い挨拶と、先生による私の()()の説明が行われた。

 というのも、本来()()()()()()()()()()認められていない編入を通すための、()()()()()()()なんだそうで。

 

「コイツは去年の入学試験に落ちていてな。落ちた理由は魔力に乏しいって点だ(そもそも受けてねえけど)こればっかりはどうし(バカみてえな嘘だけど)ようもねえからな(これでゴリ押すぞ)

 

 ——今、私にしかわからない葛藤が垣間見えた気がする。

 

「けど、実力自体は評価してた。だから退学者の穴埋めってことで呼び戻した次第だ」

 

 ラングレイ先生の説明(デタラメ)に、教室の各地から『へえ〜』とか『ふーん』とか、他にも私の力量を測るような視線がいくつも飛んでくる。

 けど、特に文句らしい文句は出ないから、一応は受け入れられたってことなんだと思う。

 

「そんじゃ、席はとりあえず……シャルロッテの隣で。両者拒否権なし。これ担任権限な」

 

 ……この先生、もしかして割としょっちゅう無茶言ってる?

 私が疑問符を浮かべていると、私から見て教室右奥の席に座る女の子が『しょうがないな〜』と、雪色の髪を揺らした。

 

「ミナルカさん、こっちおいで〜」

 

 灰色の眼差しと手招きに従って、私はその子の隣に腰を下ろした。教室全体を見渡せるいい席だ。

 そんな席の隣に座る女の子は、どこか“ほっとする”柔らかい笑みを浮かべた。

 

「ウチはシャルロッテ・エイジア。よろしくね〜」

「うん、よろしく!」

 

 私の魔術学園初日は、こんな感じで始まった。

 

 

◆◆◆

 

 

「し、死ぬ……! 頭が溶ける……!」

 

 そして、息も絶え絶えで、上半身が机の上に力無く這いずった。

 

 魔獣生態学、魔術言語学、大陸歴史学。

 午前中の授業3つ(各1時間)を終えた私は、既に限界を迎えていた。

 なんか最近毎日のように、同じように死にかけてるなー、なんてどこか冷静に思う自分がいるけど……うん。本当に死にそうだから仕方ないのだ。

 

 16年くらい?生きてきて、三時間も机に向かって勉強するなんて初めてのことだからね。

 しかも、昨日は遅くまで補習課題をやってたし。というか……

 

「これを、毎日……⁉︎」

 

 何食わぬ顔で『腹減った〜』とか『ご飯行こ〜』とか、挙句『面白かったな〜』とすらこぼす同級生たちに驚愕の気持ちが隠せない。

 

「恐るべし、魔術学園……!」

「ちょい、死にかけてるとこ悪いけど……」

 

 視界を、はらりと雪色の長髪が通り過ぎる。ちょっとだけ目線上げると、灰色の瞳の顔を覗き込んでいた。

 隣の席の同級生、シャルロッテ・エイジア……シャロが苦笑いで言う。

 

「昼休みのあと、午後にも三コマあるんよね」

 

 …………三つ? え? 午前と同じ量を、午後も?

 

「え、無理」

「わお。衝撃すぎて真顔になっとる」

 

 ……私は。

 静かに、頭を抱えておでこを机に(こす)り付ける。

 

 無理だ。絶対に無理だ。

 ただでさえ頭が爆発しそうなのに、この後さらに詰め込むなんておかしくなっちゃうって!

 

「うごごごご……!」

「結構キツいよねー。ウチも最初の頃は毎日死にかけてたからわかるわかるー」

 

 頷きながら和やかに同意するシャロだけど、私としてはシャロが一番ヤバい。

 なんでって、午前中ずっとイモムシみたいになって死にかけてた私に、片手間で救命措置(授業内容の要約)をしてくれて、さらに自分の勉強もしてたんだから。

 そのくせ涼しい顔してるんだから、恐ろしい話だよ。

 

 きっとシャロには脳みそが2個以上ある。そうじゃないとこの余裕っぷりは説明がつかないもん!

 

「ところで、ミナルカってお昼はどうするん?」

「——お昼!」

 

 その一言に、私の元気が帰ってきた。

 

「食べるよ!」

「そりゃそうじゃん。どこで食べるのかって話よ」

 

 なお、シャロには半眼を向けられた。

 

「お弁当あるけど食堂に行くよ。リルと一緒に食べるの」

「リル……? 友達いたんだ?」

「あ、うん。そうだけどそうじゃないというか……」

 

 経緯を説明すると色々難しいし、ラングレイ先生に口止めされてることを思わず喋っちゃいそうだからとりあえず誤魔化した。

 

「とにかく、私は食堂行ってくる!」

「はいな。行ってらっしゃーい」

 

 シャロの和やかな笑顔に見送られて、私は勢いよく廊下に飛び出した。

 

 そして、変わり映えのなさすぎる廊下のど真ん中で立ち尽くす。

 

「…………」

 

 ……私は。

 

 踵を返して、そっと教室の扉を開けた。

 

「シャロ、食堂への行き方教えて……!」

「なんかね、うん。そんな気がしたんよ」

 

 雪色の髪の少女は、そこはかとなく悟ったような表情で頷いてくれた。






〈Tips〉ミナルカは森などの自然環境ではちっとも迷いません。生粋の野生児です。
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