鬼哭廻牢~追憶・天~   作:鯉庵

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これでストックが尽きました。

次回はちょっと時間が空くかもです。


龍VS猿

――――(おれ)は、四肢が捥がれた痛みを瞋怒に由って塗りつぶす。

 我の識る中で一等憎らしい化け者を想って歯噛みする。

 咬み合わさった歯ぎちぎちと軋みを上げた。

 口の端から赤い血が筋を作って、砂に浸みこんだ。

 我は無様にも砂の上に仰向けになって、薄気味悪い月を見上げていた。

 結界(ここ)へ来てから覗かれていることは、承知している。

 先ほどクソ野郎に声をかけてきた莫迦と姿を隠して我を憐れんでいる猿が一匹。

 

 後で殺す。

 

 俺が掌印(しょういん)を結べぬよう吹き飛ばした両腕を()()

 形は残って居るし、これならば戻すのにそれほど労はかからない。

 我は舌に()()()()()()()飾孔(ピアス)に刻んだ梵字で光明真言の権能を顕現させるべく呪を()く。

 

【我、(ぜん)也】

【我、無謬(むびゅう)也】

【我、万能(ばんのう)也】

 

『ぜんwwwwwwwwwwなりwwwwwwwww』

 

『むびゅうぅぅぅwwwwwwwwwwwwwwwww』

 

『ば、ばばばばwwwwwwwwww』

 

『だ、ダメダメダメ!wwww 絶対声出しちゃだめ! がんばれあーし、たえろあーしwww だめ、声出ちゃうぅ! 絶対ダメなのに声でりゅwwwwwwwwwwwww』

 

 ブチ殺す。

 

 姑息にも姿を隠したままの猿が声を殺して、(おれ)を指さしながらのたうっているのが観えた。

 

 絶 対 に ブ チ 殺 す。

 

 瞋怒で目の前が真っ赤に染まった。

 こんな乱れた状態では権能(ちから)を顕現させることは不可能だ。

 

 一つ、身密(しんみつ)

 両掌を合わせ合掌すること。

 

 一つ、口密(くみつ)

 真言(マントラ)を口に出して唱えること。

 

 一つ、心密(しんみつ)

 心を清らかに保ち()()()()尊格を想うこと。

 

 之を三密(さんみつ)と云う。

 

 この三つのうち、(おれ)()()()()()()()()

 

 心密と身密を、だ。

 あの忌々しい黝虎(バケモノ)とわざわざ俺の目の前までやってきて煽るような()睥睨(みおろ)しながら嘲笑する(バカ)の所為で。

 

 我は、観え過ぎる多眼(まなこ)を閉じる。

 無明が(おれ)視界(セカイ)(おお)った。

 深く瞑想する。

 意識を奥へと沈めていく。

 無明(くろ)から白へ至る。

 其処に我《えご》の濁流が押し寄せた。

 我《おれ》の阿頼耶識。

 阿頼耶識(ここ)は好い。

 (おれ)が欲するモノで溢れかえっている。

 凡夫で在ったならば、仮に阿頼耶識(ここ)へ至れたとしても視ることは出来まい。

 瞋怒(いかり)を阿頼耶識の中に流してゆく。

 

(おん) 阿謨伽(あぼきゃ) 尾盧左曩(べいろしゃのう) 摩訶母捺羅(まかぼだら) 麽尼(まに) 鉢納麽(はんどま) 入嚩攞(じんばら) 鉢囉韈哆野(はらばりたや) (うん)

 

 外界(そと)で無様な我《おれ》の肉体が真言(トリガー)を唱え、権能(ソースコード)を編む。

 権能(ソースコード)が音に乗って我《おれ》の口から這い出てきた。

 光明真言の梵字が形に成って世界へと顕現。

 

 我は、千切れた因果を削除(デリート)

 千切れる前の(おれ)上書き(オーバーライト)した。

 

「おい、そこで笑い堪えてる年増(ばばあ)

 

 間抜け(えんえい)の怒号が耳を劈いた。

 

「死んだぞてめぇぇぇぇえ‼‼」

 

 地団太を踏みながら猿が姿を現した。

 蟀谷と唇がわなないている。

 単純で助かる。

 

 我《おれ》は()()()()()()()()()()()()

 

 猿は驚きはない。

 葉巻を咥え、火を点す。

 細く立ち昇った紫煙が、独特の甘い匂いを我《おれ》の鼻腔に届けてくる。

 我はこの葉巻(これ)が好きだ。

 遥か未来で人が造った嗜好品(どく)

