TS女魔法師になったネトゲ廃人~極悪アップデートのVRMMO世界に放り込まれるなんて聞いてない!   作:桐谷アキラ

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第12話 癒やしの食卓

 風呂から上がったセレスは、木の長椅子に腰を下ろした。

 鍛冶場の残り火で温められた布を肩に掛けると、湯気の余韻に包まれた身体がじんわりと落ち着いていく。

 周囲では女性陣の笑い声が絶えず、瓦礫に覆われた街の片隅とは思えないほどの和やかな空気が広がっていた。

 

「ほら見て、セレスの髪、つやっつやだよ!」

 

 リリィがタオルでセレスの髪を撫でながら、無邪気に声を上げる。

 ヴァレリアも頷き、片手で器用に櫛を通すと、にやりと笑った。

 

「やっぱり長い髪は映えるね。ほら、こうやって髪を耳にかければ可愛い顔がもっとよく見える」

 

「や、やめてってば……!」

 

 セレスは顔を真っ赤にしてタオルで覆い隠す。

 だが、ヴァレリアとリリィは容赦なく左右から挟み込み、まるでお人形を飾り立てるように弄んでいる。

 からかわれていると分かっていながらも、拒みきれない温かさがそこにはあった。

 

 リオナとエレナも、先ほどまでの沈痛な表情をわずかに和らげ、くすくすと笑っていた。

 悲しみは消えない。それでも“誰かと一緒に笑う”という行為が、呼吸を取り戻すきっかけになるのだ。

 

「……セレスさん、ほんとに女の子になって良かったんじゃないですか?」

 

 リリィの無邪気な一言が飛び出すと、場の笑いが一層大きくなった。

 

(違う……違うんだ……!)

 

 心の奥で“僕”が必死に叫ぶ。だが、赤くなった顔をタオルで覆い、抗議の声を上げるしかなく――その姿がまた、皆の笑いを誘った。

 

 さらには、ヴァレリアが楽しげに布越しの肩をつつきながら付け加える。

 

「それに……セレスって肌もすごくきれいだよな。血と煤を落としたら、透き通るみたいじゃない」

 

「そ、そんなこと……っ!」

 

 セレスは慌てて布を掻き寄せる。羞恥で全身が熱を帯び、湯で温められたはずの頬がさらに赤く染まった。

 

 リリィも負けじと身を乗り出し、潤んだ瞳を輝かせて言う。

 

「わたしも思ってました! 細くて白くて……すごく女の人らしいんです。セレスさんはもっと自分に自信を持ってください!」

 

「や、やめてよ……!」

 

 羞恥で心臓が跳ね上がり、頭を抱える。

 だが、外見は否応なく十七歳の少女――その現実が、容赦なく突きつけられる。

 

 一方、男衆の側ではまた別の困惑が広がっていた。

 

 ガルドは湯上がりの女性陣をちらりと見てしまい、思わず心臓を押さえる。

 頬が熱を帯び、鼓動が速まる。

 

(な……なに、この感覚は……? 私は女なのに……? なのに、どうして……)

 

 筋肉質な体をまとった今の彼にとって、それは初めて味わう“男としての反応”だった。

 自分が女であるという自認と、身体が勝手に示す衝動。その乖離が、どうしようもなく胸をかき乱す。

 

 その様子に気づいたのか、隣で布を羽織っていたカイがにやりと笑った。

 

「おいおい……“男初心者”ってやつだな」

 

 ガルドは真っ赤になって睨み返す。

 

「し、初心者ってなんだよ!」

 

「仕方ねぇだろ。俺たちは慣れてんだよ、この体に。……でもお前は違う。そのギャップに振り回されるのは当然だ」

 

 さらりと告げるカイに、ガルドは悔しげに唇を噛んだ。

 

「じゃあ……どうすればいいんだ」

 

「簡単さ」

 

 カイは肩をすくめ、ぶっきらぼうに言い放つ。

 

「無理に理屈で押さえ込むな。身体が勝手に反応するなら、それを“そういうもんだ”って受け入れる。……そのうえで、自分がどう生きるかを選べばいい」

 

 軽く聞こえる言葉だったが、不思議と胸に残る力を持っていた。

 ガルドは黙って視線を落とし、深く息を吐く。

 

 ――風呂上がりの夜。

 女湯では笑い声が絶えず、男湯では戸惑いと苦笑が交錯する。

 違う形であれ、彼らは皆、それぞれの「身体」と向き合い始めていた。

 

