「メィリィはいつから記憶が?」
「ほんの数日前よぉ。きっとお兄さんがこちらに来たときかしらぁ」
アーラム村から少し奥に入った森の中。
あぐらをかくスバルと、そんなスバルの足の上に座り背中をスバルに預けるメィリィの姿は、街中で見れば可愛らしい兄妹のようにも映ったことだろう。
魔物が跋扈する森の中でもメィリィからしてみればただの森と変わりなく、スバルも特に周囲を警戒することもなく会話を楽しんでいた。
「メィリィはどうしてこの村にいるんだ? ロズワールから依頼されたのか?」
「違うわよお」
「ならどうして?」
「……お兄さんは本当になんというか、酷い人だわあ」
ただ単純に、あのとき優しくしてくれたナツキ・スバルが、この世界にもいるのかどうか。
ただそれだけを知りたくて、メィリィはお母様にお仕置きされる可能性も、ナツキ・スバルが自分の知っている彼と違う可能性も理解しながら、それでもここにやってきてしまったのだ。
そんな彼女の想いを理解しているのかあやふやな表情を浮かべるスバルだが、少なくとも彼女が自分のためにこの場に来てくれたということだけは理解できる。
「ありがとな、メィリィ」
「どういたしまして」
スバルからの感謝の言葉に対して、メィリィは心の底から嬉しそうな笑みを浮かべる。
――そうしてどれくらい雑談していただろうか。
1時間は経っていないにしても、それなりに話したなと思えるくらいの時間が既に経過しており、スバルはメィリィと共に村へと向かって足を進めていた。
道中、そういえばと思い出したのは、いまはかくれんぼの最中であり、メィリィだけでなくまだペトラも探す必要があったということだ。
「そういえばメィリィ、ペトラを見てないか? かくれんぼ、あとペトラだけなんだよな」
思いつく限りの場所は探してみたものの、ペトラがいたような形跡はなかった。
あわやこの世界にはペトラは存在しないのではとすら思ったスバルだったが、途中子供たちがペトラの名前を呼んでいたので、彼女がこの世界にいること自体は疑う余地もない。
はてさてそうなってくると広いとは言い難い村の中で、一体どこに隠れたというのか。
ペトラとよく話をしていたイメージのあるメィリィに答えを聞いてみれば、帰ってきたのは驚きの場所だ。
「ペトラちゃんなら納屋の上の乾草の中よお、前もあそこに隠れていたわあ」
「見つけられるわけなくない?」
そうして実際にメィリィに案内されるがままに納屋に入ってみると、乾草の中ですやすやと寝息を立てているペトラを発見した。
子供たちはすっかりかくれんぼに疲れてしまったのか、村の中にある木陰で休憩しているのが目に留まり、スバルが寝ているペトラを抱えて彼らの方に行ってみれば、逃げている側の子供達から非難の声が飛んでくる。
「ずるい! ずるいずるいずるい!!」
「他の人に手伝ってもらっちゃダメなんてルール無かったんだからいいんですぅ!」
正直ズルいよなとは思うスバルだったが、子供達同士の話し合いなので特に首を突っ込むこともなく、その様子を見守る。
村に入った時に感じていた村人たちからの視線もいまは随分と減っており、多少は信頼されたのかななんてことを思いながら時間を潰していると、騒音でペトラが目を覚ます。
寝ぼけているのか目をこすって周囲の状況を確認し、どうやら自分が見つかってしまったことに気が付いたのかハッとしたような表情になったあと、スバルの顔を見て驚いたような表情を見せる。
「――この人誰!?」
……リアクションとしては正しいのだろうが、正直言われると中々心に来る言葉ではあった。
ダメージを受けているスバルを見て何とも言えない表情を浮かべるメィリィとは対照的に、他の子供たちはそんなペトラの姿を見ていたずらが成功したように笑みを浮かべている。
「スバル兄ちゃんだぜ、さっき村に遊びに来てかくれんぼ手伝ってもらったんだ」
「スバル……スバル?」
確かめるようにして何度か名前を呼ぶペトラ。
だがそれは何か違和感を感じて名前を呼んでいるというよりは、ここら辺ではあまり聞かない名前に珍しさがあって復唱しているような雰囲気を感じる。
一目見た時には気が付いたが、どうやら彼女は自分を覚えていないらしい。
そう理解したスバルは精一杯の笑顔を作って彼女に改めて自己紹介を。
