戦場は、破壊と死の残響に支配されていた。
CHARMから放たれる高出力の弾丸が、ヒュージの群れを貫き、その異常な肉体に無数の穴を開けた。ヒュージは、活動限界を迎えると、青い液体へと溶け崩れ、爆発的なエネルギーを放出して消滅した。
その光景は、まるで生命の否定そのもの――有機と無機の境界を曖昧にする、異質な終焉だった。リーフの視界には、戦闘データの解析結果が投影され、ヒュージのバリア強度や反応速度がリアルタイムで更新されていた。
彼女のCHARMは、第二世代の改修型として最適化されており、ブレードモードの切れ味とガンモードの連射性能が、ヒュージの群れを効率的に殲滅していた。
ヒュージの一部が、リリィたちを挟撃しようと動き出した。機動力に優れた小型種が、狡猾な動きで側面を突こうとしたが、護衛を担う近接戦闘に特化したリリィたちが即座に対応した。
彼女たちのCHARMはブレードモードに切り替わり、ヒュージのバリアを切り裂き、その肉体を両断した。鋭い金属音と、ヒュージの断末魔が交錯する中、戦闘は終結した。
戦場に一時的な静寂が訪れ、破壊されたコンクリートの破片と青い液体の残滓が、戦いの痕跡を物語っていた。
「……散発的なヒュージの攻撃は防げているけど、これが続くとなると厳しい」
指揮官の声には、抑えきれない苛立ちと疲労が滲んでいた。彼女の顔は、戦場の過酷さを映し出す鏡のようだった。レイヴン小隊とグラン・エプレのメンバーたちは、表面上は疲労の影を見せず、むしろ高揚感に満ちていた。
リリィたちの超人的な肉体と精神は、戦闘のアドレナリンによって一時的に限界を超えていたが、それは長くは続かない。
指揮官は、戦術端末を手に取り、エリアディフェンス復旧部隊の進捗を確認したが、画面に表示されたデータは芳しくなかった。大量の小型種に加え、中型、大型種のヒュージが復旧部隊の進路を阻み、作業は遅々として進んでいなかった。
「指揮官さん。今、少し良いですか?」
声に振り返ると、グラン・エプレのリーダー、今叶星が立っていた。彼女の銀色の髪は、戦場の煤と血でわずかに汚れていたが、その瞳は揺るぎない決意を宿していた。指揮官は、彼女の声に込められた緊迫感を感じ取り、即座に応じた。
「ああ、構わない。なんだい?」
「特型ヒュージが出現しているみたいなんです。能力は、ヒュージの捕食と学習。このまま放置すれば将来的な脅威になると思っています」
「なるほど」
「私達グラン・エプレを含めた百合ヶ丘の一柳隊、エレンスゲのヘルヴォルはこの特型ヒュージを討伐するべく東京都庁へ向かう予定です。エリュシオンはどうしますか?」
「君たちに同行しよう。学習するヒュージ。厄介だ。その特性を固定させるわけにはいかない」
指揮官の言葉には、冷徹な決断力が宿っていた。
ヒュージの「種の固定」という現象は、人類にとって致命的な脅威だった。ヒュージと人類の戦争の歴史の中で、特異変異型のヒュージが現れることがあった。
それが人類に対して有効な能力を持ち、一定の時間と数を満たした場合、その特性は世界中のヒュージに標準搭載される。
この「学習」能力を持つ特型ヒュージが種の固定に至れば、ヒュージは単なる肉体的な脅威を超え、知性と戦略性を備えた存在へと進化する。
それは、リリィはおろか、人類全体の存亡を脅かす事態だった。
「量と質を揃えているヒュージが、更に頭を使ってくる? 冗談だろう。そんなことは絶対に阻止しなければ」
指揮官は通信端末を操作し、リリィ研究機関エリュシオンの作戦本部に状況を報告した。特型ヒュージの出現と、その討伐任務を最優先とする許可を求めた。返答は即座に届いた――「許可」。指揮官の表情に、わずかな安堵が浮かんだが、それはすぐに戦場への決意に塗り替えられた。
彼女はリーフや他のリリィたちを率い、東京都庁へと向かう準備を始めた。
「神庭、エレンスゲ、百合ヶ丘。有名どころが勢揃いか。流石は東京。戦力の層が分厚いな」
指揮官の言葉には、戦場の過酷さを軽減する軽妙さがあったが、その裏には、状況の異常性への深い認識があった。G.E.H.E.N.Aの傘下であるエレンスゲと、反G.E.H.E.N.Aを掲げる百合ヶ丘が共同任務に就いていること自体、現在の危機の異質さを物語っていた。
百合ヶ丘は、G.E.H.E.N.Aによるリリィへの非人道的な実験に強く反発し、傷つけられたリリィを保護する活動を精力的に行っていた。
リリィ向けの医療技術や、強化されたリリィをダウングレードさせる技術エリュシオンとも技術提携を結ぶほど、百合ヶ丘はG.E.H.E.N.Aの非倫理的な行為に嫌悪感を抱いていた。G.E.H.E.N.Aと百合ヶ丘の対立は、単なるイデオロギーの衝突を超え、深い憎悪に根ざしていた。
G.E.H.E.N.Aは、百合ヶ丘の優秀なリリィを意図的に殺害し、その遺体を実験体として利用し、データを収集するために他のリリィにぶつけるという非道な行為を繰り返していた。
百合ヶ丘がG.E.H.E.N.Aを嫌うのは、こうした背景があるからこそだった。一方、G.E.H.E.N.Aもまた、百合ヶ丘の理想主義を「非現実的」と切り捨て、自身の資本と技術力を背景に、戦争の勝利を最優先とする姿勢を崩さなかった。
さらに複雑なのは、百合ヶ丘出身のリリィが卒業後、G.E.H.E.N.Aに就職し、非人道的な兵器開発に手を染めるケースが多く存在したことだった。
学生時代には「世界を救う」という純粋な理想を抱いていた彼女たちが、大人になり、G.E.H.E.N.Aの圧倒的な資本と技術力に魅了され、倫理の境界を越える選択をしてしまう。
それは、理想と現実の狭間で砕けた人間性の悲劇だった。
G.E.H.E.N.Aの非人道的な兵器開発は、リリィそのものを対象としていた。自爆プログラムを組み込んだリリィのクローンを量産し、特攻兵器として運用する計画やリリィの脳を摘出し、武器と融合させて異能を一般兵に付与する技術。
これらは、人間の尊厳を踏みにじる一線を越えた行為だった。G.E.H.E.N.Aは、「世界を救うためには手段を選ばない」と主張したが、その代償として、人類同士の共倒れのリスクを無視していた。彼らの技術は確かに人類の生存を支える力を持っていたが、同時に、倫理の崩壊を招くモラルハザードを発生させる危険性を孕んでいた。
指揮官とリーフは、グラン・エプレ、百合ヶ丘の一柳隊、エレンスゲのヘルヴォルとともに、東京都庁へと向かった。
戦場は、ヒュージの咆哮とCHARMの爆音で満たされている。