生きろ、フロストノヴァ 作:猛暑凍傷
ようやく、兄弟たちのもとへ行ける。
最後まで、私はバカな娘だった。親不孝な娘を許して、父さん……。
この大地は、意地悪だ。私の全てを奪っていった。
死んでも許してやるものか。
霞む視界の中に、バイザーに包まれた顔が見える。
ドクター。
そう呼んでもいいと、言ってくれた。
私の新しい仲間——。
ああ、ドクターの手が暖かい。
穏やかな怒りに身を任せ、フロストノヴァは静かに意識を手放した。
◆◆◆
目を開けると、雪原にいた。
空は暗く、足下に積もった雪がぼんやりと光っている。
顔を上げると、兄弟たちが少し前を歩いているのが見えた。こちらに気付いていないらしい。
「お前たち……」
みな一様に、弾かれたようにフロストノヴァを見た。
悲しそうな顔をしている。
「そんな、姐さん……!」
「どうしたんだ、なぜそんな顔をする?」
一人が地面にうずくまって嗚咽を漏らした。
フロストノヴァは思わず目を伏せた。彼らの沈痛な面持ちの意味を、理解していた。
「すまない、お前たちの犠牲と願いを無駄にしてしまった」
一人がフロストノヴァに歩み寄り、そっと手を取った。
「残念だけど、仕方ないよ。姐さん、俺たちのこと大好きだもんな」
「バカを言え」
そんな分かりきったことを口にするなと、フロストノヴァは目を逸らしてみせた。
「あれ?」
ふと、何かに気付いたように、フロストノヴァの手を握る兄弟の一人が、声を漏らした。
「どうした?」
「…………」
目の前の彼は、フロストノヴァの問いには答えず、まじまじとただ見つめてくるだけ。
それからその顔にじわじわと喜びの色が浮かんでくる。
「おい、みんな! 喜べ! 姐さんは生きてるぞ!」
「おい、何を言って——」
困惑するフロストノヴァをそっちのけで、兄弟たちは快哉を上げ始める。
「やったぞ、俺たちの頑張りは無駄じゃなかった」
「ファウスト隊の奴ら、やってくれたんだな!」
おろおろと、フロストノヴァは歓喜に震える兄弟たちに声をかける。
「待ってくれ、私は死んだんだ。ロドスと戦い、私は力尽きた。だからこうして、お前たちの所に……!」
「いいや、違うよ。姐さん」
嬉しさと寂しさが入り混じった、しかしきっぱりとした声で、フロストノヴァの言葉は否定される。
「姐さんは助かったんだ。これから一緒にいられないのは少し残念だけど、姐さんが忘れない限り、俺たちは姐さんの中で生き続けられる」
「僕たちはいつも姐さんに守ってもらってばかりだったから、最後に姐さんを守れて嬉しいよ」
フロストノヴァの手を取っていた兄弟が、すっと離れた。
「待て、待ってくれ! 私も行く、お前たちと一緒に……!」
兄弟たちは、みな首を横に振る。
——どうして……。
「エレーナ」
背後から聞こえた声に、フロストノヴァは振り向くことができない。
雪を踏み締める音がゆったりと後ろから近付いてくる。
足音はフロストノヴァの横を通り過ぎ、大柄な人影が彼女の目の前で止まった。
「父さん……」
「残された時間がどれほどか、知る由もない。だが、娘よ。お前が正しいことを為すには十全であると、信じたい」
パトリオットは、そっとエレーナの頭を撫でた。大きくて、暖かくて、ごつごつした手だ。
「生きよ」
「…………」
パトリオットが離れていく。フロストノヴァのかけがえのない家族たちが、雪原の彼方へ消えていく。
脚が動かなかった。
声も出なかった。
フロストノヴァは、雪原に遺された足跡を茫然と見つめることしかできなかった。
◆◆◆
消毒液のツンとした匂いが鼻をついた。
フロストノヴァが目を開けると、見知った顔が視界に入る。
「おはよう、白うさぎ」
長髪のフェリーンは、何かに耐えるような、あるいは絞り出すような声でそう言った。
フロストノヴァが最後の力を振り絞って戦ったロドスのオペレーター、名前は確か——。
「ぶ、ぶれ、い、ゲホッ、ゴホッ」
名前の代わりに咳が出た。喉が痛い。針の束を飲み込んだような気分だ。
「喋っちゃダメだって。喉は手術したばかりだから」
「…………」
「喉だけじゃない、ほとんど全身ね。だからまともに動けるまでまだ時間がかかると思う」
ブレイズは微笑むと、点滴スタンドを杖の代わりにして立ち上がった。
「ドクターとアーミヤちゃん、呼んでくるから。あとあのツバメも——」
次の瞬間、部屋の扉が開き、小柄なヴァルポの女が足早に入ってきた。ブレイズの姿を認めるや、その目つきがきっと鋭くなる。
「げっ」
「ブレイズさん、勝手にベッドから抜け出さないでって何度も言ったよね? まだ絶対安静なんだよ? 何かあってからじゃ遅いんだから!」
「ごめん、ごめんって、ススーロ先生。——あ、でもほら、フロストノヴァが目を覚ましたよ!」
ススーロ、と呼ばれたヴァルポはベッドの上のフロストノヴァの姿を認めるや、ほっと息をついた。
ベッドに歩み寄ってきたススーロが優しく微笑んで、横たわるフロストノヴァを見下ろしてくる。
「初めまして、フロストノヴァさん。私はススーロ、ロドスの医療オペレーターです。——私の声、聞こえてたら頷いてください」
フロストノヴァは、こくりと小さく頷く。
「体を診るので、少し触りますよ」
「や、め、……ケホッ、ケホッ」
「声は出さないでくださいね。喉の抜糸がまだ済んでいないから」
フロストノヴァの体温は低い。触れた者に凍傷を負わせてしまう程に。しかし、それを伝えようにも声が出ない。
逃げるように身じろぎしようとしたが、全身が痛くてそれもかなわず。
どうしようと思っている間に、ススーロの手がフロストノヴァの腕に触れた。
まだ冷たいね、とススーロが呟く。小さいが力強くて温かい手だ。
フロストノヴァの体温は、どうやら人が触れても問題ない程度にはなっているらしい。
——生きているのか、私は。
生き残ってしまった。そう自覚した瞬間、目の奥がじくじくと熱を持った。
視界がぼやける。双眸からとめどなく流れ出す雫が鬱陶しい。
「フロストノヴァさん? 大丈夫ですか、どこか痛みますか?」
フロストノヴァは、ただ首を横に振ることしかできなかった。