TS女魔法師になったネトゲ廃人~極悪アップデートのVRMMO世界に放り込まれるなんて聞いてない!   作:桐谷アキラ

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第4話 新しい仲間と罪が落とす影

 息を吹き返した三人の冒険者は、まだ状況をのみ込めない様子で辺りを見回していた。

 魔法師の若い女性は、自分のローブにこびりついた血に顔をしかめ、指先で触れることすら恐れるように震えていた。僧侶の男性は首を振り、掠れた声を漏らす。

 

「……俺たち、どうして……」

 

「全滅してたんだ」

 

 ヴァレリアが苦い表情を浮かべ、静かに告げる。

 

「狼に食われてた。うちのリリィが蘇生したから助かったんだ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、魔法師の女性の顔から血の気が引いた。口を開きかけ、そして唇を噛みしめ、絞り出すように告白した。

 

「……わたしが……やってしまったんです。範囲魔法を……あの時、オークをまとめて焼こうとして……前に出ていた仲間を……」

 

 声は震え、彼女の膝が崩れ落ちる。

 

「……あれがなければ……全滅なんて……」

 

 弓手の少女が慌てて抱き起こすが、彼女の肩は小刻みに震えていた。仲間の命を奪ってしまったその重みが、彼女を押し潰そうとしているのだ。

 

 仲間たちの視線がセレスに集まる。

 セレスは胸に重苦しいものを抱きながらも、柔らかな微笑みを浮かべた。理想の魔法師として、ここで崩れてしまうわけにはいかない。

 

「落ち着いて。大事なのは、今ここであなたたちが生きていることなんだから」

 

 女性魔法師は首を振り、涙をにじませる。

 

「でも……わたしが……殺したんです」

 

「違う」

 

 セレスの声は揺るぎなかった。

 

「とどめを刺したのは狼型の魔物。あなたの魔法がきっかけだったかもしれない。でも、死を決定づけたのは奴らだった」

 

「……そんな……」

 

「そして見て。あなたも、仲間も……今こうして蘇生できた」

 

 セレスは光に包まれて目を覚ました彼らを示す。

 

「“死んでも条件次第で戻れる”。現実世界よりはるかに死ににくい世界なんだ。だから、あなたが一人で失われた命を背負う必要はない」

 

 女性魔法師の視線が揺れ、涙が頬を伝う。弓手の少女と僧侶の男性が彼女の肩を支え、三人は深く息をついた。

 

「……ありがとうございます……」

 

 セレスの言葉は救いだった。けれど胸の奥では、苦い思いが渦巻く。

 

(これは詭弁だ。本当は彼女の魔法の“巻き込み”で死んだんだろう。でも、今の彼女に必要なのは真実より支えだ。だから僕は“私”として、こう言うしかない)

 

 空気が落ち着いた頃、弓手の少女が皆を見渡し、小さく手を上げた。

 

「……あの、ちゃんと自己紹介をさせてください。私……エレナっていいます。職業はアーチャー。……助けて下さって本当にありがとうございます」

 

 彼女は必死に微笑もうとしたが、その笑顔はまだどこか引きつっていた。

 続いて僧侶の男性が、胸に手を当てて名乗る。

 

「俺は……ハルト。僧侶だ。回復と補助しかできないけれど……だからこそ、これからは、もう二度と仲間を失いたくないな」

 

 最後に、泣き腫らした目の魔法師が顔を上げた。

 

「わ、わたしはリオナ。魔法師です……。さっきのことは……忘れられない。でも、それでも……私は死にたくない」

 

 その震える声に、セレスはしっかりと頷いた。

 

「リオナ、エレナ、ハルト。ようこそ。私たちは――一緒に生き延びる仲間だ」

 

 だが彼らは同時に、言葉を詰まらせた。

弓手のエレナが、うつむきながら名を告げる。

 

「……でも、二人の仲間は……もういません。シーフのミナ、それから……ファイターのレオ。二人は……戻れなかった」

 

 その名が空気に落ちた瞬間、場に重苦しい沈黙が広がった。

 失われた命の影は確かにそこにあり、誰もが目を逸らすことができなかった。

 

 そして前衛を失った三人には、もはや彼らだけで生き延びる術は残されていなかった。

 生き残るためには、大人数で協力するしかないのだ。

 

 弓手の少女――エレナが、不安げに視線を揺らしながら問いかける。

 

「……でも、私たちが一緒になって……パーティの人数枠を超えたりしないんですか?」

 

 その声は震え、かすかな期待と恐れが入り混じっていた。

 彼女が縋るのは、まだ“ゲーム的な常識”だった。枠の外に出ることを恐れるのは、生き残りたいからこそだ。

 

 セレスは一瞬だけ瞳を伏せ、考える素振りを見せた。

 けれどすぐに首を横に振り、迷いを断ち切るように言葉を紡ぐ。

 

「大丈夫。これはもう“ゲーム”じゃない。だから人数制限なんてないはずだよ」

 

 その声は澄んでいて、揺るがなかった。

 だが、彼女の言葉には確かな根拠はない。

 それでも――誰も否定できなかった。すでにこの世界は常識を裏切り続けている。ならば旧来のルールをそのものを疑ってもかまわないはずだ。

 

