スバル「強くてニューゲー……これ本当に強い?」   作:空見大

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再来の王都

 エキドナとの会話から四日後。

 早朝、ロズワール邸の前に二台の馬車が止まっていた。

 豪華な客室は貴族が乗るのに相応しい重量感であり、長旅での疲労を考えて、中もふんわりとしたクッションが敷かれている。

 かつてスバルが聖域に向かった際に乗った馬車と同じものが二つ。だが、今回スバルたちが向かうのは王都だ。

 装いも、執事服から護衛として紹介されることを想定して、騎士服に近いような見た目の礼服へと着替えている。

 

「ハンカチは持ちましたか? お昼ご飯は大丈夫ですか? 枕は持ちましたか? スバル君の眠りが浅くならないか心配です」

 

 スバルが持つ鞄の中身を改めてチェックしながら、レムはスバルのことをとにかく心配する。

 一昨日くらいからずっと彼女はこの調子であり、朝昼問わずスバルに対してあれやこれや心配している姿が屋敷の他の者たちにも目撃されていた。

 そもそもなぜレムが王都へついてこないのか? 

 それはというのも、今回の王都遠征ではロズワールの強い要請でラムとレムを屋敷にとどめておくことになったのだ。

 なんでもとある人物を迎え入れるために屋敷の清掃も兼ねてどうしてもラムとレム両方をとどめておく必要があり、それでも人手が足りないのでフレデリカをはじめとして人の呼び戻しすら行っているとか。

 一体誰に会うのか気になって直接問いただしてみたものの、ロズワールはのらりくらりと話題を逸らして尻尾を掴ませない。

 エミリアはそもそも誰が来るか聞いていないようだったし、エキドナには関係のないことだから関わらないでいいとまで言われれば、いまのスバルにできることは特になかった。

 

 何にせよこうしてスバルの元へついていけない状態になってしまったことで、レムの心配は日を追うごとに大きくなっていったのだった。

 確かに一人きりであれば無理をする機会も多いのでそう言われても仕方がないだろうが、今回は一人というわけではない。

 

「大丈夫だレム。今回俺には超ラブリーな同行者がいるからな」

 

「おや、意外とキミからの評価が高くて嬉しいよ」

 

「いやベアトリスのことだよ!?」

 

 この間の話からやたらと距離感を詰めてくるエキドナ。

 いまもなぜか自慢げに鼻を鳴らしながら胸を張っており、そんなエキドナの様子にレムも対抗心を燃やしているのが見て取れる。

 自己評価と他己評価に大きな乖離があることに気がついていないエキドナに咄嗟にツッコミを入れたスバルだが、そんな彼女を庇うのは名前を呼ばれたベアトリスだ。

 

「お母様だって可愛いかしら! 昨日もぱじゃまぱーてぃーをしたのよ!」

 

「いまその話するとややこしいからやめてくんない……?」

 

 クールなイメージのエキドナの意外な一面に人物像が崩れてよくわからなくなりそうになり、スバルは深く考えることをやめてベアトリスをレムとエキドナの間に置いて後のことは任せる。

 そうしてその場にいてもろくなことにならないと判断したスバルは、まだ途中だった荷台への荷物の積み込みをしていく。

 今回王都に向かうメンバーは五名。

 そもそも王都に向かう目的は王選候補者のお披露目なので、当然エミリアが選ばれる。

 次に後援者としてエキドナが参加し、スバルとベアトリスが二人の護衛として。

 メィリィに関しては現在ロズワール邸内でスバルが拾ってきた捨て子のようになっており、スバルについてくるのであれば好きにすればいいというエキドナの言葉で同行が認められた。

 

(悪い人ではない気がするのだけれど……なんだか怖いわあ)

 

 そんな言葉を発した時のメィリィの表情をスバルは当分忘れないだろう。

 エキドナに対して抱くのにこれほど適切な評価もないなと思いつつ、エキドナはメィリィの持つ加護や知識に興味があるようなのでいずれ二人の間に立って仲を取り持つ必要性もあるだろう。

 あれもこれもやらなければならないことはいくつもあり、どうしたものかと思いながら荷物を運んでいると、大きな荷物が一つスバルが先程置いた荷物の横に置かれる。

 

