スバル「強くてニューゲー……これ本当に強い?」   作:空見大

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どれだけ長い時を積み重ねたとしても

 何処までも地平線が続く荒野。

 戦闘の跡があちらこちらに残るこの荒野は、少し前まで確かに国が存在し、人が生活を営んでいた場所でもある。

 だがいまや周囲には誰もおらず、人の気配どころか生き物の気配すらも感じられない。

 

 かつて人であったものはそのことごとくが灰に変わり、誰かの最愛の人であったソレは風に吹かれ、どこか遠くへと飛んでいく。

 たとえ敵を倒せたとしても、何もない世界になってしまっては意味がない。

 

 口の中に紛れた灰を吐き出して、唯一残った小さな氷の欠片を手に取ったスバルは、その氷を自分の首にあてがい──

 

「──痛っ!」

 

 腹から上ってくる鋭い痛みでスバルは覚醒する。

 眠りから強制的に引き起こされた意識は未だ混濁としており、何が起きたのかもよく分からない。

 そんな中でスバルは先程までの出来事が夢だったのか現実だったのかを冷静に思い出す。

 

(……森の中で戦ったはずだから、運ばれたのか)

 

 最新の記憶はラムとメィリィと共に魔女教徒と戦ったものだ。

 ましてや先程までの夢は既に終わったはずの戦いであり、今は考えなくても良い戦いである。

 時間の経過と共に冷静さを取り戻していけば、徐々に思考と視界がクリアになっていくのを感じられた。

 

「見慣れた天井だ……」

 

 視界いっぱいに入ってくるのは旧ロズワール邸の天井。

 庶民育ちのスバルにはやたらと高く感じられ、何度となく見たはずの場所が、いまは見ず知らずの場所に思えた。

 

(……体重っ)

 

 血を失い過ぎたのかやたらと動かしづらい体。

 意識すれば更に重く感じられ、一体どうしたものかと考えるスバルの鼻腔を、ふと覚えのある匂いがくすぐる。

 

 首をもたげてベッドの左右を見てみれば、スバルの両脇はそれぞれ動かせないほどに強く抱きしめられていた。

 右側には青い髪の少女が、左側には金色の髪が美しい幼女がすぅすぅと寝息を立てている。

 

(──────)

 

 あまりの状況に理解ができず固まるスバルだったが、追い打ちをかけるようにそんなスバルの耳に小さな物音が聞こえてくる。

 

「……んっしょ……重たいわあ……っ」

 

 音がしたのは扉の方で、そちらに視線を向けてみれば身の丈の半分ほどの大きな枕を必死に抱え、よたよたと拙い歩き方でこちらにやって来るメィリィの姿があった。

 

 彼女はスバルが起きていると思っていなかったのか、小さく声を出しながら前も見えていない状態でなんとか枕を持ってくる。

 よほど運びづらかったのかそそくさと枕をベッドの端の方に乗せ、そこでようやく起きているスバルとバッチリ目が合ってしまった。

 

 見る見るうちに赤くなっていく顔と羞恥心で刺すような視線になったメィリィは、口をパクパクさせながら言葉をなんとかひねり出す。

 

「あ、あらあお兄さん起きちゃったのお?」

 

 そんなメィリィのあまりにも可愛らしい言葉が、スバルにこの現状が全て現実のものであると教えてくれた。

 両腕の温もりが、その重たさが、全てがスバルにとって幸せだった。

 

「な、なんで無言で号泣してるのかしらあ?」

 

 突如として大粒の涙を流すスバルを前にドン引くメィリィだが、スバルの涙は彼の意思に関係なく落ちていく。

 そしてそんなスバルの異変を感じ取ったのか、愛しの精霊は規則正しい寝息を乱してゆっくりと目を開ける。

 

「んみゅう……スバ…ル?」

 

「ベアトリス……っ!」

 

 自分の名前を呼んでくれた! そんな感動から起き上がりベアトリスの体を抱き寄せようとするスバル。

 だがその瞬間──スバルの左頬に鈍い衝撃が走る。

 赤く染まりヒリヒリとした痛みを訴える自分の頬と、ベアトリスの右手が真っ赤に染まるのを見て、スバルは自分が頬を打たれたことを理解した。

 

