スバル「強くてニューゲー……これ本当に強い?」   作:空見大

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憧憬に焦がれて

 スバル達が屋敷に帰ってきて早いもので既に一週間。

 それだけの時間が経ってもエミリアは一向にアベルに認められる答えを、己の口から出すことができないでいた。

 

 何度も何度も己の考えを正し、自分が本当は何を求めているのかについて見つめ直す機会を、エミリアはこの数日間何度となく取ってきた。

 だがどれだけ思考を重ねたところで、アベルを認めさせるような答えを彼女は見せつけることができなかったのだ。

 

 日に日にやつれ表情が陰っていくエミリアを、少しでも元気づけられればとスバルは朝一番にエミリアの部屋の扉をたたく。

 

「おはようエミリア。今日は俺が腕によりをかけて作った朝ご飯だよ、みんなで一緒に食べようぜ」

 

 時刻はまだ早朝だが普段であればエミリアが起きて支度を終え、そろそろ朝食のために食堂に訪れようかとしている頃合いだ。

 王の騎士として付き従ってきたスバルが彼女の生活リズムを間違えるはずもなく、扉の奥からは「はーい」という少しけだるげな声と共に人が室内を歩く音が聞こえる。

 

 少ししてゆっくりと押し開かれた扉に部屋の中を隠すようにして立ったエミリアは、いつもの衣装に身を包んでいるが髪は少し荒れ、目の下にうっすらとクマが見えた。

 見るからに体調の悪そうなエミリアを前にして一瞬言葉に詰まったスバルを他所に、エミリアは力のない笑みを浮かべながらスバルの提案を断る。

 

「ありがとうスバル。でもごめんなさい、ちょっと体調が良くないから部屋でパックと一緒に食べるね」

 

「そう言う事だよスバル。ボクはリアと一緒に部屋にいるから、それじゃあね」

 

「……そっか」

 

 パックが言い終わるとほとんど同時に、部屋の扉は固く閉ざされる。

 日に日に落ち込んでいくエミリアにスバルは何度も声をかけたが、一貫してエミリアはスバルの言葉に対してあまり好意的な反応を見せなかった。

 

 何度となくレムやベアトリス達と会話を重ね、そんな現状がなんとかならないかと対策を練ってはみたが、今のところどうしようもないというのがスバルが抱いた感想だ。

 気持ちを当てつける先さえ見当たらず、どうしようもないのだと自分に言い聞かせ食堂へ向かったスバルは、現状を軽く報告し、涼しい顔をしているアベルに嫌味をいくつか言ってから朝の仕事に戻る。

 

 とはいえレムやラムだけでなくフレデリカもいる屋敷で、スバルがしなければならない仕事など大した量もない。

 手持ち無沙汰なのが耐え切れず仕事を求め続けるスバルにエキドナから与えられたのは、禁書庫の蔵書を綺麗にまとめてくるというやってもやらなくてもいい時間が無限にかかる作業だ。

 

 そんな作業でも何かやっていないと落ち着かないスバルは喜んで取り組んだ。

 なんとも静かな禁書庫にはベアトリスが本のページを捲る音だけが響き、スバルは彼女が読み終わった本を含めて片っ端から本を本棚へと入れていく。

 忙しなく動き回るスバルを見てベアトリスも最初の内は特に何も言う事は無かったが、何分も何十分もそうして動き回るスバルを見てさすがに我慢の限界とばかりに声をかける。

 

「……スバル、心配なのは分かるけどちょっと落ち着くかしら。さっきからずっと同じ本棚を整理してるのよ」

 

「あれ? ダメだな…………やっぱアベルに文句言いに行くか」

 

「言いに行ったところでどうにもならないのよ。正直……今のスバルじゃ何を言ってもダメかしら。単純にエミリアと過ごした時間が少なすぎるのよ」

 

 かつての世界──元の歴史では王都の滞在期間やウルガルム戦での期間、あと聖域も含めれば現状よりもかなり長い日数スバルはエミリアと共にいた。

 物理的な接触時間は単純に他者からの好感度に強く影響を与えるし、ましてやこの世界のスバルはベアトリスやメィリィを始めとして屋敷の他の面々と話をすることも少なくない。

