次の日
王選当日の朝にスバルはとある場所にやってきていた。
本日は王選候補者が王城に集まる大切な日、そんな日にわざわざエキドナに断りを入れてまでこんな場所にやってきたのはとある人物と出会うためだ。
一人で行動することに難色を示したベアトリスと手を繋いで王都をぶらぶらと歩くスバル。
記憶を頼りに場所を探しているのでどこだったかと思いながらあちこちを探った結果、目的の場所にたどり着く。
「さてと、俺のスーパーミラクルな頭脳が確かならここら辺で──」
「こんっのクソアマァ!!! ふざけんじゃねぇぞ!」
もめ事が起きていたはずなんだけど。
そう続けようとしたスバルの耳に、遠くからでも聞こえるほどの怒鳴り声が飛び込んでくる。
走って近寄ってみれば男三人組が一人の女性に対して吠えている場面であり、スバルは目的通りの状況に遭遇できたことを喜ぶ。
赤を基調とした高価なドレスに身を包みながらも、所詮は身を飾る物にすぎないと切って捨てられるほどの、類まれな美貌。
橙の髪は優雅さを象徴しており、鋭い目つきと端正な顔立ちは、喉から手が出るほどに欲しがる男もいるだろう。
しかし多少のおいたは許されるだろうその容姿ですらどうにもならないほどに、大男は怒り心頭の様子であった。
「その綺麗な顔ぶっ飛ばして地面に沈めてやろうか! あぁん!?」
「やいやい騒ぐでない下郎。足りない頭で難しい言葉を使おうとするから、品のない言葉しか出てこんのじゃ」
叫んでいるのはトン、そしてそれに対して煽るような言葉を重ねているのはプリシラだ。
記憶通りに行動さえすれば、スバルが確実に出会える王選候補者であり、その性格と口ぶりと思考と態度さえ考慮に入れなければ王選候補者の中でも飛び抜けたカリスマを持つ存在。
一癖二癖もある候補者の中で飛び抜けてクセが強い彼女を前にして、記憶を確かめるため会いに来ていたスバルは二の足を踏んでしまう。
「……やっぱ関わらない方がいいんじゃねぇか?」
「正直同意するかしら」
関われば面倒ごとになるのはほぼ確定。
兄が兄なら弟も弟だとそう思わないでもないが、ヨシュアとユリウスという前例を知っている以上、性格が異なる兄弟がいるのもまた事実。
どうしたものかと思いながら遠巻きから眺めていると、まるでゴミを見るような目線でこちらを見るプリシラの姿が目に止まる。
「うわっ、いま目、合ったぞ」
そんなことをスバルが呟いた途端、ぎゃあぎゃあと叫ぶトンチンカンを無視してこちらに向き直るプリシラ。
気だるげにしながら口を開いた彼女は、どうしてか小さい声なのによく通る声で一言。
「そこの男」
明らかに自分を呼ぶ声。
名前で呼ばれなかった時点で相手は覚えていないと判断して良いだろう。
そう自分に言い聞かせるスバルはベアトリスの手をぎゅっと握りしめる。
向かう先は背後の路地、やることは全力逃避しかない。
「アイツらには悪いけど、俺もまだ死にたくないし。ここは退散退散」
「おい」
背後から鬼のような低い声が聞こえるが、スバルはそれを無視する。
街中で後ろから男達に叫ばれているのに声が聞こえるか? 聞こえるはずがない。幻聴だろう。
「今日もベア子は可愛い──ってうぉお危ねぇ!? 殺す気か!!」
背後から飛んできた石ころが頬をかすめて飛んでいき、スバルの弱い肌に浅く跡をつける。
血は出ていないが微妙についた傷はヒリヒリと痛みを訴え、頬を抑えながら抗議をするが、プリシラはそんなスバルを見ても不快そうな表情のままだ。
「平民が妾の呼び掛けを無視した罰じゃ」
「『そこの男』とか『おい』だけで呼び出されてるなら、俺はこの街一番の人気者だよっ!!! そんで一体なんなんだよ」
「見ての通りじゃ、貴様衛兵であろう? そこな男どもを捕えて死罪にせよ」
そう言ってプリシラが指差すのはトンチンカン。
確かに街中を歩くにしては少し堅苦しい服装をしているスバルだが、騎士と見紛うかと聞かれれば確実にNOだ。
傍に幼女を連れ立って歩く騎士がいるのなら話は別であるが。
なんにせよいきなり指を差されて死刑宣告されたトンチンカンがあまりにも不憫である。
「俺は衛兵でもなけりゃ絡んだ程度で死罪になんかできねぇよ?!」
「であるなら騎士のような歩き方をするでない、紛らわしい」
「いっそ清々しいまでの理不尽さ。お前らもこれ相手にするくらいならとっとと帰れよ」
懐かしさを感じるプリシラの言動。
正直スバルもあまり相手をしたくないが、こうして絡まれてしまった以上は間に立って事を穏便に収めるしかない。
そんな考えから善意で仲介したスバルだが、トンチンカンからしてみれば明らかに勝てそうな女性一人に手打ちにするわけにもいかず、怒りはそのまま更に吠える。
「帰れと言われて帰る奴がどこにいるんだよ!」
