TS女魔法師になったネトゲ廃人~極悪アップデートのVRMMO世界に放り込まれるなんて聞いてない!   作:桐谷アキラ

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第8話 廃人の倉庫

 街の外れで救助活動を終えたあと、一行は崩れた建物の陰に集まり、短い休息を取っていた。瓦礫の上を吹き抜ける風にはまだ焦げ臭さが混じり、遠くでは泣き声と怒号が渦巻いている。

 その中で、セレスは仲間たちの顔を順に見渡し、確認するように静かに口を開いた。

 

「みんな、ひとつ確かめたいんだけど……街に入ってもインベントリは死んでるよね?」

 

 唐突な問いに数人が目を瞬いたが、すぐにガルドが頷いた。

 彼は背に負った大盾を軽く叩き、無骨な声で応じる。

 

「装備していたものは問題なく使える。腰のポーチも中身もそのままだ。だが、街に入ってもUIが出ない」

 

 ヴァレリアが苦い顔を浮かべ、腕を組んだ。

 

「回復薬も食料も、カバンに入れてた分しかない。狩り用にストックしてた分が使えないのは痛いね」

 

 仲間の反応に、セレスは小さく頷いた。想定していた答えだ。

 そして視線を街で出会った冒険者風の男に向ける。

 

「……じゃあ倉庫は? ギルドや個人の」

 

 問いかけに、男は少し驚いたように目を瞬き、それからゆっくりと答えた。

 

「生きてるよ。俺もさっき聞いたばかりだが……どうやらリアルの銀行に近い仕組みらしい。ギルドが本人認証して、目録を魔導水晶で管理してるんだと」

 

 ガルドが眉をひそめる。

 

「じゃあ、俺たちのアイテムも預金扱いか」

 

「そんな感じだな。各街に“支店”があって、どこでも同じ倉庫にアクセスできる。ただし認証は二重だ。ギルドカードと指輪そして個人の魔力、この二つが鍵になる」

 

 その説明に、セレスたちは思わず顔を見合わせた。

 リリィが不安げにポケットを探ると、先ほど確認したギルドカードを取り出した。

 その横でガルドが手袋を外し、自分の左手に光る銀の指輪を見つけ、目を丸くした。

 

「……最初から指にはめてたのか、これ」

 

 聞かれた男が頷く。

 

「どっちかを魔導水晶の端末にかざして、魔力を流し込めばいいらしい。UIも出るぞ、ゲームのときみたいなやつがな」

 

 別の男が肩を竦めて付け加える。

 

「通貨も普通に引き出せる。……もっとも、今の状況じゃ金自体にどこまで価値あるかは分からないけどな」

 

 一同の間に、小さなどよめきが広がった。

 完全にゲームの仕組みが死んだわけではない。だが、その扱い方は、まるで現実の制度に寄せられたかのように変容している。

 

 カイが顎に手を当て、薄い笑みを浮かべた。

 

「なるほど……なら、多少は希望があるな。俺も倉庫に多少の資源は突っ込んである」

 

 ヴァレリアが肩をすくめる。

 

「私もだ。ポーションに食料に……倉庫番泣かせって言われるくらいストック癖あったからね」

 

 ガルドも短く頷き、低い声で言った。

 

「ギルドの防具庫に、予備の装備一式とよく使う資材は溜め込んでる」

 

 そのやりとりを聞いていたリリィが、不安そうに小声を落とす。

 

「わ、わたし……そこまで物は持ってない、予備の装備と回復アイテムくらい……」

 

 顔を伏せる少女の肩に、セレスは微笑みながら手を置いた。

 

「大丈夫。私の倉庫は……だいぶ物が詰まってる。物資も金も、分け合えば当面困らないくらいには」

 

 その言葉は虚飾ではなく、揺るぎない事実だった。

 ――ソロプレイヤーとして長年積み重ねてきた“僕”の倉庫には、膨大な資産が眠っている。

 ゲームとしては自己満足に過ぎなかった数字が、今は命を繋ぐ現実の資源へと姿を変えた。

 

 仲間たちの目に、わずかな光が宿る。

 混乱の街でどう動くにせよ、物資と拠点さえ確保できれば立ち直れるかもしれない――そんな希望が、確かに芽生え始めていた。

 

 ――

 

