TS女魔法師になったネトゲ廃人~極悪アップデートのVRMMO世界に放り込まれるなんて聞いてない! 作:桐谷アキラ
救助活動を終えたあと、一行は瓦礫の陰に腰を下ろした。
息を吐けば、焦げた匂いが肺の奥にまで入り込み、胸の中をざらつかせる。
遠くではまだ火の粉が舞い、人々の叫び声が途切れ途切れに響いていた。
その重苦しい空気の中で、セレスが口を開いた。
声は落ち着いていたが、瞳の奥には鋭い光が宿っていた。
「……一つ、聞かせてほしい。PKの噂があったけれど、本当にプレイヤー同士で意図的に“殺せた”の?」
街で合流した冒険者風の男たちは、一瞬顔を見合わせた。
その表情には動揺と恐怖、そして言葉にしたくないという影が浮かんでいる。
しばしの沈黙ののち、筋骨隆々の戦士が低く答えた。
「……最初はみんな混乱してたんだ。範囲魔法が暴発して、前衛を巻き込んだ……それで仲間が死んだんだ」
その声は、自分自身を納得させるように震えていた。
リリィは思わず身をすくめ、杖を握り直す。小さな胸が苦しげに上下している。
そこで、派手な装束の魔法使いが苦い顔をして口を挟んだ。
「けど……途中から、おかしな奴が出てきた。……明らかに巻き込みを許容して撃ってるように見えたんだ」
「狙って撃ったってこと?」
ヴァレリアが眉をひそめる。
彼女の声には怒りとも不信ともつかぬ色が混じっていた。
「そうだ。逃げ場のない場所で、味方ごと範囲攻撃を撃ち込んだ。あれは偶発なんかじゃない」
その一言で、場の空気が凍りつく。
戦火に包まれた街よりも、今の沈黙のほうがよほど息苦しかった。
ガルドが低く唸るように言った。
「……つまり、もうプレイヤー同士の疑心暗鬼が始まってるってことか」
誰も返す言葉を持たなかった。
カイが苦い笑みを浮かべ、わざと肩をすくめて見せる。
「人間なんてそんなもんだろ。混乱すりゃ理性より生存本能が勝つ。……ただでさえ、命が懸かってるんだ」
皮肉混じりの言葉だったが、その奥底には本音が滲んでいた。
弓手のエレナが顔を青ざめさせ、声を震わせる。
「じゃあ……これからもっと、プレイヤー同士で……?」
誰も即答できなかった。
ただ、燃え盛る街の赤い炎が、その問いの答えを暗示しているかのようだった。
セレスは静かに息を吐き、仲間たちを見渡す。
その瞳には揺るぎない意思を宿していた。
「可能性はある。でも全員がそうじゃない。こうしてNPCを救おうとしている人たちもいる」
言葉は優しかった。だが、同時に強い決意の響きを含んでいた。
それでも不安の影は完全には消えなかった。
炎の黒煙のように、仲間を信じられなくなる恐怖は、確実に彼らの頭上に渦巻いていた。
――そして
つい先ほどNPCを救助したことで、全員の胸には共通の感覚が刻まれていた――彼らは“ただの背景”ではなく、生きている人間と変わらない。
荒くれ風の戦士が拳を握りしめ、感情を吐き出すように声を張った。
「俺は助けるべきだと思う。見てみろ、息もして血も流してる。人間と変わらないじゃないか。放っておけるはずがない」
その言葉に、何人かが力強く頷いた。
先ほどまで剣呑だった顔に、わずかながら熱が宿る。
「回復も蘇生も効くんだ。なら、俺たちにできることがあるはずだ」
積極派の声は正義感に満ちていた。
だが、すぐに反対の声が上がる。
「待ってくれ」
別の男が首を横に振り、険しい表情で言った。
「……だからこそ、考えなしに関わるべきじゃない。何がこの世界を支配してるのか分からないんだ。NPC……街の人を守ることで“この状況”が予想外な方向に暴走する可能性だってあるかもしれない」
その現実的な言葉に、弓手の少女が不安げに声を上げた。
「過干渉って……でも、目の前で死にかけてる人を見捨てろってこと?」
「そうじゃない」
慎重派の男は低い声で答え、仲間を見渡す。
