スバル「強くてニューゲー……これ本当に強い?」   作:空見大

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立ち直る勇気なんて

「それが、お前が昨日一日を費やして得た考えか?」

 

 ロズワール邸の中庭にアベルの低い声が響く。

 本来は数多いる家臣に対して向けられるその声はいまはただ一人のために注がれており、圧し掛かるプレッシャーは通常時のそれとは比較にならないほどである。

 

 スバルを追い出した次の日、エミリアは部屋から一歩も出ることができなかった。

 己がしでかしてしまったことの重大さに気づき、部屋から外に踏み出して昨日の言葉が夢ではなく現実なのだと知ってしまうのが怖かったのだ。

 だからアベルにお願いして、エミリアは一日彼の問いに対しての答えを探すために部屋にこもるという言い訳を考えた。

 

 ベッドにくるまりご飯も食べず、ただただ己の失敗を嘆いて一日が終わり、次の日がくれば当然アベルはエミリアに答えを聞きに来る。

 回らない頭で必死になって考えた答えに対し、アベルはいつも通り冷たい表情を浮かべたままだ。

 

「……………………」

 

 こんな時間、早く終わってしまえばいいのに。

 エミリアの胸中を満たす感情はどす黒いものへと変色を遂げており、彼女は己の心と頭のギャップに言葉すら出せなくなってしまう。

 

 

 ──そうして、一日が終わる。

 結果だけを見ればあまりにもひどく、散々だという言葉ですら足りないほどの成果だった。

 いつもならば出てくるはずのパックが今日は一度も出てこず、そんな状況が更にエミリアの精神を強く蝕み始めている。

 

 どうして、なんで私が、こんなこと思いたくないのに。

 自室のベッドの上に寝ころべば、ぐるぐると思考は回る。止まることなく、休まることなく、ぐるぐる、ぐるぐる。

 巡りまわっていく思考は答えを見つける事などできるはずもなく、そうしてエミリアの時間は過ぎていく。

 

 ──食堂。

 魔力の明かりによって煌々と照らされた室内には5名の人影が映し出されていた。

 椅子に座っているのはいつもの位置にロズワール、スバル、その両隣にメィリィとベアトリスがいる。

 

 窓際で外をジッと眺めているのはエキドナだ。

 メイド達を除いたエミリア陣営が勢ぞろいしている形であり、この会の発起人であるスバルは机に突っ伏しながら大きく息を吐き出した。

 

「──ふぅぅ。ぜんっぜんいい案が思い浮かばねぇ……」

 

 フレデリカと協力した作戦が功を奏し、エミリアは回復の兆しを見せアベルの問答に答えを出してすべてが丸く収まる。

 そんな理想論が叶うはずもなく、状況はむしろ以前よりも悪化していると言っていい。

 

 アベルに会うたびにエミリアについての小言を言われ続けるのにはもはや慣れてきたが、皇帝としての目を持つアベルからの評価が日に日に悪くなっていくエミリアの状態はスバルとて見ていられなかった。

 人間は大きく2種類に分けられるとスバルは思っている。

 最底辺まで落ちていけば、後は上がるだけしかないと思える人間と、そのまま沈んでいく人間だ。

 

 同族だからこそスバルはエミリアのことがよく理解できる。彼女は間違いなく後者の人間である。

 現状のままを良しとすれば落ちるところまで落ちていくだろう彼女をなんとか引きとどめるには、彼女の意識を大きく変えるだけの大きな何かが必要になるだろう。

 

「……本人が乗り越えるしかないのよ。積み重ねている思いが重ければ重いほど、人の話を聞いてもいままでの考えを変えるのが怖くて意固地になってしまうものかしら。急に考えを変えろと言われてできる人間の方が少ないのよ」

 

「私もそう思うわあ」

 

 ベアトリスやメィリィの意見は一貫して本人が変わるのを待つしかないというものである。

 これは屋敷の中だと他にラムなども該当する意見だが、壊れるかどうかギリギリで薄氷の上を歩くようなマネはスバルにはとてもできそうにはない。

 

「わぁたしとしては、スバル君の気持ちもよぉく理解できる。キッカケを与えられなければどうにもならない人もいるからねぇ」

 

「……ひとまず今こちら側として出来るのはエミリアに声をかけ続け、状況的に孤立させないのが一番だろうね」

 

 そんなエキドナの言葉に会議は一旦のまとまりを見せた。

 やれることの少なさにもどかしさを感じるスバルだが、結局のところ人が人のためにできることなど程度が知れているのだ。

 

 そうして会議も終わり、スバルはベランダに出て一人夜風を味わっていた。

 少し肌寒さを感じるが、いまはそんな冷たさが心地よく、ぼうっと星空を眺めていると視界にふわふわとした毛玉が浮かんでいるのが目に留まる。

 

 どうしてこんなところに? そんなことを思いながらもスバルが何も言わずに空を眺めていると、スバルの頭の上に毛玉は足を乗せた。

 

