「さて、やってきたは良いけどラインハルトさんはどこにいらっしゃるのでしょーか」
場所は変わって王都中央広場から少し行ったところ。
騎士達が集う詰所ならラインハルトがいるか、いなくても何らかの情報があるだろうとの思いから赴いたスバル。
そんなスバルを見て門番をやっていた騎士が前にやってきた。
「──止まれ。どのような用事だ?」
「人探しをしておりまして、結構あっちこっち見て回ったんですけどどこにもいなくてですね? そこで市民の味方! 愛すべき英雄様、ラインハルトさんにお手伝いしていただけないかなと」
「人探しか? 剣聖様は暇じゃないんだぞ。それにその様子だと小さな子供とかではないのだろう?」
「迷子っちゃ迷子だし、ちっちゃい子っちゃあちっちゃい子なんですけどね……」
探しているのはフェルトで、必要なのは徽章だ。
そのあたりをちゃんと正直に話せば──なぜスバルがその事を知っているのかを抜きにすればだが──騎士団を動かすことは可能だろう。
だがそれをしてしまうとただでさえ立場の悪かったこの時期のエミリア陣営に悪い噂を立ててしまうし、ラインハルトがフェルトの従者にならない可能性があるのは大変不味い。
そこら辺の騎士を口八丁で連れて行ってなんとかなる相手ならばいいのだが、経験上エルザを相手にして全員絶対無事だと断言できるのはラインハルトやセシルス、ハリベルといった各国の主力級だけだとスバルは理解していた。
だからこそ何とかしてラインハルトを引き出したいのだが──
「とにかく、事情はよく分からんが剣聖様はいま外している。どうしても用事があるのなら伝言はしておくが」
帰ってきた言葉は剣聖の外出という最悪の事態。
いままでの死に戻りではなかった、前提条件が変わっているという“変化”。
正直予想していなかったわけではないが、それでも最大戦力に期待ができなくなったのはかなり痛い。
「そっか……じゃあぜひお願いします! 基本的に大通りで探す予定だから何かあったら声かけてくれれば──」
「──何か困り事かい?」
これからどうするべきか。
そう考えを巡らせていたスバルの耳に聞き慣れた声が聞こえてくる。
この状態において最も必要だった人員であり、そしていまのスバルが会うのを躊躇する人材。
「ユリウスさん。巡回お疲れ様です」
「ああ、ありがとう。それで、この少年は?」
ユリウス・ユークリウス。
アナスタシア・ホーシンの一の騎士にして、最優の騎士と呼ばれる騎士の中の騎士。
状況を考えれば最適に近い人材ではあるだろうが、同時に説得がかなり難しい人物であることも間違いない。
一体どうするべきか──最悪の場合、自分一人だけでエミリアを救うことまで考えなければならない。
そうして思考を巡らせていると、ユリウスが怪訝そうな瞳を自分に向けていることにスバルは気がつく。
問いかけられた言葉に対して考え込んだような表情を浮かべたままフリーズしていたのだから、そのような表情をされるのも仕方がない。
スバルは焦って取り繕うように言葉を紡ぐ。
「あ、ああ俺? 一瞬誰のことを言ってるのか分かんなくなったよ、こう見えても俺は17歳だ」
「こら、そんな口の聞き方をするな。人探しをしていたようなので相手をしていましたが、なにやらラインハルトさんに用があるらしく……」
「ラインハルトに? ──ふむ、そうか」
なにやらある程度かいつまんではいるようだが、話を聞いているらしいユリウス。
時折こちらに視線を向ける素振りは、やたらと絵になる画角だ。
やっぱりイケメンは何やっててもカッコよく見えるんだなぁ、なんてことを考えていると、再びユリウスから言葉が投げかけられる。
「探している子供について詳しく聞いても?」
「…………金髪ショートの、小柄で年齢は14歳そこらの女の子だ。探してる理由は俺の大切なものを取られたからで、剣聖を指名した理由はその女の子がとんでもなく足が速いから」
「窃盗事件か。なぜそう最初に言わなかった?」
「自分よりさらに年齢低い子に大事なもんパクられましたなんて恥ずかしくて言えなかったんですよ、見栄っ張りで申し訳ありませんでした!」
「謝る必要はないだろう、騎士ならばまだしもキミは一般市民だ。そういうこともある」
納得したように首を縦に振る騎士二人。
ルグニカ王国がそういった場所だということはもはや理解しているスバルだが、それにしたって高潔で優しい騎士様二人。