 呆気に取られて何も言えなくなったスバルが呆然とベアトリスの顔を見つめていると、先程までのスバルより更に大きな涙の粒が彼女の瞳に浮かぶ。

 

「──ベティが! ベティが一体どれだけ心配したと思っているのかしら!!」

 

 スバルの胸ぐらを掴み、自分の方に強く引き寄せながらそう訴えかけるベアトリス。

 普段は激情に駆られることのない彼女が、ここまで強い衝動に身を任せているのは一体いつぶりのことだろうか。

 

 少なくともスバルはそれが自分に向けられたことなど一度もなかったし、泣いている彼女をどうにかしてあげたいのに、泣かせたのは自分だと嫌でも理解できて、何もできずにいた。

 何か一言でも発せれば彼女を傷つけてしまうと、それだけは容易に想像できたから。

 

「どうして連れて行ってくれなかったかしら! どうして助けて欲しいと願ってくれなかったかしら!! たとえ死ぬかもしれなくても、どうして一緒に死んでくれと、そう言ってくれなかったのかしら……」

 

 後半になるにつれ、どんどん声が小さくなるベアトリス。

 彼女の胸中にどれほどまでの思いがあって、文字通り死ぬ方がマシだと思えるほどの後悔をしたのだろう。

 

 そんなベアトリスを前にスバルは罪悪感に潰される。

 頭の中に浮かんでくるのは言い訳ばかりで、動揺したスバルはそんな言葉をそのまま表に出してしまう。

 

「ごめんベアトリス。俺が弱かった。パンドラの権能を前にみんなを出すのが怖くて、俺はお前らに死んでほしくなくて、つまり──」

 

 どうしてこんな言い回ししかできないのか。

 貧弱な己の語彙に苦しさを感じると同時に、吐き出し続けた言葉は取り繕うことができなくなっていって、気がつけば心の底にあった本音が漏れていく。

 

「頼られないのがどれほど苦しいか。助けられなかった側がどれだけ辛い思いをするのか知っていて、ソレでも俺は自分のためにそれを無視したんだ」

 

 失うのが怖かったのだ。

 平和な世界になったはずのあの場所で、何もできずに仲間が再び死んでいくのを目にするのが耐えきれなかった。

 

 仮にラインハルトが持ち前の勘の良さで無理矢理スバルに接触を図っていなければ、スバルはパンドラ対策に数多の自分の死骸の山を築いていただろう。

 自分の死体がどれほど積まれても、スバルはそれでもみんなが幸せになるのであればと受け流すことができた。

 

 だが他者の死体がそれこそ山のように積まれた第一回のパンドラ討伐戦を覚えているからこそ、スバルは二の足を踏んでしまったのだ。

 もうあんな光景は二度と見たくなかったから。

 己を使ってその試行回数が減らせるなら、それでもよいとすら思ってしまった。

 

「ごめんベアトリス……俺は…っ……よわい」

 

「……スバルが弱いことは、ベティがよく知ってるかしら。でもベティはそんなスバルの横にいて、誰よりも先にスバルのことを助けてあげたいのよ。ベティをあの日助けてくれたように」

 

 スバルの左手を両手でギュッと握り、ベアトリスは優しく語りかける。

 どうしようもない失敗だったはずだけれど、幸か不幸かもう一度だけやり直すチャンスが得られたのだから。

 抱え込まなければいけなかった辛さも、いまならその半分でも背負ってあげることができるから。

 

「だからスバル。前を向いて、次はやってやられないように一緒に考えるのよ。二人揃えば無敵だって、そう言ってほしいかしら」

 

「ベアトリス、お前は本当にいい子だよ。俺なんかにはもったいないくらいの、最高の精霊だ」

 

「スバルは自己評価が低すぎるかしら。でもありがとうと言っておくのよ」

 

 ようやくこの世界に来て、スバルは自分が許されたような気がした。

 やってしまったミスはいまさら取り返しのつかないものだが、それでももう一度やり直そうと覚悟を決めることができたのだ。

 もう挫けない、もう逃げない、泣かないし、絶対に諦めない。

 

