鬼哭廻牢~追憶・天~   作:鯉庵

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お久しぶりです。
この作品は自主製作ビジュアルサウンドノベル「鬼哭廻牢シリーズ」と深くリンクしております。

体験版も配信しておりますので、ぜひ遊んでください。


序・上

 白紙に墨をぶちまけたような闇が渺々(びょうびょう)と空を埋め尽くしている。

 空を彩る星の光さえ、その闇に呑まれている。

 ただ一点、闇を穿つ穴があった。

 ――――月。

 鮮やかな血の色をした禍々しい月は、その淵からとろりとした光を放って君臨している。

 月光が(じゃく)と照らすのは、漆黒の砂漠だった。

 茫洋とした妖光が砂漠を縁取り、無限ともいえる地平線を描いている。

 

 巨大な山が在った。

――――否。

 これは山であって、山ではなかった。

 それは屍である。

 無数の屍が折り重なって、山を築いているのだ。

 (かたち)は様々で、角を生やした者、獣の貌をした者、青い肌をした者、赤い肌をした者、緑色の肌をした者、黄色い肌をした者、紫の肌をした者。

 それぞれが人に近しい容をしている。

 美醜も多様で美しい者も居れば、歪な者も醜い者も混じっている。

 そんな歪な山の頂に、ぽつりと一つの影が坐していた。

 胡坐を掻いている。

 その影も人に近しい容をしていた。

 見目も美しい。

 折り重なった屍共と比べれば、小柄に過ぎる。

 女であった。

 それはそれは美しい女である。

 彩の乏しいこの砂漠に於いて余りに苛烈なほどに。

 金糸の如き髪は、尻を覆い隠すほど長く、その尻から尾が飛び出ている。

 尾は、猿の尾である。

 耳は人に近しいが鋭く尖っていて、羽のような形をしている。

 美しい造形の貌は、見る者を魅了するか、絶望させるであろう。

 そのような魔性を女は秘めている。

 茶褐色の肌が赤い月に照らされて、鮮血を纏ったかのような怪しさに包まれている。

 その格好も、また奇抜であった。

 鮮やかな瑠璃色の旗袍(チャイナドレス)にその艶めかしい肢体に纏っている。

 金糸で描かれているのは、孔雀である。

 女体の嫋やかな曲線美が露になっていた。

 女の象徴たる乳房は豊かであり、旗袍の生地をつんと張らせている。

「今日はこれで調伏(おしごと)おわりかなぁ? 終わりだといいけど」

 これまた場にそぐわぬ声色と気楽さで、女はごちた。

 

「よっと」

 

 徐に立ち上がる。

 自らの尻を叩いて砂を払い落とす。

 

「うげ」

 

 掌を見て、呻く。

 乾いて(あおぐろ)く成った血で両の掌が塗りつぶされていたのである。

 

「――――最悪」

 

 形の良い細眉が、歪な八の字を作り、瞳を(すが)めた。

 

「んー! はぁ、疲れた……帰ろ」

 

 女は片腕をあげ、空いた手で肘を掴んで上背を逸らした。

 あくびを一つして、屍の山から小さく跳ねる。

 数舜浮遊して、落ちた。

 屍山(かばねやま)の標高は高い。

 けれど、女が砂漠に落ちきる間にそれほどの時は必要なかった。

 砂漠と女が接吻をするまであと少し、というところで女は宙で身を翻し、ふわりと()()()

 それから少しして、つま先が黒い砂を踏む。

 女は屍山に背を向け、歩を進めた。

 

――――その時。

 

 凄まじい轟音と共に砂塵が大きく舞い上がる。その砂が巨大な屍山を覆ってしまった。

「はぁ!? マジでありえんしー!!! ここで新たな挑戦者(ニュー・チャレンジャー)とかマジありえんしー!!!」

 

 女はひどく憤慨して砂を憎々し気に踏み荒らすが、口調はどこか軽く、頓痴気(とんちき)で緊迫感がまるで無い。

 女は素早く身を翻す。翻った拍子に旗袍(チャイナドレス)の裾がはためいて、褐色の太ももと尻の曲線(ライン)が露になった。

 金瞳が濛々(もうもう)と立ち込める砂塵を()め付ける。

 

――――女の纏う雰囲気が一変した。

 

 黄金の双眸は温度を失い、鋭利になりつつある思考が薄氷のように怒気を覆う。

 

「――――……ふぅ……」

 

