スバル「強くてニューゲー……これ本当に強い?」   作:空見大

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いずれまた、友と呼ばれるために

 ──突然、スバルの目の前でビチャビチャと嫌な音を立てながら、腹の中身を吐き出したオットー。

 その目が見据えているのは他でもないスバルであり、なぜ彼が吐き出したのか理解できずに心配からスバルは一歩前に踏み出した。

 

 だがそんなスバルに合わせるようにしてオットーは一歩後ろへと引き下がると、吐き気は少し収まったようだがそれでも酷い顔色でスバルの方を見ている。

 自分も何度かなったことがあるので、スバルは目の前のオットーがどういう状況なのかを反射的に理解してしまった。

 

 だがスバルの中で出てしまった結論は──それは死に戻りをしたスバルだからこそ覚えた恐怖だ。

 オットーがそんな感情になる理屈も理解できなかったし、ましてやそれが自分に向けられることがスバルにはどうしても分からなかった。

 そんなスバルの横でベアトリスが鋭い目線をオットーに向ける。

 

「悪いものでも食べたかしら。いくらスバルの顔が怖いからって出合い頭に吐くのは気分がいいものじゃないのよ」

 

「ベア子さん評価が辛辣ぅ! ……っていうか本格的に不味そうだな、大丈夫かオットー」

 

 未だに吐き気も震えも止まる気配を見せないオットーを前に、近寄る事はせずに声をかけるスバル。

 心配そうに自分を見つめてくるスバルに対して怯えながらもゆっくりと目線を合わせたオットーは、それで何かに気が付いたのかハッとした表情を見せると唇を震わせながらゆっくりと声を出す。

 

「……ナツキさん?」

 

 振り絞ったような声は掠れていて少し聞き取りずらかったが、スバルが何より彼から発せられるのを待っていた言葉だ。

 聞き漏らす事は無い。

 辛そうな彼を前に笑って見せるのもどこか違う気がして、安心と心配がないまぜになったような何ともおかしな表情を浮かべながらスバルは彼の言葉に答える。

 

「黒髪ツリ目で俺みたいに人相の悪い奴がそんなにあっちこっちにいたってのかよ、オットー」

 

 自分で言うのもなんだけどな。

 そんな風に言葉を並べ立てると、ほんの一瞬だけオットーが笑顔を浮かべる。

 だがそんな状態もほんの一瞬の事。

 再び胃の内容物が逆流しあまりの負担に耐えられなくなった彼の体と精神は、気絶という形で一旦の幕を下ろすのであった。

 

 ▽△▽△▽△▽△▽△

 

 意識が浮上すると同時に、鼻腔をくすぐったのは微かな土と汗、そして日干しされたリネンの匂いだった。

 オットー・スーウェンにとって、それは妙に馴染みのある、そして今もっとも嗅ぎたくなかった相手の生活臭だ。

 

 ぼんやりと見上げた天井の木目。自分が寝かされているのが、ナツキ・スバルが病床として使っていた部屋のベッドであることを理解するのと、扉がコンコンと叩かれたのはほぼ同時だった。

 

「オットー様、入ってもよろしいでしょうか?」

 

「あ、はい……フレデリカさんでしたか。どうぞ」

 

「失礼します」

 

 扉越しに聞こえた理知的な声に、オットーは無意識に強張っていた肩の力を抜く。

 スバルを見て気絶するという失態を演じた後だ。

 

 やってきたのが常識人代表のようなフレデリカであったことに心底安堵し、オットーは彼女を招き入れた。

 だが、その安堵は一瞬で凍り付くことになる。

 

「────」

 

 恭しく一礼して入室するフレデリカ。

 その背後から、音もなく滑り込んできた青い髪の少女の姿を認めた瞬間、オットーの商人としての防衛本能が警鐘を鳴らす。

 

 少女はオットーと目が合うと、愛らしい顔に似つかわしくない、底知れない笑みをにっこりと浮かべた。

 敵意はない。だが、その目は明らかに普通ではなかった。

 

 オットーが警戒心を強めて身を引くが、少女──メィリィはそんな視線を気にした様子もなく、フレデリカと一緒に近くの椅子へ当然のように腰を下ろした。

 さらに、バタンと扉が再び開き、豪奢なドレスを纏った幼女が不機嫌そうに入室してくる。

 

「まったく、狭苦しい部屋なのよ」

 

 ベアトリスだ。

 ベッドの周りに三人の女性陣が集結し、狭い病室の人口密度が一気に跳ね上がる。

 物理的にも精神的にも圧迫感が増す中、オットーは引きつった笑みを浮かべて問いかけた。

 

「あの、ベアトリス様、そちらの方は……?」

 

「あらあ、お兄さんは私のことおぼえていないのかしらあ?」

 

 小首をかしげるメィリィ。

 その無邪気さと裏腹な不気味さに、オットーはたじたじとなる。

 

「す、すいません。どこかでお会いしましたか?」

 

 思わず声が上ずる。メィリィはそれ以上言葉を継がず、ただ自分を知らないオットーという珍獣を観察するように、興味深そうな視線を向けてくるだけだ。

 その沈黙を破るように、フレデリカが淡々と本題を切り出した。

 