「ただ……全員を助けるなんて無理だ。リスクを背負い過ぎれば、俺たちまで死ぬかもしれない。優先順位を考える必要がある」
その一言は冷徹だが、否定しようのない現実でもあった。
沈黙が落ちる。
積極派の正義も、慎重派の現実も、どちらも真実であり、誰も即座に結論を出せない。
その沈黙を破ったのは、リリィだった。
幼い少女は杖を強く握りしめ、震える声で呟いた。
「……わたしは、できるだけ助けたい。だって……放っておいたら絶対後悔するから」
その言葉は小さかったが、胸の奥に響くほどの真摯さを帯びていた。
その幼い決意に、ヴァレリアがそっと肩を抱き寄せる。
「分かってる。でも、リリィ一人に背負わせるわけにはいかないさ」
優しい声が、張り詰めた空気を少し和らげる。
セレスは黙って議論を見守っていた。
内心では、慎重派の言い分が理にかなっていると分かっていた。
無理に守ろうとして共倒れになれば、誰も救えない。
その冷静な論理は理解できる。
……それでも。
胸の奥で“僕”の心は苦い思いで締め付けられていた。
(……“僕”には、見捨てるなんてできない。だから“私”は、きっと助ける道を選んでしまう)
視線を上げたセレスの微笑みは、仲間たちを落ち着かせるための仮面だった。
けれど、その仮面の下で揺らめく想いは――
「救うべきだ」と声を荒げる者と、「安易に関わるな」と眉をひそめる者。
そのどちらの主張にも、耳を貸すだけの理由があった。
誰もが正しく、同時に、誰もが間違っていた。
火の粉がちらつく瓦礫の陰で、沈黙が広がる。
重苦しい空気を割ったのは、ガルドだった。
「……結論は結局はこうだろう」
低く響く声に、全員の視線が集まる。
盾役として仲間を守り抜いてきた男の言葉は、それだけで説得力を持っていた。
「全員を助けるなんて不可能だ。けど、目の前で救える命を無視するのも間違ってる。それに、今の状況だって正直なにがなんだかどうせわからんわけだ」
その言葉は現実と理想の中間に揺れる、苦い妥協だった。
だが、誰も反論できなかった。
ヴァレリアが腕を組み、ふっと短く息を吐く。
「つまり、できる範囲で助ける。無理はしない。それが現実的な線ね」
彼女の鋭い目にも、ほんのわずかに安堵が浮かんでいた。
カイは肩をすくめ、苦笑混じりに口を開いた。
「まあ何も決まってないようなもんだが妥当だな。俺らは英雄でも救世主でもない。ただのゲーマーだ」
その軽口めいた言葉には、苦味と自己防衛が滲んでいた。
だが同時に、仲間を縛りすぎないための優しさも隠れている。
弓手のエレナが不安げに唇を噛みしめ、震える声を漏らす。
「……でも、それなら……少なくとも“見捨てっぱなし”にはならないんですね」
「そうだね」
静かに答えたのはセレスだった。
その声音は穏やかで、しかしどこか硬さを含んでいる。
「この世界がどういう理屈で動いているか分からない。だから、できる限り救う。ただし、仲間を犠牲にしてまで無理はしない」
その言葉は、揺れる心を押し隠した“理想の魔法師”の宣言だった。
リリィがほっと息を吐き、杖をぎゅっと抱きしめる。
「……わたし、それなら頑張れる。全部は無理でも、助けられる人を助けたい」
幼い声に決意の色が混じっている。
その純粋さが、場の空気を少しだけ温めた。
みんなにとって、この落としどころは受け入れられる答えだった。
カイが最後に仲間の肩を軽く叩き、場をまとめる。
「よし。決まりだな。俺たちは“可能な範囲で助ける”。それ以上でも、それ以下でもない」
全員の視線が、自然とセレスに集まった。
彼女は柔らかく微笑み、皆を安心させる。
だが、その仮面の裏で、“僕”は胸の奥に重たい現実を刻みつけていた。
(この世界は、選択のたびに誰かを救い、誰かを見捨てる。……その覚悟を持たなきゃ、生き残れない)
炎と煙に包まれた街を前に、一行はようやく歩き出した。
新しい秩序を探すために。
そして、自分たちがどんな人間であるかを試されるために。