鬼哭廻牢~追憶・天~   作:鯉庵

9 / 10
弥屡啼(びるな)VS嫣瑩(えんえい)

――――弥屡啼(びるな)はそれはそれは小さな獣だった。

 萌葱色(もえぎいろ)の体毛に覆われ、菫色の瞳を持つ美しい彩の獣。

 弥屡啼は彩の乏しい宇宙(せかい)に生まれて間もない頃、脅えるばかりだった。

 何せ、弥屡啼よりも大きな獣が大半で、強そうな獣共が飽きもせず争い続けて居たのだから。

 弥屡啼にとって幸いだったのは、大きな獣たちから見逃されることが多かったことだ。

 小さな体躯の弥屡啼は、自分より大きくて強い獣の足元をちょろちょろと蠢いて、食べられそうになったら砂に隠れた。

 

 赤い体毛に覆われた獣は強い奴が多かったし、大雑把な獣が多かったからそいつ等の食べ残しを喰って過ごした。

 強い獣同士の闘いのを観て、脅えることも多かったけれど、負けた獣の死骸を喰うと様々な感情(きおく)が自分に流れ込んできた。

 赤い奴は傲慢で、黄色い奴は恥知らず。

 青い奴は怒りっぽくて、紫の奴は生き汚い。

 自分と同じ緑色の奴は、要領が良くて、ずる賢い奴が多かった。

 

 ふと弥屡啼は閃いた。

 自分を()()()()()()()

 それから、その術を身に着けて、強い奴と闘えるようになった。

 狩が上手くなったのだ。

 

 数は力だ。

 小さい体躯でも、沢山の数が寄り集まって襲い掛かれば皆成すすべなく弥屡啼に易々と喰われたのだ。

 そうしているうちに気づいたことがあった。

 増やした弥屡啼が喰われても、弥屡啼は消えなかった。

 沢山の弥屡啼は全部全部弥屡啼であって、何百、何千と喰われても、ただ一匹。

 生き残ってさえいれば、それが弥屡啼なのだから。

 それに気づいてから、弥屡啼は益々強くなった。

 

 ふんぞり返った赤い獣も、怒りっぽい青い獣も、生き汚い紫の獣も、弥屡啼と同じずる賢い緑の獣も、弥屡啼には敵わなくなった。

 

 そうして楽しく暮らして行くうちに、弥屡啼は人の容を得ていた。

 人の肉体は便利だ。

 小さくても、手が両手が在れば武器も扱えたし、言葉を喋れば沢山の術が使えた。

 

 弥屡啼はもう獣に脅えることは無くなっていた。

 弥屡啼(おのれ)こそ最強だと豪語した。

 

 そんな時だった。

 あまりに巨大で、あまりに厳乎な鉄門扉が現れたのは。

 弥屡啼は直感的に思った。

 

――――自分は選ばれたのだ、と。

 

 そう確信して、弥屡啼は門を潜ったのである。

――――門を潜った先で、美しい金色の猿と出会いを果たした。

 

◆◆◆

 

――――持国天、我牢没(ガルバ)は瞳を閉じて胡坐を掻き、音もなく掌印を結ぶ。

 親指と人差し指で輪を形作り、中指薬指小指の指先を触れ合わせ合掌。

――――虚空蔵菩薩掌印(こくうぞうぼさつしょういん)である。

 

【オン バザラ アラタンノウ オンタラク ソワカ】

【ノウボウ アキャシャキャラバヤ オンアリキャ マリボリソワカ】

 

 紫色の分厚い唇から紡がれる真言は、低く、重々しい。

 しかし、その旋律は滑らかで、するりと優しく耳に浸透してくる。

 そんな唱音であった。

 我牢没の坐している周囲に、金色の波紋が立つ。

 続いて、我牢没の巨躯を縁取るように、紫色に淡く光った。

 

 十回ほど真言を繰り返し唱えると、彼を包み込むように純白の蓮華が咲き誇った。

 それと同時に、彼の(オーラ)が急速に善見城全てを覆った。

 

 閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げる。

 我牢没の視界に二人の人物が映る。

 

