TS女魔法師になったネトゲ廃人~極悪アップデートのVRMMO世界に放り込まれるなんて聞いてない!   作:桐谷アキラ

13 / 36
第13話 生存戦略、神工と神滅

 鍛冶場の一角に据えられたのは、割れた樽を並べただけの即席の円卓だった。

 粗末な台の上には油の灯りが揺れ、皿代わりの鉄板にはまだ熱を残す鉄の匂いが漂っている。

 戦闘班と生産班――二つの力が、初めて同じ場に集い、膝を突き合わせる瞬間だった。

 

「さて」

 

 アルディスが戦斧を脇に立てかけ、ゆっくりと皆を見回す。

 煤に汚れた顔に浮かぶ眼光は鋼のように鋭く、揺らぎはなかった。鍛冶師でありながら戦士としても生き残ってきた男の言葉に、誰も軽んじる者はいない。

 

「ここまでで分かっていることを整理しよう。まず、この街に“セーフティゾーン”は存在しない。……次に、倉庫と銀行は稼働している。資産と物資は利用可能だ」

 

 静かな言葉だったが、その重みは全員の胸にずしりと落ちた。

 

 ガルドが頷き、腕を組む。

 

「ならば俺たちのやるべきことは明白だ。拠点を固め、物資を守る。街が混乱している今、それを怠れば全員が散り散りになる」

 

 セレスも口を開いた。

 その声は落ち着いていて、妙な熱を帯びていない。だからこそ、皆の耳に真っ直ぐ届いた。

 

「だからこそ、戦闘と生産を両輪にする必要がある。私たちが外で戦い、物資を確保する。アルディスたちが加工し、配分して支える。……そうやって“生きる仕組み”を築くんだ」

 

「ただし――」

 

 アルディスが鋭い視線を落とした。

 

「PKの話は聞いているだろう。混乱の中で仲間を裏切る連中が出てきている。俺たちが拠点を築けば、必ず狙われる」

 

 円卓に沈黙が落ちる。

 外からはまだ、街に渦巻く炎と叫びが聞こえていた。

 

 だがセレスは微笑みを浮かべ、静かに頷いた。

 

「それでも、やるしかない。……ここで逃げても、ジリ貧になるだけだから」

 

 冷静なその言葉に、仲間たちの視線が自然と集まった。

 恐怖を塗り替える熱ではなく、氷のように揺るがぬ芯。その確かさが、彼らを支えていた。

 

 最後にカイが手を打ち、まとめるように声を上げた。

 

「よし。方針は決まりだ。

 ――この工房街を拠点とし、防衛と物資供給を回す。

 戦闘班が外を掃討し、生産班が拠点を固める。

 異論は?」

 

 誰も声を上げなかった。

 不安は残り、恐怖は消えない。だが、ようやく「前に進む道」が見えたのだ。

 

 焚き火の灯りに照らされ、仲間たちの顔に影と光が揺れる。

 その光景は、ただの寄せ集めだった一行が初めて「一つの集団」として結束する瞬間を示していた。

 

 ――こうして、工房拠点は正式に彼らの砦となった。

 

 会議が一区切りついたかに見えたとき、アルディスが再び声を上げた。

 

「……だがな、それだけじゃ足りん」

 

 煤にまみれた顔に鋭い光を宿し、戦斧を膝に立てかけた姿は、火花を散らす鉄を打つ鍛冶師そのものだった。

 

「大規模クランの連中を忘れるな。あいつらは既に動いている。お抱えの生産職を囲い込み、自前で組織だった活動をしている」

 

 重苦しい空気が走る。リリィが不安げに首をすくめた。

 

「……大規模クランって、強いんですよね? 戦闘も、生産も……合流した方がいいのかな」

 

 アルディスは静かに首を横に振る。

 

「確かに人数は多く強い。だが、あいつらは“縛り”が多すぎる。命が懸かっている今、その縛りは足枷になる。……俺たちが考えるべきは、“第三の道”だ」

 

 ヴァレリアが目を細め、剣の柄に指をかけながら口を開く。

 

「……ソロプレイヤーや小規模クランを集めるってことか」

 

「そうだ」

 

 アルディスの即答は鋼のように揺るがない。

 

「俺たちのように群れずにやってきた連中は多い。独立独歩を選んでいた者たちも、この状況では孤立するだけだ。集めれば、数こそ少なくとも質の面では大規模クランに匹敵する」

 

 ガルドが腕を組んだまま頷く。

 

「確かにソロは一騎当千の猛者が多い。……数では劣っても、質でなら十分拮抗できる」

 

「それに――NPCのこともある」

 

 アルディスが焚き火に手をかざし、炎を見つめながら言葉を続けた。

 

「ギルドや商会に所属していたNPCたちも、この世界では生きている。血を流し、恐れ、助けを求めている。彼らを無視するのは愚かだ。むしろ取り込むべきだろう」

 

 エレナが不安げに眉を寄せる。

 

「で、でも……NPCを取り込むって、どうやって?」

 

「単純だ」

 

 アルディスの声には一切の迷いがなかった。

 

