次話から話動かします。
スバル達がロズワール邸に戻ってきて翌日。
日課のラジオ体操も終わり体力を取り戻すために中庭でスバルが運動をしていると、風に乗ってエミリアとアベルの話し声が聞こえてくる。
視線を向けてみれば中庭に置かれたテーブルを囲んで話をする二人の姿が見えた。
グルービーは昨夜と同じく特に何も言うことなくアベルの横に立っており、二人の会話に首を突っ込んでいる様子はない。
時折断片的に内容はなんとなく聞こえてくるが、スバルの耳では何を言っているのか正確に理解することは難しかった。
ただその雰囲気からしてなんとなく上手く行っていない事は察せられる。
「特定の話題になると途端に考えがまとまらなくなるな」
「……ごめんなさい、ちょっとまだ自分の中で決めきれていなくて」
俯きながら服をぎゅっと握りしめるエミリア。
アベルの発する言葉はどれも正しく、否定しようのない事実ばかりだからこそエミリアは己がいかに幼稚な考えで生きているかを思い知らされる。
しかもアベルはそんなエミリアの考えを面と向かって否定するのではなく、その思考を支えられないエミリアの根元の部分を矯正するために言葉を重ねてくるのだ。
暴言や差別ではなく真正面からの批判はエミリアの心に深く突き刺さる。
「ダメだな。王とは誰よりも未来を見据え、己が描く未来に全国民の生死がかかっていることを自覚しなければならない。元より答えに困るような物は捨て去るか、割り切れ」
間違ってしまいました、ごめんなさい。
そんな事を口にしている間に数え切れぬ国民が死ぬのが王であり、己の決断が正しいのだと信じることが出来なければいずれどこかでほころびが出るだろう。
アベルは未だ真っすぐ視線を返してこないエミリアをジッと見つめていると、そんな彼女の傍らに機嫌の悪そうな灰色の猫が姿を現した。
「簡単に言ってくれるけど、僕の可愛い娘はまだ考えを深めていく時期だ。そうやって変に思考を二極化させるのはやめてくれないかい?」
いまにも攻撃を仕掛けてきそうなパック。
エミリアが言葉でとはいえ攻撃されているのだから彼が怒るのは理解できたが、そんな事は知らないとばかりにアベルは腕を組みグルービーを制止すると、まるで大精霊など知らないとばかりの態度を取って見せる。
「話に割り込むなと、何度言えば良い。人の国の王とはなんたるかを問う問いに、いくら位が高かろうが精霊が口を挟んで良いものではない」
「本当に怖いもの知らずだねキミ」
「力に怯えて何もできない相手が必要だと考えるなら、この娘が要求する平等とは程度が知れるな」
そもそもアベルは己が戦闘能力を持つわけではないが、己より遥かに強い九神将達にその実力を認めさせ皇帝としてその座についているのだ。
力を持ってアベルを脅すという行為がいかに無意味な事であるかはもはや語るまでもないだろう。
パックもそんな彼の態度に自分がどうすることもできないと悟ったのか、落ち込むエミリアの頭を何度か撫でると霧となって消えてしまう。
そんな二人の姿を冷たい目で眺めていたアベルだったが、エミリアは何とか気持ちを持ち直して真っすぐとアベルに視線を向ける。
「──もう一度やらせてください、お願いします」
「……好きにしろ」
冷たく突き放すようでありながらも、エミリアの言葉を受け入れるアベル。
そうして二人がそんな事を話していることも知らないまま、その様子をただじっと眺めていたスバルに対し、背後から声がかかる。
「──エミリア様が気になるかい?」
とっさに声のした方向へ視線を向けてみれば、そこに立っていたのはロズワールだ。
相変わらず飄々とした態度を崩さない彼は怪しい笑みを浮かべながらそんな事を口にしており、スバルは会話を盗み聞きしていた自分を棚に上げてロズワールを責める。
「そりゃあな。いつから覗き見してたんだ? 趣味わりぃぜ」
「これでも王選の後見人だからね、エミリア様には王選に勝っていただくため、私も協力を惜しまないとも」
ぐうの音も出ない返しをされて両手を上げ降参の意をスバルが示すと、ロズワールはそんなスバルを見て満足したと言わんばかりの表情を浮かべていた。
──以前から何度か思った事ではあるが、この世界のロズワールは表情がころころと変わる。
張り付けたような笑みばかりを浮かべていた前の世界とは違い、この世界の彼は楽しんで生きているというのがヒシヒシと伝わってくるようだ。