「下卑た妄想をしている暇があったら手を動かしなさいバルス」

 

「それで最後の一個だよ。あといつもそんな妄想してるわけじゃないからね!?」

 

「必死になる辺り図星のようね」

 

「無敵の論法やめろよ……ところで誰が来るかラムは聞いてるのか?」

 

「聞いているわ。ただレムはまだ知らないし、ラムは言うなと言われている以上死んでも言わないから探るだけ無駄よ」

 

 彼女がそう口にしたのだから、どうやったって口を割らせるのはムリなのだろう。

 正直スバルとしては気になって仕方がないのだが、実際問題どうにもならないことは確定したのでこの際考えずに忘れた方が良い。

 荷物を詰め込み終わり報告に向かうと、レムたちがぎゃあぎゃあと戯れている横で何やら話をしているロズワールとエミリアの姿が目に映る。

 おそらくは王都で会う人物について詳しく話でも聞いていたのだろう。

 難しそうな顔をしているエミリアは作業を終わらせたスバルを見つけると、ほっとしたような表情でロズワールと一緒にスバルの方へとやってくる。

 

「お疲れ様スバル」

 

「エミリアもお疲れ様。あんま虐めないであげてくれよロズワール」

 

「虐めているなんて言い方は心外だぁね。これでもなるべく分かりやすく説明していたつもりだとも」

 

「うっ……頑張って覚えたんだから大丈夫。きっと、全員覚えたもの!」

 

 王選候補者としては正直不安しか残らないが、この不器用さもエミリアの良い所でもある。

 彼女の頭が爆発してしまう前に我らが内政官様をどうにか見つけてくる必要があるだろう。

 正直この時期の彼がどこにいるのか、スバルではまるで見当もつかないのだが。

 

(まったく、どこで油を売って──いや、売れてないのか)

 

 一応ロズワールが油を欲しているという噂はエキドナ経由でそれとなく流してもらい始めているので、放っておけば向こう側からやってきてくるだろう。

 

「──スバル君、師匠を、エミリア様を、そして僕の可愛い妹を任せたよ。王都は様々な人がいるからね」

 

 考え事をしていたスバルに対してロズワールはそう口にする。

 いつになく真剣な表情の彼はふざけた様子も見られず、どことなくいつも知っている彼とは違うような雰囲気に、これがエキドナやベアトリスの前でしか見せない彼の素なのだろうとなんとなく理解する。

 そんなロズワールに対してスバルは手を差し出した。

 

「任せろよロズワール。そっちこそ頼んだぞ、村の皆も含めてみんなお前に任せる」

 

「ああ、任されたとも」

 

 手を握り返してきたロズワールの姿に満足するスバル。

 少なくともいきなり大罪司教が襲ってきたとしても、ロズワールにラムとレムがいれば逃げることくらいは可能だろう。

 不安が無いわけではないが、任せられる相手がいるだけで心は楽になるというもの。

 

「スバルとロズワールはすごぉく仲良しさんなのね?」

 

「仲良しって言われると微妙に反論したさがあるけど、やるといったらやりきるところは信頼してるよ」

 

「こぉれはこれは、随分といい評価をいただいてるものだぁね」

 

 気がつけばいつも通りの道化に戻ったロズワール。

 心なしかいつもより表情は晴れやかだ。

 

「──スバル、そろそろ行くかしら」

 

「おう。それじゃあ行ってきます!」

 

 そうしてスバルたちはロズワール邸を後にする。

 馬車の荷台から身を乗り出し、どんどんと小さくなっていくロズワール邸を眺めながら手を振るスバル。

 そうしてあっという間に遠ざかっていった邸宅。

 見えなくなってしまいスバルが荷台の中へと体を戻すと、正面に座っていた人物と視線が交差する。

 

「お兄さん、あっちの竜車に乗らなくてよかったのかしらあ?」

 

 悪戯っ子のような表情で笑うメィリィ。

 二台ある馬車はエキドナが雇った御者によって操縦されているので、スバルたちは乗っていれば王都まで自動でたどり着く。

 どちらの竜車に乗っても問題はなく、適当に割り振りをしようという話になった際に、スバルがメィリィと二人で一つの馬車を使わせてもらえないかエキドナと交渉した。

 エミリアと二人きりで馬車の旅を楽しみたかったのではないかという意図のメィリィの質問に対し、スバルはメィリィの胸中にある不安を解消するためにも優しく頭を撫でながら言葉を並べ立てる。

