TS女魔法師になったネトゲ廃人~極悪アップデートのVRMMO世界に放り込まれるなんて聞いてない! 作:桐谷アキラ
街へ近づくにつれて、瓦礫と煙の匂いが濃くなっていった。
焦げた木材が焼け落ちる音が耳に残り、息を吸うたびに喉が痛む。
崩れた門は半ば瓦礫に埋もれ、石畳には火の粉が散り、まだ燻る赤がちらちらと踊っていた。
四方から響いてくるのは人々の叫びだ。助けを求める声、泣き叫ぶ子どもの声、怒号と獣の唸り。
混乱は収まるどころか、渦のように広がっている。
そんな中、セレスたちは異様な光景を目にした。
瓦礫に押し潰された商人風の男――ゲームで言うなら“NPC”に過ぎないはずの人物を、数人の冒険者風のプレイヤーが必死で救い出そうとしていたのだ。
筋骨隆々の戦士、荒くれた格好の斧使い、そして派手な装束の魔法使い。
どのアバターも粗野で勇ましく、いかにも強面に見える。
だが――そこから飛び交う声は、間違いなく日本語だった。
「ちょっと! そこの石持ち上げろ! せーの!」
「おい、こっち支えて! 下に人いるから!」
「くそっ、NPC相手にマジで救助することになるとは……!」
必死の声が響き、額には滝のような汗が流れていた。
ゲームの中なら気にもしなかった“背景の人々”を、彼らは現実の命として救おうとしている。
その必死さは、偽りようがなかった。
リリィが思わず息を呑み、セレスの袖を握りしめた。
「……助けてる……NPCを……」
驚きと戸惑いが入り混じった声。その瞳は揺れている。
ヴァレリアは目を細め、鋭く彼らを見据えた。
「冒険者風に見えて……中身はやっぱり普通のゲーマーってことなんだろうな」
低く呟く言葉に、妙な納得がにじむ。
カイは小さく鼻で笑い、肩を竦める。
「荒くれたアバターで悪ぶってても、中身は普通の奴らだってことさ」
その言い草には皮肉めいた調子もあったが、どこか安心した響きもあった。
ガルドは唇を引き結び、大きくうなずく。
「なら、合流する価値はあるな。情報も欲しい」
仲間の意見に頷きつつ、セレスは黙ってその光景を見つめていた。
ゲームと現実の境界が崩れたこの世界で――人は外見通りではない。
それは誰よりも、自分自身がよく知っている事実だった。
(……彼らもきっと、同じだ。見た目がどうであれ、生き残るためには助け合わなきゃならない)
胸の奥でそう呟き、セレスは仲間に向き直る。
「行こう。彼らに協力しよう」
煙と炎に包まれた街の中で、プレイヤーたちの生々しい息遣いが交わり始めていた。
それは新たな出会いであり、混沌の中で選ばれた次の一歩の始まりでもあった。
セレスたちが駆け寄ると、冒険者風のプレイヤーたちは一斉に顔を上げた。
瓦礫の下からNPCを引きずり出そうとしていた手が止まり、代わりに鋼の音が響く。
剣が抜かれ、斧が構えられる。緊張が走り、空気が一変した。
「止まれ!」
筋骨隆々の戦士が怒鳴った。血走った目は獣のように鋭く、額の汗が光る。
「近づくな……お前ら、何者だ!」
その声には、ただの警戒以上の険があった。
仲間を庇うように一歩前に出る者もいて、救助していたはずの雰囲気は剣呑なものへと塗り替えられていく。
想定以上の反応にヴァレリアが反射的に剣へ手を伸ばしたが、ガルドが大盾を突き出すようにして制した。
「待て、敵意はない!」
低い声に説得の響きがあったが、それでも戦士は目を光らせ、荒々しく吐き捨てる。
「そう言って近づいてきた奴らに、仲間を殺されたんだ!」
その言葉に、全員の身体が凍りついた。
仲間を傷つけられないはずだった“ゲームのルール”が崩れ去った――それはつまり、人が人を裏切り、殺し合う現実になったということだ。
リリィが小さく震える声を漏らす。
「そ、そんな……」
小さな瞳に涙がにじみ、怯えが広がっていく。
カイは渋面を作りながらも、両手を軽く上げた。
「なるほど。だから武器を構えてるってわけか。……安心しろ、俺たちは君たちを攻撃したりはしない」
だが、言葉だけでは疑念は晴れない。
敵意に満ちた視線が突き刺さり、場の緊張はなお続いていた。
そこでセレスが一歩前に出た。
杖をそっと地面に置き、両手を広げてみせる。
「私たちが近づいたのは救助が目的。怪我人を癒やす手段も持っている」
彼女の声音は澄んで落ち着いていた。
そして、ゆっくりと名を名乗る。
「……私はセレス。ソロで活動していてそれなりに名を知られていると自負している」