 重苦しい空気を破るように、ヴァレリアが肩をすくめて笑った。

 

「そりゃそうだ。人数が多いほうが生存率も上がる。大所帯のほうが安心だろうさ」

 

 その笑いはまだ硬さを残していたが、力強さもあった。

 ガルドが腕を組み、真剣な面持ちで頷く。

 

「前衛が足りなくなったのは痛いが……役割を補えるなら、問題ない。合流しよう」

 

 理屈を重んじる騎士としての言葉は、皆に現実的な安心をもたらした。

 

 そしてカイが軽口を叩き、場を和ませる。

 

「じゃあ、俺たちは臨時パーティってわけか。……いや、もっと増えるかもしれんけどな」

 

 その冗談に、張り詰めていた弓手のエレナが小さく笑みを漏らした。

 ほんのひととき、心に灯がともる。

 

 だが、リリィはまだセレスの袖を固く握りしめていた。小柄な身体はかすかに震え、目には涙の光が残る。

 それでも彼女は、勇気を振り絞って声を上げた。

 

「……わたし、回復……もっと頑張るから。人数が増えたら、その分必要でしょ?」

 

 その言葉は決意であり、同時に不安の裏返しでもあった。

 セレスは彼女の手を優しく包み込み、静かに応える。

 

「頼りにしてるよ。……でも、一人で背負う必要はないからね」

 

 その声は温かく、幼い少女の心に確かな支えを与えた。

 

 蘇生された三人――リオナ、エレナ、ハルトは、自分たちが“死んでいた”という事実をまだ完全には受け入れられていない。

 だが、大人組の心には「死んでも戻れる」という確信が芽生えていた。それは恐怖の只中にあっても、確かな安堵をもたらしていた。

 

 不安と希望が入り混じる中、再編されたパーティは静かに歩き出す。

 もう“ゲームの攻略”ではない。

 生き残るための、現実の行軍として。

 

 ――そして

 

 広間を抜け出した一行は、崩れ落ちた石片や瓦礫が散らばる通路を慎重に進んだ。

 足音は石壁に反響し、異様に大きく響く。その音がやけに人の気配を際立たせ、逆に心細さを和らげていた。

 人数が増えたことで背後を任せられる者もでき、以前よりも幾分か心強い。だが、増えた分だけ守るべき命も増えたのだという重みもまた、全員の肩にのしかかっていた。

 

「とにかく、まずは街に戻ろう」

 

 ガルドが大盾を背負い直し、前を見据えながら低い声で言った。

 その声音には、疲労を押し隠して仲間を導こうとする決意がにじんでいた。

 

「手持ちの物資が心もとない以上、補給も必要だし、この状況を整理できる場所が欲しい」

 

 ヴァレリアが大きく頷き、鋭い眼差しを周囲に巡らせる。

 

「同感。拠点を確保できなきゃ、休むこともできないからね」

 

 その言葉に、仲間たちの表情がわずかに引き締まる。戦いの合間にすら、休息をとることは死活問題だった。

 

 新しく加わった僧侶――ハルトが静かに言葉を添えた。

 

「街なら神殿があるはずです。そこで回復や蘇生を安全に行えるなら……僕たちも、少しは安心できる」

 

 彼の声は祈りのように穏やかだったが、言葉の端々に切実さが滲んでいた。

 死から蘇った直後の彼らにとって、“安全”という言葉ほど欲するものはなかったのだ。

 

 弓手のエレナが不安げに口を挟む。

 

「人が集まってる場所のほうが……安心できるし」

 

 小さな声での呟きは、仲間の胸に同じ思いを呼び起こした。孤独ではなく、大勢で。せめて人の灯がともる場所へと。

 

 自然と話はまとまり、全員の視線が前方へと向く。

 街――それは彼らにとって希望の象徴だった。ゲームの中であれば、絶対の安全が保証されるセーフティゾーン。

 そこに帰り着けば、きっと落ち着けるはずだと、誰もが信じていた。

 

 けれど、セレスだけは疑っていた。

 

(……嫌な予感がする。街がセーフティゾーン? そんなもの、この“現実”で機能しているはずがない。もし街に魔物が入り込んでいたら……)

 

 胸の奥が冷たく凍りつくような感覚に襲われる。

 彼女は知っている。先ほどまでの常識がことごとく裏切られてきたことを。

 ならば街も例外であるはずがない、と。

 

 それでも、セレスはその思いを口にしなかった。

 今ここで知らせても意味がない、不用意に仲間を怯えさせるだけだから。恐怖は伝染する。だからこそ――微笑みで覆い隠す。

 

 彼女は杖を握り直し、わざと明るい声音で告げる。

 

「行こう。まずは街に戻ることが第一歩だよ」

 

 その声に、仲間たちは力強く頷いた。

 通路に響く靴音は、もはや一人や二人のものではない。大人数で進む音は、確かに心強さを与えていた。

 

 だが――セレスの胸の奥に広がる不安だけは、誰にも気づかれないまま、暗い影を落とし続けていた。

 

 

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