 

「あっちはベアトリスに任せてあるから大丈夫だ。ちなみにこっちは俺がメィリィに守られてるから大丈夫。メィリィは俺と二人は嫌か?」

 

「……お兄さんったら私と動物ちゃん達ばっか頼りにしてたら、いつかバクッといかれちゃうんだからあ」

 

「流石にそれは勘弁。ただでさえ最近バクっと行かれるタイミングなくて気を張ってるんだから」

 

 質問に答えなかったのは彼女なりの精一杯の照れ隠しだろう。

 前回に比べればかなりやりなおしの回数を減らすことはできているが、いまが上手くいっているからといってこの後上手くいくとは限らない。

 警戒はするに越したことがないだろうと語るスバルの言葉に素直に首を縦に振るメィリィは、最も現実的なスバルのリセットの要因に触れた。

 

「でも王都に行くならお兄さん、本当に気をつけたほうがいいかも」

 

「エルザか?」

 

「ええ、そう。エルザは強いんだから、お兄さんのこのこ戻って行ったらエルザにお腹バッサリやられちゃうわあ」

 

 完治したとはいえスバルの腹に大きな傷跡を残したエルザ。

 ロズワールが関与していないことが確定してしまった現在において、彼女が誰に依頼を受けて徽章をエミリアから奪おうとしていたのかすら分からない。

 少なくともいえることは近接戦闘担当者がいない以上はエルザと出くわすことはスバルにとってリセットを意味するし、先程立てたばかりのフラグを回収するのであればやはり彼女なのだろうという事実だけだ。

 エルザの実力を正確に認識しているからこそメィリィの心配の言葉は迫真に迫ったもので、そんな緊張した面持ちの彼女を前にしてスバルは安心させるために微笑みを浮かべて見せた。

 

「心配してくれてありがとな。できれば平和的に解決したい……エルザの話の通じなさもやべぇけど、それより問題なのはカペラか」

 

「お母様に敵対するのは正直、正気とは思えないわあ」

 

「俺だって嫌だよ。でもメィリィにお仕置きしようとしてくるなら守らないといけないし、何より性格ぶっ飛んで壊れちまったアイツを、可哀想だと思ってる自分もいる」

 

 スバルの中には色欲の大罪因子も存在する。

 それはつまり色欲の大罪司教──カペラを打ち取ったことがあるということ。

 数ある大罪司教との戦闘の中でも一、二を争うほどのリトライ回数をスバルに強要したカペラだが、大罪司教を元から壊れていた者と壊された者に二分するなら彼女は後者だ。

 いまさら救えないことは理解しているしいまの彼女の有りようはスバルも認めることはできないが、せめて止めてあげたいというのが正直な感想だった。

 だがそれを踏まえても、現状近接戦闘力不足は否めない。

 

「……ガーフィールに記憶があればいいんだけどな」

 

「そういえば屋敷のどこにも虎さんがいなかったわあ」

 

「聖域にいるんだろうけど、リューズさん関連の話をロズワールにしてもはぐらかされたし、向かっている余裕もないんだけど……なんだかなぁ」

 

「ふぅん」

 

 頼りになる弟分がいまごろどうしているのかも気になるが、この世界線では聖域の守護者として活動していない可能性だって十分ある。

 そもそも聖域が存在しない可能性だってあるのだ。

 エキドナはスバルに対して全ての情報を開示してくれるわけではなく、一部の情報について聞こうとすると途端に口を閉ざすことがある。

 なぜそのようなことをするのか今のところ理由は不明だが、少なくとも一度信じるとスバルは決めたので何か決定的なことが無い限りはそんなエキドナの言動について目をつむるつもりでいた。

 

 それから車内でメィリィと様々な話をした。

 話題に上がるのは大体が魔獣やスバルについての話であり、中でもギルティラウがまだ生きているのでいろいろ便利そうだと笑っていたのが印象に残る。

 そうして数日の旅路を終えたスバルたちは、気が付けば王都にやってきていた。

 

「さて、着いたぞ王都!」

 