「お前よくみたらこの前の奴じゃねぇか!」
「そのくだりは前もやったからパスで。ちなみに今回はラインハルトは居ねぇけど、同じくらい頼りになる幼女が居るから、さっさと帰ることをお勧めするぜ」
「黙って尻尾巻いて逃げればいいかしら」
スバル一人だけなら逃げを選択しただろうが、傍にいるのはベアトリス。
しかもいまのスバルはムチも持っているので、普通に戦っても圧勝できるだけの戦力差がある。
一歩足を前に出せばそれだけで口から出まかせを言っている訳ではないと理解させることができるが、トンチンカンはそれでも引き下がらない。
「馬鹿にされたままでとんずらなんかこけるか!!」
「あー、そういや鼻で笑われたんだっけ。マジで助ける必要あんのかな……」
明らかに地雷だと分かっているものを平気で踏み抜いたのだ、その影響で受ける不利益は当人のせいだとも思える。
だがこの場合不利益を実際に被ることになるのはプリシラを相手にしているトンチンカンであり、何度か助けられたこともある彼らを見捨てるわけにもいかない。
さてどうしたものかと悩ませるスバルの横で、プリシラはめんどくさそうに呟いた。
「必要不必要などどうでも良い。妾がなんとかしろと言っておるのじゃから、そうするのが貴様の役目であろう」
「超めんどくせ──痛っ!? 分かった、ここは折衷案でどうよ。いまから俺がこのわがままお嬢様抱えて逃げるから、追いつけたらお前らが好きにする。逃げ切れたらここんところは許す、それでOK?」
「おい、何を勝手な条件を──」
何やら不満げなプリシラを無視して条件を聞けば、トンチンカンは興奮冷めやらぬ様子で首を縦に振る。
実際は捕まったらボコボコにされるのは彼等なのだが、一旦そのことに目を瞑りプリシラを抱え上げるスバル。
ふわりと羽のように軽いとは言えないものの、運ぶ程度ならスバルでもいける重さだ。
プリシラの魔法は体に大きく負担がかかるので受けるわけにもいかず、となればスバルが期待するのは傍にいる頼りになる幼女。
「頼むぜベア子」
「任せるかしら。ムラク」
そうベアトリスが呟いた途端、文字通り羽のように軽くなる。
プリシラだけでなくベアトリスとスバル、両方の体が急激に重さを失い、本気を出せば飛べてしまいそうだ。
ベアトリスを右手で抱き抱え、おんぶと抱っこを器用に両方行ったスバルはそのまま右足に力を込めると、軽々とトンチンカンの頭上を飛び越える──!
「ほら捕まえてみろよ!!」
「なっ──!!?」
予想にもしていなかったスバルの大跳躍。
そこから地面を滑るように走るその速度は、人を二人抱えているとはとても思えないほどだ。
「くそ!」
狭い裏路地に入ってくれたのがトンチンカンにとってせめてもの救いか。
圧倒的な速度差でスバルに引きちぎられそうになるのを、掟破りの地元走りと負けるわけにはいかないという意地だけでどうにかするトンチンカン。
集団で追いかけ、時には分散し、そうして囲い込み漁のようにスバルを目的の場所へと追い込んでいく。
追われるままに路地を曲がったスバルの前には周囲を二階建ての建物で作られた行き止まりがあり、トンチンカンは肩で息をしながらようやくここまで来たと声高らかに宣言する。
「追い詰めたぞ!!」
この後は一体どうしてやろうか。
そんな脳内にある妄想によって溢れ出したアドレナリン全開のトンチンカンだが、スバルは待っていましたとばかりにそんなトンチンカン達を振り返り、声を張る。
「残念だが今の俺はあの時の俺じゃねぇ!!」
そう叫んだスバルの意を得たりとばかりに、力一杯スバルに抱きつくベアトリス。
空いた右手でムチを取り出したスバルは雨どいに器用にムチをかけると、行き止まりをいとも容易く踏破して見せる。
振り返ることなく走り出したスバルは背後から聞こえる罵声を耳に、今度は上手くいったと喜びながらその場を後にする。
そうして数分ほど走り、周囲に人の気配がなくなったことを確認すると、スバルはようやく足を止めた。
「ふぅ。巻いたか──どぅわ!」
立ち止まった瞬間に背中を蹴り飛ばされ、スバルは抱えているベアトリスを落とさないようにその場でたたらを踏む。
当然いきなり人が降って湧いたわけではないので、蹴ってきた相手はもとからスバルの背後にいた人物だ。
「ふん、凡愚が妾を攫ってどうするつもりじゃ」
「お前そんな話通じない子だっけ?」
「貴様如きの尺度で妾を測るでない」
「まぁなんにせよ無事で良かったよ……っと、ロム爺もそういやいたんだっけか」
ふと前方に目を向ければ見知った巨体が前から歩いて来ているではないか。
いくら場所はある程度わかっているといえ、この広い王都で偶然会うなど一体どれくらいの確率か。
手を振って挨拶でもと思い近寄ってみれば、ロム爺は目を細めながら不思議そうな顔をしている。