「彼らの仕事を保証し、生きる場所を作る。鍛冶師は武器を打ち、料理人は飯を作る。冒険者と何も変わらない。ただ――蘇生が効きにくい。その一点だけが違う」

 

 リオナが小さく息を呑む。仲間を失ったばかりの彼女にとって、その言葉は重かった。

 

「問題は、どうやって連絡を取るかだな」

 

 カイが顎に手を当てると、アルディスが懐から銀色の結晶を取り出した。

 淡く光を帯びる魔導水晶。その表面に文字が浮かび上がる。

 

「……これは?」

 

 セレスが眉をひそめた。

 

「倉庫の管理用に使われている魔導結晶だ。ギルド倉庫に繋がる仕組みで、本人認証を通じて“メッセージ”を送れる」

 

 場がざわめく。

 セレスの胸に冷たい感覚が走った。

 

(……つまり、倉庫はただの物資庫じゃない。繋がる機能があるなら――生き残った仲間を探せる手段になる)

 

 アルディスの声が力を帯びる。

 

「この結晶を使えば、心当たりのソロプレイヤーに声をかけられる。奴らは強い。だが孤立すれば大規模クランに吸い寄せられるしかない。……なら、俺たちが“第三の選択肢”を示すべきだ」

 

「第三勢力……か」

 

 ヴァレリアが呟き、焚き火に照らされた瞳に静かな熱を宿す。

 

「悪くない。私も縛られるのは御免だからね」

 

 カイも口の端を上げた。

 

「大規模クランは嫌だが、ソロのままじゃ詰む。……なら第三勢力ってのは理にかなってる」

 

 セレスは静かに頷き、皆を見回した。

 

「……選択肢があるだけで、人は救われる。強制じゃなく、選べることが大事だから」

 

 その言葉に、仲間たちは力強く頷いた。

 炎に照らされた円卓の輪の中で、確かな結束の光が生まれていた。

 

 ――こうして、“第三の道”を模索する新たな計画が動き出した。

 

「じゃあ、誰の名前で送る?」

 

 ヴァレリアが問いかける。軽い調子に聞こえたが、その瞳には真剣さが宿っていた。呼びかけに名を連ねるということは、そのまま自分の安全を差し出すことを意味するからだ。

 

 アルディスは迷いなく自らを指差した。

 

「《神工》のアルディス。この称号を知る者は多い。クラフターとして何百人もの冒険者と取引してきた。俺の名を見れば、怪しい呼びかけじゃないと分かるはずだ」

 

 確信に満ちた声。その姿に、職人たちは小さく頷く。

 アルディスはすぐに視線を横へ向け、セレスをまっすぐ見据えた。

 

「だが、それだけじゃ足りない。――ソロ最強の一人、《神滅》のセレスの名があればなお強い」

 

 その名が告げられた瞬間、場に緊張が走った。

 焚き火の爆ぜる音だけが響き、誰もすぐには言葉を返せなかった。

 

「……神滅?」

 

 リリィが目を丸くし、首をかしげる。

 

「セレスさん……そんなに有名だったんですか? でも……なんだか物騒な名前ですね」

 

 不安げに、けれど興味を隠せない声音だった。

 その言葉に、エレナも小さく頷く。

 

「確かに……“神滅”なんて。すごい強そうだけど、少し怖い響きです」

 

 視線が一斉にセレスへと集まる。

 セレスは苦笑を浮かべ、肩をすくめるように視線を逸らした。

 

「……ソロで長くやってきただけだよ。知ってる人は、知ってるかもしれない」

 

 控えめな言葉。だが胸の奥では、別の声が渦巻いていた。

 

(……これが“僕”にできる役割か。導く魔法師として、過去の実績を看板にする。……もう逃げられない)

 

 アルディスは皆を見回し、短く頷いた。

 

「呼びかけの文面はシンプルにしよう」

 

 そう前置きしてから、はっきりと言葉を紡ぐ。

 

「“俺たちは工房街を拠点にした。自由を求める者は来い。戦闘も生産も歓迎する。NPCも保護する。――神工アルディス、神滅セレス”」

 

 カイが口笛を吹き、笑みを浮かべる。

 

「はは、看板としては十分だな。ソロ連中はこういうの好きだからな、喜んで飛びつくだろう」

 

 ガルドも真剣な顔で深く頷いた。

 

「第三勢力の旗印にふさわしい。……名が人を呼ぶなら、使わない手はない」

 

 リリィはまだ少し困惑しながらも、セレスの横顔を見つめた。

 恐ろしげな二つ名を持っていても、自分の知る彼女は、誰より仲間を思う優しい人だと分かっているから。

 

 焚き火に映し出された仲間たちの顔は、恐怖と不安を抱えつつも――確かな希望を帯びていた。

 

 セレスは魔導水晶に手を触れる。

 淡い光が指先に応じ、メッセージの文字が浮かび上がる。

 

「……始めよう。第三の道を選ぶ者たちに――声を届ける」

 

 こうして、“神工”と“神滅”の名を掲げた新たな勢力が、静かに産声をあげたのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。