「……随分な態度じゃねぇかパック。足蹴にするどころかダイレクトに頭に乗られたのは、これで人生二度目だぜ」

 

「それはびっくりだね。こんなに踏み心地のいい頭なのに」

 

 そう言いながらふみふみとスバルの頭を踏みつけるパック。

 小馬鹿にしたような笑い方や喋り方といい、その言動はどうにもスバルに敵対的な態度だ。

 

「何しに来たんだよ、わざわざ頭踏みに来るほどおてて繋いで仲良しな関係じゃないだろ」

 

「奇遇だね、その認識は僕と合ってるよ。君と僕で認識の相違がないなんて初めてのことじゃないかい?」

 

 いまのエミリアのままでいいと思っているパック。それに対し、いまのエミリアではだめだと判断して変えさせようとするスバル。

 そんな二人の会話は平行線で、不毛の一言にすぎなかった。

 

 先程までの踏みしめるような足踏みから踏みつけるような足踏みに変わり、頭部からくる鈍い痛みにスバルが鬱陶しさを感じて手で払うとひらりと回避したパックはスバルの目の前で宙に浮いて見せた。

 

 碧い双眸にジッと見つめられながらもスバルは特に気にする様子もなく、ため息すらつきそうなほどのけだるげな態度をとる。

 

「それで、何がしたいんだよ」

 

「停戦協定を、仕方なく結びに来たんだ。リアの精神状態と魔石の耐久性能、あれやこれやのせいでいまボクは外に出ているのがやっとだ」

 

 スバルに頼るなどプライドが許さないと言いたげに、忌々しさを前面に押し出した表情と共にそんなことをパックは口にする。

 それでもエミリアの事をスバルに任せようとしてくるのは、自分の考えなどどうでもいいと割り切れるほどの愛情が彼の中にもあるからだろう。

 

 そしてそれは同時にスバルにも同じくらいの愛情があることを、パックが認めたということでもあった。

 だからこそスバルはパックに対して言葉を返した。

 

「知ってるよ、エキドナから聞いた」

 

「……そうかい。僕の願いは彼女が幸せになること。仮にそれが果たされるのなら君に彼女を任せてやってもいい」

 

 スバルを睨みつける視線を少しもブレさせることなく、パックの言葉は続く。

 その言葉は冷たく、ほんの少しの優しさも感じられない。

 

「契約は絶対だ。だけど君が契約を破るなら、僕は君の幸せのすべてを破壊する。分かったねナツキ・スバル」

 

「やっぱお前可愛くねぇよパック。まぁでも、言われなくてもエミリアの事は任せろよ。ただしなんも言わずに居なくなるような真似すんなよ、エミリアが傷つく」

 

「…………ほんとに君は嫌な奴だよ」

 

 長いときを生きてきた精霊だからこそ、その精神構造は人のそれとはまったく異なる。

 パックという精霊が何を考えどう生きているのか等スバルにとっては理解することを随分前に放棄した事柄でしかなかったが、少なくとも以前もした失敗を彼にさせる必要はない。

 

 スバルが何も言わなければきっと無言で消え去るつもりだったのだろうパックは、スバルの言葉にそれだけ言い返すと、表情も見せないままに空にとけて消えていく。

 そんなパックの姿を眺め、どうしようもないなと思いながらスバルは自室へと戻るのであった。

 

 そうして次の日。

 身体を丸めて毛布にくるまり、惰眠を謳歌していたスバル。

 やけにいつもより眠りの深かった彼はなんとも言えない夢の心地よさに全身を浸らせていた。

 

「──のよ」

 

 どこからか何かが聞こえてくるが、それはスバルを起こすには至らない。

 毎日頑張っているのだ、たまには少しくらい遅くまで寝ていても罰は当たらないだろう。

 それに昨日は朝食当番だったので、自分の仕事はないはず──

 

「起きるかしら!!」

 

「──痛ったい!?」

 

 パチンと頬を叩かれてスバルは即座に飛び上がる。

 寝起きを襲撃された経験はいままでの死に戻りでもそう何度もあったものではない。

 とっさに周囲の状況を確認してみればそばにベアトリスがいるだけで部屋の中に敵は見えず、姿見に視線を移してみればスバルの頬が小さな紅葉型に赤くなっているのが見て取れる。

 

「おいおいベア子、起こし方がアグレッシブすぎるぜ。なんかあったのか?」

 

「緊急事態なのよ」

 

 ベアトリスの言葉に寝起きのスバルの意識は一瞬で覚醒した。

 部屋の中は無事、耳を澄ましても爆発音などは聞こえてこないので襲撃というわけではなさそうである。

 そこまで把握してようやくスバルは底冷えするほどの寒さが廊下から室内に入ってくるのを感じ取り、ベアトリスが口にした緊急事態が何なのかを察した。

 

「エミリアか?」

 

「おそらくそうなのよ。ひとまず現場に向かうかしら」

 

