「そんで一体誰なんだよ、待ってるのって」
揺れる馬車の上で荷台の椅子に腰掛けたスバルは、対面に座るエキドナに対して視線を向ける。
王城での一件があったのが四日前の出来事。
それからあれやこれやと作業して王城の安全が確保され、王城襲撃というあまりにも巨大な事件を隠蔽するのに大忙しな人間たちに追い出されるようにして、スバルたちはロズワール邸に向かっていた。
この四日間、何度かエキドナが口にした「自分を待っている人」について聞いてみたスバルだったが、エキドナは笑みを浮かべるばかりで頑なに話そうとしない。
「まあまあ、そこら辺はお楽しみということで。というかソレ、動きづらくないのかい?」
膝の上をメィリィに占領されるスバルを見て、エキドナは問いかける。
寝転んだり抱きついたりと、先程からやりたい放題されている。 兄妹のような微笑ましさはあるものの、傍目から見ていても邪魔そうだ。
王都滞在中も事件後はやたらとベッタリだったメィリィだが、人目のつかない馬車の中では彼女を止めるものは何もなく、甘えたい放題である。
エキドナの言葉を受けてもやめる素振りすら見せず、頬を膨らませながら抗議までする始末だ。
「お兄さんったら、放っておいたらすぐに危ないことするんだもの。こうして見ておかないと安心できないわあ」
「……こう言ってはなんだが、君が王城にいなかったのはむしろ良かったんじゃないかい? 魔獣を操れないとどうしようもないだろう?」
戦力にならないのであれば、スバルが憂慮する必要がない分、近くにいないほうがいいだろう。
そんな合理性から発したエキドナの言葉は、呆れた表情のメィリィに一蹴される。
「そういう話じゃないのよお。魔女さんは乙女心が分かってないわあ」
「……痛いとこつくね、キミ」
乙女心という言葉を出されれば、エキドナに言える反論などたかが知れている。
改めて自分が逆の立場だったらと考え、自分だったら対抗可能だからそんな状況に陥らない、という雑な結論しか出てこず、エキドナは諦めて口を閉ざす。
知性の権化である元強欲の魔女をいともたやすく下したメィリィに対し、スバルは体を少し傾けると気になっていたことを口にする。
「そういやメィリィはどこに何しに行ってたんだ? 用事あるって言ってたけど」
王選の日の朝。スバルがプリシラを探しに行ったのより少し前に、メィリィは用事があると言って王都の街並みに消えていた。
いったい何があったのかと問いかけるスバルの前で、メィリィは言葉を発するのにかなりの時間をかける。
「…………エルザに、会いに行ってたのよ」
スバルの服をぎゅっと掴み、子供が怒られる時のように身を小さくしながらそう呟いたメィリィ。
驚きのあまりスバルは言葉に詰まるが、そんな彼の様子を見てまずいと思ったのか、メィリィはさらに言葉を重ねる。
「私にとってはお兄さんもエルザも、おんなじくらいその……大切だから、それで……」
死んでいた人間が生き返り、それが姉と慕っていた人間であれば、敵だろうがなんだろうが会いたくなるのが人情だ。
戦っているという話だけでも生きている心地がしないくらい嫌だろうに、それを表に出さず、自分が悪かったと謝るその姿は、スバルにはひどく健気に見えた。
「ごめんなメィリィ。どっちを選べって話じゃなくて、ただ驚いただけなんだ」
頭を撫でてやりながらスバルがそう口にすると、メィリィは少し落ち着いたのか、握りしめていた服をゆっくりと離す。
それでも表情は未だ硬いままで、そんなメィリィにエキドナは優しく語りかける。
「彼女には会えたのかい?」
「会えなかったわあ。エルザったら、呼んだのに何処にもいなかったの」
当日朝早くから準備をして王都から離れた店に向かったメィリィは、待てど暮らせど現れないエルザを、それでもずっと待っていた。
メィリィが王城での惨劇を知ったのは夕方頃。 エルザがやってこない現実を受け入れ、スバルたちに会うため王城へ向かった時だ。
「王城内に『腸狩り』がいたという証言もあるし、きっと彼女なりの優しさなんだろうね」
「カペラも来てたし、会ってたらやばかったかもな」