つい先日までは自分もそっち側だったんだよと言いたかったスバルだが、実際戦闘能力その他を踏まえて考えても前から今とそんなに変わっていなかった気もする。
照れからくる怒りを持って睨みつけるスバルだが、ユリウスはそんなことを気にしていないどころか、驚きの言葉を口にした。
「分かった、では私が君のその人探しを手伝おう」
「なっ!? ──アンタ最優の騎士様だろ? 俺なんかの相手してていいのかよ」
反射的に同行を拒否したのは、未だに残っているユリウスに対しての反発心からか。
冷静に考えればユリウスという戦力は見逃せない大切なものなのだが、反射的に口をついて出た言葉にスバルは自分でも驚いていた。
だがユリウスはまたもやそんなスバルを無視して言葉を続ける。
「剣聖を指名した人物の発する言葉とは思えないほど謙虚だね。彼に比べれば劣る部分もあるだろうが、それでも精一杯勤めは果たすつもりだ」
「良かったじゃないか、ユリウスさんに手伝ってもらえるなら事件は解決したも同然だ」
「……そりゃあ嬉しいですね。大船に乗った気持ちでいますよ、ユリウスさん」
一体目の前の騎士は何を考えているのか。
初めて会った時の彼のことを思えば、スバルのことを怪しむことはあっても積極的に付いてくることはなかったはず。
ラインハルトがいなくなったこともそうだが、ユリウスの性格にも何か影響が出ているのだろうか。
そんなことを考えながらもスバルはユリウスに対して、渋々ながら手を差し伸べる。
お願いをする立場で、自分にはできないことをできる男だと知っているからこそ、スバルは敬意を払う。
「ああ、任せてくれ。騎士として、最大限努力しよう」
そうして笑顔を浮かべるユリウスの姿は、いままで見たどんな時よりも輝いて見えた。
▽△
「──それで、君の名前はなんと言うのだ?」
どうやら私の名前は知られているようだが──とユリウスの言葉が続く。
詰所から離れて既に5分ほどだろうか。
わざわざ距離を取ってから話を切り出してきたのは、騎士様なりの心遣いなのだろう。
「俺の名前はナツキ・スバル。天涯孤独の無一文で、最後に残されたアイテムはこの昼飯だけだ」
「苦労しているのだな」
「下手に同情されると余計傷つくんだけど!?」
コンビニ袋を引っ提げたスバルに対して向けるユリウスの視線は本物の同情。
思い返してみれば良いところの出である彼からすれば、全財産が袋一つは確かに可哀想な状況なのかもしれない。
言い返してやりたさもありつつ、ここで無駄に時間を使うわけにはいかないと判断してスバルは喉元まで出かかった言葉を抑え込んだ。
「……じゃあユリウスさん、まずは大通りの捜索から始めるってことでいいか?」
「──いや、それには及ばないだろう」
迷子探しの手伝いなのだから、いきなり貧民街に向かうのもおかしいだろう。
そう判断したからこそのスバルの提案に対し、ユリウスは表情を変えずその提案を拒否する。
「キミはラインハルトをわざわざ指名した。それはどこにあるのかは分かっていて、そこに何か危険なものがあるから実力者を呼ぶためにそうしたのだと私は判断したが、違ったかい?」
射抜く視線はこちらの心の内を見透かしているような錯覚を覚えさせる。
下手にウソをつけば状況が悪くなるのは目に見えており、一瞬考えた後にスバルは正直に話すことを決めた。
「…………正解も正解、大正解だよ。お手上げだ」
「先ほどの君は物を取られたにしては随分と落ち着いていた。それでも納得してしまうほどの真実味がキミにはあったが……話が上手なんだな」
「そらどうも。だけどな、ぶっちゃけるとユリウスさん。俺は今回アンタだけだとキツイんじゃないかと思ってる」
スバルの言葉に対してユリウスは少しだけ不機嫌そうな表情を見せる。
実力もまともに見せたことのない相手から、お前では力不足だと言われれば思うところがあって当然だろう。
だが続いてスバルが出した名前に少し動揺したような表情を見せた。
「なんせ相手は王都で噂の腸狩りだ」
「ふむ、なるほど。泥棒騒ぎがなぜそこに繋がるのかは措いておくとして、本当にソレが相手なら確かにどうなるかは未知数だ」
この時期の王都でエルザはその殺しの技術を遺憾なく発揮し、死者を量産していた。
ロズワールが命じてやっていたとは考え難いので、おそらくは依頼が来るまで本人の意思で時間を潰していただけだろう。
吐き気を催すほどの邪悪だが、その邪悪さがこと今回に至っては説得力を持たせる。
