スバル「強くてニューゲー……これ本当に強い?」   作:空見大

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カサネル

「…………ほんとに君は嫌な奴だよ」

 

 まともに回らない頭をなんとか動かそうとしているスバルの耳に、パックのそんな言葉が聞こえてくる。

 眼前で掻き消えていくパックの姿を見送る事しかできず、スバルは一人、ベランダに取り残されていた。

 つい先ほどまで全身を苛んでいた肉を引き裂かれる激痛と暴食へのどす黒い殺意は、時間と共に急速に鳴りを潜めていき、強制的に冷静さを取り戻させられる。

 

(3日前……正確には4日前の夜か、前回に比べればまだマシだな)

 

 下手をすればメィリィの存在が消滅し、レムの記憶が食われた瞬間からのスタートになっていた可能性もある。

 実時間で言えば3日間の準備期間はスバルにとっては対策を練るのに十分な時間ではあるが、逆に言えばそれだけの時間が設けられる程今回の死に戻りの対策が難しい事を同時に証明していた。

 冷たく長い廊下を一人で走るスバルが目指した先はエキドナの執務室。

 時間帯が時間帯なので部屋にいるかは微妙な所であったが、近くまで差し掛かると部屋の明かりが微かではあるが廊下に漏れているのが目に留まる。

 重たい扉に手をかけ、ゆっくりと開け放つと何やら書類を書いているエキドナの姿が見えた。

 彼女は扉の音に反応して一瞬顔を上げ、来客者がスバルであることを確認する。

 

「珍しいね、こんな時間に君が来るとは。悪夢でも見たかい?」

 

「見たぜ悪夢。それもとびっきり最悪の奴をな」

 

「……またかい?」

 

 エキドナは書類から目線を上げ、スバルの瞳をジッと見つめる。

 その問いかけは王選の間でも行われたスバルの死に戻りの是非を問うものだ。

 悲しい表情をしながら問いかけてくるエキドナに対してスバルはただ首を縦に振ると、エキドナは書類を書いていた手を止めてスバルの元へとやってくる。

 

「なにを────」

 

 椅子に座って話し合いが始まるのだとばかり思っていたスバルはそんなエキドナの行動が理解できず体が固まるが、そんな彼の元まで歩くとエキドナは優しくスバルを抱きしめた。

 理解不能な彼女の行動に一体何を──そう言いたくなるが、エキドナはただ黙って強くスバルを抱きしめる。

 時間にして数十秒ほどだったろうか。

 エキドナはスバルの顔をチラリと見てスバルから離れる。

 

「詳しい話はいまから聞くけど、また君の目の前で誰かが死んだのだろう? 辛かったね」

 

「…………ありがとよ」

 

「ボクは君の()()()だからね。これくらいの事、友人関係なら世間一般的に見ても普通の行動だろう? さぁ、辛いだろうけどこちらで話を聞かせてくれたまえ」

 

 そんな事を言いながらエキドナはソファに腰を掛け、スバルは彼女に先程まで体験してきたことのあらまし全てを伝える。

 エミリアがこの3日間で完全に壊れてしまうことを。今回の敵は大罪司教の中でも特に面倒な者達だという事を。

 そして自分は敵が本当にライだけなのか確認することが出来ず、あの場を去ってしまった事を。

 

 ただただ事実を淡々と述べるスバルに対してエキドナは適度に相槌を打ちながら、時に先程までの怒りを思い出して震えるスバルに声をかけ、後悔の念を強く持つスバルに優しく言葉を投げかける。

 

「ある程度理解した。それにしても暴食の大罪司教と白鯨か……王選の間での出来事や前の世界での君の戦いを考慮に入れればロイも居ると見て間違いないだろうね」

 

「それどころか最悪の最悪はルイまで居た場合だ。まだ見てないから何とも言えないけど、あの子が居たら俺やベアトリスは抜きにしても、レムは絶対に戦えない」

 

 スバルは己が最も危惧していることについて淡々と語る。

 暴食の大罪司教は三人存在しており、スバルを殺したライ。同じ見た目をしているロイに、普段は表舞台に出てくる事は無いルイ。

 スバル達にとって暴食の大罪司教は様々な確執が存在する相手ではあるが、中でも最後に出てきたルイは様々な事があって最終的にはスバル達と行動を共にしていた存在でもあった。

 レムは共に行動していた時間という意味でも思い入れという意味でも記憶持ちの中で一番で、遅滞戦闘程度ならまだしも殺し合いとなればまずまともに戦えない。

 記憶を持っているからこその弊害。

 いつかのようにスバル自身が喰われればスバルの知るスピカに出来る可能性もあるが、リスクが高すぎる上に確証もないので踏み込むこともできない。

 