「オットー様は記憶があると伺っています。どこまでを覚えていますか? もしくは何を覚えていらっしゃいますか?」

 

「…………」

 

 フレデリカの言葉にオットーは少し顔を顰めた。

 だがここで話をしないのも不誠実であることは理解しており、己の中で気持ちに整理をつけながらゆっくりと言葉を並べる。

 

「……僕が覚えているのは聖域のことまでです。そこから先の記憶はあまりありません」

 

「なら聖域での出来事について、時系列順に話をしてみて欲しいかしら」

 

 ベアトリスに促され、オットーは素直に自分の記憶の澱を掬い上げ、言葉にしていく。

 ロズワール邸での戦い、聖域での試練、そしてスバルの騎士叙任。

 そこに間違いはない。

 だが、水門都市プリステラへ向かう招待状が届き、旅支度を始めた直後──そこでオットーの意識は突如として唐突な闇に覆われたのだ。

 

「目が覚めたら一人で行商人をやっていた頃に戻ったので、全部夢だったのかと思いましたよ……」

 

「随分と変な所から戻ってきたのよ」

 

「変な所というと、他の方は違うんですか?」

 

 オットーの疑問に、ベアトリスは小さな指を立てて数え上げる。

 

「今のところ記憶ありで戻ってきたのは、分かっているだけでオマエを含めて七名。スバル、ベティ、レムにそこのメィリィ、フレデリカと最後にアベルなのよ。この中で最後の記憶が違うのはオマエとフレデリカだけかしら」

 

「アベルさん? ……がどなたか存じませんが、意外と多いですね」

 

 自分だけが狂ってしまったわけではない。その事実に安堵しつつも、オットーは提示された情報の違和感に首を捻った。

 記憶の終点が違う? 

 共通する記憶を持っている面々のことも気になるが、一際オットーの意識を引いたのはフレデリカだ。

 

「フレデリカさんは、最後にどんな記憶を?」

 

 オットーは、ベッドの脇に控えるメイドへと視線を向ける。

 彼女もまた、自分と同じように途中で終わっているというのなら、そこに何か共通点があるのかもしれない。

 焦燥にも似た感情が、オットーの心を突き動かしていた。

 

「…………あまり聞いても、面白い話ではありませんわ。私は他の方と記憶が……生きていた世界が、違うようですから」

 

 問いかけに対し、フレデリカは躊躇いがちに言葉を濁す。

 その歯切れの悪さに、オットーの顔に暗い影が差した。彼女が言い淀む理由。

 それは単なる悲劇だからというだけではない、もっと根本的なズレを含んでいるように感じられたからだ。

 

「教えてください。どんな世界から来たんですか? ナツキさんは、そこでどうなっていたんですか!」

 

 居ても立っても居られず、オットーは身を乗り出した。

 急激な動作に、身体の節々が軋み、鋭い痛みが走る。

 よろめき、顔をしかめるオットーを、ベアトリスが小さな手で制した。

 

「オットー、落ち着くかしら」

 

「っ、すいません……柄にもなく大声を出して。……それで、どうなったんですか?」

 

 荒くなった息を整え、それでも縋るような視線を外さない。

 その熱意に観念したのか、フレデリカは静かに、けれど決定的な事実を口にした。

 

「あちらでのスバル様は、エミリア様の騎士として、ご自分に出来る事を最大限為されていました。……ですが」

 

「ですが?」

 

「お二人は、互いだけを求め合う……言わば、共依存のような形になっておりました。そしてオットー様は、自分はもういらなくなったからと、屋敷から姿を消されたのです」

 

「────」

 

 ドサリ、とオットーの背中がベッドに沈む。

 焦点の合わない目で、オットーは呆然と天井の染みを眺めていた。

 

(……ナツキさんにとっていらなくなったから、消えた?)

 

 その言葉が、鋭利な刃物となってオットーの胸を抉る。

 己がそんな言葉を口にする訳がないと思いたかったが、彼女がわざわざ嘘をつく様にも思えなかった。

 

 そして同時に、彼は理解してしまう。

 ナツキ・スバルという存在がどれほどの危うさを抱えているのか。そして、自分が知っている友人としてのスバルが、どれほど奇跡的なバランスの上に成り立っていたのかを。

 おそらく、フレデリカが語った世界も、スバルが道を踏み外し、損なわれてしまった果てなのだ。

 

 苛立ちが、オットーの全身を駆け巡る。

 かつてロズワール邸で感じた無力感よりも遥かに強く、救えなかった未来を知ってしまったからこそ、その憤りは熱を帯びて内側を焼く。

 

「そうですか。……分かりました、ありがとうございます」

 

 礼を言う声は、中身が抜け落ちたように虚ろだった。

 自分がこの世界で何を為すべきなのか、なぜここに自分は居るのか、まるで分からない。

 だが、少なくともスバルが道を踏み外した世界に戻ってきたわけではなさそうだという事実だけが、今のオットーにとって唯一の救いだった。

 

(何が原因かは分かりませんが……ナツキさんが壊れた結果を、これで僕は二つ知ってしまった)