 呼気と共に胸中で綯い混ざった激情を吐く。

 いきり立って膨らんだ尾も、それと共に沈む。

 女が、唐突に腕を真一文字に振るう。

 その所作は、鋭い刃で首を刎ねる様《さま》に似ている。

 腕の振りと同時に突風が吹き荒れた。

 (おこ)った風が、砂塵を切り刻んだ。

「ッチ」

 女は舌を打つ。

 無情の美しい面の上で、怒りの火が小さく爆ぜた。

 

 眼前に、巨大な門が在った。

 その巨大さ故に、見上げても頂きは遥か上空の闇に呑まれている。

 衝撃に因って屍山が半分ほど消し飛んでいた。

 人智を超えた巨大な門は、ひどく寂れていて美という概念を置き去りにしている。

 冷たい鉄の塊。

 それは本来であれば、門という形を為せるはずのない造りをしていた。

 ただ二つの鉄扉が在るだけ。

 それが辛うじて門であることを主張している。

 

「ノウマク・サマンダ・ボダナン・バヤベイ・ソワカ」

 

 寂々(じゃくじゃく)と風天の真言を唱える。

 静謐な風が熾り、女を淡く包み込んだ。その風が見えざる鎧となる。

 女が構えをとった。

 足を広げ、腰を落とす。

 右手を前へ、左手を顎の前に置く。握りは緩い。

 美しい緑色の光粒子が、刃を形成する。

 その刃が確かな形となって女の手に握られる。

 漆黒の短刀。

 柄は無く、(なかご)の部分に赤い紐が巻かれている。

 半月型で、内向きに大きく反っている。

 柄尻にあたる部位に輪が在った。

 刃の形状は、刀というより鎌に近しい。

 首を斬るのに特化した禍々しい形。

 

 女の金瞳が剃刀の如く鋭さをました。

 瞳孔が絞られ、門の挙動を()っと見つめる。

 

――――一拍の間を置いて、それは起こった。

 

 轟音と共に、門が()()()

 

「は?」

 

 女は頓狂な声を漏らす。

 (まなじり)を裂いて、諧謔じみた現象を見る。

 

「あ、ありえない、ありえないありえないありえない! は? 意味わかんない! ()()()()()()()()を破壊した!? 物質ではないのよ!? 概念そのものを破壊!? 何それ!? え? どうするのこれ?! どうすればいいの!?」

 

 女が()()()()()()()()()()()ひどく狼狽している間も、門は轟音を響かせながら崩落を続けている。

 鉄塊と衝撃波が屍山を吹き飛ばし、弾丸の如き勢いで鉄塊が女に迫ってきた。

 

「ふぁ!?」

 

 女は間抜けな悲鳴を上げるも、直ちに混沌の坩堝に落ちた理性を引きずり出しす。

 

不見(ふけん)!」

 

 発した言に呼応して、鉄塊が消失。

 女の周囲だけが凪に包まれた。

 

「なんだ、存外(ぞんがい)脆いな」

 

 分厚い砂塵の奥から男の声が耳朶を打つ。

 

 砂塵の幕を切り裂くように、一筋の銀閃が奔る。

 重々しい風切り音の後に、砂塵が晴れた。

 黒い男が、肩に巨大な(げき)を担ぐ。

 長い柄には、黒い布が巻かれていた。

 刀身は、通常の其よりも太く長く巨大であり、滑らかに反っている。

 武具特有の“美”は無い。

 巨大な獣の牙をそのまま削り出したかのような荒々しさが在った。

 

 女は息を吞む。

 

 その姿を目にしただけで、全身の毛が粟立った。

――――人の(かたち)をした鬼が立って居た。

 黒く長い黒髪を撫でつけた、弩派手な格好の黒鬼。

 女のように長い黒髪には、所々鮮やかな赤が混じっている。

 黒と赤の着物をひどく着崩して、露になった肉体は隆々としながらも無駄がない。

 白肌の内側、筋骨の形がくっきりと浮き出て見える。

 恐ろしいほどの美貌に、獰猛な笑みを湛えている。

 赫瞳に金色の瞳孔。

 露になった額から艶のある太い角。

 

 虎の様に鋭い目が女を射抜いた。

 

 瞬間、女は叫ぶ。

 

不見(ふけん)!!!」

 

 それは女の有する権能の一つ。

 今ほどこの権能が在ってよかったと思える瞬間はないと心底思った。

 

「あん?」

 

 黒鬼が訝る。

 しかし、次の瞬間にはひどく意地悪い笑みを点した。

 

「なんだぁ? 隠れ鬼で遊ぼうってかい? 鬼は俺の方だってのによぉ。まぁいいぜ、お望み通り遊んでやるよ。 ひとーつ、ふたーつ!」

 

 

 

 




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