「ふふっ、スバルったらお上りさんみたい」

 

「お上りさんなんて言葉きょうび聞かねえな」

 

 反射的にエミリアの言葉に対していつも通りに返答してしまい、ぱぁっと花が咲いたような笑みを見せるエミリア。

 スバルがフランクに話してくれたのがよほど嬉しいのだろうが、そんな彼女をスバルはたしなめる。

 

「そんな嬉しそうな顔されると反応に困りますエミリア様、口を滑らせておいて申し訳ないですが、ここは失礼だと怒るところですよ」

 

「もうっ。てっきりようやくどこでも普通に話してくれるようになったと思ったのに」

 

「ここは街中なので。わかってください」

 

 たしなめるスバルの言葉に頬を膨らませながら、わかったと肯定して歩いていくエミリア。

 その寂しそうな背中にもう少し踏み込むべきだったか悩むが、この後のことを考えるとスバルとエミリアの間には一枚壁があるように見えた方が都合がいいのも事実。

 

 それからエミリア一行は王都に居を構える有力者たちを巡る。

 商人や貴族の元を訪ねて王選候補者として話をしている間スバルはその傍でただ黙って立っているだけであり、特にこれといった問題もなく一日が終わる。

 最後の屋敷は武器を持っている者は屋敷に入れたくないという指針らしく、護衛役であるスバルはエキドナから待機を命じられて屋敷の外で待ちぼうけていた。

 中にメィリィはいるものの魔獣を使えない彼女はただの少女なので、持ち前の演技力で場を和ませる役を買って出ていることだろう。

 

「ふぅ。少し疲れたかしら」

 

「一日中外で歩いてたもんな。引きこもりのベアトリスにはちょっと厳しいか」

 

「ベティは引きこもりじゃなくて本が好きなだけかしら!」

 

 反骨精神をむき出しにするベアトリスだが、スバルでも辛いのでベアトリスの小さい体では相当大変なことくらい分かる。

 ふと近くにベンチが置かれているのが目に留まった。

 一人用の小さなものではあるが、腰を掛けて休むには丁度いいサイズ感だ。

 

「向こうのベンチで休んでこいよ。エミリア達もそろそろ戻ってくるだろうし」

 

「そうするかしら」

 

 スバルに案内されるがままに椅子に座るベアトリス。

 持ち場があるのでスバルと少し距離は離れるが、何かあれば対応できる程度の距離ではある。

 靴を脱いで足をぱたぱたさせている辺り相当足にきていたのだろうと思いながらスバルがベアトリスを眺めていると、ふと背後から肩を叩かれた。

 

「──スバル」

 

 いきなり呼ばれてギョッとしたスバルだが、聞き覚えのある声に即座に姿勢を正して振り返る。

 そこに立っていたのはどうしてここにいるのかと聞きたげな顔をしたユリウスだ。

 正直立場としては微妙なのであまり話したくはないのだが、なるべくその事実を顔に出さずにスバルはいつも通りの調子で対応する。

 

「おっと誰かと思えばユリウスか。ついに捕まえに来たのか?」

 

「いや、そうではない。エキドナ様から聞いているだろう? 私は君からの通報を受け、腸狩りの調査に向かいそこで接敵しただけだ。そこで何が起きていたかは知らないということになっている」

 

 不思議そうな顔をするユリウス。

 一方スバルはそんな話聞かされていないと思いつつ、あの魔女のことなので伝えなくていいと判断したのか、そもそも忘れていたかのどちらかだろう。

 騎士道精神が服を着て歩いているようなユリウスが目をつむってくれたあたり、エキドナも裏から手をまわしてくれたのだろうが、それならそれで一言言ってくれればいいのにと思わずにはいられない。

 何にせよスバルのやった取引に対して黙認してくれるとのことなので、ここは甘んじて受け入れることにする。

 

「貸し一つってわけか」

 

「……どちらかと言えば、私は君に謝らなければならないと、そう思っているのだがね」

 

「──?」

 

 いつになく真剣な表情を見せるユリウス。

 ユリウスに対して下げる頭はあるにしろ、頭を下げられるような覚えはスバルにはこれといってない。

 どうしたものかと思いながらもそんなユリウスにかける言葉に迷っていると、ふと服の袖を引っ張られてスバルはそちらに視線を移すとベアトリスが立っていた。

 