「そちらに関しては後手の対処しか無理だろうね。それよりもボクが気になるのは、どうやってこの屋敷に攻め入ってくる事ができたのかだ」

 

「どうやっても何も……普通に正面から来たんじゃないか?」

 

「無理だよ。以前君が襲われた一件以来、ここら辺の警戒レベルは王都の比じゃない。機密保持性や探知性能だけなら王城と比べても数段上だよ。屋敷の外はラムが、中に関してはボクとロズワール二人がかりのトラップが山のように仕込んである。少なくとも後手に回る事はないし、早期発見できてないとおかしいくらいだ」

 

 少々過剰にも思える防備だが、エキドナに言わせてみればこれで普通だ。

 そもそもこの屋敷にはいま未来の国王と王国の辺境伯、それに加えて帝国の皇帝までいる。

 万が一ですら認める訳にはいかず、防衛に細心の注意を払うのは当然と言えた。

 だからこそスバルが屋敷を出て戻ってくる30分間の間にレムから名前を奪い取り、ロズワールを倒した暴食の手腕を前にエキドナは小首を傾げる。

 

「たしか暴食の大罪司教は短距離の転移が使えたはずだ。それならどうだ?」

 

「正確な能力や効果が分からないので何とも言えないが、可能性の一つとして考える事は出来るだろうね」

 

「……情報が少ないか」

 

「キミが負い目を感じることではない。こうして襲撃を知れているだけでも大きな利点だよ。とりあえずクルシュ陣営とフェルト陣営に救援が来れないか、直ぐに早馬を出そう。正直間に合うか微妙なところだが、ないよりはあった方がいい」

 

 それからあれやこれやと対策を練るエキドナとスバル。

 小一時間くらいは話をしていただろうか。

 暴食の権能についての情報共有と、これまでスバルが戦った暴食との戦闘に加え死に戻りで得た彼らの情報。

 それらを全て逐一エキドナに説明し、時刻はすっかりと夜中になっていた。

 考えられることがあるなら今のうちに考えておくに越した事は無い。そんな考えから寝ずに会話をしていたスバル達の元に、一人の来訪者が現れる。

 

「ベア子、起きてきたのか?」

 

 先程のスバルと同じようにゆっくりと扉を開いた存在。それは寝巻を着込みお気に入りの枕を片手に少し眠そうな表情を浮かべているベアトリスの姿だ。

 いつもならばスバルが戻ってくる時間になっても一向に戻ってこず、一体何事なのかと思い探しに来たのだろう。

 あくびを押し殺し目元の涙を拭きながらほとんど閉じた目でベアトリスは声を出す。

 

「いつまでも帰ってこないから……ふぁあっ……探しに来たのよ。こんな時間にお母様と何をしているかしら」

 

 ベアトリスからの問いかけに対してエキドナはスバルの表情を伺う。

 きっと隠すつもりなら手伝ってくれるのだろう。

 エキドナからの視線にそういう意図を感じながらも、スバルは眠りこけそうになっているベアトリスの元まで歩いて向かい、膝を曲げて視線を同じ高さにする。

 不思議そうに見つめる大きな丸い目を前に、スバルは一呼吸おいてからゆっくりと声が震えないように口を開く。

 

「悪いベアトリス、問題が起きたんだ。暴食がやってくる。だからエキドナと対策を練ってたんだ」

 

 暴食という言葉にベアトリスの目が大きく見開かれる。

 エミリア陣営にとっての宿敵の一人、その名前が聞こえたのだから眠気など一瞬にして吹き飛ぶ。

 それと同時にスバルがなぜか敵の到来を知っているという事はつまりそう言う事なのだと理解し、ベアトリスは先程のエキドナのような悲しい表情を浮かべる。

 一瞬口を開き、躊躇いつつも彼女が口にした最初の言葉はスバルに対しての感謝の言葉だった。

 

「ありがとうなのよ。ベティにも教えてくれて」

 

「当り前だろ。約束、したもんな」

 

 スバルはベアトリスに死に戻りがバレた時、もし死に戻りをしたならその事実を隠さない事を約束している。

 契約ではなく口約束で、破ったところで何にもない事は理解していながらも、それをスバルが律儀に守るのは彼女に対しての誠意の表れだ。

 それをベアトリスも分かっているからこそ、嬉しそうににっこりと笑みを浮かべる。

 とは言えここで二人腰を落ち着けて話し合いをする時間は、残念ながら存在していなかった。

 