彼の生きる目標であったエキドナの復活、それがそもそもなされていて400年間もの間彼女と共に暮らしていたのだから、性格が変わるのは当然なのかもしれない。
だがそうなってくると浮かび上がってくる疑問は、彼はどうしてエミリアの王選に協力してくれるのかというものだ。
半魔であるエミリアを応援することは宮廷魔術師の地位を脅かしかねない危険な行為。 だというのにメリットもなくロズワールがそんな事をするとは思えず、スバルはそんな疑問を素直に彼に投げかける。
「ロズワールはどうしてエミリアを応援してくれてるんだ?」
「そうだね、師匠がそう望むから……キミはそんな答えを待っているようだぁね」
「……偏見で語って悪かった。オレよく考えたらエミリアの事も、あんたの事も、ほとんど何も知らないのにな。決めつけてごめん」
鋭い視線と共に投げかけられたロズワールの言葉にスバルは素直に謝罪の言葉を口にする。
この世界に来たばかりだから仕方ないとはいえ、スバルは彼らの事を以前の世界の彼らに重ね、一方的に知った気で生活していた部分が大きい。
ロズワールに関してはそのきらいが特に顕著に出ており、彼に指摘されて改めて自らの行いを顧みたスバルは、そんな己の行いを恥じる。
「構わないとも……私が彼女を応援しているのは師匠の件もあるが、単純に彼女の考えが世に広まれば良いとそう考えているからだぁよ」
「全ての人に公平さを求めることか?」
「そうだとも。スバル君も理解しているようだが、ハーフエルフである彼女に対しての世間の目は厳しい。ましてや元強欲の魔女であった師匠や、人であったはずなのに400年の時を生きる私はそれはもう酷いものさ」
ロズワールの視線は未だアベルとの問答に詰まり、どうしようもなくなっているエミリアの方へと向かう。
その視線は優しく、ただ実直に彼女の事を応援しているのだと思わせるものだ。
産まれてから今まで露骨に差別される側でなかったスバルは、彼らに向けられた視線を側から浴びてきた程度。 だが当人たちからしてみれば、エミリアはそんなどうしようもない状況を打破してくれるかもしれない、希望の星なのだ。
彼の言葉はそんなスバルの考えを肯定するように続く。
「平等でなくていい、ただ公平にあって欲しい。そう願う気持ちは、君も分かるだろう?」
「ああ、よく分かるよ」
きっとただ誰しもが、平等にあってくれればそれでいいのだ。
エキドナもロズワールも同じことを願っているからこそ、エミリアに王になって欲しいと思っているのだろう。
言葉もなくエミリアの事を遠目に応援している二人。
声をかけてあげるべきかとも考えるが、いま声をかければ彼女の頑張りに水を差す結果になることは二人とも分かっていた。
そうして見守る二人の所にティーカートを押してフレデリカがやってくる。
「旦那様、スバル様、紅茶を用意しました」
「ありがとうフレデリカ」
「スバル様もどうぞ」
「ああ、どうも。そういやフレデリカ、ガーフィールは元気か?」
フレデリカと二人で話す機会があまりなく記憶の確認は出来ていないが、これくらいは聞いても大丈夫だろうと判断してのスバルの一言。
ロズワールも特に気にする素振りはなく、フレデリカは一瞬驚いたような顔をした後に笑顔を浮かべて答える。
「元気にしています。聖域を出る前も捕まって出てくるのが大変でした。お母様に止められてようやく出て来れたくらいですの」
「お母様……?」
おばあ様なら心当たりがある。
リューズ・シーマ、そう呼ばれたガーフィールにとって祖母のような立場の女性が聖域にはいた。
だが母親については聞いたことがなく、以前にはフレデリカから既に死亡しているという話も聞いていたので言葉に詰まってしまうスバル。
居なくなった人間が新しく発生したのであれば、それは昨夜アベルと意見を交え作り上げた仮定が間違っていたという話になりかねない。
だがそんなスバルの考えを知らないフレデリカはスバルの疑問に対して平然と頷いた。
「ええ。ガーフと私の母がいますので」
「……そっか」
何にせよ、生きていることは喜ばしい事だ。
スバルよりも幼い身で聖域の為に精一杯努力をし、沢山の辛い思い出を胸に抱えていたガーフィールがこの世界で母親と一緒に笑って過ごせるのであればそれ以上に言うことはなかった。