「正直、まだお母様に会う覚悟はできてないのよお。でもエルザったら、ふふっ」
エルザによって己が危険から遠ざけられた。
その事実がメィリィを何より幸せにし、そんな彼女を二人は温かい視線で見守っている。
そうしてメィリィが喜ぶさまを少し眺めたのち、エキドナは真っ直ぐな瞳でスバルに対してずっと気にしていたことを問いかけた。
「微笑ましい話も挟みつつ、キミは結局何回やり直したんだい?」
「……五回だよ。あの場でも言ったろ。詳細はあんまり聞かれたくねぇんだけど」
「知識として知っておく必要があるからね、諦めてくれ。そのためにベアトリスとエミリアを別の馬車にしたんだよ?」
ベアトリスとエミリアを別の馬車にしたのは、そこで話をしたいから。そんな意図があるのはスバルとて理解している。
エミリアはスバルと一緒がいいとごねたが、今後の打ち合わせで話す時間が必要だからと、わざわざエキドナが説き伏せたのだ。
エミリアは一度もスバルと馬車に乗る機会がなかったので、今度どこかに行くときは往復スバルと同じ馬車に乗ることが確定したわけではあるが
なんにせよ、ここまでお膳立てされたにもかかわらず話さないわけにもいかず、見つめてくるエキドナの視線に耐えきれなくなったようにスバルは言葉を返す。
「分かったよ。それで、何が聞きたいんだ?」
「全てだよ。私が知らない五回のやり取り、その全てを教えて欲しい」
「………………改めて、いまじゃないとダメか?」
スバルがチラリと視線を向けるのはメィリィの方だ。
死に戻りについて知っているのはベアトリスと、その他三人のスバルの協力者だけ。
協力者の内一名は記憶を持たないことを既に確認済みで、その他二名は未だ会うことができていないので不明。
なんにせよメィリィはスバルの死に戻りを知らない。 これまで何度か偶発的にスバルの死に戻りが知られてしまったことはあったが、最終的にその事実は
故にメィリィは何か隠しているということを感じてはいるが、スバルがそれを執拗に隠すため踏み込むこんで来なかった。
「お兄さんが隠してる、秘密の話かしらあ」
「──キミ、彼女に話していないのかい?」
驚いたような表情を見せてそんなことを口にするエキドナだが、スバルに言わせみれば、エキドナが知らなかったほうが驚きである。
「そこら辺は知ってるもんだと思ってたけど、知らないのか?」
「権能を持たないいまのボクが知れるのは、君の人生における重要なキーパーソンだけだよ。完全に全てを網羅できているわけじゃない。足りていない部分をキミが話してくれたら、完全に補完できるだろうけどね」
エキドナがやっているのは、単語と単語を繋ぎ合わせ、物語を類推するような所業だ。
強欲の権能があれば、鮮明な文章としてスバルの人生を物語のように読むこともできただろうが、いまの彼女にできるのはそこまで。
それだけの情報でいまここに至るまで、スバルに全ての記憶を保有していると思わせることができていたのは、彼女の神懸かり的な知性があってこそのものである。
興味深そうな目を向けてくるエキドナに対し、スバルは目を伏せがちにしながら、搾り出すように言葉を返す。
「余計な心配は、させたくないんだ」
スバルのそんな一言を受けて、エキドナは大人しく引き下がった。
踏み込んでほしくない場所を見極め自制するその様は、スバルが信頼を置くようになったエキドナの一番の変化点だと言っていい。
「そうかい。ならメィリィ君、悪いけれど聴覚を一時的に封じてもいいかい?」
「いいわよお。その代わり、全部終わって以前とおんなじ生活に戻ったら、お兄さん、お話ししてくれるかしらあ」
「……いいよ、約束だ」
差し出してきたメィリィの小さな小指に己の小指を絡め、指きりげんまんをする二人。
心から嬉しそうな笑みを浮かべるメィリィの耳にエキドナが手を添えて何かを呟くと、黒いモヤのようなものがメィリィの耳に張り付いた。
彼女の言葉通りならば、これが聴覚を封じる魔法なのだろう。
音のない世界が不思議なのか手をぽんぽんと叩いたりスバルの手で遊んだりするメィリィをよそに、スバルはゆっくりと、最後を含めた計六回のループを辿る。
