ゲーム開発部がゲヘナで野菜をつくるお話 作:空を飛ぶジンベエザメ
「お疲れ様、そろそろおやつ休憩にしましょう」
マイ電卓を相棒にシャーレで会計業務をしていると、不意に先生に肩を叩かれる。
「あれ、もうそんな時間ですか?」
そうして時計を見ると本当に、時間は15時を過ぎていた。仕事に集中していたせいで、時間の感覚を忘れてしまっていたようだ。
「もうそんな時間だよ~。それにしても、仕事してる時のユウカはやっぱカッコいいね!話しかけるのちょっと躊躇っちゃったもん!」
「何言ってるんですか全く...」
そう言いつつもユウカは少し照れくさそうに髪を掻き上げ、部屋の隅に置いてあるコーヒーメーカーに向かう。
当番でシャーレに来た生徒と一緒に仕事をしている時、先生は15時になると仕事を中断し、自分や生徒が用意したお菓子や軽食を皆で囲んで談笑することにしている。そこで生徒達が話す、自分の学校や部活での出来事を聞くのが先生の楽しみであり、同時に生徒達にとっても、多忙な先生に自分の話を聞いて貰える貴重な機会でもあった。
「はい、コーヒーです。ブラックで良かったですよね?」
「いいよ~。ありがとうね、ユウカ」
休憩のコーヒーを用意してくれたユウカに礼を言いつつ、先生はコーヒーメーカーの横に置いてある冷蔵庫に向かう。
「ふふふ...。今日のおやつはいつもと少し違うぜよ...!」
冷蔵庫から先生が取り出したもの。それは白いケーキの箱だった。机に戻ってそれを開けると、カラフルなフルーツタルトと、栗のクリームが溢れんばかりに詰まったシュークリームが入っていた。
「わあ美味しそう!これって、駅前のケーキ屋さんのですよね?」
「そうそう!一昨日畑で作業してた時にミドリから『新作出てたよ』って教えて貰ったの!」
先生が買って来たケーキは、以前開発部がお土産にゲヘナに持っていた焼き菓子と同じケーキ屋さんのものだった。さしずめ先生との会話のレパートリーを増やす為、お菓子を買った時に目聡くチェックしていたのだろう。
「ユウカが先選んでいいよ。どっち食べたい?」
「う~ん...」
ユウカは箱を覗き込む。タルトとシュークリーム、正直どっちも捨てがたい。
「それじゃあ、こっちを頂きますね」
悩んだ末にユウカはシュークリームを選んだ。
「お、シュークリームだね。じゃあ私はタルト~」
先生は残ったタルトを箱から引っ張り出すと、どこからともなく取り出したフォークで突っつき始める。それに倣ってユウカも遠慮なくシュークリームにかぶりついた。瞬間、栗の濃厚かつ優しい甘みと、クッキー生地のサクサク触感が口いっぱいに広がる。
「どう?美味しい?」
「はい!とっても!」
ユウカは思わず笑顔でそう答える。
「良かった!私のもちょっと分けてあげるね」
ユウカに微笑み返した先生は既に半分近く無くなっているタルトをフォークで小さく切り、ユウカの口に近づけた。
「そんなの悪いですって...!そもそも先生が買ってきてくれたケーキなのに...」
「いいのいいの。ほら、あ~ん」
「わ、分かりました...」
ニコニコ顔でフォークを差し出す先生を突っぱねるのも何だか悪い気がして、ユウカは大人しくタルトを口にする。
「どう?こっちもいけるでしょ?」
「はい...。やっぱりここのケーキは美味しいです」
イチゴやキウイやモモが乗ったタルトは果物の香りと爽やかな甘みが鼻を抜ける、シュークリームとはまた違った美味しさがあった。
「そしたら私も...」
お返しに自分のシュークリームを分けようとするユウカ。しかし先生はそれを制止する。
「いいの。それは全部、ユウカが食べて。これは貴女へのお詫びでもあるんだから」
シュークリームから手を放し、ユウカは先生の目を見る。整えられた細い眉の下にある、少し垂れた優しい目。ユウカに限らずキヴォトスの生徒達は皆、自分達を何時でも真っすぐに見てくれるこの目が好きだった。
「改めて言うけど、心配させて本当にごめんね。仕事とはいえ、適当な理由さえも言わずに急に当番を外すなんて貴女の事が二の次になっていた証拠。このケーキは、その事に対する私なりのお詫び。言葉だけじゃなくて、形でも示したかったから」
目頭が、また熱くなる。先生は本当にこういうところが、ズルい。
ユウカは残りのシュークリームを一気に口に放り込む。涙腺の代わりに唾液腺が刺激されて、溢れて来そうになったものは何とか引っ込んだ。
「あ、いいの?そんな急いで食べて...」
「良いんです!それに私、今回の事は別に怒ってなんていませんからね!」
