「さてと、どうすっかなぁ」
ロズワール邸から出発し、一人森の中を歩くスバルはそんな事を呟きながら森を歩く。
腹部はまだ赤黒く、痛みはジンジンと響くが、以前に比べれば準備をしていた分まだマシだ。
相当派手な運動でもしない限り傷口が開くことはないだろう。、
「エキドナがあそこにいるっていうことは、この世界は本格的に俺が知ってる世界とは違うってことだ。ロズワールの目的がエキドナの復活だったことを考えれば、今回は叡智の書を参考に動いていないと考える方が妥当か……?」
スバルがロズワールの元を離れたのは単純にこれから何が起きるか理解できないから。
知っている通りに物事が進むのであればスバルはエミリアの傍にいることが安定した道のりではあるが、ラインハルトの不在とエキドナの登場、二つのイレギュラーがスバルに安定という選択肢を除外させた。
まずはベアトリスとレムに合流し、本当に記憶を持っているかどうかの確認を行う。
それができてこの世界にも記憶を持っている人物がいることを確認できたら、まずはエミリア陣営から一人ずつ会っていき記憶が残っているメンバーはそのまま迎え入れ、そうでなければスカウトするところまで考える必要性があるだろう。
この後の流れを知っているだけに不安点も多くあるが、少なくとも今のところ前回と同じ流れを辿るのだとすれば、直近の問題を排除できれば数週間の間スバルには自由にできる時間がある。
ならばまず最初に向かうべきは――
「初めまして、おはようございます」
スバルが訪れたのはアーラム村。
ロズワール邸の近くに位置し何度も訪れたことのある村だ。
記憶の中にある村とは特にこれと言って変わりもなく、スバルが話しかけた相手も見知った相手であった。
やたらと活発そうな印象を受ける老婆はスバルに対して怪訝な表情を見せるが、スバルが見た限り特に怪しいものを持っていないと判断したのか表情を少し和らげた。
「ああおはよう。他所の人が来るなんて珍しいねぇ」
「旅の道中で近くを通ることになったので、ついでに王国でも名高いロズワール様の治める地域がどのようになっているのか見ていきたいなと思いまして。少し村の中を通っても?」
「そうかい。まぁ何にもない村だけどねぇ、好きに通っていきな」
当たり障りのない会話をしてスバルは村の中を歩いていく。
この村に来た目的は二つある。
一つ目はウルガルムの確認だ。
ロズワールが当初エミリアたちに対して様々な妨害工作を行っていたのは、叡智の書に従った上でそれが目的に対して必要であると妄信していたからだ。
既に目的のものが手に入っている現状では彼の行動に対して意識を割く必要がない気もするが、仮にロズワールがいくつかの事件を引き起こすきっかけにならないのだとしたらスバルとしてそちらの方が問題だ。
なぜならエミリアは既に徽章を奪われており、スバルは既にエルザに腹を破られてしまっている。
いまさらエルザが猟奇殺人犯であることを疑う必要性はどこにもないが、徽章をわざわざ奪おうとしたりエミリアを殺そうとしていたところを見るに誰かに依頼をされていたのは確かな事実。
ロズワール以外で現状王選に正式参加すらしていないエミリアを執拗に狙う相手がいるとするなら、それはスバルの知らない新しい敵がいるということに他ならない。
どちらであっても喜ばしいことではないのは確かで、足取りもいつもより重たく感じながら村の中を歩いていると、背中に何かがぶつかったような衝撃を感じる。
「――ん? なんだ兄ちゃん、見ねー顔だな」
振り返ってみればそこにいたのはリュカだ。
茶髪で鼻を垂らした元気な少年は村で見たことのないスバルを珍しがっていた。
どうしたものかとスバルが一瞬戸惑っていると、気がつけばメイーナもいつの間にかやってきてスバルを取り囲んでいる。
「村の外から来たのか?」
「お兄さんだれー?」
「…初めましてちびっ子たち。俺の名前はナツキ・スバル。あっちこっちを放浪しながら旅をする、人畜無害の放浪者だ! よろしくな」
