雑魚冒険者が拾ったのは、ボロボロの元魔王でくっっっそヤンデレ 作:菊池 快晴
誰もが知ってる、最強の魔王だ。
数百年前、世界は彼女の手によって支配されていた。
千のスキルを持つと呼ばれた彼女の力によって、大国すべてが軍門に下ったと史実で語られている。
とてつもなく強く、そして血も涙もないほど恐ろしいと書かれていた。
けれども魔王は勇者の手によって倒されたはず。
なのになぜここに? そして、生きていたとは。
「意外に物好きなんですねえ。ふぅむ、こちらなら安くしておきますぞ? どうせ、もうすぐ死ぬでしょう」
この事実を伝えるべきなのだろうか。
いや、言ってどうなる? 信じてもらえる可能性は低いだろう。
そもそも、同姓同名かもしれない。
だがそのとき、浅い呼吸を繰り返していたダークエルフが微かな目に光を宿らせ、俺を見つめた。
すでに死の寸前だとわかるほどに傷ついているはずなのに、恐ろしいほどの威圧感がある。
間違いない。魔王、リドゥルだ。
しかしどこか悲し気だった。
その目は、俺と似ている。
「とはいえ、まだほかにも奴隷は――」
「買う」
「おや……いまなんと」
「このダークエルフを買わせてくれ」
「なんと、ありがたいことです。――もう長くはないでしょうが、存分に楽しんでくださいね」
老人は下卑た笑みを浮かべながら、どこからともなく部下を連れてきた。
布に包まったダークエルフを箱へ入れようとする。
「いい。俺が背中で抱えていく」
「見られたらどうするんで?」
「構わない」
「なかなか悪趣味ですねえ」
……物扱いされるのが可哀想に見えた。
そもそも、なんで俺は買ってしまったのだろうか。
考えてもわからない。
しかし、後から気づく。
俺は今、安宿に泊まっている。
それも、集団部屋だ。
こんなの見られたらどうなるか分かったもんじゃない。
「どこか、他人に見られないような出入口がある宿はないか?」
さすが奴隷商人だ。
俺の要望をすぐに叶えてくれた。
街の片隅、一度も行ったことがない小さな宿の裏口まで連れて行ってくれた。
ただし部屋代が高く、一週間分しか払えない。
階段を上がって突き当り、扉を開くと質素なベッド二つあった。
思ってたよりも広いな。
もちろん、何もないっちゃ何もないが。
まずはリドゥルをベッドへ丁寧に降ろした。
それからふたたび能力で名前を確認する。
手足の腱は切られているようだった。
暗闇でわからなかったが、明るいところで見ると、目を覆いたくなるほどの傷跡だ。
医療知識もなければ、治癒魔法も使えない。
一体どうしたいのか、俺にもわからなかった。
相棒にしたいわけでもなく、ただ、あんなところで死なせるのは可哀想だと思ってしまったのだ。
「……俺は落ちこぼれ冒険者で、何もできることはない。ただ、酷いことはしないよ」
聞こえてるのか、聞こえてないのかもわからない。
それでも、一週間は柔らかいベッドでゆっくりできるだろう。
せっかく入った大金をこんなことに使うだなんて、俺も訳が分からないな。
「……ぁ」
だがそのとき、魔王が初めて言葉を発した。
目は虚ろで天井を見つめ、焦点は定まっていない。
俺は慌てて近づき、耳を傾けた。
「……ぁ」
何を言いたいのかわからない。
でも、確かに聞こえてくる。
「無理するな」
俺は、自然とリドゥルの手を握った。
握り返す握力なんてない。元魔王とは、恐怖なんて感じなかった。
「……ぁ」
次の瞬間、俺の目が酷く痛んだ。
慌てて手を振りほどくも、あまりの痛みに地面に倒れこむ。
痛い、痛い、痛い、痛すぎる。
クソ、なんだ。もしかして俺の目を奪いやがったのか!?
――クソ、やっちまった。
こいつは魔王だ。情けを見せた俺が悪い。
かきむしるかのように目を搔いていると、次第に熱が引いていく。
視界がブレる。
右目が熱い。
慌てて姿見で確認すると、鳥肌が立った。
「どういうことだ……」
俺の右目が、恐ろしく黒い魔力によって包まれていた。
同時に、脳内に文字が浮かんでくる。
――
対象の真名を唱えることで「一瞬の支配」が可能。
軽率に評価もらえると小躍りします