「...そっか」
そう言いつつも先生は、残りのタルトを一口で頬張った後、満足げに息を吐く。
「はあ美味しかった!それにしても、一昨日はホント疲れたね。私、太腿の後ろが筋肉痛で歩きにくいったら...。ユウカも筋肉痛なってない?」
「はい、私は足の裏が痛いです。お互い、運動不足が如実に表れていますね」
「ま~私達基本オフィスワークだしね。寧ろジュリやモモイ達について行けただけ上等じゃない?」
先生は残りのコーヒーをすする。
「あの、先生。そのモモイ達のこと何ですが...」
「うん?」
ユウカもコーヒーを一口飲み、再び先生の目を見る。彼女のいやに真剣な表情に、先生は小首を傾げた。
「あの子達、本当に農業のゲームなんて作れると思いますか...?」
「それって、どういう事?」
先生は、ユウカの言わんとしたい事が分からなかった。
「私、この前のミレニアムプライスがプレッシャーになっているんじゃないかって思うんです。元々ゲームの為なら何でもする子達ですけど、今度は他校の活動に関わってまで...」
「あ~。言われてみれば確かに、今までに無いアプローチしてるね~」
廃墟でアリスを見つけた時も、危険を顧みずアトラ・ハシ―スの最終決戦に参加した時も。今まで数々の修羅場を経験しているゲーム開発部だがそれは基本的に自分達や学校の仲間達で動いており、今回のように自分達で他校の活動に参加しようとするのは、初めての試みだった気がする。
「それじゃあユウカは、開発部の皆がもっと良いゲームを作ろうと張り切り過ぎちゃって、それで自分達に無理かけるだけじゃなくジュリ達にも迷惑をかけないか、心配なんだね?」
「はい...」
「なるほどね~」
ユウカの心配事を知った先生はコーヒーを飲み干し、天井を仰いだ。以前C&Cのアカネにプラスチック爆弾で開けられた大穴の跡が、今でもぼんやり残っている天井だ。
「まあ、ユウカの心配もごもっともだけど、それで皆の活動を止めさせる、ってことだけはしたくないかな」
「先生ならそう言うと思ってましたよ...」
ユウカは仕方なさそうに溜め息を吐く。例え爆弾魔だろうがテロリストだろうが、それが生徒であればその自主性をとことん重んじる。そんな先生がこれしきでモモイ達を咎めるとは、ユウカも最初から思ってはいなかった。
「それにそんな心配しなくても、モモイ達もジュリもお互い既に上手くやってるみたいだし、大丈夫よ。いざとなったら私が何とかするしね!」
「...そうですね」
そうだ。この人は、大気圏から墜落してもピンピンしていた人だ。本当になにかあれば、また先生に任せればいい。
「さて、そしたら仕事戻りましょうか!ユウカもある程度キリが付いたら帰っていいからね」
「分かりました。あ、それとケーキ、ごちそうさまでした」
休憩を終えた二人は一度伸びをし、再び自分の席に戻る。
(そしたらこの束だけ今日は終わらせよう)
ユウカは今処理している領収書の束を改めて見る。その時その束の中に、やたらとくしゃくしゃになったものを見つけた。
(何かしら、これ...?)
ユウカはそれを引っ張り出し、シワを伸ばして広げて見せる。
「.......」
ユウカの顔から、感情が消えた。くしゃくしゃのその領収書を手にしたままユウカはスッと立ち上がり、先生に歩み寄る。
「先生?ちょっと良いですか?これ、読んで頂いても?」
「ん?どしたの?何か不備でも...」
パソコンから顔を上げる先生。そして突き出された領収書を見たその顔が、一瞬にして青ざめる。
「な、何で、それ、も、持ってるの...?」
「よ ん で く だ さ い」
ユウカの顔が、不気味な位満面の笑みになる。
もう、逃げられない。それを悟った先生は先程までの元気はどこへやら、借りて来た猫のようになりながら領収書の内容を読み上げる。
「DX
「これ、今先生がハマってるSFアニメの船の模型ですよね?それに予約購入日が一週間前...。この時先生って緊急の仕事で、私と連絡取れない位忙しかったんじゃないんですか...?」
「ち、違うんです...。これは...」
「せ~ん~せ~い~!?」
その日の夕方のシャーレでは、「ホントにキャンセルだけは止めて!初回限定版じゃないと、ヒミコが初めてゲミラス帝国の艦隊に勝った時のシーンが再現出来ないの...!」とか「知りませんそんな事!仕事で私の目が無いからってまた勝手に無駄遣いして!!今度という今度は許しませんからね!!!」といったやり取りが、ずっと聞こえていたそうだ。