 一人は茶褐色の肌に黄金(くがね)の双眸、羽の様に尖った耳の美女。

 嫣瑩である。

 瑠璃色の旗袍(チャイナドレス)に身を包んだ彼女は艶美な色香を醸している。

 さらりと伸びた金糸の髪が、殊勝殿を照らす煌びやかな光を吸い込んで耀く。

 

 もう一人は、萌葱色(もえぎいろ)の髪と菫色の双眸の美少年。

――――弥屡啼(びるな)である。

 諸肌(もろはだ)裁付袴(たっつきばかま)姿で、立っている。

 飛脚を思わせる少年であった。

 

 少年は薄い唇を持ち上げて、笑みを湛えている。

 一方、嫣瑩は黄金の双眸を剃刀の様に鋭く尖らせて、少年を見据えていた。

 両者の距離は、目算で三間程離れていた。

 

「――――ふう、二人とも待たせたわね」

 

 我牢没がそう言うと、羽ばたくように軽やかに跳んだ。

 音もなく、帝釈天の坐す玉座の隣に降り立つ。

 我牢没は己の主を窺うように、目をやった。

 帝釈天の貌には、変わらず笑みが点っていた。

 怜悧で艶の在る笑み。

 我牢没は美しいモノが好きだ。

 己が最も美しいと自負しているが、主も負けず劣らず美しい。

 何よりも、強い。

 強いき者に侍ることは、我牢没にとって至上の喜びだった。

 その強さは、我牢没に安寧を齎してくれる。

 

「ご苦労だったな、持国天」

 

 帝釈天は視線を動かすことなく持国天――――我牢没を労った。

 主の視線は、向かいに居る貔叉邏に向けられている。

 貔叉邏――――天部最強を恣にする多聞天を打ち負かした男。

 我牢没は己の頬が赤くなるのを感じながら、帝釈天に恭しく応えた。

 

「――――いいえ、ワタシの存在意義ですから」

 我牢没はそう嘯く。

 帝釈天が然して気にも留めず、鼻を鳴らした。

 

「なぁ、お前さん、どっちが勝つと思うよ」

「――――……」

 

 玉座の左隣から声がした。

 広目天と緯戮が、嫣瑩と弥屡啼を睥睨していた。

 広目天が煙管の吸い口を食んで、くいくいと弄ぶ。

 それにつられて、細く立ち昇った紫煙も躍るように揺れる。

 問われた緯戮は、無言のまま嫣瑩を見詰ていた。

 

「愛想のねぇ野郎だ」

 

 広目天がつまらなそうにごちった。

 それをも無視して、緯戮は徐に自身の掌を口元へやる。

 右手の人差し指と中指の間に、いつの間にやら細葉巻が挟まれていた。

 葉巻の先端で火が熾った。

 紫煙を燻らせ、独特の甘い香りを楽しんだ後、ゆっくりと吐き出す。

 広目天の眉間に皺が寄る。

 

「なんだぁ、その甘ったるい臭いは……それにお前、其れどっから出しやがった」

「喧しい殺すぞ」

 

 鰾膠(にべ)も無い緯戮の返答に、広目天は牙を剥いて笑んだ。

 煙管を口から離して、紫煙を吐く。

 

「そうかよ」

 

――――貔叉邏は、緩慢とした所作で嫣瑩の方へ手を伸ばした。

 伸ばした掌。

 指を伸ばす。

 その指が、()()()()()()()

――――結界。

 赤い柱の向こう側に居る嫣瑩たちに触れさせまいとするように、拒絶されたのである。

 

「……へぇ」

 

 貔叉邏は感嘆の声を漏らした。

 知らずのうちに笑みが零れる。

 結界(これ)を施したのは、我牢没であろうことは想像に難くなかった。

 恐らくであるが、貔叉邏であればこの結界を超えることは容易い。

 だが、そんな野暮なことはしない。

 ただこの余興を楽しもうと貔叉邏は決めて、獰猛に牙を剥いた。

 

◆◆◆

 