 街の中心部に近づくと、炎と煙の向こうに人影が見えてきた。

 瓦礫と血の匂いに包まれた混乱の只中――そこに不思議な光景があった。

 

 崩れた建物を背に、整然とした列が伸びているのだ。

 

「……なんだ、これ」

 

 ヴァレリアが目を丸くする。

 

 列を作っていたのは、鎧を着込んだ戦士や、派手なローブを纏った魔法師といった冒険者たちだった。

 彼らは一様に武器を下ろし、律儀に順番を守っている。

 背後からは獣の咆哮が響き、いつ魔物が襲ってきてもおかしくない状況だというのに――列は乱れなかった。

 

「律儀すぎる……」

 

 カイが苦笑を浮かべ、肩をすくめる。

 

「まるでゲームイベントの整理券配布だな」

 

 彼の軽口に、緊張がほんのわずかに和らぐ。

 

 だがガルドは腕を組み、険しい表情を崩さなかった。

 

「……混乱の中でも並ぶ。それが習慣になってるってことか」

 

 列の先頭では、倉庫管理人らしきNPCが淡々と手続きを進めていた。

 冒険者たちは順番が来ると、カードや指輪を取り出し、荷物や武器を受け取っていく。

 誰かが取り出した大袋が地面に落ち、硬貨がばらまかれると、周囲の視線が一斉に集まった。

 だが誰一人奪おうとはせず、皆で拾い集めて本人に返す。

 

「……不思議だね」

 

 リリィがぽつりと呟く。

 その幼い声には、安心と戸惑いの両方が混じっていた。

 

「こんなに怖い世界なのに……みんな、ちゃんと順番を守ってる」

 

 セレスは列を眺めながら、小さく息を吐く。

 

(……現実の日本人が多いから、なのか。それとも、“ゲームのマナー”が骨身に染みてるからか)

 

 どちらであっても――倉庫も銀行も、確かに“生きている”。

 膨大な物資と資産は、この混乱した世界で生き残るための拠点そのものだった。

 

 そのとき、ガルドが低く呟く。

 

「……いくらなんでも妙だな。こんなに人数がいて、誰一人割り込もうとしないなんて」

 

 カイが目を細め、顎で列の先頭を示した。

 

「見ろよ。あそこにいるの……大規模クランのリーダー格だ。名前は有名どころだろ?」

 

 セレスも視線を向ける。

 列の先頭付近には、豪奢な装備を纏った冒険者たちが控えていた。

 彼らは武器を抜かずとも周囲を圧する気配を放ち、列を乱そうとする者を黙らせていた。

 

「つまり……自分たちの倉庫を守るために、秩序を保ってるのか」

 

 ヴァレリアが腕を組み、納得したように唸る。

 

 カイは口の端を上げ、苦笑を洩らした。

 

「俺たち庶民にはありがたいけどな。ああいう連中は財産が桁違いだ。だからこそ本気で秩序を維持する」

 

 リリィが首を傾げ、不安げに問いかける。

 

「財産を守るために……? でも、それで他の人たちも助かってるってこと?」

 

 セレスは小さく頷いた。

 

「そう。動機がどうであれ、結果として秩序は保たれている。だから今は従っていた方がいい」

 

 列の奥では、倉庫から取り出した荷物を大人数で抱え運び出すクランの姿があった。

 財産はもはやただのゲームの成果ではない。

 それは生き延びるための武器であり、糧であり、力そのものだった。

 

 平穏は――大規模クランの“自己保全”によって辛うじて支えられたものに過ぎなかった。

 だが、秩序は脆くとも、この世界に来てはじめてセレスたちは確かに守られていた。

 

 しばらくしてセレスたちの順番がきたところで、壁際に並ぶ魔導水晶のひとつへと歩み寄った。

 人の背丈ほどもある透明な水晶柱。表面には淡く光の粒が流れ、まるで呼吸するかのように脈動している。

 

「……じゃあ、やってみるか」

 

 ガルドが先に立ち、左手にはめられた銀の指輪を水晶にかざした。

 魔力を流し込むと、透明な水晶が鈍く輝き、空中に淡い光のパネルが展開される。

 それは――見慣れたはずのゲームの倉庫UI。だが、現実の空気を震わせてそこに浮かんでいる光景は、まるで異質の魔法のように感じられた。

 

「うわ、本当に出た……」

 