己の死に様を語るスバルの声音は固く、誰かが死ぬ度に、知らずのうちに己の腕を掻きむしりそうになりエキドナに止められた。
何度も口に出すのを躊躇しながらも言葉は止まることなく漏れ出ていき、そうしてようやく全てを話し終える。
どれほどの時間が経ったろうか。少なくとも一時間以上はそうしていたように思えた。
「なるほど。よく分かった」
全てを聞いたエキドナはそう言って、ゆっくりと深呼吸しながら目を瞑る。
きっと何かを考えているのだろう。
彼女がそんなふうにしていたのは、ものの十秒程度のことだった。
「よく頑張ったね。まず率直な感想として、よく六回で終わったと思う。聞いている限り、ほぼ詰みの状況に聞こえたよ」
エキドナは哀れみの言葉を口にしない。
スバルが選んだ選択肢はスバル自身が選んだものであり、逃げようと思えば誰にも止められることなくできたはずのものだ。
それにもかかわらず、逃げずに戦うことを選択したスバルに向ける同情は、彼の決意を侮り、貶める行為にしかならないからだ。
そんなエキドナの優しさが、いまのスバルには心地よかった。
「ラインハルトがいなかったら、本当に詰んでた状況だったかもな」
「状況が悪かったとしか言いようがないね。あと、六回目の怠惰を相手にした大立ち回り、全てその場の思いつきなのが、いま思い出すと恐ろしいよ」
一撃でも掠れば即死する攻撃を、いったいあの日、何度エキドナの目の前で避けていたか。
最後の最後までやり直しの可能性があった死線を、スバルはあの場にいる誰にも死線だと悟らせずに乗り切ってみせたのだ。
正気の沙汰ではないが、そうでもしなければ死亡回数は倍では済まなかっただろう。
「あのときは、ああするしかないと思ってたからな。なんであいつらがあの場に来たか、分かるか?」
「目的という意味であれば、キミの推測通りボルドーを狙いに来たのだろうね。あれらは福音書の指示にしか従って動かない」
「じゃあ、本当に福音書の指示に従ってボルドーを? しかも、あんな警備が厳重なところに襲いかかってくる理由が、一つも──」
まず第一に、ラインハルトがいる。
くどいようだが、それだけで普通なら諦めるし、少なくとも積極的に突っ込もうとは思わないだろう。
加えて、あの場にはユリウスをはじめとして騎士団員が揃っていたし、ベアトリスやエキドナまでいたのだ。
あれ以上の戦力を求めるとなると、スバルの記憶の中でも三度、帝国の大災害とパンドラ戦、そして嫉妬の魔女との対決のときくらいだろうか。
そのどれもが世界を揺るがしかねないほどの大事件であり、そんな面々を相手にして攻め入る理由が、どうしてもスバルには理解できなかったのだ。
加えるなら、怠惰、憤怒、色欲、それにいるか不確かな傲慢という構成も、スバルの脳には違和感として引っかかる。
直接戦闘を考えるなら暴食はいてしかるべきだし、ラインハルトを抑えるためであれば、必要なのは強欲のはずだ。
そこまで考えて行き詰まったスバルに対し、エキドナは己の中にある答えを告げる。
「理由なんて必要ない。それはキミが一番よく分かっているだろう? 少なくとも怠惰は福音の指示に従った。それは確かだよ。憤怒と色欲はどうか分からないけれど……あとは傲慢か」
「俺の知ってる限り、傲慢の大罪司教はいないはずだ」
だって傲慢の大罪司教は―――――なのだから。
少なくとも世界の修正力として現れるのであれば、それはきっと、本当にスバルが知らない何かだ。
「それもまた、世界の歪みなんだろうね。どこかの歪みの影響なのか……一つ言えることは、傲慢にはキミの死に戻りがバレているか、それに近しい能力があることがバレているということだろうね」
「なんっ──いや。そうか」
反射的に否定の言葉が喉の奥から出てくるが、思い返せば、明らかに死に戻りを知っているような対策の数々が見てとれる。
ペテルギウスの口ぶりもそうだったが、スバルが繰り返すことを前提として組まれているような対策には、今までに味わったことのない違和感があった。