「……ベティの番は終わりかしら、スバルを貸してあげるのよ」

 

 そう言ってスバルの顔をそっぽ向けさせるベアトリス。

 いったい何事だと驚くスバルは、視線の先にいる人物を見て納得する。

 視線の先にいるのは目をまんまると輝かせ、犬の尻尾すら幻視させるほどに嬉しそうなレムだ。

 ベアトリスと大切な話をしていたから黙って待っていたのだろうが、一旦落ち着いたのなら構ってくれと目が強く訴えかけていた。

 

「スバル君! スバル君スバル君!!」

 

「──ぐぇっ!」

 

 我慢できずに飛び込んできたレムの勢いを抑えきれず、起こしていた上体を再びベッドに倒されるスバル。

 先程までと違いスバルの視界に映るのは天井ではなく一面レムの顔で、傍から見ればとんでもない状況である。

 

「れ、レム! 俺のこと覚えてるのか?」

 

「レムが! スバル君のことを忘れるはずありません!! 会いたかったです、スバル君」

 

 その存在を確かめるように、スバルがこの世界にいることを実感したくて、強く抱きしめるレム。

 鬼の膂力に体が悲鳴を上げているが、スバルの脳内を支配していたのは覚えてもらっていた事による多幸感だけだ。

 自由になった両手でレムのことを同じように強く抱きしめ、スバルはずっと感じていた不安を口にする。

 

「俺も心の底から会いたかった。エミリアたんが俺のことを覚えてなくて、この世界で改めて一人ぼっちになっちまったと思って、お前の英雄にすらなれないと思うと──ッ!!」

 

 泣かないと決めたばかりなのに、涙が溢れてしまいそうになる。

 忘れられたことは初めてではない。

 だがあの時は積み重ねてきたものが確かにそこにはあって、だからこそ思い出すことを期待して空元気を出すことができた。

 今回はそうもいかず、レムが記憶を有していたのはスバルにとって幸運に他ならない。

 

 この場にいる誰一人として以前の記憶がなければきっと、スバルは本当に心が折れてしまっていたから。

 もうなぜ泣いているのかもわからず、ごちゃ混ぜになった感情を涙として外に出すスバルを見ても、レムは心の底から嬉しそうだった。

 

「今日のスバル君は泣き虫です。でもスバル君と会えたのが嬉しいので、レムは特に気にしません。泣きたい時はいっぱい泣いちゃえば良いんです」

 

 それからスバルはまた泣いた。

 時間にすれば少しの間だが、いまの感情を受け止めるために涙を流す。

 そうして涙も出切ってすっきりとしたスバルに対し、ベッドの端の方でずっと気まずそうにしていたメィリィが悪戯っ子の笑みを浮かべた。

 

「それにしてもお兄さんったら泣き虫よお? そんなんじゃペトラちゃんも──きゃ」

 

突如としてスバルに引き寄せられるメィリィ。

ベッドの端から中央まで力で引っ張られたメィリィは、必然的にスバルに対して倒れ込むような形になりそれがあまりにも意外だったのか驚きの声を上げる。

だが特に抵抗するわけでもなくスバルからのハグを甘んじて受け入れていた。

 

「メィリィもありがとうなぁ、お前がいたから頑張れたんだ」

 

「どういたしましてかしらあ。でも少し暑苦しいわよお」

 

 こうして今回の一件は、スバルの中でようやく一段落ついたのであった。

 ──このまま後日談に移行できれば良かっただろうが、残念なことに一つの事件が終わっただけで、その先にしなければならないことが山のように残っている。

 一人で考えても分からないことだらけのスバルだが、幸いなことにいまこの場には4人も人がいた。

 

「そういえばベア子たちはどこから記憶が残ってるんだ?」

 

「スバルと別れて王城にいて、正午過ぎに世界がいきなり遠くなるような感覚があって、それから──」

 

 気がつけばこの世界にいたというわけだ。

 時刻的に考えて、スバルがこの世界にやってきた時とほぼ時差はないと考えていいだろう。

 

「気づけばベティは禁書庫で一人きりだったかしら」

 