「初めましてペトラちゃん。俺の名前はナツキ・スバル。人畜無害の旅人だ」
「初めまして! よろしくお願いします」
「……まぁ俺、今日にはこの村出ていくんだけどね」
やるべきことと確認するべきこと、両方を終えた以上、スバルがこの村にいる理由はもうない。
むしろ厄介ごとをあちらこちらから持ってくる性質のあるスバルは、なるべくこの村にいない方が村の人間にとってもいいとすらいえるのかもしれない。
そんな自虐をするスバルに対してペトラは不思議そうな表情を浮かべているが、それに待ったをかけるのは子供達である。
「兄ちゃん今日はうち泊まってけよ~」
「な! スバル兄ちゃんはおれんち泊まるんだぞ!」
「それなら私の家だって!」
自分達よりも少し上の世代で遊んでくれる、気の良いお兄ちゃんと認識されてしまったのだろう。
小さな子供たちはスバルとまだまだ遊びたくて、各々がスバルを家に招き入れようと口喧嘩すら始めてしまいそうな勢いだ。
突然見知らぬ人物を家に招き入れられた両親の困りようを想像すると、予定が無くてもホイホイと付いていくわけにもいかず、とりあえずスバルに出来る事は彼らを説得することだけであった。
「悪いけど俺、いかないといけない所があるんだ。だからそろそろこの村を出ないと」
「えーやだー!!」
「やだー!!」
「ごめんな。またこの村に顔を出すからさ」
そんな風に押し問答をしながらなんとか説得をこなしたスバル。
想像していたよりもかなり時間がかかったが、なんとか陽が傾き始めるよりは早く村を出ることが出来た。
街道沿いにただただまっすぐ道を歩くスバルの横には、何やら嬉しそうに笑顔を見せているメィリィの姿もある。
「メィリィ、付いてきてくれるのは嬉しいけどこの状況、傍から見たら人攫いじゃね?」
遊びに来たついでに村の子供を一人攫ってきたようにしか見えない現状。
傍にいるメィリィが楽しそうなのがまだマシだろうが、ラインハルトが突然現れて詰められたら説明し切る自信もなかった。
「あらあ、お兄さんが一人で寂しそうにしているから付いて行ってあげようとしてるのよお?」
「実際嬉しさ半分、困るの半分ってところだな」
「……村の人からしたらお兄さんと私は一緒よお? 私は親とはぐれて一人歩いていたことになっていたもの」
「なおのこと心配されるだろ!?」
「心配はするだろうけれど、追いかけてくる程ではないわあ。あの村の人達は良い人だけれど、見ず知らずの子供のためにお金を出せるのは良い人じゃなくてお人よしだけだもの」
明日が確実にくるとは言えないこの世界。
子供であったとしても生きていくのには保証があるわけでもなく、ましてや自ら出ていった子供を救おうと考えられるほどのお人好しがどれだけいるか。
だからこそメィリィはスバルを気に入っていて、スバルはそんなこの世界で変わってしまった常識に苦言を呈したい気持ちでいっぱいだった。
言葉を返すこともできずに押し黙ってしまったスバル。
そんな彼を見てメィリィは優しく話題を変えてくれる。
「それで? これからお兄さんはどこに向かうのかしらあ」
「とりあえず王都に。何が変わっていて、何が変わっていないのかが知りたい。知ってるか? この世界は強欲の魔女が普通にごはん作ってるんだぞ」
「それは大変だわあ。なら魔獣ちゃんに乗って王都に行く?」
「そうしたいのはやまやまだけど、ここら辺はまだ姉さまの千里眼の範囲内だから怪しまれるような行動は控えたい」
そう言いながら、あからさまではないように注意して周囲を見るスバル。
周囲に動物の気配はないが、そもそも自分の視界が乗っ取られている可能性や、どこまで小さな生き物の視界を乗っ取れるのかも分からない以上、警戒しておくに越したことはない。
とはいえ、村にいたメィリィと涙を流しながら抱き合っているところを仮に見られていたとしたら、どれだけ注意したところで要注意人物扱いされていることは間違いないのだが、スバルはどうやらそのことに気が付いていない。
むしろメィリィはそんなスバルの心配に対して怪訝な表情を浮かべていた。
「千里眼って確か体への負担が大きいのでしょう? そもそも見られているのかしらあ」
「絶対に見られてる。お姉さまをなめると痛い目見るぜ。ラインハルト並みかそれ以上に俺は姉さまを信頼してる」