 我牢没が銅鑼を鳴らした。

 荘厳な音が響くと同時に、弥屡啼と嫣瑩の手が動いた。

 全く同じ速度で、全く同じ形を作る。

 

 風天(ヴィ―ユ)の掌印。

 続けて――――。

 

【オン バヤベイ ソワカ】

 

 一言一句違わず、真言の音声(おんじょう)が重なる。

 

 風が吹き、水面に浮かぶ蓮が吹き飛ぶ。

 三間ほど在った両者の距離が零になり、互いの得物が甲高く鳴いた。

 鉈刀(ククリ)半月刀(カランビット)である。

 二対一刀の得物同士が、擦れ合って火華を散らす。

 均衡を破ったのは、嫣瑩である。

 競り合いを放棄し、身を引いた。

 上から押さえつけるようにしていた鉈刀が、行き場を失って空を斬る。

 嫣瑩は柄尻に在る穴を使って、半月刀を返した。

 その兇刃が弥屡啼の手首を刎ねるよりも疾く、風天の権能に依って、後方へ弾かれるように飛んだ。

 弥屡啼は飛びながら鉈刀二本を投擲。

 嫣瑩は、これを難なく弾く。

 

――――しかし、()()()()()()()()()()()()

 

 

「不見」

 

 

 弾いた体制のまま、不見に依って飛ばす。

 

 弥屡啼が唇の端を持ち上げて、ほくそ笑む。

 

 四本目の鉈刀が迫りくる音を捉えた。

 背後から猛烈な勢いで迫ってくる鉈刀を振り返ることなく、飛翔することで回避。

 宙で肢体を翻す。

 旗袍の裾が宙で躍った。

 視界に鉈刀を捉え――――、

 

「不見」

 

 弥屡啼の掌へ返っていく鉈刀を不見で飛ばす。

 

「やっぱり」

 

 弥屡啼は確信に至り、口にする。

 

「不見って()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その指摘に、嫣瑩は沈黙で返す。

 しかし、その貌に焦燥はない。

 ただただ、敵である弥屡啼を薄氷の如く冷たい黄金瞳で見据えるのみであった。

 

 弥屡啼は余裕綽々といった風に、掌印を結ぶ。

 

 嫣瑩に其れを止める様子はなかった。

 

 合掌し、人差し指を刀に見立てて立たせ、中指で抱き込むように絡ませる。

 

――――摩利支天掌印。

 

【オン・マリシエイ・ソワカ】

 

 続けざまに真言を唱えると、()()()()()()()()()姿()()()()()

 

 隠形の権能を解いたらしい。

 

 得意げな様子で、弥屡啼は語りだす。

 

「嫣瑩ちゃんの権能って初見殺しだよねぇ。

 でもさぁ、それだけ強力な権能に、制限がないとも思えなかったんだぁ。

 欠点さえ押さえれば、怖くないねぇ」

 

 間延びした声で語られる弁舌に、嫣瑩が否やを挟むことはなかった。

 

 さらに弥屡啼が続ける。

 

「僕さぁ、嫣瑩ちゃんに負かされて悔しかったんだぁ。

 だから僕の権能(ちから)で捻り潰してあげるねぇ……こんな風にぃ」

 

 嫣瑩の耳朶を打った声は、間近であった。

 吐息が掛かるほどに。

 

 三人目の弥屡啼が背後から切りかかる。

 嫣瑩は振り返らず前へ飛んだ。

 正面で弥屡啼が笑んでいた。

 鉈刀(ククリ)の鋩が迫りくる。

 躱す。

 躱した傍から突き出された腕に絡めるようにして、半月刀(カランビット)を翻して斬る。

 血が噴き出し、弥屡啼が悲鳴を上げるより前に、脇を突く。

 そのまま顎を持ち上げて、弥屡啼の喉笛を掻き斬った。

 鮮血が(けたたま)しく音を立てて、吹き上がり血の柱を作った。

 驟雨(しゅうう)となって、鮮血が降り注ぐ。

 美しく咲き誇る蓮の花弁を弥屡啼の血が汚してゆく。

 淀みなく紡がれた流麗な業に弥屡啼は言葉を失う。

 