「レムは……?」

 

「はい。レムもおおよそはベアトリス様と同じです。ちょうどエミリア様もロズワール様もいらっしゃらない時間帯だったので、もしやスバル君がやって来るあの日の前に戻ったのではないかと考えて、とりあえず事情を知ってそうなベアトリス様に接触しました」

 

「まさか屋敷の扉全部開けて来るとは思ってもみなかったかしら」

 

 かつてエルザがやった戦法を無意識で実行したレム。

 ベアトリスからしてみればエルザが襲ってきたときにいきなり逆行したのかと思い、あわや戦闘を始めそうになったほどだが、なんとか誤解が避けて二人はお互いに記憶があることを確認した。

 ナツキ・スバルという男が幻想ではなかったこと、そしていまが何日なのかを正確に理解してからの二人の行動は早い。

 

 ロズワールに対して休職の届け出を出し、なぜか屋敷に残っていたラムに伝言を残し、それから置き手紙までして王都に二人で直行したのである。

 史実ならばラムがエミリアの付き添いとして王都に行っていたはずだが、どうやらこのときエミリアについていたのはエキドナだったらしい。

 

「普通にお母様が街中を歩いててあまりの驚きに心臓が飛び出るかと思ったかしら」

 

 死んだと思っている人間が──ましてや魔女が王都を普通に歩いていればその驚きようも理解できる。

 スバルも仮に同じような状況に立たされたら、腰を抜かすくらいのことはしているだろう。

 

「そこからはベアトリス様と別れ、王都を一週間ほど散策しました」

 

事件が起きたのは2日前のことであり、彼女達はラムに断りを入れてこの屋敷を後にしていた。

今日が正確に何日かは分からないが、スバルが5日も眠っていない限り計算が合わない事になる。

つまり──

 

「──ん? ちょっと待て待て、つまり俺がこの世界に来る時間よりも、二人は過去に来てたってわけ?」

 

「話を聞いている限り、どうやらそういうことらしいのよ」

 

 スバルは王都にやって来た時期を、彼女たちにぼかして教えていた。

 この世界に来る前に何があって、どんな生活をしていたのかを事細かに伝えることは彼女たちに要らぬ心配をかけると思ってのことだった。

 だが結果として、ベアトリスたちはスバルがいるかもしれない王都を走り回ることになる。

 

 来る日も来る日も王都でスバルの姿を探し、エルザの事件が起きたと聞いたときには想定よりかなり速い時刻だったこともあって連絡が遅れ──また別のハプニングも発生し、気がつけばスバルはロズワール邸に運ばれていた。

 当時の二人の慌てぶりは相当なものだったことは言うまでも無い。

 

「それで今にいたると。わからないことばっかりだな、どうなってんだ?」

 

「更にわからないことを付け加えると、不思議なことにエキドナ様とこの屋敷で暮らしたような思い出と実感が確かにあります」

 

「ベティもよ。スバル、これは初めてのことかしら?」

 

 ベアトリスの確認の仕方、それは死に戻りの前例としてこのようなことがあったのかを問いかけるものだろう。

 ラインハルトと同じようにスバルのひた隠しにしていた事実を知っている彼女は、スバルの持つペナルティに触れないかどうか気をつけながら言葉を選んで問いかける。

 それに対してスバルは首を縦に振った。

 

「──ああ。俺の知る限り死んでた人間が生き返ったり……ましてや別の世界線に移るなんて異例も異例だ」

 

「だとしたらこの状況を作り出したのは虚飾の魔女パンドラ、そう考えるのが納得かしら」

 

「記憶を保有している人と、していない人がいるのはなぜでしょうか?」

 

「わからないかしら。少なくともいえることは記憶の保有まであの魔女が差し向けたのだとしたら、ろくなことになっていないことだけはわかるのよ」

 

 エミリアの記憶がないこともきっと、何か理由があるはずだ。

 その理由さえわかればもしかすれば記憶を取り戻すことすらできるのではないかと、スバルはそんな希望的観測すら積み立てていた。

 それから擦り合わせを行いながら情報を共有していたスバルたち。

 ふと部屋の扉が音を立てて開かれ、替えのシーツやら何やらを手に持ったラムが入ってくる。

 

