TS女魔法師になったネトゲ廃人~極悪アップデートのVRMMO世界に放り込まれるなんて聞いてない!   作:桐谷アキラ

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第14話 師匠と弟子

 工房街に掲げられた新たな旗のもと、仲間たちは次々と役割を見出していた。

 

 アルディスは生産職をまとめ上げ、煤けた炉に新たな火を入れる。

 赤々と燃え上がる炎と、鉄を打つ乾いた音。その響きが、崩れかけていた工房街を再び「生きた場」へと変えていった。

 

 ガルドとヴァレリアは戦闘班を率い、防衛の相談をはじめている。

 仲間たちに持ち場を指示するその姿は、確かに前線を守るである。

 

 カイは斥候隊として、軽口を叩きながらも周囲の偵察を怠らない。

 軽薄に見える態度の裏で、彼の目は常に鋭く、誰よりも早く危険を察知する役目を果たしていた。

 

 セレスは拠点に腰を据え、地図と仲間の報告を照らし合わせながら方針を練っていた。

 どの物資を優先的に調達するか。どの班をどの時間に動かすか。全体を俯瞰し、混乱を抑えるために冷静な声を響かせる。

 

 ――誰もが、自分の居場所を見つけて動いていた。

 

 ただ一人、その輪の外に立ち尽くす少女を除いて。

 

 リリィは小さな杖を抱きしめ、場の片隅で周囲を見つめていた。

 視線は仲間に向けられているはずなのに、まるで透明な壁の向こうから覗き込んでいるような疎外感が胸に広がっていく。

 

(……わたしは……?)

 

 心の奥で、小さな問いが繰り返される。

 

 ゲームだったころ、彼女には確かな誇りがあった。

 的確なタイミングでの回復。絶望的な状況での蘇生の成功。

 その腕前は仲間たちに認められ、時には他のパーティからも声がかかるほどだった。

 

 ――だから、自分は“戦える後衛”だと疑いもなく信じていた。

 

 けれど、今は違う。現実になったこの世界では、それはただの幻想に過ぎなかった。

 確かに支援班の一員として参加はして、必要な支援はできている。

 だがそれだけなのだ。

 

「リリィ、無理はするなよ」

 

 ヴァレリアがそう言って、自然に彼女の頭を撫でてくれる。

 

「怖かったら俺の後ろに隠れてろ」

 

 ガルドは豪快に笑いながらそう告げる。

 

「リリィは回復だけで十分だから」

 

 カイは軽い調子で言ってのける。

 

 そしてセレスはいつも優しく微笑んでくれる。

 

「頼りにしてるよ。でも、一人で背負わなくていいからね」

 

 ――温かい言葉。優しい手。

 けれど、それは同時に「子供扱いされている」という冷たい現実をリリィに突きつけてもいた。

 

(……そうか。みんな……合わせてくれてたんだ。ゲームのときは……わたしが“一人前”だって思えるように……)

 

 胸の奥がぎゅっと縮み、喉に熱いものがこみ上げる。

 視界がじんわりとにじみ、杖を抱く腕に力が入った。

 

 拠点は刻一刻と整っていく。

 工房には新たな武具が並び、錬金台には薬瓶がずらりと並ぶ。

 戦闘班は交代で武器を研ぎ、見張りにつき、準備を進めていた。

 

 忙しなく動く仲間たちの姿は眩しく――それだけに、リリィは自分がそこに混ざれていない現実を痛感した。

 

(わたしは……みんなほど役に立ってない……)

 

 かつての誇りが、砂の城のように音を立てて崩れていく。

 “回復が上手い”だけでは足りない。

 血の匂いと痛みが渦巻く現実の中で、大人たちはもう先を見据えて歩き始めている。

 

(わたしは……足踏みしてる……)

 

 唇を強く噛みしめ、小さな肩が震えた。

 溢れそうな涙を必死に堪えても、目尻には光が溜まっていく。

 

 そのとき、工房の奥からアルディスの豪快な声が響いた。

 

「よし! ここは戦闘班と生産班で役割を分ける! 戦闘班は明日から討伐に出て、食料と素材を確保してこい! 生産班はその間に物資を加工して供給だ!」

 

 力強い声に応じて、仲間たちが一斉に「了解!」と返す。

 その響きが工房の梁を震わせ、場を満たした。

 

 胸を締め付ける孤独感が、ひどく重たい。

 リリィは杖を抱いたまま、かすかな声で自分に問いかけた。

 

「わたし……何をすればいいの……」

 

 誰に届くこともなく、その小さな声は夜の工房に溶けて消えていった。

 

 

 ――夜も更け、喧騒が落ち着き、街の片隅に静寂が戻ってくる。

 

 その静けさの中、セレスは小さな影に気づいた。

 焚き火の明かりに照らされた場所で、リリィは杖を抱えたまま、膝を抱えて座り込んでいた。

 細い肩が小刻みに震え、その横顔は、泣きたいのを必死に堪える小さな子どもに見えた。

 

