ゲーム開発部がゲヘナで野菜をつくるお話 作:空を飛ぶジンベエザメ
「ちょっと待ちなさい」
ミレニアムに帰ってきたその足で1週間先の外出届をセミナーに提出した時、モモイは部屋を出る寸前でユウカに止められた。
「な、何...?」
ぎくりとしたモモイは慎重に振り向く。今の声のトーンは確実に、わんぱく開発部にお小言を言ったり、お叱りをしたりする時の口調だ。何か、ユウカに怒られるような事やらかしたっけ...
「最近凄い頻度でゲヘナに通っているみたいだけど、本当に部活動の為にやっているんでしょうね?」
たった今提出した外出届を、ユウカは頬杖つきながらひらひらさせる。
キヴォトスの中でもそれなり以上に校則が厳しいミレニアムでは、学外で活動する際には生徒会であるセミナーに外出する理由を書いた外出届を提出し、その承認を得なければならない。とは言ってもブラックマーケットに行くとかカイザーの工場に侵入するとか、明らかにおかしい内容を書かない限りは基本的に承認はあっさりと下りる...のだが。
今回に限ってはかつてミレニアムきっての問題児達の集まりだったゲーム開発部からの提出物であるという点と、その開発部がかなりの頻度で外出を求めているという点から、ユウカに疑われてしまったようだ。
「そ、そんな目で見ないでよ...!ホントのホントに、ゲーム開発の為の活動だってば!!ほらこれ見て!!」
ユウカにじとりとした目を向けられ、モモイはあわあわしつつも証拠として、今日の作業で爪の先に詰まりに詰まった泥を見せつけた。
「今日は畑でいっぱい仕事したから、手袋しててもこんなに土が入ったんだから!」
まだ手も洗っていないモモイの汚い両手を見て、ユウカは思わず顔をしかめる。
「ちょ、ちょっとそんなもの見せないで良いから...!それにそんなに汚れが入るのは爪を切らないせいでしょ!もっと身だしなみに気を遣いなさい!」
「もしこれでも納得しないっていうのなら...」
「...!わ、分かった、分かったわ...!貴方達がしっかり活動しているのは今ので分かったから!お願いだからこれ以上汚れたもの出さないで!」
モモイが手を突っ込んだ鞄の中からちらりと、彼女の両手以上にどろどろに汚れているツナギが見えた瞬間、ユウカはそれを引っ張り出そうとしているモモイを急いで止めた。今日掃除したばかりのこの部屋を、土と埃で早速汚されたとなっては堪らない。
「だったら最初から疑う必要なんて無いじゃん!それ、許可してくれるんだよね!?」
珍しくユウカを言い負かした事で少し得意になったモモイは打って変わって強い口調でユウカを問い詰める。
「はいはい、ちゃんと承認しておくわ...。それにしても、1週間後か...」
ユウカは仕方なさそうに手元のタブレットで承認の手続きを済ませつつ、用紙を改めて眺めた。提出された届の、外出理由の欄には、丸っこい字で「部の活動の一環としてゲヘナ学園の畑で南瓜の植え付けを行う為」と書かれている。
「ねえモモイ。ちょっとお願いがあるんだけど...」
タブレットの電源を落とすユウカ。そして彼女はこほんと小さく咳払いをした後、急に改まった態度を取る。
「この南瓜の植え付け、私も手伝っても良いかしら...?」
「えぇ!?ユウカも来るの!?」
モモイのその大声に、部屋の中で業務をこなしていた他生徒達がびくっと身体を跳ね上げる。
「ちょっとそんな大声出さないでよ!恥ずかしいじゃない...!」
「だって...」
予想外の願い出に、モモイはぽかんと口を開ける。
「別に私も農業に興味があるとか、そういうのじゃないわ。ただ、作物の栽培って時間がかかるものでしょ?そんなに長い期間他校の生徒と関わるなら、セミナーの人間として一度私も挨拶すべきだわ。それに一週間後だったら私も予定が空いているから丁度良いかなって思って。それにえっと...ほら!今回のモモイ達の活動が、今後ミレニアムとゲヘナの積極的な交流に繋がるかもしれないじゃない?それなら一層の事...ってコラ!逃げるんじゃないわよ!!待ちなさい!!」
「わっ、バレた!?」
何故かやたらとそわそわしながら身体をあっちこっちに向けて説明しているせいでユウカは、面倒事を悟って教室から逃げようとしていたモモイの姿にギリギリまで気付かなかった。
そして迎えた一週間後。そこで初めてモモイ達は、ユウカが一緒について来たがっていた本当の理由を知る。
「ゲーム部の皆久しぶり!ジュリから聞いていたけどその服、とっても似合っているわ!!」
