TS女魔法師になったネトゲ廃人~極悪アップデートのVRMMO世界に放り込まれるなんて聞いてない! 作:桐谷アキラ
鍛冶場の一角に据えられたのは、割れた樽を並べただけの即席の円卓だった。
粗末な台の上には油の灯りが揺れ、皿代わりの鉄板にはまだ熱を残す鉄の匂いが漂っている。
戦闘班と生産班――二つの力が、初めて同じ場に集い、膝を突き合わせる瞬間だった。
「さて」
アルディスが戦斧を脇に立てかけ、ゆっくりと皆を見回す。
煤に汚れた顔に浮かぶ眼光は鋼のように鋭く、揺らぎはなかった。鍛冶師でありながら戦士としても生き残ってきた男の言葉に、誰も軽んじる者はいない。
「ここまでで分かっていることを整理しよう。まず、この街に“セーフティゾーン”は存在しない。……次に、倉庫と銀行は稼働している。資産と物資は利用可能だ」
静かな言葉だったが、その重みは全員の胸にずしりと落ちた。
ガルドが頷き、腕を組む。
「ならば俺たちのやるべきことは明白だ。拠点を固め、物資を守る。街が混乱している今、それを怠れば全員が散り散りになる」
セレスも口を開いた。
その声は落ち着いていて、妙な熱を帯びていない。だからこそ、皆の耳に真っ直ぐ届いた。
「だからこそ、戦闘と生産を両輪にする必要がある。私たちが外で戦い、物資を確保する。アルディスたちが加工し、配分して支える。……そうやって“生きる仕組み”を築くんだ」
「ただし――」
アルディスが鋭い視線を落とした。
「PKの話は聞いているだろう。混乱の中で仲間を裏切る連中が出てきている。俺たちが拠点を築けば、必ず狙われる」
円卓に沈黙が落ちる。
外からはまだ、街に渦巻く炎と叫びが聞こえていた。
だがセレスは微笑みを浮かべ、静かに頷いた。
「それでも、やるしかない。……ここで逃げても、ジリ貧になるだけだから」
冷静なその言葉に、仲間たちの視線が自然と集まった。
恐怖を塗り替える熱ではなく、氷のように揺るがぬ芯。その確かさが、彼らを支えていた。
最後にカイが手を打ち、まとめるように声を上げた。
「よし。方針は決まりだ。
――この工房街を拠点とし、防衛と物資供給を回す。
戦闘班が外を掃討し、生産班が拠点を固める。
異論は?」
誰も声を上げなかった。
不安は残り、恐怖は消えない。だが、ようやく「前に進む道」が見えたのだ。
焚き火の灯りに照らされ、仲間たちの顔に影と光が揺れる。
その光景は、ただの寄せ集めだった一行が初めて「一つの集団」として結束する瞬間を示していた。
――こうして、工房拠点は正式に彼らの砦となった。
会議が一区切りついたかに見えたとき、アルディスが再び声を上げた。
「……だがな、それだけじゃ足りん」
煤にまみれた顔に鋭い光を宿し、戦斧を膝に立てかけた姿は、火花を散らす鉄を打つ鍛冶師そのものだった。
「大規模クランの連中を忘れるな。あいつらは既に動いている。お抱えの生産職を囲い込み、自前で組織だった活動をしている」
重苦しい空気が走る。リリィが不安げに首をすくめた。
「……大規模クランって、強いんですよね? 戦闘も、生産も……合流した方がいいのかな」
アルディスは静かに首を横に振る。
「確かに人数は多く強い。だが、あいつらは“縛り”が多すぎる。命が懸かっている今、その縛りは足枷になる。……俺たちが考えるべきは、“第三の道”だ」
ヴァレリアが目を細め、剣の柄に指をかけながら口を開く。
「……ソロプレイヤーや小規模クランを集めるってことか」
「そうだ」
アルディスの即答は鋼のように揺るがない。
「俺たちのように群れずにやってきた連中は多い。独立独歩を選んでいた者たちも、この状況では孤立するだけだ。集めれば、数こそ少なくとも質の面では大規模クランに匹敵する」
ガルドが腕を組んだまま頷く。
「確かにソロは一騎当千の猛者が多い。……数では劣っても、質でなら十分拮抗できる」
「それに――NPCのこともある」
アルディスが焚き火に手をかざし、炎を見つめながら言葉を続けた。
「ギルドや商会に所属していたNPCたちも、この世界では生きている。血を流し、恐れ、助けを求めている。彼らを無視するのは愚かだ。むしろ取り込むべきだろう」
エレナが不安げに眉を寄せる。
「で、でも……NPCを取り込むって、どうやって?」
「単純だ」
アルディスの声には一切の迷いがなかった。