優しい笑みを浮かべるスバルを興味深そうに見つめるフレデリカ。
そんな何とも言えない二人の空気を割って入ったのは、紅茶を飲み終わり一人取り残されていたロズワールである。
「ところでスバル君、私に対して聞いたように、君はどうしてエミリア様を応援するのかぁな?」
「俺はエミリアに命を救われた。この世界で生きいくための目的をくれた、だから俺はエミリアを助けたい」
「そうかい。エミリア様も君がいれば救われるだろう、頑張ってくれたまえ、スバル君」
スバルの返答に対して満足したように笑みを浮かべ、ロズワールは再び紅茶を飲み始める。
そんな彼の姿を見て不思議な感覚を覚えながら、スバルはフレデリカからいくつかお菓子を貰って口に入れると、再び体を動かし始めるのであった。
そんな事をしていたのが昼間の事。
夕食も終え、スバルがベアトリスやメィリィと遊んでいる時間。
薄暗い部屋の片隅で小さな明かりと月明りだけを怪しく光らせながら、エキドナとアベルは机を挟んでいた。
もちろん部屋の隅にはグルービーが待機しているが、エキドナは気にする素振りもない。
先に口を開いたのはこの部屋に招かれた側であるアベルの方だ。
「まさかこうして膝を突き合わせ、強欲の魔女と話をすることになるとはな」
「元だけどね。私も皇帝陛下と話をすることになるとは思ってもいなかったよ」
そう言って笑うエキドナだが、アベルは言葉を返さない。
エキドナに対して強い警戒心を見せる彼は、気軽に投げかけた言葉一つですら他の意味がないか探るほどの入念さを見せる。
その皇帝の瞳は投げかけられた言葉の裏、さらにその奥にある真意を探るように細められた。
油断も親しみも一切受け付けない、絶対者としての警戒心がそこにある。
軽い問答を交わし合いお互いの腹を探るのもいいだろう。 だがそれではいつまで経っても埒が明かない。 エキドナは内心で小さく息を吐くと、テーブルの上で両手を広げ、肩をすくめて見せた。降参と、敵意のなさを示すジェスチャーだ。
「──お互い時間を無駄に使える立場じゃない。さっさと本題に入ろう。ボクに話とは何のことだい?」
「帝国に存在する二人の魔女、その取り扱いについてだ」
スバルにかつて説明したように、この世界には魔女が存在している。
王国には嫉妬と傲慢が。
色欲と憤怒は放浪の旅を続けており、その所在はエキドナが知るのみ。
そしてアベルが口にした帝国に存在する残り二人の魔女──
「セクメトとダフネだね。彼女達は息災かい?」
「魔女同士であれば俺に聞かずとも知っているだろう。セシルスの馬鹿を抑えるのにどれほど苦労させられているか」
かつて世界を席巻した暴食と怠惰の魔女を相手にセシルスが何もしないでいるのは、アベルが絶対に手を出すなと厳命し続けているからに他ならない。
仮に少しでも手綱を緩めれば途端に矢のように飛び出していくのは間違いなく、エキドナもそれを分かっているからこそアベルに鋭い視線を向ける。
「しっかり抑えておいて欲しいな。もし二人に何かあれば、ボク達は契約を反故にしなければならなくなる」
「分かっている。問題はその契約をした当人のダフネについてだ」
「彼女が何か?」
「スバルがこの世界に来た日、眠っていたダフネが目覚めた」
「──待ってくれ、彼女が起きたのかい?」
かつてスバルに言った通り、この世界で魔女は死んだ扱いを受けている者もそれなりにいる。
具体的には嫉妬、暴食、色欲の三名に関しては世間一般的には死んだという扱いを受けており、中でも暴食の魔女──ダフネは飽きぬ食欲を抑えるためにほぼ封印に近い眠りについていた。
エキドナの知識をもってしても、ありえないはずの覚醒だった。その事実に、エキドナは珍しく驚きの表情を浮かべていた。
「そうだ。おかげさまで剣奴孤島は半壊。情報封鎖にどれだけ手を焼かれたことか」
「……それは非常に申し訳なく思う。ダフネの目覚めの原因は彼の存在か。ということは彼女達も記憶が?」
「いや、ダフネはただなんとなく食欲に当てられただけのようだった。セクメトは相変わらず要領を得ない話ばかりだったが、少なくとも覚えている素振りはなかったな」
「そうかい。しかしそれは困ったね……」
ダフネは少なくともエキドナの言う事を聞いて止まってくれるタイプではない。
ましてやスバルに反応して目を覚ましたのであれば、放っておけば近いうちに自分の直感を信じてスバルの元に向かってくる可能性は十分にあり得る。