その名が空気を震わせた。
冒険者風の男たちが互いに目を見交わす。
魔法使い風の男が目を細め、低く唸った。
「セレス……? あの、ランキング常連の……? 金髪の女魔法師……?」
戦士も目を剥き、視線をまじまじとセレスへと向ける。
「確かに……姿も噂どおりだが……UIも消えちまった今、本当に本人かどうか……」
まだ疑いは残る。だが、その揺らぎを断ち切るように、セレスが合図を送った。
リリィが小さな身体を震わせながら前へ進む。
恐怖を押し殺し、両手をかざして詠唱する。
「……《ヒール》……!」
淡い光がNPCの身体を包み込み、瓦礫で刻まれた切り傷や打撲がみるみる癒えていく。
失血で顔色の悪かった男が、微かに声を漏らし、呼吸を取り戻した。
その光景に、荒くれ風の冒険者たちは息を呑む。
剣を構えていた戦士がしばし沈黙し、やがて大きく息を吐いて剣を下ろした。
「……本当に、助けるために来たんだな」
その声は、先ほどまでの険しさを失い、わずかに安堵を含んでいた。
緊張がわずかに解けた瞬間、セレスは小さく息を吐いた。
(PK……やっぱり、起きてしまったのか。予想していた最悪が、もう始まってる)
胸の奥で冷たい声が響く。
だが“理想の魔法師セレス”として、彼女は再び微笑を浮かべた。
荒くれ風の冒険者たちは武器を収めたものの、なお鋭い視線を向けていた。
剣先にこもる緊張は消えていない。裏切られた記憶が、彼らの心に深い影を落としているのだろう。
その疑念を正面から受け止め、セレスは静かに口を開いた。
「……安心して。私たちも体験したけれど、この世界では“ただ死んだだけなら、そう簡単には終わらない”。徹底的に体を破壊されない限り、蘇生できるかもしれない」
その言葉に、目の前の冒険者たちがざわめいた。
筋骨隆々の戦士が息を呑み、険しい声で問い返す。
「……本当か? じゃあ、あいつらも……!」
彼の視線の先――通りの脇には、二人のプレイヤーと一人のNPCが倒れていた。
胸を深く斬り裂かれ、血だまりに沈んでいる。生気のない顔は、まさに死の影そのものだった。
リリィが小さな手で杖を握りしめ、震える声で言った。
「わ、わたしが……やってみます」
恐怖を振り払い、少女は前へ進む。
か細い声で詠唱を紡ぐと、淡い光が倒れた者たちを包み込んだ。
やがて光が脈打ち、彼らの胸がわずかに上下を始める。
「……っ! 俺……? なんで……」
蘇生された男が混乱したまま上体を起こす。
仲間たちが歓声を上げ、互いに顔を見合わせた。
安堵の色が広がり、涙を浮かべる者さえいた。
だが、その一方で――近くに倒れていたもう一人は動かなかった。
それは、半ば潰され、全身が血に染まったNPCだった。
リリィは必死に詠唱を繰り返した。
光は何度も彼の身体を包んだが、反応はなかった。
小さな肩が震え、やがて彼女は消え入りそうな声を漏らした。
「……この人は駄目、みたい」
セレスは静かに歩み寄り、彼女の肩にそっと手を置いた。
「死亡直後ならプレイヤー以外も蘇生できるかもしれない。でも、損壊が進んだり、時間が経ってしまうと……無理なんじゃないかな」
淡々と告げる声に、冒険者たちは顔を見合わせる。
生き返ったプレイヤーと、戻らなかったNPC――その対比が胸に重くのしかかる。
安堵と恐怖が入り混じり、彼らの瞳は揺れていた。
そのとき、近くで瓦礫に押し潰され、まだ息をしている商人風のNPCが目に入った。その顔は青ざめ、今にも絶命しそうに見える。
「助けて……」
弱々しい声が、かろうじて耳に届いた。
その傷は見るからに致命傷で、回復魔法では助けられそうにない。
リリィはためらわず駆け寄り、震える手を掲げた。
光が走り、NPCの身体を包む。
砕けた骨が整い、血の流れが止まり、呼吸が次第に安定していく。
「……生きてる……」
ヴァレリアが驚きに満ちた声を上げた。
冒険者たちもざわめき始める。
「NPCにも……蘇生魔法が効くのか」
揺れる声に、セレスは仲間を見回し、確信を込めて言葉を紡いだ。
「ええ。彼らはもう“ただの舞台背景”じゃない。この世界では、私たちと同じように生きている」
その言葉は、誰の耳にも重く響いた。
誰も反論できなかった。
生き返った仲間、救われたNPC、そして戻らなかった命。
その全てを目にした今、彼らはようやく――新しい現実を受け入れ始めていた。