雑魚冒険者が拾ったのは、ボロボロの元魔王でくっっっそヤンデレ 作:菊池 快晴
ウオオオオンと低い唸り声が森の中で響き渡った。
低音でありながら身体の芯まで響く。
軍狼の声には魔力が交じっているため、肌に突き刺さるような不快な気分となる。
普通は群れで行動するが、軍狼は等間隔を開けて行動する。
そして敵を見つけると四方八方から対象を狙う。
軍のような統率を持った狼、という異名はまさに言い得て妙だろう。
俺の
だからこそ、パーティ―の存在がありがたい。
リドゥルはもちろん、七級であり、貴族でありながら冒険者の資格を持つ、ビアンカもいるしな。
「な、なんだこの声ぇぇぇぇっ!? ぇえぇっ、鳥肌、鳥肌ぁぁっ!?」
ビアンカはその場で叫ぶと自らの肌のプツプツを女の子たちに見せていた。
予想以上に慌てふためいてる――いや違う。
鳥肌如きでここまで騒ぐはずがない。
つまり、俺たちを笑わせるためにやっているのだ。
もしビアンカが叫んでいなければ警戒を強め、何だったら口数が減っていたかもしれない。
会話は大事だ。ましてや即席パーティーならばもってのほか。
人見知りの俺では思いつかない凄い技だな。
「落ち着いてください。鳥肌が収まってきましたわ、ビアンカ様」
「ふうふう……いやあ――俺様の……武者鳥肌が出ちまうとはな。ますますワクワクしてきたぜ」
武者鳥肌? 俺みたいな平民の出では聞いたことのない単語だ。
やっぱり学もあるんだろうな。
「……魔物の咆哮如きでいちいちと……チッ」
「リドゥル、どうした?」
「何でもない。ユリウス、早く終わらせて帰ろう」
リドゥルの目に炎がともっていた。
凄いなビアンカ。こんなに彼女をやる気にさせるなんて。
「ユリウス、ゆっくり進もう。ゆっくり歩きながら左右確認して、唸り声がしたら一旦足を止めて周りを見渡す。俺は後ろを警戒するから、時折振り返って確認してくれよな」
「わかりました」
指示だしも忘れない。流石、七級だ。
「…………」
リドゥルも、しっかり話を聞いていた。
目的地の近くで足跡を見つけた。
しゃがみこんで調べてみると、まだ湿っている。
軍狼は水辺の近くを根城にする生き物だ。
地図でも川に囲まれた場所だと書いている。
つまり、肉球が濡れている可能性は高い。
まだ乾いてないところを見ると、近くにいるな。
「リドゥル、軍狼がいると思う」
「わかった。――武器を出していい?」
「もちろん」
事前に武器を買おうと提案したが必要ないとのことだった。
なぜなら、自ら出現させられる、と。
史実ではこう書かれていた。
魔王リドゥルは、深淵より深い闇の剣で、強者たちの剣と、心を折っていった――。
次の瞬間、リドゥルの周囲に異様な魔力が漂い始めた。
それは可視化できるほど黒い魔力、黒煙が身体にまとわりついていく。
やがて掌に剣のようなものが出来上がっていく。黒煙が、剣に変化していく。
禍々しい漆黒の剣は、まさに魔王を彷彿とさせる力を秘めていた。
彼女の魔力は全盛期には満たないだろうが、それでも圧倒的に肌で感じる。
「リドゥル、凄いな。驚いたよ」
「ふふふ、ユリウスに褒めてもらえて嬉しい。でも、私はもっと強くなれる。このままじゃユリウスを守れない」
彼女の目には生気が宿っていた。
あの日、あの時、地下牢獄で見たすべてを諦めた黒い目じゃない。
――俺も、頑張らないとな。
「おいおい、手品なんかやってる場合じゃねえぞ。黒剣だと、太陽が落ちたとき、味方が見えなくて危なそうだ。できるだけ気を付けて振ってくれよ」
すると後ろからようやく現れたビアンカが言った。
言い方は悪いが、確かに黒剣は敵から見えないというメリットもあるが、味方からも見えづらいという点もあるか。
戦時中は同士討ちも多かったと聞く。新しい視点だな。
さっきまで満面の笑みだったリドゥルが、まるであの日、あの時、地下牢獄で見たときのような黒い目をしていた。
なんでだろうか。
「……殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
コロス? 呪文か何かだろうか?
リドゥルは、静かにビアンカに歩み寄る。
「ひぇっ!? な、なんだどうしたお、おい!?」
「あなた、ビアンカ様に何を!?」
女の子たちが怯えて声を上げる。
リドゥルは、静かに漆黒の剣を振りかぶった。
――
俺がその場で名を囁くと、見事に動きが止まる。
合わせて、リドゥルが漆黒の剣を薙ぎ払う。
その剣撃は、俺が想像していた何倍も美しかった。
ブレのない、光すら見えそうなほどの一直線の剣速。
魔力で覆われた皮膚を突き破り、骨を砕き、血肉を飛び散らせながらも、その力強さは損なわれない。
――綺麗だ。
「……ごめんユリウス」
リドゥルが静かにそう言って、俺は笑みを浮かべた。
「ひゃっ、ひゃぁあっぁっ!? 血、血ぃ!? これ、血ぃ!!??? 血ぃ!?」
ビアンカの叫び声が響き渡る。血しぶきが舞う。
同時に首のない軍狼が、ビアンカの腕に堕ちてきた。
頭上から気配を消して降りてきた軍狼は、ビアンカの頭蓋骨を粉砕する勢いで大口を開けていた。
俺がやろうと思ったが、リドゥルが右目でウィンクしたのだ。
身体を動かしたかったのだろう。
パーティー補佐なのにごめん、と言った。
「気にしないで。むしろ、いい物が見れたよ」
俺はまだまだ弱い。実践も少ない。
これからもっと強くなろう。
軍狼が一撃で倒されたことが相手にとっても驚きだったのだろう。
周囲で魔力が漏れた。
その数はザッと20体。
通常は10体程度で一つの群れだと聞いていたが、それよりも多い。
さらに驚いたのは、ビアンカを最初に狙ったことだ。
敵を叩くにはまずリーダーを狙う。
これは定石だ。油断している一撃を与えるなら、一番強いやつがいい。
つまり、軍狼にとってもビアンカは脅威だったはず。
目の前にいるリドゥルや、能力を覚えたばかりの俺なんかよりも。
――頼りになるな。
「ひゃっひゃっひゃっ、――い、いるぞ! このあたりにいる! 絶対にいるぞ! 軍狼が! いっぱいいるぞ! お、お、お前ら! 武器を構えろ!」
魔力感知を使った様子もないのに、ビアンカが叫んだ。
凄いな。もしかして自らを囮にしたのだろうか。
「……うるさい」
「リドゥル、できるだけビアンカの周りで戦って。また狙ってくると思う」
「え……ユリウスが言うなら……わかった」
この中で一番警戒されていないのは俺だろう。
さて、初めてのパーティー戦だ。