 人は好い。

 欲で苦しむのは魔も同様だが、人は魔よりも遥かに脆い。

 その刹那の中で、連綿と紡がれる叡智。

 それでこんな嗜好を生み出すのだから面白い。

 

「アンタ、あーしに喧嘩売ったよね? そーだよね?明確に、確実に。あーしのこと年増(ばばあ)とかいいやがったよね?」

 

 (おれ)は思い切り悪辣な笑みを作って言ってやる。

 

「事実だろうがよ。その年で処女(ヴァージン)拗らせた行き遅れ(モンスター)黝虎(アイツ)に色目を使う姿は見るに堪えん」

 

「なっ⁉ 色目なんて遣ってないし! あーしはただ!」

 

 褐色の肌を赧くして視線を逸らし、言葉尻が小さくなってゆく。

 端的に言って気色悪い。

 

「その若造りした喋りと声色を辞めろ気色が悪い。寒気が奔る」

 

 言われた猿が絶句。

 

 好機。

 

 (おれ)()()()()()(ぜん)を手にして、間合いを削除(デリート)

 (おれ)が間合いを詰めるという(カルマ)を省き、眼前に立つという因果のみを顕現されたのである。

 猿の貌が吃驚(きっきょう)に染まり、目を瞠る。

 不見を発動させるよりも前に斬る。

 あらゆる権能(ちから)にいえる事だが、権能を扱うには相応の手順を踏む必要がある。

 その最たるものが三密であり、当然だが先手を取る有利(アドバンテージ)は絶大。

 (おれ)(ぜん)が猿の胴を斬り払うよりも、(はや)く、飛び退って居た。

 風天の権能を顕現しているにしても、疾すぎる。

 莫迦げた直感というべき代物なのか、我《おれ》の削除(デリート)に即応。

 (ぜん)の描いた軌跡を追って、(ほむら)(くう)を灼く。

 腐っても天部最強(たもんてん)か。

 

 猿の纏う空気が変貌している。

 金色(くがね)の双眸は、薄氷に覆われ、鋭く研ぎ澄まされている。

 忌々しいことだが、千載一遇の勝機(チャンス)を逃したらしい。

 

「不見」

 

 (トリガー)が発せられ、姿が搔き消える。

 (おれ)多眼(まなこ)が不見の権能(ソースコード)を捉えるが介入が弾かれる。

 防護障壁(プロテクト)だと!?。

 

 少なからず、(おれ)は吃驚する。

 

不言(ふごん)

 

 耳朶が呪言(トリガーワード)を捉えるも、俺の肉体は金棒(こんぼう)に打ち据えられて、真横へと吹き飛んだ。

 

「――――」

 

 無様に苦悶するが、声を発することは叶わなかった。

 吹き飛ばされる直前に耳にした不言(ふごん)なる権能(ちから)

 それに因って声を封じられた。

 それでなくとも、骨が砕けて激痛でまともに口もきけぬであろうが。

 阿頼耶識から備蓄していた札を引っ張り出して、簡易的に上書き(オーバーライト)

 砕けた骨が、()()()()()()()()()

 未だに宙に流されるままの肉体を制御し、体勢を立て直す。

 砂を削る音が耳朶を掠める。

 風に乗った猿が(おれ)鳩尾を突くまでの猶予は少ない。

 しかし、詰みと言うほど劣勢でもなかった。

 

 (おれ)は両指で挟んだ札を燃やす。

 札には、朱文字でこう書かれていた。

 

一切刀杖所不能害(いっさいとうじょうしょふのうがい)

 

 六観音の一尊たる十一面観音が有する権能のひとつ。

 三密のうち、口密を欠くため効果は気休め程度だろうが、それでも無いよりは、マシというもの。

 正面を覆う結界と猿の刺突が衝突。

 重ね掛けした結界が数瞬の時を稼ぐ。

 

 (われ)は、猿の周辺で逆巻いている砂へ干渉。

 砂の性質を変化させて、燃えやすく改竄(フォーシフィケーション)

 (ぜん)と風の鎧をあえて接触させた。

 熾った火華に砂が着火し、爆轟を生む。

 

 凄まじい熱波と衝撃が奔った。

 

――――悔しいが、賞賛に値しよう。

 