 

 エミリアだけに注力していた前回と違い会話機会も少なく、怠惰との戦闘や膝枕を経験していない今のスバルは少し詳しい知人程度の枠だと言っても差し支えない程である。

 それをスバルとて自覚していないわけではなく、エミリアを自立させるためだとあえて距離感を上手く取ろうとしていた己の失敗がここになって響いてきたことをスバルは渋々ながら認める他ない。

 

「……そうだよな。俺今のところ普通によく分からない怪しい奴でしかないよなぁ」

 

 エキドナとベアトリス。二人との関係性だけでもスバルという存在を謎めいた物にするのには充分だったにも関わらず、そこに加えて皇帝陛下もお友達となればナツキ・スバルという男の不審者度合いはまさにとどまるところを知らずという勢いである。

 そんな人間の言葉を信頼しろなどというのは土台無理な話で、それでもエミリアにはアベルの課してくる試練をなんとか突破して欲しいとスバルは心の底から願っていた。

 

 王としてのエミリアを実際に目で見たことがあるからこそ、スバルは今のエミリアでは王になれないという事実を確かに実感してしまっている。

 この国の王としてエミリアが立ちたいのであればこれは超えるべき試練であり、越えなければいけない課題なのだ。

 

「にーちゃもエミリアのためにいろいろしているみたいなのよ。正直、あれがいいやり方だとはベティは思わないかしら。でも同じ契約精霊として、気持ちは痛い程分かるのよ」

 

「パックも良いんだけど、せめて他にも誰か頼れるやつが居れば……エキドナが意外と無理なのがこの前分かったからな」

 

「……お母様は正直人を慰めるのに向いていないかしら」

 

 依存先が一つだけであることが今のエミリアの不安定さを招いているのは間違いない。

 そこで屋敷の人間それぞれがエミリアの自立を促すために声を試しにかけたのだが、結果は見るも無残な物であった。

 言葉として受け取ってもらえることは出来ても実際パックという大きな存在を前に割って入ることもできず、ロズワールは怪しまれ、メィリィはごっこ遊びと勘違いされ、エキドナに至っては無視される始末。

 

 落ち込む魔女様のために仕事を一つ増やされたスバルとしては、自分と話をしている時の有能っぷりがどこかに掻き消えてどもるぽんこつ魔女様に一言小言を言ってやりたくなったほどだ。

 だがベアトリスから言わせてみれば正直期待していたのがお門違いですらあった。

 スバルとエキドナが話を出来るのは共通の話題と記憶があるからで、エキドナから見たエミリアは年の差の離れた知り合いの娘であり可愛い存在ではあるがお話しましょうと歩み寄るには壁が高い。

 だがベアトリスの脳内では他の代替候補が既に浮かんでいた。

 

「フレデリカは悪くなかったのよ。そういえばスバルはフレデリカと何か喋ったかしら?」

 

「ある程度は。記憶についてもあれやこれや聞いたし、記憶が一部欠落してるってのはちょっと驚いたけど」

 

「欠落と言うよりは、途中で終わっているという表現の方が近いように感じるのよ。それに意図的に何か話を誤魔化しているような──」

 

「考えすぎだぜベア子。そんなことしてもしょうがないだろ? 記憶の引継ぎについて情報が一部欠落してるっぽいのは今のところ原因不明なんだしさ」

 

 警戒心をむき出しにするベアトリスを宥めるようにして言葉を遮るスバル。

 王選の一件以来、以前にもまして警戒心が強くなったベアトリスだが、スバルは身内が疑い合う状況が何よりも嫌いだ。

 

 彼女もそれを分かっているからこそ言葉を発しようとして途中でそれをやめ、ごめんなさいと口にして読んでいた本に目線を戻す。

 そんな優しいベアトリスの頭を撫でつつも、とはいえ状況が手詰まりな事には違いなくどうしたものかと考えるスバル。

 