『先生!?』
畑の前にはジュリの横に、自分達と同じツナギを着た先生が立っていた。唯一違うのは胸ポケットに刻まれたマークがミレニアムではなく、シャーレのものになっているところだろうか。それに汚れる為か、普段は肩まで伸ばしているロングヘアーをポニーテールで一纏めにしてもいた。
あざとくウインクしながらサムズアップをする先生に、モモイ達は急いで駆け寄る。
「先生が来るなんて私達聞いてなかったよ!?」
「ふふん、そりゃそうよ。貴方達をびっくりさせる為に、今日の事はジュリと私だけの秘密だったんだから。まぁ、一人だけ気付いていた人がいるみたいだけど...。ごめんね、ユウカ。シャーレの当番、急に外しちゃって」
自分の周りでキャッキャするちびっ子四人組の後ろで一人険しい顔をしているユウカに、先生はバツが悪そうに微笑んだ。
「本当ですよ!理由も何も言わないで、突然向こう一週間の当番を外すなんて...。私、てっきり...」
ユウカは表情を崩さずに鼻をすする。
「本当にごめんね...。この前のアビドス砂漠の件で緊急の仕事が来ちゃって。連邦生徒会しか取り扱えないデリケートな情報もかなり含まれていたから、どうしても私一人で対処するしかなかったの。それに機密保持の為に生徒会から、『処理が終わるまでは生徒との関わりを可能な限り絶て』って通達も来ていたから、連絡も出来なくて...」
「良いんです...。先生の元気な顔が見れれば、それで良かったので」
「...そっか。心配してくれてありがとうね」
その言葉でユウカは更に強く鼻をすする。顔をしかめている事も含め、涙を堪えていることは明白だった。
「さて、湿っぽいのはここまで!私もユウカも畑仕事なんて初めてだから、今日はお互い頑張ろうね!」
ぎゅっと目を瞑ったユウカの頭を優しく撫でた後、今度はいつもの調子で彼女を励ます。その言葉にぱぁっと表情を明るくしたユウカは
「はいっ!」
と元気よく返事をした。これが、大人としての、いや、シャーレの先生の"魔法”だった。どんなに辛くて苦しい状況でも崩れることの無い底抜けの明るさと、その奥底で強く燃える「私は生徒の為に生きる」という意志の炎は、これまで数え切れないほどの生徒達を救って来た。
「それじゃあジュリ先生、説明お願いします!今日だけは私も貴女の生徒だからね!」
「先生に授業が出来るなんて光栄です!私も頑張りますね!」
先生のバトンを渡されたジュリは意気揚々と今日の作業の内容を語り始める。
「今日は事前に話していた通り、南瓜の植え付け作業になります。もうすぐ業者さんがトラックで苗をここまで運んで来てくれるので、それを皆で植えていきましょう」
『はいっ!』
そして数分後、トラックの荷台一杯に詰まった大量の苗が畑に届く。
「これが南瓜の苗...。初めて見たわ」
「あ、見て見て!この下の葉っぱ、丸くて可愛い!」
「それは子葉ですね。種が発芽して最初に出て来る葉っぱです」
ジュリはそんな苗の一つを、植わっているポットごと手に取る。
「ポットから苗を土ごと引っ張り出したら、畝の上にスコップで穴を開け、そこに苗を植える。そして最後に周りを軽く踏んであげて下さい。周りの土を踏みしめることで、苗が畑に定着しやすくなるんです」
「へぇ~」
流石の先生も農業の知識はモモイ達と同様に無かったようで、関心したように声を上げる。その声を聞いて、ジュリは少し気恥ずかしそうに肩を竦めた。
「では始めていきましょう。この前はモモイさんとミドリさんに土を掘って貰ったので、最初は私と先生で穴を開けていきましょう。先生、このシャベルを使って下さい」
「任されたわ!」
腰に手を当て、肩に渡されたシャベルを担ぎ、先生はいたずらっぽくにやりと笑う。良い意味で、その姿は大人にはとても見えない。
「そしたらモモイさんとミドリさんとユズさんの三人で植え付け作業をお願いします。ユウカさんとアリスさんは仕上げの踏みつけをお願いしますね!」
「ユウカと協力プレイです!頑張りましょうね!」
「こちらこそよろしくねアリス!」
アリスはぴょんと跳び上がってユウカとハイタッチを交わす。
「ユウカの体重じゃ、カボチャぺちゃんこになるかも...って痛ッ!」
そんな微笑ましい光景に茶々を入れようとしたモモイだったが、それを言い終える前にユウカからの無言の手刀を頭に喰らい、作業の間しばしば自分の頭を擦る羽目になったのだった。