「一体誰かと思えば、最優の騎士がこんな所で何をしているのかしら」

 

「──お初にお目にかかります大精霊様。お会いできたことを嬉しく思います」

 

 恭しく片膝をつき、手に口づけをして見せるユリウス。

 かつてのことがフラッシュバックし一言口を挟みたくなるが、騎士としての礼儀であることを理解しているスバルは本気で睨みつけるだけにとどめる。

 

「膝までつかなくてもいいかしら。スバルとの時間を邪魔したことには目をつむってやるのよ」

 

「大精霊様はどうしてここに? もしやスバルと……?」

 

「そうなのよ。ベティの契約者はスバル以外いないかしら」

 

 胸を張ってふふんと威張る幼女と、驚いた顔をして片膝をつく長身イケメンの絵面は何とも違和感のある組み合わせだ。

 どことなく以前と同じような視線を向けてくるユリウスに対して苦手意識が再発し体を一歩引くスバルだが、ユリウスはそんな様子を見ても特に気にすることもなく立ち上がるとスバルに微笑みかけてくる。

 

「スバル、君は本当に不思議な男だね。大精霊様にここまで言っていただけるなんて」

 

「ベアトリスはオレにはもったいないくらいのいい子ちゃんだよ。まぁ他の誰にもやる気はないけど。そういえばラインハルトは見つかったか?」

 

「まるで迷い子のような言い方をするが、彼はあの日無事に帰ってきたよ。いまはフェルト様の一の騎士をやっている」

 

 この国きっての剣聖様があの日なぜ呼び出しても来なかったのか。

 理由を調べてみてもいまいちよく分からなかったスバルは、雑に家出でもしていたのだろうと結論づけた。

 あの家の確執についてはスバルも多少理解しているつもりで、いまのスバルでは口のはさみようもない。

 帰ってきてフェルトの騎士をしているのであれば一応は既定路線通り走っているのだろう。

 

(そうなると初顔合わせは王選会場か……)

 

 ユリウスとラインハルトが逆転する形になるのだろうか。

 仮に訓練場での周囲への見せしめをラインハルトがすることになるのだとしたら、生きて帰れる気がしない。

 フェルトあたりに抑えてもらい、なるべくユリウスに見せしめの役割はお願いするほかないなと決意したスバルは、ここまできてようやくなぜここにユリウスがいるのかという結論に思考が行きついた。

 

「あのわがまま幼女の相手させられてたら、さしものラインハルトも動けないか。ユリウスはアナスタシアさんの付き添いか?」

 

「そうだが……君は?」

 

「エミリア様の付き添いだ」

 

「──そうか。キミがエミリア様の」

 

 込められた一瞬の間には様々な感情が渦巻いているのだろう。

 絶対に勘違いしていると確信できるあたり随分と分かりやすい男だ。

 

「盛大に勘違いぶちかましてそうだから訂正するけど、俺は騎士じゃないぞ。あくまでも護衛だ」

 

「そうか。君のことだからてっきり立候補するものだとばかり思っていたのだが」

 

 危険な橋をいくつも渡り、情報を仕入れてエミリアを救った気概のある男。

 ユリウスから見たスバルの評価は概ねそのような形で収まっている。

 王国が持つ騎士道とはまた少し違う形ではあるものの、スバルがエミリアに対して並々ならぬ思いを抱いているのは傍目から見ていても理解できるほどだ。

 仮にスバルが一の騎士として名乗りを上げたとして、それがエミリア相手であるならばそうあるべきだとすら思えた。

 一方スバルは本格的に修練場に立つラインハルトの姿が脳裏をちらつき、そんなユリウスの言葉を拒否して見せる。

 

「そりゃあ高評価どうも。だけど俺はこの国の騎士道に従うつもりはないぜ? オレはエミリアを助けられればそれでいいんだ」

 

「いろいろな事情があるのだろう。エミリア様は誤解されやすい方であることも、傍目からで申し訳ないが少しは分かっているつもりだ。そのために君が何を為そうとも、それが悪でない限り私は応援すると誓おう」

 

「……お前本当によく分かんないやつだよな」

 