魔女因子を持っていた頃と比べれば戦闘力は多少落ちているとはいえ、それでも魔女と呼ばれるだけの存在であることは確かだし、エキドナは相性の関係でダフネと戦闘をしたところで勝率はかなり低い。
「契約を持ち出すのであれば、そちらも同じく契約を履行してもらわねば話がまとまらん」
帝国側で何とかしてくれと言い出したかったエキドナだが、先に契約について口にしたのはエキドナ側だ。
予想していなかったから仕方なかったにしろ、うかつなことを口にしてしまったと自省するしかない。
その知性でいくつかの可能性を瞬時に模索し、エキドナは嫌な顔をしながら、渋々といった風に浮かび上がった対処法の一手目を打つ。
「そうだね。分かった、そちらに関してはボクの方でも手を打っておこう。とりあえず仮の処置としてミネルヴァを向かわせるが構わないかい?」
「それであの幼子が止まるのであれば異論はない。ただし今年中にはどうにかしてもらうからな」
「はいはい、人使いが荒い王様だね全く」
想像していたより長い期限が与えられたのは、ミネルヴァが来ることである程度ダフネが抑えられることをアベルが理解したのか、それともスバルに配慮してか。
いくら二人の仲がいいと言ってもさすがに前者だろうかとエキドナが想像していると、そんな当の本人が扉をノックして部屋の中に入ってくる。
「失礼するぞ──っと、アベルもいたのか」
ジャージ姿に身を包んだスバルは、ラフな雰囲気のままに部屋の中に入ってくるとテーブルを囲む二人を見て状況をなんとなく察したようだ。
退出した方が良い? と目で訴えかけるスバルだったがアベルもエキドナも特に何も言うことはない。
「なんだ貴様、あの女の慰めをしていたのではないのか」
「エミリアたんを何だと思ってんだよ。確かにちょっぴりナイーブになってたけど、いまは切り替えて今日お前に聞かれたことについて考えてるよ、ここ座るぞ」
エキドナの横に座りながらそんな事を口にするスバル。
平然とこの二人の会話に割って入れるあたり大概肝が据わっているスバルだが、アベルがいることを知らずに来たのなら、彼がこの部屋に来た理由は一つに絞られる。
「皇帝陛下に用事があって来たわけじゃないのなら、ボクに何か用事かい?」
「聖域の一件がどうなってるのかと思ってな。墓所周りとかリューズさんの事とか、前ははぐらかされたけど知っておきたい」
わざわざスバルがエキドナの元に押し掛けたのは、フレデリカの母親がいるという事実がなぜなのかを突き止めるため、それに加えエキドナが口をつぐみたがる聖域の話についてきな臭さを感じ始めたからだ。
スバルの問いかけに対してエキドナは隠し事など何もないと言いたげに真っすぐと視線を返し、スバルを落ち着かせるような優しい口調で言葉を紡ぐ。
「そうかい。フレデリカから多少話は聞いていると思っても?」
「ガーフィールがいる事とその母親が生きてる事くらいかな。正直いなかった人間が出てきて昨日アベルとした考察が外れて大ピンチって感じなんだけど……長くなりそうなら外すよ?」
「考察は外れていないとボクも思うよ、彼の母親がどこかで生きていたんじゃないかい?」
当然のように会話を盗み聞きしていたエキドナは、二人の考察について合っているだろうと肯定する。
エキドナもガーフィール達の母親について詳しいわけではないが、もし死者が復活したとしてそれがピンポイントにガーフィールの母親だけとは考えづらい。
自然に考えるのであればそもそもその人物は生きていて、史実であればエキドナが張った結界の所為でガーフィール達をおいて行く必要があったのが、そうする必要がなくなり聖域に留まっていると考えるのが自然だろう。
そんな仮定の話をしながらエキドナはスバルの問いに対して言葉を続ける。
「正直聖域についてはまだ話せることじゃない。この数週間で君とはそれなりに関係性を構築できたと思っているからこそ、ここはボクを信じてくれ。ナツキ・スバル」
証拠も何もなくただ言葉だけでそう口にしたエキドナ。
隠し事など一つもないと言いたげな真っすぐな瞳は嘘などついていないように思えるが、魔女と呼ばれた彼女にとってその程度は小手先一つでどうにでもなること。
それを理解しているからこそアベルは横から口を挟む。