 リリィが思わず声を上げる。

 その瞳は恐怖と好奇心が入り混じり、顔を輝かせていた。

 

 セレスも一歩近づき、光のパネルを覗き込む。そこには、彼らがゲームで使ってきた武具や薬草、素材が整然と並んでいた。スクロールを指先でなぞれば、膨大なアイテムリストが次々と現れる。

 

「ちゃんと残ってる……武器も、素材も」

 

 セレスの声には安堵が混じっていた。

 

「じゃあ……次は私が」

 

 そう言って、セレスも指輪をかざす。

 魔力が流れ込み、光のパネルが切り替わった。

 

 ――次の瞬間、仲間たちの息が揃って止まった。

 

 倉庫に表示されたリストは、まさに「狂気」とも呼べる量だった。

 

 回復ポーションは、スタック上限9999本を埋め尽くしたリストがずらりと並び、それが12スタック分。総計は119,988本。

 マナポーションも8スタック、79,992本。

 さらに高級ポーションが各3スタック、2万9千本以上。

 食料に至っては、乾燥肉や硬パンなどの保存食が5スタック分、5万近い数を誇っていた。

 矢束・弾薬は7スタック、ほぼ7万本。

 加えて、鉄や銀、魔鉱石といった素材が山のように詰め込まれ――表示されたゲーム内通貨は、数千万ゴールド。

 

 画面の端まで埋め尽くされた数値の羅列は、誰の目にも常軌を逸して見えた。

 

「……な、なんだこれ……」

 

 ヴァレリアが絶句する。

 普段冷静な彼女の顔から、血の気が引いていた。

 

 ガルドは大盾を背負ったまま動きを止め、数秒後に呻くような声を出す。

 

「完全な……廃人倉庫だな……」

 

 カイは頭を抱え、顔を引きつらせた笑みを浮かべる。

 

「いや……桁が違うだろ。どんだけ時間費やしたら、こんな……」

 

 弓手のエレナと魔法師のリオナも、ただ口を開けたまま言葉を失っていた。

 倉庫をのぞき込む彼らの顔には、驚きと畏怖、そしてどこか呆れすら混じっている。

 

 セレスは小さく肩をすくめ、苦笑した。

 

「……ソロで長くやってたから。倉庫を埋めるのが、もう趣味みたいになってたんだ」

 

 その言葉に、仲間たちは互いに視線を交わした。

 呆れたように笑う者もいれば、心底安心したように息を吐く者もいた。

 

「……これだけあれば、しばらくは困らねぇな」

 

 ガルドが唸るように言った。

 

「討伐に出ても、ポーション切れで倒れることはないか……」

 

 カイが肩を叩き、皮肉めいた笑みを浮かべる。

 

「セレス、お前……この状況じゃ“救世主”にしか見えねぇぞ」

 

 その声に、リリィがぱっと顔を輝かせた。

 

「すごい……本当に、すごいです……!」

 

 彼女の純粋な称賛に、セレスは一瞬だけ目を伏せる。

 ――“僕”の胸には、誇らしさと同時に重い負担がのしかかっていた。

 この倉庫は確かに力だ。だが、それは仲間たちの命を背負う責任でもある。

 

 安堵と驚愕の入り混じる空気の中、倉庫のリストに不自然な点があった。

 

「……あれ? でも……」

 

 セレスが首を傾げ、指先で食料欄をスクロールする。

 保存食や乾燥肉は大量に残っている。だが――調理済みの料理アイテムは影も形もなかった。

 

 セレスは小さな声で呟く。

 

「……シチューとか、焼き魚とか……全部、消えてる?」

 

 ガルドが腕を組み、険しい顔を見せる。

 

「現実になったから、日持ちしないもんは扱えないってことか。……たしかに、何年も料理が腐らず残ってたら、不自然すぎる」

 

 他のプレイヤーも頷き、補足するように言った。

 

「俺も同じだった。倉庫に入れてたパンや料理系アイテムは全部消えてた。武具や素材は無事だったけどな」

 

「……ゲームのシステムと、現実の理がぶつかってるってこと?」

 

 セレスは思わず呟いた。

 倉庫は確かに銀行のように機能していた。だが、すべてが完全に一致しているわけではない。

 その微妙な齟齬が、かえって仲間たちの胸に、不穏な影を落とすのだった。

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