「邪魔するわよバルス……不潔ね」

 

「開口一番それはさすがの俺も傷つくぞ姉様!?」

 

「ラムの可愛い妹だけでは飽き足らず、病人の癖に女性を周囲に侍らせているバルスは不潔よ、というか不快」

 

 あまりにも酷い暴言。

 しかし事実を陳列された上に、スバルも話をまた聞きすれば何でもけしからんと思うのはほぼ確定なので、口を挟みづらい。

 どうにか言い返せないかと頭を捻ってみるがあまりにも状況が悪く、こうなればこちらも最終兵器だとばかりにスバルが頼ったのは、部屋にラムがやってきて嬉しそうなレムだ。

 

「姉様酷い! おいレムお前からも何か言ってやってくれ!」

 

「姉様はいつでも最高です!」

 

「そうだった。この子こういう子だった」

 

 いつもは頭も切れて冷静な子なのだが、ラムが関わる事になると判断能力が鈍るレム。

 どうやらこの世界でも鬼の姉妹の絆は何よりも硬いらしい。

 

「どうでもいい話はそれくらいにして、ロズワール様がバルスのことを呼んでいるわ。その分なら動くのも問題なさそうね」

 

「ラムの可愛い妹の看病とベア子の笑顔、添い寝しようとしてくれるメィリィのおかげでいまの俺は元気100倍だぜ!」

 

「お兄さんは本当に余計なことばかりいうわあ」

 

 /

 

 そうして一旦の締めくくりを行い、スバルたちは食堂へと向かう。

 メィリィはロズワールに会うのが気まずいのか、スバルの寝ていたベッドに飛び込んでついてこなかった。

 エキドナの隣でほわほわしているロズワールを見るのが嫌だったのか、はたまた人の多いところが嫌なのか。

 かつてのことを考えれば後者の理由だろう。

 いまごろすやすや寝ているんだろうな、なんてことを思いながらスバルはテーブルを挟んで向こう側にいるロズワールとエキドナに頭を下げる。

 

「改めて今回はお世話になりました、メイザース辺境伯」

 

「いやいや、気にしないでくれていーとも。元はと言えば領内で魔女教が出たのは我々の責任なのだーから、むしろこちらとしてはまた君に迷惑をかけてしまったようなものなのだーよ」

 

 魔女教の話になり、自然とエキドナに対して視線を向けるスバル。

 彼女がわざわざ差し向けるような二度手間はしていると考えていないが、魔女と魔女教徒の関係を疑うなというのも無理な話だろう。

 そんなスバルの疑問はエキドナからの返答で解消される。

 

「ああ、そうだよ。彼らが狙っているのは強欲の魔女であった(・・・)私だ。そろそろやってくるころだろうとは思っていたが、まさか私よりも先に君を狙うとはね。ロズワールもこう言っているが、こうみえて私も、それなりに申し訳ないと思っているんだ」

 

 表情に出すことはないが手は落ち着かないように動いており、彼女もそれなりに動揺しているのは見ていればわかる。

 スバルとしても気にするなと言いたいところではあったが、被害者側がそう言ったところで事態を面倒にするだけだろう。

 どうしたものかと思っていると、ベアトリスがそんなスバルを察してか助け舟を出す。

 

「別にお母様は気にしなくてもいいかしら。ベティの帰りを待たなかったスバルがイケないのよ」

 

「レムがいたらスバル君に指一本触れさせませんでした!」

 

 実際二人がいれば何の心配もせずに撃退できていただろうし、スバルとしても性急にことを進めようとしてしまった自覚はあるのでぐうの音も出ない。

 そんなスバルたちを見て、ロズワールは笑みを浮かべると口を開く。

 

「二人は本当に彼のことを気に入っているんだぁね」

 

「ベティはスバルのもので、スバルはベティのものかしら」

 

 臆面もなく口にするベアトリス。

 レムもロズワールの言葉に頭を縦にブンブンと振っており、当の本人であるスバルは恥ずかしいのか照れ笑いをする始末。

 こうなってくるとエキドナの中に湧き上がる疑問はこの後のことだ。

 