無視してやることを済ませればそれでいいとはさすがにならず、なるべく腹に響かないようにいつも通りポージングしながら自己紹介をするスバル。
大人相手にやると白い目で見られる行為も子ども相手であればそれなりに映るらしい。
手を叩きながらきゃっきゃと楽しむ子どもたちを見て癒されていると、そんなスバルに対してメイーナから鋭い言葉が投げつけられる。
「無職ってこと?」
「オブラートに包めとは言わないから事実を陳列するのはやめてくれ、これでも結構気にしてるんだぞ」
この世界で唯一まともに定職に就ける可能性のあったロズワール邸でのイベントを断った以上、スバルに残されているのは自営業か物乞いかといったところだろうか。
正直いろいろとやらなきゃいけないことが山積みな上にお金のことまで心配しないといけないとは何とも情けない話であり、肩を落として項垂れるスバルも彼らからしてみれば良い反応を見せてくれる大人に過ぎない。
そして子どもというのは暇そうな大人を見つけた時、無限に興味が湧く生き物なのである。
「今かくれんぼしてるんだけど兄ちゃん鬼で入ってくれよ。他の奴らが全然見つからなくてさ~」
「――もしかして、森の方に行ったのか?」
「い、いや、ばあちゃんたちが怒るからそっちは行っちゃだめなんだ」
何気なく発した言葉に対してスバルが突如強い反応を見せたので戸惑うリュカだったが、森に行っていないことを知ると先ほどまでの人畜無害そうな雰囲気のスバルに戻る。
森に嫌な思い出でもあるのかななんてことを思うリュカを前に、スバルは当初の予定とはだいぶ違うがこれはこれでちょうどいいかと算段を立てていた。
「ならシンプルに隠れるのが上手いだけか。君らくらいの子どもを探せばいいのか?」
「そういうことだ! 見つけたら教えてくれよな兄ちゃん!」
「任せとけ! ドリルツインテのロリッ子だろうが一瞬で見つけてきてやるよ!」
そうしてスバルのかくれんぼお手伝いが始まることとなる。
改めてこの村でやらなければいけないことをまとめると、まず一つはロズワールが事件に関与しているかどうかの確認。
二つ目はこの村にいるはずの二人の少女――ペトラとメィリィを探すことだ。
もし前者が白であったならメィリィはいないはずだが、少なくともこの二つをこなすにはこの村の中をそれなりに歩き回る必要がある。
そんなスバルにとって子どもたちのかくれんぼを手伝っているという現状はかなり良い状態と言えた。
「悪いねぇ子どものアソビに突き合わせてしまって」
「こうして現地の人と遊ぶことも旅の楽しみですから。家の周りにはなるべく近寄らないようにするので」
村で見たことのない人間が子どもたちと話をしていれば当然それだけで周囲からの視線を引く。
リュカの大きな声は村の他の人間にも聞こえていただろうし、スバルが仕方なくかくれんぼの手伝いをしているという状況になってくれたおかげで行ける場所の範囲がかなり広がったのは言うまでもない。
(とりあえずまずはペトラとメィリィから探すか)
そうして村の中を探索しながら順調に隠れていた子どもたちを見つけていくスバル。
隠れていた子どもたちもリュカの声が聞こえていたのか、スバルが見つけると何とも言えない表情をしながら見つかった人が集まる場所へと歩いていく。
「ずっちいぞ兄ちゃん」
「お願いされたからには本気でやるのが俺のモットーだからな」
そんな会話を交わしながらも村の中を歩いて回るスバル。
三人見つけた辺りで残っていたのは何の因果かペトラとメィリィだ。
このかくれんぼに参加して既に20分ほどは経過しただろうか。
そろそろ多少変な動きをしても怪しまれないかと思いながら、スバルは何気なくウルガルムがいたはずの場所へと足を進める。
人通りは少なく鬱蒼と茂った森の中は昼間であっても暗い。
(頼むからウルガルムさん、いまだけは来るなよ……)
家畜用の柵を越え、森の中へと足を踏み出したスバルは、かつてエミリアがマナの充填を行っていた結界用の鉱石の元までやってきた。
木に埋め込まれた結晶はうすぼんやりと森の中で光っており、どうやら結界が壊されるような事態には陥っていないらしい。