「ん? なんじゃお前」
「よう、久しぶりだなロム爺」
「なんじゃこいつ」
「ひっでぇいいよう。イカれた女相手に共闘した仲じゃん」
そう言いながら腹を撫でて見せれば、そこまで言ってようやく誰なのか見当がついたのだろう。
訝しげな表情がパッと変わり、笑みすら見せる。
「ん? お前さんあの小僧か! なんじゃまともな格好しおってからに、生きておったか」
「着たくて着てんじゃねぇよ、着させられてんの。おかげさまでとんでもないもんまで釣り上げちまって」
王都から帰ったらレムにお願いしていつも通りのジャージを借りよう。
そうスバルに深く決意させたこの現状を見てみれば、睨むくらいの事はしてくると思っていたのだが特に興味もなさそうにしている。
プリシラとの言い合いをどこかで楽しみにしているスバルとしては肩透かしを食らったような感覚だが、少なくとも下手に噛みつかれてベアトリスが怒りだし話がややこしくなるよりはいいかと自分を納得させる。
「まぁとにかく、ロム爺はこんな所で何やってんだ?」
「フェルトを探しておるのじゃ」
「ああ……そういうことね。フェルトならラインハルトのとこだよ」
「ラインハルトじゃと!? なぜあやつの所に? どうして知っておる」
口調だけ聞いてるとロム爺もプリシラもあんまり変わらないなぁなんて関係ないことを考えながら、スバルはロム爺の抱く疑問に納得する。
前回はラインハルトがどうしてフェルトを連れて行くのだ、という疑問だったが、今回はそもそもなぜラインハルトが話に上がってきたのだというところだろう。
あの場にいたのはユリウスであり、ラインハルトは彼にとっていきなり降って湧いた存在だ。
徽章関連の話をしても問題ない場所ではあるが、あいにくプリシラがどこにいるか分からずあちこちを歩き回っていたスバルにはもうあまり時間がない。
「質問が多い。まぁいろいろとあるから知ってるんだけど、会いたいなら普通にラインハルトのところを訪ねるのが一番だと思うぞ」
「わし詰所から逃げて来とるからの……なんとかならんか」
「なんとかねぇ……」
いまのスバルにはラインハルトとの直接的な縁がない。
そんな状況でフェルトに会わせてくれと言ったところで彼が合わせてくれるとはとても思えず、そうなると頼りにできるのはプリシラくらいのものだろう。
同じ王選候補者である彼女の口添えであれば会うくらいはできるかもしれないが……
「なんじゃ凡骨、見るでないわ」
視線を向けただけでこの始末。
正直ラインハルトにお願いするほうがよほどハードルは低いだろう。
「あの爆裂お嬢様をどうにかできるんなら何とかしてやれないこともないが、残念なことにいまの俺はただの一介の護衛だからなぁ……」
そうスバルが口にすると露骨に落胆するロム爺。
巨体が見るからにしゅんとすると、なぜだか罪悪感も当社比で割り増しである。
「まぁこの後フェルトと会う予定ではあるから話は通しとくよ」
「どこで会うんじゃ?」
連れて行け、そんな意図のある言葉。
状況を考えれば当然の思惑だとは思うが、残念ながらロム爺がついてこられる場所ではない。
「ちょっくら王城に行くんだ」
「ほう、凡愚が城に用事とは、誰ぞ王と仰ぐ者でも見つけたか」
「……まぁそういうこと。プリシラさんもこんなところで油を売ってる場合じゃないだろ」
そもそもなぜこんなところにいるのか。
前回の記憶を探ればそれなりに雑談までした覚えがあるので、意外と王都に来て暇を持て余しているのだろうか。
そんなことを考えるスバルを睨みつけながらも、プリシラは扇で口元を隠してスバルに対して答える。
「妾がどこで何をするか、決めるのは妾じゃ。その他の者など待たせておけば良い……が、先に行って他の者の顔を見るのも一興か」
「護衛の人待たせても可哀想だし、そうしてやってくれ。そもそも一人で街中歩いて、従者の人探してるんじゃないか」
「何を心配しておるのかしらんが、妾はここまで
その言葉の意味がいまいちよく分からず、スバルは頭の上に疑問符を浮かべる。
ここまで一人で来ているのだとしたら、アルは一体どこに行ったというのだろうか。
プリシラに対して問いかけることは簡単だが、そうなるとどこでアルの事を知ったのか説明するのが難しい。
どうしたものかと悩むスバルを前に、プリシラはそんな悩みなどどうでもいいとばかりにスバルの思考を中断させた。
「聞きたいことはそれだけか? であるならさっさと大通りまで案内せい」
「はいはい、分かりました」
どうせ王城まで行けばわかるだろう。
そんな考えから念を押して頼んでくるロム爺に、フェルトにはちゃんと伝えるから重ねて下手に動くなと口酸っぱく言い含めてから、スバルは裏路地を後にするのであった。