 

 一つはフレデリカの語る世界。もう一つは、おそらく自分自身が直面したであろう破滅。

 けれど、先ほどロズワール邸の跡地で向けられた、あの屈託のない笑顔。

 あれは間違いなく、自分が知っている、まだ壊れていない友人のナツキ・スバルのものだ。

 

 だとするならば、オットー・スーウェンが為すべきことは決まっている。

 己が何をしなければならないか、その役割を正確に理解した。

 

(ナツキさんは絶対に、二度とあんな風にはさせない)

 

 それこそが、情けなくも気絶し、あまつさえ友人を見捨ててしまった自分が出来る、最大限の贖罪なのだから。

 

「正直、フレデリカの話は分からないことも多いかしら。……あまり深追いするのはやめておくのよ。きっと、誰にとってもいい結末にはならないのよ」

 

 オットーが秘めた決意を悟ったのか、あるいはその表情があまりに悲壮だったからか。

 ベアトリスが釘を刺すように、けれど気遣わしげに話題を区切った。

 これ以上、互いの傷をほじくり返す様な行為を続けるのは得策ではない。

 少女の賢明な判断に、オットーも深く頷く。

 

「……そうですね。過ぎたことを悔やんでも始まりません」

 

 オットーは努めて明るく振る舞い、意識を過去から現在へと切り替えた。

 気にかかることは山積みだ。特に、自分が発見された場所──全焼したロズワール邸の惨状については。

 

「ところで、屋敷を襲った怠惰はもう退けたんですか? あそこまで派手に燃えているとなると、相当な激戦だったようですが」

 

 記憶を取り戻してから動き出すまで、所用で少し行動が遅れてしまったのもあって今の時期はちょうど本来なら聖域にいたからだとオットーは記憶している。

 ただ旅の道中で王城襲撃についての噂は耳にしていたので、その兼ね合いで怠惰の襲来が後ろ倒しになったのだとしたら納得もいく。

 だがオットーの疑問に対してメィリィが答えたのは、頭の痛くなる様な現実だった。

 

「襲ってきたのは暴食よお。ついでに白鯨と大兎も来て、もう大変だったんだからあ」

 

「は……?」

 

 横合いから口を挟んだメィリィの言葉に、オットーの思考が停止する。

 ボウショク? ハクゲイ? オウウサギ? 

 聞き覚えのある、しかし決して同時に並んではいけない単語の羅列。

 一体でもどうしようもないほどの絶望が、そんなにすぐにやってくるなどあって良いはずがない。

 

「ぼ、僕がいない間にどうやったらそんな大参事になるんですか!? 三大魔獣が二体も? それに大罪司教まで!? もしかしてさっき聞いた王城の一件も、やっぱりナツキさんが噛んでるんです──痛っ!?」

 

 あまりの事態にベッドの上で飛び跳ねたオットーを、鋭い痛みが襲った。

 全身の筋肉が悲鳴を上げ、情けない声を上げてのたうち回る。

 先ほど注意されたばかりだというのに暴れてしまったのは、それだけ今回の出来事の衝撃が大きいからに他ならない。

 

「騒ぐと傷口が開きますわよ、オットー様」

 

「王城襲撃だけでも驚いたのに、そこに『暴食』まで来たなんて言われたら騒ぎますよ! ……っ、それで、暴食の被害者は?」

 

 フレデリカに窘められながらも、オットーは脂汗を浮かべて食い下がった。

 ──暴食。

 その権能の恐ろしさを、オットーはそれなりに理解していた。

 記憶を食われ、名前を食われ、世界から忘れ去られる恐怖。

 大切な友人や家族にすら己が誰であったかを覚えていてもらえないのは、きっと死ぬよりも辛い事だ。

 だが幸いにもベアトリスはオットーの問いかけに対して首を横に振るった。

 

「いないのよ。レムも今回は記憶を奪われなかったかしら」

 

「……そうですか。それは、本当に良かったです」

 

 そんな彼女の言葉に、オットーは全身の力が抜けるほどの安堵を吐き出した。

 誰も忘れられていない。誰も、自分自身を見失っていない。

 この世界線は、まだ何も失われていないのだ。

 

「ひとまずはゆっくりするのよ。スバルも、きっと後でお見舞いに来るかしら」

 

「そうですか。……ええ、そうですね」

 

 スバルが来る。

 その事実に、オットーの心臓が早鐘を打つ。

 会いたい気持ちと、合わせる顔がないという引け目。

 そして何より、今の自分が友達として彼と正しく向き合えるかという不安。

 だが、逃げるわけにはいかない。

 

「僕はここでゆっくり寝ているので、いつでもどうぞとナツキさんに言っておいてください」

 

「……分かったかしら」

 

 ベアトリスはオットーの複雑な表情を一瞥し、それ以上何も言わずに頷く。

 そこに込められた様々な思いは想像することはできるが、言葉にされない限りは互いに不可侵のものである。

 退出する三人の背中を見送った、オットーは静かに震える手を握りしめるのだった。




区切りがいいのでここまでで。
24か25日に更新したいですね。
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