「──ナツキ・スバル。相手は魔女だ、それを理解した上でお前が決めろ」
あくまで決めるのはスバルだ。
エミリアを王にすることならいざ知らず、彼の陣営のいざこざにアベルはそこまで首を突っ込むつもりもない。
最悪の状況になるのであればスバルが回避できるだろうという信頼と共に発せられたアベルの言葉に、スバルは微笑みを浮かべて答えを返す。
「信じてるよ俺はずっと。エキドナは友達だからな」
アベルはスバルのその答えを聞いても、眉一つ動かさなかった。
一度身内と認めた者へのどうしようもないほどの甘さ。ナツキ・スバルのその特性を、彼もまた知っている。だからこそ、その答えを否定しない。
それを知っているからこそアベルはそんなスバルの答えを否定することもしないし、スバルもそれでいいと思っていた。
エキドナが裏切る可能性など、もはや彼の思考には存在していないのだから。
仮にそうなるのだとしたら、きっと何か事情が新しく生まれた時くらいだろう。
絶対の信頼を向けてくるスバルの視線をエキドナは真正面から受け止め──
「────────ふっ」
口から息を漏らし、そのまま俯いて顔を隠す。
スバルの方からはその表情を窺い知ることはできないが、怒っているようには見えない。
むしろ、嬉しそうな──笑いを堪えているような、そんな雰囲気だ。
アベルの方からならば見えているだろうと思いつつ視線を彼の方に向け、スバルは問いかける。
「……俺なんか変なこと言ったか?」
「空気を読め」
「お前に言われたらいよいよ終わりな気がするんですが!?」
空気を読まないことに関しては妹と世界一位を競い合っているきらいがある二人。
スバルの中でも大罪司教よりも空気を読まない認識のあるアベルに空気を読めと言われて、本格的に心が凹む音がする。
とはいえ聞きたいことは聞けたわけで、これ以上長居しても邪魔になるだろうとスバルは椅子から立ち上がった。
それじゃあと言いながら部屋を出て行こうとするスバルだったが、そんな彼の背中に未だ表情の見えないエキドナから声がかかる。
「ああそうだ、これだけは伝えておかないと」
「なんかあったか?」
「パックとエミリアの契約がいま不安定だ。以前と同じようにパックがあと数日で表に出て来れなくなる、エミリアを頼んだよスバル」
エキドナの言葉に、スバルの脳裏にかつての聖域でのエミリアの姿がフラッシュバックする。
パックという支えを失った彼女が、どれほど精神的に摩耗するか。それを思い出すだけで、スバルの胸は苦しく締め付けられた。
いまスバルにできることは多くない。だが、やるべきことは分かっていた。
息を一つ飲み込むと、覚悟を込めてエキドナに向き直る。
「頑張るよ。精一杯、できるだけの事はする」
スバルのそんな言葉はエミリアのために幾度となく困難を乗り越えてきたからこそ、誰よりも信頼できるものになる。
それだけ言ってスバルが部屋を出て行って数十秒後。
スバルの気配が完全になくなり、さらに時間を置いてからアベルが改めて口を開く。
「……出て行ったぞ、さっさとそのだらしない顔をどうにかしろ」
彼の眼前にいるのは、緩みきった顔を必死に引き締めようとしているのに直すことができず、おもしろおかしな顔になっているエキドナの姿だ。
恋する乙女ならばまだしも、自分より遥か年上の魔女と呼ばれた女のそんな姿にアベルは呆れた表情さえ浮かべて見せる。
それから1分ほど時間をおいてようやく真顔に戻ったエキドナは、まるで先程までのことなど何もなかったかのように言葉を返す。
「協力感謝と、そう言うべきなのだろうね」
「100年の恋も覚めるようなニヤケ顔などあいつも見たくないだろうよ」
「………………キミは5歳の時妹のプリシラに──」
何かを言いかけたエキドナの頬のすぐ側を、熱い何かが通りすぎる。
それはこの世界に存在する十大魔剣の内の一本、プリシラとアベルだけが使える炎剣がそれ以上喋れば切るという強い意志と共に向けられている。
「やめろ。まったく……やはりお前は嫌いだ」
怖がるどころか魔剣を目にして知識欲が刺激されたのか目を輝かせて見せるエキドナ。
そんな彼女の姿に大きくため息をついたアベルは、さっさと目の前の魔女との話し合いを終わらせるために改めて頭を動かすのだった。
読んでいただきありがとうございました。
胃腸炎はまだ完治してませんが、とりあえず執筆は出来るようになりました。