そこまで心配する必要があるのかと考えるメィリィに対し、スバルは自信を持って侮るべきではないと判断を下す。
そんなスバルの姿に、ラムに対しての絶対の信頼が感じられたのが面白くなかったのか頬を膨らませるメィリィだったが、スバルがそれほどまでに警戒するのであれば確かにそうするべきなのだろうと信じられた。
顔見知りらしい少女といまいちよく分からない少年から、魔獣使いの少女とよく分からない少年になるのは避けるべきだろう。
メィリィとて、できる事であれば顔見知りと戦闘をするような状況になるのはできるだけ避けたい。
「まぁ少なくとも夕方くらいまで歩けば、追いかけてきてない限り姉さまの検知範囲からは抜けられるだろうし、そっから二日と考えればまぁなんとかなるだろ」
――そんなことを考えていたのが3時間ほど前だろうか。
夕暮れも終わり、夜が始まろうかという時間帯。
街道沿いには魔物除けの石が結界として設置されているので、よほどの事が無い限り魔物に襲われることもないが、それでも慎重に夜道を歩いていたスバルは違和感に気が付く。
五感のどれもスバルに対して警告を発してはいないが、第六感が強く脅威がいると叫ぶのだ。
「お兄さん?」
急に立ち止まったスバルに対して一体何なのかと声をかけるメィリィ。
だがそんな彼女の呼びかけに対して答えることもせず、スバルは薄ぼんやりと光る結界の更に奥の森の中の闇に眼を凝らす。
何も見えないが確かにそこにいる。
そんな確信は数秒後、ゆっくりと森の中から現れた人影を前にスバルは目を見開いた。
「おいおいおい、なんでここに魔女教がいるんだよ」
「あらあ、これはまずいわあ」
特徴的な紫のローブに全身を包み、顔まで隠した彼等は、スバルがこれまで幾度となく戦ってきた魔女教徒だ。
襲ってくるならラムかエキドナのどちらかだろうと考えていたスバルとしては、不意をつかれた形になる。
「強欲の大罪司教が〜ってやつか?」
「──────」
「違いそうだな」
強欲の大罪司教絡みで来たのかと探ってみれば、答えとばかりに人影は数を増やし、どこからともなくナイフを取り出す。
明らかに殺意を持って対峙している魔女教徒を前にメィリィを庇うように立ちながら、スバルはこの後の展開を頭の中で組み立てる。
「メィリィ。呼び出すまでどれくらいかかる?」
「4分くらいあれば呼び出せるわあ」
「よし、2分だな。しっかり捕まってろ」
背中にメィリィを背負った状態で、スバルは魔女教徒達が出てきた側とは反対の森に飛び込んだ。
「――っ!!」
途端に始まる魔女教徒達からの攻撃。
頬をナイフが掠めながら飛んでいき、スバルは続く攻撃を勘でなんとか避けて見せる。
「危なッ! お前ら一体どこの大罪司教の手下だ!? ぜってぇ苦情つけてやる!!」
思い返せばまともに魔女教徒を運用していたのは、ペテルギウスとパンドラくらいのものか。
正直どっちも会うのすら嫌だが、少なくとも叫んでいれば多少元気が出るというもの。
問いかけに返事が返ってこないのは少々寂しさもあるが、魔女教徒相手に期待するだけ無駄だ。
「まぁ返事してくれるわけな――」
「お兄さん!?」
腹がじんわりと熱くなる。
気が付けば膝から崩れ落ちており、メィリィは一体何があったのかと焦った様子だ。
背中はメィリィを背負っていたので守られているし、足に負傷を受けたようにも見えないので何が起きたのか理解できないのだろう。
「エルザのやつ、掻っ捌くにしてももうちょっと浅くやってくれたら……」
「エルザに狙われて生きてるだけお兄さんすごいと思うわよお」
「いまそんなこと言ってる場合じゃない──ッ!!」
背後で短剣を振り上げた魔女教徒から逃げるため、スバルはメィリィの手を力の限り引っ張り、その勢いのままごろごろと転がる。
ひとまず一撃目は避けた、だが周囲は既に魔女教徒達に取り囲まれ、スバル達には武器もない。
メィリィを庇うようになんとか足に力を入れて立つスバルだが、あと一度何かを食らえばその時点で致命傷は避けられないだろう。
そんなスバルの覚悟が伝わったのか、先程から服に捕まっていたメィリィの手に力が籠る。
誰だって死が目の前に迫ってくれば、どうしようもなく怖いものだ。
「万事休すかしらあ……」
魔物達が来るまでどれだけ早くてもあと2分。
この状況を覆す術はメィリィの頭の中になく、精々後からやってきた魔物達に食われてしまえと願うくらいしか出来ることはない。