「詳しい話はボクからベアトリスに共有しよう。キミはまだ行く場所があるだろう?」

 

 エキドナがそんな事を口にする。

 その理由はこの屋敷に起きてスバルの死に戻りを知る人間がまだ一人いるからだ。

 

「……アベルのところかしら」

 

「そういうこと。アイツの知恵も借りたいし、ラインハルトの救援が間に合うか分からないけど逃すならいましかないしな」

 

「分かったのよ。くれぐれも無茶はしないように気をつけるかしら」

 

「正念場までまだまだあるんだ。無茶はしねぇよ」

 

 そうしてスバルはアベルの自室に向かい、事のあらましを説明する。

 寝ている所を起こされても不機嫌さを見せなかったのは、スバルが来訪した時点で死に戻りを薄々感じ取っていたからか。

 さすがに大罪司教が関わってくるとなると見逃すこともできなかったのか、グルービーが会話に割って入ったりと多少の問題は起きたものの無事情報共有は終了。

 アベル側から帝国に戻るにも現状アラキアの帰還を待つ必要があり、それがおそらく4日後であること。

 帝国としても暴食の大罪司教討伐は叶えておきたい急務であるため、戦略としてグルービーが貸し出されることとなった。

 九神将が一人でも戦力に加える事ができればどれほど楽になるか、それをスバルは経験として実感している。

 

「悪いなアベル」

 

「そう思うならさ

っさとあの小娘をどうにかしろ」

 

 そうして次の日。

 エミリアは同じように部屋の中に篭り、その間にスバルは他の面々に暴食の大罪司教についての情報共有を行う。

 レムは暴食の名を聞いて表情を曇らせていたが、それもほんのひと時の事。

 屋敷の中はいつにもなく慌しい様相を呈しており、こうなると時間というのはあっという間に過ぎ去っていく。

 初日が終わり、エミリアがいつも通り屋敷の外に出てくれば事前の打ち合わせ通りいつものような態度で接する他の面々。

 以前と違うのはエミリアを監視するように常に誰かがその傍に寄り添っている事だろうか。

 普通ならば違和感を覚えるような配置でも常にパックと共にいて人と同じ空間に慣れているエミリアはその事を特に気に留める様子もなく、前回と同じく壊れていないふりをしながら精一杯に努力を重ねていた。

 

「──ってことが有ってさ、あんときはさすがにヤバかったかな」

 

「ふふっ。スバルったらいっつもムリするんだから」

 

 当然中でもスバルはもっとも長い間エミリアと時間を共にし、前回の世界で自分が経験してきた様々な話を脚色しながらエミリアに語る。

 最初は興味を持たれるか不安だったが、エミリアはスバルの話に今までにないくらい興味を示し、スバルはエミリアからの要望に応えるように夜通し語りつくした。

 その甲斐あってかスバルから見てエミリアの精神状態は以前に比べて少しはましになったようで、三日目の昼を過ぎてもエミリアはいた。

 白鯨が来るのは夕方。それまでに村の人間を屋敷の中に避難させ、フレデリカにエミリアを任せると、敵がどこから来ても良いように中庭でスバル達は待機する。

 ベアトリス、メィリィ、スバルにレムと少なくとも白鯨か暴食のどちらか片方だけであれば問題なく対処できるだけの戦力を待機させ、エキドナとラムにはさらに警戒を厚くしてもらう。

 もしかすればこの周回で無事に攻略できるのかと──そう勘違いしてしまった。

 

「お兄さんさぁ! 惨めで哀れだねぇ!!」

 

 燃え盛るロズワール邸。

 血だらけの体でまともに回らない頭に響くのは、ロイ・バテンカイトスの声。

 白鯨や暴食がいつ襲ってくるものかと気を張っていたスバルをあざ笑うように、夕刻になると屋敷の一角がものの見事に吹き飛んだ。

 そこには村の人間が避難するために作られた避難所があり、あっという間に屋敷は地獄絵図へと変わった。

 時間差で襲ってきた白鯨と魔女教徒に加え、森の中から響き渡るカチカチと歯を当てるような音。

 いまだ戦う音が聞こえ、スバルは少しでも情報を手に入れるために立ち上がり──

 

 

 …………………………

 

 ナツキ・スバルはいくつもの死を体験する。

 ──村人の中に暴食が紛れ込んでいることに気が付き、屋敷の中で分散して配置したまでは良かった。だが屋敷正面側から突っ込んできた白鯨に崩され、あっけなく死亡。

 