 スバルの問いかけに対して即座に答えたベアトリス。

 スバルと違いマナを感じ取れる彼女だからこそこの冷気が誰によって作られたものなのか、それがはっきりと分かるのだろう。

 

 寝巻のままスバルが部屋を飛び出してベアトリスと共にエミリアの自室へと向かっていくと、近づけば近づくほどに徐々に寒さが増していく。

 気づけば廊下の窓は凍り付き、部屋の隅には雪が積もり始め、エミリアの部屋が目前になってくると凍り付いている家具が目に留まる。

 

 想像していたよりもかなりひどい状況。そんなエミリアの部屋の前には、既に何人かの人影が目に留まった。

 

「遅いわよバルス。何をしていたの」

 

 真っ先にスバルに気が付いたのはラムだ。

 他にはロズワールやエキドナもおり、スバルは遅れたことに頭を下げながら彼らのほうへと寄る。

 

「おはようスバル君。この状況について、なぁにか知っているかい?」

 

「おはよう。昨日パックが来て契約が不安定になるって話をしてたから……多分パックがいなくなって荒れたんだと思う」

 

「予想していたことではあるが、タイミングが最悪だね」

 

 この分ではアベルとの対談を期待するのは到底無理というものだ。

 既に一週間以上経過しておりアベルがいなくなるまでそう日数もないというのに、ここで完全に足を止めてしまった形になる。

 

 スバルとしてはアベルのことを気にせずエミリアの精神回復に注力したいところだったが、自分のミスが原因で皇帝という大きな後ろ盾をなくしたことをエミリアが理解すれば、最悪王選からの辞退すらあり得る。

 場の空気が重たくなり誰も声を出せなくなる状況で、スバルは一歩足を踏み出すとそのままエミリアの部屋の前に立つ。

 

 誰かが扉の前に立ったことを理解したらしいエミリアがより一層の冷気を放出し、スバルの足首がゆっくりとではあるが凍りついていく。

 そんなことを気にせずにスバルは扉に手を添えると、優しい声で語りかけた。

 

「……エミリアたん、今日は一日ゆっくり休もう。たまには部屋でゴロゴロするのも悪くないぜ? お腹空いたらいつでも言ってくれたら用意するから、ゆっくりしよう」

 

 スバルがそんなことを口にしても扉からの返答はない。

 部屋の中に入れば状況は変化するだろう。だが自分も引きこもっていたからこそ、エミリアの気持ちはスバルも痛いほど理解できた。

 一度こうなってしまった相手には助けるべきタイミングがあり、早すぎても遅すぎても余計に相手の心を傷つける結果になるのは間違いない。

 

 そんなスバルの気遣いを分かってか他の面々もスバルの言葉に口出しをすることはなく、とりあえず今日一日はエミリアは絶対安静ということで話は落ち着いた。

 朝食にやってきたアベルにスバルの口からことの顛末を話し、少し時間がかかるだろうということを説明したものの、「そうか」とそれだけ言うと、特に何も言わずに食事を続ける。

 彼の心の内でどんな感情が渦巻いているのか。少なくともその表情に変化などは見て取れない。

 

 そうして今日もまた一日が過ぎる。

 エミリアが部屋から出てくることは一度たりともなく、屋敷の中の人間は誰しも話題を出さなかったが彼女の事を心配している様子だ。

 明日も出てこなければいよいよもって対処が必要になるだろう。

 そんなことを考えながらスバルが床に入ったのが昨日の夜のこと。

 朝食をテーブルの上に並べるスバルは昨日は置かなかった席に食事を置く。

 

「ありがとうスバル。今日もすっごーく美味しそう!」

 

 そう言いながら、エミリアは満開の笑顔を見せた。

 昨日のことがまるで嘘だったかのような表情でそう口にしたエミリアは、待っていましたとばかりにスバルが作った朝食に手を伸ばす。

 傍目から見ていれば完全に今まで通り、その仕草はメィリィがどうやら良くなったらしいと一息つくほどに完璧であったが、それ故に壊れた人間を知る者達の目からは異様に映る。

 

「昨日はごめんなさい。皇帝陛下に貴重な機会を頂いているのに休んでしまって」

 

「……別に構わん。精霊の件、折り合いはついたのか?」

 

「うん。私がもっともーっと頑張って、ココロが安定したらまた出てこれるって、そう言ってくれたから」

 

 アベルの視線が強くスバルに突き刺さる。

 どうにかしろと言ったのに、あまりにも見るに堪えない姿をしているエミリア。その責任の所在を確かめるようなアベルの目線を受け、スバルは何も口にすることができなかった。

 

 当の本人であるエミリアはまるでこの状況についてこれていないのか、疑問符を頭に浮かべたまま不思議そうな顔をしている。

 

「大精霊様の件はまた後日改めてお話しするとして、いまは食事を終わらせてしまおう」

 