 そこからベアトリスと共にあれやこれやと解決策について話し合いをしていると、気が付けばそれなりの時間が経過しておりスバルは調理場へと向かう。

 既にそこには作業を始めているレムとラムが立っており、遅れてやってきた形のスバルに対してラムの鋭い視線が突き刺さる。

 

「あら、てっきりバルスはエミリア様が心配で涙を濡らしているものだとばかり思っていたのに、ただの遅刻だったのね」

 

「チクチク言葉辞めてくれよ姉様、ベア子と一緒に対策練ってたし朝食は俺が作っただろ」

 

「100の成功より一度のミスの方が人は気になるものよ」

 

「はいはい、それなら101個目の成功のために皿洗いしますよ」

 

「…………」

 

 耳の痛いことを言ってくるラムと、少し気まずそうなレム。

 変わらない二人の態度に安心感すら覚え作業を始めるが、ふと一つの食器のセットを見てスバルは手を止める。

 

 今日の献立はスープとパン、それに野菜と目玉焼きだ。

 朝一の食事なのでなるべく軽く済むようにスバルが考えた献立だが、いくつか調味料がかかっている関係でどれだけ綺麗に食べても多少の汚れは皿につく。

 

 公の場でもなく談笑しながらの会食なので当然と言えば当然だが、そんな汚れが全く付いていない食器がいくつか見当たった。

 数を数えてみればちょうど一人分の皿であり、屋敷にいる人間の好き嫌いを把握しているスバルは直感的に誰か手をつけなかったのかを理解する。

 

「……気にするだけ無駄よ。バルスの小さな頭では考えるだけ無駄だわ」

 

「この程度でへこたれねぇよ。あとグルービーの線だってあるだろ」

 

「あの口の悪い獣人なら目を輝かせながら完食したわ」

 

「庇ってるのかそうじゃないのか姉様は本当にわかんないね!?」

 

 分からないままにしてくれればそれで誤魔化せたのに、ラムは一切隠す様子もなくスバルの淡い期待を打ち砕く。

 どこか誇らしげな表情を浮かべている彼女を前に呆れるスバル。

 そんな彼に向かってレムは心配したような様子で声をかける。

 

「きっとエミリア様も体調が優れなかったんだと思います。スバル君の料理は今日もすっごく美味しかったですよ」

 

「ありがとうレム。なんとかしてあげられたらいいんだけどな」

 

「助けようとされていない人間を助けられるのは物語の中だけよ。バルスが変に気負っても結果は何も変わらないわ」

 

「姉様は本当に優しさと辛さの配合具合がなんというか……すいません作業します」

 

 それ以上無駄口を叩いたらどうなるのか分かっているのか。

 そんなラムの鋭い視線に口を閉ざしたスバルは、黙って皿洗いを手伝う。

 

 ただただ無意味に過ぎ去っていく時間に焦りを覚え頭をずっと動かし続けるスバル。

 そうしていてもテキパキと動く体は仕事を終わらせ、手持ち無沙汰になった彼が次の仕事を探そうと視線を部屋の中に移しているところでラムが大きくため息を吐いた。

 

「……はぁ。バルス、仕事の邪魔よ。フレデリカの所にでも行ってきなさい」

 

「俺を人の所に押し付けるなよ姉様。それに仕事だってちゃんとやって──」

 

「いいから。ここの仕事はラムとレムの持ち場よ。バルスはとっとと他の人にでも泣きついて、ちょっとは心を落ち着かせて来なさい」

 

 ラムの言葉に言い返すことが一つも思い浮かばず、スバルは彼女に背中を押されるまま台所を後にする。

 レムが少しだけ寂しそうな視線をそんな彼の背中に送るが、ラムは気にした様子もなくただ見送った。

 

 送り出された廊下を目的もなく歩きながら、スバルは自分でも気が付かないままに早くなりかける足を意志で抑えようとする。

 

(落ち着け……落ち着け、俺)

 

 エミリアを心配していたはずなのに、自分が周囲の人物に心配されるようになってしまっている。

 それでは意味がないと大きく深呼吸したスバルは確かな足取りを取り戻すと、せっかくだからとラムに言われた通りフレデリカの元へ向かって足を伸ばした。

 