(質量対策が足りてなかった。単純に火力が足りてない……っ)

 

 ──白鯨の対策としてエキドナとロズワールを屋敷の外に配置し、長期間変身できない暴食の対策として初日から村人を屋敷に招き入れたところエミリアが精神的に不安定になり失踪。捜索中にライと遭遇し死亡。

 

(精神が参ってる時にいきなり見知らぬ人間が沢山来たらそうなるのも当然か……)

 

 ──スバルが真っ先に王都に向かいクルシュとフェルトの両陣営に協力を依頼したものの、クルシュ陣営は移動を踏まえてもどうしても2日以上かかりラインハルトは王都から動く事を許可されず、なんとか帰宅したころにはロズワール邸は炎上。スバルは己の首を掻き切って死亡。

 

(…………元から間に合うか分からなかった援軍だ。期待するな、ナツキ・スバル)

 

 ──禁書庫に立てこもる作戦を計画し屋敷の人間を全員禁書庫に入れ、村の人間を一人避難させるスバル。しかし道中村の人間に名前を呼ばれたことで暴食に名前が割れ、名前を奪われた挙句白鯨に襲われている屋敷を救うために戻ったところ敵と勘違いされ死亡。

 

(…………………………次だ)

 

 ──ライを単身で相手にするために権能の過剰使用を行い、なんとか当日を乗り切ることは出来た物の死亡。

 

(……………………………………………………ぁ)

 

 ──死を、死を。いくつもの死をスバルはカサネル。

 

 何度も何度もナツキ・スバルはやり直す。

 気が付けばまた──スバルはベランダに立っていた。

 

 スバルはふらふらと立ち上がり、死の痛みを忘れるために屋敷の中を一人で歩く。

 本当ならば今すぐにでもエキドナの元に向かわなければいけない事を理解しつつも、考え付いたほとんどすべての対策が封じられたショックから無意識で屋敷の中を歩いていたスバル。

 誰もいないはずの夜の調理場。そんな場所にスバルが足を運ぶと、何やら明かりがついているのが目に留まる。

 

 まるで部屋の中にいるのを隠すようにか細い光は時折陰に遮られており、室内に誰かがいることを証明していた。

 一体だれが? まさか暴食が既に屋敷の中に? そんな事を思いながら調理場を覗き込んだスバルの視線の先には何やら頬張っている金色の髪をしたメイドが立っていた。

 

「……フレデリカ?」

 

「まぁ!」

 

 誰にも見られていないと思っていたのだろう。

 スバルに声をかけて驚いたフレデリカは口元を抑えて飛び上がり、咄嗟に振り返るとせき込んで近くにあった飲み物を急いで手に取る。

 

「ごほっ、ごほっ。スバル様でしたか、こんな時間にどうされたんですか?」

 

「どうされたって……フレデリカこそこんな時間に間食か?」

 

「乙女の秘密を覗き見るなんて意地悪ですよスバル様」

 

 そんな事を言いながらサッとフレデリカが後ろ手で隠したのはお菓子だ。

 王都で誰かが買ってきたお土産かとでも思っていたスバルだったが、そのお菓子が乗せられた皿がスバルがエミリアの部屋に持って行ったものであることに気が付く。

 どうやらエミリアが食べずに残したものを捨てるのももったいないからと、こうして夜食代わりに食べていたようである。

 後ろ手で隠したのはスバルにその事が知られると心に負担がかかると思ってのことだろう。

 

「ごめん、悪かったよ…………なぁ、紅茶入れるから少し話しないか?」

 

「あら、素敵なお誘いですわね。ではご相伴にあずからせていただきますわ」

 

 そんなやり取りをしてスバルはフレデリカと調理場にある机を挟んで座る。

 紅茶を入れている間に手元にあった菓子は全て食べきったらしいフレデリカ。そんな彼女の前にはスバルが淹れたばかりの紅茶が湯気を立てて置かれている。

 紅茶を口の中に入れながらスバルは己の胸の内で渦巻く焦燥感を前に落ち着きのなさを感じつつ、それではいけないと大きく深呼吸をすると鼻の奥から紅茶の香りが抜けていく。

 沈黙が場を包み、何を話せばいいものかと言葉に詰まる二人。

 そんな状況を打ち破ったのはスバルではなくフレデリカだった。

 

「……スバル様。私の持っている()()()()()の話をしてもよろしいでしょうか」

 

 フレデリカは語り始める。

 ゆっくりと優しい声音で、スバルが後回しにしていた出来事を。

 死をカサネてきたスバルを前に。

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