「えげつねぇなぁ」

 

 広目天が感嘆を漏らす。

 隣で、緯戮が細葉巻の吸い口を嚙み潰した。

 貔叉邏は、赫瞳を爛々とさせている。

 

 嫣瑩は無言のまま、弥屡啼を見据えた。

 その瞳に温度はなく、虫を眺めるような無機質さが在るだけだった。

 

「ひっ」

 

 短い悲鳴の後、何とか平静を繕って摩利支天掌印を結ぶ。

 

【オン・アニチヤ・マリシエイ・ソワカ】

 

 

 ()()()()()()真言を唱えると、百人を優に超える弥屡啼が姿を現した。

 

 それらが一斉に上へ飛んだ。

 

 両手には、鉈刀が握られている。

 

 嫣瑩を取り囲んだ弥屡啼が、全く同じ速度で鉈刀を投擲。

 鋭い旋回音が響き渡る。

 

「これだけ在れば、飛ばせないよねぇ! 避けるのも無駄さ! キミを切り刻むまで追いかけるよぉ!」

 

 弥屡啼が声を引き攣らせて獅子吼した。

 それは紛れもない弥屡啼の悲鳴。

 

――――絶望の風が吹き荒れる。

 

 嫣瑩を中心に風の刃が吹き荒れる。

 その刃が、鉈刀の悉くを斬って捨てた。

 

――――弥屡啼の肉体には、傷一つ刻まれていない。

 

「な、何で、僕を斬らなかったのさぁ! キミの技量なら容易かっただろぉ!?」

 

 脅え切った弥屡啼に、嫣瑩が冷たく言った。

 

「その方がアンタを()()()()()()()

 

「ふぇ」

 

 唇がわななき、間抜けな声が漏れる。

 

「アンタは緑【怠惰(たいだ)】の獣だろうけど、同時に紫【執生《しき》】でも在る。

 アンタの権能(ちから)はアンタの願望」

 

 嫣瑩の指摘に、弥屡啼は息を呑む。

 首筋を伝う汗がやけに冷たい。

 全身が粟立つと同時に、小刻みに震えた。

 

「アンタは死ぬのが怖くて、増えることを選んだ。

 それも幻影の類じゃなく、紛れもないアンタという存在そのものをね」

 

「あ、あああ」

 

 言葉が紡げず、心も乱れ、手が震えて掌印を形作れない。

 

「私が不見でアンタを消さなかったのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 残酷な告白にすべての弥屡啼が無様に震えた。

 

「増えた分の記憶は死んだ時に、全員へ伝達(フィードバック)されるんでしょ?

 その方が、対策(メタ)が張れるだろうし。悪くないと思うわよ――――けど」

 

 嫣瑩の貌に笑みが点る。

 その貌はとても艶美で、とても婀娜っぽくて、とても嗜虐的(サディスティック)だった。

 

 呆然と立ち竦む弥屡啼に音もなく迫って。

 肘から先を刎ね飛ばし、首に突き刺す。

 

 逃げようとする弥屡啼の手を取って引き寄せ抱きしめる。

 頸を真横に捌いた。

 

 泣き叫びながら突進してくる弥屡啼を揶揄うように避ける。

 顎下に突き刺す。

 

 悲鳴を上げそうになっている弥屡啼の喉を掴み、全速前進。

 柱に激突、頸から手を放して浮遊した瞬間、膝上で構えた半月刀(カランビット)で打ち抜いた。

 

「もう、やめ……やめ……」

 

「だぁめ」

 

 甘い声が届く。

 離れていた距離が、零になっていた。

 あやす様なその声は、ひどく蠱惑的だが残忍で。

 

「増えた分、消せないでしょ? だ・か・らぁ~……アンタが泣いて降参するまで殺し続けてア・ゲ・ル」

 

 語尾を弾ませて言う嫣瑩は、新しい玩具(おもちゃ)を与えられた童の如く、愉しそうに莞爾(にっこり)と笑んだ。 

 




RE:BORN リボーンという映画を観ました……
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。