だがスバルは違った。
メィリィが力強く握りしめた手の上に己の手を優しく乗せて、そっと握る。
その手からはまだ諦めていないと、まだどうにでも出来るという希望が感じられた。
「大丈夫だ、メィリィ。俺を信じろ」
死の淵に立ってナツキ・スバルは思い出す。
己の内に在った力、無くしたはずのその力が、胸の内で確かに強く脈打つのが感じられる。
俺を使えと、そう叫ぶのだ。
「いくぜ──シャマァァァッック!!!!!」
──瞬間、スバルを中心に黒い煙が周囲を充満する。
ナツキ・スバルが失ってしまったはずの魔法は、スバルの言葉に応じて周囲の人間の五感を狂わせる。
それでなくとも目を凝らさなければ前も見えないほどの暗闇だ。
混乱の最中でメィリィの手を掴み走り出すスバル。
想像もしていなかった方法で窮地を脱して見せたスバルを前に、安堵からの涙すら浮かべていたメィリィ。
だが一心不乱に走り出すスバルに手を引かれる彼女は、背後で半狂乱になっている魔女教徒の手からナイフが飛んでくるのを――
「――スバルッ!!!」
己の体を間に入れて、せめてスバルだけでも助けようとするメィリィ。
押し倒すような形になってしまい踏ん張りが効かなかったスバルが地面に倒れ、潰れた蛙のような声をあげるが、構っている暇はない。
精一杯広げた身体のどこかにやってくるだろう痛みに耐えるため歯を食いしばるが、やってくるはずの痛みはいつまで経ってもやってこない。
一体なぜ? そんな事を思いながら瞳を開けてみれば、そこには灰色の外套に身を包んだ
「――間一髪というところね」
「「姉さま!!!!」」
一陣の風と共に現れたラムが一度杖を振るうと、それだけで魔女教徒の半数が地面に倒れ伏す。
見てみればメィリィが喰らうはずだったナイフの先端はなにやら黒いもので染まっており、おそらくそれが毒だろうと理解すると背筋を冷たい汗が流れ落ちていく。
ここからロズワール邸まではかなりの距離がある。
だというのに救援を送ったわけでもないラムがここに来たということは、スバルが危惧していた通り確かに見られていたのだろう。
ラムは森の中を突っ切ってきたのか、外套の上についた木の葉を煩わしそうに落としている。
「ラムは可愛い妹が一人だけ。貴方達に姉さまと呼ばれる筋合いはないわ」
「おいおいラムチー……お客様じゃなくなったからって……いきなり辛辣すぎるだろ」
「黙りなさい、バルス。それ以上喋ってラムの頑張りを無駄にする気?」
「……まだ囲まれてるけど、やれそうか?」
痛む腹を抑えながらもスバルが問いかけたのは、ラムの継続戦闘能力の低さを知ればこそ。
だがそんなスバルの問いかけに対してラムは鼻で笑って見せる。
「ラムの事を甘くみたものね。立っているのがやっとよ」
「結構ギリギリじゃねーか!! メィリィ!!」
「──動物ちゃん達! 襲っちゃえ!」
誰か一人でも欠けていれば時間稼ぎは不発に終わっただろう。
目の前でウルガルムに襲われている魔女教徒達のことを他人事のように思いながら、スバルはようやく助かったと一息をつく。
「ふぅ、なんとかなったか」
「ラムの手にかかればこのくらい朝飯前よ」
「いや、正直超助かったよ。ありがとう、ラム」
彼女がこんな時間までスバル達の事を見ていたのは、無事に目的地までスバルがたどり着けるのかを確認する為だったはずだ。
疲労の原因は森の中を走ったこともあるだろうが、一番は千里眼の連続使用による疲労だろう。
「──ふっ。バルスはラムのことよりも、自分の心配をしたらどう?」
「あんまり感覚もないし気にしないようにしてたんだけど、やっぱりまずい?」
内臓は……外には出ていないように感じる。
よく見てみれば地面にかなりの血が流れているが、数々の死を経験したスバルに言わせてみればギリギリ死なないラインだ。
そう自分に言い聞かせるが、限りなく死に近づいているのもまた事実であり、そんなスバルにメィリィは優しく語りかける。
「お兄さんが死んだらあ、動物さん達に美味しく食べてもらうわあ」
「いや、それは勘弁してほし……」
こうしてこの世界で二度目の失血による気絶をするスバル。
最後に思ったのは、こんなに短い間に死にかけて気絶するのは初めてのことだな、というなんとも言えないものであった