 とはいえ屋敷の中を動き回っているフレデリカを見つけるのは難しく、一体どこにいるのかと探し回って数十分。

 道中付いて回ってくるメィリィと楽しくおしゃべりし、ダルがらみしてくるエキドナからフレデリカの所在を聞いて、ようやくスバルは3階の奥の方にあるワインセラーへと足を運ぶ。

 中に入ると木の香りと様々なアルコールの臭いが鼻を抜け、木で出来た床が鳴らす音を聞きながらスバルはワイン棚で視界が狭いセラーの中を進んでいく。

 

「おいおいこんなおっかないところ有ったか?」

 

 スバルもワインセラーに入ったことは有ったが、その時はそこまで量はなかった。

 いまここまで量が多いのはエキドナが趣味で集めていた時期があったからなのだが、そんな事を知らないスバルは生唾を飲み込みながらゆっくりと足を進める。

 みしっ、みしっと歩くたびに嫌な音が響き渡り、無意識に己の腹を撫でながら歩くスバル。

 

「────────―っ!!!!」

 

 ──瞬間、生暖かい吐息が背筋を撫でる。

 ほとんど反射的に背後を振り返るスバルだが、そこには何もいなかった。

 だが首筋には冷たい何かが押し当てられており、スバルは両手を上げて降参の意を示す。

 

「おいおい冗談キツイぜフレデリカ。いやマジで。心臓5秒は止まってたよ確実に」

 

 首筋に当たっているのが冷えたワインなのが見えて、スバルはほっと胸をなでおろす。

 いつの間に背後を取ったのか、立っているのは牙を見せて笑うフレデリカだ。

 

「失礼しました。スバル様があまりにも怯えてやってこられたので、つい悪戯心が出てしまいました」

 

「勘弁してくれよ、こっちはただでさえ近頃ナーバスだって噂で屋敷の中たらい回しだぜ? ラムからフレデリカに直してもらえ~なんて言われる始末だし」

 

「まぁ、それは光栄です。あちらに椅子がありますから、少しお話をしましょうか」

 

 フレデリカに案内されるがままに狭い部屋の中を進んでいくと、小さな丸テーブルとそれを囲むように二つの椅子が用意されている。

 本来はワインを味見する時に使う用のスペースだが、ここで密かに日々の疲れを癒すのがフレデリカの日課だった。

 案内されるがままにスバルが椅子に座るとフレデリカも同じように椅子に腰かける。

 

「それにしても不思議ですね。こうしてスバル様とお話しする機会が来るとは思っても見ませんでした」

 

「そうか? 結構お話好きなタイプだし、フレデリカともウィットに富んだお話した思い出あるけど」

 

 喋りだしたら止まらないというのがスバルに対しての付近からの下馬評である。

 確かにフレデリカとこうして一対一で話す場を設ける事は少なかったかもしれないが、それでも改まって言われるほどかというと少し微妙なところ。

 だがそんなスバルに対してフレデリカは慎重な面持ちで言葉を並べる。

 

「…………私はスバル様とお話しする機会はあまりなかったように思います。スバル様はいつもエミリア様やラインハルト様とお話になっておられましたから」

 

「その二人が並ぶと微妙に違和感あるな……どっちかって言うとオットーとかガーフィールがその枠じゃない?」

 

「ガーフが? こう言っては何ですが、姉の私の目から見てスバル様はその……ガーフに嫌われていたかと」

 

「ウソでしょ!? あんなに慕ってくれた風だったのに!?」

 

 驚愕の事実に顎が外れそうになるスバル。

 どうすれば一体そんな事になるというのだろうか。

 腹芸の類が得意でないのは見ればすぐに分かるような彼が仮に自分の事を嫌いだとしたら、スバルは当分の間人間不信に陥ること間違いなしだ。

 大将と慕ってくれていた弟分の意外な一面にショックのあまり机に突っ伏すスバルだったが、続くフレデリカの言葉に思考が止まる

 

「ガーフも悪い子ではないんですの。それに()()()()()()()()()()()()()()()()しまわれましたよね……?」

 