ペテルギウスがいるからそんなものかと割り切っていたスバルだが、改めて客観的に指摘されれば、傲慢の指示によるものだという考察には素直に納得することができた。
「傲慢が誰なのか、という議論は情報が足りなさすぎるから措いておくとして、仮に襲撃に意味を持たせるのだとしたら、ボルドーに対して強い念を持つ人物で、かつ王選に対して強い感情を持つ人間であれば、襲撃を画策してもおかしくはないだろうね」
「そんなやついるか?」
「これだけ広い国だ、探せばそれなりにいるんじゃないかい? 条件だけであれば、君も一応該当するしね」
エキドナの言葉を受けて、ハッとしたような表情を浮かべるスバル。
仮にスバルが騎士としての矜持を理解せず、ただただ駄々をこねる子供のように、己の犯した不始末の責任すら取ろうとせず全ての責任を他者になすりつけたなら、スバルだって十分容疑者たりえるだろう。
もちろん、この世界のスバルはそもそもボルドーに何も言われていないし、王選襲撃後にボルドーがエミリアに頭を下げているところも見ているので、もはや何も言うつもりはない。
ただの可能性の話ではあるが、自分の中に渦巻いていたかもしれない気持ちを話題に挙げられてようやく話が飲み込めたあたり、スバルは恨みつらみに対しての感度が人よりも随分低いのかもしれない。
「まあ何にせよ、私の方でも情報は改めて集めておくよ。王選がこれ以上壊されるとまずいしね」
締めくくるようにしてエキドナがそう言いながら手を振るうと、メィリィの耳を覆っていた黒い靄のようなものは消え去る。
それを会話終了の合図と捉えたメィリィは顔を上げてスバルに対して、もういいの? といった表情を向ける。
「もう内緒話はおしまいかしらあ?」
「おしまい。あとは屋敷に着くまで、メィリィと遊ぶ時間だ」
分からないことはたくさんある。
結局、今回スバルができたことは敵を退けることまでで、複数の死に戻りを経ても傲慢の影すらつかめなかったのだ。
エキドナが口にした通り多少の問題は発生したが、王選はこれからもまだまだ続く。
スバルにできるのは、いつも通り全力でこの世界を生きて、エミリアが王になれるように最大限努力することだけだった。
そんなことを考えながら馬車に揺られてどれくらいの時間が経っただろうか。
王都からロズワール邸までの長い道のりに遊び疲れたスバルとメィリィは眠ってしまっており、まるで兄妹のように肩を寄せ合って眠る二人。
時刻は既に夕暮れに迫っており、馬車の窓から差し込む夕日は赤く、心地の良い陽気に、いつまでも眠ってしまえそうになるほどだ。
そんなゆったりとした空気の中で馬車が静かに止まり、エキドナは眠っていたスバルの肩を揺さぶる。
「──ほら、着いたよ」
「……んぅ」
エキドナに起こされて眠い目をこすりながら大きくあくびをしたスバルは、何度か目をぱちぱちとさせて自分がどこにいるのかを思い出すと、自分が起こされたようにメィリィを優しく起こす。
寝起きの悪いスバルに比べてメィリィはスバルに揺さぶられるとすぐに目を覚まし、二人して同じように大きく伸びをして固まった体をほぐす。
「ありがと、エキドナ」
「なに、構わないとも。静かに読書をする時間も有意義だったしね」
そんなやり取りをしながらスバルが先に馬車を降りて、後続のメィリィとエキドナの手を取ると、既に別の竜車から降りていたベアトリスが「その手があったか」と言いたげな目線でスバルを見ている。
そんな彼女の横では、先ほどのスバルたちと同じように伸びをしているエミリアの姿があり、何ともゆるい雰囲気の集団を前に、スバルたちに見慣れたメイドが声をかけてきた。
「お帰りなさいませ、皆様」
金の髪と水色の目。
スバルより大柄な身体に柔らかな笑みを携え、服装を抜きにしてもその出で立ちで気品とメイドらしさを感じさせる女性──フレデリカ・バウマンだ。
出発前にロズワールがレムとラムだけでは手が足りないので他のメイドも呼び戻すと言っていたことを思い出し、予想していたがやはり彼女が戻ってきたのかと、いまだ少し回らない頭で考える。
「久しいね、フレデリカ。休暇中に無理やり引っ張って申し訳ない」