つまりこれでロズワールが前回と同じような行動を取ることはないと、そう考えを進めてもいいのかもしれない。
そうやって張り詰めた緊張の糸を解いて――
「――っ!!!」
首元に冷たい何かが添えられて反射的にスバルの体が硬直する。
動物特有の息遣いや気配が感じられず、気がつけば背後にいた何か。
動けば切られる。
確かな確証と共にスバルの頭の中に浮かんだのは、死ぬ前に犯人の顔を見ておかなければならないという反射的な感覚。
だがそうして振り返ろうとしたスバルの背中に軽い何かが負ぶさるように倒れ込んでくる。
「――――――――!!!!!」
「クソッ! おい! 離れろッ!!!!」
声にならない悲鳴を上げながら体を振り回して背中に取りついた何かを外そうと必死にもがくスバル。
だがそんなスバルの行動に対して背中の何かはきゃっきゃと
心底楽しそうに、森の中を笑い声がこだまする。
なぜ笑っているのかまるで分からず、全身を襲う恐怖に負けてスバルは力の限り体を振り回す。
だが鍛えられてもおらず、ましてやつい先日重傷を負ったばかりの体ではそう長く暴れ回ることもできない。
「ぜぇ……ぜぇ……何が目的だ……」
振り解くこともできず体を動かすこともできなくなったスバルは、せめて相手の声だけでも聞けないかと無理だと分かっていながら問いかける。
そんな無謀な挑戦に対し、背に乗っている小さな何かは聞き慣れた優しい声で返事をした。
「勝手に私を置いていなくなったお兄さんの命……かしらあ?」
そう言いながら彼女は背中からするりと降りる。
慌てて振り返ってみれば結界用の結晶を手に持って、気まずそうにしながらもこちらを期待した目で見つめる少女が一人。
彼女こそスバルがこの村で探していた少女の内の一人であり、本来この森で起きるはずの災禍を引き起こす要因となった少女。
いつ見ても何を考えているかよくわからない少女であったが、彼女の口ぶりと優しい声音がスバルにもしかしてを想起させる。
「メィリィ……? お前もしかして……」
そうであってほしいという気持ちと、期待するなという気持ちの両方がスバルの胸中をかき回す。
期待して相手がそうでなかった時に受ける心の傷を抑えたくて、自分から聞くのではなく相手からの言葉を待つ。
レムやベアトリスが相手であれば空元気と共に記憶の確認をしていただろうが、なまじメィリィについては
そしてそんなスバルの言動に、メィリィは心の底から嬉しそうな笑みを見せる。
「ふふっ。お兄さんったらようやく気がついたのかしらあ? 覚えてなかったらかばちゃんにがぶっといってもらうところだったわあ」
「がぶッとされたら俺本当に死んじまうんだけど!?」
――ああ、メィリィだ。
彼女は自分が知っている、自分のことを覚えてくれている彼女だ。
何かを求めるように前に出たスバルの手は何度か探るように空をかくが、一歩メィリィが前に歩くと肩に手が触れる。
実在を確かめるように肩を触り、頬に触れ、涙で見えない彼女の表情を求めるようにスバルは彼女の体を強く引き寄せる。
「俺は……っ…お…覚えて……っ」
気がつけばスバルは声を上げて泣いていた。
赤子のように恥ずかしげもなく、ただただ嬉しさのあまりに泣いていた。
頬に当たる少し暖かいメィリィの頬の感触も、自分のものとは違う涙の温度も。
きっとその全てを、今後どれだけの死を積み重ねても忘れることはないだろうと、そう思えた。
「……あらあ、お兄さん、ついに幼児趣味に目覚めたのかしらあ」
「よかった……本当によかった」
「ふふっ、お兄さんたらまるでちっちゃな子どもみたい」
誰にも見せられない弱い姿。
見せたくない弱い姿。
これっきりだと自分に言い聞かせ、スバルは声を上げて泣き続ける。
メィリィはそんなスバルを優しく抱きしめ、彼が泣き止むまで今しかないこの時間をひっそりと楽しむのであった。
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