 ラインハルトには土下座して手加減してもらおう。

 そう固く決意をスバルが胸にしていると、屋敷の扉が開いて小柄な女性が現れる。

 白い衣服に従者と同じ紫色の髪が特徴的な少女は、話をしているユリウスとスバルを見つけるとにやにやと笑みを浮かべながらこちらへと近寄ってきた。

 

「あら、初めまして。キミがナツキくん? うちのユリウスがお世話になってるみたいで」

 

「初めましてアナスタシア・ホーシン様。ナツキ・スバルと申します。以後お見知り置きを」

 

「よろしゅう。君とはぜひ一度お話ししてみたかったんよ、うちのユリウスをどうやって口説いたんかとか、どこからアレだけの情報を引っ張ってきたのかとか、いろいろとね」

 

 従者として礼の姿勢を見せるスバルに対し、アナスタシアは値踏みするような視線をやめない。

 上から下までジロジロと眺められてはあまり気分が良いものではなく反射的にスバルが体を引くと、それに合わせるようにしてアナスタシアは一歩前に出る。

 商売ごとや商機が絡むと何かと押しが強いのは以前から知っていたことではあるが、初対面の人間にこれほど真っすぐ詰め寄っているところは少なくともスバルは見たことがない。

 よほどべらべらとユリウスがあることないこと口にしたのだろうと思いつつ、スバルはどのように言い訳をするべきか頭を悩ませる。

 

「俺はただ偶然居合わせただけですし、何もしていませんよ。偶然が重なっただけです」

 

「そないな事ないやろ、ユリウスから話はよおく聞かせてもらってるよ」

 

「──アナスタシア様」

 

 話題に上がったからか、それとも暴走気味の主人を止めるためか。

 何にせよアナスタシアに声をかけたユリウスは、先程までの分かりやすい表情ではなく騎士として恥ずかしくない真っすぐな面持ちで彼女の言動を止めて見せる。

 だがアナスタシアはそんなユリウスを見ても笑みを崩すことはなく、一歩だけスバルから離れるがそれでも視線はスバルに釘付けになったままだ。

 

「そんな照れんでもええやん。ナツキくんとも上手くやれてるみたいやしね。まぁでも安心したわ、エミリアさんとこの騎士様がどんな人なんかは私も知っておきたかったから」

 

「俺は騎士じゃありませんよアナスタシア様。エミリア様の護衛として雇われています」

 

 これから先会う人間全員にこの誤解を解く必要があるのだろうか。

 そう考えると正直億劫になる気持ちもあったが、スバルの返答に対してアナスタシアはユリウスとはまた違った反応を見せる。

 護衛ならば、騎士でないならば、普段はあまり他人の話をペラペラとアナスタシアに語らないユリウスが語った程の人材を抱き込めるだけの可能性がある。

 元よりエミリアの騎士であろうとも個人的に関係性を築きたいと考えており、アナスタシアにとってこの場は期待していた状況そのものである。

 喋っている雰囲気からあまり押されることに対して好ましくないと思っているのだろうと判断したアナスタシアは、からめ手に移る。

 

「そうなん? そうしたらまだ所属は決まってないんやね。ロズワールさんの所には招待状を送らせてもらっとくから、またうちのところに遊びに来てや」

 

「招待状ですか? 自分は聞いているとは思いますが流浪人ですよ」

 

「かまへんよ、商売してたらそんな人ぎょーさんおるし。さっきも言った通り、いろいろ話したいしね。俄然興味湧いてきたわ、それでこっちの可愛い子は?」

 

 スバルに返答をさせれば断られる可能性もある。

 強制的に終了された会話に対してスバルが俺のターンは? と頭の上に疑問符を浮かべている間に、主人の意図を汲んだユリウスが話を前に進めた。

 

「大精霊ベアトリス様ですアナスタシア様」

 

「ああ、噂のベア子ちゃんか」

 

「ベティの名を気安く呼ぶんじゃないかしら」

 

「あらあら怒りん坊やねぇ。飴ちゃん食べる?」

 

「……食べるのよ」

 

「食べちゃうのかよ!?」

 