 そんなロズワールの言葉が無ければ場は固まったままだっただろう。

 エミリアはその日一日中、いままで通りの彼女らしいふるまいを見せ、アベルからの言葉に対しても以前よりははっきりとした受け答えをしながら一日を終えた。

 

 昼食、夜食共に全員の前に顔を出せてはいるものの、その表情は変わらず曇ったままであり、いつかの聖域での出来事をスバルは思い出していた。

 あの時は自分も精神的に相当摩耗している状態だったので何が起きていたのかはうろ覚えだが、エミリアのいまの精神状況は同じくらいまずいものだとスバルは認識している。

 いつ導火線に火がついてもおかしくないような状態。

 タイムリミットがそう遠くないことを自覚しているスバルは今日一日の間にも何度となく声をかけたが、帰ってくるのは生返事ばかりでエミリアの心に届いている様子はない。

 

 ──気づけばスバルはエミリアの部屋の前に立っていた。

 何があるか分からないからとついてこようとしていたベアトリスを置いて一人で立つスバルが部屋の扉をノックすると、いつかと同じように「はーい」と声が聞こえて扉が開かれる。

 

 違うのは以前までのように身を乗りだして部屋の中を見せないような開き方でないことと、エミリアの表情が随分とマシになっていること。

 変わらないのは底冷えしてしまう程に冷たい部屋の温度くらいだろうか。

 

「スバル、どうしたの?」

 

「夜の見回りってところかな。それとエミリアたんの顔を見に来たってことで」

 

「もうスバルったら。そんな事言っても何も出ないんですからね」

 

 そう言って笑うエミリアだが、目の奥に潜む黒い靄のようなものは晴れることはない。

 パックを失い、自身を完全に喪失し、いまの彼女は寄りかかるものを求めている。

 スバルとこうして会話に興じていられるのは精神が回復したのではなく、瀕死のあまり彼女の心がスバルという存在に対して無意識に寄りかかろうとしているだけだった。

 

「エミリアたんが元気でいてくれたらそれでいいよ。じゃあ俺は部屋帰って寝るね」

 

「うん、お休みスバル」

 

「ああ、お休みエミリア。また明日」

 

 関係値が足りないのであれば構築すればいい。

 思い出が無いのであれば新しく作り直せばいい。

 とにかく単純な接触回数を増やし、エミリアに信頼されるだけの立場を構築しなければスバルの言葉がエミリアに届くことは一生ないだろう。

 

 瞳の奥に映る彼女の心の揺らぎに最大限注力しながらこれ以上踏み込むべきではないと判断して、スバルはその場を立ち去った。

 無力感に苛まれるが、それでも昨日までに比べれば一歩前進しているようには思えた。

 

 そうして次の日。

 昼食を終えたスバルは台所に立っていた。

 

「それにしてもお兄さん、本当にお菓子作りが得意なのねえ」

 

 台所で忙しなく動いているスバルを見てそんな感想を述べるのはメィリィだ。

 彼女は作るより食べる方が好きだと自分で公言しているだけあって、スバルがいま作っているケーキの試作品を時折食べてはそのおいしさに目を丸くしている。

 

 ──今日も結局、エミリアはアベルが納得する答えを出すことができなかった。

 毎日ちゃんと手を変え品を変え、己の想いを言語化していたエミリアだったが、アベルはどんな些細な綻びであろうとも冷静に見つけ、それを指摘し、エミリアの考えの足りない部分を詰めてみせる。

 

 上手く成果を残すことはできなかったにしろ、それでも今日も諦めずに立ち向かったエミリアに何かご褒美をと思って始めたのが、スバルお手製ケーキ作りであった。

 時間はかかるが味にはそれなりに自信があり、実際かつて王の騎士として活躍していたころにスバルは何度となくエミリアにケーキを作り大絶賛を受けている。

 味の好みが変わっているという様子もないので、きっといまのエミリアも自分の作ったケーキを食べれば美味しいと言ってくれるだろう。

 そんな期待を込めながらスバルは慣れた手つきでケーキを作り、そしてそれをメィリィと一緒にエミリアの部屋まで運びに行った。

 

「ふぅ、すこし冷えるわあ」

 

「中のシャツの枚数増やした方が良いぞ。俺もいま見えないように着込んでるし」

 

 そう言いながらスバルが着ているジャージをまくり上げると、中に何枚か着込んでおり暖かそうなのが目に留まる。

 

「…………」

 

「──冷たいッ!?」

 

 悪戯心でメィリィがちらりと見えた腹筋に手を伸ばして触ってみると、よほど冷たかったのか叫ぶスバル。

 そうして二人で楽しくおしゃべりをしていると、あっという間にエミリアの部屋の前にたどり着いた。

 

 相変わらずとてつもなく寒い部屋の前に立ち、スバルはいつも通り扉をたたいた。

 

「エミリア、お昼のおやつ持ってきたんだ。一緒に食べよう」

 

「すっごく美味しいケーキよお」

 