「オットーが屋敷から居なくなる!? ちょっとまてフレデリカ、意味わからなさ過ぎて頭痛い。オレとフレデリカが初めて会ったのは屋敷、そんときエミリアを含めみんなは聖域に居たOK?」

 

「おーけーですわ」

 

「そんでなんやかんやあってエルザが屋敷にやってきて、ガーフィールがエルザを倒して俺はベア子と一緒に大兎を討伐。エミリアが聖域を開放して万々歳ってわけで……」

 

「屋敷は誰にも襲われませんでしたし、聖域はスバル様が一人で開放したと聞いています。大兎から逃げるため意固地になるガーフィールを説得して皆を救ったと、そう記憶しています」

 

 話にならないほどの記憶違い、前提条件から全てが違う為話がまともに成立しないのも無理はない話だ。

 あんぐりと口を開き言葉を発しようとして口を何度か開くがそれが全て無駄に終わると、スバルは強く額をテーブルにぶつけて意味の分からない状況をなんとか受け入れようと努力する。

 だがどうやったところで消化できる情報量ではなく、スバルの脳みそは一旦その情報について考えないという選択肢を強制的に取ることにした。

 

「すっげー気になるけど、マジで気になるけどその話は一旦ストップ。とりあえずいまのエミリアをどうにかしたい、フレデリカ。力を貸してくれ」

 

「私でよろしければもちろん協力させていただきますが……」

 

 言葉に詰まるのはスバルが記憶の齟齬に対して非常に興味がありそうな反応をするからだろう。

 フレデリカとしては互いの記憶が違い、その結果すり合わせが必要なのであればここですればいいのではないかというのが率直な感想だ。

 

 だがスバルは聖域で壊れたエミリアをその目で見たことがあるからこそ、いまがいかに危ない状況なのかを正確に理解していた。

 彼女にこれ以上圧をかけ続ければそう遠くない内に限界がやってくる。

 それを分かっているからこそのスバルの言葉であり、それならばとスバルは口を開いた。

 

「それなら一つ考えが有る。作戦はこうだ──」

 

 ──そうして夜。

 昼食、夜食ともにエミリアは他の面々の前に顔を出す事は無く、食事こそ何とか取ってくれたようだが昼間のアベルとの問答ではもはやまともな会話も怪しくなってきたと皇帝本人の口から証言が出ている。

 

 確実に負のループに陥っているエミリア。

 そんな彼女を救うのに最も効果的なのは、周囲の人間を頼ってもいいのだと彼女に分かってもらう事だ。

 

 いまのエミリアはなぜかアベルの問いかけに対して、一人で答えを出すことに固執してしまっている。

 わざわざ彼女だけで答えを見つける必要などどこにもなく、スバル達と話し合いをしながら己の中の王道を見つければいいのにエミリアにそのような姿勢は見当たらない。

 彼女が生来持つ真面目さと、周囲に迷惑をかけてはいけないという優しさが生み出した結果であることは火を見るよりも明らかであった。

 

 故に少しでも彼女に周囲を頼ってもらうためにはどうすればいいのか?

 それがスバルが考え、フレデリカに協力を依頼した今回の作戦である。

 扉近くを塞がないように気をつけながらティーカートを止めたフレデリカは、意を決したように声を発する。

 

「エミリア様、入ってもよろしいでしょうか?」

 

 コンコンと音を立てながらフレデリカが扉をノックすると、部屋の中で何かが動く物音が聞こえてくる。

 普段なら聞こえないドタバタと忙しなく動く物音に少し違和感を覚えながらもフレデリカがそうして待っていると、扉が鈍い音を立てながらゆっくりと開く。

 

「……どうしたのフレデリカ。何かあった?」

 

 少しだけ開いた扉から顔を出すエミリア。

 開けられた扉の先は暗くあまり何も見えないが、フレデリカの肌を刺すような冷たさが突き抜けていく。

 だが一流のメイドたる彼女はそんな事を一切表情に出さず、まるで何もないかのように振舞いながらエミリアの問いかけに答える。

 

「スバル様がエミリア様にお菓子を作ったので届けて欲しいと」

 

「スバルがお菓子を? スバルはいるの?」

 