 ベア子ちゃんと呼ばれ、アナスタシアが懐から取り出した飴玉を貰い舐めるその姿は見た目通りの幼女そのもの。

 本当に大精霊と呼ばれる存在なのか一瞬その場にいる全員が疑いの目を向けてしまいそうになる。

 満足そうに飴玉を口の中で転がすベアトリスに対し、アナスタシアはスバルの知らない話を始めた。

 

「エキドナさんにはようしてもらってるからねぇ、いまは敵同士やけどベアトリスちゃんもなんかあったらおいでよ。やれるだけのことはするから」

 

「意外かしら。てっきり損得で動くものだと思っていたのよ」

 

「商人やからそら損得で動くけど、受けた恩を忘れるほど薄情になったつもりもないからね」

 

 彼女がエキドナから受けた恩。

 それはきっといまも首に巻かれた狐のことだろう。

 どういった経緯があって彼女の首にこの世界でもその狐が巻かれることになったのかは定かではないが、そこに確かにある以上は何らかの取引がなされたのだ。

 

 ふと遠くの方からやってきた竜車がスバルたちが待機していた場所の近くで止まる。

 御者とアナスタシアが視線を合わせたので、おそらくは彼女の迎えなのだろう。

 

「まぁなんにせよ、ユリウスとこれからも仲ようしたってな? ナツキ・スバル君」

 

「はい。もちろん」

 

「ではスバル、また」

 

「おう。またな」

 

 竜車に乗り込んでいくユリウスたちの後ろ姿を見送りながら、スバルは大きく息を吐き出す。

 正直もう少しうまく話をまとめておきたかった気持ちはあるが、少なくともアナスタシアと話す機会を設けることができたので良しとするほかない。

 他の王選候補者も含め記憶の有無はなるべく確認しておきたい部分ではあったので、スバルの目下の目的の一つは順調に進んでいると言ってもいいだろう。

 首巻きの精霊が静かにしていたので情報を探りたい気持ちはあったが、少なくともあの精霊はアナスタシアに何か重大な要件でも発生しない限り外に出てくることは無い。

 王選候補者が勢ぞろいする前に、少なくともあと残り二人のどちらかとは顔を合わせておきたいところだが……。

 そんなことを考えていたスバルはふと隣から聞こえてきた小さな声を耳にする。

 

「……許せないかしら」

 

 本心が思わず漏れ出たようなそれ。

 明確な怒りが込められたその言葉に対してスバルはギョッとしながらも声をかける。

 

「どうしたんだよベアトリス。らしくないぞ」

 

 いつも冷静沈着で周囲のことをよく見ている彼女らしくもない。

 確かに子供扱いはされていたが、あれはアナスタシアなりの仲良くなるためのコミュニケーションだろう。

 そんな的外れな心配をしていたスバルの前で、ベアトリスは聞かれたのならと胸中に抱え込んでいた言葉をこぼす。

 

「スバルに助けられたことも、スバルと共に歩んだことも、スバルを思った気持ちも、全てを忘れて、ただ平凡に生きていることが、ベティがそうならなかったのはただの偶然でしかないことが、許せないかしら」

 

 ベアトリスの胸の内にある怒りは己に向けてのものだった。

 どうすることもできない事象で、それを理解しているはずなのに溢れ出た思いはきっと以前から抱えていたものなのだろう。

 触れ合った時間が長いからこそ忘れられることが辛く、その辛さに耐えられないから怒りとして己に向けて発散するほかない。

 何度も死に戻りの中で出会いを重ねたスバルとは違い、四百年の人生で初めての体験に自分の中でうまく消化できていないのだろう。

 むしろ一度立ち直れば自分のことを知らない人がいても、笑ってもう一度関係を構築できるスバルが異常なのだ。

 頭に手を乗せて優しく撫でるスバルは、そんなベアトリスの怒りを前に笑って見せた。

 

「ベアトリスは難しいこと考えてて偉いな」

 

「子供扱いするんじゃないのよ」

 

 優しく己の頭を撫でるスバル。

 契約者のためにはなんでもすると誓ったのに、苦しさを真の意味で少しでも分かち合えたことを喜ぶこともできない。

 せめていまだけでもスバルに安心してほしくて、ベアトリスは黙って体をスバルに預けるのだった。




進捗状況に関してはXでぽつぽつ呟く予定です。
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