「彼らの仕事を保証し、生きる場所を作る。鍛冶師は武器を打ち、料理人は飯を作る。冒険者と何も変わらない。ただ――蘇生が効きにくい。その一点だけが違う」
リオナが小さく息を呑む。仲間を失ったばかりの彼女にとって、その言葉は重かった。
「問題は、どうやって連絡を取るかだな」
カイが顎に手を当てると、アルディスが懐から銀色の結晶を取り出した。
淡く光を帯びる魔導水晶。その表面に文字が浮かび上がる。
「……これは?」
セレスが眉をひそめた。
「倉庫の管理用に使われている魔導結晶だ。ギルド倉庫に繋がる仕組みで、本人認証を通じて“メッセージ”を送れる」
場がざわめく。
セレスの胸に冷たい感覚が走った。
(……つまり、倉庫はただの物資庫じゃない。繋がる機能があるなら――生き残った仲間を探せる手段になる)
アルディスの声が力を帯びる。
「この結晶を使えば、心当たりのソロプレイヤーに声をかけられる。奴らは強い。だが孤立すれば大規模クランに吸い寄せられるしかない。……なら、俺たちが“第三の選択肢”を示すべきだ」
「第三勢力……か」
ヴァレリアが呟き、焚き火に照らされた瞳に静かな熱を宿す。
「悪くない。私も縛られるのは御免だからね」
カイも口の端を上げた。
「大規模クランは嫌だが、ソロのままじゃ詰む。……なら第三勢力ってのは理にかなってる」
セレスは静かに頷き、皆を見回した。
「……選択肢があるだけで、人は救われる。強制じゃなく、選べることが大事だから」
その言葉に、仲間たちは力強く頷いた。
炎に照らされた円卓の輪の中で、確かな結束の光が生まれていた。
――こうして、“第三の道”を模索する新たな計画が動き出した。
「じゃあ、誰の名前で送る?」
ヴァレリアが問いかける。軽い調子に聞こえたが、その瞳には真剣さが宿っていた。呼びかけに名を連ねるということは、そのまま自分の安全を差し出すことを意味するからだ。
アルディスは迷いなく自らを指差した。
「《神工》のアルディス。この称号を知る者は多い。クラフターとして何百人もの冒険者と取引してきた。俺の名を見れば、怪しい呼びかけじゃないと分かるはずだ」
確信に満ちた声。その姿に、職人たちは小さく頷く。
アルディスはすぐに視線を横へ向け、セレスをまっすぐ見据えた。
「だが、それだけじゃ足りない。――ソロ最強の一人、《神滅》のセレスの名があればなお強い」
その名が告げられた瞬間、場に緊張が走った。
焚き火の爆ぜる音だけが響き、誰もすぐには言葉を返せなかった。
「……神滅?」
リリィが目を丸くし、首をかしげる。
「セレスさん……そんなに有名だったんですか? でも……なんだか物騒な名前ですね」
不安げに、けれど興味を隠せない声音だった。
その言葉に、エレナも小さく頷く。
「確かに……“神滅”なんて。すごい強そうだけど、少し怖い響きです」
視線が一斉にセレスへと集まる。
セレスは苦笑を浮かべ、肩をすくめるように視線を逸らした。
「……ソロで長くやってきただけだよ。知ってる人は、知ってるかもしれない」
控えめな言葉。だが胸の奥では、別の声が渦巻いていた。
(……これが“僕”にできる役割か。導く魔法師として、過去の実績を看板にする。……もう逃げられない)
アルディスは皆を見回し、短く頷いた。
「呼びかけの文面はシンプルにしよう」
そう前置きしてから、はっきりと言葉を紡ぐ。
「“俺たちは工房街を拠点にした。自由を求める者は来い。戦闘も生産も歓迎する。NPCも保護する。――神工アルディス、神滅セレス”」
カイが口笛を吹き、笑みを浮かべる。
「はは、看板としては十分だな。ソロ連中はこういうの好きだからな、喜んで飛びつくだろう」
ガルドも真剣な顔で深く頷いた。
「第三勢力の旗印にふさわしい。……名が人を呼ぶなら、使わない手はない」
リリィはまだ少し困惑しながらも、セレスの横顔を見つめた。
恐ろしげな二つ名を持っていても、自分の知る彼女は、誰より仲間を思う優しい人だと分かっているから。
焚き火に映し出された仲間たちの顔は、恐怖と不安を抱えつつも――確かな希望を帯びていた。
セレスは魔導水晶に手を触れる。
淡い光が指先に応じ、メッセージの文字が浮かび上がる。
「……始めよう。第三の道を選ぶ者たちに――声を届ける」
こうして、“神工”と“神滅”の名を掲げた新たな勢力が、静かに産声をあげたのだった。