「……リリィ」

 

 そっと声をかけると、少女の肩がびくりと揺れる。

 セレスが隣に腰を下ろすと、リリィは視線を伏せたまま、小さな声を漏らした。

 

「わたし……みんなに守られていただけなんだって、気づいちゃいました。

 ゲームのときは上手に回復できてるから、頼られてるって思ってたのに。

 でも……今は違う。みんな大人で……やることをどんどん見つけて……。

 わたしだけが何もできてない!」

 

 か細い声は震え、悔しさと情けなさが滲んでいた。

 セレスの胸が締め付けられる。彼女は自分を卑下しているのではない。

 

 ――「役に立ちたい」という真っ直ぐな思いがあるからこそ、涙を堪えているのだ。

 

 セレスは微笑みを浮かべ、静かに首を振った。

 

「そんなことない。リリィは、ちゃんとみんなの役に立ってるよ。

 蘇生も、回復も……それがなかったら、誰もここに戻ってこれなかった。

 大人とか子どもとか関係ないよ。私にとって、リリィは頼れる大事な仲間なんだから」

 

 その言葉に、リリィは潤んだ目をセレスへ向ける。

 

「でも、私はみんなに言われたことをただやってるだけなんです!」

 

 吐き出すような声。

 その奥にあったのは、悔しさと自己嫌悪、そしてどうしようもない孤独だった。

 自分は仲間に支えられるばかりで、実力で認められていない――そう思い込んでしまう幼さが、彼女を苦しめていた。

 

 セレスは困ったように微笑み、言葉を慎重に選んだ。

 

「みんなそうだよ。……私だってリリィくらいの年の頃は、言われたことすらちゃんとできていたとは自信を持って言えないかもしれないよ。

 それに比べてたら、リリィはこんな状況でちゃんとやれてる。それだけでも、すごいことなんだよ?」

 

 焚き火がぱちりと弾け、二人の間に小さな光を散らす。

 リリィは戸惑い、唇を噛み、視線を揺らした。

 

「この世界では私たちが知らないことが多すぎる、今回復班はリーダーがいないから生産班や戦闘班と一緒に動いてるけど実際にどう行動するのがいいかなんてすぐにリリィの方が詳しくなるよ」

 

「そうでしょうか……」

 

 震える声には、まだ自信が宿っていなかった。

 だが、その問いかけ自体が、彼女が立ち直ろうとしている証でもあった。

 

「本当だって、この世界ではじめて経験することは私達だってわからないんだから」

 

 セレスの真っ直ぐな声は、優しいだけではなく、確かな重みを持ってリリィの胸に響いた。

 迷いを抱える少女の心を支えるように。

 

 しばし沈黙が落ち、リリィは小さく息を呑む。

 そして迷いを押し出すように唇を噛み、やがて決意を帯びた声を発した。

 

「……じゃあ、わたし……セレスさんの師匠になります」

 

 幼い顔に、不器用ながらも確かな火が宿る。

 不安と劣等感を抱えたまま、それでも前に進もうとする意志。

 

「え……師匠?」

 

 思わず素っ頓狂な声が漏れる。

 あまりの予想外に、セレスは目を丸くした。

 

 リリィは真剣そのものの表情で、こくりと頷いた。

 

「だってセレスさん……立ち居振る舞いはすごく上手で、みんなの前では完璧に見えるけど……。

 でも日常生活では、全然“女性”として振る舞えてません」

 

「う……」

 

 図星を突かれ、セレスは言葉を失った。

 食事の所作も、髪の扱いも、歩き方すらも。

 ゲームの画面越しなら誤魔化せたものが、今は現実の身体にのしかかる。

 

 リリィは小さな胸を張り、宣言する。

 

「だから、これからはわたしが“女性の先輩”としてセレスさんを導きます。

 恥ずかしくても、嫌がっても駄目です。だって、この世界で生きるためには必要なことなんですから」

 

 セレスは目を見開き、そして小さく笑った。

 

「……ありがとう。リリィ。……僕は――」

 

 その瞬間、リリィの瞳がぴしりと鋭く光った。

 

「――“僕”じゃありません!」

 

「えっ」

 

「女性らしく! “私”です!」

 

 思わずたじろぐセレス。

 だが、浮かんだのは苦笑ではなく、どこか救われるような柔らかい笑みだった。

 

「……分かった。私、ね」

 

 リリィは満足そうに頷き、杖を抱き直す。

 

「そうです。その調子。これからは厳しく指導しますからね!」

 

 胸を張るリリィに、セレスは肩を揺らして笑った。

 ほんの数刻前まで不安に沈んでいた少女が、今は泣きながら「師匠」として立ち上がっている。

 

 ――その強さに、セレスの胸は熱くなった。

 

 工房街の夜空に、まだ煙の残り香が漂っている。

 新しい関係が芽生えたその瞬間、二人の間には確かな絆が結ばれていた。

 

 

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