「なら契約も彼とするのかい?」

 

「寝てる間にもう済ませてあるのよ」

 

「衝撃の事実!? まぁ俺から改めて頼むつもりではあったけど……」

 

 契約とはそれほど簡単に済んでしまうものだったか。

 そう思うもののよく考えてみれば前回契約を結んだときも儀式など特別なことをした覚えはなく、ましてや一度契約を結んでいた当人同士なのだからあっさりと終わってしまうのは当然の摂理とも言えた。

 スバルの視界の端では褒めて欲しいと言わんばかりに胸を張ってドヤ顔しているベアトリスの姿があり、オタクの娘さんどうなってるのとエキドナに聞いてみたかったが、ろくな返答が返ってこないと確信して口にしないことにする。

 

「喜ばしいことだよベアトリス。キミの友人として、心の底から応援している」

 

「素直にありがとうと言っておくかしら」

 

「それでだがナツキ・スバル君。改めてベアトリスと契約したキミに一つお願いがあるんだが、聞いてくれるかい?」

 

「助けてもらった恩もありますし、なんでも……とは言えませんけどできる範囲なら」

 

 話の流れのあまりの不穏さに身構えるスバル。

 たとえ聞いてもいないのに断るのは、命を助けてもらった側として礼儀に反していると考えてひとまず聴くことに決めた。

 エキドナはそんなスバルを見て嬉しそうに笑いながら話を始めた。

 

「そうか。それは良かったよ。改めてではあるが、エミリアのことについてだ。わかっているとは思うが彼女はハーフエルフ、強欲の魔女であった私がいうのもなんだが、世間から疎まれている存在だ。そんな彼女は何かと事件に巻き込まれることが多くてね、わかるだろう?」

 

「まぁ、少しは」

 

 王の騎士として活動したスバルは、実感としてエミリアがどれだけ厳しい立場にいるのかを理解している。

 王になる前に積み上げた努力や、王になってからの様々な功績があってすら地方ではエミリアを王と認めない者もいた。

 どれほど頑張ろうとも消えてなくならない余りにも深い恐怖は、スバルが何としてもこの世からなくしたいものの一つでもある。

 そしてそんなスバルの願いは、エミリアを王にしたいエキドナにしてみれば志を同じくするものだ。

 だからこそ、いまこの場でナツキ・スバルに問いかける。

 

「そこでだ。君には彼女の護衛をやって欲しいと思っている」

 

「わかりました、受けます」

 

「大切なのは彼女を守る意思が──って即決かい? ボクがいうのもなんだけど、もう少し考えてみても良いんじゃないのかい?」

 

「さっき、もう逃げないって決めたんです。だから受けます」

 

 願ってもないような幸運な話。

 エミリアの側にいるための理由として、これほど整えられた状況があるだろうか。

 エキドナからの誘いであることだけがスバルの警戒心を刺激するが、何であれ彼女の隣にいられるのであれば、スバルにとってその理由は何でもよかった。

 仮にエキドナから提案されなくともスバルからそうしただろう。

 だからこそ、スバルはエキドナの言葉に即決で返したのである。

 

「そうかい、それは良かったよ。それじゃあ君の部屋はレムに用意してもらっているから、案内してもらっておいてくれ。私はその間ベアトリスと少しお話をしておくから」

 

「スバル君のお部屋、しっかりとレムが用意しておきました!!」

 

 いつの間に用意したのか。

 ベッドで寝転んでいたときからいままで隣にレムはいたので、となるとこうなることを見越して事前に用意させていたのだろう。

 レムはこうなることが当然とばかりにニコニコしながら、スバルの手を引っ張って早く行こうと急かす。

 

「じゃあベアトリス、また後で」

 

 笑顔で手を振るベアトリス。

 スバルは手を引かれて喜んでその後をついていく。

 気がつけば見慣れた面子だけが部屋の中に残っており、ロズワールがお茶を飲み切ったところだった。

 

「では先生、私もここで」

 

「ああ」

 