 重たい扉にノックしたとき特有の鈍い音。

 それを何回かさせながらスバルが声をかけるが、部屋の中から返事はない。

 

 体調が悪くとも起きていれば何かしらの反応をエミリアは見せていた。

 だが室内からは人の気配が感じられず、もしかして眠っているのかとスバルは思い至った。

 

「寝てるのか? ……開けるぞ」

 

 メィリィに一瞬だけ目くばせをしてからスバルはゆっくりと扉を押し開けた。

 その瞬間強風がスバルの全身を叩きつけ、あまりの風の冷たさに目を閉じるスバル。

 風が吹いていたのは一瞬のことで、どこから吹いたのかと見てみれば、大窓が開かれており、そこから入ってきた風のようだ。

 窓の外を見てみれば季節外れの雪が降っている。

 

「お兄さん……」

 

 ふと袖を引っ張りながらメィリィに呼ばれてスバルがとっさにそちらの方へと目線を向けると、そこにあったのは空のベッドだ。

 乱雑に放り投げられた布団にぐちゃぐちゃのシーツ、中ほどから引き裂かれた枕はまるで事件現場のような様相を醸し出している。

 

 誰か侵入者が? そんな思考が頭をよぎるがそれにしては抵抗した様子もなく、この部屋の主がやったことなのは精神状況を考えれば納得がいく。

 エミリアは己の意志でこの屋敷から──逃げ出したのだ。

 

「メィリィ、エキドナのところに行くぞ」

 

「う、うん」

 

 心の内で渦巻く様々な感情すべてに蓋をして、スバルは己ができることを考えた。

 そんな彼の姿にメィリィは圧倒されるが、そんな彼女を見ている余裕すらないのかスバルはエキドナのもとへと向かって駆けだした。

 向かう先はエキドナの私室である執務室だ。

 息が切れるのも気にしないままに走るスバルはあっという間にたどり着いた。

 

「──な、何事だい!?」

 

 突如として部屋に入ってきたスバルに、エキドナは驚きの声を上げ、飲んでいた紅茶をこぼしそうになった。

 見てみればどうやらベアトリスと話をしていたらしく、同じように目を丸くしている彼女の姿が目に映る。

 

「エキドナ、エミリアが部屋から居なくなった。争った痕跡はなかったから多分自分からだとは思う」

 

「……分かった、他の面々にはボクから言っておこう。ベアトリスはスバルについて行ってあげてくれ」

 

「もちろんなのよ」

 

 スバルの言葉に即座に状況を理解したエキドナは頷きながら言葉を返す。

 声をかけられたベアトリスもスバルに早く行こうとせかすような視線をおくっている。

 立ち上がりスバルの手を取ったベアトリスと共に3人が部屋を立ち去ろうとすると、そんな背中にエキドナがこれだけは確認しておかなければいけないとばかりに言葉を投げかけた。

 

「スバル! 自分を大切に。絶対に忘れちゃダメだよ」

 

 焦ったスバルを見て、エキドナはこれが初めての体験であることを見抜いた。

 そんな彼女が真っ先に危惧したのはスバルが己の権能を使用し、エミリアの逃亡自体をなかったことにすること。

 真剣な眼差しの彼女を前にしてスバルは返事をすることはなかったが、ただ頷きだけを返してそのままエミリア捜索のために駆け出した。

 

 広範囲の捜索はメィリィの魔獣に任せ、スバル達はエミリアの部屋の窓から真っ直ぐ走って行ったのだろうと予想を立ててその後を追う。

 昼食の際にはその姿を見せていたエミリア。移動できたのは部屋に戻ってからとして一時間前後といったところか。

 仮に全力で逃げられているのだとしたら追いかけるのはかなり難しいが、衝動的に逃げ出しただけであればまだ見つけられる可能性はある。

 

「村には行ってないとして……クソッ、この森全部探すってなったら尋常じゃないくらい時間かかるぞ」

 

 レムとスバルがかつて命懸けの鬼ごっこに興じた程度には広い森。

 魔獣も生息しているうえに上空から降りしきる雪は徐々に強さを増していき、この分では一時間もしないうちに溜まり始めるだろう。

 

 すでに屋敷を出て20分は経過している。

 時間がかかればかかるほど、状況は刻一刻と悪くなっていく。

 

「この雪、エミリアのマナが混ざっているかしら。いくら魔力の多いあの子とはいえここまで無理に魔力を浪費したら、体力はほとんど残っていないはずなのよ」

 

「なら尚のことまずいじゃねぇか! くそっ、何か探すための材料は──」

 

 焦るスバルの目の前でメィリィがとある一点を指差した。

 スバル達が今向かっている方向から見て少し左斜め前に向かって指された。

 

「魔獣さん達が、向こうのほうに行くのを嫌がってるかしら。寒さにあまり強くない子たちだからもしかしたら……」

 

「でかしたメィリィ! ベア子ムラク!」

 

「分かっているかしら!」

 

 ベアトリスとメィリィを両脇に抱えたスバルは、一目散にメィリィの指し示した方向へと走り出した。

 

 走れば走るほどに森はどんどん鬱蒼とし始め、獣道すらも見つからないほどの有様になっていく。

 雪はどんどんと地面に降り積もっていき、気づけばスバルの背後には雪の足跡が刻まれていた。

 本当にこちらであっているのか? 別のところに行ってしまったのでは?