 猿は風の鎧を周囲に膜のように結界を張り巡らせ、爆風に乗って遥か上空に逃れたらしい。

 一方、(おれ)火不能燒(ひふのうしょう)の札を消費して難を逃れたが、衝撃に因る突風までは防げず吹き飛んでいた。

 宙に投げだされ、体勢を整える間もなく猿が猛追してきた。

 上空から引き絞られ、放たれた矢の如く迫りくる。

 (ぜん)幅広(はばびろ)な刀身を盾とし、刺突を受ける。

 衝撃を殺すこと叶わず、(おれ)の肉体は砂へ沈んだ。

 

 宙に浮いたまま、猿が(おれ)を睥睨していた。

 気に食わない。

 

――――思考するのが、面倒になる。

 

 猿の不言(けんのう)に因って、此方の優位性は乏しい。

 やれぬこともないが、手間がかかり過ぎる。

 何より、(おれ)の中で、欲が鎌首を擡げていた。

 それは、(おれ)の悪癖ともいえる欲だ。

 

 釈迦の創造した門を軽々と破壊した貔叉邏を目の当たりにした時、我《おれ》の中で苛烈な嫉妬の炎が猛り狂った。

 貔叉邏(やろう)に出来て、万能(おれ)が出来ないということが許せなかった。

 (おれ)(おれ)傲慢(えご)に苛まれている。

 しかし、それが(おれ)である。

 (おれ)らしく、傲慢に行こう。

 眼前の天部最強をブチのめしたい。

 

 そう思った時には、跳んでいた。

 金棒と(ぜん)が喧しく鳴いた。

 きちきちと火華が熾る。

 猿と(おれ)は、宙に浮いたまま見詰め合う。

 猿の瞳は、相も変わらず冷え冷えと醒めている。

 酔い痴れている(おれ)とは逆に。

 数合切り結んだ後に、入れ替わって砂上へ降り立った。

 間を置かず、正面衝突。

 互いの得物が、甲高く鳴いた。

 残響は、衝撃波を伴って闇を薙ぐ。

 

 接近戦の読み合いに於いて、(おれ)は絶大な優位性(アドバンテージ)を有している。

 未来視に因る絶対的先取。

 阿頼耶識に渦巻く種子を読み取るのだ。

 

 しかし、幾合切り結んでも一向に猿は崩せなかった。

 猿の動きは(おれ)の予知とズレが生じている。

 予知に狂いはない。

 

――――否。

 

 ()()()()()()()(カルマ)が完全に現在と合致している。

 

 

 ありえん。

 

 しかし――――。

 

「ばーか」

 

 声が耳に届く。

 不言の権能を解いたらしい。

 

「己の権能に頼り過ぎて、経験が足りない。加えて慢心」

 

 (おれ)の剣戟を捌きながら、猿は悠長に語りだす。

 業腹にも、我《おれ》へ助言(アドバイス)するかのように。

 

貔叉邏(びしゃら)に加減される以外の経験が皆無と言っていい。

 加えてその傲慢(せいしつ)

 私が何をしたか、気付きもしない」

 

 口調に遊びがなくなっている。

 猿は淡々と(おれ)を評する。

 

「私の有する権能は、不見、不言、不聞の三つ。もう全部使っているのよ」

 

「あ?」

 

 一瞬、何を言われているかわからなかった。

 

「不聞。これは声で発さなくても発動させられる。

 不言はこの時に切れたけどね。そして、私は既に不見を顕現させている」

 

 不見を発動させている?

 

「不見は私という存在を目に映らなくする権能。

 アンタや貔叉邏には見つかったけどね。これは基本」

 

「他にも応用が利くの。

 例えば、相手の視界と自分の視界を入れ替える、とかね」

 

 「アンタ自分が介入(ハッキング)された経験ないでしょ?

  アンタができる事が他者にはできないと思わないことね」

 

 肉体の内側で燃えるように血が沸き立つのを自覚する。

 ふっと、猿の唇が笑みに笑みが点る。

 揶揄(からか)うような笑みだった。

 

切り替え(スイッチ)、笑えるほど簡単だったわよ」

 

  

 

 言われた瞬間、(おれ)瞋り面(まぬけづら)を観る羽目になった。

 

 なら、今まで我《おれ》が観ていた予知は――――

 

「あんたの動き」

 

――――鳩尾に衝撃。

 

 札を用いる事すら許さぬほど疾く、我《おれ》の意識は刈り取られた。

 

「元最強嘗めんなし」




緯戮はレスバ弱い(確信)

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