「いるよエミリアたん。フレデリカがどうしても来てほしいって言うからさ」

 

「スバル様!?」

 

「冗談です、冗談。暖かいお茶とカロリー控えめのお菓子を用意したんだけど、どう?」

 

 牙を見せながら照れ隠しに吠えてくるフレデリカに若干の恐怖を覚えつつ、そんな事は表情に出さないでエミリアに問いかけるスバル。

 スバルはエミリアから見て死角側に立っているので彼女の表情を見る事は出来ないが、迷っているような気配が扉の方から確かに感じ取ることが出来た。

 スバル一人だけでは、考える暇すら貰えなかっただろう。

 そう考えれば随分と進歩したものだ。

 

 後はスバルが隙を見てこの場を離れ、エミリアとフレデリカが落ち着いて話せる時間を作ればそれで計画通り。

 だが計画というのは往々にして、その通りにいかないものだ。

 

「…………ごめんフレデリカ、そこにお菓子置いて行ってもらえる? ちょっとスバルとお話しがあるの」

 

 想定外の事態にどうするかと目線で問いかけてくるフレデリカ。

 そんな彼女にスバルはそれならばと言葉で返す。

 

「エミリアたんとお話しできるなら喜んで。ということでごめんフレデリカ、お見送りしなくても大丈夫?」

 

「私をなんだと思っておりますの。そのくらい大丈夫です、おやすみなさいませエミリア様」

 

 扉の前で一礼し優雅な足取りで去っていくフレデリカ。

 そんな彼女の後ろ姿を眺めながらさてどうしたものかとスバルが悩んでいると、エミリアが入って来いとでもいいたげに扉を先ほどまでより少し開く。

 漏れ出る冷気は廊下に煙となって現れ、室内と廊下の気温差を一目見ただけでも理解させる。

 

「じゃあ失礼するよ」

 

 そう言って一言断りを入れ中に入ると、奥歯がガチガチと鳴ってしまうほどの寒さの部屋の中に入る。

 感覚としては冷凍庫が最も近いだろうか。

 窓から差し込む光は霜のせいで少し霞んでおり、部屋の隅の方には白い雪が積もっているように見えた。

 

 散乱した荷物は部屋の入り口の方からは見えないようになっていたが、中まで入ると嫌でも目に留まる。

 あえてそれを見ていないふりをしながらも、背中を見せて一向にこちらを向かないエミリアに視線を注ぎ続けるスバル。

 

 室内の椅子に腰掛けるとエミリアはなんの抵抗もなくベットに背中を預けて寝転び、持ってきたお菓子に手をつける素振りもなく掠れた声で問いかける。

 

「スバルはさ、王様ってなんだと思う?」

 

 それは彼女がここにくるまでに聞かれ続けた質問だ。

 王とは何か。それは国を納めるものとしての王の役割ではなく、どのような心構えと行動があれば王と呼べるか、そういったことを聞き出すためのものである。

 スバルはエミリアからの問いかけに対して少し考えるような素振りをした後に、ゆっくりと口を開いた。

 

「俺はあんまりよく分からないけど……きっといろいろ悩んで苦しんで、それを乗り越えていける人が王様なんだと思うよ」

 

 エミリアもアベルも他の国の王たちも見てきたスバルは、王が共通して持つ価値観はそこだと思っていた。

 王としての重責やそのための資質などスバルには分からないが、少なくとも誰よりも悩んで生きてきた人間だからこそ王として立つことができたのだろうということは分かる。

 

「……そっか。私はね、スバルみたいな人が王様になるんじゃないのかなって思うの」

 

「お、俺が? 冗談よせよエミリア、俺はなんもできない男で──」

 

 あまりの出来事に理解できず、エミリアの言葉に声も出せなくなるスバル。

 自分が王になる等一度たりとも考えたことが無く、なぜエミリアがそんな事を口にするのか。

 だが心の底から漏れ出た己の言葉に自分の気持ちに気が付いたエミリアは、そんなスバルを他所に己の内から漏れ出てくる言葉をただただそのまま口にする。

 