 

 そんな不安を無理やり押さえつけスバルが走っていると、突如として発生した寒暖差により周囲に霧が出始める。

 視界の悪くなった森の中を全力疾走しているせいでスバルの皮膚を枝葉が傷つけていくが、スバルは両脇に抱えた二人が怪我をしないように気をつけつつも自分の怪我は無視して走る。

 

「お兄さん!?」

 

「俺のことはいいから目をつぶってろ!」

 

 そうしてようやくメィリィが言っていたあたりまで足を運ぶと、森の中にそこだけ草が生えていないような場所を見つけた。

 まるで巨大な何かがそこにある木々を根こそぎ引っこ抜いたような、そんな更地を前にしてスバルはついに足を止めた。

 

「……ここら辺のはずよお」

 

「俺が先行するから二人は後からついて来てくれ」

 

 霧と雪でまともな視界も確保できず、スバルは抱えていた二人を降ろすと周囲を警戒しながらゆっくりと前に出る。

 既に手にはこの世界に来てからの相棒である鞭が手にされており、何があっても良いようにと周囲を警戒しながらスバルは前に前にと足を進める。

 

「────」

 

 途中、大きな風が近くを吹き抜けていき、あまりの風圧に吹き飛ばされそうになりながらもスバルはなんとか堪えて周囲の状況を確認する。

 もはや自分の体を確認するので精一杯な程に霧は濃くなり始め、周囲の状況すらまともに確認することができない。

 

 さすがにベアトリス達と距離が離れすぎては後々合流するのも大変だと思い返し、スバルが少し後ろに戻ると、こちら側に歩いて来ていたベアトリスの姿が見える。

 

「いたかしら?」

 

「ダメだ。そっちは?」

 

「見当たらなかったのよ」

 

「これ以上屋敷から離れると俺達も迷子になる可能性があるし、メィリィを連れて一回帰らないとまずいか」

 

 既にこの場所まで屋敷から直線距離でも30分以上離れた場所に来てしまっている。

 自分達まで遭難し二次被害を出すわけにもいかず、そんなことを提案したスバル。

 その提案に対してベアトリスは疑問の表情を浮かべていた。

 

「気持ちは分かるし俺だってもっと探したいけど、エミリアが屋敷の中にいる可能性だってあるだろ? 屋敷の外はメィリィに任せて、一旦戻って対策を練らないと」

 

 屋敷から飛び出したスバルはエミリアが屋敷の中に居ない前提で動いたが、後から考えてみればエミリアが屋敷の中にいる可能性だって十分あり得たのだ。

 冷静になったスバルの言葉を受けてもベアトリスの表情は変わらないどころか、余計に深刻なものに変わる。

 

 

「──違うかしら。()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ──────は?

 時が止まったような衝撃がスバルを襲い、それと同時に彼の脳は現状を正確に認識してしまう。

 自分の姿すらまともに分からないほどの霧、先程吹いた自然現象とは到底思えない強い風。

 それらすベてのことの説明を付けられる存在のことを、スバルはよく知っている。

 

「────ッ!!」

 

「──な、いったいどうしたかしら!?」

 

 とっさにスバルはベアトリスを抱えて屋敷の方へと向かって走りだした。

 スバルの行動がまるで理解できないのか目を点にしているベアトリスだったが、スバルの行動に対して抗うような対応を見せないのはこれまでの経験値がなせる技と言えるだろうか。

 

「白鯨だ! ここら辺にアイツが居る!!!」

 

 来た道を全速力で引き返すスバルは、ベアトリスの疑問に対してほとんど怒声にも近い声量で答えた。

 三大魔獣の一角であり、この世界において多数の人間を苦しめ続けてきた白鯨だ。

 かつてはスバルの協力の元クルシュ陣営によって打破され、フリューゲルの大樹と共に眠った最悪の害獣。

 この世界においてそれは未だ生存している災害であり、スバルとてその存在を忘れていたわけではないが、この場にそんな相手がいる意味が理解できずにほとんどパニック状態であった。

 

「クソッ! クソクソクソ!!!」

 

 悪態をつきながらスバルが急いでロズワール邸に向かうのは、この魔獣の飼い主が誰であるかを知っているからだ。

 白鯨を討伐し、怠惰すら下したスバルはかつてその男の所業が原因で己の手で首を掻き切った。

 この世界では絶対にもう一度それを引き起こさせるわけにはいかない。

 そんな決意を元に己のすべてをかけてスバルは走った。

 