「お気になさらないでください、エキドナ様。旦那様には既にたくさんの小言を言い含めておきましたので」
「そうか、それなら心配はいらないね。もちろん、手当はつけさせてもらうよ」
「──まぁ!」
フレデリカのことなので、本当にロズワールに厳しめな言葉をかけたのだろう。
エキドナはそんな彼女の言葉を聞いて嬉しそうに頷くと、次のボーナスは期待してくれと声をかけていた。
意外と雇い主としてもしっかりとした姿を見せるエキドナと、そんな言葉を受けて目をキラキラさせながら喜ぶフレデリカは、一つ大きく咳払いをして場の空気を切り替える。
「こほん。それでは皆様、どうぞこちらへ」
そうして一行を案内しようとしたフレデリカの視線が他の面々を順に捉え、やがてスバルでぴたりと止まる。
その視線はスバルを値踏みするような鋭さを含んでおり、特に彼の首の根元あたりに突き刺さるのを感じる。
まるで肉食獣に喉元を狙われているような感覚に、スバルは思わず一歩後ずさった。
そのただならぬ雰囲気を察したエミリアが、スバルをかばうように一歩前に出てフレデリカに事情を説明した。
「──スバルって言って、いまは私の護衛をしてくれてるの。すっごく頼りになるのよ」
「ええ、
フレデリカの言葉に、スバルはなんとなく違和感を覚えて動きを止める。
もしかして、と思いフレデリカに視線を向けるが、彼女は微笑を浮かべるだけだ。
エミリアがいるこの場で抱いた違和感について聞くわけにもいかず、スバルは一旦後回しにしてフレデリカから差し出された手を握り返した。
「ナツキ・スバルだ、よろしく」
「ええ、よろしくお願いいたします」
歯を見せて笑うフレデリカの姿に、スバルの中である考えが確信へと変わっていく。
やけに上機嫌になったスバルを見てエミリアは不思議そうにしているが、フレデリカはそんなスバルを一瞥すると、一行に背を向けて屋敷の扉を開けた。
「では改めて、ご案内させていただきます」
「ベアトリスは一度禁書庫に戻るかい?」
「ベティも付いていくのよ。大丈夫だと油断したらまずいことになるのは、もう嫌と言うほど理解したかしら」
「そのうちこの子、お風呂場まで付いてきそう……」
「心配させるお兄さんが悪いのよ」
気が付けば両サイドをメィリィとベアトリスに固められ、連行されるようにしてスバルは歩を進める。
わざわざフレデリカが案内するということは、エキドナが言っていたスバルを待っている人物が、まだ屋敷にいるのだろう。
一体だれが出てくるのか。頭の中で一通り想像してみるが、この時期にスバルの元を訪れるような人物に心当たりはない。
そうなってくると、エキドナの紹介でやってくる可能性が最も高いのは、大罪の魔女たちということになるだろうか。
セクメトやダフネあたりが来た場合は全力で逃げることも視野に入れつつ、黙ってフレデリカの後をついて行くと、彼女の足はロズワール邸で最も大きな応接室の前で止まった。
スバルですら数度しか入ったことがないほど、使用されること自体が稀な部屋だ。フレデリカはそんな部屋の扉を軽くノックした。
「旦那様、エミリア様、並びにエキドナ様と皆様がお見えになりました」
「入ってくれたまえ」
扉越しに、いつにもまして真面目なロズワールの声が聞こえ、スバルはいよいよ覚悟を決めた。
扉を押し開けて中に入っていくフレデリカに続くように、スバルも室内へ足を踏み入れる。
現実を直視するのが嫌でうつむきがちに入室したスバルだったが、意を決して顔を上げた瞬間、予想だにしなかった顔が視界に飛び込んできた。
「──おいおい、予想外にもほどがあるぜ」
王国にいるはずがない相手。
思わず素の口調が漏れたスバルの言葉に、視線の先にいる男は怒りと嘲り、そしてほんの少しの笑みを浮かべた。
何度も見慣れたその表情に、一目見ただけで何も変わっていないのだと実感することができた。
「久しぶりだな、ナツキ・スバル」
剣狼たちが住まう国、スバルが王国の次に良くも悪くも思い入れの深いヴォラキア帝国。
その国の皇帝、ヴィンセント・ヴォラキア。
スバルの『死に戻り』を知る共犯者の一人が──そこにはいた。