「スバルは凄いよ。皆を引っ張って、ラインハルトや他の人もスバルを無意識に頼っちゃう。王選候補の他の人達ですら、スバルが何とかしてくれるって心の底から思ってた」

 

 エミリアの心にはずっと、王選の間での一幕が残り続けている。

 己の無力さを嘆き、スバルの強さに憧れすら抱き、ただただその在りようを見て眩しいと思ってしまったあの瞬間。

 

 エミリアにとってあの時からスバルは守るべき相手ではなく、自分を守ってくれる()()になってしまったのだ。

 この国を守る騎士達やエミリアに対して厳しい目線を向ける賢人会ですら、たった一度の働きでスバルを認めた。

 そんなスバルが自分を見る優しい目線が自分を責め立てているようで、エミリアは彼に見られるたびに体が大きく震える自分がいることに気がついてしまう。

 

「スバルは凄いよ。凄い……ねぇスバル、どうしてスバルはワタシを応援してくれるの?」

 

「……君に助けられたからだよ。キミは覚えてないかもしれないけど、キミに助けられたあの日から俺は君にぞっこんなんだ」

 

「ぞっこん……?」

 

「ぞっこんってのはその……好意的に見てるってこと。だから君が困ってたら助けてあげたいし、どれだけでも応援するよ。アベルの奴は厳しいけど、エミリアならきっと大丈夫。俺もサポートするからさ」

 

 どこで何度聞かれてもスバルの答えは変わらない。

 口にするたびに思いが強くなるのを感じながら、スバルは精一杯の気持ちをエミリアに伝えた。

 だがそんなスバルの言葉を聞いてエミリアが感じたのは、子供の頑張る姿を見て大人が楽しむようなそんな侮蔑の感情だった。

 

「スバルには分からないよね、なんでもできるスバルには、私の気持ちなんて」

 

「なんでもなんて出来ないよ。今日もラムに怒られたんだから、エミリアの気持ちだって──」

 

「──スバルに私の何が分かるの! なんでもできて、すぐ誰とでも仲良くなれるスバルに私のことなんて!!」

 

 エミリアの感情が爆発する。

 自分でも驚くほどの大声でスバルに対して言い返したエミリアはたった一言で肩で息をするほどに疲弊してしまい、一瞬の間をおいて自分が何を口にしたのか理解して咄嗟に口を押えた。

 だが既に漏れ出てしまった言葉はスバルの耳にも届いており、彼女の目の前には悲しそうな顔をしているスバルが立っている。

 

「────―」

 

 何か言うべきだとエミリアの頭は考えるが、それでも漏れ出た言葉はエミリアにとって本音だ。

 ラムに何を言われても、エミリアの目と心がスバルが何をしてきてできたのかを見て理解してしまっている。

 王としての素質すら持たないみっともない自分の気持ちを分かると言ってきたのがどうしても耐えられなかった。

 

「ごめん、無神経なこと言って。ちょっと疲れてるんだよな? お菓子、ここに置いておくからさ。今日食べなくてもいいからゆっくり食べてくれよ。また、明日な」

 

「────―あっ」

 

 それだけ言ってスバルはそそくさと急いで部屋を飛び出してしまった。

 後に残されたエミリアは自分がどれだけの言葉で彼を傷つけたのか、そしてそれがいかに身勝手であったかを理解してしまい、この屋敷で常に己のため様々なことをしてくれたスバルすら突き放してしまった事を理解する。

 

 それでも自分の事を心配してくれるスバルの優しい言葉に甘える事しかできない自分が嫌で、でも彼が優しいからこそ成り立っている今の環境に安堵してしまっている自分も居て、どうしようもない状況に不思議と涙すら湧いて出てこなかった。

 

 一方廊下に飛び出したスバルは、迎えに来てくれていたベアトリスに手を引かれ、ゆっくりとした足取りで自分の部屋へと戻る。

 最愛の人間から拒絶され、その出来事の重さに涙を流すスバルの背中をベアトリスは何も言わず、ただ優しくなでながらなだめるのであった。

地の文の書き方について

  • 現状の方が良い
  • 1話前(王とは)までの書き方が良い
  • 違ってたことに気が付かなかった
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