 息は絶え、体中がもうやめてくれと痛みを訴えかけるが、それをスバルはまるで知らぬとばかりに走り切り、行きの時間から考えるととてつもない速さでロズワール邸にまで戻ってくることに成功した。

 霧はいつの間にやら引いており視界はクリアになっており、夕焼けが大地を赤く染めている。

 

 だがそんな日の紅さよりも鮮烈に地面を赤く染めているのは、燃え盛るロズワール邸そのものだった。

 

「そんな……ウソだろ」

 

 白鯨の襲来、そして屋敷への襲撃。

 それは明確にこの状況を創り出したのが魔女教徒であることをスバルに知らしめる。

 

 答え合わせとばかりに道を塞ぐようにして現れた魔女教徒達は、いつものように覆面を被り、顔すらまともに見せないでスバル達に向かって攻撃を仕掛けてきた。

 

「──エル・ミーニャ!」

 

 スバルの元に攻撃が届くよりも先にベアトリスの手によって紫の光が放たれると、魔女教徒達は一切の抵抗を許されずに無力化される。

 

「……数が多いかしら」

 

 だがベアトリスが排除した傍から魔女教徒達はどこからともなく現れ、スバル達を包囲するようにどんどんとその数を増やしていく。

 

 この場に留まっていることがスバルにとっては最悪の展開、一秒でも早く屋敷の中に入り情報を整理したいにも関わらず、魔女教徒達の数が減ることはない。

 

「ベア子、ちょっと無理して突っ込むぞ。いけるか?」

 

「愚問かしら。スバルは大船に乗ったつもりでいればいいのよ」

 

 覚悟を決め、スバルは突貫した。

 飛んでくる剣を避け、掴みかかろうとしてくる相手に蹴りを入れ、ボロボロの体でもまるで普段通りのように動きながら、スバルは魔女教徒達を突破してみせた。

 

 中庭にも火がつけられており、ところどころ火が燃え広がっており、魔女教徒達はスバルがやってくるのを待ち構えていたようにこちらに向かって走ってくる始末。

 

「いくらなんでも多過ぎんだろ」

 

「まともに戦ってたら持たないかしら」

 

 これがラインハルトやガーフィールであれば真正面から彼らを打ち破っていたのだろうが、スバルはそんな事を出来るだけの力もなければ時間的余裕もない。

 

 エミリアの部屋の開かれた窓、そこに目を付けたスバルは一瞬ベアトリスに目くばせをした後に彼女を片手で抱えると、思いっきり屋敷の外壁を蹴り飛ばした。

 

「──ムラク!!」

 

 ベアトリスがそれとほぼ同時に軽量化の魔法を唱えると、スバル達の体はまるで体重を失ったかのように軽やかに浮かび上がる。

 

「届けぇ──ッ!」

 

 とはいえ上がったのはせいぜい高さにして2階層分といったところだ。

 エミリアの部屋の窓には少し届かないが、スバルが鞭をしならせて窓にかけると、なんとか這い上がって二人は室内に入った。

 そのままの足で廊下に飛び出ると、明かりのついていない廊下はところどころ下の階から点いたであろう火によって照らされており、スバル達は戦闘音が聞こえる方向へと足を進めた。

 

 誰かが戦っているのであれば、その相手が誰なのかを知ることができるはず。

 何処に誰が居るのかを正確に把握するため、スバルは己の内側にある権能に意識を傾け、強欲の権能であるコル・レオニスを発動しようとしたその瞬間──

 

「スバル伏せるかしら!!」

 

 ベアトリスが叫ぶと同時に全身を震わせるほどの大きな爆発が巻き起こった。

 爆炎によって吹き飛ばされたスバルは周りがどうなったかどころか己の体がどうなったかすらも分からず、感覚のない体を無理やり起こそうとしてみるが、思ったように体は動かない。

 

 吹き飛んだのはスバルから見て3部屋程前の2階と3階の廊下であり、冷たい風が吹き飛ばされた外壁があった部分から流れ込んできている。

 

「べあ……とりす」

 

 ぼやけてまともに見えない視界に彼女の服がちらりと見えてスバルは手を伸ばす。

 這いずるようにしてベアトリスの傍まで近寄ると、大きな外傷は見えない彼女の姿が見て取れ、スバルはほっと一息を突く。

 意識はないようだが軽く頬を撫でると小さく声が漏れ出たので、生存確認には十分だった。

 

「誰が戦って……るんだ」

 

 攻撃手法に爆発が入ってくるという事は、先程の一撃はエキドナかロズワールのものと見て間違いないだろう。

 耳を澄ましても叫ぶような声やべちゃくちゃと話をする声が聞こえないので、憤怒や強欲が来ているようには思えない。

 

 どうにも体がだるくスバルが視界を腹部の方に降ろしてみると瓦礫がわき腹に深く突き刺さっており、血がぽたぽたと垂れ落ちながら周囲の肉を紫色に変色させている。

 傷口を認識した瞬間に腹部から痛みが這い上がってくるが、歯を食いしばって痛みをなんとか耐えていると、どさっと何かが落ちてくるのが耳に聞こえてスバルは背後を振り返った。