 そんな空気を塗り替えるように、かすかな香ばしい匂いが漂ってくる。

 瓦礫を片づけて据えられた竈からは煙が立ちのぼり、鍋の中では煮込み料理がぐつぐつと音を立てていた。

 

「おい、そろそろできるぞ!」

 

 豪快な声が響く。

 鍋をかき回していたのは、逞しい腕の料理人。アルディスと同じく生産職の仲間で、かつては街で酒場を切り盛りしていた男だという。

 その隣ではNPCの給仕らしき若者が笑顔で皿を並べ、スープを配っていた。

 

 漂うのは、肉と香草の混じり合った懐かしい匂い。

 空腹に耐えてきた冒険者たちの胃袋を一気に掴んでいく。

 

「……すごい」

 

 リリィが目を丸くして、皿に盛られたスープを見つめた。

 湯気とともに漂う香りに、喉が小さく鳴る。

 

「野菜もお肉も……おいしそう。料理人さんがいるんですね」

 

 ヴァレリアが頷き、笑みを浮かべる。

 

「さすが料理人集団だね。私たちと違って包丁が武器なんだ」

 

 セレスもスプーンを取り、そっと口に運んだ。

 濃厚な旨味が舌を満たし、身体の芯に広がっていく。

 

「……あったかい……」

 

 思わず零れたその独り言に、仲間たちも頬を緩め、次々と皿を空にしていく。

 

「ここに来てよかった……」

 

 リオナがぽつりと呟いた。

 涙で濡れた目尻に、ようやく微笑みが浮かぶ。

 

 エレナも小さく笑い、パンをちぎってスープに浸した。

 

「仲間を失ったのは辛いけど……この味が、少しだけ今生きているって教えてくれる気がする」

 

 ハルトも祈るように手を組み、深く頷く。

 

「生きている者には、生きる糧が与えられる……か」

 

 ガルドも皿を抱えながら、複雑な胸の内を押し隠すようにスープを啜った。

 温かい食事は、不思議と張り詰めた心をほどいていく。

 

「……悪くない」

 

 短い言葉に込めた感情は、それだけでは足りなかった。

 けれど、今はそれで十分だった。

 

 カイは早くも二杯目を平らげながら、大げさに腕を広げる。

 

「ははっ! これだよ、これ! 風呂も温かい飯も揃ってるとか、完全に神拠点じゃねぇか!」

 

 その言葉に、セレスも小さく頷いた。

 血と煙に追われる街の中で、初めて腹を満たし、肩の力を抜くことができる。

 

 ――ここに来てよかった。

 誰もが、そう心の底から思っていた。

 

 温かな食事を終えたあとの工房街は、焚き火と松明の光に包まれていた。

 鍋は空になり、皿の上にはパン屑だけが残っている。

 満たされた胃袋がようやく静けさを許し、仲間たちの顔に自然と笑みが浮かんでいた。

 

「……はぁ。こんなにちゃんと腹いっぱい食べられるとは思わなかったな」

 

 カイが背もたれに大きく体を預け、満足げに息を吐いた。

 口の端にはまだスープの名残がついていて、リリィがくすっと笑う。

 

「カイさん、口にスープついてます」

 

「おっと」

 

 慌てて拭う仕草が妙に子供っぽく、さらに場を和ませた。

 

 ヴァレリアは腕を組み、火を見つめながら微笑む。

 

「……やっぱり、人間ってこういう時間が必要なんだね。剣を振るうだけじゃ、心は保てない」

 

 その言葉に、リオナが静かに頷く。

 失った仲間を想って沈んでいた彼女の瞳に、わずかながら光が戻っていた。

 

「食べて、笑って……そうやって少しずつ、前に進むんですね」

 

 エレナもパンをかじりながら微笑み、隣のハルトに視線を向ける。

 

「ハルトもそう思うでしょ?」

 

「……ああ」

 

 僧侶は深く息を吐き、祈るように両手を組む。

 

「食卓を囲むことは、魂を癒やすことでもある。……神が望まれた営みだ」

 

 少し大げさに聞こえる言葉だったが、今は誰の心にもすっと染み入った。

 

 一方、セレスは火を見つめながら胸の奥に温かなものを感じていた。

 笑い声、食事の匂い、仲間の笑顔。

 それらはゲームでは「演出」に過ぎなかった。だが今は違う――まぎれもない“現実”がここにあった。

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