 空気を読んだのだろう。

 分かっていますとばかりにいなくなるロズワールは、ベアトリスと軽く視線を交わしてから部屋を出ていく。

 

 残されたベアトリスは腕を組んでこちらを見つめるエキドナと対峙していた。

 かつての母様よりもどこか優しさのこもった瞳を持つ彼女は、ベアトリスの緊張を見抜いているのか少し困ったような笑みを浮かべていた。

 どんな話題から切り出したものかと四苦八苦し、うんうんと唸ってから迷うことを諦めたのか直球でベアトリスに問いかける。

 

「――ベアトリス。改めて聞くのもなんだけれど、彼のことは好きかい?」

 

「好きかしら。お母様とおんなじくらい」

 

「私のことをそんなに好意的に見てくれていて嬉しいよ。きっと君には嫌われていると思っていたから」

 

 自嘲気味な笑みを浮かべるエキドナ。

 そんな彼女の言葉をベアトリスは即座に否定した。

 

「ベティはお母様のことを嫌いになったりなんかしないかしら!」

 

 ただ待ち続ける400年という歳月に心がすり減ったのは事実。

 だがベアトリスにとって、前の世界でエキドナたちと生活した時間だって、何にも変えられないほど大切な記憶だ。

 ましてやこの世界で400年の時を過ごしたベアトリスは、少し朧気な記憶ではあるものの、確かな幸福を享受していた。

 どうしてそんなことを聞くのかと悲しくなるベアトリスだが、続くエキドナの言葉はベアトリスを驚かせる。

 

「この世界の私はそうかもしれない。だけど前回の私(・・・・)はまさしく魔女だった。リューズをあのような形で利用し、ベアトリスを幽閉し、ロズワールを妄執の虜にしてしまっていた」

 

「お母様……記憶が?」

 

 彼女の口から出たのはこの世界ではない、あえて割り切ってしまうのであれば彼女の口にした通り前の世界のものだ。

 記憶を保持してこの世界にやってきたのだとしたら、これで4人目の記憶保持者ということになる。

 そんなベアトリスの期待と恐怖をないまぜにした問いかけに対し、エキドナは首を振って否定する。

 

「これでも知恵を求め、探求してきた人間で、叡智の書を創り出したこともある魔女だよ? 権能が使えなくなった(・・・・・・・)いまでも、興味のある対象について調べればある程度のことは分かる。記憶ではなく、記録を持っていると、そう言った方が正しいのだろうね」

 

「だとしたらスバルを今回護衛に指名したのも?」

 

「そういうことだね。彼の恋路の手助け、というのは正直かなーり微妙なんだが、かつての私は嫌いだったようだがいまの私にとってエミリアはベアトリスたちと同じ可愛い我が子のようなものだ。応援してあげたい気持ちがあるのは嘘じゃない」

 

 よほど自分の中で折り合いがついていないのか、エキドナは表情をころころと変えている。

 前の自分といまの自分。

 まるで違う人格の融合は変化があればあるほど違和感があるだろうし、ましてやエキドナは本来死んでいたはずなのだからベアトリスが感じているものの比ではないのだろう。

 正直これ以上スバルの周りを占領されると困るので危機感を覚えるベアトリスだったが、相手が相手なだけに下手なことを言い出せずお母様には手を出すなとスバルに言い含めることだけを心に決める。

 

「まぁ伝えたかったのはそこだ。以前の罪が許されるとは思わないが、すまなかったベアトリス。私の罪に君を付き合わせてしまって」

 

「お母様は気にしなくても良いかしら。400年待ってたのだって、いまならスバルに会うためだと思えば別に苦でもなんでもないのよ」

 

「……これから先、世界がどのように変わっていくのか正直興味が尽きないよ。幸せになるんだよベアトリス」

 

「お母様も、どうかお幸せに」

 

 歪な形の母子関係。

 他者から見ればどう映るのかはわからないが、少なくとも当人たちはこの時間を何より幸せに感じていた。

 

 それから二人はテーブルを挟み、これまでの思い出を語り明かした。

 紅茶が空になってからも二人の会話は続き、夜食のためにラムが呼び出すまでその幸せな時間は続いたという。

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