 

 日もすっかり落ち切り暗い廊下の中で、何かを引きずるような物音を立てながら徐々に近づいてくるものに対して目を凝らすと、距離が近くなっていくにつれてその全容があらわになっていく。

 食事をまともに取っていないのか浮き上がるあばら、まともに整えられておらず伸びきった長髪から見え隠れするのは、肉食獣のような歯が並ぶ口と獲物を捕らえた目。

 手に括りつけられた魔女教徒達がよく使っているナイフは血によって赤く染まっており、そんな彼の手の先には血まみれになったロズワールの姿が見える。

 

 暴食の大罪司教──ライ・バテンカイトス、その男はスバルを見て()()()()()()目つきで語りかけた。

 

「誰かと思えば……ボロ雑巾みたいになってる我らが英雄様じゃあないか」

 

 にっこりと笑みを携えロズワールを用済みだとばかりに投げ飛ばし、ライはいまだまともに体を動かせないスバルの目の前に立った。

 

「お前……もしかして……っっ!!」

 

「悲しいね。悲しいさ、悲しいとも。悲しすぎるからこそ! 暴飲! 暴食! 絶望に打ちひしがれるほど! それを乗り越えられる英雄様だと知っているからこそ!! その絶望がうまくなるってもんさ!」

 

 ライは叫んだ。

 動けぬスバルを前にして、それでも立ち上がってくれると信じているような表情で。

 

 笑みを浮かべ歯をカタカタと鳴らし、スバルの足を踏みしめながら誰よりも楽しそうな声で。

 

「ロズワール・L・メイザース辺境伯が使用人筆頭……今はただのひとりの愛しい人。──いずれ英雄となる我が最愛の人、ナツキ・スバルの介添え人、レム……だったかなァ? 未来から来たお兄さん」

 

 蟲が蠢いているのと同じかそれ以上に不快な笑い声をあげ、ライはスバルの前で己が誰を喰らったのかを笑って教えてみせた。

 レムの記憶を持っているからこそライはスバルに対して一切の油断をすることはない。

 

 だがベアトリスが動けず、今まともに話すこともできないスバルの体では、身を燃やし尽くすほどの怒りを言葉にすることしかできない。

 

「──ライ・バテンカイトスッッッッッ!!!!!」

 

「そんなにデカい声で叫ばなくてもさぁ聞こえてるよォ! この絶望的で! どうしようもなくて! つらくて! 怖い!」

 

 起き上がろうとすると血が噴き出す。

 脳が己の体の制御すらまともにできず、立つことすらできない状況。

 

 瀕死の重傷を無理に動かそうとしたことによってその体はさらに傷つき、もはや外部からの施しなしでは生きていられない領域にまで足を踏み入れる。

 そのことを自覚しながらも己の根性だけで立ち上がったスバル。

 息は荒く肩は上がり、目は血走りながらライによって砕かれた右腕にあらん限りの力を込める。

 

「立ち上がるんだね、さすがはボクの英雄! ボクたちの希望!!」

 

「……俺は、お前等なんかの希望にはならねぇ……他者を踏みにじって、権能の力で強くなった気でいるお前等みたいな……卑怯者の希望なんかには」

 

「アァン? もう一度聞いていいかな? ボク達がなんだって?」

 

 立ち上がろうとしたスバルの体にライの拳が叩き込まれた。

 ナイフは腹を割き、太ももを貫き、肩に食い込んだ。

 だがスバルは立つことをやめず、両手でライの頭部を掴んだ。

 

「なッ──何を!」

 

 何をするつもりだと警戒するライだが、スバルの体がもうあと数十秒も持たないことなど見ていれば分かるし、ここから彼がこの状況を打開することなどできるはずがないとレムの知識として知っている。

 

 なのにその彼の目線に込められた底の見えない殺意と、レムの記憶の奥底に深く根付いたスバルならばどんな状況でもなんとかしてくれるという信頼感がライの体を一瞬だけ硬直させた。

 

「お前は俺が絶対に倒す。首洗って待ってろよ、ライ。これは絶対だ、どこまで逃げても俺がお前を必ず倒す」

 

 ただの言葉だ、そこに力はない。

 だがライはスバルの言葉に己の死が確定したことを直感した。

 全ての生物が老いて死ぬように、そこに何事にも例外は存在しないように。

 ナツキ・スバルに狙われたから、己は死ぬのだとライは確信してしまった。

 

「──────―!!!!」

 

 半狂乱になりながらスバルの体にいくつもの風穴を開けるライ。

 どの一撃もナツキ・スバルの命を刈り取るには十分で、平常時ならばたった一発で確実に絶命させることができただろうと確信できる。

 だがライが最後の一発を放ちきるまでスバルの目から光は消えることはなく、半狂乱になったライがその場を後にして、ようやくスバルの息の根は完全に止まるのであった。

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