「アンタが優秀な騎士だってことは理解しているけど、確実に勝てるだけの戦力は用意したい。たとえば治癒術師とかアンタと同じくらい強い人とか」
「結論から言えばそれは無理だ。おそらくフェリスや団長を期待しているのだろうが、昨今の王都の情勢や王選があることを考えると、そこまで大規模に動くことはできない」
「そうだよなぁ」
王族の大量死から始まり王都の治安悪化、王選の開始を前にして行われている権力争い等々。
腸狩りという猟奇殺人者が半ば放置されてしまっているのは、それ以上に現在の王都の状況が極端に悪化しているからにほかならない。
ユリウスが今日たまたま出勤日で、たまたま手持ちの事件が無かったからこうして付いてきていられているが、実際この状況ですらよほどの幸運であることを理解しなければならないだろう。
無いのならないなりに、工夫を重ねてどうにかするしかない。
それがナツキ・スバルのやり方だ。
「……改めて、いきなりの平日に超ド級の危険任務に巻き込むことになるが、受けてくれるか?」
「それに関しては無用な心配だよスバル。私は騎士として、この国に仕える者として、脅威から目を逸らすつもりはない」
どこまでもまっすぐ騎士であるユリウス・ユークリウス。
だからこそ彼は剣聖ラインハルトを含めても、最優の騎士と呼ばれるだけの品格と立場を持つのだろう。
その精神性はいつどこで見たってナツキ・スバルの心を大きく揺さぶる。
あまりにもカッコいいその生き方に、自分も騎士としてそうありたいと願ってしまうから。
「なら頼むぜユリウス・ユークリウス。お前が俺の頼りだ」
「精一杯努めさせてもらうとしよう」
「まぁとはいえやることだけやっておかないとな。とりあえず、騎士の服はおいてこれ代わりに着ておいてくれるか? 警戒されるかもしれないから」
「分かった」
万が一のために衛兵詰所に改めて寄り、これからスラム街へ行くことと、ラインハルトを確認しだいその情報を伝えるように伝達。
指定時刻までに伝達がなければ、指定住所まで捜索隊をお願いする。
最悪戦闘中の援護としてやって来れるような、絶妙な時間配分だ。
そうして他にもいくつかの店を周りテキパキと準備を終え、スラム街にやってきたスバル達。
時刻は既に夕方に差し掛かっており、事件までもう数刻もない。
視界の先にはもう盗品蔵も見えており、そんな状況でスバルは改めてユリウスに声をかける。
「さて、あそこが例の場所な訳なんだけどユリウスさん。一つ頼みがある」
「何かな?」
昼頃からそうだったが、ずいぶんと気安いスバルの言葉にユリウスは特に気にした様子もない。
まだこれ以上何かあるのかとは言いたげな視線を向けるが、それでもユリウスはスバルの話を聞く姿勢ができていた。
「ここまで来てくれたアンタを見込んで、正直にお願いする。これから先、何があっても俺が許可を出すまでは交渉に口を挟まないで欲しいんだ」
何があっても、という言葉とこの場所。
それ即ち何に帰結するかといえばスバルが犯罪行為を行うという予告に他ならない。
「騎士である私に、犯罪行為を見逃せと?」
「そうじゃない。全部終わったなら俺を捕まえるべきだ、それが仕事だからな。だけどそこまでは、ただ俺を信じて待っていて欲しい」
目をじっと見つめて真摯にお願いをする。
スバルが意図してやっているかどうかは別として、人はそうして信頼を真正面から当てられれば叶えてやりたくなるものだ。
ましてやかつてのユリウスを知っているからこそ、スバルの声や目に籠る信頼感がどれほどのものか見つめられている側もわかる。
「いきなりこんなこと言っても何言ってるんだと思うよな、分かるよ俺も。だけど頼むユリウス・ユークリウス。いまの俺にはアンタしか頼めない」
頭を下げ、真摯に頼み込むスバル。
そんなスバルの姿を見て、ユリウスは何か感じ入るものがあったのだろう。
目を細めながらなんとも言えない表情をしてから少し。
彼は覚悟を決めたのか微笑みを浮かべる。
「……キミは不思議な男だね。初めて私の顔を見た時、泣きそうな顔をしていたことといい、聞きたいことは多くある……この一件が終わったら、色々と聞かせてもらうよ」
「それはつまり?」
「見逃すとは言えないが、証拠集めのために黙って待つことにするよ」
「ありがとうユリウス!」
手を掴みぶんぶんと振るスバルを見てユリウスは嬉しそうに笑みを浮かべる。
こうしてなんともいびつな経緯ではあるが、スバルは協力者を手に入れることに成功するのであった。